疑問は残る――聖母はどうしてシシを羊に?
第四二塔は双子の陽輪を有している。鏡塔のおかげで固定農場もある。地下資源は潤沢、土地は豊饒――近隣ではもっとも発達した塔。
遊牧民との関係も良好。羊は余っているほど。
シシを羊にする理由がない。あるいは――。
シシを羊にする必要はない。目的はもっと別のところにある。
聖母は組合と取引している。聖母はエーテルを差し出している。
組合はなにを差し出しているのか。聖母はなにを求めているのか。金だけが目的なのか。
聖母と組合は敵対している。組合は聖母に依存している。
聖母はエーテルをつくっている限り、組合に揺るぎない優位性を保持する。
裏切りものは優位性を崩そうとしている。聖母を破壊しようとしている。聖母のエーテルを焼こうとしている。
聖母の暗部と、組合は繋がっている。裏切りものと組合は繋がっている。暗部と裏切りものは、乖離している。なら、組合と組合は――?
エーテルをつくっているものに心当たりはある。むしろそのものにしかエーテルはつくれない。暗部はシャンディの血――エルカイにほかならない。
エルカイは聖母を支配し続けている。組合を飼い馴らしている。組合は聖母を襲撃している。可視化された脅威は外からやってくる。第四二塔の民は一致団結する。関心は外敵に向く。
見えてきた――。
エルカイは組合を利用している。そうすることで、聖母の椅子はエルカイの椅子になる。
裏切りものは、それに気づいた。
リベットか、ファークラスか。どちらもありうる。
頭痛がする。憎悪が増大する。
組合は脅威だった。四猟士は脅威だった。ティファレトは必ず聖母の破壊を成功させる。
次にティファレトが塔を襲ってきたとき、ニッカを守れるのだろうか。それだけが気がかりだった。
ティファレトたちとはまた邂逅するはず。敵として。猟民同士として。対策は立てておかねばならない。次はひとりで全員を相手しなければならない。
ティファレトもまた、自分に用心している。顔は見られていないはずだが、ニッカと一緒にいたところを見られている。警戒は怠っていないが、形容しがたい不安が募る。
お守りだと言って、ニッカには名前を書いた羊皮紙を渡した――自分が足止めし、ニッカだけを逃がした場合を見越したもの。識魔法と影魔法を駆使すれば、どれだけ離れていてもおおよその位置は特定できる。ほとんど気休めのようなもの。
ニッカは不思議そうにしたが、羊皮紙を持っておくことを約束してくれた。
サイマトを使わずに、時計室室長サニーに会う約束を取り付けた。ふたりっきりで会える場所で、と頼んだ。第一鏡塔に来なさい、と了承してくれた。
鏡塔は、第四二塔の照射軌道上に一〇基建設されている。それらの天頂は線路で連結されている。
線路の上では二枚の巨大な鏡車が陽光柱を追いかけている。中心の炉に、絶えざる火をくべている。第四二塔に無限の動力と文化をもたらしている。
陽輪が砕けでもしない限り、陽光炉の熱量が失われることはない――まさに永遠の炎。
第一鏡塔の裏口でサニーと落ち合う。エルギンの産親。相変わらずよく似ている。ただ――赤みがかった金髪はぐしゃぐしゃ、錫のデンドライトはくすみ、銀縁眼鏡越しのペリドットは充血している。
運動不足で小太り気味だが、頬はこけている。まともに寝てなさそう。食べてなさそう。憔悴色濃い。胸が痛む。
「久しぶりだね。うちの――エルの入隊式以来か」
「ええ。その、娘さんのことは――」
「気に病む必要はないさ」サニーが首を振った。「猟民という道を選んだ以上、こうなる可能性があると、あの子もわかっていたはずだ。だから、全部あの子の責任。あたしが今辛いのも、あの子の無責任さのせい」ちからない笑み。黄ばんだ歯が覗く。
鏡塔のなかへ招かれる。入り組んだ構造の地下区画へ――迷路さながら。防衛を意図して主要な区画以外はあえて煩雑に。
警備体制は厳重。幾重ものミスリル錠の鉄扉。猟民も歩哨している。欠伸している。
頭上で膨大な質量の時計仕掛けが轟いている。臓器を震わせてくる。頭痛にこたえる。
制御室に案内される。遮音が効いている。茶か酒かたずねられる。酒をいただく――頭痛の特効薬。
「本当は誰も入れちゃいけないんだけど」サニーが葡萄酒を注ぐ。「だからこそ密会にはうってつけってわけさ」
サニーの仕事机の上には吸いかけの大麻がある。食べかけの肉と麺麭と乾酪がある。なんとか食事を摂ろうと努力はしたらしい。心苦しい。
「すみません、なにかとお願いしてしまって」葡萄酒を一口飲む。「見つかれば問題ですよね」
「構いやしないさ。なんせあたしが室長だ」サニーが葡萄酒を呷る。「それで……相談したいことって?」
語る――四猟士の回路について。慎重に、言葉を選んで。事象だけを抽出して。
サニーは時計の天才だった。回路にも明るい。知見を伺う。
サニーは眉間にしわを寄せる。「その頭領の回路は、すまないけどさっぱりわからない。非常に細かい、検出できない毒物かなにかを炸裂させて、散布しているんじゃないかな。ほとんどあてずっぽうだけど」
しっくりこない。外れの気がする。なんとも言えない。
「そういえば、そのシシは砂糖を大量に摂取していました。手掛かりになりませんか」
「うーん……、ますますわからんね」サニーが吸いかけの大麻をくわえる。火を探している。
回路を励起。指先に灯した火を差し出す。
「どうも、便利だね。……鋼鉄の骨格のほうは、おそらく体内に蓄勢機かなにかを内臓しているんだろう。そこに弾性力を溜めこんで、爆発的な膂力を発揮してるんだ。その蓄勢も解放も、すべての骨を鋼鉄に置き換えでもしない限り到底耐えうるものではないんだろうけど――正気の沙汰とは思えないね。ちょっとでも適合しなければ、拒絶反応で確実に命を落とすし、衝撃で血管や内臓を損傷する危険性が常につきまとう」サニーが首を掻く。
しっくりくる。「弱点はあると思いますか」
「金槌だろうから、湖に突き落とすとか――いや、冗談じゃないよ? 現実的なところで言えば、超強力な毒物か、窒息させるか、かな。もっとも、そこまでからくり化するほどの類稀な回路適性があるなら、ついでにどちらも対策は取ってそうだけどね。体内に薬物庫や酸素庫をつくっておくとか。あたしならそうする」
薬物庫は必要ないだろう。針と薬物の使い手、アルベドがいる。
頭を下げる。「ありがとうございます。大変参考になりました」
ルベドの回路がわかっただけでも大収穫。
ティファレトの回路は正体不明だが、あの三人のなかではルベドが一番腕が立つように見える。
ルベドはファークラスと対等に渡り合っていた。ファークラスが裏切りものだとしても、弟子の目線では、あのとき手を抜いているように見えなかった。
鋼鉄骨格型回路――魔剣殺しの回路。今までルベド以上の使い手には対峙したことがない。斬り合いではまず勝てない。おそらく一瞬で、かつ一撃で仕留めなければ勝算はない。
「ちからになれたようであたしも嬉しい」サニーが五杯目を空ける。「きみには、この塔を守ってもらわないといけないからね」
「鏡塔は、第四二塔の心臓のようなものですものね」
「それどころか、剣で、猛毒でさえある」ペリドットが据わっている。「この鏡塔は、たしかに第四二塔に永劫の熱源をもたらした――だけど、ちょっとでも調整を誤れば、たちまち主塔をも焼き尽くしてしまう危険な代物なんだ。なにがあっても、敵の手に渡すような真似は、してくれるなよ?」
「ええ。約束します」席を立つ。入り口まで見送ってもらう。ふと頭に浮かぶ。「サニーさんは、聖母のエーテルの原料についてご存じですか」
「聖母の……? うちで、第四二塔でつくってる、エーテルのこと?」怪訝そうな顔。「さァねェ……エーテルに関しては、気味が悪いぐらい厳重だから。あたしも気にはなるけど、知ってしまったあとのほうが怖いね」目を擦る。
嘘はついてなさそう。関与してなさそう。礼を言って失礼する。
「ねェ」呼び止められる。「エルは、どの――いや、なんでもない」
サニーの後ろ姿はひどく疲れて見える。
シャンディから手紙が届いた。香り付けした羊皮紙。シャンディ好み。
手紙の内容――食事に招きたいとのことだった。珍しい。交尾をしろと呼び出されることは多々あった。
なにか、あったか――。
思い当たる節――エーテルの材料。はやまった聞き方だったか。
湯浴みをする。薄く化粧をする。香水をつける。爪を研ぐ。白金の耳飾りをつける。
正装でめかしこむ。火浣布ではない外套をかぶる。肩が凝りそう。
「どうしたの、おねえちゃん? およそいきの格好なんかして」ニッカがおかしそうに言う。
「エルカイの方に招かれたのですよ。御前ですから、ちゃんとしておかないと」
「ふゥん」にやにや笑い。
「なにか、おかしなところがありますか?」
「んーん、様になりすぎて、逆に、ねェ?」からかわれる。
不満げになってみせる。「今周は、少し遅くなるかもしれません。ごはんは用意しているので、ちゃんと食べてくださいね」
くすくす笑い。「はいはーい」
書庫牢から出がけに、声をかけられる。「おねえちゃん」まっすぐなサファイアで告げられる。「すっごく、かっこいいよ」穏やかな、汚れのない笑み。
まぶしい――熱くなる。
むずがゆい。目を逸らす。「ありがとう、ございます」悪くはない。
「あっ♥ んっ♥ んっ♥ んっ♥ はあぁっ……んっ♥ またっ、ゆっくりぃ……♥ んううぅうっ……♥」シャンディが耳元で甘ったるい声を出す。「って♥ まって……♥ ま、た……っ♥ っく……っ♥ っくうぅっ♥ ……っ♥ ……っ♥ ……っ♥」
シャンディが身震いする。粘膜がうねる。剛直にぴったり吸い付いてくる。
抱きしめてやる。さすってやる。口づけして、舌を吸い出してやる。ひたすら甘やかして、優しくしてやる。
シャンディは汗みずくになっている。「は……っ♥ は……っ♥ ど、したの、よ……っ♥ も、っと、はげしく、しなさい、よ……っ♥」釣り目気味のダイヤモンドはまなじりが下がり、とろけきっている。
挿入してから、一時間にもなる。交尾が始まってからは二時間になる。シャンディの私室は湿気と体臭と体温で息苦しい。
寝具は汗と血を吸ってまだらになっている。満月だったが、一度もシャンディのなかでは達していない。
主塔のエルカイにあてられた区画を訪れたとき、食事の準備はまだできていなかった。調理係が食材の調達に手間取ったらしい。
調理の間、部屋で飲もうと誘われた。杯には口もつけずに寝台に押し倒された。珍しく、自分から上になってやった。
いつもはおざなりな愛撫をたっぷりした。うんと優しくした。愛情を装った。徹底的に、献身的に、奉仕した。
シャンディと行為に及んだ回数は枚挙に暇がなかった。より鋭い刺激を求めて、それは常に痛みを伴った。互いに一度として、慈しんだことはなかった。
汗がシャンディの乳房に落ちる。「たまには、こういうのも、趣があるかと思いまして」
シャンディの呼吸は乱れている。「こんな……じゃれあい、みたいなの、じゃァ……眠って、しまうわよ……」覇気のない反駁。
シャンディの外性器は屹立しきってはいないが、精液をとめどなく溢れさせている。軽く達し続けている。
「おや、そうですか。では、良さをわかってもらうまで、味わってもらいましょうか」
手を繋ぐ。舌を絡める。陽根の先端で子宮口をくすぐる。臓器をゆっくり持ち上げる。
「んむうぅうん……っ♥♥ んうううぅう……っ♥♥ っくうぅうん……っ♥♥」
膣襞が蠢く。至高の悦びが陽根を介して伝わる。深く深く達しているのがわかる。都合、一〇度目。
思いつきのご機嫌取りだった。ヘルマによくしていたようにした。シャンディは口では不平を唱えているが、感触は上々だった。いつになく絶頂を極めまくっていた。
あるいは、自分がそうしたかったのかもしれなかった。誰かに甘えたかったのかも。
「ぷぁ……っ♥ はー……っ♥ はー……っ♥ はー……っ♥ は……っ♥ たぶ、ん……っ♥ そろそろ……っ♥ できるっ、ころ……っ♥ だから……っ♥」
「おや、そうですか。終わりに、しますか」
蒼いダイヤモンドが涙を蓄えている。「あな、たも……っ♥ いき、なさい、よ……っ♥ ばかぁ……っ♥♥」
「では、お言葉に甘えて」
腰を揺する。形を刷り込むように粘膜を擦りあげる。先端を一番奥に押し付けて吐精する。
羊の盲腸のなかに精を吐き出しながら、くちづけする。舌を吸う。首に腕がまわされる。腰に足がまわされる。ひとつになる。
「――っ♥♥♥ ――っ♥♥♥ ――っ♥♥♥」
長時間溜めこんでいたので、たっぷり一分かけて出し尽くす。シャンディは朦朧としている。絶頂が、あまりに甘やかすぎて。
一息つく。肉柱を口で丁寧に清められる。腕枕を求められる。べったり甘えてくる。いつもより目つきが柔らかい気がする。
サイマト端末が鳴る――あと五分で食事の用意ができます。一〇分で台無しになった化粧を直す。
食堂に向かう。きらびやかでしゃれた調度品の数々。食器はぎらついている。肩が凝る。
イェソドはいない。先に席に着く。給仕係が葡萄酒を注ぐ。
首をかしげる。「母主さまは……?」
「お忙しいひとだから」シャンディが肩をすくめる。「先に頂いていいそうよ」
料理が運ばれてくる。羊の乳房料理。成羊と仔羊のもの。
筋が多いが、ほのかに羊乳の風味があり、濃厚な味わい。なかなかに滋味。勉強になる。
料理を褒めちぎる。シャンディが薄く笑む。「あなたも腕がいいらしいわね。一度、猟民料理というものを試してみたいものだわ」
「塔の外での野蛮な料理ですよ。シャンディの調理係にはかないません」
「あなたがつくったものが食べたいのよ」
「……考えておきます」
シャンディが給仕係を下げさせる。食堂にふたりっきりになる。
シャンディが口元を拭う。「実は、大事な話があるの」
来た――。
身構える。「どういった話でしょうか」
「つがいというものを知ってるかしら」
「組合の血族の制度ですね」
シャンディは頷く。「知ってるなら話ははやいわね。あたくしとつがいにならないかしら」
時間が止まる。完全な不意打ち。
「――なにを、おっしゃっているのですか」
「つがいのことは知っているんでしょう?」
「そういう意味では……なぜ、ですか。わたしの――アーリィライトの血は、いえ、エルカイの血もそうです。どちらも、決して交わりえぬ血の銘でしょう」
「かつてはそうだったわ。でも、時代はうつろうものじゃない? 組合と本格的に角突き合わせている今、第四二塔の団結が必須よ。聖母を司るエルカイと、塔の守護者アーリィライトの迎合は、それを促すわ」
「しかし……しかし――」
「はっきり言うわよ。あの任務の失敗で、アーリィライトの銘は地に落ちた。守護者としての立場は今、非常に危ういものよ。ファークラスを捨てて逃げた――噂は真実ではないにしても、民の間では事実になるわ。わざわざ指摘されなくとも、あなたならわかっているはず」
「しかし――」
「嫌そうね。あたくしのことがそんなにおきらい?」
「そういうわけでは、ありませんが」
「あたくしは、あなたのことを愛しているわ」
「……」
「あなたが望むことなら、なんだってしてあげるわよ? 身体の相性だって、悪くはないでしょう」
「……」
「死んだあの世話係に、義理立てしてるつもりかしら」
「……」
「それとも――ほかに、愛しているひとがいるのかしら」
「――ッ! ……わたしひとりで、血のことは、決められることではありません。母が、許さないでしょう」
「あら、総猟は許してくださったわよ」
「え……」
「総猟には事前に話をつけておいたの。総猟は、了解してくれたわ?」
「そんな、はずが――」
「エルカイがどうやって子を成すか、ご存じ?」
「……いえ」
「じゃァ、いと高きものはどうやって第六天を獲得したと?」
「血族すべてを食らい、外なる回帰と内なる回帰によって根源を掘り起こして、自己を生み還した……まさか――自己受精、ですか」
「さすが、察しがいいわね」
「それでは、多様性が損なわれる……細菌に対して、あまりに脆弱すぎる」
「聖母の血の銘に必要なのは、完全性よ。そして、血の純度。陽光がなぜ、細菌を殺すかご存じ?」
「熱量を持っているからでは」
「いいえ、文化を含んでいるからよ。細菌と文化は、一種の抑制均衡のような関係にあるの。エルカイが代々持つこのダイヤモンドの眼球は特殊で、陽光中の文化を屈折、反射させずにそのまま血液に取り込むことができるの。血中の文化濃度が一定に保たれている限り、細菌に犯されることはないわ」
血の純度、血中の文化濃度。
聖母のエーテル。
確信する――そういうことか。
ティファレトは一部のシシから聖母のエーテルがつくられると言った。
エルカイの血の秘密。間違いない。聖母のエーテルは、エルカイの血を濾過している。
エルカイの血こそが、シシを羊にする。
ならば、文化が、シシを――?
「よくわかりませんね。ならばなおさら、迎合するわけにはいかないでしょう」
「第四二塔全体の繁栄を優先した結果よ。それに、それぞれの血で子を成すことを禁じたつもりはないわ。総猟には、あくまで両血は対等、立場は尊重し合うことを強調したの。禍根を断つ意味でも、互いに隠し事はなしにしましょうとも、ね。総猟は、理解を示してくれたわ」
「血の秘密をわたしに打ち明けたのは、母からアーリィライトの血の秘密を聞いたからですね。そしてこれで、対等と」
シャンディは頷く。「双極の魂。地平線と特異点。おもしろい特性よね。潜在的な危険は伴うけど」
決定的。エルカイには近寄るな。
断言する。「血の秘密は非常に興味をそそられるものでしたし、母となにかと取り決めをなさっていることを反故にさせるようで申し訳ありませんが、わたしは、あなたとつがいになるつもりはありません」
ため息を吐くシャンディ。「残念ね。あなたを愛しているのは、それなりに真実だったのに。さっきみたいに、あなたとずっと愛しあえることを願っていたのに。できることなら、穏便に事を運びたかったのに」
腕を引き気味にする。猟杖の柄に触れる。「含みのある表現ですね」
「ほかにも教えてもらったことがあるの。あなたでさえ、知らないことなんだけど」
「……なに?」
「アーリィライトの片割れ、地平線、半身――実際のところ、別に、いなくてもよかったそうね? あなたの産親、実はあなたたちを産んだときに、死んだそうよ」
ぐらつく。「そんな、はずは――」頭部を強打された気分。
「己が工程と血を否定し、親の胎を食い破って産まれ出てくるほどの、強くなりすぎた魂の欠陥なき疾患――血負けって言うそうね。あなたの産親、つまり現総猟の地平線は、存在を隠されていたわけじゃないの。存在していないの」
「しかし、母は猟民としてのちからを失っていないはず――」
「だから、言ったじゃない。片割れは、いなくてもよかったと。確かに双角も、そのちからもひとかたならぬものよ。ほかの血では再現できないでしょう。でも、生まれたときか、あるいは角が析出したときかはわからないけど、地平線のほうはずっと生かしておく必要はなかったのよ」
血が冷えていく。
「まァ、それが判明するまでは、総猟は気が気でなかったでしょうね。たったひとりの交配相手と、守護者の証である血のちからを同時に失うかもしれない――その大元を憎み、忌まわしく思うのは当然の心理だわ」
嫌な予感がする。
「迎合はね、決定事項なの。でもあなたはきっと拒否するだろうと思って、総猟は、過去との因縁を断ち切るためにも、あなたの地平線を――廃棄処分にすることに決めたわ」
耳鳴りがする。立ち上がる。椅子を蹴り飛ばす。部屋を出ようとする。
シャンディが薄く笑む。「あら、もう遅いわよ。あの離塔に戻っても、誰もいないわ」
猟杖を抜く。シャンディに切っ先を突き付ける。
シャンディは瞬きひとつしない。震える刀身に指を這わせてくる。
「どこにいるのですか」
薄い笑み。「母主と一緒にいるわ。あのひとも、迎合には反対したから、あなたの地平線とおなじ道をたどってもらうことにしたの」
頭痛がする。憎悪が増大する。「だから、ふたりはどこに――」
シャンディが皿の上を指差す。「そこと」己の胃に手をやる。「ここと」こちらの胃を指差す。「そこにも」
込みあげる。乳房料理を吐き戻す。吐瀉物がシャンディにかかる。
ああ――目が眩む。立っていられない。
シャンディが顔にかかった肉片を拭う。前身頃を払う。「まァ、でも、安心して。あなたの地平線のほうは、まだ息はあるはずよ。今周の調理係が血を調べたいとか言ってたから、たぶん精素室ね。調理係の名は確か――」
やめろ――。
「ティファレト・ペイル」
おお――。