三歩進んで二歩下がる 作:夜鐘
のぼせそうだ、と茹だった脳みそでなんとか思考を捻り出す。お風呂のタイルは冷たくないのかだとか、このままでいたら風邪を引いてしまうのではないか、とか。そういうまともな事を考えようとすればするほど、その努力が無駄なものだと嘲笑うかの様に、熱に溺れていってしまう。
「あ、まっ……!」
「……濡れてる」
「〜〜〜っ!!!」
言葉にしたのは、別に彼女を恥ずかしがらせたいとかそう言う意図ではなかった。ただ玲さんもちゃんと気持ちいいんだなあって安心して、ポロッとこぼれ落ちてしまっただけで。
初めて触った彼女の体はどこも柔らかくて、暖かくて、そして気持ちがよかった。直接、肌を触れ合わせるのがこんなに気持ちが良いものだとは知らなかった。知らなかったのだ。時間の許す限りずっと彼女の体を触っていたいと思ってしまう自分が酷く強欲で自分勝手な気がして、少し怖くなってしまった。
「ひゃうっ!ら、らめ、そこ……は、へん……」
「変?なんで?おれは、嬉しい。玲さんが気持ちいいんだなあって分かるし」
「ぁ、う……。はあ、でも……っ!」
「ここも、気持ちいい?」
「え、ぁ、ぅあ……!」
玲さんが一番反応するところに、指を当ててみれば、びくん、と大きく腰を跳ねさせた。はくはくと空気をはみながら、呼吸を荒らしている。トライ&エラーはどんな物事にも適応する一種の真理だとは思っていたが、こういう場面でもそうなのか、とゆだった頭で考える。触った場所に痛みを覚えていないか、嫌がってはないか、否定の気持ちは見えないか。注意深く見て、分からなければちゃんと言葉で確認して進めていくのだ。
(……なんていうか、セックスってもっと本能的なものなんだと思ってた)
俺の知識にある「それ」の大半は、言葉の意味も碌に取り込まずに詰め込んだ官能小説の一説や、AVに使われるある意味ファンタジーなエロ単語等が主だったのだ。知識というには偏りすぎていて、セックスに対してある種の非現実感を持っていたと今この時になって分かる。
ーー気持ちよくなりたい。そんな純度の高い独りよがりな欲望は確かにある。
よくさ、恋は下心、愛は真心なんていうじゃん?でも、下心に溺れているはずの脳内でも、自分だけじゃなく玲さんにも気持ちよくなってほしいと思うし、彼女の裸体や反応に興奮するし、実際、下半身は正直に反応しているけれど、相手を気遣えるだけの理性はちゃんと残っていて。
「ふ、あぅ、ら、らくろーく……?」
キスとキスの合間に零された自分を呼ぶ声がとてもかわいくて、柔らかくて触り心地の良い肌が時折びくりと波打つのが愛おしい。
「なーに?玲さん」
「……は、ふ……っ、そこ、はぁ、くすぐったい、です」
おへそのしたから内腿にかけて、玲さんの体が反応してくれるのが嬉しくて触ってるとか細い笑いまじりの、抗議が返ってくる。
不意に、初めて手を繋いだ時のことを思い出した。触ったら崩れてしまう飴細工を触るように丁寧に。触れた指先から、お互いの緊張と動揺が伝わるその距離を、その時の俺はこれ以上ない程近いと思った。
「れいさん、」
懐古は一瞬で、ーーあの時からでは考えられないほど、強引に指を絡めて、親指の腹で玲さんの手の甲をさする。は、と短く吐き出される息が右肩を撫ぜた。もっと。もっと、近づきたいと思う。あの時を考えると、酷く貪欲になったものだとそっと自嘲をこぼした。
「ふ、ふふ、なんです、か……ぁっ!」
「ほんと……ほんと、もう。まいった……」
「え、ええ?らくろ、くん?……ぇっ、あ、わ、わたし!あの、なにか粗相を……」
「今俺は眉間に銃口を突きつけられて、両手を頭の後ろで組んで膝をついている状態だと思ってほしい」
「へ?」
単純に白旗上げてる宣言だったはずなのに、これだと武装解除だな?玲さんもきょとん、とした顔で少し小首を傾げてしまっている。頭をかいて気まずさをやり過ごし、玲さんの内股からするり、と濡れそぼったソコに指を当てると、「ぴぇ……!」と悲鳴のような声が降ってくる。
「あーその、『もっと』って思っちゃってるみたいなんだけど……いい?」
「そ、それは、どういう」
そっかー。伝わらないかー。そっかあ……。無性に顔を両手で隠したい気持ちなったが、いっぱいいっぱいはお互い様のはわかっていたことだろうと、頬をパンパンと叩いて、姿勢を正す。お互いあわやな恰好をしているせいで、滑稽さが勝ってしまうが、これはまあ仕方がないことだ。目的のためにビジュアルとメンタルを犠牲にするのは慣れている……!
「えー、うー。そう、その。ちゃんとシたいので、一度ベッドまで移動してよろしいでしょうか……」
「……?ここだとダメ、なんですか……?」
「純粋に風邪引かせたら悪いし……、流石に挿れる時、床が硬いと……その、きついんじゃないかと思うわけで、」
「い、いれ?……アッあひ!は、はい……、あの、す、すみません!!!!!!!」
どこかぼんやりとしていた様子の玲さんは、言葉の意味を飲み込めたのか、浴室の床に落っこちでびしょびしょになってしまったバスタオルを手早く回収すると、足をもつれさせながら、脱水所に避難していく。玲さんの姿がすりガラス越しみえるようになった所で、ずるずると尻餅をついて頭を抱えた。
「や、やばかったあ……」
流石に初めてで正常位以外はきついよね……って話。ベッドまではちゃんといくんじゃないかな………。