サンセットリゾートの受付で、予約していたものですけど、ってつたえると、研修中という札をつけた若い犬のおねえさんが、こまりはてた顔をした。
「あのう……保護者のかたは、いらっしゃらないんですか?」
よくあることだったから、とまどうことなく、でも、おずおずとCPを見せる。
「すみません、成人してます……」
「――ッ! もッ、申し訳ございませんでしたッ!」
ものすごい勢いであやまられて、むしろこっちが申し訳なくおもってしまう。
犬耳をしおれさせ、汗をどばどばながしながら、おねえさんがチェックインの手配をしてくれる。
「そ、それでは、紫明さま担当のガイドをお呼びいたしますので、少々お待ちくださ――ぁ、そ、その前に、お客さまにあわせて適切なサービスを行うにあたり、えと、バ、バ、バイタルチェックをおこなうために、このチョーカーを、装着していただきたいのですが――」
細い紐みたいな、黒いチョーカー。ほとんど気にならない着け心地。完全防水だとか。
チョーカーを着けていると、受付の奥から、きれいな狐のおねえさんがやってきた。切れ長の紅い瞳に、やけに目を引かれる。
そんなに似てないはずなのに、ナリアさんのことが、ちょっと浮かぶ。どきりとする。
「サンセットリゾートをご利用いただきありがとうございます。本日、明日の二日間、紫明さまのご案内をさせていただく、まひると申します」
「ぁ……えと、名前――」
ひと懐っこい笑み。バニラみたいな、あまい匂い。
「本名ではありませんので、どうかお気軽に、まひるとお呼びください」
「あの……はい……、じゃあ、あたしのことも……、さまとかつけなくて、いいので……、メイで、いいです……」
一瞬だけきょとんとすると、すぐにふわっとほほえむまひるさん。
「承知しました。では、メイさん、と。短い間ですけども、よろしくおねがいしますね」
また、どきり。
おもわず視線を逸らし気味にしてしまう。心臓が、とくとくうるさい。
まひるさんに、お部屋に案内される。
なんでだろう――やけに、緊張する。喉がからからになってる。ちょっとくらくらしてる。
あたし、へんだ――やさしそうな、ひとなのに。こわい感じも、しないのに。
「道後ははじめてですか?」
「ぁ……はい」
「ご旅行ですか?」
「……はい」
「メイさんのようなお若いお客さまが、個人旅行で来られるのは、とても珍しいですね。ここはおもに、お接待などで利用される方が多いですから」
「……そ、ですか……」
会話を、つづけられない。緊張しすぎて、なんてこたえていいかわからない。
気がつくと、お部屋に到着。途中どんな道を通ってきたのか、どんなお客がいたのかも、おぼえてない。
ひろい、スイートルーム。番組でしか見たことないような、おしゃれで落ち着いたお部屋。
あ、スイートルームって、ほんとに果物、常備してるんだ。
あたしの荷物を置いて、まひるさんが言う。ほかにひとめがないからか、ちょっとくだけた感じで。
「わたしがご案内できるのは、明日のお昼までです。わからないことやこまったことがあれば、どんなことでもたよってくださいね。それが――わたしの仕事、ですから」
「……ありがとう」
仕事でやってるから。
そう言われると、なんだかちょっと楽になる。緊張がほぐれる。
「長旅でおつかれでしょうから、ひとまず、オイルエステなんてどうでしょう。わたし、得意なんですよ」
「ぁ――はい」
たしかに、五時間すわりっぱなしだったから、腰や背中が痛いかも。
まひるさんが、どのオイルがいいですかって、CPの画面を見せてくる。鎮静作用のあるオイルがあったので、それをえらぶ。
準備をしてるあいだ、オイルエステ用の下着に着替えてくださいねって、うすい生地のショーツを手渡される。
着替えてからベッドルームに行くと、部屋はうす暗く、あまいアロマが焚かれてて、いかにもオイルエステの施術室といった雰囲気。
「ベッドのタオルの上に、うつ伏せに寝てくださいね」
まずは、ふくらはぎから。
まひるさんのあったかくて、やわらかい手が這いまわる。筋肉がとろけて、血管がほぐれて、神経がゆるんでいくのがわかるみたい。
気だるい心地よさ。ぽかぽか、ふわふわ。
「メイさん、お肌、ほんとにきれいですね。あかちゃんみたいに、すべすべで。なにか、してるんですか?」
「とくに、なにも……んっ」
背中が終わると、皮膚のうすいところを、オイルでにゅるにゅるにされる。まひるさんの指がとおった部分が、熱を帯びてくる。
「……っふ、……く、……んっ」
すごい、汗かいてる――。
ぽかぽか。じんじん。どきどきする。
ちょっとくすぐったいけど、ぞくぞくして――これって、なんだか、その――。
「うーん……、やっぱり、まだ鳴らないのね」
「ふぇ……?」
なにか言われたような気がするけど、聞きとれなかった。
「いいえ、ひとりごとです。次は、仰向けになってくださいね」
「は、い……」
おへそまわりや、下腹部を中心に撫でまわされる。ぞくぞくがふかくなっていく。おなかが、ちりちりする。
「は……っ、はぁ……っ、はふ……っ」
内臓が、とくとく、ひくひくしてるのまで、感じられる。
肌の下の、脂肪の下の、内臓のなかの、粘膜のひだ同士が、擦れ合わさり、じゅわって粘液を分泌して、とろとろになっちゃってる。
きもち、いい――でも……、あたし、あたし……、へんな気分になっちゃってる、かも――?
それが、わるいことのような気がして、やめてって、言い出せない。
「んっ、……っふぅ……、はっ……」
声が、出ちゃってる。鼻を突きぬけていく息まで、すごく、あつい。
「ふふっ、きもちよさそうですね」
「んっ、んっ、……ふぁ、い……」
「ずいぶん、おつかれだったみたいです。代謝を促進するオイルもあるので、ためしてみましょうか」
「ぇ……あ、んっ、……はい……」
ねとぉ、ってねばっこいオイルが、からみついてくる。
「う、ひ……っ」
さっきのとはくらべものにならないぐらいしつこくて、でも、皮膚のあいだにまで染み込んでくるような、ふしぎなねばり気。
それに、全身をおおわれていくと――。
う……これ……っ。
ぼうっとしてくる。息ぐるしい。ふらふら、ふわふわする。
あつくてねっとりした霧のなかを、さまよってるみたい。
なんだか――もどかしくて、たまらない。太ももをもじもじする。
ぞくぞく、どきどきがひどくなる。霧のなかから、なにかが追いかけてきてるような、追い立てられているみたいな、切迫感。
呼吸がみだれる。どこかに飛んでいって、しまいそう――。
「は……っ、は……っ、ん……っ、んん……っ」
のどが鳴る。声を出しそうになる。まひるさんの指使い、息遣いが、意識から遠のいていく。
おなかの奥から、波を感じる。まるで、込みあげてくる感覚。切羽詰まった感じが、逃れられないほど、ふくらんでくる。
爆発、しそう――!
まひるさんの指が、そろそろと下に伸びていく。耳にあるい息がからみつく。
飛びあがりそうなほどのぞわぞわが、むしろ意識を現実に引きもどす。
「だ……、め……っ!」
すっと指が離れる。
「うーん、あと一歩、かしら」
突然、すうっとあつい霧が晴れていく。もどかしさと倦怠感はあるけど、熱も、あまい匂いもねばっこい感じもなくなる。
さっきのは――夢、だったみたいに。
「……あれ……?」
「ふふっ、きもちよさそうにうとうとしてましたね。そのまま眠ってしまっても、よかったんですよ?」
どうやら、ほんとに夢だったみたい。それにしたって、あんなに、なんだかいやらしい感じの夢を見るなんて……。
「では、オイルを流しましょうか。もしよろしければ、お背中、お流ししますけど」
「え――、い、いいです……」
きっとサービスの一環で、そう聞いてくれてたんだろうけど――、さっきまでの夢がなんだか無性に恥ずかしくて、あたしはそうこたえてしまっていた。
サンセットリゾートに来て、二日目の朝。
たぶんここ数年で――いちばんすがすがしいきもちで、食後のひとときを過ごしてる、かも。
ごはんはおいしかったし、まひるさんのマッサージのおかげか、かつてないほど熟睡できた。
いつもは不安やらなにやらで夜中に目を覚ますし、ごはんのあとは仕事に行って、今日は理不尽な小言を聞かされるんじゃないかという思いで、気がふさいで仕方なかったのに。
紅茶をすすりつつ、窓から海辺をながめる。道後には、連合でもめずらしい海洋槽があった。松任の方がおおきかったけど、朝から部屋で海をながめてられるなんて、なんだかすてきで、ずっと見てられる。
お酒を呑みながら民営チャンネルを見て過ごすいつもの休日は一瞬で、また無駄な時間を過ごしてしまったな、ってやるせなさしかなかったけど、ここの時間はすごくゆるやかで、すっごくやすらぐ感じがする。
素直に、来てよかったな――。
部屋のチャイムが鳴る。まひるさんだった。
そういえば、リゾートの案内をしてもらう約束をしてたんだった。専用の服に着替えて、岩盤浴に連れてってもらう。
岩盤浴は薄暗くて、おっきなホールだった。ちょっとしたサウナぐらいの暑さだけど、じめっとしてなくて、そんなに不快じゃない、かな。
ホールの手前のスペースはサロンで、あたしとおなじように黒いチョーカーを着けたほかのお客さんがあつまってる。奥は、仕切りのある個人用のスペースみたいだった。
まひるさんに、個人用のスペースに誘導される。何種類もの鉱石の岩盤が並んでて、鉱石によって、いろいろ効果がちがうんだとか。
いちおう、全部の効能を聞いてみたけど、どれも結局はデトックス効果とか美肌効果があることしかわかんなかったから、見た目がきれいだったトルマリンのやつをえらぶ。
「膝枕、しましょうか?」
「えっ!?」
唐突に、そんなことをたずねられてびっくりする。自然と昨日のことをおもいだしてしまって、視線を逸らす。
「い、いいです……」
「みんなしてますし、遠慮しなくていいんですよ」
辺りを見まわしてみると、たしかにまひるさんの言うとおりだった。ここで断るのは、むしろまひるさんにわるいの、かな。
「じゃ、じゃあ、おねがいします……」
岩盤のちょっと低くなってて、クッションを敷いてるとこに、まひるさんが正座をして、ぽんぽんと白い太ももを叩いた。
横たわって、おそるおそる、あたまを預けてみる。
う、わ、これ――。
すべすべでむちむちした太ももの感触が、後頭部をつつみこむ。バニラみたいな、あまぁい匂いが、一気に濃くなる。
見上げればすぐそこ、真正面に、きれいなまひるさんの顔があって、ひと懐っこいほほえみを向けてくる。
どきどき、する。切れ長の紅い瞳で間近に見つめられて、緊張して、かちこちになってしまう。
これ、むしろ、居心地わるい――。
でも、やっぱりやめてとも言いがたいし、どうしようかとおもっていると。
りんりんりん――。
どこからか、正確に一定間隔で、電子音っぽい、ちいさな鈴の音。次いで。
「っはぁああんっ♥♥」
妙に、なまめかしい、女の子の声。
「あっ♥ はぁっ♥ あんっ♥ そこっ、そこぉおっ♥♥」
あたしのからだが岩盤になったみたいに、硬直する。脳がかたまる。
そういう動画で二、三度耳にしただけだけど、たぶん――ううん、あきらかに、あのときの、声。
なになになに、どういうこと――?
ここは、女の子しかいないはずなのに――。
「ふふっ、はじめちゃったみたいですね。カップルかな?」
とくに慌てるでもなく、まひるさんがおかしそうに言う。
やっぱり、そうなんだ――。
「え、え、え、……あの、追いだされたり……、しないんですか……?」
「サンセットリゾートでは、双方の同意があるかぎり、どこで性交渉をしてもいいんですよ。お客さまに癒しをなにより追及してもらうのが、当グループの理念ですから。ひょっとして、ご存じなかったですか?」
「そ、そんなの……聞いて、ないです……」
「まぁ、表向きはふつうのリゾートですからね。メイさんみたいに、気づかず来るお客さまも、たまにいらっしゃいます。気になるなら、場所を変えましょうか」
「あっ♥ あっ♥ あっ♥ いいっ♥ いいよぉっ♥」
どんどんおおきくなってく、あまえるみたいな声。聞いてるこっちのほうが、恥ずかしくなってくる。
「……そ、そうします……」
まひるさんに連れられて、そこから離れようとしたけど、女の子の声は逆にちかづいてくる。
どうやら、個人用スペースの出入り口の辺りで、しちゃってる。
ぜったいに目を合わせないようにしよう――そう決心してたのに。
「あれ、出てっちゃうんだ。聞いてってほしかったのに」
前をとおりかかるとき、急にはなしかけられて、おもわずあたしは、そちらに視線をやってしまった。
からみあう、白い裸体。きれいな兎が、ふたりいた。
垂れ耳と、欠け耳。よく似てるから、姉妹かも。
垂れ耳さんのほうが、にたにたわらいであたしを見つめながら、いやらしく欠け耳さんのほうのおっきなおっぱいを揉みしだいた。
「んっ♥ んっ♥ んっ♥」
欠け耳さんがとろんとした瞳で身ぶるいする。
りん……♥ りん……♥ りん……♥
欠け耳さんのチョーカーから、鈴の音が鳴るたび、宙に、こぶしぐらいのおおきさの、桃色のハートマークが飛びだす。
垂れ耳さんが、舌なめずりしながら、あたしにおねがいする。
「ね、やじゃなかったら見てってよ」
こ、このひとたち……わかってて、やってたんだ――!
あたしの首が、かぁっとあつくなるのがわかった。どきどきが止まらなくなる。ふらふらする。
まひるさんが、耳打ちしてくる。
「どうします?」
「……え――」
「他人がするのを間近で見るだなんて、滅多にできる経験じゃないですし、彼女たちものぞんでいることですし、とくに嫌悪感がなければ、協力してあげてはいかがでしょう?」
「そ、そんな……、あ、あたし――」
「もちろん、なにもしなくてもいいし、されることもないですから、単純にメイさんの感情の問題です。どうですか? 見ていくだけ、ですよ? 人助けだとおもって、ね?」
あたしは、ごくりと生唾を飲みこんだ。
「ちょ、ちょっとだけ、なら――」
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