※この作品はR-18です。

アーティフィシャル・キャットファイト   作:伊土 讃阿

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牡丹一華

 

 

 

 牡丹一華

 

 

 

 煉獄の頂点に鎮座するは石造りの堂、枢密院。天獄にもっとも近くもっとも遠い、母なる大地ステラの御血が滲み出でる、御血の洞。儀式の場所。

「許す」

「許す」

「……許す」

 重ねて唱えられた許しは三度。没薬卿、乳香卿代行顧問官、黄金卿。石膏の仮面に包まれた冷然、緊張と怯え、隠しきれない苦々しい想い。三体の人形に囲まれ、真紅の液体が満つ巨大な真鍮のさかずきを舐めるが、一匹の蛇。上げた白貌には薄い笑み。

「ラフラ・オフィチナルムの子、ニース」顧問官が上擦った声で告げた。「今この瞬間より、おまえは蒼ざめた血族のひとりとして名を連ねた。我々枢密院はおまえが二重伝承統一の理に基づいて、いっそう正しく魂の研鑽に励み、大地ステラに血と魂を還すことを望む」何千何万と繰り返された、決まりきった文句。「戴血式は以上。退室しなさい」

 白蛇は身じろぎひとつせず、「黄金卿メルチ・エルドラド」嘲弄するようにこがねの人形の名を唱えた。

「ニース! 発言は許していない」顧問官は色を失って警告するも、「今すぐここから――」

「うるさい」

 白蛇がひと睨みするなり、真っ青になって口をつぐんだ。

 渋面でいらえる黄金卿。「……なに?」

「おまえにアデッドを申し込む」高圧的に。「受けなきゃ、あたしがあの子たちに何をさせるかは、言わなくてもわかるわよね?」

「……やっぱりあんたの手のものだったのね」黄金卿が石膏の仮面をねめつける。「何が哀れな子たち、よ。そいつら使って枢密院を乗っ取ろうって腹づもりだったわけ」

「何の話かしら?」没薬卿は涼しげに返した。

 ため息をひとつ、黄金卿。「……わかった。受けて立とうじゃないの。あんたらの腹づもりも、全部あたしが食い尽くしたげる」

 白蛇は静かに嗤った。

 

 

 

 

 

 

 ベリィは失血で一度は生死の境をさまよったものの、なんとか踏みとどまってくれた。そういう意味では、あたしは今回もすんでのところで間に合った。だけど切断されたベリィの肢体は、バルタに知識と技術を伝授されたあたしの腕をもってしてでも修復できなかった。

 あたしの体調が万全ではないのも要因のひとつかもしれないけど、それを差し引いても説明がつかなかった。大地ステラを構成する乾の泥子はあらゆる血肉を表現できるはずなのに、接合した手足が腐り落ちてしまうなんて。エフィがそうだったように――まるで魂が、手足の存在を忘れてしまったかのように。

 ニースに食われたからだろうか。ふとそんな仮定が頭をよぎる。ニースの強さは奇怪だ。食えば食うだけ、尋常ではない早さで強くなっている。人形が人形を食えば強くなるのは当然だけど、少し動きの切れがよくなっただとか、駆け引きが上手くなっただとか、そういう程度だ。ニースの場合は違う。ニースは一食毎に、姿かたちは変わらずともはっきりとわかるほど確実に何かを積み重ね、力量を増やしてきている。その何かを魂と思わずして、何と思おう?

 癒えない傷――さすが没薬卿の子か。

「痛ッ……」寝台に寝かせていたベリィが目を覚ました。駆け寄ってベリィの顔を覗きこむと、こがねと紅を混ぜたようなベリィの瞳があたしを見つけた。「黄金、卿……ここ、は……」

「あんたのおうちの、あんたの部屋だよ。身体、どっか痛む?」

「身体は痛く……ないですけど、大気が……ざらざらしてて……痛い、です」

 ベリィの魂の器官は満足に表せていなかったけど、幻肢痛として大気に対して感応があるらしく、触れずとも物体の重さや温かさのおおきさがわかるそうだった。その幻肢痛がひどくなっていると、ベリィは訴える。雷の束を繰り、サイマトを乱すニースと接触したせいかもしれない。あるいは、手足の感覚が絶たれたために痛みの感覚が強まったのか。

「悪いけど、それは今のところ、あたしにはどうしようもない。それに……ごめん、手と足も、直せなかった」

 ベリィが首だけを起こして新しい皮が引きつった腕の断面を一瞥し、ぎゅっと目を瞑った。「……わ、わたしのことより、その、ねえさんは――」

 問われ、あたしはいたたまれなくなって視線を泳がせた。「……ごめん。あそこにいて生きてるのはこの目で確認したけど、落ち着いた状況じゃないと……取り戻せそうにない」

「そう、ですか……」ただでさえおとなしい気質だったのに、ますます塞ぎこんでしまった様子。

 キャスがあの場にいようがいまいが、エフィをステラから摘出するのは困難だった。たぶん、キャスに足止めされなければあたしはすぐさま煉獄のアデッドに向かっていたことだろう。そうなれば少なくとも、ベリィは四肢をニースに食われたりはしなかったはずだ。それで、あたしに為し得た最善。泣きたくなるほどの無力感。三卿が聞いて呆れる。食うしか頭にないあたしへの、因果応報か。食う以外を知ってしまったせいで過ちを犯してしまったから、すべてを捨ててきたというのに。

「あの……黄金卿」ベリィがおずおずと言った。

「そんなかしこまらなくていーって。どうかした?」

「……メルチさん、その、お腹が……空いちゃって……」

「あァ、ちょっと待ってて」居間から干し肉と乾酪を取ってくる。震える手で千切ってベリィの口元に運び、合間に水を飲ませた。どちらも一抱えほどはあったはずだけど、ベリィは瞬く間に胃袋に収めてしまった。「……ベリィ、もしかして、まだお腹空いてる?」

 ベリィは赤くなりながらこくりと首肯した。あたしはしばらく目を背けていられた事実を、否応なく突きつけられたことに気づき、唇を噛んだ。

 子を喪えば親が渇くように――親を喪えば、子は飢える。本来、飢えは雷の魂魄が泥の血肉へ完全に定着するまで訪れるものではない。ベリィの場合は親を、プロムを食われたことで強制的に飢えを引き出されたのだ。魂の宿った血肉を口にしない限り、その空虚な欲望が満たされることは、決してない。ただ魂が枯れゆくのを待つだけだ。

 あたしは財布の中身を検めて、「……買いもの、行こっか。はじめてのご飯だし、あんたが食べたいものなんでもご馳走したげる」

「でも……メルチさん、大丈夫、なんですか? なんだかすごく、発熱してるみたいですけど……」

 言い当てられても、あたしは手を振って平静を装った。「へーきへーき、死にゃしないわ」あたしは、怖かったのだ。目は霞んで意識が朦朧とし、湧き出る汗は絶えることを知らず腹腔が蠢いて仕方なかったけど――この熱を鎮めれば最後、何かを忘れてしまいそうで。

 ベリィを背負って上から外套を羽織り、ステラの動脈の側に開かれた市場へ向かった。往来の多い地獄はよく踏み慣らされ、舗装された煉獄の市場と遜色ない歩きやすさだったけど、結構な量の荷物を提げているせいであたしの足取りは重い。

 ベリィたちが使っていた住居を、没薬卿は承知していた。応急処置のために急遽駆け込んだものの、プロムもいなくなった今、もはや安全とは言いがたいため、新たな寝床を見繕う必要があった。ベリィのサイマトの波は一度ニースに捉えられてしまったため、ベリィの意識がある限りは接続をこちら側から遮断できるけど、眠っている間のサイマトは拒めない。所詮、姑息な手段でしかなかった。

 地獄の市場はあたしが煉獄入りする前とそう様変わりしておらず、懐旧の情を誘う。喧騒、脂の灯火、生臭い匂い。自分以外の人形の息遣い。昔は嫌で嫌でたまらなかったのに、今は不思議と無関心でいられた。

 怪我を負い衰弱し、縛り上げられたマーメイドをラミアから買った。市場から少し離れたところに位置する涸れた沢で、マーメイドをベリィに食べさせた。ベリィは最初の一口をずいぶん躊躇ったけど、魂を潤すには生きたまま食うしかないとあたしが説くと、目を瞑ってマーメイドの脇腹に噛み付いた。ベリィが食事の間中、あたしはずっとマーメイドの口を押さえて断末魔の声を押し込めていた。食べ終われば、あたしはベリィの歯の間に挟まった鱗を取ってやった。「どう? はじめてのご飯の感想は?」

 ベリィの舌が、鱗を摘みだすあたしの指先をくすぐった。「甘いような……でも、よく……わからなかったです」ベリィの紅い金の瞳は、胴体の半分を食われて息絶えたマーメイドをぼんやりと見つめていた。優れた器官を持たぬもの――アデッドで勝てなかったものの末路。ベリィの瞳は今とおなじように、プロムが敗れて食われるさまを見届けていた。あたしがかつて知りえない光を。

「あのね、ベリィ、辛いかもしんないけど……プロムとニースの戦いを、サイマトで見せてほしいの」

 ベリィはひどく傷ついたような顔をした。そうなることを、あたしは十分承知していたし、ベリィを悲しませるのは不本意だった。それでもあたしは、プロムを打ち負かしたニースの実力を確かめなくてはならなかった。二度もベリィを食わせてはならない。プロムとの約束を破ってはならない。対策を立て、ベリィを守らなくては。

「わかり……ました」長い睫毛を伏せて、ベリィが身体からちからを抜いた。

 内心で自嘲し、そしてベリィに謝りながらサイマトの波をベリィに合わせようとして、「――誰?」あたしは立ち上がって視線を転じた。

 背後に、真紅の外套に身を包んだ石膏の仮面。キャス? 違う。キャスにしては背が高すぎる。あたしの誰何を無視して仮面が毛むくじゃらの手を掲げると、沢の向こうから大小様々な体格でありながら同じ姿の人形がぞろぞろと何体もやってきて、あたしとベリィを取り囲んだ。あたしは舌打ちする。キャスが言っていた民衆とやらか。「あんたたち、何の用?」

 仮面たちは無言のまま一斉にそれを抜き放った。長く薄く鋭く伸ばされた鈍く煌めく鋼鉄――剣。あたしは目を見開いた。ありえない。伝統に反するものとして阿密哩多に封ぜられ、乳海で眠るはずの危険模倣子。ステラのサイマトから抹消され、誰にも着想できないはずの概念。宝珠を鋳潰した外部器官――あとづけの魂。借りものの思想。

 仮面たちが剣を上段に構えて踏み込んでくる。血を滾らせ、あたしも臨戦態勢に。こがねの体毛が総毛立った。姿勢を低くして突撃、腕の一振りで剣を叩き割り、三体の人形を肉塊に変え、血が大地ステラに降り注ぐよりも早く炭にした。仮面たちが怯むのが手に取るようにわかった。さらに二体を爪で切り刻んで灰に。そうする必要はなかったけど、あえて死んだ連中が落とした剣も全部へし折った。

 あたしを包囲していた仮面たちの輪が広がる。大した運動でもなかったのに膝が震え、座り込みそうになる。ベリィの脅えた顔をぼやけた視界の隅で捉えた。

「なに? そんなもんまで持ち出しといて、怖気づいてるわけ? ちゃんちゃらおかしーわね」あたしは鼻で笑った。冷たい汗が目に入った。諦めてくれとこころのなかで願いながら続ける。「ま、そりゃそーよね。結局はその剣も誰かの魂、ステラの模倣子でしかないもん。あんたたちの爪でも牙でも、血ですらもないじゃん。そんなのじゃァ、百本集めても陽獅子狩りは叶いっこない。あんたたち、ちょっと最強の人形を舐めすぎ」たとえ渇きに悩まされていようとも、「他人のこころでしか戦えない連中に、あたしは屈しない。見逃してあげるから、命が惜しけりゃ――ッ!?」

 仮面のひとりが咆哮を上げて剣を突き込んでくる。これほどのちからの差を見せ付けられてなお、退かぬ意思――退けない理由でもあるの?

 剣ごと蹴り飛ばして飛び掛ってきた人形を縦に真っ二つにする。頭蓋が砕け、脳漿が飛び散った。後ろからも、図体のおおきな仮面。動きがやや俊敏。対応が遅れて切りつけられるも、刃は硬い感触とともにあたしの骨で止まった。あたしに近づきすぎた仮面が炎上する。

 ベリィに肉薄する仮面が目に留まった。追いすがって胴を両断。何体かがあたしに向かって剣を投擲した。持ち上げた手は重く、打ち落とす前に剣はあたしに辿りつき、何本かは骨に弾かれ、何本かは骨の間を縫って臓器を貫いた。勝機と判じたのか、残りの仮面たちが殺到する。目が霞むせいでその数は十にも二十にも思える。

 剣が刺さったのが腹から上でよかった。おかげで脚はまだ動く――無数の剣閃を横っ飛びにかわしながら、足元に転がっていた荷物を担いでベリィを拾い、あたしは生まれて初めて敵から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 ベリィが恐ろしげに見守るなかで、あたしを串刺しにしていた剣を引き抜く。出口を得た血が大量に吹き零れ、ベリィが大気の痛みで発見してくれた安全そうな穴ぐらに、血溜まりを作った。

「無理に、見なくて……、いーわよ?」額に滲む脂汗をぬぐう。

 血を吸って重くなった絹の服を脱いでステラの肉を掘り出し傷口に乾の泥子を擦り込むあたしに、ベリィが言った。「……すみません、わたしが足手まといだったばっかりに……」

「あんたは、悪くないって。あいつらが、卑怯、だっただけ」失血のせいか、寒くて仕方がなかった。そのくせ胎は第二の心臓がごとく熱く激しく蠢動し、手元を狂わせる。臓器のかたちを上手く整えられず、あたしは簡単に処置して腹を閉じた。

 自分で自分の傷を癒す手法もバルタに教わっていたものの、実践するのは初めてだった。枢密院に拾われるまでの、非公式にアデッドの外で誰彼かまわず戦いを挑んでいた頃などは一対多などお手のもので、かすり傷ひとつ負ったりしなかったからだ。

 ベリィにはああ言ったけど、確かにベリィがいなければいくらか増しに対抗できたかもしれない。あるいは、渇きによる不調がなければ――剣がなければ。

 剣。危険模倣子。実際に相手をしてみて素直な意見を述べるなら、わざわざ乳海に封ぜられるものだったの? だ。でも懐疑すべきはそこじゃない。何故剣がステラに出回っているのか、何故民衆が剣を持っているのか、それこそが焦眉の問題だった。かつてはバルタが管理していた模倣子は現在、二公によって取り締められている。バジリスクのプラチナ・アルシーヴ同様、二公から盗み出すなど不可能だ。

 納得のいかないことが、片付けられないままに山積みにされていた。プラチナ・アルシーヴ。ニース。危険を顧みずあたしたちを強襲した民衆。剣。そのすべてがキャスに繋がっているような気がしてならなかった。

 もっとも妥当な線は、キャスがプラチナ・アルシーヴと剣の模倣子を奪ってニースを作り、民衆に剣と畏怖を与えてあたしを襲わせた、と言ったところか。二公の裏をかいた手段には疑念が残っているとしても、まだわかる。となれば、次に着眼すべきはキャスの目的だ。あたしの仮定通りキャスが裏で糸を引いているなら、何らかの目的があるはず。それを明らかにし、潰さずして何の解決も見込めない。

 もう、受身ではいられない。キャスは、あたしには到底全貌を測り知りようのない巨大な何かを動かそうとしている。キャスとニースを討たなくては。剣の話を持ち出せば、二公も動いてくれるはず。

 そのためには、何よりもまず渇きを潤さなくてはならなかった。あたしの哀惜でベリィまで危険に晒しては本末転倒だ。自分で慰めて鎮まる類のものでもないし、エフィ奪還の際にキャスが触れていた身売りの人形でも探すべきか――。

「あの、メルチさん」治療の一部始終を見届けていたベリィが、おもむろに口を開いた。

「……なァに、ベリィ?」

 ベリィが言葉を選ぶように、ゆっくりと告げた。「その、つらいなら、わたしを、使ってください」

「……」ベリィは、何に、とは言わなかったし、あたしも聞けやしなかった。ベリィに、娘の娘に心中を看破されたあげく、そんなことまで提案させる自分が情けなくてやるせなかった。あたしは無理矢理笑みを作ってみせる。「気遣ってくれなくてもいーって。その辺で適当に発散させてくるから――」

 ベリィは紅い金の瞳に涙を溜めながら、首を振った。「わがままなのは……わかってます。でも、今ひとりになったら……わたし、どうにかなっちゃい、そうで……」

 姉を連れ去られ、親を食われ、戦った経験もないのに四肢をもぎ取られて自分ひとりでは移動すらかなわず、心細いのも無理はない。そうさせたのは、あたしが至らないせいだった。その上さらに慰みものにしようと? もし行為に及ぼうものなら、あたしはベリィを最悪のかたちで貶め、あたし自身はこれ以上ない愚鈍でしかない。

 まごつくあたしに、最後の一押し。「……手足のないわたしじゃ、だめですか」あたしの拒絶を許さぬ、慈悲のない一言。

 ここでベリィを拒めば、あたしがベリィのすべてを、ひいてはエフィも否定する破目になる。おそらくベリィも己の複雑な立場を承知の上での誘いで、あたしはそれさえ悟ってしまったゆえに、なおさら拒めなかった。「……そんなことないわ。でも、辛いと思うわよ」

「少しの間だけでも、忘れられるなら――」

 ベリィの眼はこちらに向けられていたけど、あたしには、ベリィは別の誰かを見つめているように思えた。その眼差しはあたしにとってはあまりに耐え忍びがたいもので、あたしは無言でベリィに唇を寄せた。

 ついばむように口づけながら太ももの付け根を優しく撫でさすると、ベリィは鼻にかかったような声を漏らした。背丈のわりに肉付きのいいベリィの身体は、意識してみれば、これほど蠱惑的な人形もなかった。

 きめが細かく瑞々しい肌のなんと美味そうなことか。アルルの蜜とは違う種類の甘い体臭があたしの食欲をそそり、そしてあたしに何をされようと抵抗できないという状況が、あたしをますます昂ぶらせる。臓器を征服されたいという渇きと、ベリィの火照った柔肌に牙を立てることを望む嗜虐的なあたしが綯い交ぜになって、あたしから理性を奪い手つきを乱暴にさせた。

「んんっ……、ふっ……、っ……」あたしの首にすがりつこうとしたのだろう、断ち切られた腕の断面があたしの肩に触れ、ベリィがびくりと震えた。気まずさを誤魔化すために肋骨をなぞるように引っかき、矮躯を仰け反らせる。

 サイマトを結ぶべきか思いあぐねていると、ベリィが唇を離して荒い息で頷いた。「いい、ですよ……接続して、ください」

「もしかしてあたしが考えてること、繋がなくてもわかるの?」

 潤んだ瞳を泳がせ、「その、痛みが強くなってから……なんとなくですけど」

 大気の痛みがこころの繋がりであるサイマトに感応を持つなら、痛みが強まることでこころへの感応が高まるのも不思議ではないのかもしれない、とあたしは得心してサイマトの波を合わせた。途端に異様なけだるさとねばつく温かさ、得も言われぬ寂寥感が流れ込んできて、あたしは戸惑う。

 ――どうかしましたか?

 ベリィの案ずる思念。

 ――毎回、こうなの?

 ――何か、変ですか?

 どう表現したらいいかわからなくて、ベリィのこがねの髪を梳く。それだけでぞくぞくした安堵に包まれ、腰が砕けそうになる。

 ――なんていうか、ベリィの感覚までわかるっていうか。

 ――そういうことを言われたのは、初めてです。ママとねえさんと、あとはあのひととしか繋いだことがないですけど……。

 ――……その、ごめん。

 あたしだってサイマトを結んだ人形はそう多くないほうだけど、サイマトで思考以外が共有される事例は聞いた試しがない。ベリィの波を知っておくために酒場での顔合わせで一瞬繋いだ折には、こんなことはなかった。サイマトの感応が高まった副作用だろうか。

 ふわふわした乳房を下から掬い上げるように揉みほぐし、尾の先端の房で陰部をくすぐった。与えた刺激が自分に跳ね返ってくる奇妙な体験になかば混乱しつつも、ベリィの白い首筋を舐め上げる。

 あたしに組み敷かれたベリィは寵愛に喘ぎながら絶え間なく悦楽の感情と応酬を寄越す。か細い声と愛撫の反作用はあたしのなかで響いて強めあい、深い痺れを残していく。ベリィに触れれば触れるほど余韻は長くその爪痕を残し、蓄積された。責めているはずのあたしのほうが、先に参ってしまいそうだった。

 そして予想通り限界はまもなく訪れるも、そのおおきなうねりはどこかで塞き止められて、達しようにも達せぬもどかしさばかりが募る。最初のうちはこのまま続けていればいずれ、とも思っていたけど、あたしの体奥に植え付けられた記憶はあたしが浅はかだったことを気づかせた。

 あたしは羞恥を押し殺してベリィにあるお願いをした。

 ――いいんですか?

 ――いーから、思いっきりやって。

 ベリィは一瞬ためらう素振りをみせ、あたしの首に顔を近づけてきた。首筋にベリィの甘い吐息がかかり、硬く尖った歯が皮膚に突き立てられる。

 ――もっと……もっと、強く。

 ベリィの顎にぐっとちからが込められ、喉に歯が食い込んだ。頚動脈と気管が締め付けられ、あたしに目が眩むようなかつて知りえた恍惚をもたらす。ふと、味蕾が鉄錆の香りをとらえる。あたしの血の味、ベリィの幻――口内に充満する、あたしの肉の感触、歯ごたえ、その原景。

 胎内で行き場をなくし、あたしを苛んでいた欲求が一気に氾濫した。

「んんん――っ、く、ふ……っ!」全身に痙攣が伝わる。被虐的かつ嗜虐的な陶酔が、あたしの昏い渇きを潤していく。久しく根源で眠っていた恐れなる欲望があたしを包む。あたしは無意識に、すがるようにベリィをきつく抱擁していた。

 絶頂の名残が過ぎ去るまでベリィは何も言わず、ずっとあたしに刻まれた歯形を舐めていてくれた。

 

 

 

 

 

 

 わたしの新しい手を調律していたメルチさんが、一息つきました。「……よし、一応これで寸法は合わせられたと思うんだけど、どう? ちょっと動かしてみて」

 言われたとおりに冷たい十本の指に意識を集中してみれば、それらはかちゃかちゃと容易に開閉されました。自分で動かしている感覚はないので、不思議な気分に陥ります。

「動かすと、痛かったりしない?」

「痛みは、ないです。むしろ、大気の痛みも少し抑えられている気がします」

 緊張気味だったメルチさんの面持ちが、朗らかなものになりました。「やっぱりね。大気の痛みが幻肢痛の一種ならあるいは、と思ったのよ。ベリィ、あんたの魂のかたちは鋼鉄を含んでいるわけじゃないけど、たぶん、鋼鉄の感応そのものに器官を持つんだわ――じゃ、次は足に取り掛かるわよ」メルチさんはそう言ってわたしの前で屈み、ねえさんが使っていた鋼鉄の四肢の調律を再開しました。燃えるような赤銅色のたてがみのなかで、獅子の耳が揺れ動きます。

 ねえさんの身長はわたしより頭ひとつ分高く、義手のおおきさもわたしには合っていなかったので調律する必要がありました。それでもいちから作り直すことを考えれば、手間はずいぶん省けます。メルチさんは最初から見越していたのでしょう、おうちを移る際に、重いねえさんの義手を持ち出そうと四苦八苦していたことが思い出されます。

 義手をかちゃつかせながら、質問します。「どうしてわかったんですか? わたしには初めから手も足もあったのに――」

「バルタ――乳香卿も似たようなものだったからね。バルタの場合、感応の対象は鋼鉄じゃなかったし痛みもなかったみたいだけどさ」

「乳香卿……その、もう亡くなられているんですよね」

 メルチさんはどこか遠い目になり、「……やさしいひとだった。やさしすぎて残酷なぐらいに。でも、なぜだか惹かれた。このひとには従わなきゃ、って気になっちゃうの。バルタは、あたしにいろんなことを教えてくれて、いろんなものをくれた。あたしは自分の生み親も胤親も知らないけど、母がいればこんな感じなんだろうな、って思ってた。あたしが、本気で好きになったひとだった」

「……乳香卿は、どうして亡くなられたんですか?」

「キャスがラフラを産んですぐにね、誰かに寝込みを襲われて食べられちゃった。キャスやラフラは、あたしが食べたと疑ってるけどさ」

「どうしてメルチさんが疑われているんですか?」

「罪を揉み消すため、かな。プロムは、あたしがバルタの胤を受けて産んだ子だった。けどあたしは、バルタと血の契りを結んじゃいなかった。それどころか、バルタのつがいはキャスだったの。同じ血を持たない人形同士は血族に限り、血を交換することでサイマトを繋げられる――それが血の契り。血の契りあるもの、なんびとたりともつがいならざるものと魂魄を孵すなかれ。つまり伝統に背いてたのよ、あたしとバルタは。ベリィは以前、あたしに訊いたよね。どうしてあたしたちとキャスたちがいがみ合ってるのか、って」

「……はい」

「最初の原因が、それ。結局あたしがバルタを食ったっていう証拠は何もなくて、バルタがいなくなったことで契りを破った事実も消えてあたしはお咎めなしでさ、ラフラはかんかんだった。しばらくしてラフラはプロムと契りを結んで人形を作り、ほとぼりは冷めたかのように思えたけど――それはまったくもっておおきな勘違いだった。あたしへの腹いせのつもりか、今度はラフラがプロムの子を食べたの。ラフラは否定していたけど、爪痕なんかはラフラのものだった」

「でも、ねえさんは、生きて……?」

「エフィは、双子だったのよ。ふたつ以上の魂原器を一緒に孵すと魂が混じりあう危険もあるし、あたしは反対したんだけどね。プロムは、家族は多いほうが楽しいじゃないですか、って押し切って、ふたりの子をもうけた。鉄塔と極光の魂――エフィともうひとりのあんたの姉、ベリィをね」

「わたしと同じ名前、なんですね……」

「姿かたちまでは違ってたけど、そうね、それほど未練があったんでしょーね。そして最初のベリィを喪って渇きに負けたプロムは、あたしと同じ過ちを犯した。ラフラと契りを結んでいたのに、バルタとキャスの子でありラフラの姉にあたる人形――アルルと関係を持ち、子まで作ってしまった」

「じゃァ、わたしの胤親は」

「そう、アルル。これがふたつめの原因。どうして魂原器を孵すにまで至ったのか、あたしは知らない。でもとにかく、あんたを身篭ったことが露見して、プロムは契りを破った罰として子宮を焼かれた。でもその間際に、エフィはあんたが宿ってたプロムの子宮と自分の子宮を入れ替えてたの。だから実際に焼かれた子宮は、エフィのもの。で、あんたが生まれ、今に至る、かな。あんたは言わば、プロムとアルル、エフィの子ってとこだわね。それからずっと、仲違いは続いてる」

「ねえさんが……」鋼鉄の腕に視線が引き寄せられます。

 わたしが生まれる前から、ねえさんはわたしのことを守ってくれていたのです。そしてわたしを産み直してくれたねえさんは、いまやニースに囚われ、ママを喪った飢渇に苛まれていることでしょう。

「わたし――ねえさんを救い出したいです」

 メルチさんはかすれた声で、絞り出すように、「エフィは……エフィのこころは、まともな状態じゃないとしても?」

「それならなおさら、取り戻してあげたい。次は、わたしがねえさんを守る番だと思うから」

「……そう、ね。ひょっとしたら、時間が癒してくれるかもしれないし」

「時間……時間って、なんですか?」

 メルチさんが難しい顔を作りました。「嫌な思い出とかむかついたことを忘れさせてくれる、空気のようなもの……かな。ま、とにかく、エフィを取り戻すならまずは歩かなくちゃね」メルチさんは爪でこつこつと義足を軽く叩いて、それからこがね色の虹彩でわたしをまっすぐ見据えました。「ベリィ、よく聞いてね。あんたが歩けるようになったら、あたしは一度枢密院に戻ろうと思うの。さっき襲ってきた連中が携えていたのはステラには存在しちゃならないもので、連中にはおそらくだけどキャスが関わってる。二公に進言すればキャスやニースを止めてくれるかもしれないし、キャスたちに何が起こっているのか探るためにあんたの胤親、アルルにも会わなきゃならない」

「アルルさんは、枢密院にいるんですか?」

「ううん、どこにいるかさっぱりわかんない。あたしとアルルは一滴も同じ血を持っていないからサイマトを繋げられないし、あんたはアルルの子どもと言えども波を合わせた試しがないでしょ。だから、枢密院に戻るの。枢密院はステラのサイマトの中枢でもあるからね、あそこを経由すればすべての血族に接続できるのよ。それで、アルルを捜し出せる。アルルは、ラフラとは違ってやさしい子だった。あの子ならともすれば、助けになってくれるかもしれない」

「その間、わたしは隠れていればいいんですね」

 メルチさんは重々しく首肯しました。「枢密院にはキャスの手先がうようよしてるはずだから、悪いけどあんたを連れてって守りきれる自信はないわ。地獄もあの連中がうろついてるおかげで、安全とは程遠いけどね。何かあったら、すぐにサイマトを繋いで」

 わたしはメルチさんを後押しするように応じます。「大丈夫です。大気の痛みに集中していれば、逃げるのは得意みたいですから」自然と想起されるのは、ママを食べたニースに追われ四肢を奪われた恐怖。メルチさんにその怯えを嗅ぎつけられまいと、笑みを作ってみせます。「だから、行ってきてください。ねえさんを取り戻すために」そうでなければ、ママも浮かばれぬことでしょうから。

 果たしてわたしのほうは何事もなく隠れ続け、メルチさんは無事に地獄へ帰ってきました。アルルさん――わたしの胤親が、とっくにこの世を去っていた事実を持って。

 

 

 

 

 

 

 一万体に一体。それが血族入りを前にして親を喪った人形が、ステラの御血を戴ける賭け率らしい。魂原器から孵ったばかりの人形は、弱い。魂によっては器官をちっとも表現できちゃいないし、親の調律なしに指一本動かせない場合だってある。アデッドで戦うことなどもってのほか。つまり生まれながらにして五体満足で調律いらずの誰にも負けない強さを持っていたあたしは、相当恵まれていたんだろう。親がいない分だけ、その均衡が取れてたんだとあたしは考えているけど。

 あたしの記憶には、親の顔も銘もない。自分の本当の名前を知る由もなければ、枢密院のステラのサイマトに問いかけるまで魂の本質さえ知りえなかった。確実に覚えているものがあるとすれば、目覚めた瞬間のこと。地獄の片隅で、無数のまだ生温かい人形の残骸のなかから這い出てきたことだけは、ありありと思い出される。

 血肉にまみれ、吐き気を催す酸鼻な虐殺の残り香に、あたしが最初に抱いた感情は空腹よりもまず、恐れだった。覚醒したばかりのあたしの脳は、そのおびただしい量の意味を成さなくなった肉塊と人形の行く末とをいともたやすく結びつけ、あたしに同じ道筋を辿ることへの根源的な恐れを教示した。同じ肉片にならないようあたしの一切を衝き動かした。戦わせた。あたしを生かした。命を教えた。そして恐れだけが、他の人形があたしよりずいぶん弱いことを理解させた。

 枢密院について、アデッドについて、地獄と煉獄、天獄について、伝統について、魂について。啓蒙してくれるものはいなかった。恐れは思想を教えてくれなかった。あたしはただ地獄と煉獄の間をさ迷い歩き、恐れに導かれるがままに目に付いた人形を肉片に変え、食い散らかした。自分が肉片にされてしまう前に。

 顧問官に見つかり、勧告を受けたこともあった。無知だったあたしは当然その顧問官を頭から丸かじりにした。あたしに懸賞がかかり、ちから試しとして首を狙う人形が現れ始めた。あたしはそのことごとくを返り討ちにし、胃袋を満たしていた。その頃の煉獄は、熟練の血族が束になっても敵わない無銘の陽獅子にすっかり縮こまり、アデッドどころではなかったそうだ。あたしが食った人形のなかには顧問官どころか、煉獄と地獄を治める三卿もひとり、数えられていたからだ。

 バルタと出会ったのは、そんな折。

「ふーっ、やっと見つけた」あたしに声をかけてきたのは、標準形の人形だった。肩口で揃えられた、あたしよりいくらか薄いあかがね色の髪に、同色の瞳。背はやや低め、目立った器官もなし。強いて挙げるならぴったりした金属の首輪を嵌めていることぐらい。あたしに挑んできたどの人形よりもひどく弱そうで、やわらかそうで、そしていい匂いがした。「獅子の耳と尻尾を備えた長身の人形……うん、やっぱりきみがお尋ねものであってるよね。ちょっとお話したいんだけど、いいかな?」

 あたしは人形の話に耳を傾けるどころか、顔もまともに見ちゃいなかった。あたしの頭のなかはもう、目の前の肉をどこから味見するかでいっぱいだった。

「んー? もしもーし?」小首をかしげる美味そうな人形。「おっかしーなー。みなしごでも言葉が通じないはずは――」人形が言い終わらないうちに、あたしは飛び掛っていた。その頃すでに何千もの魂を引き裂いてきた爪が、無防備に立ち尽くす人形に届くか届かないかというところで、しかしあたしは突如として隆起した肉の大地に吹き飛ばされ、粘膜の上を転がり、凄まじい圧力で全身を抑え込まれていた。

「なに……ッ、これ……」大地ステラを構成する肉そのものが、あたかも意志を持っているかのごとくあたしに圧し掛かっていた。肺が圧迫され、息を吸うこともままならない。

「あ、もー! ちゃんと喋れるじゃない。お返事してくれなきゃ、不安になっちゃうでしょー?」人形が押し潰されたあたしの前にしゃがみ込んだ。「わたし、バルタって言うんだけど、きみの名前は?」

「知……らない……」

「うーん、そっかァ、困ったなー……ま、いっか。とりあえずわたしと一緒に来てもらえるかな?」剛健さの欠片もない容姿に秘める得体の知れないちからに、あたしは心底震え上がったことを覚えている。

 そうしてあたしは枢密院に連行され、比類なき魂の重さを認められて名前と御血を授かった。黄金を拝命したのも、まもなくのことだった。

 バルタが拾ってきたどこの馬の骨とも知れない人形が三卿に納まった件について、顧問官たちの間で物議を醸したのは語るまでもない。顧問官たちが密かに狙っていた席と同胞を、ぽっと出の人形に取られたのだ。あたしは爪弾きされ、わけのわからないいくつもの決まりごとに縛り付けられ、肩身の狭い思いをしていた。

 あたしは幾度となく枢密院を抜け出し、アデッドの外で人形を食い、溜飲を下げていた。ステラの御血をもってしてもあたしの食欲は衰えを見せず、飢渇に由縁する恐れは消え去らなかった。その事実はあたしをいくらか安心させた。もはや恐れはあたしにとって、唯一信頼できる相手だったからだ。

 もっともあたしのつまみ食いも、バルタにはすぐに察知されたのだけど。

「また弱いものいじめしてきたの?」枢密院のあたしに充てられた部屋の入り口で、バルタが待ち構えていた。バルタは血がこびりついたあたしの手を見て、唇を尖らせた。

 あたしもむっとして反発した。「……別に、問答無用で襲い掛かってるわけじゃないし。あっちがちからの差を測れないような愚かものだっただけ」

「もー、何度も言ってるでしょー、三卿が勝負を挑むこと自体がだめなんだってば」

「お腹空いてたんだもん。仕方ないじゃん」

「なら市場に行けばいいでしょー。何のために二公がメルチを三卿にしてくださったと思ってるの?」

「そんなの知らないし、三卿にしてくれなんて頼んでない」

「メルチが三卿になったのはね、魂を食べつくさないように、だよ。魂はね、ひとつひとつが大切で貴重なものなの。価値あるものなの。独り占めしちゃいけないの。アデッドに負けて市場に流されてる人形も、メルチが今食べてきた人形も同じでしょー? どうしてむやみに戦おうとするの?」

「……」あたしはむっつりと押し黙ったままバルタの横を抜けて部屋に入った。バルタが後ろからとことことついてくる気配がある。

 あたしはバルタが苦手だった。半分、恐れていたと言ってもいい。もともとあたしを閉塞的で気詰まりする石造りの枢密院に引っ張り込んで閉じ込めた張本人でもあれば、バルタ本人は非力な人形としか思えないのに、他の誰も持ち合わせない特異で不可解な器官を備えていたからだ。あたしの本能は、バルタにだけは逆らうなと告げていた。

 かててくわえて、顔を突き合わせるたびにバルタがお話と称するところのこの小言。あたしはすっかり辟易していた。

 寝台に身を投げ出してそっぽを向く。「あたしもう寝るから、出てってくんない?」

「何言ってるの、まだお話は終わってないでしょー?」バルタが寝台に腰掛け、あたしの背中に説教を続ける。「なんでわかってくれないの? メルチのことを思って言ってるんだからね?」

「じゃァ、ほっといてよ」

「もー、またそんなこと言って……」バルタは大仰に息を吐いてみせ、あたしの頭を撫でた。ひんやりした指先が頭皮に触れ、あたしは肩を震わせた。

 つんけんした声色が一転して穏やかに。「メルチは強いんだから、魂を減らすんじゃなくて、増やさなくちゃだめなの。メルチはみんなを守る立場にいるんだよ?」漂う甘やかなバルタの体臭にぼんやりしてくる。

「……だから、あたしは三卿になんか、なりたくなかったんだって。押し付けてきたのは、そっちじゃん」

「三卿は関係ないの。みんなを守らなくちゃいけないのは、メルチが強いからだよ。三卿は、魂の重さが負う責任なの」

「好きで強いわけじゃないもん。強くしてなんて、願ったこともない。強さなんて、ほしくなかった。そんなの、誰が決めたの? あたしの気持ちはどうなるわけ? 市場の人形を食べて、あたしになんの得があんの?」

「誰かが決めたわけじゃないし、メルチは自分の気持ちを大事にしなくちゃだめ。でもね、あらゆる人形は自分の魂の重さだけは自覚しなくちゃ。自覚には、強さも重さも関係ないの。それが、価値が価値であるってこと。魂を持つってこと。人形であるってこと。価値に属し、魂に属し、人形に属しているってこと。義務より先に立つ、責任なの。メルチの魂は強すぎて、色を取り込みすぎて、重すぎるんだよ。魂は重いとね、何もしなくたって周りの魂をゆがめるの。だから、正当に勝ち進んでいやはての極みに先に立ちえる他の魂を、メルチの魂の重さで踏み潰さないよう配慮しなくちゃ、だめなの」

「……わかんないし、そんなこと……なんで、あたしだけそんなこと、しなくちゃいけないわけ……?」

「もー、駄々こねないの。そんなんじゃ、子どもができたら困るよ? いいひとが現れても、嫌われちゃうよ?」

「子どもなんて、いらない……第一、調律の仕方も知らないもん。あたしには人形作りなんて、無理」

「ほら、またそうやってわがまま言うんだから。強い血は広めなくちゃだめなんだってば――、あ、そうだ!」そして突然大声をあげ、「ね、すっごくいいこと思いついたよ」

「……なに?」

「わたしがメルチに調律の仕方を教育したげる。わたし、これでも枢密院で一番調律上手いんだよ? わたしならステラを使ってどんな肉でも表現できるから、これ以上ないぐらい適任だよ。調律に集中していれば空腹もまぎれるかもしれないし。ね、ね、名案じゃない?」

「いーって、そんなの。興味ないし――んぐっ!?」出し抜けにぐいと肩を引かれ、口に温かいものをかぶせられる。甘い香りが一挙に押し寄せ、初めての感覚に頭のなかが真っ白になった。バルタが顔を離してようやく、口づけされていたことを悟った。「な、な、なにすんの!?」頬が熱を帯び、己の体温で火傷しそうだった。

「なにって、人形の調律の仕方を教えたげるって言ったでしょー?」バルタが妖しく笑んだ。「なら、まず人形の作り方から始めるのが筋ってもんだよ」

「そんな、だってあんた、キャスと契りを結んでるんじゃ――」

「ほんとうに作っちゃったりしなければいいんだって」

 バルタを突き飛ばそうとした手を片手で絡め取られ、ふたたび唇が重ねられる。熱く異様にやわらかなバルタの肢体を押し付けられたせいか、手足にうまくちからが入らず思考が混濁した。そのまま唇を貪られていると、うなじにちくりとかすかな痛みを覚えた。はっとして頭を振り、バルタの口吻から逃れる。「ちょっ……、なに、したの……」

「んー?」バルタはにやつきながら、人差し指の爪にわずかに付いた赤いそれを舐めた。「メルチがきちんとこころを開けるように、わたしの娘の蜜をちょっと、ね」

「み、つ……?」刺された箇所からちりちりした痺れが全身に広がっていく。脳が痺れに攪拌されて、視界がぐらついた。焦点も定まらなくなってくる。「あ……ぅ……なに、これぇ……」呂律がまわらず、口の端から唾液がこぼれた。

 前髪をかきあげ、額にバルタがくちづける。「危ない毒じゃないから怖がらなくていいよ。とってもよくなれるから、ね?」そのまま服をはだけられ、両の瞼、鼻梁、おとがいとバルタの唇が下っていく。

「ふ……っ、っく、……んんっ」鎖骨を甘噛みされながら乳房の輪郭をなぞられる。ぞくぞくした。頭のてっぺんからつま先まで火照り、けだるくて仕方がないのに、震えが止まらなかった。内臓までざわめいているかのよう。

 くすくす笑いが脳に反響する。「んふ、効果は覿面みたいだね。流されちゃってるメルチ、かわいい……」ほっそりした指が股の間をまさぐってくる。「うわ、もうどっろどろになってるよ」耳朶を打つ囁き。

「やっ……め、んぅっ! ……やめっ、て、よ……あっ、くっ!」充血した陰核をこねくりまわされ、腰が跳ねる。強すぎる刺激に困惑しつつも、あたしは翻弄された。「あっ、あっ、あっ、なにぃ……っ、そこぉっ、いや……っ、びりびり……っ、する……っ!」

「そっか、メルチはみなしごだから、こういうことされるのも初めてなんだ。最初は普通、お母さんに全部あげちゃうもんね」舌なめずりしながら、「悪い気もするけど、なんか嬉しいなー……責任とってちゃァんとわたしが仕込んで、教育してあげるからね」中指が秘裂のなかに潜り込み、入り口を掻きまわした。途端に鋭い痺れは下半身を蕩かすようなおおきな熱に変貌する。

「んわっ!? あつっ、あっついっ、あっ、ああっ、だっ、だめっ! 溶けちゃ……溶けちゃうっ、からっ! やめてっ、たらぁっ!」

「んー? でもここはとっても悦んでるよ? 掻きだしてもどんどん溢れてくるし。こっちの素質があるのかなー?」

「んーっ、んんーっ! しっ、しらないっ! やぁっ、あっ、やだぁっ! もうっ、ほんとっ、やめっ! はずかしっ、からぁ!」バルタの指が粘膜を弄ぶたびに水っぽい音が上がり、あたしを辱めた。

「んふ、メルチのなか、すっごくうねって吸い付いてきた。もういきそう? いきそうなのね? いいよ、いっても。わたしの指で、はじめていって?」

 バルタの指摘どおり交尾についてまったく知識がなかったあたしは、それを予期できなかった。唐突に襲いくる絶頂の波に、だから気づいた頃にはもう飲み込まれていた。

「――っ!? ふ――っ! ――っ!? ――っ!?」わけのわからぬままに、一番気持ちのいいところへ追いやられる。がくがくと痙攣する足を抑えられなかった。自分で自分の肉体を制せられない恐怖に、ぎゅっとバルタに抱きつく。汗ばんだ二の腕にバルタの首輪が冷たかった。

 バルタはおかしそうに笑い、あやすみたいにあたしの頭を撫でた。「よしよし、いっちゃえいっちゃえ。ずーっとほじっててあげるから、気を失うまで好きなだけいっちゃえ」

 絶頂を極めていたにも関わらず膣をほぐしながら手のひらで陰核を潰し、バルタはあたしに息をつくのも許さなかった。あたしは眠りに就くまでに、数え切れないぐらい意識を飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 バルタはあたしの旺盛な食欲を、本気で抑制したかったらしい。バルタは暇を割いては付きっ切りであたしに調律を手取り足取り指導してくれた。あたしはめきめきと上達し、バルタをして才能があると言わしめ、バルタは教えがいがあると甚く喜んだ。そしてバルタの目論見どおり、あたしはつまみ食いをやめた。バルタの教育が始まって以来、今までの貪欲っぷりが嘘のようにあたしの胃袋はぱったりと鳴りを潜めていた。

 調律は好きでもなければ面白くもなかったから、調律を習うことそれ自身に効果があったわけじゃないとあたしは考えている。ただバルタと一緒にいて何かを教わることには、誰かを食べる以上の楽しさを見出していた。

 人形の調律以外にも、いろんなことを習った。大地ステラのこと。天獄のこと。人形、魂、遺伝子と模倣子、二重伝承統一の理。病。時間。水。砂漠。風。太陽。月。車輪。紙。文字。国。天秤。剣。三卿について。キャスが伝統を守る存在なら、あたしは遺伝子を守る立場にあるらしい。同様に、バルタは模倣子の管理者。本来ならおなじ血を持たなければ伝聞されなかったり、阿密哩多に封ぜられた模倣子さえバルタはあたしに教えることができた。

 あたしが知識で腹を膨らませつまみ食いをやめれば、バルタもまたあたしへの叱責をやめ、よく世話を焼いてくれるようになった。あたしも孤独さから次第にバルタに懐き、枢密院の用事がなければ自分からバルタの部屋に赴いて教えを請うようになっていた。

「あらあら、んふ。いらっしゃい」部屋に顔を出すと、バルタはあたしを一目見るなり含み笑いを漏らした。

「……なに?」

「んー? このところずっと、キャスがいないのを見計らって来るんだなー、って思って」

「なッ! そんなつもりじゃ――」

「そーお? ほんとは期待してるんでしょー?」

「し、してないったら! ……あたし、帰る」踵を返しかけたあたしは腕を掴まれ石壁に押し付けられて逃げ場を失い、瞬く間に背伸びしてきたバルタの接吻を受けていた。甘苦い花の蜜を染み込ませたぬめる舌が口内をねぶり、愛でていく。足腰が弛緩し、あたしはずるずると重力に引かれてひんやりした石床に座り込んでしまう。

 バルタは嗜虐的な色をたたえた瞳であたしを見下ろしながら、絹の下着をずらした。清潔そうな下着のなかから姿を現した凶悪な形状の肉棒に、陶然としていたあたしは人知れず生唾を嚥下し、ため息を吐いていた。長く太くでこぼことし、脈打つ血管が放つ熱は触れずともわかるようだった。

「ほらほら、ちゃんと教えたとおりに、して?」

「い、嫌だって……あたし、ほんとに、こんなつもりで来たんじゃ……」拒絶の意を表しながらも、あたしの目はそれから反らせなかった。

 バルタはそんなあたしの額に陽根の先端をぐりぐりと押し当て、凹凸で鼻の頭を擦ってきた。「嫌じゃないでしょー? して、って言われたら、するの」

 濃密な甘苦い熱気が鼻腔を満たし、あたしの思考能力を蝕む。バルタの有無を言わせぬ口調が、あたしのこころをかき乱していく。「……わ、わかったから……するから……やめ、やめてったら――」恐る恐る舌を伸ばして陽根に這わせる。少し弾力がありながらも硬い芯のあるそれは、あたしの舌を熱い官能で麻痺させていく。

 バルタは大地ステラの血肉そのものに感応と魂の器官を持つ人形だった。たとえそれが魂のかたちに含まない形状でも、あとづけで適合できるらしい。あたしに舐めしゃぶらせているそれは、バルタがあたしの粘膜のかたちにあわせて調律したものだった。また失神するまでこれで言うことを聞かされるのかと思うと、どうしようもなく下半身が疼いた。

 満足げな表情でバルタがあたしの耳を指で弄んだ。「鼻息荒げて、顔真っ赤にしちゃって、尻尾ふりふりして、そんなに期待してるんだ?」

 バルタの言葉のひとつひとつがあたしの脳を殴りつけ、揺さぶるようだった。「だから……期待なんか、してないって――んぶっ!?」くらくらする頭で反論しようと開けた口に、陽根を突きこまれる。

 凹凸がごりごりと口蓋を刺激して先端は喉を蹂躙し、あたしに残っていた最後の反抗心を粉々に打ち砕いた。

 バルタの教育はこちらのほうでも熱心なものだった。蜜であたしの自我を取り払って押し倒し、身体を開かせ、こころを蕩かし穏やかさのあまりに涙を流すようなやさしい行為も、喉が嗄れ瞼を泣き腫らすような激しい行為もすべて、あたしの身体に教え込んだ。軽くではあるけど、あたしは喉や舌でもたやすく登りつめるように仕込まれていた。

 破滅的な充足にあたしが抵抗しなくなったのを確認するや、バルタはゆっくりと腰を使い始めた。「んふ、やっぱりメルチはこうでなくっちゃ」

 えらの張った亀頭が粘膜を押し広げ、引きずり出した粘稠な体液を幹に絡めていく。「メルチはやんちゃさんだけど、ぶちこまれたらすぐおとなしくなるもんね? 口では文句垂れてもすぐ流されちゃう言いなり系だもんね? 冷めにくいくせにすぐに燃えちゃって、盛り上がっちゃうもんね?」つとめてやさしく毛並みを整えるがごとく髪を梳かれ、耳を撫でられ、あやされ宥められながら、がつがつと喉を使われる。「ほんとはキャスが忙しいの知ってて来たんでしょー? ほんとはまたこれでわけわかんなくされに来たんでしょー? 気を失うまで泣かされに来たんでしょー? しあわせにされに来たんでしょー?」

 咽頭を押し潰されては口腔全体でしごき上げさせられる。窒息感のせいか意識がおぼろげになり、サイマトを繋げないのにバルタの言葉が直接こころに刻み込まれるようだった。「わたしの見込みどおりにどはまりしちゃったもんね? もう抜け出せないもんね? わたしとふたりっきりになれなかったら、部屋に帰って自分で慰めてるぐらいだもんね?」

 次々に溢れ出る涙がぽろぽろと頬を伝った。胸の奥がずきずきした。胎内から湧き上がる甘すぎる疼痛が切なくてたまらなかった。

「もう出来上がったかな? たっぷり出してあげるから、しっかり受け止めてね」バルタの下腹部にあたしの鼻がぶつかって潰れるほど、ちから強く陽根を押し込んだ。喉奥が完全に蓋をされてえずくことすらできないまま、焼け付くような迸りを流し込まれる。陽根の律動が直に頭蓋へ伝達し、バルタの体液が喉を叩くのにあわせてあたしの足ががくがくとひきつった。

 あたしの胃がいっぱいになるほど体液を出し尽くすと、バルタはようやく陽根を引き抜き、あたしを解放した。かと思うと、バルタはむせて口も利けないあたしの手を引いて強引に寝台まで連れて行き、仰向けに寝かせた。

 バルタはてきぱきと手際よく自分の衣服を脱ぎ捨て、放心したままのあたしの下着に手をかけた。「あらあら、もうぐずぐずになってるね?」

「それ、は……みっ、蜜の、せいで……」

「んー? 蜜? あれ、もうずいぶん前から使ってないよ?」

「う、そ……でしょ、こんな、熱い、のに……」

 バルタは意地の悪そうな笑みを浮かべた。「メルチの身体がいやらしーからだよ」

「そんな、こと――あああっ! んぐうっ!」何の前触れもなく陽根を陰部に挿入され、仰け反りながら嬌声をあげてしまう。「あっ、あっ、あっ、ちょっ、とっ、んんっ、なに、勝手に……、いれてるっ、の……っ!」

 あたしのためだけに、あたしが一番感じるところを効率よく責め立てるためだけに調律された陽根は激しい抽挿を伴わずとも、バルタから逃れるちからを奪って再度あたしを的確に高めていく。

 バルタは緩慢な動きであたしのなかを征服しつつ、怪訝そうな顔をした。「もしかして後ろのほうがよかった? でも、お尻から子宮の裏ごしごしして強制的にいかせるのは前回やったし、そもそもお尻はほとんど仕上がっちゃってるしなー?」

「ちがっ、あっ、うあっ、っく、そういうことじゃ……っ!」

 バルタが覆いかぶさってきて、なめらかな肌が汗ばんだあたしの肌に張り付きぴりぴりと痺れを生み出す。「はいはい、ごちゃごちゃ言ってないでいっちゃいましょうねー」温かい息が顎にかかった。めくるめく予感に鳥肌が立つが早いか、バルタの整った歯列が喉笛をやさしく挟んで締め上げた。

「――っ! は――っ、ふ――っ!」瞼の裏で鮮烈な閃光がばちばちと弾けた。

 陽根をより深く迎え入れようと腰が浮き、膣肉がうごめく。膨大な量の多幸感に押し流され、意識が暗闇にさらわれていくも、「こらこらー? 寝てんな寝てんなー?」体奥をちから任せに穿たれ叩き起こされる。

「んあっ!? あっ、あっ、えうっ!? なっ、なにっ?」普段ならたっぷり余韻に浸らせてくれるところを、バルタはすぐに出し入れを再開させた。深く達したばかりだというのに、荒っぽく小突かれたあたしの子宮はまた快感をねだって切なく疼きを訴え始めた。

「メルチのここもまったりしていい感じになってきたけど、首噛んだらそれも通り越してゆるゆるになっちゃうのがなー」そうさせている張本人が、落胆したかのように嘯く。

「んっ、んんぅっ、ひっ、噛まなっ、きゃっ、ふっ、いい、でしょっ」

「えー、だって無防備だから噛みつきたくなっちゃうし、甘くておいしいんだもん。メルチだって噛まれるの癖になるぐらい好きなんでしょー?」

「はっ、はっ、あっ、んんっ! そん、なっ、うくっ、わけっ、な……!」

 嘘だった。バルタは、あたしがこころの底から嫌がるようなことは決してしなかった。あたしが望むものを、望んだ以上に施してくれる。何の見返りも求めず、ただあたしの根源すべてを忘れさせてくれる。与え直してくれる。だから――。

「じゃ、訓練しよっか」バルタがどこからともなく取り出した小さな鋼鉄の宝珠を、あたしのへその下辺りに押し付けてきた。

 冷え切った重い感触が体温を吸い取り、あたしは身を強張らせる。「な、なにそれ」

「魂原器だよ? 見たことなかったっけ?」

「そうじゃなくって、なんで魂原器なんか……」

「んー? こうするんだよ」バルタがそのままちからを込め、あたしの皮膚を押し続けていた魂原器はまるでそこに見えない穴があるみたいにあたしのなかに埋没していった。その見えない穴は、みるみるうちに魂原器とバルタの手を手首まですっぽり飲み込んだ。

「い――ッ!?」痛みを伴わない内臓を掻き分けられる感覚に驚く間もなく、バルタは腕を引っこ抜いた。胎内に残るのは、ごろごろする冷たい異物感。魂原器。血肉に感応を持つバルタだけが成せる芸当だったけど、感心している場合じゃなかった。「ちょっ……なにしてんの!? はやく取っ――あぐっ! んんっ、んっ、やっ、やめっ、奥っ、突いちゃっ」ねちっこく子宮口を突き上げられ、声が上擦る。

「次首噛んでいかなかったら、取ったげる。でもいっちゃったら、胤出しちゃうからね。これぐらいしたほうが、メルチもいくの我慢できるでしょー?」

「正気じゃっ、ない、ふっ、ぅっ、胤っ、ついたら、どうすん、のっ」

「メルチの頑張り次第かなー?」あたしの危惧を知ってか知らずか、バルタは膣肉をねっとりと擦りながら顔を寄せてきた。

 いや、バルタが知らないわけがない。理解してないはずがない。子を成してしまえば、血の契りを破ることになる。バルタだって他人事では済まされず、罰を受ける――。

 先ほど噛まれた痕を腫れぼったい舌がなぞる。ふっくらした唇が撫で、やさしく吸い立てる。噛まれる予感に動悸がかつてないぐらい早まった。バルタが腰をゆするその都度、子宮のなかで魂原器が転がり、臓器の昂ぶりを実感させる。全身の筋肉がその瞬間を待ち望み、細かな弛緩と硬直を繰り返した。

「ね、メルチ」鼓膜を刺す囁き声。「わたしのこと、好き?」

「はっ、ぁっ、はっ、急にっ、なにっ、言ってっ」こころのざわつきが急速に膨らむ。

「わたしはメルチのこと、好きだよ。身体は強いのに、怖がりなメルチが好き。わたしはすべてを等しく好きでいなくちゃならないけど、メルチが一番好き。たとえメルチがわたしのことを嫌いでも、これから嫌いになっても、こうなるように作られてたのだとしても、メルチの先に立つものや、わたしの先に立つものがわたしを許さなくても、わたしは……やっぱりメルチが好き」

「あんたっ、さっき、から……っ、なに、意味わかんない、ことを――」

「だから、ごめんね」歯が食い込む。

 悦びが身体の芯から一気に込み上げてくる。達しまいと奥歯を噛み締めバルタの腕を掴んでこらえていると、不意に体奥をえぐる陽根が膨張し、子宮に熱い奔流を浴びせかけた。

「ふ――っ!?」ひとりでに膣が収縮し、陽根から体液を吸い上げていく。胤を受けていると自覚した瞬間、感情は決壊していた。歯の根があわなくなるほどの白い昂揚。「ぅ……、く……、……っ」とめどなく涙が溢れた。切なさでも息苦しさでもなく、ただ、あまりに満たされすぎて。

 やがて胤を注ぎ終えたバルタがあたしの涙を舐め取って、鷹揚に微笑んだ。「ごめんね、わたしが我慢できなかったみたい」

「……ばか。謝って済む問題じゃ、ないでしょ……どうすんのよ……?」鼻をすすりながらバルタをねめつける。

 言い聞かせるようにあたしの頭を撫で、「だいじょうぶだよ。メルチは何も心配しなくていいから」どこか諦めたような瞳で言った。

 それからしばらくして、あたしは子どもを作る準備に追われ自室に引きこもったせいで教育どころではなくなり、バルタに会う暇さえなくなっていた。バルタはあたしが身篭った件について、キャスにはなんとか言い繕っておくとは請合ったものの果たして上手くことを運べたかどうかはわからない。確かなのは、あたしが生まれたばかりのプロムの調律している間にバルタもラフラを作っていて、間もなく何者かに食われたということだ。そしてバルタの亡骸を前にしてあたしが泣き出したことで、プロムの胤親が誰なのかキャスに露見したのもまた、確かだった。

 

 

 

 

 

 

 アルルの居場所を探るために戻った枢密院では、計ったかのごとくニースの戴血式の真っ最中だった。あとはあたしが御血の洞で許すと言えばいいだけ、そんな状態。あたしは特に驚かなかった。人形を血族に迎え入れるには三卿の儀礼的な承認を必要とするから、あたしがベリィの治療に専念していたせいでニースの血族入りが保留にされていたのはわかっていたし、こちらの動向が把握されているだろうことも、キャスならさもありなん、という納得があった。

 理解できないのは、戴血式の後で大地ステラのサイマトに繋げて得た、アルルが死んでいたという事実。アルルはベリィの胤親だ。アルルの血が砕かれたなら、子であるベリィには飢えが訪れるはずだった。アルルはどの段階で死んだのか――ありうるとすればプロムとまったく同じ瞬間に? そんな賭け率、信じられるわけがない。

 エフィが最後のアデッドに赴く前に、あたしに告げたことを思い出す。飢えが来てないから、ラフラは健在――否だった。ラフラもまた、ステラのサイマトに反応しなかった。ラフラも死んでいた。

 月の砂の影響も考えたけど、ステラのサイマトをニースに向けてみてその線は消えた。ニースはエフィが囚われていた穴ぐらに戻っており、そこは月の砂のせいであたしのサイマトがエフィに届かない場所だった。ステラのサイマトは、人形の位置を特定する上では、月の砂に妨害されない程度に強固だった。

 アルルもラフラも、子に悟られることなく喪われた。さながら己の血だけを残してこの世を去ったかのように。あるいはその逆、御血を肉体から抜き取ったか。そのどちらもありえない。一抹の不安が残る。アルルの庇護を期待してニースの挑戦を受けたのは少々早まりすぎていたのかもしれない。キャスの目があったせいで二公に謁見できなかったのも痛手だ。

「緊張しているようだけれど、怖いのかしら? 三卿ともあろうおかたが?」冷ややかな笑み。

「冗談でしょ、あんたみたいな血族に上がりたての人形に脅える理由なんかない」

 悠然とした挑発。「でもその人形に、おまえの娘は食われた。この場所で」

 煉獄のアデッド、向かいの門から現れた挑戦者をじっと見据える――まばゆいばかりの白さを誇る人形。ニース。

 数えれば、十三度目のエルドラド対オフィチナルム。その最高潮。エフィ以降、ついにエルドラドそのひとに至ったニースの勇ましい快進撃。観客からすればついにここまで来たかいう感じ。みな固唾を呑んで押し黙っていながらも、アデッドは噎せ返りそうなほどの異様な熱気を孕んでいた。

「……エフィを倒してプロムを食べて、あの連中にちからを誇示して脅してるわけね」

「脅してる?」おかしくてたまらないと言わんばかりに。「あの子たちは自分の意思でおまえに挑んでいるのよ。復讐のためにね」

「復讐……? あたしがあの連中に何をしたっていうの?」

「忘れたわけじゃないでしょう。アデッドの外で無差別に人形を食い殺してきたことを」

 どきりとする。人形を食い散らかした、その過去を忘れるはずはないけど、その人形ひとつひとつ魂ひとつひとつを思い出せるかと問われれば、否だ。

「あの子たちは優れた魂の器官を持たないせいで、親や子を守れなかった。何の予兆もなく己の覚悟にもよらず戦わされ、ただ理不尽な暴力に出会ったしまったというだけで」

「……」

「あたしは何もしていないわ。あの子たちのほうから掛け合ってきたのよ。陽獅子を止めるには、黄金卿に復讐するにはどうすればいいのか、とね。だから母上が手を貸し、助言していただけよ」

 民衆があたしを襲ってきたのは、まさしくあたしとニースの、この構図――激情による共食い。結局は伝統に従っていたのだ、あの連中でさえも。乾いた笑いが漏れる。つけがまわってきた、ということか。もう笑うしかなかった。最初からすべて、あたしの行動が裏目に出ていただけだった。

「アルルやラフラはどうしたの?」

「そのあたしたちの身体はもう食ったわ。でも」とんとんと心臓の上を指で叩いた。「魂も血も、ここにある」

「プラチナ・アルシーヴは――」

 やれやれとニースは首を振った。「食えばそれで終わる、そうでしょ?」二股の尾をもたげた。

 宣なるかな。あたしは頷き、重く低く銅鑼が響き、ニースの尾には、青と白の輝き。

 既知――ベリィの体験、プロムを引き裂いた不可視の牙。腕を突き出して飛び出す。大気が左手の皮と肉を切り飛ばし骨に弾かれ、周囲の肉床を深く抉った。

 ずたずたになった左手をニースの鼻面に叩き込む。火花を散らしてニースが吹き飛ぶ。受身を取りながら、再度塵と火を吹き付けてくる。耳をつんざくけたたましい音が骨を磨り潰すも、あたしの追撃は止められない。

 身を引きながら牙を放つニースに追いすがり、骨が剥き出しになった腕で何度も殴りつける。血脂にまみれた関節が灯火を受けて鈍く煌き、ニースの白い肌を削っては摩擦で黒く焦がしていく。

 あたしのあまりに頑丈で鋭利な肉体――鋼鉄の骨格を見咎めたニースが、手をかざした。空気のなかの何か掌握するような動作。

 既知――ベリィの体験、エフィの義手を燃やした雷の束。血を滾らせる。体毛が逆立つ。あたしとニースとの間に、ばちばちと目を焼くような閃光、白い発火。可視化されるほど高められた雷の子らが別たれ、暴れ、弾けて、その束が逸れていくのがわかる。肉の床が小さく爆ぜ、香ばしい匂いを立てた。繰り出したあたしの拳はニースの顎を捉え、粉々に砕いた。

 両手で顔を覆いながらうめき声を上げ、ニースが尾を頭上にかかげた。二股の間が痛々しく裂け、漆黒の硬質的な針が露になる。炉針。

 既知――あたしの体験、あたしの娘、あたしの地平線。火が熾される。白い塵をまとい青い火を練り合わせ螺旋を描いて天に届かんばかりにプロムのそれより遥かに赤々と長く鋭く熱く伸び――まるで剣。炎の剣。ほむらの鋼鉄――ふたつの星によって鍛え上げられた霄壤を結ぶ一振り。

 ニースが剣を振り下ろした。駆け出す。前へ。ニースに向かって。莫大な質量と熱の奔流。その下をかいくぐる。炎の剣が大地ステラに触れた。背後で床が断ち割れ肉が蒸発する。白煙。芳醇な果実にも似た甘い臭気。直撃を避けても内臓が破裂するほどの衝撃が背を押す。鼓膜が破れた。牙を剥いた。噛み締めた。確かな歯ごたえ。白金の硬さ。血と肉の切れ端を吐き捨てた。あたしと、ニースの。

 ニースがくずおれた――鼻から上をすっかり失って。噛み砕いた頭部からごぼごぼと体液が瀑布のごとく流れ落ち、白い肢体が真紅に染まった。手の甲で口元にこびりついた脳漿を拭った。寸前まで口を閉じていたせいで穴の開いた肺やら胃やらがひどく痛んだ。身体の表面では震えそうなぐらいの冷たさを感じているのに、臓器が猛烈な熱を持っていた。熱は収まるどころかそれとわかるまでに徐々におおきくうねり始めていた。強い圧迫感。立っていられなくなる。

 鋼鉄の骨格の内側で、何かがのたうちまわっていた。さながら胎動。腹を抱えて、背を丸めた。息が出来なかった。引きつる。押し上げられる。引っ張られる。胎が膨らむ。質量が増し、重く、重く――重力。裂けた。

 あたしの腸を巻きつかせて、白い裸体が這いずり出てくる。赤黒い血液が羊水じみて噴き出した。顔に張り付いた銀糸の奥には、見開かれた赤い瞳孔。二股の尾。

 そしてふっつりと消えた。やさしく飲み込まれていく、還っていく感覚。全き暗黒の庭、陽の香りに包まれて。

 

 

 

 幻翅極光華へ

 

 

 

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