──奥様の名前は紅音。そして旦那様の名前は楽郎。
極普通の二人は極普通の恋をし、極普通の結婚をしました。
でもただ一つ違っていたのは、奥さまは淫乱だったのです──
などと古き時代のドラマのようなナレーションが、陽務楽郎の脳裏に響き渡る。
朝起きてすぐにベッドの隣を見ると、来ていたはずの寝間着はどこへやら。
健康的な肢体を隠しきれない裸エプロン姿の妻がいた。
真っ赤に染まった頬も愛らしく、こちらの目覚めに気付いて、すぐに擦り寄ってきて──
「楽郎さん!おはようのキスをしましょう!」
「寝起きは雑菌まみれだから、きちんとうがいとはみがきをしてからな?」
「はいっ!じゃあ一緒に歯磨きとかをしましょう!」
明朗快活、花丸満点の笑顔で甘える妻と戯れること幾らか。
きちんとうがいなどを済ませた後、二人はたっぷりとキスをした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
陽務紅音は愛情表現というものをこの上なく好んでいる。
陽務楽郎への感情に悩んだ頃もあったが、他でもない楽郎に悩みを払拭してもらってからは、全幅の信頼と全霊の愛情を以て楽郎の傍らに居続けている。
初めてリアルで出会ったその日に告白し、毎日のように好きだと伝え続けて、気付けば相思相愛になって。
それでも会えない距離、会えない時間は確かに存在したからこそ、紅音は愛情表現が強かった。
──この人は、私の恋人ですから。
──私は、この人の恋人ですから。
初体験も早かった──楽郎は躊躇いもしたが、紅音の懇願に折れる形で、二人は結ばれた。
鮮血が、痛みが、熱が、紅音に多幸感をもたらしてくれた。
陽務楽郎との恋が、隠岐紅音を一層輝かせ、彼女は一等星の如き煌めきと共に、ランナーとして大成していく。
その煌めきに魅せられた囚人が、凶星の禍々しさを以て電脳世界で名乗りを挙げるのは、当然といえば当然の帰結であっただろう。
プロスポーツ選手とプロゲーマーという夫婦は、こうやって生まれたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「楽郎さん、ちゃんと歯磨きうがいは済ませましたよ!」
「紅音、ステイ」
「はいっ♪」
「洗面所でキスってのは流石にないだろ、寝汗もかいてるし、ゆっくりと……」
「ベッドでですね!子作りもしましょう!」
「紅音、ステイ。お前子作りしだしたら止まらないだろ」
「もちろんです!楽郎さんとのエッチは大好きですから!」
「俺、一応今晩大会あるの。紅音と子作りしてて不戦敗は流石に風聞が悪すぎるからな?」
「え………じゃあ、キスだけですか?」
「明日の昼前からなら、幾らでもやってやるさ。ただ、俺とシルヴィアだって世界一のペアだからな。追随を易易とは許せないんだ。分かるな?」
「分かります!ならお風呂でいっぱいキスしましょうね!」
「聞き分けの良い紅音は好きだぞ」
「っ♪」
──結局、二人で風呂に入って。
たっぷりのキスと身体の洗いっこでは物足りず、一戦だけすることになってしまったのだが。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『タッグマッチ』。
GHの最新作にて登場した、新規モードである。
勝ち抜きでもなんでもなく、一つの戦場に2on2で現れたヒーロー、ヴィランがしのぎを削るというシンプルなモード。
その戦場に、顔隠しは現れた。
全米一の名を全く穢さぬ一等星の傍らに。
何故顔隠しが?と疑問を抱かれつつも、その疑念はやがて失せ。
眩き星と悍ましき凶星の、本来ならば有り得ないタッグは、しかし超えることの出来ぬ困難として人々の前に立ちはだかった。
その躍進は、原作者が共闘の物語を描きたくなるほど。
しかし、陽務紅音は彼の活躍を見ることはしない。
最愛の夫の傍らに別の女が立っている程度は構わない。
ただ、自分の見知らぬ人との間に紡がれた絆を見たくはなかったから。
すべきは、疲れて帰ってきた彼に夕食と風呂を用意しておき、たっぷりと癒やして、ゆっくり休んでもらうことだから。
(それに………)
明日は紅音も楽郎も休み。
まる一日二人きりでいられるのだ。
(沢山子作りして……沢山キスしてもらいたいです)
紅音の愛らしささえ感じるような童顔が、牝の艶を帯びて──
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
───翌朝。
「紅音、ステイ」
「はいっ!」
「子作りもキスも、まずは歯磨きうがいしてからな?」
「分かりました!一緒に歯磨きうがいをしにいきましょう!」
毎朝恒例のやり取りはしたものの。
約束通り、楽郎と二人きりで一日中子作りやピロートークに興じることが出来て、紅音は満足だった。