この世に『勇者』はいる。
でも『英雄』はいない。
ピンチのとき、苦しいとき、泣きたいとき、本当に助けてほしいときに助けてくれる、物語のような『
無垢な頃は、『勇者』=『英雄』だと思っていた。
でも、そうではなかった。
自分たちは、ただの『生け贄』だった。
すべてを悟った頃には、もう何もかも手遅れで、気づけば多くのものを失っていた。
世界を守る代償として。
もう、すべてを諦めていた。
勇者であっても、どうすることもできない。
この世に救いなんて無いのかもしれない。
だから、少女は空想の世界に逃げた。
いつか、こんな苦しみから救い出してくれる本物の《英雄》の存在を思い描いて、荒んだ心を慰めた。
そんな人、現れるはずがないとわかっていながら。
……でも、もしも出会えたとしたら?
世界を救えなくてもいい。
そんなこと、しなくてもいい。
ただ、自分を笑顔にしてくれる、癒やしてくれる、傍にいてくれるだけで安心できる……そんな
だから、運命だと思った。
きっと、二度とこんな気持ちになることはないだろう。
最初で最後の思い。
これまでは勇気を出せなかった。
でも、いまなら、伝えられる。
もう二度と、無くしたくないから。
大切なものも……。
この、初めての気持ちも。
* * *
休日の学校は独特の空気がある。
校舎に響く体育会系の部活動の掛け声や、ボールが打ち合う音、吹奏楽部が練習で鳴らす楽器の音色。
そういった若者たちの青春を象徴するような雰囲気が、悠人は好きだった。
普段は生徒たちの喧噪で溢れている廊下が静まりかえっているのも、非日常感があって好ましい。
平日の学校とは異なる、部活動をする生徒によって構築された空間。
まるで我が物顔で校舎を自由にできてしまいそうな万能感が得られる。
……もちろん羽目を外しすぎたら叱られるわけだが、それはそれで『青春の1ページ』というやつだ。
休日の校舎を訪れたのは、別に過激な思い出作りをしに来たわけではない。
単に、呼び出されたのだ。
(園ちゃん、話って何だろう)
とつぜん態度がぎこちなくなってしまった園子との距離感に悩んでいた悠人だったが……あろうことか悩みの対象である本人からメッセージが届いたのが昨夜のことだ。
『ゆーゆたちには内緒で部室に来てほしいんよ~』
あの気まずい空気はいったい何だったのか。
そんなことは最初から無かったとばかりに、従来の陽気な文面でお願いをしてきたので、悠人は少なからず戸惑った。
とはいえ、話すきっかけができたことは幸いだ。
園子のほうも恐らく気まずい関係を解消するべく思いきって呼び出したのかもしれない。
なぜ休日の部室を集合場所に選んだのかは謎だが。
「お~っす。園ちゃん来たぞ~……って、まだ来てないか」
部室はまだ無人であった。
園子のことだからロッカーに隠れてサプライズでもしてくるかと思ったが、その様子もない。
「筋トレでもして待ってるか」
とりあえず園子が来るまで軽く腕立て伏せ腹筋背筋スクワット1000回(軽々とこなすと何故かドン引きされるメニュー)でもして時間を潰そうと思った悠人だが、
「ん? 何だこれ?」
テーブルの上に、先日まではなかった紙の束が目に止まった。
クリップで綴じられた中身を開いてみると、印刷された活字の羅列がぎっしりと書かれていた。
「これは……小説? 園ちゃんが書いたやつかな」
ひょっとしたら園子の用事とは、この新作の小説のことかもしれない。
新作が完成するたび、園子は悠人に率直な意見や感想を求めていた。
『ユッティって結構容赦なく指摘してくれるから、私としてはありがたいんよ~』
素人の意見が参考になるとは悠人には思えなかったが、園子からすれば『そういう人の意見が一番大事』らしい。
時間潰しにはちょうどいい。
園子が来る前に原稿に目を通しておこう。
プリントしたということは、人に読ませるために用意したということだ。
勝手に読んでもきっと怒られまい。
「どれどれ……」
椅子に腰掛けて、悠人は早速読み始めた。
内容は、以下のようなものだった。
少女は、すべてを失った。
生まれて初めてできた大切な友達も。
カラダの機能も。
すべては、世界を守る戦いの代償として。
ベッドの上で満足に身動きもできない状態で、ただひたすらに寂しい日々が流れた。
少女はすべてを諦めていた。
どうして、こんな目に遭わなければならないのだろう。
どうして、世界はこんなにも残酷なのだろう。
こんな悲しいことが続くなら、いっそ世界なんて終わってしまえばいいのに。
この世に希望なんて無い。
少女は本気でそう思っていた。
だから少女は、空想の世界に逃げた。
目を閉じれば、いつでも優しく楽しかった日々を思い出すことができるから。
大好きだった友達と会うことができるから。
夢の中はいつだって少女にとっての理想郷だった。
だから目が覚めると悲しい。
現実の世界には、優しいものなど何ひとつない。
ただただ物寂しい、空虚な孤独がそこにある。
与えられるものも、決して少女が欲していたものじゃない。
寂しい。
会いたい。
戻りたい。
一番幸せだったあの頃に。
いつしか少女は、別の夢を見るようになる。
自分を救ってくれる、ヒーローの存在が現れる夢だ。
この寂しい場所から自分を外に連れ出してくれる、そんなヒーローを。
女の子なら一度は白馬の王子様に憧れるものだが、少女が思い描いた王子様は、物語に出てくるようなカッコイイ人物ではなかった。
どちらかと言えば、そそっかしくて、マヌケそうで、何でも力業で解決して、口を大きく開けて笑う、王子様とは程遠い感じだ。
でも少女にとっては、そういう王子様のほうが良かった。
一緒にいるだけで、つい笑顔になってしまうような、辛いことを考える暇もないほどに愉快な気持ちにさせてくれる面白い人。
悪い奴が現れても、鍛えたカラダで簡単に吹っ飛ばしてしまえて、立ちはだかる壁を軽々と壊せる力持ちだと尚良い。
『暗い顔するな! 人生楽しまなくちゃ損だぞ! さあ、一緒に面白おかしいことを見つけにいこう!』
そう言って、動けない自分を腕に抱えて、どこまでも進んでいく、粗雑でかっこ悪い王子様。
けれど少女にとっては、それが理想の王子様だった。
かっこいい人よりも、面白い人がいい。一緒にいて楽しい人がいい。
そんな人と恋ができたら素敵だと思った。
少女はまだ恋というものを知らなかった。
一度でいいから、そういうものをしてみたかった。
……叶わない願いだとわかっていても、少女は夢想し続けた。
少女の願いを、神様が聞き入れてくれたのか、それはわからない。
だが少女のカラダは、とつぜんに治った。
少女はそれを奇跡とは呼びたくなかったが、カラダが戻ったことは素直に嬉しかった。
また自由に歩けるようになった少女は、真っ先に友達に会いに行った。
そこで少女は運命に出会う。
少女にとっては、それこそが奇跡だった。
思い描いていた人物が、そこにはいた。
ひと目見ただけで、心が騒いだ。『自分が恋をするとしたら、それはきっとこの人だ』と。
少年は、友達にとって特別な存在だった。
少女にとっても、いつしか少年は特別な存在になっていた。
変な人だった。
この世界の残酷な真実を知っても、怯えることなく、自分たちと関わりを持つ少年。
戦うチカラを持つ自分たちを、腕っ節の強さだけで『ピンチのときは守ってみせる』と豪語する少年。
変な人だった。
でも嬉しかった。
真実を知った上で、まさかそんなことを言ってくれる人がいるとは思わなかった。
年頃の女の子らしく、胸がドキドキした。
少女は小さい頃から物語を書くことが好きだった。
そのことを打ち明けると、少年は少女が書いてきた作品を一晩で読破した。
彼は本当は読書が苦手だった。字を見ると目眩がして寝込んでしまうのだとか。
なのに、少年は徹夜で少女の物語を読んでくれた。「どうして?」と目をクマでいっぱいにした少年に尋ねると、彼は当然のことのように言った。
『物語が好きなんだろ? 新しい仲間の好きなものなら、ちゃんと理解してあげたいじゃないか。
おかげで君がどういう人かわかったよ。……凄いな! バカな俺でも楽しく読めたぞ! 新しいのができたらまた読ませてくれ!』
本当に変な人だ。
でも凄く嬉しかった。
少女が感じる胸のドキドキは、日に日に大きくなっていく。
ある日、少年は真剣な顔で少女に感謝の言葉を送った。
友達の口から、少女の身に何があったのか、すべて聞いたのだ。
『君がカラダを犠牲にしてまで戦ってくれたから、いま俺たちはこうして生きていられる。
ありがとう、世界を守るために頑張ってくれて。そして……ごめん。君ばっかりに、背負わせてしまって。
今度は俺たちが君のチカラになる。できることがあったら、何でもする。もう一人じゃないからな? 仲間のピンチには、必ず駆けつける。
それだけ、どうしても伝えたかった』
自分はいったい何のために戦っていたのか。
何のために世界を守ったのか。
二年間、少女は自分に問い続けた。
カラダを犠牲にしてまで、大切な友達を失ってまで、この世界は守る価値があったのか?
本気でそう考え込んでしまうほどに、少女の心は追い詰められていた。
でも、思い出した。
少年が思い出させてくれた。
大人たちが自分に向ける賛辞や礼拝とは違う。
本当に欲しかった言葉を、彼はくれたから。
二年の時を経て、ようやく少女は『世界を守れて良かった』と心の底から思えるようになった。
こんな気持ちになれる日が来るなんて、少女は思いもしなかった。
だからこそ、少女は願う。
この気持ちが報われなくても構わない。
だからどうか、彼と過ごす楽しい時間が、いつまでも続いてほしいと……。
「……これって」
途中まで読んで悠人は愕然とした。
ここに書かれているのは、すべて園子のことではないか?
作中の少年の台詞も、脚色はされているが、そのほとんどがかつて園子に伝えた内容だ。
『国語の時間とか毎度睡魔との戦いなんだけどよぉ、園ちゃんの書いたのは夢中に読めちゃうんだよな。読んでると楽しくなってきて、優しい気持ちになれるというか……園ちゃんの人となりが作品に滲み出てるからだろうな。尊敬するぜ!』
『園ちゃん、勇者部は助け合いだ! 一人で抱え込むなよ? ピンチのときはこの悠人様を頼れよな!』
そう伝えたとき、園子は『わ~、ありがとう~♪』と陽気な笑顔で返したが、内心ではこの文章のように、深い感慨に耽っていたというのか。
……いや、自分の体験を元に小説を書くことは珍しいことではない。
これが園子の自伝と決めつけるのは早計だ。
そう考えて読み進めないと、都合の良い勘違いをしてしまいかねない。
とりあえず先を読み進めて……
「……え?」
悠人は再び愕然とした。
小説の後半の雰囲気が、ガラリと変わったのだ。
驚いたのは、それだけではない。
そこには、身に覚えのある出来事が書かれていたのだ。
園子は知らないはずの出来事を。
少年と二人きりのとき、少女はよく寝たフリをする。
ひょっとしたら少年に魔が差して、眠っている自分にイタズラをしてくれるのではないか。そんな淡い期待を浮かべて。
だが少女は見てしまう。
憧れの少年が、少女とは別の女の子とカラダを重ねるところを。
学園の保健室で激しく交わる二人を覗き見しつつ、少女は自分のカラダを慰める。
二年の間に育った豊満な乳房を揉みしだき、ショーツの中に指を挿れて膣を掻き回す。
自分も、あんな風に激しく少年の怒張で突かれることを想像しながら、快楽の虜となる。
愛液が廊下で水溜まりになるほど、少女は自慰に夢中になる。
その後も、すっかり病み付きになってしまった少女は、毎晩自らのカラダを慰める。
少年にケダモノのように犯される自分を想像しながら。
おかげで、少年と顔を向き合わせることができなくなってしまった。
彼の顔を見ると、理性が決壊して、衝動のままに求めてしまいそうだったから。
そんな、はしたない姿を彼に見せたくなかった。
でも……やがて少女は我慢の限界に至る。
わかってしまったのだ。
少年は多くの少女と関係を結んでいる。
その中には、少女の親友も、少年の実の姉も含まれているのだろう。
ショックではあった。
だがそれ以上に……羨ましかった。
ずるい。
自分だって、彼のことが、こんなにも……。
……なら、自分も加わればいいのではないか?
勇気さえ出せれば。
この気持ちを打ち明ければ。
きっと優しい彼は、自分を受け入れてくれるかもしれない。
抱いてほしい。
あんな風に激しく。
愛してほしい。
女に生まれてきて良かったと思えるほどに。
もう抑えきれない。
「ユッティ……」
いつから、そこにいたのか。
園子が後ろからしがみついてきた。
上品で芳しい少女の香りが鼻孔を突く。
眩しい麦穂のように美しい金髪の、サラッとした感触が首筋をくすぐる。
「好き。大好き」
搾り出すような切なげな声で、いまにも泣きそうな声で、園子は言う。
「ひと目惚れ、だったんだよ? こんなにも誰かを好きになったことなんて、ないくらい。きっと、もう二度とこんな気持ちになれる男の人とは出会えない。はっきりと、そうわかるくらいに……ユッティが好き」
「園、ちゃん……」
「だからね……」
頬に華奢な手があてがわられる。ゆっくりと、園子のほうへ振り向かせられる。
潤んだ眼差し。
覚悟を決めて、白い肌を紅潮させた園子と向き合う。
(綺麗だな……)
理解が追いつかない脳が、そんな呑気な感慨に耽る。
園子が何のためにここに呼び、自分にこの小説めいた
「ユッティ、お願い……」
いまは私だけを見てほしい。
そう願いを込めるように、園子はすがりつく。
「私のことも、抱いて」
【参考程度にお聞きします】エッチなシーンを見たいキャラクターは誰ですか?
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鷲尾須美
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乃木園子(小)
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三ノ輪銀