主塔に向かう。猟民用の入口から入る。猟民用の昇降機で昇る。狩猟室に出頭する。
会議室に通される。狩猟室室長、次長、猟民委員長――錚々たる顔ぶれ。総猟の付き合いの出席。
総猟――マルギト・メルキオール・アーリィライトが荘重さを輻射している。あまり手入れされていない金色の毛並、煌々とぎらつくトパーズ、燃えるような黄金のデンドライト――二本。
当代最高の猟民。わが胤親。なるだけそちらを見ないようにする。
管理室狩猟担当主任――シャンディ・イェソド・エルカイの視線を感じる。瀟洒な衣装に身を包んだ、つくりもののような端麗な容貌――母主イェソドの生き写し。銀糸の長髪、釣り目気味のダイヤモンド、白金のデンドライトの付け角。シャンディは角ありだが、角は水銀だったため、エアマイグレーションしなかった。
シャンディは薄笑いを浮かべている。赤い舌をちらつかせている。
ほかのものは眠そうにしている。欠伸をしている。ひそひそ話をしている。一様に聞くまでもないという表情。
報告する。道すがら整理していた内容。ティファレトとの会話、聖母のエーテル、シシと羊、内通者――すべて伏せる。戦闘事実だけを述べる。嘘はついていない。
悪夢が蘇る。頭痛がする。憎悪が増大する。
お偉い方がどよめきはじめる。ファークラスの死、マルギトの娘の失態――いったいこれはなんの冗談だ?
拠点制圧の報告を聞くはずが、どちらも予想だにしない出来事。
マルギトは真っ赤になっている。憤怒の体臭をまき散らしている。身体を震わせている。
シャンディは薄く笑んでいる。おもしろくなったという顔をしている。
質問攻めにされる。会議が紛糾する。
対策について議論しはじめる。お偉い方が方々にサイマトで連絡する。
処遇について議論しはじめる。正式な猟隊の解体と休暇を言い渡される。一時的に猟長の任を解かれる。
しばらくはろくでもない任務にまわされるだろう。それでいい。誰も狩りたくない。できれば羊も。
しばらくは猟長の職に戻れないだろう。それでいい。自分とニッカのことだけを考えていたい。もとより欲していた地位ではない。
ずっと期待されていた。期待には応えていた。初めて血銘に土をつけた。不思議と溜飲が下がる気がした。やけに重圧が軽くなった気がした。
会議が終了する。解散する。
シャンディに声をかけられる。「あなたは残ってちょうだい。あなたの今後について相談したいことがあるの」マルギトに問う。「そうね、二時間ばかり。お借りしても? 総猟?」
「……好きにすればいい」マルギトが絞り出すように言う。足早に出ていく。
首をかしげる。「母に伺いを立てる必要はありませんでしたが」
シャンディが笑む。「一応ね」うっすら。意味ありげ。
机が暴れている。軋みを上げる。わめきたてる。
会議室に肉を打ち付ける音が響く。水っぽい音が混じっている。
それら以上にかまびすしく、机の上でシャンディがよがる。「あ゙ッ♥ い゙ッ♥ い゙い゙ッ♥ そおッ♥ もっとッ♥ もっと奥ッ♥」
会議室は防音が効いている――シャンディのお気に入りの場所。机の裏に避妊具も常備。
要望通り、最奥を陽根でえぐる。細身をちから任せに突く。
シャンディの割礼された肉柱が揺れる。腹を叩いてくる。愛液がしぶく。毛氈の絨毯にこぼれる。染みをつくる。
「あぐっ♥ いいっ♥ いいわっ♥ っく♥ イッく♥ イッく♥ ――っ♥♥」爪を立てられる。喉をかじられる。膣が締め上げてくる――万力顔負け。
体温で化粧と香水の香気が揮発している。くらくらする。頭痛がする。憎悪が増大する。
月薬が効いてきている。ニッカで催した劣情が、体内で爆発している。
すべてをシャンディにぶつける。めちゃくちゃに犯す。熱を発散させる。発熱する。
「はっ♥ はっ♥ はっ♥ んむっ♥ あむっ♥」甘い吐息がかかる。顔を舐めまわされる。舌に噛みつかれる。唇が裂ける。血をすすられる。
生っ白い肌が血で蒼く扇情的に染まる。そそられる。ますます犯しまくる。腰を振りながら、シャンディの焼けるように熱い陽根を扱きあげる。
精魔法を励起する。息を止める。思い切り射精する。閃光に目が眩む。鋭利すぎる絶頂感。
手のなかで律動を感じる。シャンディも射精している。ふたりの胸と腹が精液で汚れる。
椅子に腰を下ろす。汗だくになっている。革が皮膚に張り付く。
シャンディがすり寄ってくる。肩で息をしている。薄い笑み。胸に飛び散った精液と血を赤く艶めかしい舌で舐めとってくる。
避妊具を外してくる。萎えかけた外性器を口に含んでくる。しゃぶりついてくる。勃起させてくる。五枚目の避妊具をかぶせられる。
底なしの性欲――満月の猟民並み。
「まだ、するのですか」
淫猥な舌なめずり。「久しぶりだもの。溜まってるのよ」ダイヤモンドの虹彩の奥に、蒼い血が流れている。対流している。
「その、わたしに挿れてもいいですから、そろそろ――」
「いやよ。あなたのはこっちのほうが気持ちいいもの」ずけずけ。「でも……そうね。お望みなら、こっちもいじめてあげるわ」嗜虐的な薄笑い。
跨られる。膣で肉茎を飲み込まれる。腰を揺すりつつ、陰裂をくすぐられる。
むずむずする。「っく……ふぅ、っん……」人差し指を噛む。「どッ、同時、は、感じすぎて……しまい、ます」
指を挿し込まれる。「へェ?」腺を指で磨り潰してくる。
腰が叩きつけられる。シャンディの滾りが跳ねる。腹に当たる。
首筋を舌が這いずりまわる。甘噛みされる。空いたほうの指で乳頭を弾かれる。乳房が痺れる。あらゆるところから鮮烈な性感を強引に引きずり出される。腰が浮く。
負けじと突き上げる。「んううぅうッ♥」シャンディが目をぱちくりさせる。「あっ♥ あっ♥ そうっ♥ そうよっ♥ やっとっ♥ やる気にっ♥ あっ♥ なったわねっ♥」唇を吸われる。首に腕をまわしてくる。
軽い身体を抱え上げる。体勢を入れ替える。椅子にシャンディを押し込み、脚を開かせ、腰を振りたくる。
「んっ♥ んあっ♥ ふかっ♥ もっとッ♥ もっとッ、はげしくしてっ♥ しめてっ♥ しめなさいっ♥」
喉に手を伸ばす。ちからを込める。ゆっくり締め上げていく。
途端に、愉しげだった顔がとろける。舌を突き出し、唾液をこぼす。「ぅっ♥ ぅぐぅっ♥ ぉごっ♥ おっ♥ きひ――っ♥♥」
膣が痛いほどに締め付けてくる。眼球がひっくり返っている。泡を吹いている。
射精する。シャンディも。陽根には触れてもいないのに、ほとんど同時に。
視界が明滅する。疲労感が押し寄せる。頭痛がする。憎悪が増大する。
シャンディが鎖骨に口づけてくる。唇の紅が移る。「ふゥ……、やっぱりあなた、最高だわ」舌で汗を拭う。薄く笑む。赤い唇を舐める。耳飾りに触れられる。耳打ちされる。「それ、たしかあなたの世話係のだったわよね」
シャンディとは古い仲だった。自分たちが産まれるよりもずっと前から、血銘同士の付き合いがあった。
アーリィライトが黄金流体と万物毒の双極なる血なら、エルカイは純然たる聖母の血だった。
アーリィライトがそうであるように、エルカイもまた自己循環をさだめとする血だった。角あり同士である以前に、決して交わりえぬ血同士――禁を破ったのはシャンディからだった。
シャンディからは度々求められる。はっきり断ったことはない。母主の娘の機嫌は損ねられない。
シャンディはほかのものとはしている感じはしない。おそらく執着されている。おそらく愛されている。
あるいはただの戯れなのかもしれない。どちらでもいい。興味はない。
自分から求めたことはない。シャンディは嫌いではないが、愛してはいない。
都合はよかった。ヘルマではできないことをした。ヘルマにはしたくないことをした。ヘルマのことは愛していた。ニッカの次に。
シャンディとは、互いに性欲を処理し合うだけの関係だと割り切っていた。
シャンディが衣服の乱れを直す。「あァ、会議室の使用記録に署名しておいてちょうだい」
衣嚢を漁る。「……すみません、剣筆を忘れてきてしまったみたいで」
「らしくないわね、第六天使いさん?」
受け流す。「ばたばたしていたもので」
最初に第六天使いと呼びはじめたのは、シャンディだった。その呼び名は瞬く間に広がった。
畏れ多く、まがいものめかしい――マルギトは気に食わないようだった。
シャンディが懐に手を伸ばす。ちっぽけなからくり短刀を手渡してくる。
ぱちん、と小さな剣筆を展開させて、指先を引っ掻き、壁に嵌め込まれた形状記憶ミスリル板の使用記録に名をしたためる。短刀に、LCという刻印が入っていることに気づく。
「これは……記号ですか」
シャンディが鏡を覗き込む。「文字よ。降射原語だけど。エルカイを表しているのだそうよ。それに、たしか……月の子、という意味もあったかしら」化粧を直している。
降射原語――陽光柱に含まれる降射文化を記述する言語。検閲室か管理室しか閲覧権限なし。
降射原語の刻まれた剣筆――まさしく権威ある文民の象徴。いかにも小洒落たシャンディ好み。
剣筆を返そうとする。シャンディは首を振る。「あげるわ、解任記念に」悪戯っぽい笑み。
思い立つ。会議室を出る前にたずねる。「エーテルについて教えてほしいのですが」
「なァに?」
第四二塔では、母主は必ず精素室室長を兼任する。エーテル製造のすべてを掌握する。シャンディもいずれ精素室の長となる。娘であるなら、なにか知っているはず。
「エーテルの原料は、なにを使っているのですか」
「どうして?」いぶかしげに。
「興味を持ったもので」
ダイヤモンドの蒼さが深みを増す。「あたくしも知らない、というより、教えられないわ。たとえ、第六天魔法にもっとも近いと称されている、あなただとしても。最上級機密なのは、わかっているはずよね」硬い眼差しになる。
「……すっかり失念していました」
シャンディは自分に拘泥している。だが、甘くはない。
聖母のほうをより愛している。
第四二塔は組合の侵攻に備えはじめた。哨戒が増強された。猟民は緊張状態になった。
指弾を受けた。ろくでもない警邏任務に充てられた。三交代制。当番の間に、猟杖を抜いたことは一度もなかった。三〇分おきに欠伸をするのが仕事だった。無為な時間だけが過ぎていった。
ほかの猟民から、後ろ指を指されるようになった。仄聞するところによれば――ファークラスを盾にし、猟隊を捨ててひとりだけ生き延びた臆病者。
それでいい。甘んじよう。なんとでも、言うがいい。虚無感がそう思わせた。名前だけになった仲間のことを想い続けた。孤独な時間だけが過ぎて行った。
マルギトとはますます疎遠になった。一言も交わしていなかった。常に瞋恚の臭気を滲ませていた。
もともと良好な関係とは言えなかった。マルギトからは実力だけは認められていたが、一度たりとも好意的な感情を感じたことはなかった。
それでいい。世話係、優れた血の友たち、師匠――母から与えられたものはすべて失った。
悲哀はあった。憎悪はあった。だが、なにより、最初から自分には分不相応だったという思いがあった。
誰しもが猟民としての自分を期待していた。そんなものが存在しないことは誰より理解していた。
遠出しなくなったので、毎周帰れるようになった。ニッカは喜んだ。ろくでもない任務に感謝するようになった。だが――。
書庫牢に帰った間際は、ニッカの様子がおかしいことに気が付いた。どこかよそよそしかった。顔を合わせようとしなかった。傍に寄ろうとしなかった。しばらく経つと、いつもの明るさを取り戻した。甘えてきた。
一度だけそれとなくほのめかしたが、はぐらかされた。ニッカにだけはわずらわしく思われたくなかった。深く追求できなかった。現状に満足していた。
死者の月を迎えた。
塔の麓が賑わっている。シシどもが白い髑髏の仮面をつけ、黒い外套をかぶり、聖母の人形を担ぎながら行進している。
笛を吹き鳴らし、太鼓を叩き、花火を弾けさせる音が離塔まで届いている。
かつてない盛大な弔い――主にファークラスを悼むもの。
第二象限から、ニッカはそわそわしている。研究に身が入っていない。しきりに天窓の外を気にしている。しきりに剣筆を指でもてあそんでいる――LCの刻印入り。
シャンディの剣筆はニッカに譲った。自分が持っていても錆びさせるだけだった。ニッカは大いに喜んだ。いつなんどきも肌身離さず持っていた――絶対ぜえったい、大事にするね。
「気になりますか?」
「んー? まー、ちょっとは、ね」気のない返事。諦めきった声音。
「実は昨周、帰りにこんなものを買ってみたのですが」後ろ手に隠していた白い仮面をちらつかせる。
「えッ!? それって、もしかして……」サファイアの虹彩が爛々と輝いている。「いいのッ!?」
頷く。「みな、仮面をつけていますからね、大丈夫でしょう」
もちろん、マルギトに知られればただでは済まされない。だが、マルギトはニッカの顔すら知らない。ほかの誰も。露見するわけがない。
「やたっ!」ニッカが大慌てで支度をはじめる。黒い外套を探しはじめる。
微笑ましい。手の震えが少し収まる。
もともと仲間の墓標はおとなう予定だった。だが、その勇気がなかった。最悪、酒でもひっかけていくつもりだった。
ひとりでは恐ろしかった。仲間の名前を直視できる自信がなかった。なにかに、飲み込まれそうで。
ニッカと外に出る。喧噪に揉まれる。主塔の外周の通りは、ひとだかりで立錐の余地もない。はぐれないように手を繋ぐ。
ニッカの手のひらが汗ばんでいる。久しぶりの外に緊張しているよう。だが、それ以上に興奮しているよう。
ニッカにとっては数十月ぶりの外界。心苦しさが増す。次に出してやれるのはいつになるのか。
通りに沿って露店が出ている。色とりどりの頭蓋骨が並んでいる。香ばしい匂いが漂っている。腹が鳴る。ニッカが物珍しげに身を乗り出している。山車を指差して、あれはなにかと問うてくる。
ニッカははしゃぎまくっている。こんな楽しい周は今までなかったとばかりに。
微笑ましい。あれよこれよと買い与える。使うあてのなかった宝珠を湯水のごとく使う。
こんなに持って帰れないよ、と諌められる。猟民の健啖加減にはついていけないよ、と呆れられる。
ひたすら食べ歩く。通りの四分の一も歩いたところで、ニッカが歩き疲れたと訴える。休めるところを探す。
広場に出る。主塔の正面通用口に向かう。シシどもが大階段に腰を下ろし、行進を眺めている。それにならう。
「はァ、もうくったくたァ。足が棒みたいだよォ」ニッカが情けない声を上げる。
「そろそろ帰りますか? まだ三割ほどですが」
「うゥ……全部見るもん」ニッカが頭を預けてくる。「ちょっと……疲れた……だけだもん……」うとうとしはじめる。
頭を撫でてやる。微笑ましい。充実している。安らいでいる。誰と過ごすよりもずっと。
「しばらくぶりだ、第六天使い。あれからどうしてた」背後から聞き覚えのある声がする。
凍りつく。柄に触れかける。
「そのままでいい。こんなところで事を起こすつもりはない」
「――ティファレト」
頭痛がする。憎悪が増大する。
目だけで周囲をうかがう。ルベドらしき大柄のシシが視界の隅にいる。アルベドもおそらくどこかに潜んでいる。
ニッカは寝息を立てている。
憎悪を抑え込む。「できることなら、二度と会いたくなかったのですが」
「きみは見つけやすい。部屋を出る前に、その角をどちらか片方、へし折っておくべきだった。角巻をしても無意味だろうから」
「ご忠告、感謝します」
ティファレトは笑う。「そのひとは?」
「……わたしの、魔法の先生です」
「ほう、先生、ね」興味津々。
話題を変える。「どうやって、ここに潜り込んだのですか」
「言っただろう、手引きしてくれたものがいると。あの砦のときと、おなじように」
ふいに直感。「その裏切りものが、四人目、ですか」
「さァ、どうだろう」はぐらかされる。表情が見えないので、何を考えているのかわからない。
塔外への監視は強化されている。遊牧民さえ警戒している。だが、ティファレトたちはやすやすと潜入している。
内通者は活発に動いている。黙示録の四猟士は、本気で聖母を覆す気でいる。
「……ここは、豊かなところだな」ティファレトが独り言のように呟く。羨むように。「みな、穏やかに暮らしている。なにかに追われることもなく、なにかに怯えることもない。あの鏡塔と陽光炉のおかげで、主塔の周囲には陽光が遍在しているから、細菌にすら、脅かされることもない。真に正しき理想郷――そのひとつのかたちを見せられているようだ」
「組合の塔の大きさには、かないませんよ」
「大きさと豊かさは必ずしも比例関係にあるとは限らない。それに、組合が、大きな組織に見えるか? 根の国で一番の勢力に?」
「事実でしょう。もっとも巨大な塔を多数運営し、もっとも強大な猟隊を抱え、次々と他塔を制圧して我が物としているではありませんか」
「組合の外にいるシシからは、そう見えるだろう。いや、組合に属しているシシも、大多数がそう思い込んでいるだろう。だが――実際のところ、組合は、破綻している。経済も、社会構造も。かの繁殖計画もご多分には漏れない」
「また、興味深い冗談を」
「ぼくは事実しか述べるつもりはない」
「そういう仕事だからですか」
「そういう役目だからだ」
さりげなく振り向く。振り向きながら、ニッカを抱き寄せ、かばう体勢になる。
ティファレトは階段に腰を下ろしている。手袋を嵌めた手を背の長物に添えている。仮面をつけていない。襤褸の角巻、相変わらず整った相貌。
それは、ひどく疲れ切ったような面持ちにも映る。ふと気づく。
ティファレトは役目に疲れている――奇妙な親近感を覚える。
ティファレトの目を見張る蒼さのサファイアの虹彩が、真横を通り過ぎて行った角ありと角なしどもの一団を追う。おそらく一族。
「ここでは、一種多胎制を取るそうだな」
「繁殖計画がありませんから。そちらは、つがいという制度があるのでしたか」
「あァ。契りを結ぶ際、つがい相手には指輪を贈ることを、きみは知っていたか?」
「いえ。知りませんでした」
「指輪は、永遠の象徴なのだそうだ。円は、陽輪とおなじかたちをしているから。永久不滅の愛を約束してくれるのだとか。この手の話を耳にするたびに、おかしくてたまらなくなる」
「どうしてですか」
「いと高きものの時代の伝統――二重伝承統一理論の名残だとか、教義に由来するものだとか言われているが、ひとえに組合内で派閥をつくらせたくないからだ。つがいという制度は、本来のシシどもの摂理には反している。角なしの数のほうが、常に少ないのだから。実際、この聖母の塔どころか、組合以外では、一種多胎制が基本だ。でなければ、猟民も不便だとは思わないか」
猟民は月薬で常に満月か、それに近い状態で体調を維持する。魔法のちからを弱めないようにするために。当然、それは抗いがたい性衝動をも伴う。
ゆえに猟民には慰藉させる、あるいはし合う複数の相手が不可欠になる。相手がひとりでは、互いに心身が持たない。
「組合では、派閥をつくることが、それほど問題なのですか」
「大問題だ」流暢に語る。「組合ではまずなにより、塔の建設に従事することを強制される。どこに配属されるかは性能評価で大方決まる。自分がどういう生活をしていくのか、ほとんどが試験の結果に左右される。そこでは自分以外のシシすべてが競争相手となる。相手を蹴落とすことで、自らの地位を確保させられる。シシ同士をたやすく分断する。そうして制度に服従することがすべてだと感じさせる。制度にちからを持たせる。制度で束縛する。目に見えず、意思も持たない、元素表にすら乗っていないなにものかに抗おうという気を失わせる。誰もが塔の部品であることに疑問を抱かなくなる。組合のシシは、制度と社会の仕組みだけに囚われて生きている。最低限の生活が保障されているから、自ら考えることを放棄している。みな、めしいている。組合が発行した文書を読んだことはあるか? ないだろうな。修辞的とはほど遠い、整備文と充填語にまみれた、恣意の悪臭さえしそうな、汚い文書だ。まともに読めたものではない。あまたある居室も、室名だけしか公にされず、完全な縦割りだが、情報は下から上への一方通行。各部屋の不明瞭な役割、位置づけに、指令系統――すべて組合の内情や構造を把握しきれないようにするためだ。誰が支配しているのかわからないから、誰も疑問を持てない。シシではなく、系そのものに服従するしかない」
「多数のシシを、塔の建設というたったひとつの巨大な目的に向かわせるには、やむを得ない体制だと思えますが」
「本当に塔の建設をしていると思うか?」
「どういう意味でしょうか」
「塔の建設など、大義名分だ。実際のところ、今の体制は上層部が物流を支配し続けるためのものにすぎない。徒党を組ませないのもそれが理由だ」
「……興味深い話ですね」
「ならもっと聞かせてやろう。組合の内部では、ずっと腐敗が横行している。未だに血銘を重要視している輩もいるが、組合でうまく物事を運ぶために必要なのは、悪知恵と、賄賂だ。そしてなかでもいっとう悪知恵の働く一握りのシシが、何千からのシシの頭上で、私腹を肥やし、奢侈にふけり、栄耀の限りを尽くしている。塔を建てるためだと、うそぶいて。上層部に、塔を建設する気はない――いや、違うな。連中はこの先、未来永劫、おなじ塔を建設し続けるつもりなのだ。完成させる気は、一切ない。塔を高く積み上げることに、意味などないのだから」
「しかし大昔から、組合以外でも塔は建設していますが。この第四二塔もそうです」
「塔の建設自体は極めて自然なことだ。照射区域が限られているのだから、居住範囲を横に広げる利点がないからだ。だが、天蓋を支える塔、だと? おとぎ話にもほどがある。片腹痛いな」思い出したように。「そういえば、きみは組合が多数の塔を運営していると言ったな。具体的に、その数字を?」
「知りませんが、一般的にはそう認識されているはずです」
「だろうな。だが実態は、まったく異なっている。組合は、塔をまたぐ組織としては、かなり小さい。支配している塔は、現在一〇足らずだ」
「まさか」
「組合には突出したサイマト技術がある。その広い連絡網と連絡速度に加え、他塔に忍び込ませた組合のものの喧伝で、組織の規模をいかにも大きく見せているだけだ。どうも情報戦には長けているようだからな、ぼくの雇い主は。まァ、実際、繁殖計画で無理やり増やしているから、シシの数自体は多いし、塔一本一本は不必要なまでに大きく設計している。それゆえ、塔建設の維持に重きを置くあまり、内部の経済系は破綻しているのが実情だ。一部のものが富を操作し、下層のものその割を食って貧困に喘いでいる。組合でも、遊牧民やこの聖母の塔、その他の塔でもおなじ、宝珠を使う経済系を流用している。なにもかも管理できているならば、私財が認められないならば、現物支給すればいいものを、わざわざこの経済系を導入しているのはなぜだと思う?」
「……遊牧民と、取引しやすくするためですか」
「ご明察。ざっくり言えば、だが。厳密に言えば――遊牧民が、組合のシシを買いやすくするためだ」
「シシを、買う?」
「遊牧民の間で、こう認識されている。組合の塔は、慰安施設だと。それが、上層部の思惑だ。塔の社会構造は最初から負の制御で構築されている。猟民もそうやって性欲を処理している」
吐き気がする。「組合は――」
ティファレトが頷く。心中察したと言う顔で。「不潔で、汚らわしいところだ。そして、醜い、あまりにも醜いところだ。組合では、深刻な食糧不足が続いている。食糧制限自体は、組合を掌握し続けていたい、上層部の目論見のひとつだが、時折、消費予測が外れて精肉室への供給が間に合わないことがある。そこで出番となるのが、エーテルだ。それも、ただのエーテルではない」
「――シシを羊に変える……聖母のエーテル、ですか……いや、まさか、嘘でしょう」
「いいや、真実だ。組合で廃棄処分の指令が下ったシシはどこへ行くのか、組合のものは誰も知らない。知れば正気を保っていられなくなるだろうな。精肉室の室員は、きっと塔から身を投げ出したくなるだろう。自分たちが毎日捌いていたものが同族だったとは、思いもよらないだろう」
「……いつから、組合は聖母のエーテルを買い付けていたのですか」
「組合が出来た頃から。つまり、一〇〇〇月以上前から。組合も、聖母も、清らかだったことは一度もない。ずっと癒着していたのだ。正確には、組合が聖母に依存していた、だが。正直に白状しよう。組合は、聖母のエーテル製造技術を欲しているのだ。だから、聖母を潰したい。ぼくに、協力してくれないか」
「今周は、同情を引こうという作戦ですか」
「今の話を聞いて、同情したのか?」サファイアが好奇の色を帯びる。
「……」視線を逸らす。「肝心なことを聞いていませんでしたね」
「なんだ」
「あなたがたに協力して、わたしに何の得があるのですか」
「猟民を任せる。組合での地位を約束する。富を操作する一握りのシシに、加えてやれる」どうでもよさそうに、とってつけたような条件を告げる。「どうだ、こちらには、まだ相手がいないのだろう」
逡巡する。「……故郷を裏切るつもりはありません」言い切る。「お引き取り願えますか」
ティファレトは肩をすくめる。あっさり引き下がる。「おおせのままに」腰を上げる。「残念だが、次に会うときは、おそらく敵同士だ」
「今もそうだと認識していますが」
「たしかに」ティファレトは苦笑する。「そうだ、ひとつ教えておこう。きみは嘘や駆け引きがあまり得意ではないらしい。下手に偽って火傷するより、くちをつぐんだほうが賢明だ」
「……ご忠告は感謝しますが、どうしてそんなことを?」
「なんとなくだ」ティファレトが雑踏にまぎれる。見失う。
ニッカをおぶって墓碑を訪れる。名前を探す。リベット、ファークラス、エルギン――ヘルマ。すべて見つけ出す。
膝をつく。祈りを捧げる。巻き込んでしまったことを詫びる。
頭痛がする。憎悪が増大する。
憎悪は恐ろしい。憎悪は震えを抑圧する。狩りへの情動を助長する。それが怖い。自分が自分でないような気がする。
狩りを恐れていたい。震えていたい。弱い自分でいたい。
震えは疎ましい。だが恐怖は落ち着きをもたらす。
ニッカが背中で目覚める。「んー……? あれ……おまつり、もう、おしまい……?」
額を擦りつけてくる。匂いを嗅いでくる。匂いをなすりつけてくる。甘えてくる。
微笑ましい。頭痛が沈静化する。疼きになる。
ずれた仮面を直してやる。「お酒を買って帰りましょうか」
「……乳酒以外がいい」
笑みがこぼれる。「林檎酒なら、なんとか」
ティファレトの思想を消し去りたかった。自分まで組合とおなじ穢れにまみれている気がしていた。ひどく酔っぱらいたい気分だった。
恐ろしい。組合が恐ろしい。聖母が恐ろしい。ティファレトが恐ろしい。
ティファレトの弁は常に合理性を帯びている。如才ない落ち着いた語り口が信憑性を増幅させている。邪悪な誠実さをまとっている。
もっともらしい。いかにも真実っぽい。澄み切っていて、脳に浸透する。だが――。
組合の内情、聖母の暗部――いずれも証拠はないが、可能性は否定できない。だが――。
頭痛がする。憎悪が増大する。
妙にひっかかる――まるでどのみち離反するとわかっているような口ぶり。
ティファレトは組合が破綻していると言った。ティファレトは組合は汚らわしいと言った。ティファレトはその組合に付けと言った。
勧誘する気があるとは思えない。ティファレトの思惑を感じる。それは、雇い主の意向からは外れている気がする。
ティファレトは役目に操られている。ティファレトからは近しい匂いを感じる。ティファレトには奇妙な魅力を感じる。
ティファレトへの憎悪はある。だがそれは分離している。わいだむことができている気がする。
ティファレトは自分の同位体だ。ティファレトは組合の自分だ。ティファレト自身は思想を輻射しないだろう。
聖母と組合――まだほかにもなにかが、複雑に絡み合っている気がする。混沌の相を呈している。踏み込まないほうが、いいのかもしれない。
暖炉の前で、ニッカと酒を酌み交わす。
ニッカの話を聞く。あの芸がおもしろかった。あれがおいしかった。また見たい。また行きたい。
ニッカは楽しげに話す。懐かしげに話す。悲しげに話す。もう二度と経験できないだろうと理解している。受け入れている。
ニッカは感謝の意を表している。外に連れ出してくれたこと。なんでも買ってくれたこと。わがままを聞いてくれたこと。
自分のせいで、閉じ込められているくせに――無垢な言葉が鼓膜の裏で皮肉に転変する。
むずむずする。胃にさしこみを覚える。頭痛はしない。酒精がよくまわっている。
酒を飲みながら、ニッカが肴をぱくつく。
呆れかえる。「屋台であんなに食べていたのに、健啖なのはいったいどちらなのだか」
ニッカが頬を膨らませる。「おねえちゃんのごはんは、別腹だもん」
微笑ましい。自分の分の肉も食べさせる。瞬く間に平らげていく。
ざわつく。この肉もシシの肉なのだろうか。聖母は、ここでもシシを羊に変えているのだろうか。
あるいは、別の誰かが、聖母を利用しているのか。
内通者の存在を思い出す。裏切りものの姿を想像する。
裏切りものは実在する。ティファレトが証明している。黙示録の四猟士――ティファレト、ルベド、アルベド、裏切りもの。四人目は存在する。
裏切りものは猟民の情報を知り得、任務の詳細を暴露できる。
理由は不明だが、ティファレトは、自分に焦点を絞っている。火の回路を知っている。
裏切りものは猟民に違いない。近しいものに違いない。
対象はそう多くはない。絞り込める。
おや――。
ぴったり一致するものがいる。いや、いた。
リベット、ファークラス、エルギン。
まさか――。
そんなはずはない。エルギンの亡骸は確認した。だが――。
リベットとファークラスの生死は、定かではないのでは?
頭痛がする。憎悪が増大する。
そんなはずはない。疑心を必死に打ち消そうとする。打ち消せない。
脳髄にこびりついている。食い込みつつある。憎悪が脳髄になっている。
そうかもしれない――妄想が肥大する。動機をつくりあげる。
リベットは優秀だった。回路の才はなかったが、ほかのあらゆる猟民としての才は抜きんでていた。まさしく指揮官向きだった。猟長の器だった。猟長の座は、アーリィライトの血の銘によって奪われた。
そうかもしれない――妄想が色づいていく。動機が現実になる。
ファークラスは英雄だった。老いていた。耄碌しはじめたと噂されていた。師事してわかった。猟民の勘も剣筋も衰えてはいなかった。ファークラスはマルギトの師でもあった。マルギトとは生涯不仲だった。マルギトが総猟となり、ファークラスは猟長の任を解かれた。成り変わったのはマルギトの娘だった。
そうに違いない――どちらかに違いない。
疑心が疑団になる。
頭痛がする。憎悪が増大する。
ニッカがすり寄ってくる。酔いどれ顔。「おねえちゃん……知ってる? 組合では、ふたりのシシが一緒になることを、つがうっていうんだって……つがいになると、ずっとふたりきりで暮らせて、こどもをつくれるんだって……ぼくたちと、おなじみたいに」ぼんやり、自嘲気味に、虚ろなサファイア。「ぼくたちが自然に暮らせるのは……組合だけ、なのかなァ……」
ニッカの頬を水滴が這う。瞼が閉じる。豊かな胸が規則的に上下しはじめる。
肩口で切り揃えさせた、滑らかな金髪を指で梳く。涙を舌で掬う。塩辛い。
組合は不潔だった。組合は汚らわしい。組合は腐敗しきっている。だが――。
腐敗が横行しているのならば、かえってやりやすい。
腐敗は沃野だ。腐敗は支配できる。組合は操作できる。
聖母にいるのは、もう疲れた。聖母はもう、おしまいだ。長くは持つまい。
強烈な引力を感じる。組合に惹かれはじめている。