Target:"1" 作:ニョ
山奥に電気を引けるはずがなく、研究所内は暗かった。スタースクリームの肩に座りながら、キャンドルホルダーをどこからか取り出し、Dr.アーカビルは目を細め屋内を照らす。
その背後に、揺らめく影をつくって歩くのはジジイだった。首は動かさず澄んだ瞳だけが静かに微動させ、大きな鼻に一筋の汗を垂らした。
「分けてやれるアンゴルモアエネルギーは2mgだからな。……貴様、アレは持ってきたろうな?」
「ここにありますよ。ここに……」
アーカビルの取引相手は笑顔に皺をつくり、黒い手提げをパシッと叩き、在り処を知らした。サイボーグの老人は振り向きながら訝しげな視線を飛ばす。
「さて、着いたぞ。おい、下ろせデストロンの下っ端めが!」
スタースクリームの足元に、自動駆動するスチールチェアが近づいてきた。アーカビルは彼の指先に抱かれながら、そこに座り込む。
「まずは貴様が先だ。さぁ早くクレムジークを出せ!」
自分だけの王座に戻ったアーカビルは、水を得た魚のように威勢を振う。手持ちの燭台を左手に、右手にはビームガンが握られていた。
「おおっと。い、今出しますから!……まったくダンナにゃ敵わねえェな」
ジジイは常套句を吐く。彼は卑屈に笑った後、手際の悪そうに、置いたバッグから荷物を漁る。
「コイツですな──おっと」
煤けた小瓶に入っていた、その浅黄色の物体はジジイの手によって解放された。
「クレムジイィイィイイック!!!」
「な、なにをしている貴様っ!?」
ジジイは表情を変えなかったが、先ほどとは同じ感情ではなくなっている。バッタみたく跳ね回るそれを眺め、彼は嘯く。
「おお、明るくなったじゃないスか。けっこう、けっこう……」
「ふ、ふざけるな! おいなんとかしろ! このっ!」
老人とは思えない身の軽さで、ジジイは隅のデスクに置かれた数寸のカプセルを掌に収める。
「へぇ、私がですか? 自分でなさったらどうです? ま、そんな機械仕掛けの体じゃ危ないでしょうが……それより、こいつは確かに頂きましたよ」
胡散臭い流し目をして、彼はそそくさと踵を返し逃げる準備をする。言うまでもなく、アーカビルはそれを見咎める。心の奥で、自分の天才という肩書きが崩れるのを感じながら。
「ぬ、盗む気か!? だが逃げようとしたって、外は山岳が広がっているんだぞ! そんな事よりコイツを──」
「へへ……ご心配なく。アシならありますよ、ホラ」
クレムジークがスタースクリームのコクピット部に飛び込み、瞬く間に隙間から電気が漏れた。
「ウアアアッ!! こ、ここは……」
「し、しまったヒプノチップが!」
スタースクリームのパーソナルコンポーネントを刺激したクレムジークは、まるでジジイの願ったような動きを見せ、その姿はさながら彼に従うペットだ。
デストロンの航空参謀は、そんなクレムジークが視界に入り背筋を凍らせる。
「こいつァメガトロンが造った兵器じゃねえか? ク、クソッ、とにかくズラかるぞ、ワケが分からねえ」
「あ、おい! 待て! 待たんかぁっ!!」
*
ちょっとした騒ぎに乗じて、するっと抜けて来れた。へへ、やっぱり人間もトランスフォーマーもバカばっかりだぜ……さて、そろそろ出てくるはずだ。もう片方のバカが。
「──おい人間、何をしている」
木陰のそばに立ったオレを一瞬で索敵したか。なかなか手強いセンサーしてるみてェだな。自意識があるとさすがに気圧されるが、垣原の根城に忍び込んだ時よりかマシだ。
「へ、へえ。実はあなた様をお待ちしておりまして……」
「肉ケラ風情が、調子に乗るんじゃねえぞ。このオレ様を陥れようって腹の底が丸わかりだぜ」
「そんな事ぁ……それよりダンナ、耳寄りのネタが」
スタースクリームは低い背丈のオレに銃口を向ける。裏切者は裏切者を知っているってか。
「チャムリー、って人間をご存知でしょう?」
「!」
*
地下駐車場の照明は、かえって密閉された空間の暗さを保証していた。この明かりがなくなれば、整列された車両と共に暗闇へ一転する。
希望の明かりを失くしつつあるバンブルが、狭い地下の最奥に追いやられていた。
「ね、ねえやめてくれないかな……オイラ大切な仕事があるんだけど」
トランスフォーマーのサイバトロン情報員という立場が、この小さきエイリアンたちの粗暴を退けなくしていた。
「オマエ、この女知ってるか? カレンって源氏名でな」
垣原はカレンの写真をひらひらと見せつける。自分が傷つけられないという立場の優位性を知り、バンブルの話には耳を貸さない。
「オイラそんな美人さんと知り合いになってないな……ハハ」
「…………」
束の間、垣原はバンブルの動かぬ瞳を見つめると、写真から手を放す。それを金子がゆっくりと拾う。三郎は髪をかき上げ退屈を紛らわす。
「オマエら、戦争してんだってな。こうやって敵軍人の柄、攫ったりとかしたんだろ?」
「捕虜なんて、そんな」
「じゃあ殺し合いは何のためにやってんだ」
「悪の軍団、デストロンを止めるために……」
垣原は腕を組んだ。下郎や匹夫の言葉をぶつけられた時と同じ顔をする。
「テメエ、まさか平和の実現だとか言うんじゃねェだろうな? くだらねェ大義名分で、テメエは俺たち人間まで巻き込みやがったってのか」
「それは、」
「なあ、平和の意味を考えた事があるか? オマエらに娯楽はあるのか? 見たところチンコも付いてねえ。多分センズリもセックスも知らねェ。大した文化を持っているとは到底思えん」
二人の語調は盈虚した。バンブルの口は開かなくなっていったが、垣原は饒舌になる。
「戦争を終わらしても、オマエらは満足しねえはずだ。なんでか分かるか?」
ヒュン、という短い音と共に、ニードルがバンブルのオプティックセンサーを穿つ。青い透明の破片が辺りに散る。
「うわぁ! い、いたたっ」
「こんな具合に……オマエらに痛みがあるからなんだよ。痛みが怖いんだろ? 自分が痛い目に遭いたくねえから力を持つ。そうやって自衛ばかり繰り返すから他者を余計恐れるようになって──」
カランコロン、という高い金属音が彼らの間に水を差した。そこにいた誰もが、予想していない物体に目を丸めた。
「? 空き缶か」
金子が駐車場の入口から転がって来たであろうそれを目視すると、その後ろの影に腰を抜かす。
「じ、城石じゃねェか……!」
液体を撒き散らすそれと共に、血を洗い流したばかりの若い殺し屋がそこに舞い降りた。……陰茎を隆起させたまま。
つづく……
カラムーチョ食べ過ぎて味覚なくなってきました、、、