※この作品はR-18です。

過ぎ去りし日々に   作:Planador

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鴨川を流れ下りし恋心

 目元に差し込む自然光で目が覚めた。既に日は高く、外では走り回る子供たちの声が聞こえる。

 休日の私は、割とお寝坊さんだと思う。とはいえ、正直同じような人は他にも多いだろうことは、容易に想像がつく。ずっと家に籠ってという人種ではないけれど、さりとて早起きしてずっと外をほっつき歩くような人種でもないのだ。

 今日は暁くんと二人きりで会う日。時間は午後からを指定しているから、別に早起きする必要もなかった。

 欲を言えば、もっと早くから二人きりになっていたかったけれど。でも、考えられる状況を加味すれば、恐らく早すぎない方がいい。

「もうちょっとゆっくりするかなぁ……」

 大学は卒業単位も揃えていて、尚且つあかりのバイトも非番となれば、こんな感じになるのは、割と他の大学生もそうなのではないだろうか。何も私自身が怠惰ではないと証明したいわけではない。

 ゴロンと、再びベッドに横になる。思っていたより勢いがついていたからか、スプリングがギシリと音を立てて反発して、少しだけ揺り戻しが起こる。

 見上げた天井は特段変わったことはなくて、そして何か変わることもない。これが夜暗ければ突如シミが広がり始めるホラー映画ばりの妄想も出来るのかもしれないけれど、生憎既に日が差し込んである程度の光量を持った室内は、そんな非現実的な変化を起こす空想の隙間をも許さない。

 少しばかりうつらうつらとしてきた。真っ暗な部屋より、適度な光量がある方が却って寝やすい人も多いだろう。私はご多分に漏れずそのパターンだ。

 そのまま再び夢へと落ちていく。少しぐらいお腹に何か入れなきゃと思いながら、だけどそれをするための意識も手放して。

 そして思い起こすのは、さながら走馬灯のように、いつか見た記憶だった。絶望に繋がっているわけではない、ただ憧憬と郷愁だけに包まれたいつかの景色へと。

 

 

 

 大誠くんとの出会いは、幼い頃、私の掛かりつけ医だった先生の、同い年の息子として紹介された時だった。診察が終わって、近所に住んでる同い年同士の子ならどうせ同じ小学校になるだろうからということで、折角だから仲良くなってらっしゃいと言われて。

「へぇ。鬼無水さんはとにかく体力をつけたいと……」

「そうなんです。ずっと病気がちだから、元気になれるようないい方法がないのかなと思ってるんです……」

「あ、ため口でいいよ。同い年だっていうから、きっと長い付き合いになるだろうからね」

「じゃぁそうさせてもらおうかな。よろしく」

 接しやすいな、とまずは思った。同時に、悪い人でもないんだろうとも。

 だけど、その印象は、次の瞬間に打ち砕かれることになる。

「名前のみさきというと……病を呼ぶ悪霊という意味があってね……」

「私、悪霊なの?」

「冗談だ。みさきって名前は多いし、本当にそれを願って名付けられたってことはまずないからね。ひらがなで名付けられたなら、漢字でだけでは表せない、様々な願いを込めたんだと思うよ……想像でしかないけどね」

 冗談で和ませようとしてくれたことだけはわかった。多分、自分で考えるより表情とかが硬くなっていたのだろう。そして彼はそれをほぐそうとしてくれたのだとも。

 とはいえ、正直なことを言えば、性格がいいわけではないんだろうと。この時は思ってしまった。最初の冗談で、悪霊かもしれないと言われて、いい気分をする人なんているわけがない。

 結果的には悪い人なんかじゃなかったし、寧ろ最初に私によくしてくれた人だけど。それでも、第一印象というのは中々抜けるものでもないから、友達以上になるということはないのかなと、その時点で思っちゃったというのはあるかな。

 でも、結果的にはそれでよかったのかもしれない。私が最初に必要だったのは、将来を誓い合う相手じゃなくて、何事も相談できる気の置けない友人だったから。そして大誠くんは、私にとって相当早い段階で、その枠に収まってくれた。

「さて、別に部屋の中で何か言ってても仕方ないし……」

 そう口にした大誠くんが、徐に立ち上がる。

「ちょっと、散歩しようか。それくらいは問題ないだろ?」

 席を立って、そのまま外へと出て行ってしまう。慌てて私はその後を追いかけた。

「おっと。悪いね、急がせちゃって。これくらいなら大丈夫そう?」

「うん……ずっとだと苦しいけど、でもほんの少しの間だけなら」

 それだけを交わして、二人並んで歩き始める。始めたはいいんだけど。

「えっと、どこまで行くの……?」

「そうだね……一応考えてはいるつもりだから、みさきの様子を見て、かな」

 それだけ言われても。今日初めて会った男の子と出かけるにしては、あまりにも遠すぎる。そして大誠くんの反応も殆どない。

 ずっと歩き続けるのは、体力をつけるためにやっていたことだったから、余程体調が悪くさえなければ、そこまで苦でもない。だとしても、気付けばかなりの距離を歩いていた気がする。

 その間、大誠くんは殆ど何も喋らない。時折きょろきょろと辺りを見回して、時には立ち止まって、そしてそれ以外は無言で歩くだけだ。

「どこへ行こうとしてるの?」

「そうだね、ここがいいかなって」

 痺れを切らして私が訪ねた時には、既に大誠くんが目指していた目的地に着いていた。広いロータリーの奥に私たちなんかより何倍も大きい鳥居がどっしりと構えている。

 様々なシーズンでなくとも、やってきた北野天満宮に観光客が途切れることは殆どない。私はわざわざ来たことは殆どないから、正直私はあまり印象にはない。

 そして再び、大誠くんは私が着いてきていることを視認だけして、ずんずんと一人でに奥へと向かって行ってしまう。私はまた慌てて追いかける。

 やがて、境内のとある場所で大誠くんが立ち止まった。勢い余って私は急ブレーキをかけたみたいになったから、私の足元の玉砂利が音を立ててこすれる。

「この坂、どれくらい上り下りできるかな」

 それは、私みたいなまだ小さい子供にとっては、結構な急坂だった。見下ろすと、恐らく建物三階分ぐらいの高さがあることがわかる。

「大丈夫だよ、そのために後ろから着いてきてくれているんだし」

 その言に振り返ると、お母さんがそっと手を私に向けて振っている。だから、大誠くんは時折立ち止まりながら様子を窺って、その上でずっと歩いていたんだね。会話もなしにずっと歩いていたのはどうかとも思うけれど。

 改めて、坂の下を見下ろしてみる。隣には階段があるから、どうやらこれのことを大誠くんは指しているようだ。

 すると、先に大誠くんがその階段を降り始めた。家の中でもよくあるような、割と普通の階段だけれども、まだ小さい私たちには、存外に急に見える階段。

「どう? もしかして怖いとかあった?」

「別に怖くはないけど……」

 特段高所恐怖症とかはないから問題はない。私が不安なのは、一度降りたら、また上ってこれるかどうかだけ。

 ゆっくりと歩くこと自体はやるけれど、でもこれだけの距離をずっと歩き続けたのは初めてだった。だから、少し落ち着いて自分の身体と相談してみると、案外疲れが溜まってしまっている。

 それでも、まずは一歩足を踏み出す。それは先に行った大誠くんに出来ないと思われたくないからじゃない。ただどこかで、これくらいのことは出来ないと、と思う自分に対しての反抗心が芽生えたからなんだ。

「つ、辛かったら無理しなくていいんだからね?」

 その時の私はどこか鬼気迫る表情だったのかもわからない、大誠くんの顔がどこか焦り気味だったのは、どうしてだかよく覚えている。それより前の記憶なんて殆どないから、そういう意味では私の原初の記憶は大誠くんの焦った顔だ。

 そして、下まで降りきって、膝がガクンと曲がった。慌てて大誠くんが抑えにかかる。大誠くんのそれがなければ、そのまますっ転んでいただろう。

「っと、大丈夫か」

「――うーんとね、平気っ」

「そんなわけないだろう。そこにベンチがあるから、座るぞ」

 確かに平気じゃなかったのは事実だ。だけど、体力を使い切ったというより、内股が痛かったことの方が大きい。

 小さい子にしては歩き詰めで、そして最後にしたことが大股で階段を下りる事だった。慣れないを通り越して、初めてのことを続けざまにしたから、足がもう休ませてと叫んでいる。

 そして私が座るが早いか、私の方を向くようにして、だけどすぐに俯いて、大誠くんが口を開く。

「――ごめん、張り切りすぎた」

 初めて、大誠くんが小さく見えた。ずっと私を引っ張ってきてくれていて、それ自体は嘘だとは思ってはいなかったけれど、でも失敗したなと感じた大誠くんは、思っているよりショックを受けているようだった。

「僕もさ。体質的に歩いていた方がいいというのは言われててさ。なんでかって、お父さんとお母さんも少し体質的に太りやすいところがあって、それで僕も健康のために歩けというのがあって。それで、一緒に歩ける仲間が出来たって、うきうきしちゃったところがあるんだ。だから、ごめん」

 そこまで思い詰める必要はないのに。だけど、それを言うための適切な言葉が浮かばない。

 ふっと顔を上げると、『悪水抜き』という看板が目に入った。私がその視線に気づいたのだろう、大誠くんが改めて口を開く。

「あぁこれか。えっと、この場所が、元々他の場所から土を運んできたものらしくねで、そこに雨水が溜まってしまうんだけど、それを悪水と呼んだんだって」

 正直、ぱっと見でわかることは少なかった。図解はあったけれど、それがどういうことなのか小さい私には中々理解できない。わかることと言えば、私の苗字にある水という漢字が入ってるなということだけ。勿論大誠くんはそんなことは露程も知らず。

「僕も難しくてよくは知らないんだ。だけど、この看板は、溜まってしまった悪い水を抜くためにあるものなんだって。でも、その悪い水というのは元々雨が溜まったようなものみたいなんだけど、それは本当に『悪い水』だったんだろうか? ここは『悪い水が流れて行くところ』だと言うけれど、そこの川は、流れて行けば、僕たちが住んでいるところの近くまで来るんだ。だけど、別に悪いものだとは僕は思ったことがない」

 実際に悪いかどうかなんてわからない。だけど、そういう『悪くないと信じる』のは、ほんの少しいいなと思った。

「鬼無水というのも、『鬼の無き水』ってことだろ? 鬼は悪いものだ。それがない水ってことは、美しい水なんだと、僕は思うよ。そもそも水は本来綺麗なものだしね、元々の綺麗な状態なんだと思うよ、その苗字は」

 そして何より、私の苗字をそこで気にかけてくれた。それだけで、少なくとも仲良くはなれるというように、その時は思ったんだ。

「もしかして、大誠くん、これを私に見せるためにここまで?」

「いや、これはたまたまだね」

 思いっきりずっこけた。それがあってここまではるばるならわかるけど、そうではないとなるとなんのためだったのか。

「でも、来てみてから、もしかするとそれを知っていたのかもって思ったよ。みさきがじゃない、僕がここへ君を連れてくるようにって。変なことは信じないけど、ここは神社だ、もしかするというのもあるのかも、とは思ったね」

 この頃の私は、まだ勉強がどうだとか、そういうようなことはなくて、ただ大誠くんの博識ぶりに舌を巻いていた。今にして思えば、私の知らない世界を広げてくれる存在というのは大誠くんと暁くんとで被るところがあって、だからこそ親しみを覚えたのかもしれない。

 というより、こうしてみると、この頃の大誠くんは、今の暁くん以上に非科学的な考えも持っていたんだな、とも思う。寧ろ、この頃こうだったから、今の科学的な思考になったということなんだろうけど。当時の時点で、暁くんと大誠くんが出会えていたら、また何かが変わったんだろうか。

「まぁ、それはともかく。お父さんが診察をしていて、色々な人を診てきたんだ。勿論、そんなもの見た内には入らないのかもしれないけれど、だけどその中でも『諦めない人』は強く印象に残ってる。そういう人は、どんなに病気が悪くても、生き生きとしているんだ。そして、病気にかかりたてでまだそこまで悪くなってない人で、死にそうになっている人もいた。そして、生き生きとしていた人はみんな回復していって、元気がなさそうだった人は、その後どんどん悪くなっていったんだ」

 そして大誠くんが語るは、大誠くん自身が診てきた人たちの話。

「病は気から、って言葉を知ってるかな。自分がいくら健康でも病気でも、何より心が元気でなくてはいけない。実際、そうだって人を何人も見てきた。最後まで諦めちゃいけない。僕の行動理念だよ。お父さんが診ていた人たちに僕は教えてもらった。なんて、みさきよりは元気な僕が言うのもどうかと思うけどさ。みさきには諦めて欲しくない。それだけは言える」

 こればかりは、私がどうとかいうんじゃなくて、その人たちの経験を大誠くんが見てきたからこそだった。

「だからとにかく、みさきも、体が弱くても、ギリギリまで頑張ってみないかい。無理をすることはないんだ。それに、現に今、出来たんだしさ」

 大誠くんの生の体験であるその話こそが、私にとっては一番深く響く。最後の最後で、それが私の胸を抉って、深い爪痕を残す。

「さて、そろそろ帰ろうか。立てるかい? 無理そうならお母さんを呼ぶけど」

「平気。少し休んだらある程度は歩けるようになったから」

 だけど流石に、帰りはバスに乗せてもらおう。向こうで、お母さんが呼んでいる。

 結局、この場所については、どうしてここに土を運び込んだかというのはよくわからなかった。後年、その坂は御土居という昔からあるものであると知った。

 御土居自体は、要するに京の都を外部から守るための外壁みたいなもので、それは物理的にも霊的にも作用するものであったらしい。とにかく、外敵から京の都を守るためのものであるということだけは、早い段階で理解をした。

 これの詳しい歴史を知るのは、片手の指には収まらない年月は先のことになる。だから、この時の話自体はこれでおしまい。

 だけど、この時御土居と悪水抜き、そして大誠くんから教えてもらったことは、全て今の私の礎だ。御土居はきっと鬼縁として。悪水抜きは嫌なことを気に留めないように。そして何より、大誠くんに教えてもらったこと。

 逃げるな、立ち向かえ。そして心を強く持て。そうすることで何事にも強く立ち迎えられる。だけど、私のその想いは、いつしか強迫観念となって。悪水抜きの基本は、立ち向かうという観念に取って代わられた。

 そして、それがそれをも超越した、何事からも逃げないという、私にとっての絶対不変の『前提』と化すのに、そう時間はかからなかった。その切っ掛けが、大誠くんなだけだったってこと。

 ――これ、縁ちゃんに知られたら、すごく怒るだろうなぁ。とてもじゃないけど言えないや。

 

 

 

 小学校入学前の、段々春めいてきた穏やかな気候の日。私の体調が珍しく良くて、だから外をお散歩していた時。

 公園で、他の子らに混ざらず、一人でぼんやりとしている子がいた。独りでブランコに座ってぶらぶらと揺れる様は、まるでその子の落ち着かない気持ちを示しているかのようで。

「ねぇねぇ、一人でどうしたの?」

 その子を見た瞬間、あぁ、今度は私が大誠くんが私にしてくれた時のようにしてあげなくちゃって瞬間的に思った。だから、それを見てしまえば、声をかけるのをためらうという選択肢は、この時の私にはなかったんだ。

「……別に、なんでもない」

「なんでもなくないよっ」

 放っておいたら、ずっと一人のままにも見える。彼女から感じる疎外感は、どうしてか絶対に無視してはいけないように感じた。

「ねぇ、どうしてそこで一人ぼっちでいるの?」

 きこきこと、金属の吊り輪の擦れる音だけが響く。他の子どもたちの遊ぶ声はここからだと遠すぎて、あそこで何か遊んでいるなということしかわからない。

 やがて、彼女が徐に口を開く。足をつけて、ぶらぶらと揺れることをやめたからに、何か決心があったのかもしれない。

「――最近、幼稚園でゲームをみんなやってるんだ。そのゲームを、私は持ってなくて、いつも仲間外れなんだ。それで今も、みんなそれに夢中で、私を置いてどっか行っちゃった」

 そのゲームは、確かにみんなやってる、と私も聞いたことがある。キャラを育てて、そのキャラを連れて外を歩いて、時折赤外線とかいうもので反応を示して、バトルをするというようなもの。生憎、それは私もやっていなかったから、詳しい話は出来ない。

「それでいて、みんな、誰がすごいんだ、誰はそうじゃないかとかって話ばかりしてる。あのゲームをやってる、そのゲームでは誰がうまくて誰が下手、そしてそれで誰がすごいいなんて、そんなことないのに。やってないというだけで、すごくないと言われるのは、つらい」

 子供の頃の序列は残酷だ。つける理由が理不尽で、そしてそれによって低い評価を受けた人は、場合によってはその後ずっと這い上がれないことも多々あるのを、この時はまだ誰も知らない。それを知るのは、小学校も中学年程度になってからで、そしてその頃に気付くには当人にとっては余りにも遅い。

「どうしてそんな誰が一番すごいとかそんな話になるんだろう。私はただ、仲良く遊びたいだけなのに……」

 そして、私は身体が弱いからこそ、そんな序列の中に組み込まれた途端に最下層へと引きずり込まれるという自覚があった。だから、無縁なふりをしていたし、通っている病院の人などと仲良くしておくことで、まずは大人の人との繋がりが強かった頃だ。

 だけど、幼稚園にも通っていなかった私は、大誠くん以外の同年代の友達がいなかった。だから、まずはチャンスだと思った。私にとって念願の、女の子の友達だ。それが小学校入学前にいち早く手に入るかもしれないと。

 でもその前に、一つだけ確認をする。これを聞いておけば、ともすれば私にも彼女にもいいように転がるかもしれないと思って。

「えっと、あなたは、今いくつ?」

「ちょっと前に、六歳になった」

「わぁ、じゃぁ一緒だね! 私はもうすぐ小学校入るけど、どこ?」

「えっと、あそこの」

「一緒だ! じゃぁみんなより先にお友達になろうよ!」

「え? え、えっと……」

 彼女が困惑しているのは理解していた。それを踏まえても尚、私は勧誘をやめずにいた。

 こういうのは勢いが大事だ。そうでもしなきゃ、この子にとって私は突然現れた名も知らぬ女の子で終わってしまう。

 小学校でどうせ出会うなら、そうならないかもしれないけれど。だけど、だからこそだ。早い段階で仲良くなっておけば、彼女も私も、小学校で困ることは少なくなる。いいように転がってくれるようにと願って。

 だけど、この押し問答は、意外な形で一旦中断することになった。

「おや、みさきじゃないか」

「あれ、大誠くん、どうしたの?」

「誰だ? この男は」

「男とはまた失礼な……」

 大誠くんも、思い返せば、この時から溜め息が多かったような気がする。それは私がそうさせたものであり、京ちゃんがそうさせたものであり、暁くんがそうさせたものではあるんだけど。勿論、この時の私は露程もそんなことを思ってはいない。

 でも、この時の私は大誠くんの溜め息には気にも留めず――大誠くん的にはこの子に不信的なのがあったかもしれないけれど――、まずはこの子を引っ張り出したいとだけしか頭になかったんだ。

「とりあえずさ、私たちと遊ぼうよ! どこに行く!?」

「うわわっ、えっ!? あんまり走ったことないんだけど!?」

「おい、ちょっと、みさき……」

 この時の私は、なんというか、『高邁な使命感』みたいなものに突き動かされていた気がする。この子と仲良くなりたい、この子とまずは遊びたいという、ただそれだけの無邪気な願望。だけどそれこそがこの子を救うような、とにかくそんな感覚になっていたんだ。

「行く先は決まってるの!?」

「ぜんぜーん!」

「えぇーっ!?」

 幸い、この日は中々ないくらいには絶好調と呼べる日だった。だから、思いっきり体を動かす日だということは前もって決めてあったんだ。

 そして、この頃の子供というのは、体力の限界をそこまで知らない。常々気にかけていて、まずいと思ったら早めに行動をやめていた私でも、これだけ気分がいいのは久々だったから、それすらも忘れて、ギアをフルスロットルに入れて遊びに出たんだ。

「じゃ、じゃぁせめて何か遊ぶもの決めようよ!」

「だったら鬼ごっこ! どこからどこまでってのはなし! 私が追っかけるから、あなたは逃げてよ! 私が捕まえたら友達ね!」

 そして、一つの罰、というより私が勝った時の望む条件を付け加えれば、本気の勝負の始まりだ。逃げていくあの子の背中をめがけて、一気に走り始める。

 久々に風になれたという実感があった。それは、無理やりにでもあの子を引っ張ってきて、無理やりにでも付き合わせたからではあるんだけど、だけど、この感覚が久々に感じられたというのなら、それだけで正しかったなという気持ちになれた。まぁそれを言えば、多分大誠くんは呆れることだろうけど。

 それで、結局のところ。範囲の指定なんてしてもしなくても。

「はい! つっかまーえた!」

 近いところをぐるぐる回っていた彼女は、私と大誠くんが挟み撃ちにしたことによって、すぐにあえなく御用となるのであった。

「あっちゃー、もっと早くあそこで曲がってればよかったなー」

 正直、この程度で捕まえられるのは、かなり簡単だなとなった。これだったら、ともすれば元気がない時の私でも捕まえられたかもしれない。

「それで……あんまり、外で遊んだことがないっぽかったけど、どうだった?」

 それでも、彼女からすれば、ばてるぐらいにこれだけ精一杯体を動かす経験をしたのは初めてだったらしい。だから、捕まった時の彼女の顔は、満面の笑みだった。

「すごいな! こうやって体を動かすのっていいな! 一緒になら、これだけ遊べるんだ! またもっと遊んでよ!」

 だけど、この言葉を聞いた時の私の顔は、どうにも曇っていたらしい。でも確かに、今日の私はこんな顔をこれまでしていなかったはずだ。

 逆に、私は彼女のことを騙すようなことをしてしまっている。本当の私はそんなんじゃなくて。

「――ごめんね」

「なんで謝るんだ?」

「だって……」

「みさきは身体が弱いんだ。正直、みさきもこれだけ動けるんだって僕も驚いたよ。これだけ元気な姿を見るのは、僕も初めてだからね」

 大誠くんのその一言で、あぁ、そういえばまだ私たちは自己紹介も何もしていなかったことに気付いた。名前なんて知らなくてもこれくらい遊べるけど、それでもした気でいてしていなかったことが、少しだけおかしかった。

 そして、それは大誠くんも一緒だったらしい。だから、今になって思い出したような体で、大誠くんが改めて口を開く。

「あぁ、そうそう、そういえばまだ名乗ってなかったね。僕は首藤大誠」

「私は鬼無水みさきっていうんだ! それで、あなたのお名前は?」

「私は……野々宮京楓」

「野々宮って……ちょっと先の神社の?」

「うん……でも別に関係はないんだ」

「そっかぁ。でもどっちにしても京ちゃんは京ちゃんだもんね」

「きょ、京ちゃん?」

「だって京ちゃんでしょ? 『きょうか』だから京ちゃん。何か変かな?」

「う、ううん、別にそれでいいぞ! それでいいんだぞ!」

 よくよく見ると、結構な百面相をする子だった。少なくとも大誠くんよりは、感受性が豊かなのだろう。

 そんなことを思うくらいには、私が最初に手を差し出した時の陰鬱な雰囲気は消えていた。そして今京ちゃんに目を向けると、何か好きな食べ物をもらった時のように、目をキラキラさせている。

「うわぁ……あだ名なんて初めてだぁ……」

 もしかすると、最初連れ出した時は嫌々だったのかもしれない。というより、私の我が強いから、京ちゃんが折れたようなものだ。

 だけど、この時の京ちゃんの視線は、確かに強い決意が灯っていたんだ。私とならやっていけるんじゃないかっていう、そういう希望の灯が。

「えっと、首藤って言いづらいから、お前は大誠だ」

「うん、別に構わないよ」

「で……それと、鬼無水」

「みさきでいいよー?」

「鬼無水もみさきも呼び方があまり変わらないし、だったら鬼無水の方がかっこいいから、鬼無水だ」

 ところで、私のことを苗字呼びする人は初めてだった。勿論最初の内は苗字呼びする人が多いけど、みんな最終的には名前呼びになってて、結果的に苗字に固執するのは京ちゃんだけになって。

 最初の内は、私はあだ名で呼んでいるのに、京ちゃんだけ心を開いてくれないのだと思っていた。だけど、一緒に過ごす内に、それが京ちゃんなりの矜持なのだろうと思った。

 男子っぽいと言ったら失礼だけど。でも、京ちゃんは男子は全員名前を呼び捨てにしていて、女子には名前に『さん』を付けていて。だけど私だけがずっと鬼無水呼び。

 だけど、その鬼無水呼びも、気付けば京ちゃんだけがずっと続けるようなものになっていて――。

 だから、その呼び方こそが、京ちゃんにとって私が特別なのだと、私は思うことにした。

「やっと、友達ができたな……」

「そんな特別なものじゃないよー。それに、きっと小学校で出会っても友達にはなれてたと思うし、ね?」

 あくまでそれは、たまたま先に大誠くんという友人が出来ていただけだったというのに。それでも、この時の私はどこか優越感を覚えていて。

「それじゃぁ、約束。私と京ちゃんはずっと仲良し!」

「うん! そうだな!」

 私は、どこかで京ちゃんのことを、可哀相な子だと思っていて。そして、どこかお姉さんぶりたいという気持ちとも合致して――。

「やっと私もお姉さんっぽくなれるのかな……」

「どうしたんだ?」

「ううん、なんでもない」

 だけど、京ちゃんは、そんな私と、対等であると思っていてくれたんだ。そして、私がそれを意識してそうであろうとしたのは少し後のことになる。

 

 

 

「俺は日本でいちばんラッキーな男子、東雲暁だ!」

「そうなの? すごい!」

 その言葉自体は、割と素で出たものだったように思う。実際にそうだとするならば、彼はどれだけ幸せでいられたのだろうと。

 でもなんだろう。いちばんラッキーな男子だなんて、誰にそれがわかるのだろう。数秒経ってから、すぐにその事実に思い至るのであった。

 この頃の私は、一言で言えば捻くれていた。想像以上に活発だった京ちゃんに対して、どうしても家にいることが多かった私は、読書をすることが多くて、そして概して頭でっかちになりがちな時期だった。

 大誠くんがラッキーだという根拠を尋ねる。だけどそれは、京ちゃんの無学によって有耶無耶になった。私も、それこそが大事だと思ったのに。それをわざわざ言うっていうのは、余程のことがないとと思うのだけれど、最近会ったばかりでそういうのは、物を知らないか本当にあったかのどちらかだと思ったから。

 ともあれ、暁くんの最初の印象は『不思議な子』だった。ビッグマウスというには違って、身の丈を弁えてるところはあるけれど、どこか何かを夢想しているかのような、そんな少年。そして、彼が理由で、京ちゃんは学校以外での私と大誠くんとの付き合いを暫く殆どしていなかった。そして、京ちゃんの説明から、彼自身にのっぴきならない事情があるということも、また理解していた。

 だから、その言葉が虚勢を張って出たものだということは、すぐにわかった。自分がそうだったらいいなというより、自分がそうであると信じて疑わないその姿勢は、見習うべきとこはあれど、暁くんに限って言えば、何かを覆い隠したいからだろうっていう、そんな想像。

 だけど、暁くんとの出会いに、私から話せることはそう多くない。そもそもが京ちゃんの紹介だったから、私が介入する余地なんて元からそんなになかった。

 私がこの時出来たことは、暁くんがどんな思いで京ちゃんと出会ったのかを想像すること。そして何が一体ラッキーだったのかを考えること。きっと、ラッキーというのは建前で、何か嫌なことを隠しているのだろうということは想像がついた。そしてそれは私が聞いてはいけないのだろうということも。

 その深さは、私には推し測れるものではなくて。この時は、そういうものとして流すしかなかったんだ。

 

 

 

 そんな暁くんとの関係性に転機が訪れたのは、出会って数ヶ月が経った頃。表面上は何もなかったことになっていて、だけど私だけは、多分暁くんも、何があったかはしっかり覚えてること。

 その日は、夏といえばキャンプ! 川遊び! という京ちゃんの発案で、一泊でのキャンプだった。それに、川遊びは割と慣れている方で、だからこそみんなの家族も巻き込んで出かけるには丁度良かったんだ。

 まだ『みんな』元気で、私だけが時折起き上がれなくなることもあることに怯えていることを除けば、暁くんを迎え入れてから、多分一番誰しもがその後を憂慮することもなかった時期。だから、満場一致でゴーサインが出たし、特に誰も何も心配はしていなかった。

 キャンプに焚火は欠かせない。その焚火をするのに、燃焼を持続させるための枯れ木は欠かせない。だから、みんなで手分けしておちている枝を拾いに出た。

 その日は私の体調がかなりいい方だった。だから、一人で探しに出たいと両親にもみんなにも強硬に主張して、折れさせたんだ。

 だって、何人も同じ方向にぞろぞろ行く方が無駄だろうということがまずはあって。それに、過保護ともいえる心配――今でこそ急な体調変化があったらまずかったからだとわかるのだけれど――をいつも受けていたから、たまには一人でのびのびと外を歩きたかったというのもあった。

 生憎、目立った木々は対岸ぐらいで、そっちまで行くのはあまりにも手間だった。だから、私は上流の木々が生い茂っているところを目指して一人で一直線。川沿いだったら、何か目印が無くても、河原を歩いていれば戻ってこれると考えた上での蛮勇。

 空は綺麗なほどに快晴。その日差しを遮るような雲は全く浮かんでいなかった。そして河原はそんな太陽を覆い隠してくれるような木々など一本もない。そのことに気付いて初めて、私は帽子を被ってくるのを忘れたことに気付いたんだ。だけど今日ぐらいは大丈夫だろうと気にも留めないで。

 そして、多分十分か十五分か、ずっと歩き続けてた途中、『それ』は突然起こった。

「――あっ……っ……っ……!?」

 急に胸が苦しいってなった。それ自体はそこまでのものでもなかったのだけど、それより、胃が急に収縮したかのように痛い。いや、これは急激な吐き気だ。

 思わず空えずきをする。胃液だけを吐いてから、頭が急激にぼんやりしてきた。首元が熱を持ち、血が酸素を送ろうと全身を駆け巡り、だけど肝心要の頭にはその血が送られてこない。

 あぁ、これは日射病だ。ぼんやりとした頭で、どこか冷静にその事実には思い至った。キャンプ地に着いてから、帽子も被らず日向にずっと居続けたのが仇となったんだ。

 助けを呼ばないと。こんな状況になったのは自業自得だけど、それでも、誰かに――。

 ここまで考えて、日射病だと断定した自分の冷静な頭が別方向に働き始めた。今ここはキャンプ地から割と離れている。川沿いと言っても、道なき道を来てしまった代償として、全く以て誰かが通りそうな気配は一切なかった。

 あぁ、そうだ。山はいつもいるあの町とは違うんだ。そんなことを、意識が遠のきながら理解して。いつもといる場所が違うという一番初歩の話を理解してなかったことが命取りになった。

 そっか、私、ここで死ぬのかもしれないな。でも、それでも仕方ないか。いつどうなるかなんてわからないと散々言われてたし、それが今だったってだけ。

 どうせ、私を助けられる人なんていない。そもそも今の私の状況に気付いている人なんて誰もいやしないんだ。

 ゆっくりと、意識が落ちる。倒れた場所が大きめな岩の隣で、岩に太陽がかかってその姿を見えなくさせる。それだけを確認して、血の巡りが落ち着いていく心地を覚えた。

 

「――い! み――丈夫か!」

 最初に覚えたのは、少しの浮遊感だった。さっきまで、背中が地面についてたのに、

「あれ? えっと……」

 上下に規則正しく私が揺れている。腕が前の方に回されて、どちらかというと下に視線が向くような格好で。だけどその視線の先は忙しなく動いて中々一転に定まらない。

「――あれ、え!?」

「――よかった! 意識だけでもまずは戻ったなら……」

 つまり、私は暁くんにおんぶされていた。意識するが早いか、一気に私の中で記憶が呼び起される。

 あぁそうだ、私は焚火をするための枯れ木を探して、そしたら河原で急に意識が遠のいて。あそこって確か結構歩いていた記憶があったから、もしかして暁くんって――。

「今気分はどうだ、気持ち悪くはないか?」

「うん……気分はそんなにはよくないかな……」

「わかった、ごめん、一旦立ち止まるな」

 想定外に暁くんの足が速くて、それでただ揺られるままだったからってのはあるんだけどな。でもそんなことは言えないから、暁くんの言う通りにしていた。実際さっきまで倒れていたことでの気持ち悪さもあったし。

「ほら、水。ちゃんと元から水筒にあった水だから、生じゃない。腹をこわすこともない」

 受け取って、くぴくぴと飲むと、急速に体に染み込んだ。喉からひんやりとした感覚が頭に伝わって、それによって少しばかり冴えわたるような心地がする。

「――ごめんな」

「なんで暁くんが謝るの?」

「いや……戻ったらスポーツドリンクとかあるけど、そっちを持ってきておいた方がよかったなって」

 中々に苦しい弁明だった。それ自体も嘘ではないんだろうけど、言いたかっただろう主題はそっちじゃないということはすぐにわかる。

 だけど、ひとまず、私はそれを気にしないことにした。暁くんが言いたかっただろうことはわかっている。でもそれはきっと無闇に否定していいものでは多分なくて、暁くんのおもしにしておくべきものなのだろうと、暁くんがそう思っていそうで。だとするならば、それは触れてはいけないものだ。

 そして、みんなでテントを張っている地点まで戻ると、仰々しいことになったのであった。

 曰く、私が行方不明になって二時間は経っていたということ。曰く、だからキャンプどころではなくて、みんなで捜索をしていたということ。曰く、あと一時間見つからなければ警察のお世話になるところだったということ。曰く、川は海よりも危険だからこそ、最悪の想像もしていたということ。曰く、何より誰もが私を一人で行かせたことを後悔しているということ。

 それ自体について、私から語る以上のことは殆どない。その後のことだけを言えば、暁くんの対応がよかったお陰で、キャンプ自体は続行となったし、最終的には表面上何も問題なくキャンプを終わらせられた。私が事を大きくしないでと必死に頼んだからというのもあるかもだけど、ひとまずはしこりを残さずキャンプは出来たはずだ。

 だけど、一つだけ想定外だったのは暁くんの反応で。

「よかった……本当によかった……」

 ずっと、戻ってきてからも、半分譫言のようにそればかりを唱え続けていた。それが、表面上は何も問題はなかったキャンプに於ける、第三者から見た時の唯一の違和感だ。

 この時は、何が暁くんをそこまで駆り立てるのか、全く想像もつかなかった。実際にその具体的な話を初めて知ったのは、つい先日の事だ。

 倒れている私を見た時は、それこそ暁くんのトラウマを刺激してしまったかもしれない。それ自体は何も申し開きはない。だけど、私が真っ先に想ったことは、『この人に大切に想われている』ということだった。

 大誠くんや京ちゃんが私を想っていてくれるだけでも満足はしていた――この時になって初めて、京ちゃんが可哀相な子だとは思わなくなったのは別途ある――。だけど、暁くんのそれは、どうしてだか、直接私の心に響いたんだ。

 多分、行動で示したからというのが大きいのだろう。そう言うと実も蓋もないけれど、だけどそれ以上に、二人から教えてくれた私の生きるための芯を、暁くんが改めて教えてくれたことに尽きる。

 倒れていた時は、いつものことだと、自分で自分を諦めていた。大誠くんと出会った時から身に付いた、絶対に諦めないという意思が、知らず知らずの内に弱っていて、それを暁くんが思い出させてくれた。

 諦めないでいてくれた暁くんには、ただでさえ頭が上がらない。だから、お礼の意味も込めて、二人きりの時にはなんでもしてあげたいと私から暁くんに言った。勿論、子供だから、やれることは有限で、暁くんもわかってくれるだろうという意味合いも込めて。

 だけど、暁くんは、何を馬鹿なことを言うような体で、こう返したんだ。

「なんでそんなこと言うんだよ、俺たちは『親友』だろ? 友達関係にそんなものはなくていいだろ」

「えっと、そうだけど……本当に暁くんはいいの?」

「寧ろ俺はそれがいい。そりゃ、俺が似たような状況になったら助けてほしいけど……でもそれはみんなそうだろ。困ったら助けてほしいけど、まずは誰であっても困ったら助ける。当然のことだと思うんだ。だから、俺は『また』みさきを助けるよ」

「ふふっ、わかった。じゃぁ、『また』助けられちゃおうっかな」

 きっと、暁くんはまた私が何らかの形で倒れることを理解していたのだろう。だからあぁ言ったんだろうし、それを踏まえて私もあぁ返したんだ。

 でも、それがありがたかった。私を助けることは何も特別なことじゃないと。何回も倒れることに心苦しさはないわけではないけれど、その都度助けてくれると宣言してくれた暁くんに対して、どこか胸のつっかえが取れるような心地を覚えたんだ。

 そして、その後の暁くんは有言実行だった。何か私が少しでも具合が悪そうな素振りを見せるとすぐに心配してくれたし、実際に何かあった時にいの一番に飛んできてくれるのも暁くんだった。

 それは京ちゃんや大誠くんに対してもそうだったから、暁くんが何か特別に感じていたということはないのだろう。それでも、やっぱり私に関して特別だと感じさせるには十分で。暁くんの近くにいれば『とりあえず』安心できるという思いは日増しに強くなって、だから、京ちゃんも大誠くんもいない時でも、暁くんと可能な限り行動をするようにしたんだ。

 きっと、暁くんは不器用なんだろう。頑固だからとかじゃなくて、猪突猛進というのが暁くんには当てはまって、一旦一つのことを決めると、それに向かって一直線という点で、これ以上なく融通が利かない。

 そして、私がいつしか暁くんを気にし始めた理由の一つが、その不器用さにあったことは、疑いようもないくらいに事実なんだ。その理由が私と違いすぎて、その結果が私と似ているから。

 

 

 

 それからというものの、何かあった時は、真っ先に暁くんに話をするようになっていたように思う。

 

「ケーキを焼いてみたんだけど、どうかな?」

「へぇ、おいしそうじゃん。あれ、でも俺だけでいいのか? 二人共今日はいないけど……」

「毒見で悪いんだけど、まずは食べてみてくれない?」

「わかった。――うん、めっちゃおいしい!」

「本当? よかったー」

 

 別に、京ちゃんや大誠くんを蔑ろにしていたわけではない。だけど大誠くんは塾に行って、京ちゃんはテニスに傾倒するようになって、そうすると暁くんと話す機会が必然的に増えて。

 

「あれ、暁くん、京ちゃんとテニスに行かなくていいの?」

「うーん、俺は別に毎日やりたいわけじゃないんだよな。いつも京楓に合わせるのも疲れる、というのも失礼だけどさ。だけど、今日はそこまで運動したい感じでもないんだ」

「といっても、暁くんが合わせてるわけでもないように思うけどな。寧ろ暁くんに合わせてくれてるようにも見えるよ?」

「まぁそうかもしれないけれど……強いて言うなら……みさきに合わせたかったってとこかな」

「わ、私? そんな私に合わせても面白いことなんてないよ?」

「あぁいや、あまり体を動かしたいってわけじゃなかったってだけ。だから、みさきがやりたいことに合わせようかなって」

「あ……えっと……ありがとう……」

「なんでみさきが感謝するんだ?」

「ううん、なんでもないっ」

 

 勿論、四人でいる時間が一番楽しかった。私たちは四人で一つで、そしてその四人でこそ様々な思い出を作ってきたから。

 

「プール楽しかったねー! もうくたくたー!」

「まさか京楓があそこまではしゃぐとはなぁ……」

「な、何よ!? そんなにはしゃいじゃ悪いの!?」

「いやいやそうじゃなくて、京楓だけなんでテンション異様に高かったのかなって」

「まぁ、京楓はいつもこうだからね。夏の水浴びは京楓のいつものさ」

「大誠! 人をなんだと思ってるの! 動物っぽいとか思ってるんじゃないわよね!?」

「うーんと、水牛?」

「スイギュウって……なんだ?」

「いや、わからないならいい」

「教えろよ大誠ー!」

「あはは、京ちゃんまだ元気だねぇ」

「で、家ではあれを受けるわけだ。帰ってから大変だぞ……」

「でもそれなら、暁くんも一緒に騒いじゃえば?」

「あんな体力オバケにまで付き合ってられん」

「暁! 何私についてコソコソ話をしてるの! 誰が体力オバケじゃー!」

「うわーばれたー逃げろー」

「あはは、暁くんもやっぱり元気だねぇ」

 

 だけど、それはそれとして、暁くんといられる時が、私にとっての心地よさはいつしか上回っていたんだ。

 

「暁くんはテニスいいの? やらなくて」

「うーん、そりゃぁ楽しくないわけじゃないけれど、どうしても別のこと考えちゃってさ……」

「別のことって?」

「いや……なんでもない。とりあえずテニス自体は暫く続けるつもりではいるよ。けど何か別の楽しめることもないかなって」

「じゃぁボードゲームやろうよ! 時間と場所さえあれば色々な楽しみが待ってる!」

「ボドゲだって金かかるよ……そりゃみさきがやるものには付き合えればとは思うけど、自分から買うのはなぁ」

「全力で暁くんを夢中にさせて沼に沈めさせたい!」

「うわぁ本音を隠してないの結構怖い」

 

 決定的だったのは、暁くんが私の身長を追い越した頃。初めて暁くんと出会ってから三年が経過していて、暁くんが弱々しくは見えなくなっていた頃。

 

「そっかぁ、遂に暁くんに身長抜かれちゃったんだねぇ」

「というか京楓も抜いてた。だから今四人の中で俺が一番背高いんじゃないか」

「出会った時はすごく小さく見えた……というか実際に小さかったのに、いつの間にかねぇ……」

「みさきは俺のお母さんかっての。でも、確かにちゃんと食べれば身長も伸びるんだなというのは思ったよ」

「ところで大誠くんは……」

「まだ、だったな……」

 

 少し筋肉がついてきた暁くんと、時を同じくして乳房が膨らみ始めた私との間で、何か決定的な違いを感じたのが始まりで、それを京ちゃんとの女子トークで気付かされてしまって。

 

「京ちゃーん、私、変じゃないかな……」

「別に鬼無水に変なところはないぞ?」

「そ、そう? でも、段々と、胸が……」

「あー! 鬼無水、もうそんなに大きくなってるの!? ずるいぞー!」

「きょ、京ちゃん声大きい! 京ちゃんはまだなの?」

「まだなんだ……私もそれくらい大きくなるかな……」

「それはわからないけど……でも、暁くんだったら、大きい方が好きそうだなぁ」

「ん? どうしてそこで暁が出てくるんだ?」

「え? あ、いや、な、なんでもないっ!」

 

 気付けば視線は暁くんの方に無意識に向いているということにも、人から指摘されて初めて気づくような体たらくで。

 

「なんだか、最近のみさきは暁ばかりを見てるね」

「へ? そんなことはないと思うけどな?」

「そうじゃなくてさ、暁が言ってたんだよ。『いつもある誰かに見られている感覚とは別の、もっと直接的な視線を感じる』って。そしてそれはみさきが近くにいる時だけだって」

「へ? えっ!? あれ、本当に!?」

「で、正直僕から見ててもなんとなく暁がいる方角を見てるように見えるんだけど、全く以て無意識だったか?」

「多分違……いや、でも……やっぱりそんなことないと思うけどなぁ……?」

「まぁ、みさきが無意識なのはわかったけど……どうしてそうなるんだか」

「――そんな……自分がそういうつもりでも……いや、でも……私が……」

「それにしても、暁の頭か背中にいつも何が付いてるんだか、暁もずぼらだなぁ、それとも何か怪しいことに手を出してるのか」

「大誠くん……本気で言ってる……?」

「あれ、何かオカルト的なものが憑いてるからじゃないのかい? ゴミはついてなかったと思うから、そういうことなのかと思ったんだけど」

「それこそ違うと思うよ!?」

 

 よりにもよって、男子は半裸になる学校のプールの時間に、暁くんを意識しているという事実の、その決定的なものを感じてしまって――。

 

「なんか今日のみさき、『また』具合悪くないか? 無理せず休むか?」

「い、いや、大丈夫だからっ、なんでもないよっ」

「いや、本当に大丈夫か? やっぱり今日も熱が――」

「な、なんでもないよっ、本当に大丈夫だからっ!」

「ならいいけど……京楓、みさきに付いてやってくれないか? ちょっと具合悪そうに見えたから」

「わかったー。鬼無水、大丈夫か?」

「……大丈夫じゃないもん……」

 

 ――それがきっと、私の初恋だったんだ。私をずっと蝕む、長い長い恋心の始まりだった。

 どうして暁くんじゃないと駄目だったのだろう。暁くんよりいい人なんて、これまでもいたというのに。

 それこそ最初の内は、正直暁くんである必要性はなかったのかもしれない。結果的に早くからお友達枠で確定していた大誠くん以外で、常に近くにいるのが暁くんだけだったからで、それ以外に男の子はいなかったからということにまずは尽きるのだけど。でも、まずはこの縁を維持できる人でなければ、好きな相手にはなりようがなかった。

 私は縁に恵まれた。それは胸を張っていい。というより、胸を張らないと、それこそ暁くんや京ちゃん、大誠くんにも失礼だ。だけど、三人との縁の種類は、似ているようで私にとってはだいぶ違う。

 一番長い付き合いなのは大誠くんだ。出会いは小学校入学前からだったし、相手のいいところも悪いところもみんな知っている自覚がある。大誠くんだって、私のいいところ悪いところを上げようとすれば色々出てくるだろう。だけど、それもひっくるめての関係性だ。

 一番密に付き合えるのは京ちゃんだろう。同性なのは京ちゃんだけだったし、女の子としての話も京ちゃんといっぱいした。肉体的な面でも、精神的な面でも、すぐにでも相談できる相手がいたからこそ、そういうことでの悩みは少なく過ごせていたと思う。

 だけど、結果的に一番長い時間を一緒に過ごしたのは、気付けば暁くんになっていたと思う。いいところも悪いところも知っているのは大誠くんと同じ。色々な悩みとかを相談しようと思えばできる間柄なのは京ちゃんと同じ。だけど、一緒にいて、何かがあっても動じず、逆に何もなくても嫌とも思わない、寧ろそれがずっと続けばいいと思えるのは暁くんだけだった。

 学院の卒業が近づいてきて、早い段階で私と大誠くんの志望校がまるっきり違うとわかった時。この四人の関係性が何らかの形で瓦解することは理解していた。それでも、直前まで変わらないような日々を送っていて、私が倒れるまで、ずっと変わらずにいられると、そう思い込んでもいて。そう思っていられる内は、暁くんが私から離れることもないだろうと。

 その思い込みは、いつしか呪いとなって私を蝕んで、それでもその呪いはあまりにも甘美であったから、ずっとこの身を委ねていた。そしてその呪いが決定的になったのは、双六でのことでだった。

 現実での関係性が一旦は白紙にされた双六でも、暁くんと私は波長が合った。上がることを目的に、だけど可能な限り敵は作らない、相手を可能な限り疑わないという点では共通していて、他の人たちを見ていても、合縁を結んだ率というのは、恐らく私たちが一番だった。

 そして、双六盤面上でも、先に好きになったのは、多分私からだと思う。暁くんは、他の人との触れ合いを経て、様々な考えを持って行った。私は、最初に出会った暁くんとの考えが共通するのが心地よくて、私自身の考えが強まる結果となった。

 そして――私は双六盤面で、数多の初恋をした。お相手は必ず暁くんで、永沈することの方が多かったけど、それでも内何回かは上がりに達することが『出来てしまって』。

 走馬灯の幻日はあまりにも残酷だ。緑マスに止まっても、最後の周回とあがりを迎えてからの記憶しかない。あとは暁くんや京ちゃん、大誠くんからの伝聞だ。僅かな記録は、私が奥底で願っていた『現実から逃げたい』という欲によって、全て烏有に帰してしまっている。

 だけど、その僅かな『記憶』は残してくれた。重ねた肌の温もりも。少しだけ他人事のようにも感じられた破瓜の痛みも。膣内に広がってから零れ落ちた精液の熱さも。事が終わって覆い被さってきてくれた時の暁くんの重みも――そのまま私の身体が溶けて、水として流れて行ってしまうような感覚まで。

 だけど他方で、暁くんの肌の記憶が残ってしまっていることが、あまりにも辛かった。きっと、そうきっとだけど、走馬灯の中の幻日が記憶の中だけでも現実に上書きされるとするならば、暁くんの童貞は私が貰い受けた。そして私はその事実こそが嬉しかったんだ。

 そして、私は今、その時の記憶を糧に生きている。暁くんにとっての初めては私であって京ちゃんじゃない。京ちゃんはそれを知っているのか、知っていて気にしてないのか、それとも気にしているのかも知らないけれど。でも、少なくとも双六で暁くんと京ちゃんが恋人という関係で同時に上がったことは一度もない。

 だからこその呪いだ。私は、実際の経験でなくとも、記憶上の経験では、確かに暁くんの初めてをもらったし、暁くんに初めてを捧げられた。

 別の巡目では、琥珀ちゃんやクレアさんと上がっていた。猫だった琥珀ちゃんとは恐らくなかっただろう。きっとクレアさんとは上がってから事に及んでいると思う。

 でも、暁くんの初めての相手は私なんだ。現実ではまだ誰とも付き合っていなかった暁くんが、初めて面と向かって好きと言ってくれた相手は私で、そして私も初めてだった。

 双六では、暁くんと京ちゃんは敵同士だった。暁くんは、私には心を開いてくれた。結局は、それだけのことだった。それだけのことが、あまりにも大きかった。全てを思い出したからこそ、その事実に精神的に依存してしまっている。

 ――勝手に、世界は私に優しくないものだと思い込んでいたのかもしれない。双六で、そのままなら確かに自分には絶望が待っていて、だけどみんなも辛い状況が待っているということを初めて知った。

 病気であるということだけで、こんなにも世界は苦しく、辛い。何回挫けそうになったかもわからないし、みんなには迷惑をかけたと思う。

 だけど同時に、京ちゃんにも見せない、暁くんが私だけに見せる優しさが際立っていたのも事実だった。決して暁くんは私だけに優しいわけじゃない。だけど、私だけに見せる優しさというのは確かにあって、それは私の身体が弱かったからというのと、特に親しいからというのとが合わさった結果だったのだろう。それがなければ、恐らく暁くんは私にこうも優しく接してくれなかったんだ。

 そうじゃないだろうとも思う。暁くんのことだから、きっと何かあった時に手は差し伸べてくれるだろう。だけど私の身体が弱いからこそ、私はその優しさを最大限に享受して、そしてそのことに喜びも覚えてしまっていて――。

 結局、私は『病弱な私』が可愛かったんだ。病弱であったからこそ、みんなは私にこれ以上なく優しくしてくれたのは間違いない。

 だから、私は『恵まれている』ということを夙に自覚していた。みんなとの縁も、私を大事にしてくれる両親にも。縁に恵まれる代償としての病弱な身体と言ってもいいくらい。

 それを理解していたが故に、出会った暁くんの虚勢が目についた。京ちゃんと出会ってからかはわからないけれど、一応は健康そうな身体を持つ代わりに、縁に恵まれなかったらしい人。そして、そんな人を、人は不幸と呼ぶ。

 不幸を知っているからこそ、少しの幸せを人より何倍も幸福だと感じるだろうし、そしてそれが奪われた時の苦しみも知っている。暁くんは、それを自身がラッキーだということでなんとかして覆い隠そうとしていて、そして私たちといる時間に真の幸せを見出してくれていたんだ。

 不幸で、恵まれない可哀そうな男の子――私は、そんな暁くんを『可哀そう』って思ったんだ。

 本当に可哀そうだったのは自分だったのに。それを見て見ぬふりして、私は誰かを見下していたかった。そしてその被害者に選ばれたのが暁くんだった。

 ずっと私は、どこかで暁くんを下に見ていたんだ。そんなことに気付くまでに何年もかかった。本当に今更の事だ。

 勿論、そのことは暁くんには絶対に伝えない。他の誰にも伝えない。それが誰かに間違っても伝わってしまったら、その時が私が穴に入って二度と出てこない時だ。

 昔から、好きな人は暁くん。それ以外の人には目もくれたこともない。幾ら時には誰かに言い寄られようとも、その人らは誰も私が求めているものを持っていなかった。

 自分をかぐや姫だと嘯くつもりはない。燕の子安貝のように取ってこれるものではない。蓬莱の玉の枝のように、それっぽいものを作って偽装しようにもそれは出来ない。そして残る三つのように存在しないものでもない。そんなものを暁くんは持っている。

 それ自体は、他にも持っている人はいるけれども。私は暁くんのそれに惹かれた。そして幻日で、一回はそれが結実している。

 だけどその想いは、この現実で、直接私と向き合ったことはない。そしてそれはその後も永続して初めて形になるものだ。

 だから、私は今も『恋』をしている。愛は、まだ知らない。

 

 

 

 ふっと、意識が戻った。どうやら、少しうつらうつらとしていたらしい。というより実質二度寝だ。

 少し、懐かしい感覚だった。それこそ、まるで走馬灯を見ているみたいで、それが故に今の間隔は四年前のあの時にも近しいものがある。

 時には起きていられるほどの体力もなかった頃は、この状態が日常茶飯事だった。今では居眠りをするということが稀になっている。

 今日は土曜日だから、今の私みたいに、午後まで微睡む人も多いのだろう。だけど、今の私みたいに、僅かながらでも既に傾き始めた太陽の位置に、どこか郷愁を覚えるのは、恐らく私以外にいない。

「やり直せたらいいのになぁ……」

 思わず、そんな呟きが漏れてしまった。今を生きるんだと散々他の人に言って回った手前、こんなこと誰かに聞かれるわけにもいかない。

 でも実際、色々なことをやり直すとして。それはどこからやり直せばいいのだろう。勿論、願うことなら、最初から病気に負けない体として生まれたかったという思いは勿論ある。

 ただ、そうすると、まず大誠くんには仲良くなれなかったかもしれない。小学校入学で、京ちゃんと共に出会っていただろうけど、最初のきっかけがどうなるかわからなかったから、今みたいな関係まで持って行けたかどうかは別だ。

 京ちゃんは多分大丈夫だと思う。そして、暁くんは、京ちゃんから紹介を受けて仲良くなれたと思う。だから、少なくともまずはこの三人で遊べはしたはずだ。でも大誠くんがいなければ、暁くんは肩身が狭かったかな。京ちゃんがいたから、そうでもなかったかな。

 そして、三人、大誠くんとも仲良くなれていたなら四人で、外を駆けずり回るんだ。ずっと京ちゃんがテニス好きだったんだから、みんなでテニスもよかったかもしれない。夏は肌を焼いて、日が暮れても出歩いて、へとへとになるまでみんなで楽しんだんだ。

 だけど、そもそもそうすると、四年前に私が死にかけて、双六に飛ばされることもなかったのだろうか。あの双六はみんなで上がったようなものだ。誰一人が欠けても成しえなかった。そして、それは私がいないことが確定した盤面だ。そもそも誰が盤足りえたのだろう。

 ともあれ、となると、結局みんな死んでしまっていたのかもしれない。だとすると、ある日突然、親友と呼べる人が、誰一人いなくなっていたかもわからない。

 ここに来て、私は自分が考えた内容の罪深さに気付いた。それまでに仲良くなってはいただろうクレアさんが自殺を図る動機はなくなっているだろうけれど、暁くんも、京ちゃんも、ともすれば大誠くんだって、還らぬ人になっていたかもわからない。そして私は、今と変わらず想い人になっていただろう暁くんを喪った悲しみに暮れたはずだ。

 結局、私は体が弱くなくてはいけなかったのかもしれない。結果的に、私の体が弱かったから、みんなが生きて還ってこれた。

 やはり、私がやり直しを願うのは似合わないということなのだろう。全ては結果論なのかもしれないけれど、結局は絶望と奇跡を交互に積み重ねた結果として今がある。そしてそれは、あったかもしれないもしもを許さない、誰にでもあるありふれた光景なのかもしれない。勿論双六の経験は他の人にはないだろうけれど。

「あぁやって、付き合えればよかったのかな……」

 双六で、何回暁くんに好きだと言っただろう。結果的に上がれなくても、盤面上の時点で暁くんと付き合ったのは両手の指に収まらないぐらいだ。

 そして今は、暁くんは京ちゃんと付き合っている。私個人の感情だけで言うならば、正直、やりきれない。

 だけど、必然だとも思うのだ。それは、暁くんが全てを思い出したからというのはあるのだろうけど、暁くんが現実で抱えていた京ちゃんへの想いは、私なんかが到底手出しできるようなものではない。

 そして私は、それが壊れることを望んでいる。その上で、昔からの関係性が壊れないことも、また知っている。

「――嫌な女だな、私……」

 そんな自問自答なんて、もう散々したけれど、傍から見ればその評価が覆りようもないことはわかっていて、そしてわかった上で私はそれをしようとしている。だから私は、悪党と呼ぶのにふさわしいのだろう。

 ふっと、時計を見る。そこには今の時間と今日の日付が記されていた。その日付に既視感を覚えて、あの日の出来事と今が連結した心地を覚える。

 あぁ、そうだ。今日は暁くんと一回は結ばれた日。私の、みんなの世界が一旦は終わった日。私が再び生を受けた日。私が――。

「狙ったわけじゃないんだけどなぁ……」

 みんなは、暁くんは気付いているのだろうか。別に、誕生日みたいにあれから〇周年なんてやってたわけじゃないけれど、当日にそれを思い出すと、やはり少しその時のことを回想してしまう。

 気付けば、約束の時間がだいぶ近づいていた。現地に着くまでの諸々の状況を考慮すれば、30分以内には出ないと間に合わなくなる計算だ。

 さぁ、今の鬼無水みさきを見てもらいに行こう。振られるために。もしくは、私が暁くんを手に入れるために。

 

 

 

 円山公園の中腹は、八坂神社の門前に比べれば人が少ない。正門から入ってくる人の半数以上がお参りしたら引き返していくのだから当たり前だ。

 それでも、河原町や清水道とかの混雑に疲れた観光客や、この付近には来るけど混雑を避けたい地元の人が目指すのはこの公園で、だから結果的に程々に人がいる。

 そんな中で、私は中腹の紅葉の木の下で暁くんを待っていた。薄着には寒いが、コートとかを着るような気温でもない。今はだいぶ曇っているけれど、その内雲が切れて太陽が差し込みそうな気配もある。

 ここは、双六のマス目にあったから、この場所で様々なことがあったのは知っている。そもそも私は盤だった。だから、なんとなくどの場所でどういうことがあったか、記憶が全て戻った際に理解できるようになった。

 だけど、私は終ぞ双六のマス目としては、円山公園には止まることはなかった。だから、駒としての記憶として、この場所は一番縁遠い。あと何もなかったのは、渡月橋以外の嵐山の各マス目ぐらいだ。

 私の記憶の通りなら、本当は北野天満宮で待ち合わせをするべきだったのかもしれない。でもあそこは、大誠くんとの思い出がある場所だから、それはそれで大事に取っておきたかった。何より、暁くんとの思い出の場所ではない。

 そして、西院に住んでいるのに、どうしてか暁くんとの思い出の場所は祇園に集中していた。今日は、そういった場所を回ろうと思っている。暁くんはどれだけ気付いてくれるだろうか。暁くんのことだから、忘れているふりをして、だけど全部覚えていそうだ。それとも、すっとぼけでもなんでもなく、全部忘れているということも、それはそれとしてありそうで。

 そしてその暁くんが、下界から歩いてくるのが見えた。手を大きく振って居場所を知らせる。それに気づいた暁くんは、急に歩調を速めて私の元へとやってきてくれた。

「悪い、待たせた」

「いいよ別に。これくらいの時間とか言って呼んだのは私だし」

 実際、大雑把な時間だけ伝えて、敢えて暁くんに遅く来てもらうようにしたのは私だ。暁くんのことだから、私より遅いことに罪悪感を覚えるかもしれないけど、そんなの無視してくれていい。

 そんなことよりも、暁くんに見てもらいたかったこと。先にこの場所で暁くんを待っていたこと。この場所は祇園河原町の繁華街よりだいぶ高い場所にあること。そのために、暁くんが来るより先に、私はここで待っていたんだ。

「ねぇ、私、ここまでなんの不安もなく登ってこれるようになったよ」

 昔は医者の勧めで心臓を強くするためによく八坂神社は登ったのだけど。ここまで来るのに、一人きりでということは、殆どなかったように思う。両親は割といたし、みんながいることもあった。本当に一人きりで上ったのは、八歳ぐらいが初めてだったように思う。

 今では、病気も寛解し、そんな心配をせずとも来れるようになった。倒れる心配などせずとも、気が向けばいつでも来れるというのは、本当に得難いものだ。

「それ以外に、何か変化ってあったか?」

「いや、特にないかな。勿論私の気の持ちようとかはあるけれど、でも体調的な面では、病気も治って健康的になってから変化はないし、時折上ってきたこの公園も昔と然程変化はないかな」

「そっか」

 そしてそのまま、暁くんの視線が、西側の下界へと向く。

「――変わらないんだな、ほんと」

「そうだね、昔から変わらないよね。そりゃぁ公園がそんな大きく変わることもないとは思うけど」

「あぁ、いや、そっちの話じゃないんだ。『みさきが見ている世界と俺が見ている世界は変わらない』って思ったんだ」

 今私は呆けた顔をしている自覚がある。そのこと自体はそうであったら嬉しいとは思うけれど、それは、どういったつもりなのだろう。

「何か意識する機会があったの?」

「先日琥珀とそんな話をしたんだよ。みさきも知っての通り、琥珀は赤色弱だから、見ている世界が青みがかっているんだけど、別に俺たちはそうじゃない。多少の視力の差はあるけど、ものの見え方は大体同じだ。少なくとも、紅葉を指差して茶色であるということもない。俺たちは、同じような世界をずっと見続けている。そして双六盤面では、そうやって見続けていた景色が、そのまま盤面に展開されていたんだ」

 それは、暁くんなりの、私と過ごしてきた日々の総括だった。十二年間共に過ごした日々の、その見てきた景色は同じで変わらないという、暁くんなりの報告。

「そこで出た結論は、『双六のマスの情景はみさきが見た景色が反映されていた』ってこと。そして今、その時に見た景色と今見ている景色が何も変わったところがないから、俺たちは全く同じように同じ景色を見ているってのがわかったってとこかな。だからまぁ、時代を経て変わるものもあるし、俺たちの成長で変わるものもあるけど、少なくとも俺とみさきが見ているものの見え方は、然程変わってないことがわかったのには、なんというか、安心したかな」

「つまり、あくまで景色の見え方自体が、琥珀ちゃん程でなければ、見えてるものは一緒ってこと?」

「それでも、俺たちの感じ方は一緒というのはあると思うけどな」

「でも、『私と暁くんだけ』の話でもないんでしょ?」

「まぁ、正直に言えば、そうなる」

「なぁんだ」

 でも、少しだけ思い込みをさせてくれたのは嬉しかった。それに、あくまで私と暁くん以外に、同じような見え方をしている人はそんなに多いわけではないと暁くんが認めた格好でもある。恐らく、あとは京ちゃんと大誠くんと、あとはクレアさんだとか、その程度ということなのだろう。

「ともあれ、本当に、みさきが回復してよかったよ。双六を経たことで得られた一番大きなものはそれだったと、俺は信じてる」

「それは今更だよー。それに、今は暁くんの方が……解決策は見つかってなくて、そして今も尚疲弊していってるんだし……」

「まぁ……確かに否定は出来ないな……なんとかはしたいんだけどな……」

「というより、寧ろ大丈夫だった……?」

「あぁいや、これでも毎日ではないんだ。来る時は急に来る。幾ら京楓と寝てるような時であろうが、夢の中で突然引きずり込まれる心地を覚えるんだ。正直、そういうものだって思ってしまっている自分もいるんだけど、確かに幾ら俺が岩でも、不定期に雨垂れに穿たれて無事というわけにもいかないからな……」

 雨垂れのような悪意が、暁君を蝕んでいる。その一端に確かに私も触れた。どうにかしてあげたい。だけどどうしようも出来ない。結局私が直接できることは何もない。

 それでいて、この気持ちを伝えてしまっていいものなのだろうか。余計に暁くんを苦しめる結果になってしまわないだろうか。

 でも、いいんだ。きっと結果はどうであれ、暁くんとの縁だけは強められることは出来る。それだけは忘れないようにしたい。これが幾ら私のエゴだとしても、最後はきっと、暁くんのためになってくれると信じている。そう思わないと、私がやっていられない。

「そういえば、話があるとのことだったけれど、ここでいいのか? 上ってきてなんていうには、清水寺の仁王門横のシダレザクラの下とかもあったようには思うけど」

「景色がいいところってこと? あぁ、別にそういうところを望んでいるわけじゃないよ。というか、考えもしなかったな」

 別にここで立ち話をずっとしていたいわけではない。どうせなら、ゆっくり歩き回って、その上で最後に考えを伝えたい。

 とはいえ、シダレザクラか。『優美』ならいざ知らず、『ごまかし』という花言葉の意も持つシダレザクラの脇でしたい話をすると、それこそ私の心の胸襟を全部開いてしまいそうだ。

 だけど、別に今は桜が咲いている時期でもないし、それは気にしないでいよう。それより、暁くんとの思い出がある場所を回る方が大事だ。

「ゆっくり歩こうよ。円山公園を指定したのは、私が難なく上ってこれることを示したかっただけだからね」

 

 

 

「さっきまでの通り雨、すぐに抜けてくれたからよかったよな」

 祇園の周辺では、昼過ぎぐらいに少し雨があったらしい。だから、まだ僅かに路面が濡れた跡が残っている。

 新橋通りを含めた祇園白川周辺は、石畳の道と紅殻格子の切妻造りの町家が並んでいるから、外から見た際の『イメージしやすい京都』だろう。実際着物で着飾った観光客の人がよく通るし、風流に柳はあるし、白川沿いに植えられている桜は春は花、秋は紅葉と楽しませてくれる。何より、案外みんな四条通りとかを通るから、存外にそこまで人が多くない。

 そして新橋通りは、双六でも現実でも、その記憶に暁くんと雨があった。だから、雨が上がった後の新橋通りというのは、そういう意味では記憶のままで、そして暁くんがいるところも同じだ。双六とも現実とも違うのは、今お互いが着ている服ぐらいなものかもしれない。

 だから、ある意味この道を私服で歩くのは場違いだ。別に着物で歩けなんてことはないけれど、ある意味では制服も着物も日本らしくて、こういう私服が一番日本らしくないかもしれない。

「この道の印象って、暁くんはどう?」

「印象っていうと、みさきとの思い出とか、そういうんじゃなくて?」

「そうじゃなくて、暁くんが単純に抱いてる印象かな。私は静かな場所って思ってるよ」

 地元民的な人が却って来ないからこそ、そういう人の印象は実は貴重だ。別に私が聞いたってどうなるわけではないけれど。私が知りたいのは、暁くんと私の印象が大差ないかどうかの確認だ。

「常に、煙ってるな。それは雨であったり、春の時期の靄だったりして、あまり夏や冬の、晴れて空気が澄んだ時期に通らないから、そういう意味ではくっきり見えたことがないかもしれない。今日は――澄んでる方だな……あぁ、いや、でも――」

 ふっと、暁くんが一旦言葉を区切って上を向く。厚くはなく、かといって薄くもない、雨を降らせるには到底足りない程度の雲が浮かんでいた。

「最終的には空気が澄んでたな。こうやって、雨が埃を取り除いて、晴れて。だから、いつか晴れるっていう、希望を持てる場所かもしれない」

「――そっか」

 それが聞けただけでも、やっぱり来てよかったと思う。双六に放り込まれて不安な時に、この場所で暁くんと出会って、そしてその後どうなるのかとか話をしていて。だけど結局、その時にあったのは、希望を捨てないということの再確認だったようにも思う。

 あの時も、その名前を嚙みしめるようにして。そしてそれは今も――。

「東雲、暁くん」

 その名前を、今再び呼ぶ。

「改まってどうした?」

「――何回、この名前を呼んだのかなって」

「――あぁ」

 暁くんも気付いてくれたようだ。あれは紛れもない『現実』で、そして『幻日』でも見た記憶だったから。

 四人で面白くもないお笑いを見に行って。その後二人とわかれて暁くんと新橋通りを歩いていて。足占をした直後に雨が降ってきて――。

「……へーっほ、ひはひはん?」

 こうやって、暁くんの頬をつまんでくにくにと動かしていたんだった。そしてこれは現実でも双六でもそうで、唯一違うのは、既に雨が止んでいることだけ。

「変な顔」

「いやみさきがするからでしょ」

 突然頬をいじられて、さする暁くんが、すごくかわいいと思えた。多分、同じことをした時に、無意識に考えていたことだ。

「嫌だった?」

「……懐かしかったかな。いつもここだったなって」

 そう。そうなんだよ。ここ以外では、暁くんの頬をつまんだことなんてなかったんだよ。

 さっきから、嬉しいことばかりだ。現実でも双六でも、私と暁くんだけが経験した出来事を、暁くんはどれも覚えていてくれている。

 双六での動きを漫然と記憶をしているけど、『新橋通りで暁くんと過ごした経験』は、盤面上では私以外に誰もいなかったように思う。そして現実では、そもそも新橋通りに来るような用事なんてそんなないはずで、だからこそここは、私と暁くんだけの思い出が詰まっている場所であると、独りでに思っていた。

 だからこそ、この場所がそうであるとずっと思えている内に、その思い出を汚してしまわないように、足早に立ち去らなければならない。

「それじゃぁ、そろそろ次行こっか」

「あれ、もういいのか? ここでゆっくりしたいものだと思ってたけど」

「いいの。時間も時間だから、行きたい場所に行こうかと思って」

「時間もって、だったらもっと早く集合すればよかったじゃないか」

「そしたら雨に降られてまたここで一緒に雨宿りだよ?」

「違いないな」

 本当は、可能だったらそれを望んでいたけれど。でも今日は雨が降るなんて予報はなかったから、流石にそこまでは予測しきれなかった。わかってたらそれを狙ったのにな。でもわかってたら傘を持って出てたから、雨宿りなんてことにはならなかったか。

 ともあれ、最終的に私がやろうとしていることはそういうことではない。どうせそのことをやるなら、双六でもそうでなくても、暁くんとの思い出に残っている場所で、それの通りに。

「私にとっての暁くんとの思い出の場所は、やっぱりそこだなって思うから」

 

 

 

 円山公園がなんだかんだで人が集う場所だとするならば、鴨川堤は本当に安息を求められる場所、だと思う。特にその東側はジョギングか何かをする人しかいないから、混雑とは縁遠い。

 夕暮れ時の鴨川は、やっぱり等間隔にカップルが並んでいる。こうも過ごしやすい気候の夕暮れ時ともなれば、カップルの数はただでさえ多いし、そしてその内の幾つかは実に仲睦まじい。

 私たちは、そんなカップルを対岸から眺める。橋の袂に腰掛けるようにして、だけどその身を周囲から隠すようにして。ここなら対岸から見つからなければ、橋の上からも、土手の上からも見えない。

 あちらからは、私たちは、傍から見ればカップルに見えるのであろうか。そう見られていてほしいという気持ちと、見られてはいけないという気持ちがせめぎあって、どうにも落ち着かない。

「――先日同じことしたばっかだな」

「したっていうと、京ちゃんと?」

「いや、クレアと」

「え!? そんなことしてたの!?」

「クレアにも同じようなこと言われたな……京楓とカップル観察やってたのかと言われて、みさきとしてたよって答えたら驚かれたよ」

「なんだー、そういうことかー。まだ私たちが学院生だった時のことだよね」

 そんなことを口にしながら、だけど心のどこかで取られたという思いが募っていた。

 アドバンテージを持ってたと思っているわけではなかったけれど。私だけが暁くんと経験したような物事が、暁くんの中で私以外との思い出に塗り潰されていく。それに暁くんが気付くことはない。私だけが勝手に思い込んでいたことだから当たり前だ。

「この時期のこれくらいの時間はさ。昔のみさきだったら、体調を崩すかもなんて言って、大変だったよな」

「そりゃぁ、体が弱かったんだから仕方ないでしょー。やっぱり……迷惑だった?」

「悪い、迷惑とか言うつもりはなかったんだ。ただ、これから一気に冷え込む時間帯にはなってくるから、昔だったらみさきの体調を気にして行動してなきゃいけなかったなって。今はそんなことがなくなって何よりだよ」

「そうだね……私も、そんなことを気にする必要がなくなって久しいなぁ。戻りたいとは思わないけど、懐かしくはなるね」

 そう。鴨川は、昔から私たちの遊び場だった。北は出町柳から南は正面橋の近くまで。当時の年齢を考えると、範囲が余りにも広い。

 そして、三条大橋から五条大橋の近くまでの鴨川東岸は、殆ど人がいないから、特に多く出没していた。下流に向けてなだらかに下る鴨川堤は、走り回るのに絶好のスポットだ。堤の上は人も多いから、周囲の目が案外多いという点でも危なくない。

 だから今いる場所は、そんな思い出の場所。私たち四人の思い出と、私と暁くんだけの思い出と。新橋通りの雨もだけど、私の思い出の中には、何かしらの『水』が多くあった。

 京の街を照らす太陽が、夕日と呼ばれる時間になろうとしている。時折雲に隠れて、また顔を出して、ちかちかと陰影を時には隠す。

 もうだいぶ風が涼しい。夏は完全に過ぎ去り、世界は極彩色に塗られる季節へと移り変わった。そして今、太陽があの位置にあるこの一瞬こそが、世界が紅とその影とに二分される、二色塗りのような永遠を形作る。

「――制服、嫌いだったよな、みさきは」

 すると突然、暁くんが何かを思い出したかのように口にする。

「えっと、――どうして?」

「双六でさ、みさきの『影』と対峙したことがあっただろ。あの時の影は制服を着ていたよなっていうのはあるんだけど、それと同時に、逃げたい現実の一つに、制服を着ていることが含まれていたんじゃないかって思って」

 あぁ、確かにそうだ。正直、言われるまで私もそうだったと思い出したぐらいだ。

 だけど、どうして突然それを。

「制服は置いといて、みさきってさ、いつも自分で自分が好きと胸を張れるように生活してたと思うんだ。それは自分が誰かにとってもかけがえのない存在と理解してるからこそって」

「そうだね。それは今でも変わってないよ」

「知ってる。だけどさ、双六から帰ってきてからは、却ってそういう素振りを見せなかったように思うんだけど、どうしてなんだ?」

「――やっぱり、特別なことなんてなくて、それでいて全てが特別であるって、わかったからかなぁ。そして自己愛の押しつけは、誰かを滅ぼしてしまうかもしれないということも」

「なんだそりゃ」

「双六を経験した暁くんにわからないとは言わせないよ」

「まぁそういうことなんだろうけどさ」

「――その辺りは全部、縁ちゃんが教えてくれたから」

 私の我が強すぎたから。縁ちゃんを救えなかった。結果的に双六ではやり直しが効いた格好だけど、現実ではそうはいかない。今度こそそれをしないように。それは、私が絶対にと誓う一つの不文律だ。

 それはそれとして。大誠くんが病縁を持って帰ってきて。だからこっそりと他に人がいない場所では使ってもらえるという意味では、私たちは限りなく健康でいられる可能性が他の人たちに比べても高い。むやみやたらに使えば色々な意味で大騒ぎな大誠くんの病縁を知っているというのは、それだけで優位性がある。

 でもいつも大誠くんが近くにいるとは限らない。何より、事故か事件か、何らかの要因で即死状態になることだってあるだろう。結局、いつ何があるかなんてわからないんだ。

 私は病弱な体でずっと知っていた。暁くんも双六で身をもって知らされた。自分が大事だ。他人も同じぐらいに大事だ。それをわからないとは言わせない。

「制服ってさ。嫌だと思っていた現実そのものの象徴でさ。辛いとか逃げ出したいとか、そういう負の感情があって、そして制服ってのはそれらに『縛られる』ものだと思ってたんだ」

 だから、私にとって制服は軛であり、枷だった。勝手にそんな幻想を抱いて、幻肢痛を勝手に抱え込んでいたのは私だ。

「本当はそんなことなかったのにね。寧ろ、制服を着ていられる時は、病気が多少なりとも緩解していた時なんだから、弱々しい私が嫌というのを制服に押し付けていただけだったのにね。だから、寧ろ今こそ喜んで制服を着れると思う。今となってはそんな機会はないけどさ」

「――よかったよ。俺は、割と制服好きだったからさ」

 ほっと胸をなでおろしたかのような、優しい声。その口調に、あぁ、私の気持ちは間違ってなかったという安心を得た。

「俺が、学園――みさきと出会う前とかにいたところは、一言で言えば規律がなくて。それは自由とかそういうものじゃなくて、一言で言えば放置みたいなものだったんだ。多分鹿乃もこれには同意してくれると思うんだけど、誰も俺たちのことを縛ってくれないというのは、逆に言えば誰も俺たちのことを歯牙にもかけないってことだった。だってそこには誰もいないんだから」

 その後の生い立ちによるところも大きいからそう見えるだけで、暁くんと縁ちゃんの他人に対する考え方は、大きく違うようで根本的には同じだ。暁くんは運がよかっただけかもしれないけれど、結局は暁くんが頑張った結果だ。その一助をしたのは私なのだから、そこは胸を張りたい。

「だから、自分を確立する、自分の軸を視覚的に何か見出すための規律が欲しかったんだ。それが制服だった。みさきは制服に『縛られてた』と思っていたかもしれないけれど、俺は制服に『自己を確立させる』ことを見出してたからさ。だから、なんというか、同じものに対して俺だけが好きで、みさきが嫌いという構図が解けてよかったって思う」

 そしてそれを踏まえた暁くんの考え方は、すごく腑に落ちて、同時に私には出来ない考え方だと思った。私と暁くんとでは、物事の捉え方が大きく違っている。

 多分――これは多分だけど、暁くんは自分と物事の関わりを人物と絡めて考えているのだろう。私は、自分と物事の関わりを環境と絡めている。

 どうしてそうなるって、お互い絡めて考えるものを、一時的にでも喉から手が出る程欲しかったからなんだと思う。暁くんは自身を理解してくれる人が。私は健康であるという状態が。

「卒業記念にでも、テーマパークか何かでもみんなで行くか。卒業後に制服で行くっての、よくあるだろ?」

「そうだね。だけどみんな持ってるのかな。私はあるけど……」

「俺と京楓は持ってる。他のみんなは知らないけど、まぁ持ってる人は着てもらって、ってとこかなぁ」

 嫌だったものに、わざわざ袖を通して、それを上塗りする。私が抱えていたいらないもやもやの解消方法を、すぐに提示してくれる。

 本当に暁くんは、こういうことがうまい。だから私は、暁くんといれると落ち着いていられるんだ。それは私が暁くんを――。

「それにしても、今日は割とみさきからの質問ばっかだな」

「あはは、確かにそうなっちゃってるね、ごめんね」

 暁くんと話す時は、私から問いかけるという構図が夙に多かった。でも確かに、今日はその頻度がとりわけ多いかもしれない。

「でもごめん、あと一つ尋ねさせて」

 そして私は、とっておきとして、いつか暁くんに問いかけた質問を、改めて提示してみる。

「世界がさ、明日で終わるとしたら、どうする?」

「それ――前にも聞いたな。気付けば俺たち二人共、あの後本当に終わりかけたけどさ」

「あははー、私はともかく、暁くんと京ちゃんのことは、誰も想像しえないよねぇ。でも、みんな無事でよかったよ。無事になるようにやってくれた人がいるのは勿論だけど」

「大誠いなければどうにもならなかったもんな。あれ自体は今だからこそ笑い話に出来るし、それが出来るようになったことをまずは喜ぶべきなんだろうな」

 私の病気は笑い話。それは、ずっと私がそうなればいいなと望んでいたこと。正直、今に至るまで現実味がなくて、時折頬をつねっては、その現実を確かめている。

「それで、世界が明日で終わるとしたら、どうする? ――まぁ、先日本当に終わりかけた暁くんに尋ねても、なとこはあるけど」

「あれは……ほんと、迷惑をかけた、すまん」

「暁くんのせいじゃないことはわかってるし、別にいいよ。結果的には無事だったんだし」

 そう、あの時は無事だった。だけど、次またいつあんなことがあるかはわからない。暁くんの精神が壊されてなくても、もしかしたら鬼が無理やりにでも引きずり込んでしまうかもわからない。

 そういう意味では、不謹慎なようだけど、場合によってはこれが暁くんの遺言になる可能性も、また考えていた。そうしたら、今ここで尋ねた内容は、絶対に忘れないでいなければならない。

 だから私は、つい暁くんの答えを急かしてしまう。

「それで、どう?」

 そうして少しばかり考えを巡らしていた暁くんは。

「――京楓との子供を残したいと思うかな」

「ぶっ!?」

 あまりにも想定外の言葉を告げたのであった。

「いや、勿論世界が終わるなら意味のないことではあるだろうけどさ!? でも、そういう時こそ本能で子孫を残そうとするもんじゃないか!? それで俺ならきっとそうなるなって思って!」

「あ、あぁ、そういう!? 成程ね! よーくわかったよ!」

 確かにそれはそれで間違いではないのだろう。私が暁くんと恋仲だったら、実際にそうしていそうと思ってしまったのも事実だ。

 そして私は、また一つ、聞くべきではないことを尋ねてしまう。

「全く関係ないんだけどさ、暁くんと京ちゃんが付き合い始めた時、スキンは付けなよって言った覚えがあるんだけど……実際、どうなの……?」

「あー……」

 暁くんが勢いよく頭をぼりぼりと掻く。それは、あまり指摘されたくなかったことをずばっと指摘された際の暁くんの行動の癖そのものだった。

「そりゃぁ、基本的には付けてるけど、たまにない時も、あり、ます……」

「……そっか」

 根拠はないけれど、そんな気はしていた。幻日でも、あぁやって私の膣にしっかり出していることがあるならば、京ちゃん相手だったら、最低でも一回は事故でも故意でもそういう経験はあるんじゃないかって。

 それでも、少なくとも暁くんの精が、私の膣だけに出されたわけではないということがわかってしまった。想定はしていたけれど、真であるということがわかってしまうのは、正直精神的には結構厳しい。

 あーあ、また一つ、私だけが経験しているかもしれなかったことが、そうじゃなかったと証明されちゃったなぁ……。

「というか、注意されるとかそういう話じゃないんだな」

「あぁうん、私が単純に疑問に思っただけだから。とやかくは言わないよ」

「お、おぅ……」

 なんとか平静を保ってそれだけを返す。ばれてないよね。こんなことでこの動揺がばれるのは、二重の意味で恥ずかしいものがある。

「で、だ。悪い、みさきが考えるような答えじゃなかったのは理解してるし、こんな答えを返すべきでないのもわかってるんだけど――」

 そして暁くんは、そんな私をじっと見つめている。動揺はバレてはいない。だけど暁くんの質問には、すぐに返せるようにしなければいけない。

「だけど、なんでみさきはわざわざまたそれを尋ねるんだ? 何か心境の変化でもあったのか?」

 あぁ、もしかしたら質問の真意には勘付かれちゃってるかな。でも、それでもおかしくはないか。それならそれで問題はない。

 暁くんの瞳は真剣で、そんなことはないけれど、私が今から冗談でしたとおちゃらけることをも許さない。そして私は、この世界に隠された秘密をこっそり告げるかのような口調で、ある事実を告げる。

「私さ、みんなの中で、一番一緒に長い時間を過ごしたのって、実は暁くんなんだ」

「――まぁそうかもな」

「あまり驚かないんだね」

「まぁ、俺も、みさきの視点に立てば、長さでは大誠や京楓に負けても、密度的にそうだろうなっていうのは思うところだったし。俺と出会う前に、大誠や京楓とどれだけ過ごしてきてたかはそこまで知らないけど、俺と出会ってからは恐らくそうだったろうから」

 そしてその世界の秘密は、既に隠していたかった相手にはバレていた。知られていたところで特には困らない。寧ろ知られている事実が嬉しかった。

「それで、どうなんだ?」

「そうだね――」

 これは、私が前々からずっと思っていたことで、それ自体は嘘でも何でもない。

「私ね、双六の直後だったらね、『明後日のことを考える』って言うつもりだったの。どんなに目の前に絶望が横たわっていようとも、その先に希望があると信じられれば挫けずにいられるって、そう思って」

 その考え自体を改めるつもりはない。絶望の先には希望が待っている。そう考えなければ人は誰だって前に進むことは出来ない。幾らそれが仮初のものでも、信じる事すら諦めてしまえば、それは生きることを放棄することと同じだと思うから。

「でも、もしその過ごしてきた『日常こそを変えたい』と思った時は、どうすればいいのかな。そうじゃなくても、原因が自分に由来するかどうかはともかくとして、その日常が変わった、又は変えられた時点で、その人がそれまで過ごしてきた世界は、その日その時終わったと見ることも出来るんじゃないかなとも思うの」

 そしてその経験を、既に私も暁くんもしてきたことがある。自身が望むと望まざるとに関わらず、ある日世界は突然その景色を変えていってしまう。

「それでね。明後日を見据えるためには、明日、ともすれば今日、想いを昇華しなきゃ駄目なんだって、考えが変わってきちゃったんだ。それが、明日どころか今日伝えられることなら、伝えられなかったら手遅れになるものなんだって、いつしか考えるようになってた。それさえなければ憂うことのなく、明後日の事も、それよりも絶望がある明日のことさえも考えられるようになれるとわかったんだ。だから私は、明後日の事を考えたい。みんなのために。私のために」

 嘘だ。全てが私のためだ。それでも、せめて暁くんのことは考えていると自分でも思えるように。

 そして、私は自分のこれまでの世界を終わらしにかかる。もう、後に引くことはできない。

「私ね。双六で暁くんと結ばれてね。それはとっても幸せだったの。率直に言って、現実でもなかったぐらいの、一番幸せな時だった。思い返してみれば、それは複数回あって、そのどれもが本当に幸せな一時だった。そして現実に還ってきてから、それを越す幸せなんてなかったの」

 今でも走馬灯で経験した初体験の時の感触が残っている。何もつけてないで、そして中に出された時の『暁くんのものになった』という感覚が、未だに私を蝕んでいる。

「でもね。それは、彼氏が出来たからとかって理由じゃないの。相手が暁くんだったからなの。ずっと一緒に過ごしてきた暁くんじゃなきゃ嫌だったの」

 大学で言い寄られることも多々あった。スペックも性格も、明らかに暁くんより上だと自他共に認めるだろう人もいた。だけど、全員、圧倒的に『共に過ごした時間』が足りなかったんだ。

 比較対象が暁くんだから、正直彼らにとっては酷な話ではある。それに類することが出来るのは大誠くんだけだ。だけど、過ごした時間の密度は、どんな欠点も覆い隠せるぐらいには大事なもので、そして私が一番大切にしたかったものだった。

「だから、私は、暁くんにずっと伝えたかった」

 雲間から切れた夕日が四条大橋と建物の合間を縫って、暁くんの顔を照らす。

「昔から――小学生の時からでした。今に至るまで、その気持ちは変わっていません。みんな大切です。だけど、それでも、それ以上に、あなたは私のことを人一倍気遣ってくれて、そして常に傍にいてくれました。だから――」

 今、暁くんから私はどのように見えているだろうか。逆光で、私が光の中に浮かんでいて、そして日差しがどこか天使の羽を作り出すかのように。

 見えていればいいな。そう、暁くんが錯覚を覚えていればいいなと思いながら。

「私は! 鬼無水みさきは! 東雲暁くんのことが! 大好きです! ずっと大好きですっ!」

 誰にも、京ちゃんにも負けない気持ちを込めた叫びを、真正面から叩きつけるようにして暁くんへ届ける。

 出来る限り、暁くんに鬼無水みさきという存在を刻み込めるように。何があっても、今この一瞬を、死ぬまで暁くんが忘れられないようにするために。

「好き……好きなんだよ……」

 聞くまでもなく、答えはもうわかっている。だからそれは、私にとっての祈りだった。

 この祈りが届かないことも、私は既に知っている。それでも、どこかで期待をしてしまっていて。

「気持ちは……嬉しくないといえば嘘になる」

「それじゃぁ――」

「だけど」

 あるはずのなかった僅かな希望が瞬間的に膨らんで。

「俺は、ずっと、京楓のことが好きで、京楓だけを愛しているんだ」

 そして急速に萎んでいった。

「双六で、記憶がなかった時の、みさきと過ごした蜜月の時間は、間違いなく特別だったよ。けど……京楓との思い出は、間違いなく俺にとって全てを差し置いてでも優先されるべきで、そして俺はずっと京楓に生かされてきたと思っていて、そして俺はそんな京楓と対等でいられることがこの上なく幸せなんだ。そしてそれだけは、誰にも覆させるわけにはいかない。大誠にも、みさきにも、当の京楓にだってさえ」

「それが……それだけが理由?」

「そんなわけないさ。あくまでそれは俺が京楓が好きな理由のほんの一つでしかない」

「なら、どうして、かな」

 聞いてはいけないだろう。聞いてしまえば、きっと私が惨めになるだけだ。それでも、私が過ごした十年以上の日々を意味がないものにしたくなくて、つい尋ねてしまう。

「――どうして、だろうな」

 だけど、暁くんは、理由を明確に示すわけではなく、そもそも自分でも理解してないということを示した。

「正直、全てを説明なんて出来るわけじゃない。一つ言えることは、みさきと同様、時間の積み重ねがあるからというのが一番にあって、それが京楓が一番だったから、というのはある。みさきだって大切だ。みさきと過ごした時間はとても長い。だけど、京楓と過ごした時間は恐らく京楓以外では一番長いだろうみさきや大誠と比べても二倍ぐらいはさらにあって、そしてその中に様々なものが詰め込まれているんだ。家族としての顔も、幼馴染としての顔も、彼氏彼女としての顔も」

 暁くんが、一つ一つ喋るたびに、自身と京ちゃんの関係を咀嚼していた。口にして初めて、自分がどんな縁の中にいたのかを理解して、そして暁くん自身に落とし込んでいく。

「だけど、そういうものじゃないか? 口というか、理屈で説明できない理由もあるものだろ? みさきだってそうじゃないか?」

「うん、そうだね……ごめんね、変なこと聞いて」

 そうだ、その通りだろう。私だって暁くんの好きなところを全て理屈付けて説明しろと言われたところで、その理屈の全てを説明できるわけでもない。

 けれど、それでも諦めきれない私は。

「あはは……暁くんは、全てを差し置いても京ちゃんを大切にしていたもんね」

 意地悪く、負け惜しみにも等しい呪詛を吐く。

「そうだよね、面倒臭い私なんて、ただ重いだけだよね。そんな私より、京ちゃんの方が好きで当然だよね――」

「違う! それだけは違う!」

 それは、さっきの私の告白よりも大きい声だった。声の大きさが気持ちに比例するとは思ってないけれど、だけど駄々をこねる子供をぴしゃりと言いつけるかのように、それは響いた。

「頼む、それだけは否定させてくれよ……自分がいらない存在かのように言うなよ……あの双六を経てきたからこそ、そんなことは言わないでほしいのに……」

 それは、暁くんにとっての懇願だったのかもしれない。私が消えてしまうことは、突発的な事故とかさえなければもうないだろう。だけど、どこかで関係の断絶というのはありえない話でもない。暁くんは、きっとそれを感じ取ったんだ。

「俺は、本当にみさきに出会えてよかったと思う。今の俺を形作る何割かは、間違いなくみさきで出来ているさ。誰が欠けても、今の俺を形作れなかったのは間違いないけれど、みさきがいるといないとでは本当に大違いだったんだ。それだけは、京楓より上かもわからない。少なくとも、そうでもなければあそこまで必死になってみさきの回復を願ったりはしないよ……」

「友達だから?」

「いや違う。ただの友達だったら、本当に死んじまったら、悲しむとか、そういう感情さえも超えて、自分の一部分が消えてしまったようにまで感じることはないはずだ。それくらいの状態になるのは、家族か、余程の親友か、それくらいだと思ってる。そしてみさきは、それ程の相手だとずっと思ってた。みさきだって俺のことをそう思っていてくれてたらいいなって思ってて……実際はそう思うでもなく、それ以上に想っていてくれていたけれど」

 ――そうだね、京ちゃんにもこの想いは負けるつもりはない。だからこそ、この想いを、今になって初めて、暁くんにぶつけたんだもん。

「ずっと俺はみさきとこれ以上ない親友だと思ってきた。それはずっと変わらないし、これからも親友でいて欲しい。――図々しいかもしれないけれど、俺は、ずっとそれを望んでる」

 それは、途轍もなく嬉しい提案で、そして残酷すぎるほどに悲劇的な答えだった。私から縁を切ろうとしなければ、暁くんはきっと一生涯の親友でいると宣言しているのだろう。それ自体は嬉しい申し出だし、それ自体は私も望んでいる。

 でも、親友なんだよね。そこから先は、ないんだよね。それ以上には、なれないんだよね。

「だから……ごめん。みさきが本気だってわかってるからこそ、俺はそうとしか言えないんだ。俺の望む答えですらみさきには辛いということもわかっているけど、それでも……」

 うん、わかってた。私の諦めが悪かっただけだから。

「――それでこそ、暁くんだよ」

 こういう時だけは、自分のことを抜きにして、相手の事だけを考えてくれている。けれどそう見せかけて、巡り巡って暁くん自身のことしか考えていないんだ。

「人のためを思っているのかもしれないけれど、結局は自分のためになるような答えを返すのが暁くんだもんね」

「いや……確かに自覚はあるけど……」

 そしてそれは、あくまで京ちゃんのためのことを想うのならば、暁くんが今私のことを想うことは許されないからであって。

「いいの。寧ろ、今ここで私のことを考えてなんて言うなら本気で怒るもん」

 嘘だ。絶対に私は怒れない。最後の最後まで、私にとっての大逆転を狙っていて、少しでも尻尾が出てくることを虎視眈々と狙い続けている。

 だけど、暁くんの口から語られる言葉は、尻尾が出るどころか、ともすれば不埒なことしか考えていない私を惨めにさせるようなものばかりで、段々と私にとっての敗北を認めざるを得ない状況が近づいている。

「でも、少しだけ安心した」

「安心って……何が?」

「暁くんが京ちゃんを疑いようもなく好きだってことを、かな。だから、私は――」

 そこから続く言葉を、私は飲み込む。言おうとしたことは強がりだ。暁くんの前では確かに強がっていたい。だけど、雄弁は銀だとするならば、沈黙は金となる。

 だけど、これだけは、紛れもない事実だ。暁くんが京ちゃんを好きだということが好き。殆どが嘘とも呼べるような、私の暁くんへ向ける感情の中で、これだけは嘘じゃないと明確に呼べるもの。

 私にはそれが足りなかった。暁くんに私が求めていたものが、私こそが持っていなかった。持っていなかったからこそ、私は暁くんにそれを求めた。

「暁くんが自らを一番ラッキーだっていうのってさ」

 そして、もう一つだけ、答え合わせ。

「京ちゃんと出会ったからだよね、きっと」

「――そうだよ」

 そして暁くんは、それを否定しなかった。そうだよね。暁くんの境遇を考えると、あのタイミングでそれを言うのって、それしかなかったもんね。

「それを指摘されるのはほんとに恥ずかしいなぁ……」

「経験あったの?」

「当の京楓に、な。二年前の誕生日の時に、向こうから察せられた。俺としては墓場まで持ってくつもりだったけど、正確に指摘されちゃしょうがないとはいえ、まさかみさきにも言われるとはな……」

 薄々そうだろうとは思っていたけど。確証がなかっただけで、いつかは尋ねたいと思っていたことだ。

 だから、そういう意味では知っていた。だって私は、ずっと私の好きな暁くんを見続けていたから。大誠くんじゃないけれど、それくらいもわからない程、幼馴染を、片想いをしてたわけじゃなかったから。

「ねぇ、暁くんは、京ちゃんとどうなりたい?」

「どうって……将来像的な話か?」

「そうそう」

 そして私は、私が敗北を認めるために必要な最後のピースを、自ら求めてしまう。

「やっぱ、末永く添い遂げたいよ。子供も何人も欲しい。何より、俺が一度は失った家族というものを、京楓と作りたい。俺が願ってるのは、それ以上でもそれ以下でもないさ」

 そうだよねと。暁くんが望むことは、暁くんの過去を知った今だからこそ、それが切なる願いであることは痛いほど理解できてしまう。

「――出来るといいね」

 そして、その対象は私ではなく。

「そうだな。――だから、俺はもう先に帰った方がいいよな」

 私と共にそれを叶えてあげるべき人がいることも、また理解してしまって。

「うん……それがいい、かな……」

 だから結局、私に残されたやれることは、もう一つしか残されてないんだ。

「じゃぁ……みさきも、気を付けて帰れよな。もうすぐに暗くなるから」

 それは、どうにかして取り繕って、笑顔で暁くんを見送ること。

「暁くん!」

 そして、私は、ずっと同じ言葉を叫び続けるんだ。

「私が暁くんの一番じゃなくても、私は暁くんがずっと大好きだからねっ!」

 私に背を向けた暁くんが、最後に振り返った。そして、合図を送るかのように私に向けて手を挙げる。

 それから、暁くんは、一切振り返ることなく、四条通りの雑踏へと消えていった。人ごみの流れに乗るようにして、私のことを一瞥もせず。

 それでいい、それでいいんだ。それでこそ暁くんであると、私が一番知っている。そして私は、そんな暁くんの背中が好きになったんだから。

 京ちゃんにも負けない、これだけは私が一番知っていると声を大にして言いたいこと。暁くんの背中はこんなにも大きくかっこいいんだってこと。

 目の前の川のように、私の気持ちは一方通行で。そして流れ下って、最後は大海に溶けて消えて、跡形も残らない。

 駄目元なのは理解していたはずだ。理解していて尚、諦めきれていなかったのは私だ。

「――あーあ。この結果を知ってたはずなんだけどなぁ……」

 京ちゃんと暁くんがいつも向かい合ってるから。だから私は暁くんの背中を眺めてばかりでした。きっと、暁くんの背中を一番眺めたのは京ちゃんじゃなくて私です。私なんです。

「知ってたよ……京ちゃんこそが、暁くんにとってのラッキーだって……」

 そしてあの背中に私はずっと憧れていました。ずっと感じていた『可哀そうな子』なんかじゃなくて、いつしか私を精神的にも物理的にも追い越していった、大きくて広い、あの背中に。

「でも……それでも諦められなかったんだもん……」

 ずっと知っていました。だからこそ、振り切るべきだったのに。早く行動に出るか割り切るかして、終わらせるべきだったのに。

 それでも、後悔なんてしていません。あなたに出会えてよかった。あなたを好きになってよかった。――あなたに振られてよかった。

「あ、あっ、うっ」

 大好きだった。

「うっ、くっ、ひっ――」

 大好き、だったんだよ、本当に。

「あああああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁ! うわあぁぁあああああああぁぁぁあああああっ!」

 自分にとっての世界が終わる日があるとするならば。今日という日は、間違いなく私にとっての世界が終わった日になった。

 十年以上育ててきた感情の花は、受粉することなく枯れていった。枯れて、何物にもならなくて、そしてただ朽ちただけ。

 ありがとう、こっぴどく私のことを振ってくれて。こんなにも私のことを大切にしてくれて。こんなにも私のことを想ってくれて。

 さようなら、私の初恋。もしかすればこれは、最初で最後になるかもしれません。だけど、それでいいのです。私はきっとこれ以上の感情を抱くことが難しいでしょうから。

 どこかで暁くんが憎いです。これだけの感情を私に抱かせて、そしてそれを無視して枯らしてしまうのですから。だけど、それも当然なのは理解しています。理解しているからこそ、あまりにもやりきれないのです。

 それでも、私は暁くんに復讐がしたいから。だからこそ。

 ――ずっと、私はあなたを好きで居続けます。

 

 

 

 

 

 どのように帰ってきたのか、全く思い出せない。みさきと別れて、ふらふらとずっと歩き続けていたような気がする。息がだいぶあがっているから、途中走ってもいたのだろう。少なくとも、バスも電車も使った覚えがない。

 そして気付けば自宅の前にいた。意識を介在させずとも、どのように帰ればいいかということを、体が覚えててくれたらしい。

 どうしてみさきと別れたんだっけ、そっか、気まずいからだ。あれ、どうして気まずいんだっけ。そっか、みさきは今でも俺のことを――。

「――ただいま……」

 思考さえまとまらない。ぼんやりと自分の身体を見下ろせば、いつ出来たのかもわからない生傷がいくつかあった。多分、意識もなく四条通りを往く際に、通行人にぶつかって転びでもしたのだろう。

 まるで足を無くしたかのようだ。気力もなく、ただ階段を上るだけの自分が、幽霊か何かになったようにも思える。少し前に霞を求めてただただ歩いていたことはあったけれど、その時とも違う感覚だ。

 そして自分の部屋へと辿り着く。いつだって、俺が帰ってくる場所はここなんだ。

「あ、暁、おかえり」

 だって、ここに彼女がいるのだから。

「あれ、どうしたのあき――うわっ」

 急に抱きしめられた京楓が驚いているが、そんなことは意にも介しようがない。

「うわっ、生傷がこんなに!? それでこんなふらふらで……もしかして、また……」

「そうじゃない、そうじゃないから」

 だからこそ、俺は、俺の彼女に率直に何があったかを報告する。

「――みさきに告白された」

「っ――」

 京楓が息を呑む。そうだろう。もう俺たちはただでさえ四年付き合っていて、みさきはその関係をかなり近い位置でずっと見続けてきたんだ。その上でわざわざ告白をするということは、俺に振られることを望んでいたということに他ならない。

 予想をしていなかったと尋ねられたら嘘になる。だけど、あんなに重い感情をずっと抱え続けていたというのは、俺も思っていなかった。

 早く気付いてやれればよかったのに。そうしたら、みさきがあそこまで苦しむこともなかっただろう。それとも、俺の意思は関係なかったのだろうか。正直、何もわからない。

「断ったよ、勿論」

 それだけを伝えて、京楓へさらに寄りかかる。率直に疲れてしまって、だからせめて精神面だけでも回復しないと自力で座っていられそうにもない。

 クレアの時は、約束を反故にするために必要な儀式だった。琥珀は琥珀本人の認識がどうであれ、あくまで後付けでさらっと伝えられたもので、そして琥珀も納得した上でのものだった。今回は完全にみさきのエゴだ。それは自他共に認める『必要のないもの』だった。

「俺……誠実でいられたのかな……」

 あの時、みさきがどれだけの勇気を出していたかという事を、俺だけが知っている。みさきが、どれだけ一途であったかを、俺だけが知っている。みさきが、どれほどまでに俺のことを――。

「――よしよし」

 あぁ、甘えさせてくれているんだな、これは。そんなことに、数回頭を撫でられてから気付いた。こういうのは、それこそみさきの十八番だったはずだ。多分京楓も、わかっててやっている。

「鬼無水がさ。暁のことを好きなのは、私も知ってた。確かに、このタイミングで告白したと聞いて、驚きはしたけど、でも不思議には思わなかったかな。暁が霞ちゃんを探してたと鬼無水から聞かされてたあの日、そうするって言ってたから。それがたまたま今日だったってこと。暁から聞いてはいなかったけど、やっぱりねって感じ」

 そっか。やっぱり、京楓は聞いてたんだな。

「双六から帰ってきた直後に、私が鬼無水に相談しててさ。その時鬼無水も、暁のことが好きって明言してたんだ」

「その時は……」

「暁が私のことしか見てなくて、私も暁のことしか見てないから、封印するって。けどそっか。鬼無水もこらえきれなくなっちゃったんだね」

 ――俺、色々な人から好かれていたんだな。双六はともかくとしても、みんなに対して特別な何かをやってあげた覚えはないのに。寧ろ俺がみんなから様々なものをもらったというのに。

「双六で初めて強い縁が結ばれたクレアさんとは違って、鬼無水はその前から暁のこと好きだったって言ってたでしょ?」

「――そうだな。気付けば好きになってて、そしてその長さ故に暁くん以外の人とはもう考えられないとも言ってたよ」

「……私も、鬼無水の人生、歪めちゃったな……」

「京楓が気に病む必要もないだろ……それについて気を病むのは、俺だけでいいよ」

「そうじゃなくてさ。暁を真の意味で好きになる前にね。私も悩んだんだ。私の好きは家族としての好きであって、鬼無水の好きとは別物かもしれない、ともすれば到底及ばないのかもしれないって。お恥ずかしながら、自分で自分を慰めてる時に、ふと我に返って、それを考えて、自分が嫌になることは何回かあった。暁とは家族としてずっといられるなら、鬼無水の感情を優先させてあげた方がいいのかとか、もう色々」

 きっと、俺がなんとなくでも京楓を好きになる前から、京楓はそれを考えていたのだろう。その頃の俺は何を考えていただろうか。きっと、みんなと仲良く宜しくやっていきたいと思っていた頃だ。

「だけど、暁は私のだって、今なら自信を持って言える。だって、暁が私を愛してくれてるって信じられるから。だから、鬼無水にあぁ言われても、伝えること自体を否定はしなかった。暁ならきっぱりと断ってくれると信じてたから。だから、暁は私のものだって、それだけは譲らない」

 正直、京楓のその信用が、今だけは辛かった。俺は大切な人を傷つけた。俺がしたことはそれだけだ。

 仕方のないことだったけれど、俺にそこまで想われる資格なんて、正直ないと思っていた。俺がみさきからもらったものに対して、俺は殆ど何も返せていない。

「――辛い思い、させちゃったよね」

「今更だ」

 そう、今更。もっと早ければ、みさきをここまで傷つけることはなかったんじゃないかって、やはり思うところはある。

 だけど、俺から指摘するわけにはいかなかった。『お前、俺のこと好きなんだろ』なんてわざわざ尋ねるなんて、どんな自意識過剰だ。過剰でなくとも、わざわざ地雷を踏みに行くことなんてない。

 だから、結局、みさきの言葉を待つしかなかった。みさきが気の済むようにするには、俺は待ちの姿勢でいるしかなかった。

 責任転嫁と言われればそれまでだ。だけど、俺からみさきを傷つけずに済む方法なんてそれしかなかった。俺から、大切な人を傷つけたくなんてなかった。

 俺は、そんなに出来た人間じゃない。そんなことは俺が一番よく知っている。そして、これは逃れようがなかったんだ。俺も、みさきも。

「――俺からすれば、みさきも家族みたいなもんなんだ」

「家族って……私とか琥珀ちゃんとかじゃなくて……?」

「いや……そりゃ京楓はそうだけど、今の俺を形作るものとして、みさきと大誠は同じくらいに影響を受けていて、その密度は家族にも等しいものだったから」

「……それもそっか、そうだよね」

 京楓はともかくとして。みさきと大誠は間違いなく身内だ。今は家族だから琥珀だって身内だけど、家族以外で身内と呼べるのは今でもこの二人だけ。付き合いの長さ故にこの二人は例外だ。

 中でもみさきは、京楓よりも大誠と、大誠よりも俺といる時間が長かったように思う。何かあった際のお出迎え役等は俺に一任されることが多かったし、塾に行く大誠、テニスに出向く京楓を見送ってみさきと二人で放課後下校したことは数えきれない。

 だから、みさきが一番近しい友人は、紛うことなき俺だった。みさきがいつもクラスとかの中心にいようとも、これまで一番みさきの時間を盗んだのは間違いなく俺だ。

「そういえば、今日だよね」

「今日って……何が?」

「11月28日」

 その一言に、どきりとする。それは、四年前、俺たちが揃って双六に送られたその日だ。俺が鬼を鬼と認識して、そして対峙した当日だ。

「全部が全部じゃないだろうけど、でも暁はそこで様々な縁を結んだんだよね。古きも新しきも、様々な」

「それは……確かにそうかもしれないけれど」

 だから今日は四年前に、俺がみさきと結ばれた日で、琥珀と結ばれた日で、クレアと結ばれた日で――。

「きっと、悔しかったんだ、私は」

 京楓と結ばれた日では、ない。

「ずっと、暁の一番は私だっていう慢心みたいなものが、多分ずっと心のどこかであったんだ。そして、双六から帰ってきて、自分が暁にとって、『改めて』何者になれているのか、なれていないんじゃないかっていう恐怖が急に襲ってきた。毒だっけ、倒れてからの回復は、大誠がどうにかしてくれるっていう確信があったからそっちの不安が無くて、だけどそのことばかりにずっと怯えていたんだ。呑気なもんだよね、放っておかれれば死ぬっていうのに、その先の事しか考えてなかっただなんて」

「いや……俺だってあの時は似たようなものだったし、そもそもみさきもそう言ってたじゃないか」

「そうなんだけどね。でもそれ以上に、みんなと改めて結ばれた縁を全て差し置いて、暁との縁の事だけをまずは考えていたということが胸を締め付けて、そして結局は暁さえいればとなっていた自分に少しの嫌悪感を抱いたの。あの双六で縁ちゃんに宣言しておいて、結局は暁がいなければってなっていたんだから、私は」

 それは、俺にとっては嬉しいと思うのは正直なところだ。だけど、当時の状況を考えるに、その事実に京楓が嫌悪感を抱くのも理解できる。そもそも俺だって自分がそうだったら、自分に嫌悪感を抱いたはずだ。

「その時になって初めて、私は暁がいなければ何も出来ないということに気付いた。いつか暁は言ってくれたよね、『京楓がいなければ俺は生きていけない』って。私だってそうなんだ。暁に何かあったら、私だってもう生きていけないんだ。それくらい暁の事は大事に思ってるし、掛け替えのない存在なんだって」

 不意に、俺の左頬が温かいものに包まれる。

「この熱が、失われなくて本当によかった――」

 それは双六の時のことを言っているのであろうか。さもなくば、つい先日の自殺未遂のことだろうか。それとも出会いの時のことだろうか。いずれにしても俺はこれまでの人生で四回程死にかけた。一回は事故で。一回は京楓と共に毒にやられて。二回は京楓に助けてもらった。

 事故の時は、それこそ俺個人に限って言えば運がよかったと誰かは言うだろうけど。それでも、残る三つは明確に何かがあって、それを助けてもらったものだ。

「ねぇ暁。少し、昔話をしない?」

「昔話って……どんな?」

「私が暁じゃなきゃいけない理由――暁も私じゃなきゃいけない理由、であったらいいな」

 あぁ、今日という日にはそれはぴったりだろう。四年前、俺たちがお互いの気持ちを再確認し、そしてお互いがいなければ駄目だと気付いたその節目の日に。

「思い出話か。――わかった。京楓がかつて何を考えていたか、教えてくれよ」

「うん。これまで恥ずかしいと思って話してこなかったことも話すよ、全て」

 少し前に篠月学園を訪れた際にも話さなかったこと。京楓から見た、俺との昔話。それは俺たち二人の物語であり、京楓一人の物語でもある。

 それは、俺と京楓が歩んできた道程を詳らかにするもので、そして今に至るための道祖神だ。

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