第二一八塔への帰路――沈黙の車中。
ミルテさんは相変わらず穏やかな雰囲気をまとい景色を眺めていて何を考えているか杳としてわかりませんでしたし、先生はそのミルテさんの肩に頭を預けて火が落ちたように眠り続けていました。きっとハートが農場に忍び込んでいたことさえ知らないでしょう。
ハートは解放された直後に、迷惑をかけたことをミルテさんに謝りましたが、それ以降ずっと自分の爪先を見つめたまま一言も発していません。
どうして、こんなことになったのか――。
何度自問しても、導かれる答えはひとつしかありません。ハートはわたしのあとを追いかけてやってきたのです。
昨周、あんな大喧嘩をしたのに、ハートはわたしのことを倦厭することも見捨てることもありませんでした。こころの底から、ひとえにわたしを心配してくれていました。罪を犯し、危険な追跡行に打って出るほど。
第二一八塔に到着しました。荷卸しの仕事があるフラスカとは、ここでお別れです。去り際に、いつでも相談に乗るよ、とフラスカはわたしに耳打ちしました。目頭がかっと熱くなります。ひとりでも頼れる相手がいることが、これほどまでにこころ強いとは。
ミルテさんの私室に着くと、いつも通り締め出されるのかと思いきや、ミルテさんは先生を寝台に横たわらせると、意外な提案を持ち出しました。
「ふたりとも、汗をかいたでしょう。養護室に戻る前に、湯浴みしてはいかがですか」
警戒心がむくむくと沸き起こります。以前とおなじ手口――わたしはこのままでいいと辞退しました。事情を知らないハートは断る理由もなく、素直に従いました。
また、なにかを企んでいる――そこまで確信していながらも、やはり目的まで推し量ることはできません。
わたしをないがしろにしているのか、ミルテさんの行動はあからさまに過ぎました。わたしでもなにかを察せられるぐらいで、未熟で気が弱くぐずなわたしごとき、容易に操作できると決めつけているのだと思われます。というよりは、むしろ、わたしになにかを悟らせようとしているのでは、という妄想さえ抱かせます。先生を守りたくば、いち早くその意図を掴まなければ――。
歴程をたどります。思考を、整理する必要がありました。
わたしを農場に連れて行ったのは、邪魔なわたしを、先生を掠め取ったわたしを、事故として廃棄処理にするつもりだったのでしょう。以前、先生にも指摘されましたが、わたしは血の量が多い体質でした。そうでなければ、まず間違いなく羊どもに絞り殺され、今頃は資源再利用されていたでしょう。
病気だの菌だのが嘘なのは、もはや疑いようのない事実となっていました。でなければ農場の羊を全部だめにしてしまったことになりますから。さしものミルテさんも遊牧民を相手にそこまで好き勝手はできないでしょう。遊牧民の機嫌を損ねようものなら、組合に即刻廃棄処分にされてしまうはずですから。
やはり、あの薬。
思い当たる節は、いくつかありました。たとえば、最初に先生が不義を犯してしまった周の、あの葡萄酒。きっとあの葡萄酒にも、わたしの炭酸水と同様に、薬が混ぜられていたのでしょう。
薬の正体が何なのか、知るべきだ――薬はきっと、ミルテさんの目的に繋がっているに違いありません。
もっとも釈然としない問題は、ミルテさんは、なにゆえ先生まで羊風呂に突き落としたのか、です。先生は角なしと言えど、投薬された上で羊どもと集団交尾させられ、見るからに危険な状態でした。神経や脳には相当な負荷がかかっていたはずで、現に先生は今も意識を取り戻していません。
思い出す――ミルテさんは羊小屋で、先生を救済するという言葉を持ち出しました。救済。羊とまぐわうことが? 意味が分からない。いや、いやいや――羊風呂に沈められる前に、先生は薬を飲まされていました。羊風呂は、薬効を高めるためでしょうか。ならば薬で、先生を壊すために?
あるいは……先生に薬を使うこと自体が、目的?
わからない――なにもかも。思索が行き詰ります。ミルテさんは、先生を愛しているはずでは? しかし、そぞろ思えば注射を使いはじめてから、ミルテさんは性交での先生の扱いがぞんざいになったような気がします。なにか、きっかけがあったはず、なにか――。
ずきずき痛む頭が、思索を霧散させます。自分がなにをすべきなのか、考えがうまくまとまりません。
でもなにかしなくては、なんとか手立ては考えねば――でもどうやって? なにをする? いまさら、先生になにをしてあげられる?
今まで、ずっと――覗いてきただけだったのに。
結局のところ、今の今まで、抱かれる相手が誰であれ、わたしは指をくわえ、陽根をあさましくいきりたたたせて、ただ見ていただけなのでした。
地平線を失うのが怖くて――いえ、本当は最初から、わたしが手に入れたものではなかったのでしょう。近づけて、そんな気になってただけ。最初から、見ていただけ。見れなくなるのが、怖かっただけ。
地平線には誰も触れられないのですから。見えているか見えなくなるか、そのいずれかしかありません。
さりとて、産まれてからずっと誰かの顔色を窺い、命じられたことだけを為してきたわたしには――ふさわしい結果なのやもしれません。
浴室から水音が聞こえてきました。ミルテさんが腰を上げる気配がありました。わたしは深い思慮からこうべを上げました。
一瞬の出来事でした。口を塞がれ、腕を後ろ手に捩じりあげられ、床に突っ伏していたのは。
「んぐうッ!? んーッ! んーッ! んーッ!」
両の手首を紐できつく結ばれます。振りほどこうともがきますが、わたしを扼する猟民の身体は岩石のようにびくともしません。刹那の間、口の拘束が緩みます。酸素を求めて開けた口に、轡を噛まされます。次は足を折りたたまれて、身体に縛りつけられます。手足を完全に拘束され、単なる肉の塊と化したわたしは立ち上がるどころか上体を起こすことさえままなりません。
そのまま襟を掴まれて引きずられ、衣類用の戸棚のなかに転がされます。壁に角をぶつけて激痛が走り、意識が飛びかけます。その間に、塔の配管とわたしの首とを服でくくられます。
目が合います。いえ、ミルテさんにはそんな認識はないかもしれません。羊どもを眺めるような眼差しでしたから。
ミルテさんは扉を閉めかけ、思い出したように、戸棚にかけていた漆黒の衣装を漁りました。衣嚢から羊皮紙を取り出しました。わたしの名を記した、羊皮紙でした。ひとりごちるみたいに呟きました。
「お守りだそうですよ。誰のもとにいようが、どんな悪徳を犯そうが、見守っていて、許しを与えてくれるのだとか。先生らしいですね。本当かどうか、試してみましょう」
戸棚が閉じられました。闇に包まれました。めちゃくちゃに喚き声をあげ、じたばたと暴れようとしますが、いたずらに自分の喉を締めるだけでした。
識魔法を励起。羊皮紙に五感を繋ぎます。ミルテさんの整った顔が視界いっぱいに広がります。室内をよく見渡せる位置に、羊皮紙を貼り付けていたのでした。
視野の中心に寝台が収まるように設置すると、ミルテさんは炊事場に立ちました。果実を切りました。杯に炭酸水を注ぎました。果実を絞ってから、粉薬をふりかけました。
想定して、しかるべきだった――わたしの孤立。それこそ、ミルテさんの狙いだったのです。つまり今の標的は――。
水音が止み、浴室の戸が開かれる音がしました。怖気が全身を走ります。暴れて音を立てるなりして、なんとかハートに気づかせねば。しかしどう努力しても、魔法はわたしの意識を羊皮紙に捕らえて離しませんでした。なぜ――。
わたしの姿が認められなかったからでしょうか、ハートは心細げに、そして用心するみたいに視線をさまよわせました。寝台で休んでいる先生を見つけると、ほとんど泣きそうな顔に。
「タルトは、どこに行ったんですの……?」
「疲れたので、先に帰ると言っていましたよ。あなたのことをわたしに任せる、とも」
「え……」
呆然とするハートに、ミルテさんは椅子を勧めました。杯を手渡そうとしました。ハートはかぶりを振りました。退出するそぶりを見せました。先生を盗み見ながら。
「あ、あの、あたしも、タルトに用があるので――」
「申し訳ありませんが、少し時間をいただけますか。あなたが、ペケット主任の農場に忍び込んだ件で、話をうかがいたいのです」
「――ッ! わかり、ましたわ……」
「そう身構えないでくださいな。第二一八塔は、農場の立場を守れるよう、色々と約束事をしているのです。今回のことは一応、管理室に報告しなければなりませんが、あなたが農場に侵入するにあたって害意はなかった、そして情報は持ち出されていなかったと証明できれば、罰則を与えられることはないでしょう。もちろん、あなたにそんなつもりはなかったとわたしも承知していますから、形式だけの取り調べですよ」
固い面持ちのハートに微笑みかけ、ミルテさんは調書を作る準備をはじめました。その間、手持無沙汰になったハートは、しきりに先生のほうを気にしながら、ついに――杯に口をつけてしまいました。緊張で渇きを覚えていたのか、ハートはそのまま一息に飲み干しました。
ミルテさんは空になった杯を一目見ると、ハートと向かい合って座りました。
「では、ひとつめの質問です。どうしてあそこにいたのか、教えていただけますか」
「タルトを、追いかけていて、それで……」
「ついてきてしまった、と」
「……そう、ですわ」
「窃取する目的ではなかった、と」
「それは、もちろんですわ」
そわそわしつつもきっぱりと断言するハートに心得顔で頷くと、ミルテさんは用箋挟に挟んだ羊皮紙へ何事かを書き込みました。そして、あの観察者の眼差しでハートをひたと見据えました。
「もうひとつ。農場の、どこに立ち入りましたか」
「……ッ」
ハートが躊躇しているのは明白でした。今この場で白状するには都合の悪いものを目撃したと語っているも同然でした。
「……羊小屋、だけですわ」
威圧感に耐えかねてハートは素直に答えました。こわごわと、感触を確かめるかのごとく。その額には、水滴が浮いていて、頬にはかすかに赤みが差しています。湯浴みしたからか、あるいは――。
「その場で、なにを見聞きしましたか」
「ミルテさんと、タルトと……そのひとがいるのを、見ましたわ。ほかは、なにも」
「なるほど。機密漏洩の懸念も消えたようですね」
ハートが腹をくくったみたいに深呼吸をして、調書の作成を進めるミルテさんにたずねました。
「……あの、あそこで、なにをなさってたんですの……?」
ミルテさんは筆を止めました。
「ミルテさんが……そのひとを、羊のなかに投げ入れるのを、見たんですの」
遠慮気味ながらも、問い詰めるような口調。ハートは、ミルテさんに疑惑の念を抱いているのでした。
「――我々の会話は聞いていましたか?」
「いいえ、遠かったですし……その、羊がうるさかったので」
「そうですか。あれは、羊風呂と言って、遊牧民の間で伝わっている治療法のひとつです。代謝を促し、毒を排出する効果があるのですよ」
「タルトは、止めようとしていたように、見えましたわ」
「いささか刺激的な光景ですからね。ですが、だからこそ、逆に見ておいてもらいたかったのです――つがうことを約束したもの同士だそうですから」
「……不潔じゃ、ありませんの? ばい菌とか、いっぱいいるんじゃないかしら?」
「あの小屋で飼育している分は、もともと食用ですからね、きちんと清潔にされているのですよ」
「逆に、羊に病気を移して、全部だめにしてしまったのではありませんの?」
ミルテさんに対してわずかに警戒の色を示していたハートの紺碧の瞳は、知らず知らずのうちに議論好きの色相へとうつろいつつありました。
「そうなれば検体が増えるので様々な研究がしやすくなるでしょう。実は、あそこの羊はもともと食用でしたが、結晶検疫室での試験用に全部買い取る契約を結んでいたのです」
ハートは得心したという様子で緊張を解きました。農場で目にしたミルテさんの行動から、ハートにはなにか思うところがあったようですが、今ではその懐疑心はすっかり拭い去られているようでした。
ハートにとってミルテさんは目標であり、崇敬の対象でもありました。不審な点が多少あったとしても、自分の思い違いだと解釈するほかないのです。わたしが、先生を信じつづけているように。
汗ばんだ太ももを擦り合わせながら、ハートが申し出ました。サファイアはとろんと潤んで、少々ぼんやりしています。
「そろそろ、戻りたいのですけれど……」
「もう結構ですよ。お時間を取らせてしまいましたね」
「いえ、こちらこそ、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたわ」
若干ふらつきながら腰を上げ、ハートが帰り支度をはじめました。どこか名残惜しげに、絶えず先生の容体をうかがいながら。
わたしのこころを深い安堵が包みつつありました。どうやら、ハートは無事に帰してくれるようです。
「先生が気になりますか」
「ええ、まァ……」
宛然、その二言が自らの主義にもっとも反する忌むべき思想であるかのごとき消極性で、ハートは首肯しました。そして、何気なく、確認する程度の気軽さでたずねました。
「そのひと……ほんとうに、病気なんですの……?」
ハートは先生によい感情を持っていませんでした。誰より先生のことを忌避していたと評しても言い過ぎではないでしょう。ゆえにハートは、先生が仮病を使っているのではないかと邪推していたのです。
ですがそんなハートの心情を知らないミルテさんにとっては、疑念を向けられているともとれたはずです。最悪の質問でした。
「どういう意味でしょう」
ミルテさんの声の変化は微妙なものでした。いえ、今までとまったく変わっておらず、わたしの勘違いだったのかもしれません。ですがわたしは――名前越しに窃視しているに過ぎないにも関わらず、喉元に抜身の猟杖を突き付けられているような、そんな錯覚に陥っていたのです。
「わたしを疑っておいでですか」
「あ、いえッ、そうではありませんわ」
ハートは慌てて訂正しましたが、ミルテさんの雰囲気の変わりようには気づいていない模様。
「そのひとが病気のふりをして、ミルテさんに近づいているのではと、思っただけですわ」
「……先生はそれほど器用な方ではありませんよ」
「それもそうですわね。では、お暇します。そのひとを――よろしくお願いします。……あれ? 鍵が――」
部屋を出ようとしたハートですが、鉄扉には鍵がかけられていました。ミルテさんがハートの背後に立ちました。開錠してくれることを予想してか、ハートが振り返りました。
「むぐぅッ!?」
ああ――そんな。
唇を、奪われていました。ハートは一瞬、身体を硬直させ、すぐさま逃れようとしましたが、片手で扉に身体を押さえつけられてしまいます。そしてもう片方の手が衣服の合間に滑り込み、股ぐらを探ると、陰部を指で擦りはじめました。
「んむーッ! んッ、んぐッ! んんッ!? んっ、んっ、ん……っ! んうぅ……っ!」
最初はばたばたと暴れていたハートは、突然びくりと腰を震わせると、身もだえすることしかできなくなりました。下着をずらされて、とうとう膣内にまで侵入を許してしまったからです。
「んーっ、んっ、んっ、ぅうんっ! んーっ!」
ミルテさんが幼い膣を弄ぶたびにびちゃびちゃと湿り気を帯びた音が奏でられ、ハートは腰をくねらせ、悶絶しました。薬が効きにくいわたしとは違って、ハートは先生と同様に強い強い刺激に翻弄されているようでした。ゆえに、あっさりと。
「――っ、――っ、――っ!」
もう――。
がくがくがくと下半身を痙攣させるや、ハートは腰を抜かし、その場に座り込みました。ミルテさんの巧みな手淫によって、気をやってしまったのでした。わたしが悦ばせていたときよりも、ずっとずっと、何倍も早く。
ハートは失禁してしまったのか、大量の水分が床に広がっていきます。
「おや、その月になって粗相ですか。いけませんね。教育して差し上げましょう」
ミルテさんはハートの手を引いて寝台まで連れて行きました。薬を投与された上でのあまりに強烈な絶頂体験だったからか、ハートはなすがままです。
途中、ハートのもつれる足が、ミルテさんが先ほどまで腰掛けていた椅子をひっかけて倒してしまいます。椅子の上に放置されていた用箋挟が床に落ち、わたしの位置からでも羊皮紙が見えました。ほとんど、白紙でした。
考えが甘かった――薬を盛ったのだから、ミルテさんは最初からそのつもりだったはずなのに。ハートとの会話は、薬が十分にまわるまでの、時間稼ぎにすぎなかったのです。
ハートを先生の横に寝かせると、ミルテさんは先生の肩を揺すりました。
「先生、起きてください。清めてあげてくださいな」
「んぅ……? んん……、ん……?」
はたして先生は瞼を開きましたが、エメラルドの虹彩は濁りきっていて、意思を感じさせません。実際に、先生はミルテさんの言葉を解していないようでした。まるで――言葉そのものを、忘却してしまったかのように。
「しょうがありませんね。ほら、大好きなお薬ですよ」
やめて――。
ミルテさんは銀筒を懐から取り出すと、粉薬をふりかけました。ハートの、愛液と尿で濡れそぼった、幼い陰唇の上、陽根の名残である古い瘢痕に。それを目にした先生はむくりと起き出し、ハートの秘部にべちゃべちゃと舌を這わせはじめました。
「ん……♥ ちゅ……っ♥ ぇお……♥」
「んわッ!? 熱ッ!? あっ、あっ、あっ、なにっ、なん、ですのっ、んうっ!?」
唐突に性器にむしゃぶりつかれ、ハートが放心状態から戻ってきます。自身の股間に顔をうずめている相手が先生だと知るや否や、ハートは激しく暴れはじめました。
「あッ! あなたっ、ふざけな――あッ、やッ、いやッ!」
先生を突き飛ばそうとするも、ミルテさんに後ろから四肢を拘束されて、股を開かされます。
「あ゙ッ! やめてッ! やめて、ったらあッ! んいっ!」
陰唇をあられもなくさらけだされたことで一層舐めやすくなり、先生は汚い音をたてて一心不乱に薬の溶けたハートの体液をすすりはじめました。
「ずずず……っ♥ じゅる……っ♥ んむ……♥」
「……どうしてぇっ! どうして……っ、こんなことぉ……ッ! 信じ、かけたのに……っ! 信じようと、思ったのにぃ……ッ!」
やがてハートは抵抗することを諦め、わんわんと泣きじゃくりました。ハートらしからぬ、駄々をこねるこどもみたいに。大切なものに裏切られ、溜まりに溜まった負の感情が、ついに決壊してしまったかのように。
「もう……! いや……ッ! あ……ッ! なにも、かも……! いやぁ……! あ゙っ!」
先生に薬ごと陰部を舐められたせいで膣粘膜からも吸収してしまったことに加え、涙を流すほど昂揚しているせいか、ハートの肉体には急速に薬の効能が現れていました。発汗量の増加、神経過敏、譫妄――。
「やめっ、てぇ……っ! あ゙っ! いやぁ……! たすけてぇ……! おかあさぁん……ッ!」
今まで一度だって口にしたことのない、母にすがらんとするハートの弱々しい声。ハートは相当に危険な陶酔状態にあると察せられます。
だと言うのに、先生の口淫は止まりません。ひたすら機械的に、あるいはあの羊どもめいて、容赦なく薬を舐めて塗り付け貪っていきます。
「も゙……ッ! お゙……ッ! ――ッ! ――ッ! ――ッ!」
なかばのたうちまわるような全身の不随意運動で、ハートが絶頂に至ったことを示します。わたしとのお遊びのような交尾では決して味わえるはずのない、深く、あまりにも深く、暴力的でさえあり、恍惚を超越し、価値観を破壊する類の多幸感。
それに連動して、先生もまたお尻を震わせ、陰唇からびしゃびしゃと体液をまき散らすと、動力を失ったみたいに再び脱力し、寝台に突っ伏しました。
ミルテさんがハートの体勢を変えさせ、ほころんだ陰唇に肥大しきった陽根を押し当てました。未熟なハートの性器相手では、ミルテさんのそれは冗談のような長大さを誇っています。
もう、やめて――。
到底収まるものとは思えないませんでしたが、ミルテさんはめりめりと音が聞こえそうなぐらい強引に押し込んでいきました。
「んぎいぃいいッ!?」
気絶していたハートが、可憐な容貌には似つかわしくない苦悶の声を上げました。まだ熟しきっていない胎内に凶暴な異物を突き立てられ、ハートに著しい負担がかかっているのは歴然でした。ですが――こういうとき、ミルテさんが慈悲のこころを思い出すことはないのもまた、わたしには歴然でした。
「あ゙ーッ! あ゙ーッ! あ゙ーッ! んああッ!」
ミルテさんが陽根を激しく往復させ、肉を打ち付ける音と、ハートの悲鳴が部屋に響き渡ります。
気が遠くなるほどの喪失感――この第二一八塔で、この根の国で、最後の聖性までも、粉砕された気分。
「あっ、あっ、あっ、ああーッ! あっ!」
苦痛からか最初は引き気味だった腰が、徐々に浮いてきました。さながら、より奥まで迎え入れんと望むがごとく。わたしとの性交で、興奮が最高潮に達したときの、ハートの癖でした。
幾度となく奥を小突かれ、膣肉がほぐれてきたのでしょう、ミルテさんのものが根元まで埋没するようになりました。途端に、ハートは悶絶するようになりました。
「くあッ!? あっ、あっ、そこッ! そこっ、そこっ、そこっ、そこおぉっ!」
「ここが、どうかしましたか」
わたしでさえ陽根を全部挿入すれば膣奥に到達するのですから、今、内臓はかなりの圧力で押しつぶされているはずです。激痛を感じずにいられるのは、薬の効能にほかなりません。
「だ、めっ、ですわ……っ! だめっ、だめっ、だめ……っ! お゙……ッ! お゙ぉ゙ぉ゙……ッ!」
先生の痴態をも連想させる、人目もはばからぬみっともないよがり声――ハートが、あんな声を出すなんて。
ハートは、わたしと致すときは、必ず声を押し殺していました。おもしろがって、なんとか声を出させようとしたこともありますが、控えめに喘ぎこそすれ、絶対に先生のように叫んだりなどしませんでした。養護室のほかのシシに露見しないようにという意図もあったのでしょうが、ハートの性格から推察するに羞恥が最たる理由でしょう。
それが、今や――最も多く身体を重ねたわたしでさえ、これほど乱れるハートの姿は目にしたことがありませんでした。
「――っ! ――っ! ――っ! ……っ、……っ、……っ、はっ、あっ、あっ、まっ、またぁっ」
強烈に達しても、おとなの猟民の無尽蔵ともいえる体力でひっきりなしに力強く蹂躙され続ける――ハートにとっては未知の体験のはずです。
「ひっいぃっ! やす、ませ……っ、あッ! あッ! あッ! んあ゙ッ! あーっ! っく――ッ! ――ッ! ――ッ! ……っ、……っ、ふっ、ふー……っ、ふー……っ、……あ゙っ! あっ!」
ハートは性的な感覚がまだ開発されきっていないにもかかわらず、いつしか先生に負けずとも劣らない頻度で気をやり、その証拠に幼膣を出たり入ったりする陽根は、粘ついた体液が絡みつき、すっかり真っ白に染まっていました。
この数十分間でミルテさんがハートを絶頂に追いやった回数は、わたしがかつてハートを絶頂に導いた回数を遥かに上回っていました。わたしとするときは、一度の性交でせいぜい二、三回果てるだけでしたから。
その数が増えるにつれ、わたしとハートの間の見えない何かが寸断されていく音を聞きました。そして、こころのなかの昏い窩には、一滴、また一滴と煮えたぎる汚泥が滴り落ちるのでした。
許さない――。
ハートを背負って、塔を下り、養護室へ。
ハートは目覚めてはいましたが、薬の影響か、はたまた精神的に参ってしまったのか、いかなる反応も示さなくなってしまったのでした。
ひとしきりハートを凌辱すると、ミルテさんはあっさりわたしの拘束を解きました。沸き立つ血をなんとか制御して、わたしはハートを一刻も早く遠ざけようとミルテさんの私室をあとにしたのでした。
初めて先生に出会った周、先生におぶってもらったことを、なんとなく思い出していました。
ハートの身体は燃えるように熱く、体液を吸った服が背中にべっとり張り付いていました。まとわりつくような重さが、窒息感をもたらし、すべてわたしのせいだと苛むようでした。
本音を言えば――ミルテさんのことを、ずっと羨んでいたのでした。地位、名誉、権力、能力、美貌、すべてを兼ね備え、それどころか、わたしが渇仰する地平線たる先生と、おなじ血を共有していることが、何よりわたしに不可分な聖性をうかがわせていました。
絶対にかなわない――でも、それでいいのかもしれない。先生がしあわせでさえいてくれるなら。わたしのような醜く矮小な魂とつがうよりも、ずっと。
あのひとが持つものは、あまりに、輝かしい魂に感ぜられたから。わたしの不灼性が照らしだされ、浮き彫りになっているだけなのだと、そう誤認させられていたのでした。
でも、もう違う――あのひとは。決して、清廉なひとではない。わたしとおなじ、不灼のシシ。不灼の太陽。羊風呂で気絶する直前に得た邪な幻に間違いはありませんでした。
許しては、おけない――。
風紀室に駆け込むことも一瞬頭をよぎりましたが、こどもふたりが何を吹聴しようと無駄でしょう。根の国でも究極の魔法をその身に宿した希代の元猟民の不謬性を、組合が疑うことは絶対にありませんから。
部屋に戻ると、真っ先にハートを休ませました。旧態依然として、サファイアの虹彩は虚空を眺めています。名前を呼んでも、反応なし。それならばと、わたしは室長先生の部屋に。
ハートがもっともこころを許していたのは、室長先生でした。室長先生もまた、ハートのことをよく気にかけているようです。きっと室長先生ならちからになってくれるはずでした。
が、あいにく室長先生は不在でした。わたしは食堂で札遊びに興じていた双子にたずねました。
「メグせんせ? いないの? めっずらし」
「そういえば、出かけるかもって言ってたような」
「……あー、言われてみれば、そんな気がしてきた」
「行先は、聞いてませんか?」
「たしか――ミルテさんのところだったかな」
塔がひっくり返ったのではないかと錯覚するほどのぐらつきを覚えていました。双子に心配されながら、壁伝いになんとか歩いて部屋に戻ろうとして、思いとどまり、先生の寝室にお邪魔すると、横になりました。
薄まりつつある先生の匂いを肺いっぱいに溜め、感覚を研ぎ澄ませて、処分されてないことを祈りながら、識魔法を励起。例の羊皮紙に繋ぎます。
養護室からでは距離があるせいか、ずいぶんおぼろげな視野。軽銀の壁に包まれていました。正面には、天井だけ――どうやら、屑籠のなかにいるようです。羊皮紙は捨てられてしまったものの、破壊されなかった模様。
わたしの名前が、熱のこもった深呼吸のような音を捕らえます。
「……っ、……っ、はっ、はぁぁぁ……っ♥」
次いで、耳慣れた、ミルテさんのいかにも済まなさそうな謝罪。
「わざわざご足労いただいて、申し訳ありません、ノート室長。言い訳ですが、治療で手いっぱいでして」
「……タルトに、持たせてくれれば……よかったのに……」
室長先生の声――どこかうっとりしたような声音。
「おや。ノート室長も、なかなか慈悲のない方ですね。養護室の室長なのですから、もっと憐み深い方かと信じていましたのに」
「……っ、そんな、つもりじゃ……」
「しかしまァ、薬をタルトに運ばせるぐらいで動じるはずがありませんよね。今までの行いを鑑みれば」
「……っ! ――方針会議で……失敗したのは、……あなたが命令したから、でしょう」
「ノート室長が、薬がほしいとおっしゃったのではありませんか。本当に養護室のみなさんをお売りになった周には、夢でも見ているのではないかと思いましたが」
なにを――なに?
「誰だって、そうでしょうね。こどもたちがひもじい思いをしている間、室長ともあろうお方が、書類を作るふりをして酒と薬に溺れていたなど、想像だにしないでしょう」
「や、めて……言わな、い、で――あァんッ! あ……ッ! あッ! あッ!」
寝台が軋みます。室長先生が喘ぎます。
「事実でしょう。あの方針会議よりも以前から、豊富とまでは言えないにしても、個別講義をせずとも食べていけるだけの予算はあてがわれていたはずなのですから」
「いっひいぃンッ! んッ! んッ! んぅッ!」
「しかも予算だけでは足りないからと、薬のために先生やこどもにまで身体を売らせていたのはどこの誰なのだか――本当に度し難いお方です」
「ちがッ! あーッ! あーッ! んッひいいッ!」
「しかし、あの子にだけは――ハートにだけは、よくしているそうですね。滑稽なこと。贖罪のつもりですか?」
「あッ! あッ! あッ! あなたがッ! あッ! それをっ! いうの……っ! あたっ、あたし、は……後悔、してる、の……っ! 今でも――あンッ! しんじ、られない……自分の、娘を――ニッカとの娘を……、去勢する、だなんて……ッ!」
「あれは、事故でしたから」
「んッ! んッ! っくうッ、……そんなわけ……ッ、ない、でしょう……ッ!」
「どうやらノート室長は、自分が去勢の手助けをしたと思い込んで、罪悪感にかられているようですね。――もっとも、それさえも利用しているように見受けられますが」
「ふうぅッ! ――っ、……ど、どういう……いみ……っ?」
「だって、そうでしょう。先生の代わりに――ハートで自らを慰めていたのでしょう?」
「――っ、――っ、な、に……を、いって……」
「先生では、自慰をする度胸すらなかったのでしょう」
「――っ、――っ、――っ!」
「やはり、そうでしたか。せっかくですから一回ぐらい、先生とやらせてあげましょうか。ほら、先生が眠っている今なら、舐め放題ですよ?」
「……っ、……っ、……っ、……あむっ♥」
「これはこれは。よもや、本当に舐めるとは。おかしくてたまりませんね。どうです? おいしいですか? 先生の娘を売ってまで、舐めた性器は」
「――っ♥ ……はっ、はっ♥ じゅるっ♥ ちゅっ……むちゅっ♥ は――っ、っくふうぅッ♥♥」
「っく……、すごい、締め付けですね。しゃぶりつきながら、イッてるのですか? よっぽど先生のことを、一途に想い続けていたのですね。振り向いてもらえるはずなどないのに……哀れなお方。しかし、ようやく報われたようで、喜ばしいことです。想いびとの薬漬けの性器をすすって気持ちよくなれるだなんて、ノート室長は誰よりも恵まれていますよ」
「――っ♥ ――っ♥♥ ――っ♥♥♥ んぶッ!? えほっ、ごぼっ」
「おやおや。先生も嬉しさのあまり、お漏らししていますね。よかったですね、これは相思相愛である証拠に違いありませんよ」
「ごく……ッ、ごく……ッ、げほっ、ごく……ッ♥」
「想いが伝わって、さぞかしわたしに感謝しているところでしょうが、お礼は結構ですよ。きちんと仕事さえしてくだされば。明周から、指示通り、ハートの食事にも薬を混ぜてくださいね。先生の食事に、そうしていたように」
室長先生は、自室に戻るといかにもくたびれた仕草で油灯を灯しました。手に提げていた皮袋の中身を、散らかった机の上にぶちまけました。銀筒を開けて、粉薬を匙に乗せると、一気に吸い込みました。
「ふぁあぁぁああ……♥」
普段のおどおどびくびくした様子からは考えられない、すっかり脱力し、恍惚に浸る、緩みきった表情。
そしてふわふわした足取りで戸棚へ向かい、なかを漁りはじめますが、目的の品はなかなか発見できないようでした。わたしは埃っぽい寝台の下から這い出るや、わざと大きな音を立てて床に瓶を置きました。
「探し物は、これですか」
室長先生は、飛び上がりそうなほど驚愕しました。
「タ、タルト……? いったい、どうして――」
「……聞きたいことがあるんです」
鼻に白い粉をつけたまま、アメジストの虹彩をそわそわさせる室長先生。
「……だ、だめよ、勝手に、部屋に入るだなんて……」
「すみません。でもここでわたしと室長先生が話していることを、誰にも知られたくなくて。お互いに、不都合そうですから」
「どういうこと、なの?」
「聞きたいのは――さっきミルテさんの私室で話していた内容です」
目が見開かれ、完全に硬直します。声は上擦り、舌はもつれまくっています。
「な、な、なな、なんの、こと――」
「方針会議。薬の混入。全部、教えてくれますか。あなたが、あのひとと関わってしたこと、すべてを」
「どどっ、どうして、知って……」
「わたしがどうして知っているのかは、関係ありません。わたしが知ってしまった内容が、真実なのか、そうでないのか。それが一番の問題なんです。わたしが聞いた内容をそのまま風紀室に報告したならば、きっとあなたは廃棄処分にされてしまいます。単なる勘違いで、室長先生が処分されてしまうことだけは、避けたいですから」
「ごッ、誤解なの……ッ! あのひとが、言ったことは、全部、嘘で……」
「今しがた、吸っていた薬は? このお酒は? これも夢か幻か、魔法とでも?」
「――ッ!」
「わたしはッ! 今まで、ずっと、あなたのことを信じてきました。でも、今はもう、無理です。ちょっとでも疑わしいと思えば、嘘だと思えば、わたしは風紀室に聞いたままを伝えます。だから、事実だけを、教えてください。嘘さえつかなければ、わたしは黙っているつもりです。あなたには少なからず、恩義を感じていますから」
椅子を勧めました。卓上の汚れた杯に、お酒を注ぎました。室長先生の手に押し付けました。室長先生はたっぷり五秒間、お酒の水面を見つめると、杯を受け取り、一口で乾しました。眼鏡を外して、顔を両手で覆いました。
「何から、話せばいいのか――」
ではわたしが質問しますから、それに答えてくれますか。
「……」
方針会議で失敗したのは、故意のことだったんですか。
「……そう、よ。あのひとに、そう指示された、から」
どうして、あのひとはそんなことを?
「ニッカが、エメラルド板の解析依頼を、断れなくするため、よ」
あのひとが、先生に近づくための口実づくりだった?
「そう、よ……もう一杯、もらえるかしら」
ではあのエメラルド板は偽物だったんですか? 第六天魔法の大義名分も?
「さァ……? そこまでは、知らないわ……あたしはただ、指示に従ってただけだから――」
あのひとが現れたのは、方針会議のあとですよね。以前から、交流があったんですか。
「たぶん、あのひとが遠征から戻ってきた時期……あなたが、ここにやってきた頃、かしら。向こうから、連絡があったの……よりを戻したいから、協力してくれ、と。あたしも、最初は、拒んだのよ……ニッカが、許すはずないって、思ったから……でも、見返りに、薬を横流ししてくれると言われて……断れなかった」
その薬は、先生に投与されていたものとおなじものですか。
「あのひとがくれたものと、今まで出回ってたものでは、純度が違いすぎるから、まるで別物だったけど……成分としては、たぶん、おなじよ……昔から、猟民の間に伝わるもので、その――すっきり、するの」
解熱効果や、殺菌効果は?
「……たぶん、ない、わ」
室長先生が食事当番のとき、先生の食事に薬を混ぜていたんですか。
「……ニッカが研究の依頼を受けて、しばらくして……ニッカが最初に体調を崩したときから、よ。そうしないと、薬を、もらえなかったから」
先生は病気ではないと、わかっていたんですね。
「……ええ」
あのひとの目的は? 本当に先生に接近したかっただけなんですか?
「たずねたことも、ないわ……機嫌を損ねて、薬をもらえなくなったら、困るもの……」
……よくわかりました。
薬、薬、薬――。
酒瓶を置いて、わたしは腰を上げました。
「ねェ……本当のことを、話したわ……だから……誰にも、言わないで……」
「言いませんよ。――こんな最低の裏切り、口にしたくもないですから」
「……ッ」
扉の持ち手を握りかけ、手を離しました。
「……わたし、ハートは、孤児だと思っていました」
室長先生は眼鏡をかけなおしました。きれいな深紫の虹彩は、薬と酒精ですっかり淀んでいます。
「ニッカが産親であることは、ハートは知ってるわ……あの子はニッカを嫌っているから、認めていないし、孤児のように振舞っているけれど。でも、あのひとが胤親であることは、知らないわ……ニッカが、ずっと隠してきたから」
「あのひとが、ハートを――去勢したんですか」
「割礼を施そうとして、失敗したって、言い張ってるけれど……あの周、あたしはニッカを無理やり外に連れ出すように言われたの。ニッカは、事故だったというあのひとの言葉は、信じてる、みたい……」
「去勢の理由は……知っているわけないですよね」
「ええ……。――ねェ、お願い、ハートには、言わないで……あたし、あたし、まさか、あんなことするとは、知らなくて――」
「言いませんから。考えを整理したいので、今周のところは、もう、いいです。また改めて、話を聞かせてください。それから、ハートの食事に薬を混ぜるのは、やめてください。ひとつまみでも入れようものなら、風紀室に行きますから」
わたしは扉を開けました。一刻も早く、このおぞましい不灼のシシから離れたくて。
廊下で、深い、あまりにも深いサファイアの双眸が、わたしを待ち構えていました。
背後で室長先生が息を呑む音が聞こえました。
ハートが言いました。
「あのひとを――廃棄処分にしますわ」
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