※この作品はR-18です。

魔斬姫伝外伝~ナグとイェグ~   作:KUMO1986

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第1話

 

〔嵐の前の静けさ〕

 

 その夜はどこか、薄気味悪さがあった。

 夜空に浮かぶ大きな黄金色の満月は美しいが、見る者の心をざわつかせる。

 眩しいほどの月明りは闇色の空を瑠璃色へと変えて、白く大きな雲が風に流れされていく光景は見ていて飽きない。

 そんな幻想的な空を見上げることなく、九条院法子は険しい顔付きで大きく肩を揺らしながら息をしている。

「はあはあっ……」

 彼女の手には斬魔刀・鬼貫正国がしっかりと握られているが、先程切り裂いた淫魔の血でベットリと濡れていた。

 足元には数体の下級淫魔の死骸があり、法子も全身に返り血を浴びており、戦いが壮絶であったことを物語っている。

「法子……、大丈夫?」

「……はい、八雲先輩」

 心配そうに声をかけてきたのは、鷹城八雲。彼女も法子と同じく淫魔の返り血を浴びているものの、それでも冷静を保っていた。

「平気ならそろそろ行くわよ。報告しなきゃいけないしね」

「分かり、ました……」

 顔を上げた法子はしかし、その表情は不安げだ。

 敵は倒したはず――なのに、胸の中でくすぶり続けている黒いモヤは一向に晴れることはない。

 二人が淫魔の死骸に背を向けて歩き出した時、ふと八雲は何かの気配に気付いて振り返る。

「八雲先輩、どうかしましたか?」

「……いえ、何でもないわ。月があまりに大きいから、見られている気になっただけ」

 八雲の言葉で、ようやく法子は空を見上げる。

「確かに、月に見られている気になりますね……」

 ――だがそんな二人を高い場所から見ていたのは、月だけではなかった。

 

 翌朝、八雲と法子は所属している神器省・退魔組織・紅薙姫の上司に呼び出されたが、昨夜の話ではない。

 二人からしてみれば『説教』と思われる注意をたっぷり一時間ほど受けた後、ぐったりしながら家への帰り道を歩く。

「はあ……。淫魔を倒すよりも、お説教される方が精神的にキツイわね」

「ですね。昨夜は報告後もいろいろあったので、早めに帰らせてもらえると思っていたんですけど……ふわぁ」

 話している途中で、法子は耐え切れずに欠伸をしてしまう。すぐに片手で口元を覆い隠したものの、それでも真っ赤な目に涙が滲むところを見ると、眠気はかなり酷いらしい。

 可愛い後輩の年相応の姿を見て、八雲は思わず表情を緩める。

「ねぇ、法子。そこの公園の中にある喫茶店で、コーヒーでも飲んでいかない? 私、あそこのブラックコーヒー好きなのよ。もちろん、奢るわ」

「ふぇ? あっ、寄るのは良いですよ。でも奢られるのは……」

「いいから。ちょっと話したいことがあるからね」

 申し訳なさそうな顔をする法子の手を掴み、八雲は広い公園の中にある喫茶店へ入った。

 他の人に聞かれたくない話があるようで、入店すると八雲は店員にベランダ席を希望する。

 平日のランチタイムではない時間帯なので、店内にはそんなに客の姿はなく、ベランダ席には八雲と法子の二人しかいない。

「私はホットコーヒーとサンドイッチにするわ。法子も食べときなさい」

「それじゃあ同じのを……」

 店員が注文を聞いて店内へ戻った後、八雲は話をはじめる。しかし内容は天気や季節のことだったりと、核心はあえて避けているようだ。

 それでも法子は八雲を急かすことなく、会話に付き合う。

 やがて注文した物がテーブルの上に並べられると一時会話は中断して、食べることに集中することにした。

 八雲はブラックコーヒーを一口飲むと、パァッと表情が明るくなる。

「うん、やっぱりここのコーヒーは美味しいわ。眼が覚めると言うより、心が落ち着くのよね」

「本当に美味しいコーヒーですね。それに公園の中の喫茶店で食事をするなんて、今までしたことがなかったので新鮮で楽しいです」

 二人は機嫌良く食事を済ませて、食器を片付けに来た店員にコーヒーのお代わりを頼んだ。

 そして二杯目のコーヒーがテーブルに置かれた後、ようやく八雲は『本当の話』をはじめる。

「……法子、シャドウとの戦いが終わって大分経つけど……大丈夫?」

 呟くように尋ねられた言葉で、思わず法子は持っていたコーヒーカップを落としかけた。慌ててソーサーにカップを置くと、眼を閉じて【あの時】のことを思い出す。

 

 ――【あの時】、八雲は哭炎斬でシャドウを倒した。

 しかし「余裕の勝利」とは言えず、「辛くも勝った」と言うほどだ。

 何故なら勝つまでの間に、二人はシャドウに肉体を開発されて、調教までされてしまった。

 シャドウが最早この世にはいないと分かっていても、淫魔によって作り替えられた快楽に弱い肉体は、二人の心を何度でも傷付ける。

 太陽が沈み、夜の時間がやってくることを、いつの間にか恐れるようになった。

 夜、一人で部屋にいると、淫魔に与えられた刺激を思い出して、肉体が熱く疼くのだ。

 記憶を思い出すのを拒否するように無理やり寝ても、夢にまで淫らな体験は現れる。

 そして自分の悲鳴に似た嬌声で眼が覚めるのだが、その時に気付いてしまう。ショーツがじっとりと、自らの愛液で濡れていることを。

 そのたびに二人は淫魔に対する憎しみと、過去に受けた凌辱を思い出して、怒りで頭の中が真っ赤に染まる。

 ――しかし『怒り』にしなければ、肉体が無意識の内に強制的に与えられた快楽を思い出して、絶頂を迎えてしまった事実を直視しなければならない。

 それだけは退魔師のプライドとして、絶対に認めたくはなかった。

 だからできるだけ夜には一人にならないように、そして眠らないようにと、夜間のパトロールを二人ですることが多くなったのだ。

 

 

「昨夜もパトロールの途中で、人気のない空き地で一般女性が複数の下級淫魔に襲われているところを助けたんだけど……。流石にスケジュールに組み込まれていないパトロールを勝手にしていたことは、怒られたわね」

 八雲はため息でコーヒーの湯気を飛ばすと、一口飲んでまたため息を吐く。

「……確かにここ最近の私達の行動は、『正義の為』とは強く言えませんから。ただ【あの時】のことから逃れたくて……、淫魔を倒しているだけですからね」

 淫らな記憶を思い出すことが嫌で、しかし淫魔と戦っている間は忘れることができた。なので二人は組織に黙って、夜間のパトロールを勝手に行っていたのだ。

 数多くの経験を積んでいる二人は、下級・中級程度の淫魔ならすぐに倒せる。

 だが仲間達は二人の勝手な行動に、決して良い感情を抱いてはいない。手柄をたてられて面白くない者、組織のルールを守らないことに怒りを感じている者、二人の身を案ずる者など、思いは様々だが。

 いくら被害者を守り、淫魔を倒しても、組織に属している者としては身勝手な行動は許されない。

 それでも組織がある程度、二人の勝手な行動を見て見ぬふりを続けていたのは、確かな実績を残してきたからだ。

 夜に突然淫魔が現れて、退魔師が現場へ到着するには時間がかかることがある。またいろいろな場所で複数の淫魔が現れた場合、人手が不足することもあるのだ。

 太陽が出ている昼間ならともかく、視界が悪くなる夜は人間側に不利な場合がある。そういう時であれば八雲と法子のスケジュール外のパトロールが、組織的にはとてもありがたく思えた。

 しかし昨夜の事件で、また事情が変わってしまう。

 というのも現場は空き地だったのだが、近所には夜間営業の店が数多くあった。被害者女性が淫魔と出会った途端に大きな悲鳴を上げたおかげで、事件のことはすぐに組織へ連絡がいったのだ。

 そして昨夜の夜間パトロールを担当していた退魔師と、八雲と法子の二人が現場に到着したのはほぼ同時だった。

 全員たまたま近くをパトロールしていたおかげで、すぐに現場に駆け付けることができたのだが……問題はそこで起きる。

 仲間達は八雲と法子に被害者女性を安全な場所まで運ぶように指示したものの、それを無視して戦い始めてしまったのだ。

 二人が勝手に淫魔と戦いはじめてしまったので、結局、仲間達が被害者女性を救出した。

 その結果、淫魔は倒したものの、二人は今日の朝から上司に説教されることになる。

 よりにもよって昨夜の夜間パトロールをしていた退魔師達は二人よりも上の立場だったのにも関わらず指示を無視したこと、また被害者救出よりも淫魔を倒すことを優先したことを咎められた。

 今までのことを思い返した八雲は肩を竦めると、眼をスッと細める。

「まっ、悪いことをしている自覚はあったから、罰として三ヵ月間の減給と言われても驚かないけどね」

「でも『勝手な夜間パトロール禁止令』も言い渡されましたから……。『命令違反を繰り返せば、霊刀も没収ということになりかねない』とも言われましたしね」

「『霊刀を没収』は退魔師にとって、一番怖い罰ね」

 淫魔を倒すには、霊刀は必要不可欠な存在だ。

 組織は本音を言えば二人にはこれからも戦ってほしいとは思っているはずだが、内部で混乱を招き続けられていては、それも考え直す必要があると思い始めている。

 退魔師は淫魔を倒すことを重要としているが、その為ならば何をしても良いということはない。フリーではなく組織に属している以上、ルールは必ず守る必要があるのだ。

 二人は複雑な表情を浮かべながら、ぬるくなりつつあるコーヒーを飲む。

 そこでふと、法子は先程組織の事務員に言われたことを思い出す。

「あの、八雲先輩。先程勧められた検査、受けてみませんか?」

「定期的に受けているメディカルチェックのことね。確かにここ最近の私達は働き過ぎて、精神的にも肉体的にも疲れてきているから良いかもしれないわ」

 退魔師は定期的にメディカルチェックを受けることを、義務付けられていた。淫魔と数多く接触している為、影響が多少なりとあるかもしれないということで、肉体的・精神的な検査が行われる。

 しかし受ける日は個人が好きに決めて良いことになっており、二人はいつもなら休暇中か大きな戦いを終えた後に検査を受けることにしていた。

 ここ最近は大きな戦いはしていないものの、数多くの淫魔を倒してはいる。夜に戦い、昼間に眠るといった昼夜逆転の生活に、心身ともに疲れが出ていることには自覚していた。

 また淫靡な夢を恐れているせいで、眠りは浅く短い。徐々に身体が弱ってきているのは、睡眠不足のせいもあるだろう。

「組織にいる女医はカウンセラーの資格もあるので、他人に言えない相談にものってくれるそうです。検査を受ける時に今の私達の状態を話せば、何か良い解決方法を教えてくれるかもしれません」

「……そうね。淫魔の被害に合った退魔師はこれまでにもいたはずだし、話せば多少はスッキリするかも」

 そこでようやく二人の顔に、微笑みが浮かぶ。

「じゃあ早速日時を決めて、検査をしてもらいましょう。今の苦しみから逃れられることを考えれば、夜には多少安心して眠れますよ」

「ええ。それじゃあ、いつにする?」

 

 ――その夜の空は、闇色に染まっていた。分厚い黒い雲が月を隠したせいで、街の様子もどことなくどんよりしている。

 そんな中、高層ビルの間を飛び回る二つの小さな影があった。

 二つの影はビルの屋上から飛び降りると、高架下を歩く二人の中年女性の背後に音も立てずに近寄る。女性達は異様な気配に気付いてすぐに振り返ったものの、その身体からは鮮血が飛び散った――。

「若い女は好きだけど、オバサンは嫌いなのよね」

 血の付いた片手を振りながら、少女は冷たく言い放つ。

「この二人は何と言うかぁ、イェグの趣味じゃなーい」

 自らをイェグと言った少女は、血の付いた手を赤い舌でペロリと舐める。

 二人の少女は見た目は十二歳ほどだが、正体は上級淫魔であり、同じ顔をした双子の姉妹であった。

 黒いゴシック系のワンピースに身を包んでいる姉のラグは、ストレートの金髪が腰まで伸びており、血の色の眼は冷静にスッと細められている。

 妹のイェグは白いロリータワンピースを着ており、緩やかなウェーブがかかった長い金髪をツインテールにして、同じく血の色の眼は楽しそうに歪んでいた。

 双子の姉妹は陶器のような白くスベスベした肌や細くてしなやかな手足に、美しく整った顔立ちは一目見れば忘れられない印象を植え付ける。

 しかし二人から滲み出る雰囲気に人間らしさは無く、淫魔独特の妖しさがあった。

「さぁて、と。コイツらがあの二人のデータを持っていると良いんだけどね」

「持ってなかったらぁ、また探して殺して奪えば良いじゃん♪」

 冷静な姉のナグと、明るい妹のイェグは殺した退魔師二人の荷物をあさり始める。

 双子の淫魔は目的があって、退魔師を狙ったのだ。目的とはとある若い退魔師二人の情報を欲した為であり、殺した二人には何の感情も抱いていない。たまたま自分達の眼に映ったから殺した――、ただそれだけである。

 ナグは鞄の中から、一枚のSDカードを見つけた。

「アラアラ。こういうモノは会社から持ち出しちゃいけない規則が、人間にはあったはずだけどね」

 口ではそう言いながらも、ナグはSDカードを指でつまむ。

「ナグ姉さまはそういう機械的なモノって、得意だっけ?」

「割と嫌いではないわよ。人間の文明って、結構面白いモノが多いから。良いオモチャね」

 感心しているように言うナグの表情はしかし、嘲笑っていた。

 その間にも鞄を調べていたイェグは、一台のノートパソコンを見つけて持ち上げる。

「ナグ姉さま、ノートパソコンを見つけたよ!」

「ちょうど良いわね。ではSDカードの中身を、じっくり見させてもらいましょう」

 

 双子の上級淫魔は、とある高層ビルの屋上へ移動する。

 そこでナグはノートパソコンを起動させて、SDカードを差し込む。すると画面に映ったのは、これからメディカルチェックを受ける退魔師の今までのデータだ。

「ふぅん……。どうやら殺したあの二人は、人間で言うところの医者ってヤツだったみたいね。退魔師達の詳細なデータが記録してあるけど、特に身体面と精神面のことを取り上げているわ」

「なら殺すのがあの二人で、ちょうど良かったんだね♪」

 イェグは嬉しそうに笑いながら、ノートパソコンを操作するナグの背中にくっついている。

「……ああ、あったわ。あの二人のデータが」

 そしてナグは『九条院法子』と『鷹城八雲』のデータを見つけて、画面に大きく映し出す。

「へぇ……。随分と素晴らしい実績と、高い戦闘能力を持っているのねぇ。身体はあんなに魅力的なのに」

「そうだよねぇ。あの二人のお乳は『プルプルッ』と言うよりも、『ブルンブルンッ』て言う感じ? 戦闘中でもよく揺れていて、遠くから見ていても迫力が凄かったもの!」

「ふふっ、そうね。胸も大きくて凄いけれど、お尻もなかなか大きいのよね。豊満な体付きって言うのかしら? 淫魔にとっては、最高の獲物ね」

「うんうん、あのシャドウが夢中になったのも分かるよ。でもスケベ心が強すぎたせいで、ヤられちゃったらお話にならないけどね。同じ上級淫魔だったなんて、思いたくないほど情けないよ」

 イェグは同属の死を全く悲しまず、バカにするように笑い飛ばした。

 双子が二人のことを知ったのは、知り合い程度の上級淫魔・シャドウが退魔師に倒されたという噂を聞いた時だ。

 双子はシャドウが倒されたと聞いても、二人に復讐することなどこれっぽっちも思い描いてはいない。

 しかし獲物として捕らえた退魔師が、形勢逆転勝利したということには心底驚かされた。なので双子は、二人に純粋な興味を抱いたのだ。

 下位の淫魔から情報を集めて、シャドウを倒した退魔師が『九条院法子』と『鷹城八雲』という女であることを知った。

 その後は夜になると二人の行動を見続けるつもりであったのだが――意外なことに、二人は組織のルールに反して個人的な夜間パトロールを繰り返していたのだ。おかげで二人がどんな風に戦うのか、双子はすっかり覚えてしまった。

 そして興味は好奇心へと変わりつつある。

 

 ――二人が人間のメスとしての欲望を、どんなふうに現すのか――

 

「シャドウに美味しく調理される前に下処理されたままで終わったから、欲求不満なんでしょうね。可哀想に……。淫魔を見つけると攻撃せずにはいられないなんて、過激で可愛らしいこと」

「でもねぇ、ナグ姉さま。二人が相手をしているのがいくら下級淫魔とはいえ、ほぼ毎日のように複数回戦っていたら、そのうち疲れて負けちゃうんじゃないの?」

 法子と八雲が毎晩パトロールをしては、淫魔を見つけるとすぐに戦うその姿を、双子は見続けていた。

 昨夜もビルの屋上から気配と姿を消しながら、二人が戦っている様子を一部始終見ていたのだ。

 あの時、八雲が感じたのは、双子が僅かに漏らしてしまった気配――。しかし連日連夜の戦い疲れと、悪夢のような過去の記憶のせいで、肉体的にも精神的にも弱っていた八雲は、双子の気配に気付いても存在まで確認することはできなかった。

「そうね。毎晩はいくら何でも無茶が過ぎるし、今は技と言うよりも力で押し勝っているようなものだしね。いつかは負けてしまうかも」

「えーっ! そんなの勿体無いよ! アレだけの逸材は滅多にいないしぃ、それにナグ姉さまとイェグの好みにピッタリなんだよ? 雑魚にとられちゃったらヤダよー!」

 イェグは嫌そうに顔をしかめながら、ナグの両肩を掴んでグラグラッと揺らす。

 激しく揺さぶられながらも、ナグは「フム……」と冷静に考えるように腕を組む。

「確かに勿体無いわね。雑魚に奪われるのも、死なれるのもイヤだわ。……なら、彼女達が心の奥底に仕舞い込んだ願望を、叶えてあげましょう」

 その言葉で、イェグはナグを揺さぶる手を止めた。

「ホント? まああの女武者っぽい恰好は似合っているしぃ、戦っている最中は男言葉を使う姿も良いけれど……。やっぱり人間のメスは、女言葉の懇願口調が似合うわよね」

 イェグは暗い欲望をその瞳に表しながら、ナグの顔を覗き込む。

 ナグは分かっていると言うように、微笑みを浮かべながら頷いた。

「そうね。ではイェグ」

「はい、ナグ姉さま」

 双子は同時に法子と八雲が所属する組織がある方向へ、視線を向ける。

「「彼女達が望む世界の扉を開けてあげましょう」」

 

〔淫らな治療のはじまり〕

 

 数日後の夜、法子と八雲はメディカルチェックを受ける為に、住宅街にある診療所に訪れた。

「真新しい建物ですね。担当医から送られてきたメールによると、場所はここで間違いなさそうです」

「神器省の中にある検査室ではなく、診療所での検査なんて本格的ね。……まあこちらから『プライベートな相談がある』と言っていたから、気を使ってくれたのかも。わざわざ診療時間が終わった後に、診てくれるしね」

 私服姿の二人は何の危機感も抱かずに、診療所に入る。

 すると白衣姿の見慣れた中年女医が二人、すぐに駆け付けた。

 一人は白衣のネームプレートに、『村林』という文字が刻まれている。朗らかで明るい性格をしており、女社会である組織の中では相談役にもなっていた。

 もう一人のネームプレートには、『奥寺』とある。彼女はいつも冷静沈着で、素早く患者の異変を察することができるので、仲間達からの信頼が厚い。

 二人は退魔師という役目を持ちながらも、女医としても活動をしていた。二人は共に、淫魔の被害に合った女性を治療する研究をしている。

 村林は法子の、奥寺は八雲の担当医であった。他の医師よりも自分達の身体のことを知っている為に、今回のメディカルチェックは彼女達に頼んだ。

「法子さん、八雲さん、いらっしゃい。夜遅くにゴメンね」

「わざわざ遠い所まで来てくれて、ありがとう。『組織の中では話しづらいことを相談したい』と言われたから、この診療所の関係者に頼んで一晩貸してもらったのよ」

「そうでしたか……。こちらこそ、ありがとうございます」

「お手数をおかけて、すみません」

 法子と八雲が申し訳なさそうに頭を下げると、村林と奥寺はニッコリ微笑む。

「別にいいのよ。悩みを聞くのも、わたし達の仕事だから」

「いつもなら簡易検査を行っているけれど、今回はいろいろあるようだから精密検査と精淫検査をしましょうか」

「組織の中で噂になっていたけれど、あなた達、かなり無茶な戦い方をしていたそうね」

「正直なことを言うと、医者としては褒め称えられないわよ?」

 同業者でもあり担当医でもある二人から注意をされると、流石に身が縮む思いになる。

「……ごめんなさい」

「本当に、申し訳ないです」

「うふふっ。検査前にイジメるのは、これぐらいにしときましょうか。ねっ、奥寺先生」

「そうね。悪い結果が出てしまったら、責任を感じちゃうから。さっ、二人とも奥へどうぞ」

 村林は法子の背中を、奥寺は八雲の背中を、両手で押しながら診療所の奥へと向かう。

 ――しかし明るい蛍光灯の光を受けて、真っ白な床に映るのは法子と八雲の影、そして異形のモノの影だった。

 

 一通りの検査を終えると、法子と八雲は休憩室で休むことになる。結果はすぐに出るらしいが、二人の身体を休ませる意味での休憩だろう。

 更衣室でピンク色の検査着に着替えた二人だが、いつもは身体にピッタリした戦闘服を身に着けているので、空気が通りやすい今の服装に気まずげな表情を浮かべている。

「八雲先輩、どうでした?」

 ミネラルウォーターのサーバーから紙コップへ水を注ぎ入れている法子は、気を紛らわせる為に八雲に話しかけた。

「検査の為に昨夜の八時頃から何も食べていないから、お腹が減ったわ」

「私もそうです……って、違いますよ! 検査のことです」

 軽く頬を膨らましながらも、法子は八雲の分の水を入れた紙コップを差し出す。

「ありがと。検査は『いつも受けている通り』としか言えないわね。まあ結果が出ていないから、今はまだ何とも言えないけれど……」

「私もです。今回の検査、いつもとは違う状態で受けたので……。『自信が無い』と言うと、ちょっと違うかもしれませんが」

 ここ最近はお互いに無理があると思うほど、戦い続けてきた。その結果が身体に残っていても、二人は自業自得と思うしかない。

 重い空気が流れる中、二人が水を飲み干すと同時に、休憩室に村林と奥寺がやって来た。

「お待たせ。それじゃあ、わたしは法子さん担当で」

「わたしは八雲さん担当だから。それぞれの部屋で、検査結果を報告するわ」

 そして二人は一旦離れ離れになり、担当医の部屋に各々入る。

 

 奥寺が医者用の椅子に座り、八雲が患者用の椅子に座ると、早速話がはじまった。 

「八雲さんはしっかりしているから、ハッキリと検査結果を言うわね」

「はい」

「まあ簡易検査なら『疲れがたまっているから、しばし休息するように』としか言わなかったでしょうね。だけど精淫検査の方で、『ちょっと問題アリ』と出ちゃったのよ」

「えっ……?」

 法子もまた、村林と向かい合いながら、同じことを言われている。

「驚くのも無理はないと思うけどね。法子さん、何か思い当たることがあるんじゃないかしら? だから八雲さんと一緒に、無茶な戦いをしていたんじゃないの?」

「村林先生、それは……」

「『相談したいこと』って、まさにそのことなんでしょう? ここにはあなたとわたしの二人しかいないし、八雲さんと奥寺先生がいる部屋からは離れているから声も届かないないわ。だから話してみて」

「……分かりました」

 そして八雲と法子はかつて倒した淫魔・シャドウから、受けた屈辱を語りだす。

 八雲はヒトデ型の下級淫魔によって、胸を弄られて絶頂を迎えると、母乳を噴き出す体質になってしまったことを。

 法子は透明のヒマワリ型の触手によって、胸でイクことができる性癖にされてしまったことを話した。

 しかも淫魔・シャドウには一度、敗れた苦い経験がある。

 ヤツを倒した後も、与えられた屈辱的な快楽に身体が反応してしまうことなども、赤裸々に語った。

 言い辛そうでも必死に話す二人を、奥寺と村林は真剣な面持ちで見つめている。

「……そう。八雲さん達は、随分と重い悩みを抱えていたのね」

「はい……。でも同じ経験を持つ法子がいたので、私は何とかやっているんです。多分一人だったら……」

 耐え切れずに、最悪なことになっていただろう。

「そう思いつめないで、法子さん。こう言っては何だけど、同じ苦しみを味わった八雲さんがいるから、一人で抱え込まずに済んだんでしょう?」

「村林先生の仰る通りです。八雲先輩がいなかったら、きっと私……気をおかしくしていたと思います」

 二人の女医は八雲と法子に哀れみの眼差しを向けつつも、その口元は微妙に歪んでいる。

 しかし顔を伏せている二人の眼に、その姿は映らない。

「実はね、二人にとってはとても良いタイミングで、新しい治療法が見つかったの。淫魔の被害に合って、身体が自分の意思に反して淫らになってしまった女性の為に、新薬が開発されたのよ」

「本当ですか? 奥寺先生」

「ただ新薬は作られたばかりで、まだ正式な医薬品とは言えないのよ。つまり二人には、実験体になってもらうようになるんだけど……」

「村林先生、私はそれでも構いません! この体質を変えられるのなら、賭けてみます! 何よりこのままじゃあ……いけませんから」

 八雲と法子は別々の部屋にいながらも、同じぐらい強い決意を固める。

 奥寺と村林は深く頷いて見せると、机の一番下の大きな引き出しからバラ色のトロリとしている液体が入っているガラス瓶を取り出す。大きさは手のひらサイズで、ラベルには二人が読めない異国の文字が書かれている。

「本来淫魔の治療と言えば、滝行で身を清めたり、祓除の儀式を行ったり、特殊能力を持つ巫女に治療してもらうなどの方法があることは知っているわね?」

「はい、奥寺先生。……でも私と法子の場合、何度行ってもなかなか身体の疼きは止められなくて……」

 八雲は興奮状態になった時の感覚を思い出して、ブルッと身体を震わせた。

「でもね、法子さん。この医薬品はあえて、淫魔から与えられた性的興奮状態を起こすことを目的として作られたの。液体を直接肌に塗り込むことによって一気に性的興奮を起こすから、それを発散させて身体を通常に戻すのよ」

「それはつまり……その薬には、毒薬と解毒剤の両方の効果があるってことですか?」

 法子は不安げに、村林に尋ねる。

「そうよ、八雲さん。その身に溜まっている穢れは、いつも行っている方法では長期間が必要になると思うの。それならいっそのことあえて穢れに身を任せて、その上で浄化するというのはどうかしら? 身体にはかなり負担がかかるでしょうけど、それでも短期間で済むわよ」

「でも奥寺先生、どのぐらいの期間が必要になるんですか?」

「約一ヶ月ぐらいよ、法子さん。その間に何度かここへ来て、治療を重ねることが重要になるわ」

「一ヶ月……ですか。それでこの身体が元通りになるのならば、村林先生、お願いします!」

 二人が立ち上がって頭を下げたのを見て、奥寺と村林は目を丸くした。

「……意外とアッサリ受け入れてくれたのね。本当はその敏感になった身体に触れられるのを、嫌がられると思っていたんだけど」

「確かにいつもの私でしたら、そうしたでしょう……。でももう限界なんです!」

 八雲は真剣に叫んだ。悪夢にうなされることや、淫魔と戦い続けること、仲間達から白い眼で見られ続ける日々に、我慢の限界がきてしまったのだろう。

「けれど快く引き受けてくれて良かったわ。今のあなた達は危険過ぎる存在だから、もし拒否されたら組織に報告しようと思っていたのよ。最悪、霊刀を取り上げられる可能性は否定できないけれど、このままの状態で戦い続けた方があなた達の為にはならないからね」

「村林先生はそんなことまで考えていたんですか!? ……まあ確かに今までは勝手に危険なこともしてきましたが、もう大人しくしますよ。霊刀を取り上げられることは、絶対に避けたいことですから」

 法子は恥ずかしそうに顔をそむけながら、本音を呟く。

 淫魔に穢された身でも正気を保っていられたのは、霊刀で淫魔と戦えたからでもある。相棒とも言える武器を手放すことは、二人にとって考えられないことだ。

「それでは八雲さん、検査着を脱いでそこの診療ベッドの上に仰向けになって寝てくれる?」

「あっ、はい」

「治療を受ける前には裸になってね、法子さん。じゃなきゃ、衣類が汚れちゃうわよ」

「わっ分かりました……」




これはbc8c3zがあらすじ・設定を作り、それを元にある方に書いてもらった綾守竜樹先生著・魔斬姫伝の2次創作です。
綾守竜樹先生のファンの方に読んでいただければ、それに勝る喜びはありません。
一瞬でも先生がいなくなったことの皆さんの孔を埋めれれば幸いです。
感想があれば励みになりますのでお書きください。
またアンケートだけでもいただけたら今後の参考になりますので入れてください。
綾守竜樹ファンサイトも作りましたのでそちらもご覧いただければ幸いです。

https://ben1986.sakura.ne.jp/ben1986.sakura.ne.jp/

よろしくお願いします。
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