静花
「はあっ……はぁっ……」
連れて行かれた部屋からなんとか逃げ出した私は怪我をした腕を庇いながら一生懸命に逃げる。休みとはいえ、学校に先生が居るはず……いや、この学校の理事長の孫として有名な清秋院先輩も居たから先生はまずい。だけど、校門を過ぎれば住宅街なんだから平気なはず。
「っていうか、携帯で警察を呼べばいいじゃない!」
急いで走りながら携帯を取り出して110番にコールする。コール音が何度か鳴って……突然に切れた。何度も掛けても同じだった。慌てて電波を確認すると、有り得ない事に圏外となっていた。
「どういう事よ!? っ!? やばっ!」
階段を降りている最中にバランスを崩して倒れてしまい、慌てて受け身を取る。護身術をお母さんに教わっていて良かった。急いで立ち上がって周りを確認する。そして、有り得ない光景が私の目に映り込んできた。
「何よこれ……なんで周りが赤いの? いや、それ以前になんで月が黒くてあんな大きいのよ!」
いつの間にか赤い夜になっていて、頭上には漆黒といっていい黒い大きな月が存在している。
「っ!?」
嫌な予感がして急いで物陰に隠れる。すると、乱れた服装であそこから男の人のを垂れ流しながら武器を持ったあの部屋に居た先輩達がやって来た。それも感情の抜け落ちた顔で、はっきり言ってかなり怖い。あのままあそこに居たら私もああなったのかも知れない。やっぱり逃げて正解ね。
何か使えそうなのは……逃げる時に奪って窓を壊すのに使ったこの金でできた高そうな箱くらい?
この箱のお陰で簡単に壊せたから大した怪我もしてないけど。とりあえず、何かに使えそうだから持ってよう。それよりも、今は逃げるのが優先。確か、柵に小さな穴が空いている所があったはず。そこから街に逃げよう。
なんとか見つからずに学校から逃げ出す事ができた。でも、なんだか見られている気がする。急いで逃げないと。
素足のまま走っているので、突き刺さる石や枝を無視してなんとか坂を駆け下りる。
「ミツケタ」
「痛っ!?」
どこからか銃弾が発射されて、それがあたった痛みを感じてバランスが崩れる。そして足を縺れさせて転がってしまう。全身を打ち付けた私は意識を失ってしまった。もう逃げられないのかもしれない。
次に目覚めた時、私は幸いな事に捕まって居なかったのか、街中にいた。全身が痛いけど、なんとか身体を起こすと、そこは私の知っている街じゃなかった。人が居ないとか、赤いとか、そんなのじゃない。
「嘘……」
後ろを振り向くと、山があって学校があったはずの場所には真っ直ぐな道が続いて霧が立ち込めている。周りの建物は洋風な物で、看板なども日本語ではなく英語みたいな物になっていた。
「一体どうなってるの……」
今日は少し前に友達になったひかりちゃんと一緒に買い物に行くだけの予定だったのに。それが、ひかりちゃんが学校に大事な物を忘れたからついてきてってお願いしてきて、一緒に学校に行ったんだけどまさかこんな事になるなんて……朝から嫌な予感がしてたはずよ!
「現実逃避は駄目。お母さんがピンチの時ほどどうにかする為に足掻かないとそこで死ぬんだって言ってたし……うん、大丈夫」
改めて周りを見回すと、写真で見た事がある気がする。確か、お母さん達が送ってきた写真で見た。ロンドンとか、そんな感じがする。でも、まさかそんな所に移動しているはずもない。
「やっぱり、危険だけど人を探さないと……圏外だし」
街を歩いて人を探していく。時間が経つとだんだんと体調が悪くなってくる。体が重くなってくる。それでも、諦めずに金色の箱を握りながら頑張って探すと、少しして前方に人影を見つけた。その人は身長150cmくらいで、私より少し大きいくらい。霧でよく見えないけれど、背中が露出している。
「あ、あのっ、すいません!」
「っ!?」
ビクッとしたあと、こちらに恐る恐る振り向いてくる。その子の服装は、なんていうか……露出が凄かった。上はまだ体にフィットした黒いノースリーブなのでなんとかいいけど、下は水着なのかもしれないけれど、紐のショーツだけだし足は一応ニーソックスで隠している。というか、コスプレっていうやつなのか、腰周りに何かのパーツがある?
「ここは一体何処ですか?」
俯いている彼女に質問すると、顔を赤くしながら手を上げた。その時、体力の限界か、人を見つけて安堵したのか、力が抜けて尻餅をついた。その時、私は手に持っていた箱を前に出していた。同時に私の目の前に何かが通り過ぎて金属音が響き、私の額が熱くなった。そこから赤い液体が流れ出ている。
「え?」
「……外れた?何、その箱……危険……」
彼女の包帯が巻かれた手には血が付いたナイフが握られている。つまり、斬られたって事!
「っ!?」
意識が身体に追いつくと、急いで私は逃げようとする。だけど、身体に力が入らずに全く動けない。そんな私を彼女が冷酷な瞳で見つめてくる。恐怖が身体全体を支配する。
「……どこを取ろう……子宮と膀胱? それとも心臓? 真っ赤な子宮と心臓でいいかな……」
私の身体に何処からか取り出したメスを近づけてくる。
動け動け動け動け動け、動けぇぇぇぇぇぇっ!!
身体を意思で無理矢理動かして逃げる。
「……何処に行くの? 逃がさない」
「っ!?」
一瞬で取り押さえられて、振り下ろされるメスが何故かゆっくりと見える。
走馬灯? 冗談じゃない! こんな所で死んでやるもんか!
精一杯、女の子を睨み付ける。
「っ!?」
痛みが来ると思った瞬間、振り下ろされたメスを突如差し出された腕が私の代わりに受けてくれた。
「子供を襲わせる訳にはいかんな」
「ちっ」
拳銃を少女に向けて至近距離から容赦なく発砲する男性。少女はバックステップをしながら信じられない事にメスで銃弾を弾いた。
「すまないが、失礼するよ」
「あっ、はい……」
ホームズのような格好をした男性が怪我をした腕で私を抱き上げて、少女に射撃しながら距離を取っていく。少女の方もナイフを投げてくる。そして、ある程度離れたら銃を上に投げた。
「今回はこれで失礼するよ」
「……待てっ」
男性が何かを地面に投げると、煙が吹き出て視界が真っ白になった。しばらくして、何処かの裏路地へと着いていた。
「ふぅ……」
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。と、言いたいのだがね。正直まずいね。このメスは特別でね」
腕に刺さったメスを引き抜いた。すると、沢山の血が流れ出した。
「手伝います」
「すまない」
服を一部破いて止血を手伝う。でも、何故か少しも血の出る勢いが衰えない。
「しかし、君は一般人のようだが、よくこの霧の中で生き残れているね。だからこそ、私も助けに入ったのだが……」
「え? どういう事ですか?」
「この霧は彼女、ジャック・ザ・リッパー……いや、ジル・ザ・リッパーと言った方がいいか。彼女の権能なのだよ」
「なっ、何を言っているのですか?」
いきなり過去の殺人鬼の名前を言われても……まさか、ここは過去なの?
「ふむ。なるほど、君は何も知らないみたいだね」
「どういう事ですか?」
「時間もないから簡単に教えよう。私はシャーロック・ホームズ。そして、先程の少女がジル・ザ・リッパー。まつろわぬ神と呼ばれる存在、神様だ」
「かっ、神様っ!?」
「信じる信じないは君に任せよう。だが、普通では起こりえない事が起きているんじゃないかね?」
「そっ、それは……そうですね」
普通じゃ有り得ない経験をしている。この人の言う通り、色々とおかしい。
「あの、神様だというのは置いておくとして、時間がないってのは……」
「私もそうだが、君は体調が悪くないかね? 一般人なら普通はこの霧に入った瞬間に即死するのだが」
何それ、怖い。でも、私は大丈夫だよね。なんでだろ?
「魔術師ですらダメージを負う。この空間でまともに活動できるのは神かカンピオーネくらいなのだ。例外は神器を持っている。そう、君みたいなのとかね」
「神器……?」
「その金でできた箱だよ。私の観察眼からして、それは……パンドラの箱か。なるほど、それで彼女のメスを弾いたのか。確かに納得だ」
「って、それって凄く危険じゃないですか!」
災厄が詰まってる物だよ!
「開けなければいい。いや、その中には別の物が入っているね。ある意味では災厄その物だが……」
「な、何が入っているんですか?」
「最悪の神獣だよ。それをどこで手に入れた……いや、残っている残滓から推理しよう。なるほど、アンラ・マンユのカンピオーネか。確かに彼ならアレを呼び出せる。封印したのはパンドラ本人だな。面白い」
「いや、わからないから」
「君の事情を聴いてから教えよう」
私は今日あった事を話すと、シャーロック・ホームズと名乗った人は直ぐに納得してくれた。
「君が助かる方法を教えよう。ただし、それはただの普通の人間を止めて戦いの道を進む修羅の道だ。かの者と同じ存在になり、ようやくなんとか逃げる事ができる。かも知れない」
「かもしれないんだ……」
「同じ存在であろうと、力の差が存在するからね。このまま私が彼女をそれを借りて倒しても、君はその瞬間に死ぬだろう。逆に私が殺されても君は解体されて死ぬ事になる」
「それって、助かる道ないじゃないですかっ!!」
「そうだね。ここで安らかに苦しまずに殺してあげる事もできる。そして、生き残る事もできるが、それはとても大変な、それこそ先程言ったような修羅の道だ」
どちらにしろ死ぬしかないんじゃ、最後のしか選択肢がないじゃない。死にたくないし、どんなに無様でも、惨めでも足掻いて絶対に生き残る。それがお母さんの教えで、草薙家の家訓だから。ちょっと違うけど、どっちにしろ、こんな所で死んでなんてやるもんか!
「その表情は決意したようだね。じゃあ、足止めはしてあげよう」
「はい。よろしくお願いします」
「私が合図したら、静花君、君はパンドラの箱を敵に向かって開けるんだ。強い意思の力を込めるんだよ。そうじゃないと開かないだろうからね」
「わ、分かりました」
「では、行こうか。あちらも我々を見つけたようだ」
「っ!?」
「では、君はここに隠れて通りを覗いていてくれ」
「はい」
ホームズさんは出て行って、霧の一部に銃を発泡する。すると金属音が聞こえて、霧の中から彼女が出てくる。
「さあ、今回の決着を付けようじゃないか。観客が一人なのは悲しいがね」
「……五月蝿い……何度も邪魔して……許さない……」
「それが探偵としての、私の仕事なのでね!」
銃を撃ちながら接近していくホームズさん。他にも魔術とかを使っているみたいだけど、私にはわからない。どちらにしろ、二人の攻防はおかしいという一言に尽きる。常人ではありえず、破壊を行っている。接近戦となると、ホームズさんは彼女の行動を先読みして攻撃を交わして逆にカウンターを入れていく。
「その程度かね? 君の母親への愛はその程度なのかね?」
「っ!? 黙れっ!」
「まだまだ未熟だな」
そういいながら、自分の身体にナイフを突き刺させて腕を取って固定した。
「……何をするっ……!?」
「こうするのだよ。静花君、私ごとやりたまえ」
「でっ、でも……」
「私達は神だ。いずれ復活する。気にせずやりたまえ」
「はっ、はい……」
「……させない……それを捨てろ」
「っ!?」
身体が勝手に箱を捨てようとする。起死回生の為にはこれを開けるしかないのに。
「静花君、強い意思を持って言霊を破るのだ。こんな所で死ねないのだろう?」
「そう、だ……こんな、理不尽な事に負けてなんてやらないんだからっ!! だいたいなんで私がこんな目にあわなくちゃいけないのよっ!! ふざけんなっ!!」
思いっきり心の底から叫び声をあげて身体中の力を振り絞って、箱を向けて開く。
「素晴らしい。それでこそ新しい神殺しだ」
「……おまえっ……」
「ジル・ザ・リッパー、楽しみではないか。私と貴様の権能を持つ神殺しを生み出すのだ」
「……ふざけ、るな……」
開いた箱から真っ黒な塊が飛び出て巨大な複眼のドラゴンの姿を取り、二人を飲み込んでいく。いや、真っ黒な塊から無数の口が増えて食べていく。それは私も例外じゃないみたいだ。痛みはなく、直ぐに黒い奔流に飲み込まれて私は意識を失った。
身体中が痛くて、苦しくて辛い。
「この子が新しいあたしの娘ね」
「……」
「そうだ。しかし、まさかお前が殺られていたとは驚いたぞ」
「あはははは、親子喧嘩だよ。ちょっとお仕置きのつもりが逆に殺られちゃった」
「……馬鹿……?」
「五月蝿いわね、殺人鬼幼女」
「……解体してやる……」
「やれるものならやってみなさい」
「やめておけ。それよりも儀式をさっさとするといい」
「そうね。面倒だから二人ね。ああ、どうせならジルに合わせちゃえ」
「……何をする……」
「その服もセットして、後はホームズの観察眼も持てるわね。よしよし」
「……待て、やめろ、脱がすな……」
「やだ。ふふ、たっぷり神力を吐いてもらうわよ」
「ふむ。面白そうだね。協力しよう」
「……や、やめて……」
ピンク色のツインテールをした女の子と、黒い名状しがたきものに飲み込まれた二人が居る。私は動けないみたいで何もできない。
「っと、そろそろいいわね。それでは皆様。このあたらしい我が子に祝福と憎悪を与えて頂戴! 8人目の史上最年少の神殺しの誕生に聖なる言霊を与えてあげて!」
「……今度は、解体する……」
「若きカンピオーネとなる君には多数の困難が待ち受けているだろう。私から与える瞳は必ず役に立つだろう。自らを磨き、また相まみえる時は知恵と知恵の勝負をしようではないか」
「まあ、貴方はアストに狙われてるから大変だろうけど……頑張ってね。あと、ごめんね。蘇生場所って移動できないんだよね。てへ」
とんでもない言葉を聞いた気がする。
「うん、まあ義理の娘にもなるなら別に問題ないからいいよね」
「あるだろう。本人が望んでないぞ」
「政略結婚とかよくあるじゃない」
「……?」
「ジルにはわからないわね。まあ、頑張ってね」
「……負ける、な……お前は、わたしたちが解体する……それか、おまえもわたしたちになる……楽しみ……」
「おや、流石に我々も限界のようだ。アジ・ダハーカは流石だな。では、静花君。成長した君と会えるのを楽しみにしていよう」
起きた時、私は真っ暗な場所に居た。何も思い出せない。服はなく、手足が拘束されているのがわかった。それ以外は何もわからない。