Target:"1" 作:ニョ
ジジイの慧眼は、上空からすべてを見逃さなかった。バンブルが日本に派遣されるのも、垣原がトランスフォーマーに対して恨みを抱いているのも、それから彼らが交差する場面も、全て予想の内にあった。
掌握済みの未来に退屈を覚え始めたところで、やはり彼の思惑から逸れる要素がジジイの予見を阻んだ。──イチの存在である。
「やれやれ。イチの奴、オレのいない所で何やらかしてんだ」
「おい、早く案内しろ。このオレを待たせるんじゃねえ」
ジジイは胸の中でほくそ笑んでいたが、スタースクリームは今まさに月夜をバックに撃鉄を起こさんとするほど煮え湯を飲まされていた。その感情を汲んで、ジジイは余計に可笑しくなり、ついに破顔する。
「……こんな人目のつく都会にいるワケねーだろ。本当にアホだな、デストロンってのは」
「何ッ! 貴様、」
「へへ……スタースクリームさんよ、オレが無策でアンタがたを欺くとお思いで? こっちにゃクレムジークが……おっとっと!」
ジジイは新宿を見つめたまま、航空参謀を背にクレムジークを解き放った。事もなげに投げられた瓶は割れ、黄色の悪魔が雄叫びをあげる。
「クレムジィィィィク!!! ヒョーッ!!」
「ウワアッ! ほ、本当に持ってやがったのか!」
自分の君主がかつて創り出した恐ろしい兵器が視界に現れ、狭隘するビルの屋上で巨体はたじろぐ。
「手に入れるのに苦労したけどな。人間の間ではコイツを量産して、兵器運用するってのが流行ってんだ。ま、ウラじゃ有名なハナシだが、アンタらは知らんだろう」
ジジイは自らが冗長げに語るのに酔い痴れていた。人間の手によって改良されたクレムジークは、ジジイの意思に従ってスタースクリームを感電させる。
「グアアアアッ!!!!」
「パニック・ザ・クレムジーク、ってね。にしても、ハデに光るじゃねえか。でかいホタルだなこれじゃ」
スタースクリームは宙でもがき、苦しみながらビルの下へ墜落していった。
「へへ……吉川博士には感謝しねーとな。それより、イチはバンブルと遭遇しちまったか。それならオレにも、こういういい考えがある」
嘘の皺をその顔につくり、偽りの老人はまた笑う。
「頼むぜ、スタースクリーム。オレに夢の続きを見させてくれ」
*
垣原の帰途は、更に絶望を遠大なものにさせ続けている。手の届かない欲望こそ、大きいというのを彼はその身でもって証明してしまった。
組長の双肩を歩くのは、金子と三郎だ。垣原の真意を理解できない彼らは、イチやトランスフォーマーに振り回されている現状に、苛立ちを腹に燃やしていた。
「アニキ……なんで追っかけるの、諦めたんです? 怖気づいたんですか」
「そんなワケねーだろ。そうじゃねェ、さっきのガキが『イチ』とはまだ決まってない」
「それでも、殺りたかったけどな~」
三郎は、固太りした手で懐を探った。ドスの鞘を指で動かして遊んでいる。
「さっきのガキは、イチが仕向けた罠か……? いや、そんな手を使う相手ではないはずだ。そもそも奴はこちらを酌量したりだとか、からかったりなんてするはずは……」
「! あれを!」
金子が言うと、垣原の根城──ヤクザマンションの脇にある通りから、『クツ』を履いた殺し屋の姿と、先ほどのトランスフォーマー、バンブルが現れた。
「!? あれは……イチ、か?」
垣原は正反対の方角から登場した現象に、イチの超人性を重ねた。卓越した脚力と、今目の前にやってきたという事実が垣原に夢を持たせた。
「野郎──」
錯雑な思考を重ね、停止してしまった垣原に対し短絡的な怒りを秘め一直線に立ち向かったのは三郎である。この時、イチの泣き顔に意味を見出したのも垣原だけだった。
「あの表情……やはり……ど、どうしよう……」
垣原は、自分が思ったより興奮しない最悪の未来を当ててしまった。思えば、必然性を謳ったもののイチを返り討ちにするために、金子のような三下を向かわせたのも茶番であった。
彼は自分の選択を回顧しながら、今の感情を認めたがらなかった。
「ううっ! よけるなよっ!」
「あいつら、喧嘩してやがるのか? それにしても、あの蹴り……今までああやってたのか」
彼らの目には、一方的にバンブルへ蹴撃を見舞う様子が展開されていた。あまりにも奇妙で、それは、興ざめするのに無理のない光景であった。
「!」
そこへ、躊躇している垣原の前に『下落した天使』が墜落した。そのトランスフォーマーは轟音を立てて道路に横たわった。
「!? コイツ……」
分析を遮られ、憤りを再起した垣原は怒声をこだまさせる。
「──三郎!! オマエにそのガキは任せた!! 刺し違えてでも殺せ!!」
垣原はイチへの夢を捨て、そして足元に転がってきた『オモチャ』へと興味を移す。
つづく……
垣原って冷静でいて冷静じゃないところが可愛いですよね。