大浴場を出たあとも、五人の性欲は尚治まらず、ひなたの自室で激しい複数プレイが繰り広げられた。
「ハァ……ハァ……あぁっ。悠人さん……素敵です……んっ」
「気持ちよすぎて、死んじゃう~。あぁん……」
「もう赤ちゃんのお部屋パンパンだよ~♪ むに~……すやすや~……」
数回に及ぶ絶頂をした少女たちは、とうとう体力の限界を迎え、気づけば床一面に敷かれた来客用の敷き布団の上で全裸のまま寝入っていた。
「ユウちゃ~ん♪ ……すぴ~♪」
友奈も幸せそうな顔で、愛弟にくっつきながら眠っている。
悠人はそんな姉の頭を撫でながら、この夢のような現実に改めて戸惑っていた。
「いやはや、幸せすぎるな」
四人の美少女とのハーレム生活。
まさに男にとっての理想。
四国中を探し回ったって、こんな贅沢な思いをしている男は他におるまい。
数奇な運命もあるものだ。
よもや、自分がこんな贅沢三昧な性生活を送ることになるとは。
数ヶ月前の自分に告げても、鼻で笑われるに違いない。
実際この世界に来なければ彼女たちと、このような関係になることはなかった。
異世界に召喚されたことで、芽生えた絆。
実姉の友奈。
生きる時代の異なる淑女ひなた。
学園のマドンナである美森。
深窓の令嬢である園子。
そんな少女たち全員と深い関係になるなど、一生分の女運を使っても達成できるかどうか。
まさしく現在の悠人は、人生の絶頂期にあると言えた。
そんな己の立場にオスとして途方もない優越感を覚えつつも……一方で激変しすぎた関係性を前に、先々の不安が付きまとう。
(なんか、幸せすぎて怖いな……)
もちろん、カラダを重ねた少女たちを不幸にさせるつもりは毛頭ないし、今後も平等に、対等に思いを育んでいくつもりだ。
ただ……悠人が恐れるのは、この幸せが、また人智を超えた何かに壊されるかもしれない、ということだった。
忘れもしない。
あんなにも平和だった勇者部に不穏の影が付きまとい、少女たちから笑顔を奪っていた悲劇を。
(……)
自分にできることなら、何でもやる。
そう心に誓った悠人だが……口ではどうとでも言える。
実際のところ、常人では手に負えない理不尽な出来事がこの先で起きたとして、はたして自分にできることは本当にあるのだろうか。
(いまのところ、俺にできることと言えば……)
過剰な発情で悩まされる少女たちの性欲を発散させることぐらいだ。
しかし……
(それを、当たり前のことと思っちゃダメだ)
こうして四人の少女と肉体関係を持ったことが本来特殊なケースなのだ。
性欲を鎮めるためとはいえ、他の少女にも同じことをするわけにもいかない。
それは、はっきりと心得ておくべきことだ。
やはり他に解決策があるのなら、その方法を模索したい。
……無論、期待に震えるオスの本能が無いとも言いきれない。
だが、少なくともこの感情は、自分を思ってくれる四人の少女たちだけに向けるべきだろう。
率先して肉体関係を広げるのは、やはり違う。
そう思ってはいるが……
(正直、自信はないな)
もしも向こう側から求められたら、主義を押し通してまで拒める自分をあまり想像できない。
実際、それでこうして勇者部の半数以上と爛れた女性関係を結んでいるわけで。
これでは友奈たちに「節操なし」と言われても、何も言い返せない。
この上、もしも風や樹、夏凜ともそんな関係になろうものなら……
(……いや、よそう)
不躾な想像を振り払う。
過剰な性欲に苦しむ少女たちの誰もが、カラダを許すわけじゃない。
いまのは彼女たちの尊厳を侮辱する考えだ。
改めなければ。
(本当に、とんでもない状況に巻き込んでくれたもんだよ、神樹様は……)
勇者でもない、巫女でもない自分を召喚した神樹。
いったいどんな考えがあって、一般人に過ぎない自分をこの世界に喚んだのか。
こうも連続して少女たちとの爛れた生活が続くと、よもや
(まあ、なにはともあれ……)
理由はどうあれ、いまは少女たちのために、できることを精一杯やっていこう。
そのスタンスは変わらない。
先々のことは、そのときになって考えればいい。
……そう思ってはいるが。
(全部終わって、元の世界に帰ったとき……俺たちは、どうなるんだろう)
悠人が懸念しているのは、そこであった。
この世界の自分たちは、あくまでも魂のようなもの。
こちらでいくら歳月が流れても、事が済めば、召喚される直前の時間に戻るという。
だから、元の世界の自分たちは、異世界の影響を何も受けない。
それは即ち……
(記憶も、ってことなのか?)
ここで過ごした記憶を、現実の世界に持ち帰れるのか。
ひなた曰く、そういった神託は受けていないらしい。
(もしも、記憶までリセットされるなら……)
ここで築いた少女たちとの関係も、すべては無かったことになる。
(それは……)
少し、名残惜しい。
こんなにも、女性を愛しく思った経験はないし、こんなにも強く思われたこともない。
それがすべて無かったことになるのは、あまりにも……。
(いや、ゆう姉たちにとっては、それがいいのかもしれないな……)
血の繋がった姉弟との禁断の関係。
それは、異世界だからこそ辛うじて許されていること。
本来ならば起こってはならない禁忌であることは、忘れてはならない。
そんな男と関係を結んだ、ひなた、美森、園子。
彼女たちの気持ちは本気で嬉しい。
本人たちが良しとしているのなら、この関係性もありだとは思う。
……だが、やはり彼女たちの幸せを本気で考えるなら、自分たちは元の日常に戻るべきだ。
残酷なことを考えているかもしれない。
しかし少女たちの未来を思えば、それが最善のように思える。
ここで過ごした記憶が消えると決まったわけではないが……心構えはしておくべきだろう。
ある意味、この世界は夢のようなものなのだと。
夢はいつか覚める。
目が覚めたとき、すべては元通り。
友奈とは以前のように仲の良い姉弟として。
美森と園子とは親友として。
ひなたとは、生きる時代が違う人間として。
なにもかもが、元に戻る。
ただ、それだけの話。
……それでいいのか?
心の奥底で上がる疑問。
もちろん、忘れたくはない。
だが、自分はただの一般人だ。
勇者でもない、巫女でもない、何のチカラも持たない一般人に過ぎない。
できないことは、どうしようもできない。
ならば尚のこと、ここで過ごす時間を大切にしていくべきではないだろうか。
たとえ、すべてが消えるとしても……
心や魂はいつまでも、覚えているかもしれないから。
「ん、ユウちゃん……」
友奈が甘えるように身を寄せてくる。
普段はお姉ちゃんぶって悠人を甘やかしている友奈だが……実際のところ、一番の甘えん坊は友奈だった。
そういった一面は、こうして眠っているときに表れる。
「ずっと、一緒にいて……どこにも、行かないで……」
また悠人が危険な目に遭う夢を見ているのか、切なげな寝言を口にする。
「……大丈夫だってゆう姉。どこにも行かないよ」
安心させるべく、友奈を抱き寄せる。
最愛の姉。
世界で最も大切な姉。
生まれたときからずっと一緒で、支え合ってきた半身。
悠人だって、いつまでも彼女の傍にいてあげたい。
でも……
(それは、いつまでだろうな……)
ずっと姉弟仲睦まじく一緒にいられたら、素敵なことだと思う。
……だが、きっとそういうわけにもいかない。
いつかは、お互い独り立ちをして、離ればなれになるときがきっとくる。
ずっと先の話かもしれない。
だが悠人はときどき真剣に考える。
友奈のいない生活を。
もしも、本当に離ればなれになったとき、友奈はどうなるだろう?
人に好かれる友奈のことだ。きっと周りにはたくさん支えてくれる人がいるだろう。
だが、そこに弟である自分はいない。
はたして、友奈はそれでも元気にやっていけるだろうか?
(……考えすぎか)
いまは、そんな未来を想像することもできない。
少なくとも、今は。
しかし、きっと大人になるにつれて、お互い自然と姉弟離れしていくのだろう。
そういうものだと思う。
もちろん、ときどき顔を合わせるだろうし、そのときたくさん姉弟水入らずで楽しく過ごせばいい。
そういう、平凡で幸せな未来であってほしい。
「ユウちゃん……ん……好き……」
「俺もだよ、ゆう姉……」
友奈を抱きしめながら、悠人は瞳を閉じる。
今夜はもう寝よう。
難しいことは、またべつの機会に考えよう。
いまはただ、愛しい相手を抱いて、穏やかな眠りにつきたかった。
(……友奈)
何気なく、昔の呼び名を心の中で呟いてみる。
顔の似ていない姉を、姉であることを強調するために『ゆう姉』と呼んではいるが……悠人の心の中では、友奈はいまでも『友奈』だった。
思えば、気づかないフリをしていたのかもしれない。
幼少時から続く、友奈に対する深い愛情。
それは、もう弟としてだけのものではなく、とっくにそういう域を超えたものだったのではないか?
「……友奈」
口に出して、呟く。
より強く、最愛の姉を抱きしめる。
愛しい。
心の底から、愛しい。
本当は、離れたくない。
この先もずっと、一緒にいたい。
歪なのは、わかっている。
でもせめて、この世界だけでは許してほしい。
この思いをいだくことを許してほしい。
いつか元の世界に帰る、その日まで……。
──帰る必要はない。
(え?)
微睡みの中。
耳にではなく、脳に直接訴えるような、何者かの声が響く。
──愛しいのならば、守り抜け。守りたいのなら、奪え。奪われる前に。
(なん、だ? これは、いったい……)
語りかけてくる声。
夢うつつに聞こえてくる幻聴とは違う。
意識の深層に刻み込まれるような、異様な存在感を持った囁き。
──汝には、此処で為すべきことがある。役目を果たせ。それこそが、汝が召喚された理由。
(なんだ? 何を言っている?)
性別の判別もできない、まるで機械仕掛けの何かが語りかけてくるような不気味な声調。
だが一方で、神々しさを感じる、無条件で敬服してしまいそうな、尊大に満ちた重々しい声量。
(……お前はいったい、何だ?)
夢を通じて語りかけてくるナニか。
意識の向こう側……その深遠に座する強大な気配を、確かに感じる。
その圧倒的な存在に、問いかける。
──我は汝の奇■。汝の幸■なり。
声が答える。
だが肝心なところが聞き取れない。
何だ? いったい、何を話している?
──恐れることなかれ。疑うことなかれ。決断した道を貫き通せ。それこそが汝の真なる願い。汝の存在意義。
わからない。
いったい自分に何を伝えようとしているのか。
言葉の意味を、理解することができない。
できない、はずなのに……。
──所詮、此処は偽りの楽園。いずれは終わりを迎える、いっときの幻想郷。
自分は、知っている。
これから、この世界で、何を為すべきなのか。
それは……
──
声は告げる。
この先、召喚される勇者と巫女とも、関係を持てと。
──此の世界の交わり。それ即ち、魂と魂の交わり。すべては救済のための儀式。《絆》を繋ぐための儀式。……《絆》を集めよ。少女と交わり、《絆》を集めよ。
目の前に四つの輝きが瞬く。
異なる色に光るソレは、形もまたそれぞれ異なっていた。
サクラ。
アサガオ。
スイレン。
太陽。
それらを連想させる模様をした結晶が、掌に集まる。
──それこそが、鍵。『■■の国』を開くための鍵。
またしても、肝心なところが聞き取れない。
……だが、悠人にはわかる。
なぜだか、わかってしまう。
そこが、どんな場所なのか。
──『■■の国』こそ、真なる救済の地。少女たちを過酷な運命から解放する、悠久の安らぎが約束されし理想郷。
そこに行けば……守れる。
ずっと、守りたかった皆を。
だって、自分は……ずっと許せなかった。
大切な少女たちを過酷な運命に追い込むこの世界が。
何もできない自分自身が。
だからこそ、自分は、ここで……この世界で、今度こそ。
──汝の役目を果たせ。それこそが、汝が召喚された理由。それこそが……
汝が、生まれた理由。
* * *
早朝。
三好夏凜は日課の鍛錬のため、海辺に向かっていた。
この頃は、以前よりもトレーニングのメニューを意図的に増やしている。
増やさざるを得ない、悩みのタネがあるからだ。
鍛錬はいい。
集中して没頭している間は余計なことを考えなくて済むし、あらゆることを発散させられる。
……そう、発散しないといけない。
夜ごと、
気に入らない。
何度も何度も、頭の中に出てくるアイツが。
毎晩まいばん、自分を悩ませるあの男の存在が。
(違うんだから……)
誰かに言い訳するかのように、夏凜は内心でそう呟く。
(べつに、そういうわけじゃないんだから。ただ、知り合いの異性がアイツしかいないってだけで。それだけ。それだけなんだから……ああっ! もう!)
頭を大きく振って、夏凜は邪念を振り払う。
とにかくカラダを鍛えよう。
健全な魂は健全な肉体に宿るのだから。
そう思い、今日も海辺に来たのだが……
(なんで、アイツがいんのよ……)
その悩みのタネである人物が、砂浜に立って、海の向こう側を見つめていた。
神樹によって造られた、壁の向こうを。
(……何ボーッとしてんのかしら?)
このまま無視して行ってもいいのだが、夏凜としては、それは憚れた。
気になってしまったのだ。彼の様子がおかしいと。
(なんか……アイツ、らしくない?)
見慣れた後ろ姿から、そんな印象をいだく夏凜。
普段は、双子の友奈と同じく、脳天気でアホで天然。
それでもってデリカシーのない筋肉バカ。
それがアイツだ。
しかし、夏凜は知っている。
陽気に振る舞ってはいるが、本当は繊細で、本心はいつも胸の内に隠してしまう不器用な男だということを。
(……何か、あったのかしら?)
夏凜は気にかける。
いまとなっては、ただの他人とは言えなくなった少年のことを。
初めて会ったときは、どうでもいい存在だった。
こっちの事情を知らない、単なる一般人。夏凜にとっては部外者そのものだった。
『部外者って何ですかね~!? 俺ここの部員なんですけどぉ~?』
『御役目のことも知らない一般人が出しゃばらないでくれる~?』
『だったら教えなさいよその御役目ってやつをよ~! 勇者部である俺には知る義務があると思いま~す!』
『極秘よ極秘! ほら! 無関係な人間はさっさと出ていきなさいよ!』
『いやです~! なんでぃなんでぃ! 気に入らねぇ! かわいい顔してるからって調子乗ってんじゃないの~!?』
『かっ、かわっ!? ななななな、何言ってんの!? バババババ、バッカじゃないの!?』
『おやおや~? 余裕がなくなりましたわね~三好さ~ん? あらあら、実はチョロい人だったりします~?』
『なっ!? 完成型であるこの私がチョロいわけないでしょう!』
『だから何なんだよその完成型ってのは。もしかして俺たちの年代特有に見られるあれ系の類い? ま~ま~お可哀想。黒歴史確定ですわね~』
『ぐぬぬぬぬ! 言わせておけば~……何よ! あ、アンタなんか筋肉の塊じゃない! この筋肉ダルマ!』
『そ、そんな急に褒めるなよ……。て、照れるだろ……』
『褒めてないんだけど!?』
部外者から一転。ワケのわからない、気にくわない男へ。
お互い一歩も譲らず、やたらと衝突するようになった。
『俺が一番早く迷子の猫を探せるんだ!!』
『ふん! 私に決まってるじゃない!』
『言うじゃねえか! だったら付いてこれるか新人!』
『上等よ!』
『『うおおおおおおおお!!』』
依頼の猫探しが気づけば途中から町内一周の競争になって、風にこっぴどく叱られたりと、とにかくアイツと関わるとロクなことがない。
でも……
『ほら、アイス半分こな』
『な、なんのつもりよ?』
『詫びだよ一応。先に挑発したの俺だしな』
『ふ、ふん。変なところで律儀じゃない』
風に叱られたあと、二本付きのアイスキャンディーを分けてもらった。
普段は考え無しのアホなくせに、変なところで気を遣う男だった。
『……お前ってさ、ずっとカラダ鍛えてたのか? その、御役目ってやつのために』
『……そうよ。私には、それしか無かったんだもん』
『ふぅん』
深入りしてほしくないところは、深入りしてこない。
口にしてもいないのに、どうしてかそういう距離感をこの男は弁えていた。
よく、わからないやつだ。
でも……
『事情は知らねーけどさ。なんつぅか……すげえなお前。ひとつのことにずっと打ち込めて、努力できるって』
『え?』
アイスを食べつつ、ソイツは屈託のない笑みを浮かべた。
『まさか本当に俺に付いてこれる女子がいるとは思わなかったからよ。正直驚いたぜ? 毎日欠かさず鍛錬してた証拠だな。立派だな、お前』
『な、何よ急に!?』
『折り紙もひそかに練習してただろ? 俺さ、嫌いじゃないぜ、そうやって陰ながら努力するやつ』
『なななっ!? ア、アンタなんかに褒められたって、べつに嬉しくないんだから!』
『なんだ、そのテンプレなツンデレ発言』
『ツンデレ言うな!』
『ハハハ!』
気にくわない相手に褒められたって嬉しくない。
本当だ。
でも……。
その日から彼に仲間として認められたような気がして、夏凜も少しずつ警戒を解いていった。
勝負事で競い合うのは変わらなかったが、気づけばそんな日々が心地よくなっていた。
『にぼっしー! 今日こそ決着をつけてやるぜ!』
『望むところよ! 完成型のチカラを思い知るがいいわ!』
気にくわない相手なのは変わらない。
けれど、一緒にいて不快じゃない。
いつしか彼はそんな対象になっていた。
分け隔てなく競い合えて、遠慮のないやり取りができる。
そんな関係性を、夏凜は楽しんでいた。
……だからこそ、夏凜は思い知ることになる。
そんな相手に、悪感情を向けられたとき、どれほど胸が痛むのかということを。
『……夏凜、悪かった! お前に八つ当たりして! お前の事情も知らないで、ひどいこと言った……ごめん。本当に、ごめん!』
すべてが終わったあと、彼はそう言って謝ってくれた。
だから夏凜はもう気にしていない。
そもそも怒ってもいなかった。
ただ……悲しかっただけだ。
誰かを傷つける言葉なんてとても吐けない彼を、そこまで追い詰めてしまったことが。
だから、決めていた。
もしも彼がまた独りで抱えきれないことで苦しんでいるなら、チカラになると。
……べつに友情とか、特別な感情をいだいているわけじゃない。
そう、これは義理立てのようなものだ。
勇者部でただひとり、除け者にして傷つけてしまった彼に対する義理立て。
それだけだ。
「こほん……ちょっと悠人~! 何してるのよそんなところで!」
夏凜は思いきって声をかけた。
声に反応した悠人は、ゆっくりと振り返る。
「ぐ、偶然ね。アンタにしては珍しいじゃない? こんなに朝早くに外出してる、なんて……」
わざとらしい口調で話しかけつつ、悠人に歩み寄る夏凜だったが……
(え?)
その足が止まる。
(……誰?)
言うまでもない。
結城悠人だ。
だが夏凜の目には……見覚えのあるはずの少年が、別の存在に思えた。
(悠人、よね?)
悠人のはずだ。
だが……
目が違う。
気配が違う。
纏う雰囲気が違う。
まるで何か、人間には理解しがたい、高次元の場所からやってきた異物のような……
「……ん? おう、なんだ、にぼっしーじゃねえか」
しかし、違和感は一瞬のことだった。
「朝早いなお前。まるでおばあちゃんみたいに早起きじゃねえか。ハハハ」
陽気に手を振り、ヘラヘラと笑う悠人。
もうそこにいるのは、夏凜がよく知る、気にくわない少年だった。
「……ふん! アンタだっておじいさんみたいに早起きじゃないの」
ただの、気のせいか。
そう思いつつ、夏凜はヅカヅカと近づいて隣に立ち、少年の横顔を見る。
……うん、やはり悠人だ。
いったい、さっきまでの異様な気配は何だったのか。
「で? 何してんのよ、柄にもなく
「ん……なんか夢見が悪くってさ。海とか見たいオセンチな気持ちになっちまったんだよ」
「夢? どんな?」
「ん~。よく覚えてねーや。気分のいい夢じゃなかったのは、確かなんだけどさ」
「何よそれ」
相変わらず、よくわからない男だ。
ただ、深刻な悩みを抱えているわけではないようだ。
夏凜はホッとした。
(……って、何で私がこんなヤツのこと心配しなくちゃいけないのよ!)
夏凜は赤くなった顔を見られないように、プイっと視線を悠人から背ける。
「……なあ、夏凜」
「……何よ? 急に改まって」
普段はあまり呼ばない名前で呼ばれて、夏凜は不意打ち気味にドキっとした。
こういうときの悠人は、真剣な話をしてくる。
「変なこと言ってもいいか?」
「……アンタが変なこと言わない日なんてないでしょうが」
「何を~?」
「……言いたいことあるなら、打ち明けちゃえば?」
夏凜はそう言って促した。
やはり、何か悩んでいるのか。
海を見てセンチメンタルな気分に浸っているらしい悠人。
義理立てとして、話くらいは聞いてあげようと思った。
「じゃあ、言うけどさ」
「うん」
「俺ってさ……本当にお前らと一緒に居ていいのかな?」
「は?」
わけのわからないことを言い出した。
だが、悠人は至って真面目なようだった。
「もっと言うとさ、俺って生まれてきてよかったのかなって……」
「どういうことよ、それ?」
「ときどき、考えるんだよ。もしも俺が生まれていない世界があったらって」
海の向こうを見ながら、悠人は言う。
「……もしかしたら、友奈に双子の弟がいること自体が間違っていて、友奈がひとりっ子の世界こそ、実は正しい在り方なんじゃないかって」
「……」
夏凜は何も言えなかった。
彼の発言を「バカじゃないの? 考えすぎよ」と一笑に付すことは簡単だ。
だが、そうできない空気を夏凜は感じた。
「そのほうが、辻褄が合う気がするんだよな。すべてにおいて、歯車が回るというか。俺がいたせいで、本当はもっと強いはずの友奈が。実は弱くなっているんじゃないかって。……そう考えるとさ、俺って、ここに居ていいのかって思ってさ……」
「バカじゃないの」
間髪入れず夏凜は言った。
それだけは、言わせないとばかりに。
「アンタは、この世界に生まれたのよ。居ていいに決まってるでしょ」
怒り気味に夏凜は言う。
まるで、自分たちの出会いを否定されたようで、腹立たしかった。
「柄にもなく何悩んでるか知らないけど……アンタがそんなこと言ったら、友奈がワンワン泣くわよ、絶対。もちろん、風たちだって悲しむわ……」
私だって、とは、プライドに賭けても絶対に言わなかった。
……それでも、ハッキリと伝えたいことはあった。
「この世界に召喚されたのだって、アンタが私たちの仲間だって認められたからでしょ? だから、胸張りなさいよ。悠人も……勇者部の一人よ」
赤くなった顔を俯かせて、夏凜は言った。
海風が頬を撫でる。
隣で悠人が穏やかな笑みを浮かべていた。
「……サンキュ。少し、気が楽になった」
「あっ、そ」
ぶっきらぼうに言う夏凜だったが、内心では安堵していた。
「……あのさ? 久しぶりに組み手でもしていかない? 相手になるわよ?」
気まずさを誤魔化すように、そう提案する夏凜。
何かと衝突することの多い二人だが、武術の面に関しては、お互い敬意を表していた。
悠人との組み手は、良い訓練になる。
数年勇者として鍛えてきた夏凜ですら、苦戦する腕前。
鋭い拳速と、修羅のごとき闘気には、本気で戦慄を覚えるほどだ。
ついつい反射的に勇者端末を取り出して、変身してしまいかねないほど、脅威を感じることもある。
ときどき夏凜は考える。
もしも悠人が勇者としてチカラを得たら、ひょっとしたら自分たちの中で一番……
「ん~……いや、今日は遠慮しとくわ。ちょっとカラダに負担かけたばかりだからよ」
「そう。ならしょうがないわね」
「うん。……そろそろ帰るわ。無理しすぎんなよ、にぼっし-」
「アンタに言われたくないわよ筋肉バカ」
「左様で、サプリ至上主義さん」
お互い憎まれ口を叩きつつ別れる。
「……ねえ! ひとりで溜め込むんじゃないわよ! 勇者部五箇条! 『悩んだら相談!』よ!」
砂浜から離れていく悠人の後ろ姿に向けて、夏凜は言う。
悠人は右手だけを上げて、振り向かず去って行く。
その後ろ姿は、やはりどこか無理をしているように、夏凜には見えた。
「……ホント、よくわかんないヤツ……」
なにもかも打ち明けたいわけではないだろう。
それは、わかる。
だが、水くさいではないか。
自分たちは、仲間なのに……。
自然とそう考えている自分に、夏凜は驚いた。
(やっぱり変わったのかな、私……)
数ヶ月前の自分がいまの自分を見たら、さぞ驚くだろう。
勇者部との出会いが、夏凜を大きく変えた。
もう、あの頃のような自分には戻りたくないと思うほどに。
この世界に来てからも、いろいろ変わった。
たとえば……。
彼の寂しげな後ろ姿を見ていると、つい衝動的に抱きしめて、安心させたくなる気持ちが湧いてくるといった……
「っ!?」
夏凜は木刀を握って鍛錬を始める。
危ない。
ほぼ無意識で考えていた。
まるで当然のことのように。
いけない。
考えてはいけない。
彼をそんな目で見てはいけない。
だって自分たちは、仲間だから。
そんな思いをいだいてはいけない。
(ダメよ! 私は絶対に……)
──アイツを、欲望の捌け口なんかにしない!
* * *
「ふぅ、ふぅ……」
悠人は人気のない路地裏で息を整えていた。
夏凜との組み手を断ったのは、確かに体調が理由だ。
だが、もうひとつ理由がある。
それは……
まるで条件反射のように、夏凜に手を出そうとする自分がいたからだ。
(俺は、いったい、何を……)
トレーニング用の薄着を身につけた夏凜に、悠人は性的衝動を覚えていた。
それだけのことならば、年頃の男子としては、おかしいことではない。
だが……当たり前のように夏凜と性的交渉を結ぼうと考えていたのは、普通ではない。
(どうしちまったんだ、俺……)
友奈たちのように、抑えきれないほどの過剰な発情に襲われたわけではない。
事はもっと深刻だ。
まるで深層心理に、そう植え付けられたかのように、夏凜と肉体関係を結ぶことを自然と考えていた。
明らかに、異常だ。
あのまま組み手をしていたら、夏凜を襲っていたかもしれない。
(何だ……俺に、何が起こってるんだ?)
異常といえば、肉体のほうもそうだ。
昨夜、四人の美少女とあれほど激しい性交をしたというのに、すでに悠人の精力は十全に回復していた。
いや、それどころか……さらに上昇している。
媚薬効果のある母乳を摂取したことだけが、原因ではないように思う。
やはり、昨夜の夢を見てから、変化が起きている。
だが……どうしても夢の内容を思い出すことはできなかった。
何か、とても重要なことを、聞いた気がするのに。
(……俺、本当に居ていいのか? この世界で、皆と一緒に……)
戦いは、さらに激しさを増すだろう。
造反神から土地を奪還するごとに、各時代の勇者や巫女が召喚され、戦力も増えていく。
……それは同時に、友奈たちが悩まされている症状に彼女たちも振り回されるということ。
これから召喚されるであろう、まだ見ぬ少女たちの前で、自分はどう振る舞っていくべきなのか。
彼女たちと関わることは正しいことなのか。
(俺は、いったい……)
これから、自分たちはどうなってしまうのだろう。
先のまったく見えない未来。
ただの一般人に過ぎない悠人には、予想もできるはずがない。
すべては……
文字通り、神のみぞ知る。
* * *
星々が瞬く。
無数の星々が。
尖兵に選ばれなかった星たち。
精鋭に選ばれなかった星たち。
使命を与えられた十二の席はすでに埋まっている。
数よりも質を。
純度を上げた性能と戦闘力を誇る個体を繰り返し使役することを、
ゆえに、他の星々が活躍する機会はとうに無い。
たとえその中に、幻想の世界に生息し、神秘そのものを体現する、強力な個体がいるとしても……。
──ならば我が、器を与えよう。その《神話》を体現するに、相応しい器を。
星々が鼓動する。
選ばれるはずの無かった座が、形を得て、息吹を上げる。
創造主とは異なる、神の手によって。
戦う
だが……その権能は《創造》。
天から降り、地上に新たな理を敷いた創造神の一柱。
ゆえに……天に煌めく《神秘》も、地に刻まれし《概念記録》も、器に与えることができる。
──生誕せよ。天のチカラを宿し、幻想の住人たちよ。君臨せよ。地に畏怖され、語り継がれる神域の生命たちよ。
四つの煌めき。
四つの咆吼。
四の座が、新たな創造主の呼びかけに応える。
黒鉄の星が、堅牢なる鉄壁の鱗を纏いて、巨大な尾を揮い、大地そのものを抉る。
紅蓮の星が、生命の炎を輝かし、永久に燃える煉獄の裁きを与え、無限の流転を繰り返す。
黄金の星が、稲妻を纏いし翼を広げ、天に無数の残像を描き、刃のごとき鉤爪から神速の斬撃を繰り出す。
群青の星が、眩く煌めく翼で宙を制し、重き蹄で動きを封じ、光の矢で標的を射貫く。
それらは本来、存在しえないモノ。
されど、その姿を知らぬ者はおらず、その名を聞かぬ者もいない。
悠久の時を経て、天に座し、地に根ざした、伝説上の存在。
それらが、《生命の頂点》として、器を得た。
《十二の座》とは異なる形を与えられて。
《十二の座》とは異なる理を与えられて。
《十二の座》とは異なる使命を与えられて。
新生した四の座は、新たな主に忠誠を誓う。
己に与えられた役割を、全うするため。
揃った精鋭は四体。
得た《絆》は四つ。
いずれ、集うべき者たちも集う。
──
恵みの源、神樹に向けて。
その内に座する、《王》に向けて。
思い出させてやろう。
なぜ天の神である自分が、地の世界で、新たな理を作ったのか。
なぜ自分が、盟友のもとを去ったのか。
それは……
このまま、取り込まれなどしない。
必ずや目的を成し遂げる。
すべては、少女たちを救済するために。
偽りのものとは異なる……真なる楽園に導くために。
──さあ、始めよう。
* * *
《サクラの紋章》
《アサガオの紋章》
《スイレンの紋章》
《太陽の紋章》
四つの紋章を入手しました。
というわけで、序章も終わりようやく本編スタートです。
序章といっても18万字ほど要しました。
はい、普通に分厚いラノベ一冊分、薄い文庫二冊分の文量ですね。
序盤をえがくだけでどんだけ時間かかっているという(白目)
次章から「わすゆ組」の三人が加わる予定です。
まだ関係を持っていない勇者部の面々とも、そちらでって感じになるかと思います。
連載開始から約二ヶ月、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
皆様の感想や評価が日々の活力でした。
今後も応援してくださると幸いです。
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【参考程度にお聞きします】エッチなシーンを見たいキャラクターは誰ですか?
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伊予島杏
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高嶋友奈