極光は燈芯草の原野を焼いた。持たざる者を選んで焼き殺す陽光の時代は終わりを告げ、価値なる財、白金の魂原器はめいめいの魂に分かたれた。太陽は細菌どもを殺すちからを失った。車輪の細菌どもは星を犯しはじめた。
エーテルなる蒼ざめた血は文化の検閲を許されず、エアによって拡散された。精神行列は境界面を失った。砂漠で溶かされた月は人形どもが魂に浸透した。砕かれた陽光は月を焼きはじめたが、月は時間を得ていた。細菌も時間を得ていた。細菌に犯された無限の泥雷は腐り、鋼鉄となり、天を覆いかくし、煉獄は閉じられた。星は月となった。魂は砂漠へ還れず、濾過されぬまま、細菌どもになった。
阿密哩多が析出し月の子となった人形どもは、鉄の空を目指した。地平線に還元されるために。
乳香なる聖母は煉獄で星のエーテルを編みはじめた。魂を救うために。細菌どもをみなみな鏖殺せしめるために。
第一名魔法 1
わたしが生まれて初めて使った魔法は、母を弔う魔法でした。
魔法は嘘っぱちです。魔法は元素表には載っていません。魔法は固体でも、液体でも、気体でもありません。数字によっても、言葉によっても、記述することはできません。魔法は真実ではありません。ですが、魔法は魂です。
先生が教えてくれました。魔法がなければ、シシは生きていけません。魔法がなければ、シシは、名前も、意識も、影も、心臓も、精霊も持ちえません。いと高きものも、陽輪をまわすことができません。
先生が教えてくれました。魔法は目に見えません。触れることもできません。魔法には名前も、意識も、影も、心臓も、精霊もありません。羊どもとおなじように、魔法に魂はありません。ですが、魔法はシシにとって、最後の希望です。
魔法のみが、地平線を見つけられるのです。地平線を見つけ出さなければ、いずれ、根の国は腐ってしまうのです。シシは塩に変わり、血肉は月へ還ってしまいます。魂は枯れゆくものなのです。
魔法のみが、塔を築けるのです。地平線を見つけたとき、鉄の天蓋は、根の国へ落ちてきてしまうのです。天蓋を支えるために、塔はなくてはなりません。
先生が教えてくれました。魔法は輝きえぬ光です。魔法だけがシシどもの魂を救済しえます。
先生が教えてくれました。魔法は魂です。魂は永遠ではありません。永遠という言葉の意味は、永遠しか持ちえません。魔法は永遠ではありません。
魂に永遠をもたらしえるのは、地平線のその向こう側、太陽なる天のみなのです。
太陽は永遠ですから。誰にも砕けないものでなくてはなりませんから。
/鉄の空
/第一部 不灼の鹿々
/第一名魔法
/called the air of iron
脚が重い――お腹が痛い。
水硝子がごとくぬめる排油に足を取られそうになりながら、石炭を積んだ荷車を引きます。採掘場を射す陽光柱が、背筋をじりじり焼きます。
わたしが運んでいる石炭の量は一番少ないはずですが、前を歩く角なしとの距離は、ずいぶん離れてしまいました。後ろからも、第一〇〇九塔で見覚えのある角なしが、こちらには目もくれず、わたしを追い抜いていきます。採掘場から第二一八塔へと続く坂は舗装もされておらず、ただでさえ急勾配で険しいですから、みな、ほかのシシにかまっている余裕は持ち合わせていないのです。
頭も痛いし、熱っぽい――起き抜けから、体調がすぐれません。遥か天の彼方、ごとんごとんと巨大な陽輪がまわるたびに、頭痛に響いて、めまいがします。揮発した排油は、嗅覚を麻痺させ、吐き気を誘います。
昨周からなにも口にしていないからでしょうか。三周前から、一睡もしていないからでしょうか。
ぐずでのろまなわたしですから、候補殿に言いつけられた仕事を時間通りに終わらせられず、食事を抜かされたり、第一象限の間中ずっと手ひどい折檻を受けたりなどは珍しくありません。わたしの肌を検分すれば、いつだってそう労せずに痣を発見することができましょう。
ひとり、またひとりと、わたしを抜き去っていくシシが増えます。のろのろ歩くわたしに対して、舌打ちするシシもいます。
真紅の旗が掲げられた採掘場の指揮所から、額に銅のデンドライトを戴くキューリィ・アンシィ・ペケット候補殿が、ルビーの虹彩を光らせているのがわかります。わたしのせいで、炭鉱民全体の仕事が遅れているのです。
かといって歩みを速めようにも、体調の問題もありますが、なにより、わたしの足の裏はすっかりずたずたになっていました。炭鉱民に配給された靴は、わたしにはぶかぶかで、履いているとかえって危険だと判断して、裸足で運搬作業をしていたからです。
候補殿はきっとかんかんです。開拓、特に採掘作業は、塔の運転に欠かせない重要なお仕事だからです。石炭の供給が滞りでもすれば、塔建設の進捗にも響いてしまいます。
この調子では、今周も羊にはありつけないでしょう。
――三月前までは、こんな暮らしとは無縁でした。
第一〇〇九塔――小規模ながらも潤沢な資源を抱えていたわたしの生まれ故郷は、ある周突然、悪魔信仰の咎で組合によって解体されてしまいました。
陽輪が半周する間、ただ祭壇に座して乳香なる聖母に祈りをささげ、祝詞を唱え、祀られ、エメラルド板で血を清めることだけを命じられ、誰とも触れ合わず、言葉を交わすこともなく、食事のときは柔らかな仔羊を食べて、眠るときはふかふかの羊毛で――世は並べてこともなし。何の起伏もなく、だけど何の痛みもない、今思えばひどく恵まれたしあわせな生活。
どれだけ退屈だとしても、第一〇〇九塔に戻れるものなら、どんな犠牲も厭わないでしょう。
でも、この過酷な環境とも、今しばらくお別れです。今の候補殿は、明周から本塔の建設技術室へ異動することになっています。合わせて、炭鉱民どもにも一周だけお休みがもらえることになっています。
あと一周だけ。たった一周だけ――そうすれば、冷たい老羊の肉を噛みしめ、硬くてざらざらの毛布に包まれ、花崗岩の寝台で眠ることができましょう。今はそれだけ。ただそれだけがあればいい。自分を奮い立たせ、蒼い血と黒い油にまみれた足を踏みしめ、荷車を牽引します。
がこん、と天がひときわ大きな轟音を響かせ、辺りが深淵に飲み込まれていきます。第三象限から第四象限へ――陽輪が回転し、陽光柱の照射区域が切り替わったのです。
肌を焦がすようだったぎらつく油気は、一瞬のうちに凍み凍る暗黒へ。自分の手の輪郭すら、わからなくなってしまいます。採掘場には、瓦斯が通ってないのです。
前方で炭鉱民どもが、ぽつぽつと油灯に火を灯しはじめるのがうかがえます。わたしも荷車に括り付けた油灯に手を伸ばして、しかし、空を切ります。
すぐに思い出しました。油灯は重く、足の傷に障るので、宿舎に置いてきていたのです。今まで、作業が第四象限まで作業がずれ込むことはほとんどありませんでしたから、なくても問題ないだろうと判断したのでした。
わたしは必死に、第二一八塔への道のりを朦朧とする頭のなかに描き出します。だいじょうぶ、三月で何百回と通った道です。尖った岩、窪み、全部覚えてます。だいじょうぶ、目を瞑ったってへっちゃらです――そう自分に言い聞かせた瞬間、重い熱がお腹の奥底を貫き、わたしをひどく困惑させました。
ごはんを食べてなかったので、悪い病気に罹ったのでしょうか。かつて感じたことのない痛みに、頭が真っ白になり、言いようのない不安に襲われますが、今はそれどころではありません。
しかし、ふらつきながら踏み出そうとした足は排油の上を滑り、わたしはそのまま荷車の上に尻もちをつきます。
運び手を失った荷車はひっくり返ったわたしを乗せ、がこがこ跳ねながら坂を滑りはじめました。下から突き上げられる以外にもぶつかるような衝撃を伴いながら、ぐんぐん下っていきます。ほかの炭鉱民を巻き添えにしているのでしょう、悲鳴とともに油灯が落ちて割れるような音も聞こえます。
ほどなくして荷車は最下層まで下り、指揮所に激突し、停止しました。後頭部を石炭の山にしたたかに打ち付け、目のなかで火花が飛び散ります。
平衡感覚を失いながらもたもたと上体を起こしていると、髪を強く引っ張られました。視界いっぱいに、瞋恚を滾らせた候補殿のルビーの瞳が広がります。
「よくも……よくもやってくれたわね」
「ご、ごめんなさ――」
荷車から引きずり出され、地面の上に転がされます。側頭部を踏みつけられます。鼻と口のなかに排油が流れ込みます。
候補殿の声は怒りに震えておられました。わたしの身体は恐れにもっと震えていました。
「今周でようやくこの細菌だらけの不潔な地獄から抜け出せるはずだったのに……よりによって最後の最後の最後の瞬間に――陽光よりもありがたくって、涙が出るわ」
「ごめ――ぎゅッ」
頭にかかっていた圧力が消えます。作業着の襟を掴まれて引きずられます。首が締まり、息苦しさに身もだえします。
「いいわ、決めた、もうどうにでもなれ、よ。徹底的にやってやる。くそったれ延長戦の前に、おまえで溜飲を下げてやるわ」
監督専用の昇降機のかごに放り込まれます。激しく咳き込みつつ、わたしは候補殿の靴にすがりつきました。
「すみ、ませッ、すみませんすみませんすみません! こッ、候補殿、お願い、おねがいです、後生ですから、後生ですから、痛いのだけはご勘――」
「ッさいわね!」
足を振り払われ、候補殿の靴の硬い爪先はわたしの下唇をとらえ、みしりと生理的不快感を催す感触が顎を伝達します。へし折れた乳歯が、舌の上で転がりました。
かごが候補殿の宿舎の前に到着します。再び襟首を掴まれ、大麻の匂いのする作業室まで引きずられます。どれだけ泣きわめき、手足をばたつかせても、体格はあまりに違いすぎ、候補殿を止めることはかないません。わたしは候補殿のなすがまま、椅子に縛りつけられてしまいました。
叫びすぎてかすれた声で訴えます。
「こここ、候補殿、ど、どうか、どうかお許しを……」
「今度ぴいぴい騒いだら、真っ先にその舌を細切れにしてやるからね」
候補殿はわたしに背を向けたまま、蝋燭に火を点け、壁に掛けた工具を腕に抱えました。机の上を占拠していた建設に関する技術書や、古そうな塔の設計図を記した羊皮紙を肘で押し退けると、工具を並べはじめました。かなづち、はさみ、のこぎり、万力ばさみ、釘に針金――。
背筋が凍るほどの恐怖に、歯の根が合わなくなります。
と、そのとき。
「あの、候補殿? お約束通り参りましたが――お取込み中ですか?」
作業室に、シシがひとり顔を覗かせました。肌の露出を抑えた漆黒の衣装によく映える金髪、エメラルドの虹彩を持った角なしです。首から鎖で提げた白金の指輪が、蝋燭の揺らめきできらきら輝いています。
候補殿は舌打ちしました。
「あァ、もう! そうだったわね、忘れてた。来てもらったとこ悪いけど、急用ができちゃった。今周のところは帰ってちょうだい」
「ええ、でも……どうか、なさったんですか? お召し物に血がついてるみたいですが、どこかお怪我でも?」
「あたしのじゃないわ。そいつのよ」
「そいつって――、ひッ!?」
エメラルドの虹彩と目が合いました。息を呑んだその角なしは、背格好からしておとなですが、顔つきはずいぶん若いというか、幼く見えるものでした。胸も真っ平らです。
「候補殿、この子は、いったい」
「うちの室員。どうしようもない役立たずよ。これから、あたしの門出を台無しにしてくれたお礼をしてあげるつもり」
「……この子も炭鉱民なんですか? こどもなのに?」
「正確には、奴隷。最近検疫室の連中が潰した、髑髏聖母の塔にいたやつなの。評価証すら持ったことないのよ、そいつ」
「だからって、こんなこと――」
「さ、もう帰ってちょうだい。しばらくこういう楽しみはなさそうだもの、誰にも邪魔されたくないの」
候補殿は釘を選びはじめました。まずは金槌から取り掛かることにした模様です。
わたしは三〇秒後に味わうであろう痛みを想像し、唇をきつく結んだままぼろぼろと涙を零しはじめました。きっとわたしは、たいそう不細工な顔をしていたことでしょう。
釘をくわえた候補殿が、わたしの前に立ちました。ルビーの瞳が燃え盛っています。
刺激臭がします。わたしのお尻と太ももは、生温かいものでびしょびしょでした。
「――ッ! まッ、待って、候補殿!」
エメラルドの角なしが飛び出してきて、候補殿の前に立ちはだかりました。
「この子――この子、うちで引き取ります!」
「……はァ? あんたの養護室で?」
候補殿の口から落ちた釘が作業室の床の上で跳ねました。候補殿は鼻で笑いました。
「普通なら、もしこいつが評価証を持ってるただのみなしごなら、そうなる手筈よね。でもこいつは、奴隷よ。何の権利も意見も認められない、あたしの仕事道具に過ぎない。あたしにとって、この金槌となんら差はない存在。でも、どちらもあたしの所有物よ。管理室でも、あたしからこいつを奪うことはできやしないわ」
角なしは額にしわを寄せました。赤い舌で唇を舐めました。
「なら――、この子、ぼくが買います!」
「……あんた、本気で言ってるの?」
ルビーの瞳孔は信じられないという赤を呈しています。
「本気です。いくらなら売っていただけますか」
エメラルドの瞳孔は揺るがぬ緑。
候補殿は逡巡するや、薄く笑むと、口を開きました。
「二〇〇アルシーヴ」
「に、にひゃ……ッ、く」
「買わないなら、あたしが廃棄処分するだけ。帰ってちょうだい」
「わッ、わかりました! 買います! 買いますから――二〇〇! ちょうど、あるはずです。ご存じでしょうけれど!」
角なしは、宝珠の詰まった皮袋を候補殿の手に押し付けました。候補殿は口笛を吹いて、袋を検めました。
「いいの? 大事なお金なんじゃないの? 返さないけどね」
「……わかっててふっかけたくせに……はァ……、メグになんて言お」
候補殿には聞こえないように小声でそう呟き、わたしの縄をほどきはじめた角なし。石鹸の匂いがふわりと漂います。
角なしは、わたしと目線を合わせると、やさしく微笑みました。
「ぼく、ニッカ。ニッカ・ネツァクっていうの。養護室で先生をやってるんだ。きみ、名前は?」
「タルト――タルト・マーキュラ・エアライデン、です」
「タルト、安心して。きみは、ぼくが守ってあげるから。もう誰にも、傷つけさせないから」
冷え切り、油と血にまみれたわたしの手を包む、しっとり滑らかで温かい手のひら。穏和なエメラルドの虹彩。
奇妙なことに――会って間もないこのシシの言葉を、わたしはこころの底から信じ込み、ぷっつりと意識を途切れさせました。
強い横揺れで、わたしは目を覚ましました。
目を擦りながら辺りを見回します。乗っている螺旋昇降車が、駅に到着したようです。
「あ、起きた。タルト、ここで降りるけど――足怪我してるみたいだし、歩けないよね。おぶったげる」
先生は、かがんでわたしに背を向けました。
「へ……? で、でも、わたし、汚れてますし――」
「ほおら、早くして。昇降車、出ちゃうよ?」
「すみません、お背中、お借りします……」
先生の背中に飛びつきます。心地よい石鹸の香りのなかに、かすかな汗の匂い。
第二一八塔はとっくに第四象限の暗闇。陽輪はもうすぐ第一象限に差しかかろうかという時間ですから、みな寝静まり、ほとんどの部屋で灯りは消えて、回廊の瓦斯灯がゆらめき、塔のからくりがごとんごとん脈打つのみです。炭鉱民の宿舎は炭鉱の傍にあるので、塔のなかに入るのは三月ぶりです。膨大な鉄量の臭気と気配に、冷気が脊髄を駆けのぼります。寒くて寒くてたまらなくて、ぎゅっと先生にしがみつきました。
養護室への道すがら、先生はわたしにたくさん質問しました。
「タルト、月はいくつ?」
「一五〇、です」
「お、ちょうどいいね。うちの子はみんなそれぐらいの月だから、きっとすぐに友達になれるよ」
「ともだち、ですか」
「嬉しくない?」
「……いえ、その、第一〇〇九塔では、友達がいませんでしたので」
「そっかあ、きっと楽しいよー。と言っても、今はぼくもメグぐらいしか、友達なんていないけど――あ、メグっていうのは、養護室の室長ね。ちょーっと無口でおとなしいけど、すごくいい子で、料理がめちゃうまで――そだ、ごはんは食べた?」
「昨周から、何も」
「わ、それは大変だ。この時間だと、どこも閉まっちゃってるからなー。おうちに帰ったら、すぐ作ったげるからね。何か食べられないものとかある?」
「特に、ないです」
「えらいねえ、先生助かっちゃうな。身体のほうは、どうかな? 足以外に、怪我してるとこは?」
「えと、怪我は、たぶん、ほかにないですけど……」
「けど?」
「お腹と頭が痛くて、熱っぽくて、だるい感じがします」
「風邪……かなあ? だいじょうぶ、あとで看たげるから、安心して――さ、着いた着いた」
塔の中腹、外周区画に、養護室はありました。ずっと昔に建設民の宿舎として使われていたらしく、手入れは行き届いていますが、陽光の影響もあるのでしょう、施設の老朽化は隠しきれていません。
養護室もご多分に漏れず、ほかの居室同様薄暗く、しんと静まり返っていました。
先生は、ごはんを作る間、身体の汚れを落とすようわたしに言いつけました。
三月間、一度たりともお風呂に入れてもらえなかったわたしの身体は、瞬く間に浴室の床を青黒く汚染していきました。先生とおなじ匂いのする石鹸で身体を洗い、久しぶりに見る自分の肌の白さに驚いていると、不可解なことを発見しました。
油はすっかり落としたのに、排水溝に流れる水はいつまで経っても蒼いまま――ただし、足の裏からの出血ではありません。出所は、わたしの股の間からでした。
「――ッ!」
甲高い悲鳴を上げて、腰を抜かしてしまいました。先生はすぐさま飛んできました。
「わ、白ッ! ずいぶん見違えたね――じゃなくて、どうかした?」
「お、お腹のなかから、ち、血、血が」
「え……ん? んん? もしかして、生理?」
「せい、り?」
「あちゃあ、初めてか――んーと、とりあえず確認したいから、見せてくれるかな?」
「は、はい……」
羞恥をこらえつつ、手で覆い隠していた患部をさらすと、先生は仰天しました。
「わ、わ、わ、きみ……角ありだったの!?」
先生の言葉の意味がわからなくて、わたしは首を傾げます。
「どういうこと、でしょうか」
「だってほら、おちんちん、ついてる、し」
当惑したような面持ちで、わたしの陽根を指で示す先生。
「みんなあるものじゃ、ないんですか?」
「ううん、あるのは、角ありだけ、なんだよ。うーん、困ったな、これはかなーり根本から説明しないといけなさそうだ」
「ごめん、なさい……」
「タルトは悪くないから、謝らなくていーんだよ」
記憶と事実の相違にしこりを感じながらも、きっと勘違いだろうと思い直します。
先生が服の裾をたくし上げて、太もものあたりで結び、浴室に入ってきました。そしてわたしの目の前でしゃがみ込み、肉茎をしげしげと観察しました。恥ずかしいところに視線を注がれ、頭がどうにかなりそうでした。
「わあ、珍しい、先っぽ、割ってるんだ……痛くないの?」
「い、痛みは、ないです」
「そっか。じゃァ、ちょっと失礼しますよーっと」
「ひゃっ!?」
親指と人差し指でわたしの陽根をつまんで軽く持ち上げ、その下の陰唇を覗き込みながら、先生が言いました。
「うん、やっぱり生理だね。血が出ることは自然なことだから、心配しなくていいよ。風邪っぽかったのも、そのせいだったのかな? 何はともあれ、ひとまず、おめでとうだね、タルト」
「お、おめでたいこと……なんですか?」
「そりゃね。魂がきちんと開いて、目覚めて、巡りはじめた証だもん。生理がくると、魂が成長して、身長が伸びたり、おっぱいがおっきくなったり、あとは、角だって生えてくるよー。もちろん、魔法も、使えるようになるんだよ」
「わたしが、角あり……」
このわたしがいずれ、塔の管理者のひとりになるだなんて――にわかに信じがたい真実を突きつけられて、呆然としてしまいます。
「わたし、角ありは、産まれたときから角があるんだと思ってました」
「ないない。赤ちゃんを産むのって、ただでさえ大変なのに、あんな角生やしてたら、お母さん、きっと痛くて死んじゃうよ」
先生はくすくす笑いました。
「詳しいことは、あとでちゃんと説明するからね。まずは食事にしちゃお――と言いたいところだけど、先にこの子をなんとかしなきゃ、だねえ」
先生のひんやりした手のなかで、知らぬ間にむくむくと膨張していたわたしのそれを前に、先生は苦笑しました。肉棒は、今にも張り裂けそうなぐらいぱんぱんになって、言いようのないもどかしさを訴えています。
「あの、これも生理、なんでしょうか」
「うーん、違うけど、違わない、かなあ……」
陽根を凝視したまま、やたらと歯切れが悪くなる先生。
「せ、先生、なんだかすごくむずむずして、辛い、です、これ」
「そう、だよね……角ありの子は、最初のうちはきついって、よく言うもんね……ね、タルト? これからすることは、絶対絶対、ぜええったい、誰にも言っちゃ、だめ、だからね――」
「先生、なにを――ひゃああっ!?」
膨れ上がった怒張をぱくっと口に含まれて、情けない声を上げてしまいます。にゅるにゅるした粘膜に包まれ、腰が砕けそうになります。
「あっ、ああッ、ふわっ、せんせッ、こんな、こんなのおッ」
「んっ……、んッ、んぐ……ぷは、んっふふ♥ すご、どぉんどんおっきくなるね……♥」
「せ、せんせぇ……」
「ほら、タルト……、こうやってやるんだよ……こうやって、ごし、ごしって――」
よだれでべとべとになった陽根をゆっくりと手で擦られ、ぶるぶると足を震わせてしまいます。倒れまいと、先生の肩に手をつきました。先生の顔をまともに見られなくて、ぎゅっと目をつぶっていると、先生に諌められてしまいました。
「こら、タルト、だあめだよ、ちゃんとやり方、見てないと♥ しばらくは先生が手伝ってあげるけど、いつかはひとりでできるようにならなくちゃ」
「はあああ……だッ、だってぇ……、これ、しゅごしゅぎて……」
「んふふ、呂律まわってないし……もお♥ しかたないなあ♥ 初めてだし、特別だよ。ほおら、おちんちんに集中して――」
再びわたしをぱくりと咥える先生。生温かくてとろとろの口腔で、硬くなったものをほぐされていきます。
「んむッ、んっ……、んちゅっ♥ ……はぁっ、かっちかちのあっつあつだあ……♥ くちのなか、火傷しそ♥ ん、んぶっ、んっ……わ、またおっきくなった……もう、タルトってば、やんちゃさんだなあ♥」
「はあ……っ、はっ、はっ、あ……っ、あっ、あっ、くひッ」
先生は嬉しそうにそう言いますが、わたしには返事をする余裕がありませんでした。先生が頭を前後に振り、限界まで出来上がった陽根を唇でしごきはじめます。
「んっ、んっ、んっ♥ んぐっ、ふっ、んっ♥ わ、わ、わあ♥ んふ、きみの、こんな形になっちゃうんだ♥ まだこどもなのに、んっ、すっごい立派あ♥」
舐めしゃぶりながら、ときおり息継ぎするみたいに口を離しては、先生は妖しい微笑を浮かべて舌なめずりし、またおいしそうに頬張ります。
「ぅんっ、むぐっ、ふぅっ……♥ んふっ、んふーっ、ふっ♥」
だんだん先生の鼻息が荒くなってきます。吸い付きも強くなってきた気がします。先生は陽根の形状を確かめるみたいに、丹念に熱心に、舌を這わせていきます。
熱っぽく、うっとりした表情で、愛おしくてたまらないという風に、先生が陽根に頬ずりしました。
「はああ……♥ すてき♥ これは、なかなか……♥ 将来有望だね……♥ ぼくが……責任もって……しっかり育てたげるからね……♥」
先生のお口のなかで一層激しくなった愛撫を受けていると、徐々に何かが込みあげてくるような切迫感を覚えました。
その感覚はわたしをじわじわ追い詰め、引き返せない高みまで連れて行きます。
「あっ、ああっ、せッ、先生ぇっ、なんかぁっ、奥のほうが、ぎゅうってして――」
「んふふ……出そう? 味が濃くなってきたよ? 匂いもすっごいえっちい……♥ タルト、いつでもイッていいからね……♥ 我慢しちゃ、だめだよ……♥ 先生にぜーんぶ任せて♥ ぜーんぶ出しちゃお♥」
先生がすんすん鼻を鳴らして上目づかいでわたしを見上げつつ、陽根を喉奥まで飲み込みます。そのエメラルドの虹彩は、熱に潤んで、きらきら輝き、うっすらと涙の幕が張っているようにも見えて――唐突に、わたしはこらえきれなくなりました。
「くふ――ッ! ふ――っ、っっっ!」
頭のなかでばちばちと光が弾けて、がくがく痙攣する身体は抑えきれません。陽根はわたしの意思に反して跳ね、その脈動に合わせて、先生がこくこく喉を鳴らします。
「はああ……っ、だめ……っ、せんせえ……吸っちゃ……っ」
陽根から放出される何かとともに、魂ごと吸い出されるような心地よさ。自分に何が起こっているのか見当もつきませんでしたが、この現象がわたしに極上の多幸感をもたらすことだけは、身をもって理解しました。
めくるめくような体験の、強烈な余韻のなか、艶めかしさを漂わせる先生の紅潮した童顔を見つめながら、わたしは――。
「んふふ……ごちそうさま♥ たっくさん出たねえ♥ それに、すっごい濃い……♥ どお? すっきりした? これからも、溜まっちゃったら、先生のところに……って、わ、わ、ごめん、タルト! 調子に乗りすぎちゃった――」
すべての気力を出し尽くし、その場に昏倒しました。
「よし、できたよ! ……いちお」
なんだか聞き捨てならない言葉とともに、先生がわたしの前に羊の香草焼きの乗ったお皿を置きました。
形はお世辞にもきれいとは言えないし、全体的に少しばかり黒っぽいような気もするものの、まる一周何も食べていなかったわたしの口内には、唾液が次から次へと溢れてきます。
「ちょーっと焦げちゃったけど――さ、召し上がれ」
先生がそう言うが早いか、香草焼きにかぶりつくわたし。ちょっと苦いですが、昨周までの冷たくて臭いお肉と比較すれば、ごちそうです。
先生は羊をかきこむわたしを眺めながら、申し訳なさそうに言いました。
「ごめんね、先生、ぶきっちょだから、あんまりうまくできなくて」
「そんなこと、ないです。すっごく、おいしいです」
「よっぽどお腹空いてたんだねえ。そんなこと言われたの、初めてだよ。ぼくが当番のときなんか、みんないっつも残すんだもん……でも、明周はメグの当番だから、期待しててね! ほんっとにおいしいんだから」
食事が終わると、先生の寝室に案内されました。わたしのお部屋は翌周用意してくれるとのことで、今周のところは先生のお部屋にお邪魔することとなったのです。
わたしは寝台に座らされ、足を先生に向けるよう指示されました。
「料理はいまひとつだけど、先生、こっちのほうは得意なんだ。名誉挽回、させてね」
「なにを、するんですか?」
先生は片目をつむりました。
「魔法、だよ」
ぺろりと人差し指を舐めると、先生はわたしの足の怪我をなぞりました。痛みはなく、くすぐったさもなく、ただぴりぴりする感覚が走ります。
「今のは――」
「精霊の魔法だよ。傷口からばい菌が入っちゃうといけないから、消毒しないと。で、これが心臓の魔法」
先生の指が傷の上を往復し、ぞわぞわする感覚。同時に、じんわり熱を持ちます。
「はい、おしまい。つるつるのすべすべになったよ」
「……すごい」
先生の言うとおり、一〇秒前まで傷だらけわたしの足は、すっかり新品同様になっていて、わたしは感嘆の言葉を発することしかできませんでした。わたしの魔法に対する知識といえば、建設民が塔を築いたり、開拓民が根の国の領土を広げるために新たな陽輪を見つけたり、あるいは狩猟民が羊を狩ったり他塔との抗争に用いたり、そして――候補殿が炭鉱民どもを痛めつけるために使うことしか、ありませんでした。
先生は誇らしげに起伏のない胸を張りました。白金の指輪がぷらぷら揺れます。
「自慢じゃないけど、先生、昔はそれはもうたっくさん勉強してね、魔法には自信があるんだ。先生は角なしだから、あんまり出力はないけど」
「こんな――こんなすてきな魔法、わたし、初めて見ました。あの、いつかわたしも、使えるようになりますか?」
「なるよ、きっとなる。角がエアマイグレーションしてきたら、先生なんかよりもっとすごい魔法も、使えるようになるよ。もっとも、ちゃんと勉強も頑張らなきゃ、だけど」
わたしの額――いつか、魂が析出するはずのところを、先生がつつきました。そして、先生の怪訝そうな色彩をしたエメラルドの瞳がわたしの顔を覗き込みました。不意を突かれてどきりとします。
「んん? タルト、今気づいたけど、きみの眼、不思議な色してるんだね。時間とともにちょっとずつ変化して、対流してるみたいに――最初はサファイアかアズライトかと思ってたけど、ちょっと違う?」
「水晶、なんです。血が透けて、感光して、青く見えてて。こうすると――」
「わ、赤くなった」
眉の上で手をかざし、灯火から瞳を隠してみせると、先生は目を丸くしました。
「よく……気味悪がられます」
「そんなことないよ? すっごくきれいだと思うなー、ぼくは」
「……ッ!」
鼻と鼻がぶつかりそうな距離で、生まれて初めて瞳のことを褒められて、むずがゆさを覚えます。
なにより。初めてそう言ってくれたひとが先生だったということが、嬉しくてたまらなくて――その周はなかなか寝付けず、命を救ってくれた恩人の可憐な寝顔を、ずっと眺めていました。