生命製法売ります T code3
わたしがグレイトキッチンに移住してからの半年間は、まさしく光陰矢のごとしと言えましょう。
朝はエルマさんと家事を済ませてから、師匠とお勉強をするか、師匠の実験の助手を、昼からはお薬を作り足したり、近辺の娼館や薬宿、雑貨屋に品物を卸したり
知識も経験もまだまだ未熟ではありますが、最近では調合のコツが掴めてきたようで、人気のあるお薬や雑貨はレシピと照らし合わせなくとも作れます。あの尊大な師匠をして、なかなかできたやつだと言わしめるほどに、です。ついでに料理の方も、朝ご飯係を任せられるほど上達してきました――ニンジンも克服できました――。
徐々に師匠とエルマさんの力になれているという実感も持ちはじめ、
ですが……
そんなこんなであれよあれよのうちに、半年です。
「……ふわ」
そうして今日も流体力学の本から羊皮紙にナビエ・ストークス方程式を写し取っていると、背後から可愛らしい欠伸が聞こえてきました。ランタンの明かりを受けた卓上のねじまき時計の針はひとつに重なり、天頂を指しています。わたしの得意とする物理科目でしたので、ついつい没頭してしまったのでしょう。
「あ、ごめんなさい、おねえちゃん。もう終わりますね」
「エルマのことは構わなくってもいいんですよ、エルシー?」
ソファの上で編み物をしていたエルマさんが目をこすりながら、申し訳なさそうに言います。
「いえ、もういい時間ですし、切りがいいところでしたから」
「そう……じゃあ、寝ましょうか」
先にお休みになられてもわたしは全然気にしないのに、エルマさんは絶対に、頑としてひとりで寝ることはありませんでした。それに負い目を感じる一方で、嬉しく思うわたしがあり、集中して学習することができています。
灯りを落としてふたりでエルマさんのベッドに入ります。わたしがいつも通りエルマさんにぎゅっとしがみつくと、
「もう、甘えん坊さんなんですから」
と笑いながらエルマさんは頭を撫でてくれます。
……とはおっしゃいますが、わたしは知っています。寝ているエルマさんには抱きつき癖があることを。極々稀にですが、寝違えたりもするのです。
エルマさんの甘い焼き菓子の体温に、酷使して凝り固まった脳が溶けていくようでした。多忙な日常の中で、この瞬間のみがわたしにとってのただひとつの癒しであり、至福の憩いです。
「目がしょぼしょぼします……」
「最近のエルシーは本当に頑張り屋さんですね」
エルマさんが瞼の上に軽く口づけてきました。たったそれだけで乾いた目が潤み、じんわりとした痺れが走ってこころが波立ちます。
「おやすみなさい、おねえちゃん」
「おやすみなさい、エルシー」
エルマさんはよっぽど眠気を催していたのでしょう、すぐにすうすうと寝息をたてはじめました。わたしは穏やかな心持ちで、その無防備であどけない童女のような寝顔を眺めます。
しあわせでした。しあわせすぎて、なんだか嘘みたいでした。
今でもたまにイリエルズでの両親との思い出と、月の悪夢を思い起こすことがあります。でもその記憶は少しずつ色あせてきています。それは悲しいことでもある気がしますが、エルマさんと師匠、そしてこの
わたしも眠りに就こうと、エルマさんの柔らかい胸に顔をうずめます。
「……ぁ」
自分で思っていたより疲労がたまっていたのでしょうか――いつもより馥郁に感じられる甘い芳香が、脳に染み渡っていく感覚がありました。それは心臓が高鳴るほどの、無上の心地よさでした。
しばらくエルマさんの匂いに陶酔していると、お腹の下の方が熱を孕んできました。密着しすぎたのでしょうか。きっとエルマさんも寝苦しいんじゃないかと惜しいながらも身を離そうとした、そのときです。
もぞもぞとエルマさんが抱きついてきて、むっちりした太ももが局部を圧迫しました。
「ひゃうっ!?」
稲妻に打たれたかのようにびりびりする何かがそこを駆け抜けて、未知でいてあまりの大きな刺激に、わたしは変な声を上げてしまいました。
幸いにもエルマさんが眠りから覚めることはありませんでしたが、依然として太ももはわたしのそこを押しつづけています。
「……はぁっ……、ぅうんっ……」
くすぐったさを極限まで煮詰めたみたいな感覚が、じりじりわたしを突きあげます。これはたぶん、その――そういうことなんでしょう。そちらの方面には疎いわたしでも、漠然と察せられました。
しかし抜けだそうにもエルマさんはわたしの背に手をまわしているので、どうあがいても逃げ場はありません。しかも、脱出しようと身をよじるたびに、エルマさんの脚と股が擦れて、より強い痺れと熱がもたらされます。
「……んんっ……んふっ、……んは、……ひぅっ」
汗でしょうか。下着に湿り気を感じます。全身が火照ってきてぽかぽかします。息が荒くなってきました。呼吸を整えようと深く吸い込んだ甘い体臭が、さらにわたしの脳をとろかせます。
「はああ、はぁっ、んぅっ、ふっ、ふっ、んっ」
そのうち甘さと股間の熱量だけに自我が囚われて朦朧としはじめたところに、エルマさんがわたしのお尻を上から押さえてきつく抱き寄せてきました。局部が太ももの上をずりずりずりっと一気に滑っていき、かつてない衝撃が弾け、わたしの頭の中が真っ白に塗りつぶされます。
「んんんーっ!」
腰がわたしの意思とは無関係にがくがく痙攣します。ばちばちと視界が明滅し、だらしなく口が開いてしまいましたが、身体中の筋肉が脱力しているせいで涎が垂れてしまうのを防ぐことができませんでした。
「……っ、……っ、……っ」
異様なけだるさに引きずり込まれるようにして、その日はそのまま意識を落としました。
「おい、焦げてるぞ!」
師匠の鋭い注意に呼び戻され、ぼーっとしていたわたしはフライパンからもくもくと上がる黒煙にようやく気がつきました。
「あわわっ、わっ、あわ」
慌てふためき、コンロの火を消します。
「すみません、師匠のベーコンエッグ、焦がしちゃいました……」
「あたしの分にするな! おまえ、だんだんエルマの嫌な減らず口が似てきたな……」
師匠にその名を出され、表で洗濯機をまわしているエルマさんを窓から無意識にちらりと一瞥してしまいます。必然的に昨夜の出来事が頭をもたげました。
「真面目にやってドジを踏みこそすれ、おまえが呆けるなんて珍しいな。熱でもあるのか」
師匠の眼鏡の奥の眼光が険を含みます。初めのころはご立腹なさっているのかと怯えたものですが、これは師匠なりに心配されているときの眼つきだと今では判別できます。
「いえ、だいじょうぶです……ちょっと考え事してました、すみません」
「ならしゃきっとしろ」
細巻きをくわえなおして師匠はまた読書にふけりました。わたしも朝ご飯の支度に専念します。
起きぬけから、言いようのない無気力さがわたしに付きまとっていました。あれの、せいなのでしょうか。だとすればやはり、褒められた行為ではありません。
テーブルにベーコンエッグとポテトサラダ、ライ麦のパンを並べた――焦がしたベーコンエッグはきちんと自分の席に置きました――ところで、タイミングよく洗濯物を干し終えたエルマさんが、エプロンワンピースで手を拭きながら
「今日はスモッグが少なくて洗濯日和ですねー。お師匠さまもたまには日光浴でもなされた方がいいんじゃないですか? 顔色も良くなりますよ、きっと」
「そんなもの時間の無駄だ。……まぁ、今日は野暮用で出掛ける予定はあるが」
「ちょっと、お師匠さま、どういう風の吹きまわしですか。雨が降るからおやめになってください。ひとの話を聞いてたんですか?」
「外に出ろと言ったのはおまえだろう。とにかく、そういうわけで今日は不在だ。晩飯までには帰ってくるがな」
「ちゃんと貴重品は置いていってくださいね、お師匠さまったらすぐ落っことしちゃうんだから……あと身なりも整えるように!」
「別にどう見られようとかまわん」
「お師匠さまはちょっと病的に白すぎます。そんな薄汚れた恰好じゃ、お化けに間違われてみんなびっくりしちゃいますよ。エルマやエルシーを見習って――あれ? エルシー? なんだかほっぺたが赤くありませんか?」
「え……? いえっ、あの、だいじょうぶです」
エルマさんが濃いブラウンの瞳でわたしの顔を覗きこみます。ふわり、と甘い香り。どきり、と鼓動。わたしはどうしても目を合わせることができませんでした。
「熱でもあるんですか?」
「そういえばさっき、卵を焦がしてやがったな」
「ちょっとぼーっとしていただけで、全然元気で……――っ!?」
顔を近づけていたエルマさんは、そのまま前髪をかきあげて、なんとわたしのおでことエルマさんのおでこをくっつけたではありませんか。ぴとりと額にすべすべとした人肌が張りつきます。
「んー? そこまで熱くはないですね」
「だっ、だからなんでもないですってっ」
急いでおでこを引き離して、健康体を装うようにパンを頬張ります。
エルマさんは腑に落ちなさそうなそぶりでしたが、しつこく追求してきたりはしませんでした。
わたしは、焦げたベーコンエッグの味もわかりませんでした。
――わたしは自惚れていたのでしょう。こんなにしあわせなのだから、何もかもが上手くいくのだと。
わたしは貪欲になっていたのでしょう。ほんのちょっぴりの危険なら、この緩慢な幸福が打ち消してくれるのだと。
どなたか愚かなわたしを罵ってください。
わたしはあの刹那的な快楽を、忘れることができなかったのです。
「……っふ、……んんっ……、ひっ……ぐっ……」
エルマさんの温柔な太ももがわたしの突起を押し潰し、刃物のように鋭利な快感が下半身を貫きます。
この遊びを覚えてから、いくつめの夜でしょうか。十日は数えていないように思えます。わたしは、本能的な衝動に打ち勝てないまま、ずるずると遊びを続けていました。
遊びを始めてからというもの、わたしはエルマさんの顔を直視できなくなっていました。お側でエルマさんの甘い匂いを嗅ぐたびに条件反射で遊びを想起して、どぎまぎしてしまうのです。
そして同じ部屋にいるときは、エルマさんの作業用エプロンワンピースを目で追いかけ、エルマさんが外出しているときはえも言われぬ寂寥感に襲われる、そんな毎日を過ごしていました。とてもではありませんが、勉強も手に着かず、めっぽう捗らないありさまでした。
「っく……、ぅふっ……、んっ」
媚薬のような甘い毒を吸いながら、自ら腰を動かして恍惚に酔いしれます。
わたしの理性は愚行を重ねてはいけないと、ずっと訴えています。でも、見つからなければいい、見つかることはないという利己的な部分のわたしが、思考を支配してしまうのです。そして繰り返すたびにそのエルマさんを求める強突く張りなわたしがわたしを占領していき、事あるごとにエルマさんのことを考えてしまい、思いはますます募るばかりでした。
わたしは――この思慕の念の正体に、気づきはじめていました。わたしはわがままだったのです。わたしは最低です。こうしてエルマさんを汚しているわたしなんかが、エルマさんを――好きになる資格など。
劣等感と罪悪感がわたしのこころを鷲掴みにしました。それの負の感情はわたしをみじめにさせながら一番白いところへ急激に高めていき――。
「エ、エルシー……?」
高熱で激しく収縮していた心臓が、一瞬で凍りついたような、そんな錯覚がありました。
「なに、してたんですか……?」
「――ぁ……」
滑稽なことに、このときになってようやくわたしは、本当の意味で、自分が度しがたい卑劣な行為に及んでいた認識を得たのです。
可及的速やかに謝らなくてはと思いつつ、でもどう説明すればいいかわからなくて、頭の中がこんがらがり、その場から逃げだそうとするも、
「待ってください」
エルマさんの動きの方が早く、後ろから抱きとめました。
「もしかして、エルシー……その……」
「……っ!」
言葉を探しているのでしょう、思案しているさまが、背中越しに伝わってきます。ですが、わたしを抱きすくめた腕を緩める気はないようでした。
「……ごめんなさい」
絞り出すようにしてなんとかそれだけを呟きましたが、わたしの中には、こういうときに続けるべき台詞はありませんでした。
重苦しい静寂がお部屋に充満します。
わたしは同情や許しが欲しかったわけではありません。自分がエルマさんに、目に余るような破廉恥で非道な行いを働いていたことはわかっています。だから、絶対に涙だけは流すまいと必死にこらえていました。
ほどなくして口火を切ったのはエルマさんでした。
「……その。最近、エルシーがよそよそしかったのは、こういうことだったんですね」
「……ごめん、なさい、おねえちゃん……わたし、気持ち悪い、ですよね……」
「……いえ。本当は、悪いのは、エルマなんです。考えが足らなくて、エルシーにこんなことをさせて……ううん、エルマはきっと、エルシーに甘えていたんですね。エルシーはしっかりしたおとなでも、ちいさなこどもでも、ないですもんね……」
「えと……あの?」
エルマさんのおっしゃっている意味が、わたしにはさっぱり理解できませんでした。
「エルシー、教えてください。エルマのことは、好きですか?」
「っ!?」
不意打ち気味の質問に、わたしはびくりと身体を振るわせてしまいます。
「あの……、その、好き、です、おねえちゃんのこと……」
「それを聞いて、エルマは安心しました。なんだか避けられてましたから、もしかして嫌われてるんじゃないかって、ずっと不安だったんですよ?」
「そ、そんなこと! わたし、ちゃんと、おねえちゃんが好きです! ……でも、だからって、許されませんよね、こんなこと……わたし、本当はわかってたんです……でも、止められなくて……ごめんなさい……好きなひとに、ひどいこと……」
「いいんです。いいんですよ。悪いのは全部、エルマなんです。謝らなくちゃいけないのは、エルマの方なんです。エルシーがエルマのことを好いていてくれたなら、エルマはそれで十分です。それに、好きになるって、実はすごく自分本位なことなんですよ。だってそうでしょう? 相手に好かれてなくても、相手を好きになることはできるんですから。好きって気持ちが自分勝手なのは自然なことなんです。もちろん、エルマはエルシーのこと、大好きですよ」
くすりと柔らかく笑って、エルマさんは濡れたわたしのそこに手を伸ばしました。そして、労わるような手つきで下着の上からそこをなぞってきました。
「ひゃあっ!?」
「でも、ちょっとだけ傷つきました。エルマの身体で、ひとりで気持ちよくなってたなんて」
「あっ……ごめっ、ごめんなさいっ……、んんっ」
「エルシーはエルマのことが好きなんですよね?」
「すっ、好きですっ……、おねえちゃんっ……、なんでっ……」
「エルマの身体だけが目当てじゃないんですよね?」
「そんなことっ……ああっ、おねえちゃんっ、そこっ」
「なら、ちゃんと、エルマにさせてください。エルマが――鎮めてあげます」
ぐっと一瞬抱えられ、するりとショーツを脱がされ、ふっくらしたエルマさんの指の腹がわたしの突起にぴたりと吸いつきました。そのままくすぐるように、フェザータッチで撫でられます。
「ふわっ! ああっ! なにこれっ! すごいっ!」
力を込めずに触れられているだけなのに、ひとりでしていたよりも何倍も強烈な快感がそこを駆け巡ります。お腹の底から突き破ってくる恥ずかしい声を止めることができなくて、手で口元を押さえつけました。
「ふぅんっ! んっ、んっ、んっ、んんーっ!」
「だめですよ、エルシー、もっと可愛い声、聞かせてください」
「んぅっ! でもっ、でもぉっ!」
「ここはもともとそういう宿なんですから、防音はしっかりしているんですよ」
「あうっ!」
囁かれながら耳を甘噛みされて、ひときわ大きな声を漏らしてしまいます。
そしてまもなく、いつもの真っ白の予兆がやってきます。
「あーっ! あっ! おねえちゃんっ! だめっ! きますっ! しろいのきますっ!」
「イきそうなんですね? いいですよ、しっかりイっちゃってください。そうしないと意味ないですから」
「ひぐっ!?」
ぬるりと耳の中に生温かい粘膜がねじこまれ、その驚きと痺れがそのままわたしを白いものに導きました。
「―――っ! ……っっっ! ……っっっ! ……っっっ!」
わたしが一番気持ちよくなっている最中も、エルマさんはわたしの突起をぐりぐりと押しこんできて、わたしは悦楽をより深く増長させられ、より長く堪能させられました。
「……ぁ、……ぉ……、……っ」
わたしのペースではなくエルマさんによって完全に制御されたその体験は、粘着質な泥のようにわたしの全身に余韻を残していきます。
ぐったりとすっかり脱力し体重を預けたわたしを、エルマさんはベッドに横たえました。そして顔を寄せてきたかと思うと、
「んぐっ」
弾力のあるエルマさんの唇が、わたしの唇に重ねられました。その優しすぎる体温と感触に、脳みそが弛緩し、ほどけていくんじゃないかと思いました。
唇を離し、エルマさんは普段の無垢な姿からは想像もできない妖艶な笑みをうっすらと浮かべて、未だに悦びの名残を残すわたしの股に口を近づけました。そして脳をかきまわしていった柔らかな唇で、硬く尖ったそれをついばみはじめました。
「んぁあっ! おねえちゃっ! そんなとこっ、きたなっ!」
「寝る前にお風呂に入ったじゃないですか。んっ……ふふっ、エルシーのここ、つるつるで可愛いです」
「いやっ! はずかしっ! おねえちゃぁんっ! あくっ! はあっ! だっ、めっ!」
まだ毛が生える兆候もないそこに息を吹きかけられ、舌を這わされ、甘い口づけを振る舞われ、はしたなく蜜を漏らしながら腰を踊らせてしまいます。
「んむっ……エルマも悪いですけど……んぐ……、エルシーも悪いんですよ……はむ……こんなに可愛いくて、えっちなところ見せられたら……やめろって言われても、やめられるわけないです」
「あっ! ごめっ! ごめんなさいっ! いうっ! あ! ゆるしてっ! くださっ!」
「だぁめ、です……エルマの身体で気持ちよくなっちゃうような……悪い子は……おしおき……です」
舌が尖りの包皮を剥き、隠されていた過敏なそれが空気中に暴かれました。
「こんなにとがらせて……毒が溜まっている証拠です……清めてあげます」
そしてエルマさんの、触れたものを溶かす、甘い接吻。慈愛に満ちた無慈悲な幸福。
「あぁあーっ! んわっ! またっ! またきますっ! こんなのっ! だめっ!」
エルマさんは物言わぬまま、わたしをしあわせにする接吻を続け、容赦なくわたしの思考を浄化させていきます。わたしはあっという間に登り詰めてしまいました。
「んんんーっ! っ! っ! っ! ……っ!?」
しかし純白に達してしまったわたしを意に介すことなく、エルマさんはなんと今度はしこりを吸い出しはじめたではありませんか。
「ぅわっ! おねえちゃ! もっ! もうきてますっ! やだっ! くすぐったっ! おかしくなるっ!」
立て続けに最高位の愉悦が押し寄せます。それでもエルマさんは止まりません。わたしはついにはあまりの気持ちよさに叫んでいられなくなり、達しながらもぐすぐすと泣きだして許しを請いはじめました。
「ごめんなさ、……っ! もう、……っ! ゆるっ、……っ! ごめっ、……っ!」
それでも、エルマさんは止まりません。泣きじゃくるわたしの腰を抑えつけて、延々とひたすらにおしおきを執行するのです。
エルマさんの寵愛を受けている中、いつしか唐突に、異種のものが迫ってくることに気づきました。それはたった今溺れている快楽さえ大きく上回る、もはや恐怖しか感じえないほどのもので、いつの間にかわたしを取り囲んでいました。
「……っ、これっ、だめっ、これだめっ、おねえちゃっ、だめっ、これっ、だめだめだめ――っ!?」
かり、と歯が剥きだしになった突起を軽く挟みこんだのを引き金に、それは津波となって不明瞭だったわたしの意識を暴力的に洗い流しました。
「こふっ、ぉ、ぉ、っっっ!? ーっ!? っ! っ! っ!」
見開いた目はいかなる光も受け付けず、ただただついぞ味わったことのないみだらな天国に上書きされつつあるわたしの内面を、なすすべもなく見つめていました。
おしおきが終わっても天国から降りてこられず、いやしく痙攣するわたしは、寄り添って寝転がったエルマさんに抱き寄せられる、ただそれだけで頂きに押し戻され、慈しむように髪を梳かれ、愛おしむように背をさすられただけでまた絶頂を極め、甘い匂いを嗅がされるだけで何度も忘我の境地に追いやられました。
「ふぁ……、また……っ、またです……、きます……っ、きてます……またきます……っ、ぁ……、またきました……っ、まだきます……」
わたしは意味ある言葉を発することもかなわず、エルマさんの腕の中で断続的にやってくる法悦に浸されつづけました。それはわたしが意識を失うまで、ずっと続きました。
「ん……」
少し息苦しくなって、ゆりかごの中のまどろみにいたわたしは重い瞼を開きます。
陽光に照らされた聖母のような微笑が、わたしを迎えました。唇に尾を引く優しさに、口づけで起こされたのだとわかります。
「おはようございます、エルシー」
「……おはようございます、おねえちゃん」
「昨日はとっても可愛かったですよ」
「や、やめてくださいぃ……」
とは言ってみたものの、不思議と羞恥はあまりありませんでした。それよりも今はただ、大好きなひとの顔を見つめ続けたいと願っていました。
わたしの頬に添えられたエルマさんの手の甲に、手のひらを重ねて頬ずりします。
「……おねえちゃん」
「どうかしましたか?」
「……好きです」
「エルマも好きですよ」
「……愛してます」
「エルマも愛してますよ」
「……ずっと一緒にいてください」
「おねえちゃんだから、当然です」
エルマさんへの想いが口を突いて出てきます。好きなひとにきもちを告げられることの、なんとしあわせなことか。愛するひとの隣で目覚めることの、なんと恵まれたことか。
わたしは恵まれていました。……その、色々な意味で、ちょっと恵まれすぎているほどに。
「んあぅっ! きゃうっ! あっ! だめっ! おねえちゃんっ! イきますっ! きゅうかいっ、めっ! ごめんなさっ! ああぁっ!」
あの日以来、ひとり遊びはふたりの秘め事へと変わり、その交わりは毎晩行われました。
「ふふふ、記録更新ですね。もうちょっと頑張ってみましょうか」
エルマさんは非情にもそう言って、姿見の前で動物のように四つん這いにさせたわたしのお腹の中をぐちょぐちょと丁寧にかきまわしつづけます。床には、水たまりと言っても差し支えないほどの大量のわたしの体液がこぼれています。
昼間とは打って変わって、夜のエルマさんは優しさのかけらもありません。こういう表現方法もなんですが、初めからすごかったエルマさんの手練手管もみるみるうちに向上というか、エスカレートしていっています。興が乗って月に一、二度あるお休みの前日などは、朝までいじめられ、泣かされたりもしました。……わたしもまた、それをこころのどこかで望んでいたりはするのですけども。
ひとつわたしの本意でないことがあるとすれば、わたしがエルマさんを気持ちよくさせてあげられてないことでしょうか。エルマさんはわたしを愛でるばかりで、その熟れた身体をあまり触らせてくれませんでした――あのもっちりもちもちしたマシュマロをこねてみたいと渇望するのはたぶんわたしだけではないはずなのに――。
というよりも、わたしが攻めに努めようとしてもすぐにエルマさんに逆転されて音を上げてしまっている、というのが正確でしょう。いわく、わたしを愛撫している方が気持ちがよいのだそうです。
エルマさんが手を休めずに問います。
「何度もエルマを使って気持ちよくなってたんでしょう?」
「あっ、あっ、あっ、なっ、なってましたっ!」
「どれぐらいエルマで自分を慰めてたんですか?」
「わっ、からないっ、ですっ! んぎゅっ! そこっ! だめっ!」
「わからないほどしてたんですか?」
「ほんっ、とにっ、わからないっ! んんーっ! だけですっ!」
「エルマのことも触ってたんですか?」
「さわっ! てっ、ないですっ! やだぁっ! もうやだぁっ!」
「ひとりだけで気持ちよくなっちゃったんですか……悪い子です」
鏡の向こうのエルマさんは意地悪そうに、わたしの一番奥の、大事なところをくすぐります。弱点のひとつであるそこを弄ばれるとわたしはいつも涙腺がゆるんでしまいます。わたしが涙を見せることで、エルマさんの嗜虐心に火を付けてしまうらしいことを承知していても、です。
鏡に映る淫蕩に歪んだわたしの泣き顔を見て、エルマさんは、
「いい顔になってきましたね。とっても可愛いですよ、エルシー」
「ごめっ、……っ! なさいっ! ゆるしっ! ……っ! もうっ!」
「もう、本当にエルシーは泣き虫さんなんですから……」
くすくす笑い、ぐりぐりと最奥を押し潰しながらてろてろとお尻の穴を舐めてきます。
「ふにゃっ!? ぅああっ! とけちゃっ! とけますっ! いっ、イっちゃ――」
「んむ……だめです、今度は……我慢してください」
「えっ、えっ!? あっ! あっ! あっ! そんなっ!」
「イっちゃだめですったら。ちゃんと我慢してくださいね」
その言葉とは裏腹に、ふたつの穴を指でいじるのはやめてくれません。すっかりイき癖のついたわたしにとって、非常に酷な試練でした。
「ふふ、中も外も震えが止まらなくなってますよ?」
「あっ、あっ、あっ、むっ、むりですっ、がまんできないっ、おねえちゃっ、いっくっ、いくっいくっ、いくっ」
「こらっ、エルシー。おねえちゃんの言うことを聞きなさい。めっ」
そして、ぱちん、と軽くわたしのお尻をはたきました。
「ぎゃうっ!? ――っ!? ――っ! ――っ!」
「……? あれ? もしかしてエルシー、イっちゃいました?」
「……ぃ、……い、って……にゃいっ……れふ」
両眼は焦点を結ばず宙をさまよい、口から涎をだらしなく垂らしながらお尻を震わせていてもあまり説得力はなかったようで、
「嘘ついちゃだめでしょう。お尻を叩かれてイっちゃうなんて、エルシーは本当にいけない子です」
おしおきです、と言わんばかりに陰核を甘い唇でしごきはじめました。イったばかりの身体には辛すぎる快感です。
「お゙ぅっ! んむっ! んぉっ! おっ、ねえちゃっ! やめっ! それっ! たべちゃっ! たべちゃだめぇっ! っく! いっく!」
「んむ……今、何回目でしたっけ?」
「じゅうっ、いっかいっ、めっ! あっ! またあっ! じゅっ、にっ! いっ、くっ! もっ! わかんないっ! わかんないよぉっ!」
――と、まぁ毎度こんな流れで、エクスタシーの数を数えさせられ、それが困難になった辺りでふたりの秘め事はだいたいお開きです。
強制的にしあわせを脳に送りこまれ、全身べとべとになったわたしをエルマさんはお姫様抱っこでベッドまで運び、清潔なタオルで汗と体液を拭きとってくれます。わたしは赤ん坊のようにされるがままに身を任せ、ぬるま湯のような倦怠感につかりながら、エルマさんに存分に甘えます。
時刻は暁のすこし手前。明日、というより今日は
うとうとしていると、ふと、エルマさんがわたしの名を呼びました。
「エルシー?」
「……はぁい?」
「今日が何の日か知っていますか?」
「お休みの日、ですよね」
「やっぱり覚えてなかったですね。今日はエルシーの誕生日ですよ。十一歳、おめでとうございます」
「……あ」
忙しさに追われて綺麗に失念していました。わたしももう十一。あと三年でおとなのおんなです。
エルマさんがふっくらと相好を崩します。
「お昼にふたりで
「本当ですか!? 嬉しいですっ」
今まで何度も近くの小さな市場にふたりで買い出しに出たりはしていましたが、
秘め事で大いにエネルギーを消費したものの、エルマさんとのデートへの期待に、わたしはなかなか寝付けなかったのでした。
昼前に起きだしてふたりしておめかししていると、細巻きをふかせた師匠がお部屋に顔を覗かせ、じろりとねめつけてきました――これは特に意味のない分類のじろりです――。
「なんだおまえたち、出かけるのか」
「ちょっとお師匠さま! エルマたちの部屋で煙草はやめてくださいったら!」
白金のピアスをつけていたエルマさんが化粧台の鏡を見ながら声を荒げました。
「エルマさんとわたしのふたりで、
「あんなごみごみしたところ、こっちからお断りだ。碌な目に合わんからな。しかしおまえたち、最近嫌に仲がいいな。姉妹か、それでなきゃ夫婦だ」
当たらずとも遠からずです。思わずにやついてしまうのを抑えるのに、それなりの努力を要しました。
「今日はエルシーのお誕生日なので、思いっきり遊んでくるんです」
「……ほう、そうか、誕生日だったか。まぁ、歳ばかり増えたところでおまえの仕事ぶりがよくなるわけではなかろうが」
師匠はそんな憎まれ口を叩きながら、おもむろに作業着の胸ポケットを探りはじめました。
「そういえばちょうど持て余してたがらくたがあったな、おまえにくれてやろう」
師匠が投げてよこしたのは、わたしの手のひらにちょうど収まるほどの、小さいながらもばね仕掛けや鋏など、からくりがふんだんに詰め込まれたツールナイフでした。
エルマさんが呆れかえったような声を出します。
「エルシーはおとこのこじゃないんですから――」
「いえ! ……あの、わたし、すっごく嬉しいです……師匠、ありがとうございますっ!」
「……まぁ、あたしの部屋に転がってたものだが、あたしは使わんから、処分に困ってただけだ」
師匠は仏頂面をして答えましたが、わたしにはわかってしまいました。この前野暮用だとおっしゃっていたのは、たぶんこのナイフが目的だったのでしょう。ナイフは新品でしたし、何より、LCという彫刻が彫ってあったからです。
師匠はわたしの誕生日をちゃんと記憶していて、からくり好きのわたしのためにプレゼントを用意してくれていたのでした。
わたしは知っていました。師匠が実は心優しいひとで、口が悪くて気難しそうにしているのはただの照れ隠しなのだと。エルマさんみたいに、照れ屋さんなのです。
「ま、おまえたちが何をしようとあたしには関係ないが、羽目を外し過ぎるなよ。面倒は拾ってくるな。あたしは、尻ぬぐいは絶対にしないからな」
「それをエルマに言うんですか? お師匠さまもずいぶんお偉くなりましたこと」
「それをあたしに言うのかよ――おい、何がおかしい」
「いえ……なんでもないです」
わたしは今度こそ、にやついてしまっていたようです。胸に掻き抱いたからくりナイフは、少し重く感じられました。
その熱気は
瀟洒なバーでふたりしてワッフルを頂いたのを皮切りに、紅い傘が風情のあるオープンカフェ――甘味処というお店らしいです――で出していたわらびもちと呼ばれる異国のゼリーのようなデザートに舌鼓を打ち、はたまた屋台でプレッツェルをごちそうになったりしていると、
「なんだか食べてばっかりですね……」
エルマさんが空いている方の手で持ったクレープをもそもそやりながら、眉間にしわを寄せました。雑踏ではぐれないように、とエルマさんの片腕は、始終わたしがお借りしています。
「でも、それが目的だったじゃないですか。このクレープもすっごく美味しいです!」
「そう言ってもらえると誘ったエルマとしても嬉しいんですけれども……その、お肉がつかないか気になると言うか――」
いつになく歯切れの悪いエルマさん。こと体重に関して、エルマさんはひと一倍敏感であらせられるのです。
「それにこのままではなんだかお師匠さまに負けた気がします。エルマも、エルシーに何か贈り物をしたいんです」
「そんな――おねえちゃんとこうやって一緒に遊べているだけで、わたし、すっごくしあわせですよ?」
「いいえ、ここまで来ると引っこみがつきません。エルシーは、何か欲しいアクセサリーとかはないんですか?」
訊ねられて、わたしは思いを巡らせます。
わたしはたいした装飾品を持っていません。興味がないと言えば嘘になりますけれども、イリエルズではからくり一筋で生きてきたわたしはそちらの知識には明るくないのです。
わたしはエルマさんの栗色の髪の隙間から覗く煌めきを横目に、希望を述べます。
「……あの、わたしも、おねえちゃんと同じピアスが欲しいです」
「ピ、ピアスですか……うーん……」
エルマさんは少しの間困惑して、ばっさりと切り捨てました。
「だめです」
「えぇっ!? なんでですか?」
「エルシーにはまだ早いです。だって、耳に穴を開けるんですよ?」
「そんなのへっちゃらです!」
「泣き虫さんのエルシーに耐えられるわけがありません。すぐにメロメロになって毎晩あんなに泣――」
「わー! わ! わ!」
こんなに往来のあるところでエルマさんは爆弾発言をします。
「……それは……その、おねえちゃんが、上手いからです」
「ふふ、妹を喜ばせられて、おねえちゃんとしては鼻が高いです」
「……あの、ずっと気になってたんですけど」
これは口にしていいものか悩んだのですが、思い切ってぶつけてみます。
「おねえちゃんって、その、おんなの恋人さんがいたんですか?」
「……? どうしてですか?」
「だって、その、すっごく、慣れてましたから……」
どの時期でも力のある男性は収穫に狩りだされているため、どこの
「あぁ、そういうことですか……。エルマは、エルシーが初めてですよ。
「そ、そうですか……」
疑問が氷解し、心底ほっとしていたところへ、
「それに――エルシーとしか、したくないですし」
とあだっぽく耳打ちされ、わたしはかちこちに固まってしまいました。
露店に陳列された、神秘的な光沢の天然石を物色しているときでした。
「あら、困っちゃいましたね……」
エルマさんの見つめる先には、甲冑の上から純白のローブを羽織ったいかめしい
神の犬の名にふさわしい鋭い眼光で、アウトローがまぎれていないか目を配っています。
「
「お師匠さまは、まぁ、おおっぴらにできないことやってますから……
師匠の場合は、日ごろの行いが、悪目立ちしている主な原因でしょう。悪い意味で誰にでも分け隔てなく高慢ちきなおひとですから……。
「別の通りに行きましょうか。エルマも顔を覚えられちゃってるはずなので――」
そう言いさしたところで、不幸なことにもまさしくその話題の
「あ……」
「おい、そこの貴様、確か――」
「逃げましょう」
エルマさんはすかさずわたしの手を引いて群衆の中に紛れます。
「おい待て!」
もみくちゃにされながらひとごみを抜け、振り返ってみると、
「もうだいじょうぶみたいですね、おねえちゃ――おねえちゃん?」
そう長い時間走っていたわけでもないのに、エルマさんは額に汗を浮かばせ、肩で息をしていました。お顔もなんだか青ざめています。わたしなんかよりもずっと力持ちで体力があるはずなのに、です。
「す、すみません……、ちょ、ちょっと、どこかで、きゅうけ――」
言い終わらないうちに、エルマさんは地面に膝を突いてしまいました。
「おねえちゃんっ!?」
「ごめん、なさ……
頭を押さえながらふらふらと汽車乗り場へと歩みはじめたエルマさんは痛々しくただならない様相で、このとき、わたしはかつてない胸騒ぎがしたのを、覚えています。
「――つい最近打ったばかりだというのに、だんだん長持ちしなくなってきているな」
介抱する間に晩飯でも作ってこいと言いつけられたわたしは、スープを火にかけたところで心配でいてもたってもいられなくなり、ほんの一瞬だけでもエルマさんの様子を確かめようと思ったのです。
「投薬する間隔を短くするぞ。これからは三日に一回だ」
「でも、お師匠さまの身体が――」
「貧血が少しひどくなるだけだ。造血剤を飲めば死にはせん」
普段軽口の応酬をしているときの声音とは一転して、ふたりともどこか思いつめているような様子でした。
「明日から買い出しはあいつを行かせろ。しばらく他所にも雑用に行かなくてもいい」
「でも、それじゃ、みんなに悪いです……」
「時期が悪いだけだ。ぶっ倒れるほど消費したことは前にもあっただろう。今はおまえの身が保たん。体調が戻ってからにしろ。最低でも来週までは、絶対安静だ」
わたしはふたりの話にまったくついていけませんでした。わたしの肩を借りて――エルマさんには悪いですが誠に四苦八苦しました――なんとか
「それからな、それのせいだとは言わんし思わんが、念のため、あいつとの夜遊びは控えろ」
「ば、ばれてたんですか……」
「ばかもの。壁が厚いとは言え、あれだけ隣の部屋で朝まできゃんきゃん鳴かれて気づかんわけがないだろう」
「すみません……」
質量を伴ったような気まずい雰囲気がここまで伝わってきます。
「……」
「……」
「……ねぇ、お師匠さま」
「なんだ」
「……」
「……」
「……正直に、答えてくださいね」
「内容による」
「……」
「……」
「……エルマは、あと、どれぐらい生きていられるのでしょうか」
「……」
「……」
「おまえはあたしを誰だと思ってる。希代の
「……そんなに、生きたくないです……永遠に生きていても、仕方ないです。エルマは寂しがり屋なので。みんなと同じ分だけ、生きていたいんです」
「注文の多いやつだ。あたしの身にもなれ」
「……エルマは神さまにはなりたくないので、お師匠さまにはなりません」
「ああ言えばこう言うやつだ」
「……お師匠さま」
「なんだ」
「……」
「……」
「……エルマ、まだ死にたくないです」
「死なせんと言っている。生かしてやる。おまえが望む、そのとき、その瞬間まで」
「……」
「……」
「……しにたく、ないです」
「……」
「……」
「……」
「……しにたく、ない」
「……」
「……」
「……」
「……しにたく……しにたく、ないよぉ……もっと……もっともっと、生きたい……生きて、エルシーと……もっとお話ししたい……お師匠さまの、ご飯を作って……お師匠さまに文句言いながら、お世話して……みんなのお手伝いをして……もっとエルシーと愛しあって……色んな思い出があって……いつかおばあちゃんになって……それを思い出して……おばあちゃんになったエルシーと一緒に、思い出したりして……ちゃんと、人間として、老いて、しにたい……こんなの、いやだよ……せっかく、エルシーと会えたのに……好きなひとが、できたのに……しにたくない……しにたくないよぉ……おかあさぁん……たすけてよぉ……」
「……」
滲んだ視界の中、わたしは足音ひとつ立てずに階段を下り、台所へ向かいました。
すっかり吹きこぼれたお鍋の火を消し、わたしは声を押し殺して泣き崩れました。
「T code3:The double blossom of two fruitless flowers
重なり合うて咲き誇る、実を結ぶことなき二輪の花」