『なあ、園ちゃん』
『な~に~ユッティ~?』
『《ひと目惚れ》ってどう思う? やっぱり、ただの
以前、園子とそんな話をしたことがある。
『ん~。私はそうは思わないな~。そもそも恋そのものが理屈で説明できるものじゃないしね~。
よく科学的根拠で恋心を説明しようとする小説があるけど、私はあんまりああいうの好みじゃないんだ~。なんか野暮って気がするんだもん。
もちろん時間をかけて相手のいいところに気づいて、いつのまにか恋してたってこともあるけど……。
でも、やっぱり恋心ってとつぜん芽生えるものだと思うんよ~。
顔だけじゃなくて、その人の仕草とか雰囲気とか立ち居振る舞いとか、その人のぜんぶ丸々をひと目で好きになっちゃう。それって、むしろ素敵なことだと思わない~?
だってひと目惚れって、その人が積み重ねてきた経験ぜ~んぶが反応して、一瞬で「好きだ」ってなった結果なんだよ?
知り合ってから、相手のことをもっと理解した上でも、その気持ちが消えないっていうなら──それは、もう運命だよ』
恋愛小説を書く園子が言うと説得力があった。
『それって、書き手としての解釈?』
『ん~……実体験かな?』
『え?』
クスクスと、園子は意味ありげに微笑んだ。
『本当にあるんだよ? 出会ったその日に「私、この人のこと、きっと好きになっちゃうんだろうな~」って感じて、その通りになっちゃうことが……』
熱い眼差しを向けて、園子は言った。
ひと目惚れ。
確かに、それは現実にあるものだと、悠人は知っている。
友奈とは違う意味で、特別な女の子ができるなんて、ずっと先のことだと思っていた。
だが彼は出会った。
出会った瞬間、体中に電流が走ったような気がした。
園子のいうように、積み重ねてきた十二年分の経験すべてが反応して、ひとつの感情を芽生えさせるほどの衝撃だった。
知り合って、相手のことをよく理解してもなお、消えなかった熱情。
それどころか、ますます昂ぶっていった激情。
園子の言葉に従うならば、やはりこの気持ちは……。
* * *
デート。
もちろん美森が、そう明言したわけではない。
彼女はあくまで『一緒に出かけたい』と言っただけだ。
深い意味はきっとない。
親友同士である自分たちが休日に出かけることは、不自然なことではない。
それでも、悠人は冷静でいられなかった。
いつものように、友奈を加えた三人ではない。
初めて、美森と二人きりで出かけるのだ。
悠人にとっては、人生初のデートそのものだった。
「やべえ! いったいどんな服着ていけばいいんだ!?」
部屋中に服を散乱させて、悠人は頭を抱えた。
姉の友奈と比べれば、悠人は人並みにファッションにそこそこ気を遣うタイプだ。
普段着る制服も「真面目に着るとダサイ」という理由から、冬は学ランの前を全開にして、その下に白のパーカーを身につけたアレンジスタイルに。夏はシャツの前を全開にして黒のTシャツを着ていた。
最初のうちは注意されていたが、諦めたのか、見慣れたのか、教師陣も「似合う」と思ったのか、いつしかうるさく言われなくなっていた。
自分を魅せる服装がどういうものか、悠人はそれなりに把握しているつもりだった。
しかし、美森と出かけるとなると事情は変わってくる。
できることなら気合いを入れた格好をしてみたい。
そう思っているのだが……。
「ダメだ……まるで、決まらん……」
かれこれ数時間、悠人は悩んでいた。
ここは素直に女子側の意見を聞くべきかもしれなかった。
「ゆう姉! この服装どう思う!?」
「ユウちゃんは何着ても世界で一番かっこいいよ!」
「ん~! 全肯定ダダ甘お姉ちゃんの意見では参考にならん!」
仕方ないので、服屋に赴いて専門家の意見を仰ぐことにした。
「店員さん! この筋肉が映えるベストなファッションをコーディネートして欲しいんだぜ!」
「り、立派な筋肉ですね~……。でもデートでしたら、こちらの綺麗系の服のほうがお客様には似合うかと……」
「むっ。そうっすか?」
というわけで普段着るカジュアル寄りの服に加えて、流行りの綺麗系のファッションを選んでもらった。
身につけた姿を試しに写真に撮って、ひなたに送ってみると……
「悠人さんたら……。もうっ。私を誘惑しているんですか?」
と発情したらしき反応が返ってきたので、当日はそのファッションでいくことに決めた。
* * *
「じゃあユウちゃん、行ってきまーす!」
「おう、いってらっしゃーい。試合がんばってなー」
友奈はバレー部の助っ人として朝早くに試合会場に向かった。
ちょうど、その日を約束の日にしていた。
美森と二人で出かけることは、友奈には話していない。
『友奈ちゃん、きっと拗ねちゃうと思うから……今回のことは二人だけの秘密にしましょ? ね?』
ささやかなイタズラを楽しむように微笑んで、美森はそう言った。
友奈に内緒で美森と会うことに罪悪感が湧かないわけではなかったが……同時に背徳的な昂揚感が少年を浮かれさせた。
いったい、美森は何を考えているのだろう?
いつもの彼女ならば、三人で出かけることを好むはずなのに。
まさか……と、つい甘い期待が膨らむ。
「……よしっ。行くか」
約束の時間。
勝負服に着替えて、いざ家を出る。
「おはよう、悠人くん」
美森はすでに外で待っていた。
わざわざ待ち合わせ場所を指定する必要のないお隣同士は、こういうときに便利だ。
「っ!?」
私服姿の美森を見て、悠人は思わず息を呑んだ。
勇者部の少女たちは全員が類い稀な美少女揃いだ。
そこに優劣をつけるなど野暮なことだし、愚かしいことだと悠人は承知している。
だがそれでも……
やはり美森の美貌は、勇者部の中でも際立っていることを思い知らされる。
「悠人くん? どうしたのボーッとして?」
「あ、その……。東郷さん、すっげー綺麗だから『どこの年上のお姉さんかな?』って思って見惚れちゃってたや。あはは……」
「え? も、もう悠人くんたら。……ふふ、でも嬉しい。今日の服、ちょっと気合い入れてみちゃったの」
「そ、そうなんだ。す、すっげー似合ってるよ! ほ、本当に、なんていうか、凄い……」
凄い。
本当に凄かった。
美森は普段から大人っぽい服装を好む。
中学生離れした美貌とスタイルを持つ美森は、背伸びをした服を着ても決して着負けすることはなく、どころかその美貌をさらに引き立てさせる。
着膨れを避けるためか、ウエストを抑えるコルセットなどを彼女はよく身につける。
そのため、細いくびれや、凶悪に実ったバストが強調される形となり、悠人からすれば毎回目のやり場に困る。
今回もそのような服だったのだが……明らかに中学生向けではない、気品のある上質なファッションは、もはや美森が同い年の少女であることを忘れさせる。
ただただ美しかった。
やはり常軌を逸した美しさを前にすると、人間は絶句する他ないようだった。
ひなたも中学生離れした美貌と色香の持ち主だが、まだ少女らしい愛らしさも残す一方、美森の美しさは完全にあどけなさを消した、熟成しきった女性のソレであった。
放つ色香もまた異なる。
ひなたの色香が、直接この手でその淫らな肢体を穢したいという、オスの凶暴な一面を煽るものならば……。
美森の色香は、どこか触れがたい、淫らな感情をいだくこと自体に罪悪感を覚えるような神々しさがあった。
この完全ともいえる美しさを、損なわさせてはならない。
自分のような者が触れていいものではない。
遠目から眺めるだけでもいい。
その美貌と艶めかしい肢体を永遠のものとし、恍惚のままに見つめていたい。
まるで一種の至高の美術品を前にしたときのような心境になった。
こんな美しい少女と、今からデートをする。
とても現実味がない。
気合いを入れた服装を選んだつもりだったが……自分が彼女の隣に並び歩いていいものか?
ひどく不釣り合いではないだろうか?
いまにも足が自宅の玄関に引き返しそうになる。
「うふふ」
そんな及び腰になった少年の手を、美森は優しく握った。
「悠人くんの服装も、いつもと雰囲気が違う感じがして、とてもかっこいいわ」
美森はその美貌にふさわしい穏やかな微笑みを浮かべた。
心が色めき立つ。
柔らかくて、すべすべとした美森の手。
間近から香ってくる上品で芳しい匂い。
思わず、溜め息が出るほどに見惚れる美しい少女。
改めて思う。
ああ、やはり自分は彼女を……。
「さ、行きましょう悠人くん」
「お、おう」
夢見心地のまま、悠人は手を引かれる。
美森に見惚れるあまり、自然と手を繋がれていることにも意識が向かなかった。
だから……
「今日は楽しい一日にしましょうね? ……そう、楽しい一日に……うふふ♪」
横で美森が妖しい笑みを浮かべていることにも、ついぞ気づかなかった。
* * *
「はっ!?」
「どうしたの友奈? 変な声出して」
「何だろう……ユウちゃんがすごく危ない目に遭うような、イヤな予感がしたよ!」
「相変わらず友奈はブラコンだな~」
「ごめん! いますぐ帰ってもいいかな!?」
「いや困るよ!? もう試合始まるから!」
「うぅ~! 待っててユウちゃん! すぐ試合終わらせてお姉ちゃん帰るからね! うおりゃああああ!! 勇者サーブ!」
「なんて凄まじいサーブ!? 友奈! やっぱりバレー部に入部して!」
「ごめん! 私は勇者部ひと筋なんです! というかユウちゃんひと筋なんです! うおおおお! お姉ちゃんラブパワー全開の勇者スパァァァイク!」
「意味わかんないけど凄いスパイク! こりゃ勝ったな! ちょっとお店予約してくる! 今日は快勝祝いよ!」
「ええ~!? 真っ直ぐ帰らせてよ~!?」
友奈の予感は、はたして的確なものか、またはただの思い過ごしか。
……何にせよ、愛弟のもとに帰るには、時間がかかりそうだった。