先生がミルテさんに買われたその周――わたしは周が切り替わるまで、ずっと放心状態から抜け出すことができずにいました。
愛するひとが、ほかのひとに辱められる場面は幾度となく目にしてきました。ほとんど一方的で、形ばかりの性交は、わたしを興奮させ、嫉妬で心臓に穴を空けこそすれ――ここまでわたしをこてんぱんに打ちのめすことは、ありませんでした。
一度目は、なにかの間違いだと思ったのです。酒精と心労、それに懐古が、ふたりをあやまたせたのだ、と。
二度目は、拷問でした。わたしの愛するひとと、わたしが敬うひとが睦みあう姿に、わたしの心臓は耐え切れず、ばらばらに引き裂かれてしまいました。
わたしは、ミルテさんの本心を垣間見てしまったのです。わたしにだけは、察せられたのです。先生を本気の本気で好いているのは、わたしだっておなじですから。
寝台の上で膝を抱くわたしに、ミルテさんからの課題を終えたハートが気遣わしげに声をかけてきました。
「タルト……、本当になにも食べませんの?」
「……まだ、気分が……すぐれないので……」
「なにか、ひとくちだけでも――」
「……いい、です」
「……」
「……」
脳がびりびり痺れたまま、それ以上の言葉を紡ぐことができませんでした。部屋に立ち込める重い沈黙が、塔の維管束を行き交う蒸気や水や油の音さえ耳障りに響かせます。遥か上空で陽輪が回る音さえ聞き取れます。
おもむろにハートがわたしの前にやってきて、わたしの頭を抱き寄せました。石鹸の匂い――先生とおなじ匂い。加えて、先生よりも柔らかく温かい、溺れてしまいそうな感触。
「なにがあったかは訊きませんけど……あたしは、ずっと一緒にいてあげなくもない、ですわよ」
髪を優しく梳かれながら、つつめくように慰められ、熱いものがこみ上げてきます。自分よりも月下の子に、どうしようもなく甘えたくなります。わたしはハートの服の裾を握りしめました。ハートの早熟な体躯に鼻をうずめ、体臭を深く吸い込みました。
戸が控えめに、こんこんと叩かれました。わたしの名を呼ばわる声が聞こえます。先生です。わたしとハートは弾かれたみたいにぱっと離れました。わたしはすっ飛んで行って、鉄扉を開けました。
ほとんど泣きそうな先生がいました。ハートが怒りをあらわにした声で冷たく告げました。
「なんの用ですの、こんな時間に」
「……ぁ、えと、ごめん、ね? 寝てた?」
「いえ! 起きて、ました」
わたしは無意識に先生とハートの間に立ち、視線を遮りました。なんとなく、今の先生を、ハートに見られたくなくて。あるいは、今のハートを、先生に見られたくなくて。
「……あの、さ、タルトに話があるんだけど、ちょっとだけ、いい、かな?」
おっかなびっくり、おどおどと、室長先生よろしく控えめに先生がたずねました。いつもはきはきと朗らかな先生には、似つかわしくない雰囲気でした。
わたしは頷き、室内を振り返らないように部屋を出て、先生の私室に移動します。部屋に漂う、かすかに甘ったるい香り――花だか果実だかの香水。あのひとの残り香。
ちらちらわたしを窺う先生の顔は、やや火照りを残していますが、いくらか落ち着いたようです。
「具合は、どうですか?」
「あ……、うん、薬で、かなりよくなった、みたい」
先生は咳払いすると、唇を湿らせました。かすれた声で、罪を告白しました。
「……あのさ。実は、タルトに、話しておかなくちゃならないことが、あるんだ――その、……ぼく、あのひとに、講義、しちゃった、んだ……」
先生は床を見つめていました。わたしもおなじ床を見つめていました。
はからずも、先生を咎めているような気分になり、わたしもつい己の罪を明らかにしてしまいました。
「……知って、ます……あの、わたし――覗いてました、から」
先生がゆっくりと視線を上げました。したたかに頬を張られたような、表情で。
「あ――、そ、か、あの、羊皮紙から……」
「……そう、です」
嘘でした。先生は黒板に貼り付けた、わたしが名を記した羊皮紙に視線を移しました。わたしは一瞬壁に目をやり、また床に戻しました。罪を告げて、罪ばかりが増える――。
「……ごめん、ね。げんめつ、した、よね……? 自分から、約束したのに――」
「そんなこと、ないです!」
わたしはなかばすがるようにして、即座に言い募りました。
「――講義なら、約束を破ったわけでは、ないと思います。それに、それに……ミルテさんなら、むしろ、安心、できます。あのひとは、先生に、ひどいこと、しません……よね?」
「それは――、うん、もちろん、それは、保証できる、けど……けど、タル――」
「猟民はっ! ……とっても孤独なんだと聞きました。きっと、ずっとひとりでいたから、ミルテさんも寂しかったんだと思います。あのひとは、シシの未来には欠かせないおひとです。先生にも、あのひとを支えてあげてほしい、です」
――わたしはいったい、なにを言っているんでしょう。
息苦しく、喉は熱くて、手は震え、内臓は今にも捩じ切れそうなのに、先生をつなぎとめたくて、思ってもない言葉ばかりがすらすらと滑り出てきます。
わたしには、先生のことを考えられる一切の余裕が欠如していました。わたしがこのまま先生の傍に居続けるにはどうしたらいいのか、ただそれだけの私意に満ちた思考が頭を縛りつけ、支配していました。
なんと愚かな――これではまるで、これからもミルテさんに抱かれろと言っているようなものです。気づいたときには、もう撤回はできませんでした。
先生はひどく傷ついたような顔をしていました。
「そ、か……タルトが、そう言うなら、そうする、けど……」
本当にいいの? 潤んだエメラルドの瞳がそう物語っているように見えたのは、きっと思い違いでしょう――。
本心では当然、認めたくありませんでした。認められるわけがありませんでした。ですが――もうやめてとも、言えませんでした。わたしには到底、先生の気持ちを訊けませんでした。
先生を信じていないわけではありません。自分自身を、信じられなかったのです。どちらかを選べ、そう先生に迫ったとき、はたして不灼のシシたる自分は、かのいやちこなるシシよりも優れたところがあるのか、と。自分が選ばれないのが、もはや当然の帰結のように思えていました。
乾留液がごとき粘着質でどす黒く濁った嫉妬と劣等感と自己嫌悪が、昏い滾りに遷移するのを、お腹の奥で感じます。わたしは股ぐらの熱い膨らみを隠すために、服の裾を引っ張りました。先生はわたしを見つめていました。遠慮がちに提案しました。
「……ぇと……、その……しよ、っか――?」
そのときの交尾は二言、三言しか交わさなかったように思います。告白することも、服従することも、ありませんでした。
/鉄の空
/第一部 不灼の鹿々
/第四心魔法
/broken the milkyway of iron
塔のそこかしこで、工事が始まりました。塔の維管束――純水や石油を輸送する導管、そして動力や蒸気を経由させている師管に加えて、清浄な大気を送配する気管が増設されはじめているのです。
衛生管理・抗菌能力向上を目的とした火力時計増築の、第一段階でした。最終的にはすべての居室に気管が通されるとのことですから、たいそう大がかりな計画です。
火力時計自体の運用は時計室が担当ですが、塔全体の衛生度は結晶検疫室で管理されるそうで、ミルテさんの居室は監視系の基盤構築のため、真っ先に着工されました。
工事には邪魔だそうですから、追い出されてしまいました――ミルテさんはそう言って、先生の研究を手伝うために養護室へおとなう頻度を増やしました。五周に一度から、二周に一度に。
エメラルド板の解析は、先生とミルテさんの息の合った連携で順調に進んでいるようでした。回路を書き写した羊皮紙は周毎に増え、黒板を占拠していき、わたしの名を綴った羊皮紙を隅へ隅へと追いやりました。
ふたりは研究に熱中するあまり、ミルテさんの帰りが周をまたぐことも、珍しくありませんでした。厳密に言えば――研究だけが原因ではなく、講義も含まれるのですが。
一月ほどは、ミルテさんに講義を迫られても、先生は頑なに拒んでいました。間違いだった、もうああいうことは絶対しない、たとえ講義でも不義は不義、これ以上しつこく求めるならきみの有用性評価証の提出もやむない――先生はそう断言しました。ミルテさんは引き下がりました。わたしはしばしの間、こころの平穏を取り戻したものです。
異変は、ほどなくして訪れました。いえ、再発した、という表現がより正確でしょう。ミルテさんと最初に不義を交わした翌周の、あの原因不明の熱病が、再び先生を襲ったのです。はたしてあの猟民の薬は使用され、わたしの認めたとおり、治療という建前で講義が行われたのでした。
それからというもの、先生は不定期的に、断続的に熱病に罹りました。ミルテさんは、根の国の気温が上昇したせいで新種の菌が繁殖しているせいだろうと診断しました。火力時計が完成し、塔が清潔になれば必ずよくなるだろう、とも。
みなはそれで納得していましたが、わたしには、到底受け入れられない意見でした。だって、そうでしょう? おなじものを食べ、おなじものを飲み、おなじ環境で暮らしているはずの、養護室のほかのシシどもは誰ひとりとして発症していないのですから。
先生は猟民の薬を常用しはじめました。わたしは先生が薬を服むたびに、形容しがたい焦慮にかられました。薬によって、先生の病気が一時的にでも快調を取り戻しているのは揺るぎない事実でしたが、薬の量に比例して、先生の自制心が薄まり、講義に移る時間が短くなり、交媾に狂わせているのもまた、まぎれもない事実だったのです。
もちろん証拠はなく、わたしが窃視によってそう感じただけにすぎませんから、そんなことでミルテさんを糾弾することはできませんし、逆に薬の副作用だと開き直られれば、それでおしまい。それに、薬自体は、ただのきっかけにすぎません。結局、先生に講義をすることを認めてしまった以上、歯止めとなりえるのはわたしだけなのです。
ですが、わたしにはどうしてもふたりが交わるのを止めることができませんでした。覗き見をすることを、線を刻み続けることを。
「あっ♥ ね……っ、ちょ、っと……っ! ばかっ、こん、な、時間から……っ」
――六度目の講義のとき、わたしはある法則性に気づきました。
「こんな状態では、集中できないでしょうに。誤った解読をされても困りますので、今周のところは薬を服んで、もう休んでくださいな」
「きゅっ、きゅーけい、は、するっ、けどぉ……講義は、前回のでっ、最後だ、ったらぁっ」
無理を押して作業していた先生を、ミルテさんが後ろから抱きしめました。耳朶に息がかかるほどの距離で、ミルテさんが耳打ちしました。わたしは例によって、その距離を名前から覗いているだけ。
「講義を乞うているわけではありませんよ。ただ、先生に病気を治してほしいだけです。さァ、薬を服んでくださいな」
「や……っ、やだあ……」
「どうしてですか?」
「だって、だってぇ……その薬、よく効いてるかも、だけど、わけわかんなく、なっちゃうもん……」
「なら、注射にしますか? 副作用は、かなり抑えられますが」
「ゔ……いたいのは、やだ、けど……ぁんっ♥ もおっ、絶対ぜえったい、だめなんだったらっ! もうすぐ、ごはんだしっ! はなれてよおっ、もおっ、嫌いっ! だいっきらいっ!」
ちからなく抵抗する先生の姿を確認したがはやいか、身体を揺すられ、名前から意識を引き剥がされます。ハートです。どこかいたたまれぬような、微妙な顔つき。
「……仮眠してるところ悪いですけど。そろそろ、ごはんの支度をしないと、遅くなってしまいますわよ。ほら、あたしも手伝いますから――」
ハートに手を引かれ、後ろ髪を引かれる思いで台所に立ちます。
発作が起きる法則――それは、決まってわたしが炊事当番に当たる周なのでした。因果関係はあるように思えませんでしたが、今のところ、その法則から外れたことはありません。
熱病に悩まされている際、先生はあまり食事を摂りません。前周の当番は室長先生ですから、養護室でいっとうおいしい料理と比べられなくて済むのは、ある意味ありがたいことですが――。
ハートの手助けもあり、大車輪で調理を終わらせると、わたしは先生の寝室の前に。拳を掲げた体勢のまま、とつおいつ一〇秒ほど思案してから、戸を叩きます。
「あの、先生? ごはん、できました」
室内でがたんとなにかが倒れるような物音に次いで、奇妙で不審な静寂ののち、扉越しに先生の声が応じました。
「あ、ご、ごめん、タルト……悪いんだけど、また、体調よくないみた――んッひぃッ!?」
「せ、先生? どうか、したんですか?」
先生が不意に悲鳴じみた声をあげ、わたしは飛び上がりそうになります。
「なっ、なんでもっ、ないっ! なんで、も、ないよっ! あっ♥ ちょっと、つまづいた、だけだから――んっ♥ んっ♥ んっ♥」
甘い色の混じった先生の声音に、胸がざわつきます。からからになった喉からなんとか言葉を紡ぎ出します。
「……ミルテさんも、いますよね。ミルテさんは、お食事は、いかがですか」
「あのひとっ、はっ、あっ♥ いまっ、ちょっとっ、てが、はなせ、あっ♥ なく、ってっ、あっ♥ あっ♥ あっ♥」
「――ッ! ……そう、ですか」
「あっ♥ ごめっ♥ ごめんねっ♥ ごめんっ♥ ごめんなさ♥ ごめんなさいっ♥ ごめんなさいっ♥ ごめんなさぁいっ♥」
もはや隠しきれていない喘ぎ声。わたしは食堂に揃っていたみんなに食事が不要であることだけを伝えると、すぐさま自室で識魔法を励起させ、名前に意識を接続させました。
「お゙ッ♥ お゙あ゙ぁ゙ッ♥ ま゙っ♥ で♥ まっれ♥ って、る♥ イッてる♥ イッてる♥ イッへる♥」
扉に手を付き、漆黒の衣装をお尻までめくりあげられ、後ろから責め立てられている先生が視界に浮かび上がります。太ももはてらてらとぬめり、膝はぶるぶるわなないて、足元には濃い染みが出来ています。ミルテさんが避妊具をつけた性器を引き抜くと、先生は脱力して染みの上にへたりこみ、ぐすぐす泣きはじめました。翠緑の虹彩から溢れた涙が頬を伝い、白い粉を洗い流しました。
「もお、……なんで、あんなときに、いれちゃう、のおっ……!」
「痛くない注射のつもりだったのですが」
「なに、くだら、ないこと……」
「しかし実際、猟民が体液に溶かしている抗体を摂取しておくのは、病気の予防になると思いますよ」
「ばかあ……ほんとに、ばかなんだから……もう、あんなひどいこと、やめて、よぉ……それに、ぼくが、うしろからされるの……きらいなの、しってる、でしょ……」
ミルテさんの交尾は、常は緩慢でゆったりとしていて、思いやりがあるものでした。先生が嫌がったり、痛がったりすることは絶対にしませんでした。月に一周だけの、例外を除いては。
ミルテさんの股の間からは、青い血が垂れています。汚れないようにするためか、ミルテさんは一切の衣類を脱ぎ捨てていました。
例外――それは、ミルテさんが満月のときでした。優しくないというよりは、余裕がないというか、容赦がないというか、一度も先生の名前を呼びませんし、普段とは違う感情を秘めているように見受けられます。まるで、別のシシにでもなったみたいに。
「……すみません、忘れていました。しかし、そうおっしゃる割には、いつもより感度がよろしいみたいですね、先生。……あの子とお話、したからでしょうか」
「しっ、しらない……しらないっ、よぉ……、もお、いじめないでよお……、ほんと、きらいに、なっちゃうん、だから――わっ♥」
ミルテさんはいともたやすく先生を抱え上げると、寝台に横たわらせました。先生は自らに覆いかぶさってくるミルテさんの身体にしがみつき、口を開いて接吻を受け入れました。舌を絡ませあいながら、ミルテさんが陽根の先端を、先生の陰唇にあてがいました。ミルテさんの要望で陰毛を残らず剃ったそこはぐっしょりと濡れそぼち、再度の侵略を待ちわびるがごとくほころんでいました。先生が腰を少し浮かせるや、ぬるりと抵抗なく、ふたりはまたひとつに。同時に、激しい抽送が再開されます。
「ぷぁっ、っらいっ♥ きらいっ♥♥ んちゅっ♥♥ だいっきらいっ♥♥♥ んむうっ♥♥♥」
嫌い嫌いと繰り返しつつも、ミルテさんを迎えながらお尻をくねらせては陽根に粘膜をねっとりと絡ませ、熱の籠ったくちづけを交わす先生。幾度となく小規模な絶頂を体験しているようですが、余韻に浸るのも束の間、達するなり先生はすぐに腰の動きを再開させていました。
「おや、もう子宮が降りてきましたか。よっぽど感じているのですね」
「感じて、なんか……っ♥ ない、もん……っ♥ やだ、もん……っ♥ こんな、こと……っ♥ きらい、だもん……っ♥」
「ご冗談を。これは、ずいぶん気に入っていたではありませんか」
「んお゙お゙お゙ォ゙ォ゙ォ゙ッ!?♥ そ♥ れ゙♥ や゙だっ♥ や゙だあっ♥ お゙おぅぅうううんんッ♥♥」
発情期の肌羊よろしく、先生が野太い嬌声を上げ、背中をしならせます。ミルテさんが、先生の最奥を陽根でこねくりまわしたのです。先生はミルテさんから逃れようとしているのか、もがきはじめました。
「む、り♥ むりむりむりむりむりいぃぃいいっ♥♥ ふかあいっ♥ ふかあいのっ♥ それっ♥ だめっ♥ だめだめ♥ やみつきに♥ なっちゃ♥」
「まったく、悦びすぎですよ、先生。少し落ち着いてくださいな。ほら、薬がこぼれてしまったではありませんか」
暴れる先生にもまるで動じず涼しげな顔で、ミルテさんが結合部に薬をふりかけました。肉茎をゆっくり抽送させ、粘膜に粉末をすりこんでいきます。
「んひいいイィィイッ♥ あついあついあついィッ♥ かゆいっ、かゆいっ、かゆいっ、のおおっ♥ お゙ッ♥ お゙お゙ッ♥ お゙ォ゙ォ゙ッ♥」
エメラルドの瞳が大きく見開かれ、先生が仰け反って寝具を掻きむしります。
まぶしい――苦しい。
「どうですか? お好きでしょう?」
「すきぃっ♥ すきっ♥ すきっ♥ すきっ♥ すきすきすきすきすきだからあっ♥♥ おくっ♥ おくぅうっ♥ ついて♥ ついてっ♥ ぐちゃぐちゃにっ♥ かいてかいてかいてっ♥♥ ついてついてついてえぇッ♥♥」
先生がミルテさんの腰に足をまわしてがっちりと抱きつきました。もっとも無防備な臓器を差し出し、ミルテさんがより体奥をえぐりやすいように。
まぶしい――愛おしい。
せがまれるがままに、狙いやすくなった一番奥をミルテさんが突きほぐしはじめました。何度も何度も何度も何度も――。
「あーッ♥ あーッ♥ あーッ♥ それそれそれ♥♥ ふかいふかいふかいすごいすごいすごいいいいぃぃいっっ♥♥ すきいっ♥ すきすきすきいっ♥ イ゙ッぐ♥ イ゙ッぐ♥ んッイぃィッ♥ ってるっ♥ イッてるっ、よおっ♥ イッたあ♥ あ゙ーッ♥」
それがいかに絶え間なく激しい絶頂であるかは、ミルテさんの背に突き立てられた先生の爪の深さからも計り知れましょう。ミルテさんの白い肌に滲む鮮やかな赤が、遮光幕から漏れた菫外線で澄んだ青に感光し、背中を滑り落ちていきます。
「……やれやれ、堪え性のないひとですね。寝具もこんなに水浸しにしてしまって、はしたないですよ」
「だっ♥ だってえっ♥ これっ♥ あーっ♥ おくきたっ♥ またきたあっ♥ ふかいっ♥ ふかいもんっ♥ おくまでえっ♥ とどくもんっ♥ いいっ♥ いいもんっ♥ すてきなんだもんっ♥」
「本当に、奥がお好きなのですね。しかし――あの子は、ここまで届くのですか?」
「とどかっ♥ とどかにゃっ♥ とどかにゃいっ、けろおっ♥ まだこどもだからっ♥ しかたないもんっ♥ おとなのおちんちんにはっ♥ かてないもんっ♥」
「それは心配ですね。あの子とでは、満足できないのでは?」
「そんなことっ♥ ないっ、もんっ♥ まんぞくっ♥ してるもんっ♥」
「そうでしょうか。わたしには、にわかには信じがたいことですが」
「なんでっ、なんでえっ♥ そんなことっ♥ 言うのぉっ♥ タルトのことはっ、言わないでっ、よおっ♥」
「なぜですか? 自分が、他聞をはばかるようなことをしている自覚が、あるからですか?」
「――っ♥ ――っ♥♥ ――っ♥♥♥」
先生がかくかくと小刻みに痙攣し、呼吸もままならぬ暴力的なほどの頂を極めているのが見て取れます。
「世間一般的に言えば、どう考えてもこの行為は姦通以外のなにものでもありませんよ。先生も、理解しているのでしょう?」
「ちがっ♥ ちがうっ、もんっ♥ ちりょう、だもんっ♥」
「陽根をこんなに奥深くまでくわえこんで、治療もなにもないでしょう。契りを約束した相手がいるというのに、だらしなく身体を許して、よがりくるって、何度も何度もみだりがわしく、容易に気をやって――淫乱にもほどがあると思いませんか」
「んにいぃぃいぃッ♥ いっ、いんらんじゃっ♥ ないっ、もっ♥ んおっ♥ お゙お゙ぉ゙っ♥ ま゙ら゙っ♥ いっう♥ んうっ♥ んむっ♥」
呂律がまわらず、だらだら涎をこぼす先生の口元にミルテさんが指を添えました。先生はその指をくわえると、艶めかしく赤い舌を動かして舐めしゃぶっては吸い付きました。
「しかし、詮方ないことかもしれませんね。一番愛しているはずのひとに、先生が一番しあわせになれるところを触れてもらえないなど、欲求不満になってもなんら不思議はないことです。先生も、本心ではそう感じているのでは?」
「はーっ♥ はっ♥ はっ♥ はっ♥ しょっ、ん、にゃ♥ ことっ、にゃいっ、もっ♥ もっ♥ もおっ♥ いわないっ、れえっ♥ タルトのことおっ♥ いわないっ、れえええっ♥」
言葉で尊厳を踏みにじられながらも、多彩な動きに翻弄され、たやすくもっとも幸福な状態へと押し上げられ、顔を真っ赤に染めぼろぼろ涙を溢れさせて屈服させられる、角ありの欲望を受け入れる角なしそのものとも言えましょうその様が、一瞬、かのキューリィ・アンシィ・ペケット候補殿との交尾さえ想起させ、わたしの胸をきりきり締め付けます。
ただひとつ、あのときと異なっているのは、先生は嫌そうにしてないということ――痛がってもおらず、むしろこころのすべてを曝けだし、全幅の信頼を置く相手に身もこころも支配される悦楽を享受しているようにしか見えません。
「もおっ、やだあ♥ もおっ、きもちよくしないでえ♥ あたまっ、わけわかんなっ♥ ばかにっ、なっちゃいそっ♥ しんじゃ♥ しんじゃうぅ♥ またッ♥ いきそっ♥ いった♥ いくいく♥ いっ♥♥ きゃっ、ぃひい――っ♥♥♥ はひーっ♥♥ はふーっ♥♥♥」
「ぅ、く……先生、わたしも、そろそろ――」
「――っ♥♥♥ いいっ♥ いいよぉっ♥ いっれ♥ ぼくのなかにっ、らひてっ♥ んむうっ♥ らしてっ♥ らひれっ♥ すきっ♥ ひゅきっ♥」
先生はさらなる深い繋がりをおねだりするみたいに、より一層身体をぴったり密着させ、ミルテさんの耳に舌を這わせて甘えた声で乞いました。ミルテさんがぶるぶるっと身震いして、動きを止めるや、先生が感極まった歓喜の吐息を漏らしました。
「ぅはあああぁぁぁぁあああああ……♥♥♥」
だらんと肢体を弛緩させ、だらしなく唾液がこぼしながら、果てどなく訪れる深い深いときめきと陶酔に打ち震え、すっかり虜になる先生。そして、吐精を終えたミルテさんが陽根を抜き、身体を横たえると、先生は朦朧としながらも甘えるようにミルテさんにすり寄り、手を伸ばし――血だらけになった指を見て、慌てふためきました。
「わっ、わわっ、ごめんっ! めちゃめちゃ引っ掻いちゃってた……」
「あァ、これぐらい、すぐに治りますから、お気になさらず」
ミルテさんがそう微笑むが早いか、傷口はみるみるうちに塞がっていきます。さすがは猟民と言ったところでしょうか、満月下にあれば、特別意識を向けずとも多少の瑕疵はほとんど自動的に補償されるようでした。
「でも……ごめん、傷つけちゃって……痛かった、よね……」
「気に病む必要はありませんよ。それだけ、わたしとの行為に夢中になっていただけた証拠ですから」
「ばっ、ばかっ! これで、絶対ぜえったい、最後なんだから――やっ♥ んっ♥ んっ♥ こ、ら……っ♥ なに、して……っ♥」
「最後とおっしゃるなら、先生を忘れないように、肌の感触までたっぷり味わわなければなりませんから」
「だから、ってっ、おなか……っ♥ なでるのっ、ほんとっ、だめ……っ♥」
「どうしてですか?」
「だ、って……まだちょっとっ、イってるんだから――んんっ♥ だからっ、だめなんだってっ♥ ぞくぞく、しちゃ……♥」
「つまり、気持ちよいのでは?」
「きもちっ、いいけどぉ……せつなくって、おさまんなく、なっちゃうぅ……♥」
「おや、それは困りものですね。慰めて差し上げましょう」
「ちょ、また勝手にっ、挿れ――あ゙っ♥ ふかっ♥ おくっ♥ またっ、とろけちゃ♥ いっ♥ いっかいだけっ♥ あっ♥ あとっ、いっかいだけっ、なんだからっ♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥ えぐれうっ♥ えぐれてうっ♥ ううああーっ♥ おああーっ♥」
その後も何時間に渡ってまぐわい、睦みあうふたりを一秒たりとも絶やすことなく見届けてから、壁に不貞の線を一本増やす――このなかば習慣じみてきた苦行が始まって、一月半になります。その数はもう一五を数えますが、どれだけ窃視しても慣れぬものです。
つまがさねる回数が増えれば増えるほど、一回の行為の時間は長く、肌を重ねあわせている時間も長くなっているせいでしょうか、先生と、先生の寝床からはミルテさんの甘い香水の匂いがするようになった気がします。ミルテさんからは、先生の石鹸と化粧の匂いがするようになった気がします。
匂いとともになにかが移り変わっているかのようで、まるでどんどんこころを許しているかのようで、それはなにかの身代わりじみていて、わたしの内臓をきりきり捻転させます。
先生がミルテさんと交わりはじめてから、先生はきれいになりました。何十月も若く見えるようになりました。より輝きを放つようになりました。角ありどもに講義をしていたときよりも、身だしなみに気を配っているようでした。
先生のなかの具合も、様変わりしました。気持ちがよいことには変わりませんが、しかしわたしのものとは、かたちが合わなくなった気がします。
そしてなにより――先生はますます感じやすくなり、それは現在進行形でもありました。わたしとするときも、我を忘れ、貪欲に際限なく快楽だけをむさぼるように、連続して行為を求めてきたり、やたらわたしの体液を飲みたがるようになりました。あまりお喋りする暇を与えたくないみたいに――なにかを埋め合わせ、ひた隠しにするみたいに。
おかげで、告白か服従かは、ずいぶんしていません。だから先生の口から直接、ミルテさんとどんな交配をしたのか聞いたことはありません。知っているから、ちゃんと全部、見守っているから――そう言い訳して、わたしもあえて聞き出さないままでいました。
ですが、わたしは薄々、いえ、はっきりと理解していたのです。己の、汚らわしいまでの臆病さと愚劣さを。知っているくせに止めず、やめてほしいくせに止められない、だから覗いているしかない、そのなんという稚拙で愚劣な低俗さか――あまりにおぞましく、吐き気さえ覚えます。
わたしは、ひどく荒みました。つい三月ほど前の全能感は裏返り、今やなにもかもを失い、あるいは変えられ、自己嫌悪するか、そうでなければ自己否定がわたしの感情の大半を占める有様でした。あれほど熱心に修業していた魔法の講義も、気がふさがるばかりです。
それは、ミルテさんにも察せられたようです。ある周、講義の終わり際に、わたしはひとりで教室に残るよう言いつけられました。
「――このところ、ずっと元気がありませんね」
ミルテさんが黒板の石灰を拭き取りつつ、問いました。ただっ広く静謐な教室にミルテさんとふたりっきりで取り残され、こころ細さと気まずさが募ります。
養護室から六層階上の、新調されたばかりの部屋でした。結晶検疫室の隣に設置されたその部屋は、いずれ結晶検疫室の管轄下で新薬開発の現場となる予定だそうですが、当面の間、開発体制が整うまでは臨時講義室として借りられるそうでした。
「授業にも、あまり身が入っていないような印象を受けます。こうして魔法を教える立場ではありますが、わたしは、あなたのことを大切な同胞だと思っているのですよ、タルト。なにか困りごとがおありでしたら、わたしに協力させていただけませんか」
足を引きずり、ミルテさんが椅子を持ってきてわたしの前に腰掛けました。長いまつげに縁どられたトパーズはこちらを気遣うきらめきを放っています。よもや、ミルテさんに対するわだかまりのせいとは口が裂けても言えません。窓の外にさっと目を逸らすと、新月の陽光が網膜を焼きます。薬品を取り扱う予定のこの部屋は排気のため、外周に面していることを失念していました。名前を刻めないよう形状記憶エーテル化合プラチナを薄く引いた部屋の内壁に焦点を移しました。
「……えと、その、最近、勉強が難しくて、ついていくのが大変で――」
嫌な汗を噴き出させながら、もっともらしい弁解を捻り出します。しろがね色の角の先に、ミルテさんの訝しむ視線を感じます。
「――確かに、精魔法論はこれまで修めてきた学問よりも一段階複雑なものの、あなたは基礎理論をしっかり理解していますので、難儀することはないと考えていたのですが……申し訳ありません、わたしの教え方が、よくないのでしょうね」
「そういうわけでは、ないと、思います……ちょっと、集中できなくて」
「なにか、勉強に集中できない理由に、こころ当たりがあるのですか?」
「そ、れ、は――」
ひょっとすると、今かもしれない――はっきりと、わたしは直感していました。先生と交わるのをやめてほしいと、今こそ意を決して嘆願すべきなのではないかと。いえ、まぎれもなく、その機会だったのでしょう。このとき、勇気を振り絞れていれば――わたしは何度も、そう後悔するのです。