荒野で寒いと思わなくなったのは、いつだったか。
股間がほかほかする。
「ず……っ♥ んず……っ♥ ずるる……っ♥」クルーエルの口内粘膜が陽根に張り付いている。みっちり隙間なく。先走りの汁を吸い出される。尿道口を舌がくすぐる。
膣にはクルーエルの中指が差し込まれている。膨張した腺の裏側を丹念に擦りあげられている。
弱点を知り尽くした動き。真面目で優しいクルーエルらしい妙技。
時折、クルーエルの鋼のデンドライトが腹に当たる。ひんやり気持ちいい。
背中はじんわり温かい。
背後からライラに抱きすくめられている。舌を吸い、唾液を流し込まれながら、屹立したライラの滾りを腰に押し付けられている。予感に腹が疼く。
同時に、回路がびっしり浮いた手で乳房を揉みしだかれている。乳首を抓られている。痛みに変わる閾値ぎりぎりの刺激。
被虐的な高揚を煽られる。ライラだけが成せる巧緻な力加減。
煮詰まった性感がせり上がってくる。クルーエルの口腔に収まった陽根が跳ねる。
「クリュ……っ、もう……っ」
「んぷ……っ♥ ぷは……っ、いいぞ、頭領、だせ……っ♥ はぷっ♥」喉奥まで咥えこまれる。
そこは粘液でぬめっている。陽根が通り抜けるには狭い。締め付けられる。
幾度かに分けて、熱い迸りを放つ。頭のなかで閃光が弾ける。
射精しながら、ライラにますます熱烈に舌を絡められる。こころの髄までとろけさせられる。
ひとしきり精を出しきると、クルーエルが口を離す。舌なめずりする。「どんどん早くなるな、頭領?」妖艶で勝ち誇った笑み。「一三〇月前は、もっと堪え性があったぞ?」捕食者の風情。
唇を尖らせる。「そんな昔のことなんて、覚えてません」
ライラが笑う。「頭領は数で勝負するっすもんね」頭皮に鼻面を擦りつけてくる。匂いを嗅いでくる。「ほーら、出しても出しても、こーんなにがちがちっす」後ろから陽根をそっと握られる。弄ばれる。
クルーエルが横たわる。「ほう、ならば証明してみせろ」脚を開く。反り返った肉茎と、蒼い経血が滴る秘部をさらけだす。「おいで、頭領」優しげな声色。
ぞくぞくする。温めた丁子油を塗り付けてやる。陽根を押し込む。
すさまじい熱を帯びた粘膜に迎えられる。口腔とおなじようにびっちり密着してくる。
欲望のままに腰を振り立てる。「は……っ、は……っ、クリュ……っ、クリュ……っ!」
「んっ♥ んっ♥ ぅんっ♥ いい、ぞ……っ♥ とうりょ……っ♥ おっ♥ んおっ♥」クルーエルが悦びの声を上げる。ラピスラズリの虹彩が情交に潤んでいる。
クルーエルに覆いかぶさる。くちづけを交わす。肌を密着させる。互いの腹の間で、クルーエルの一物が摩擦される。
「にっひひ、ふたりとも、盛り上がってるっすねェ」ライラが油をまとわせた指で、肛門をいじってくる。
「んぅぅっ!? ライ、ラ、そっち、は――んむっ」接吻を中断し、抗議しかけるが、クルーエルが首にかじりついてくる。甘えるように唇を奪われる。こちらに集中しろと言わんばかりに、下から腰を揺すってくる。
その間にライラに尻を掴まれる。陽根を押し当てられる。ゆっくり挿入される。
「っくぅうぅん……っ、んうう……っ!」肉をこじ開けられる強烈な異物感に息が漏れる。内臓が燃え上がる。ごろごろする。「は……っ、は……っ、ライ、ラ……っ、うしろ、は、やめてください、と……、いつも……っ!」
「えェ? でも、好きっすよねェ?」子宮の裏側を小突いてくる。
クルーエルが同意する。「そんな、だらしのない、顔では……♥ ぅんっ、説得力が、ないぞ……っ♥ っくぁっ、ますます、硬く、なった……っ♥」
「よすぎて……っ、っくぅっ、動けないの、ですよ……っ」脚ががくがくする。クルーエルにすがりつく。
ライラに耳をかじられる。「やー、そんだけ感じてくれると、おねえさん嬉しいっすよー」さらに深くえぐられる。
クルーエルが首筋に舌を這わせてくる。「今周は、頭領の番ではないか……っ♥ 好きなだけ、果てろ……っ♥」膣で絞り上げてくる。
「んっ、うっぐ、あっ、あっ、あっ、はぁぁっ!」後ろからは苛烈にほじくりかえされ、前からは柔らかく受け止められ、脳が快楽に追いつかなくなる。思考を放棄して、ただもたらされる交歓にひれ伏すしかなくなる。
体力に限りのない猟民同士の交尾は終わりがない。三人となればなおのこと。
受け役は周毎に交替することになった。それは継続的に三人で交わることを意味していた。
苛虐にさらされた行軍は情を深めさせた。ふたりはずっと一緒にいてくれた。ふたりはずっと愛してくれていた。
そこに偽りはなかった。荒野で頼れるものは、ほかにいなかった。
誘ってくれるのはときどきでいいのに、と申し出た。
そっちのほうが気を遣う、とクルーエルが誤魔化した。
三人のほうが楽しめるっす、とライラが言い張った。
本心はわかっていた。ふたりは、自分のことを妹か、そうでなければ娘のようにかわいがり、甘えさせたがった。ライラは子を宿せなかったし、胤がなかった。
自分が代わりになれるのなら、と関係を受け入れた。
ふたりはただの他人ではなくなった。
ふたりのことは愛していた。ふたりのこころに触れていた。悲喜交々をわかちあった。
ふたりがいなければ、一三〇月の荒野を乗り越えられなかったのは紛れもない事実だった。
「はっ、はっ、はっ、うぁっ、あぁっ、っふうぅうぅんッ!」ばしゃばしゃ精液を漏らしながら、子宮で達する。
胎内に子種を受けながら、クルーエルが耳元で熱っぽい溜息を吐く。「はぁああぁ……っ♥ すごい、な、頭領……♥ もう、一〇分も……♥ わたしの、なかで……っ♥ ぱんぱんに張りつめて……っ♥ イキっぱなし、だぞ……っ♥」頬を摺り寄せ、耳朶をねぶってくる。優しく抱擁してくる。稚児を寝かしつけるように背中をさすってくる。
必死にしがみつく。「っくぅ――っ! ――っ! ――っ!」全身の細胞が裏返しになっている。ただ痙攣するだけの存在になる。
「んぅんっ♥ まだ、でるのか……っ♥ よしよし♥ いいぞ♥ 気が済むまで、だせっ♥」膣肉が最奥へいざなうごとく蠢く。吸い上げられる。優しすぎる搾取に、また射精。
「頭領、ほんっと、おしり、弱いっすねェ」ライラが子宮を圧迫しながらくすくす笑う。「奥はじゅくじゅくとろとろなのに、入り口はぎちぎちで、食いちぎられそうっすよ」
クルーエルが反論する。「……む。頭領は、わたしのなかが気持ちよくて、イッてるんだぞ」
「えェ? クリュちゃんの、がばまんで、イケるわけ、ないっすよ? 頭領は、あたしの、ながーいおちんちんが、気持ちよくて、イッてるっすもんね?」
「ふん……、前々から思ってたが、おまえのは、長いだけで、入ってる気がしないッ」
「なにをー! ねェ、どっちなんすか、頭領ッ!?」
会話の最中も両側からの責め苦は間断ない。ひたすら高みに追いやられるか、深みに突き落とされている。
息ができない。呂律が回らない。「――っ! どっひ、も……っ! ――っ! きもひぃ……っ! ――っ!」
「えェ、それじゃァわかんないっすよ!」
「む……致し方ない。ならば、次のわたしの番で、勝負だ」
「次と言わず、このあと、やったろうじゃないっすか!」
「ほう、望む、ところだ」
「ひいひい、言わしたる、っすからねッ!」
「と、いうわけだ、頭領。限界も、近いだろうし、そろそろ、落ちてくれ」
「いい子はおねんねの、時間っすよー」
舌を絡められる――今まででもっともねっとりにゅるにゅると、舌肉を溶かし尽くさん柔らかさと執拗さで。
子宮を揺さぶられる――臓腑すべてを震わせ、磨り潰すがごとく。
「んぐぅ――っ!? ――っ! ――っ! ――っ!」
意識が飛び飛びになる。完全に体重を預ける。身もこころも委ねる。
冷気で覚醒する。隙間風が通っている。寝返りを打つ。
毛布をかけられる。ライラに寝顔を観察されている。褐色のおさげをいじりながら、物思いにふけった面持ち。
「ん……どうか、しましたか」目を擦る。欠伸をする。
クルーエルは隣でいぎたなく眠りこけている。微笑ましい。
クルーエルは攻められると弱い。ライラとの勝敗は確認するまでもない。
「やー、頭領はほんと、きれーだなって」切なげな微笑。
伸びをする。「もう、ずいぶん月を食いましたけどね」上体を起こす。
「まだ、たった三〇〇月じゃないっすか。遅い文民なら、これからつがいを見つけてこどもをつくりはじめる頃合いっすよ」おいでおいでをされる。
誘われるがままに擦り寄る。胡坐をかいたライラの膝に頭を預ける。
ライラが大麻を咥える。人差し指を立てる。ライラの回路が発光。火が灯される。大麻を吸い付ける。煙を吐き出す。
淀みのないしゃらっとした挙動。自分より遥かに出力は劣るが、すっかり火の回路をものにしている。
ライラがクルーエルの口真似をする。「猟民の一生は長い。その密度において、文民の何十倍何百倍もの過酷な経験をしなければならない――まだまだ、これからっすよ。なにもかも、ね」
おかしくてたまらずに噴き出す。急にしんみりする。想いを馳せる。
ライラが煙で輪っかをつくる。「つがいのこと、考えてるっすか」
「……すみません」
「なにをいまさら」愛おしそうに目を細める。「いーんすよ、頭領は、あたしたちに愛されてくれてるだけで、あたしたちを愛してくれてることになるんすから」頭を撫でてくる。
「そんなものですか」
「そんなもんすよ」アメトリンの双眸が遠いところを見つめる。「もうあとちょっと、ほんのちょっとっすもんね……つがいを、助けられるまで。考えちゃうのは、当たり前っす」
第一〇〇九塔――根の国の果てから果てまで旅を続け、ようやく探り当てた塔。聖母の塔。侵攻三周前。
とある遊牧民からの情報だった。険しい山に囲まれた盆地で、資源は豊かだが、狭く、密やかな土地だった。道が荒れすぎて普通なら遊牧民も寄りつかなかった。
周囲の山脈が塔をすっぽり隠し、陽光柱の降射先をも欺いていた。よく見つけてくれたものだと感心した。
クルーエルとライラは、一線を踏み越えていた。こちら側にいた。
ニッカが人質になっていることは、もう思い出せないほど前に白状していた。
語った真実――組合、聖母のエーテル、羊化、粉薬、血の秘密、魂の半身。つまり、なにもかも。
組合の実情だけは少し誤りになった。今や名実ともに根の国を支配していた――遠征がもたらした最大の成果。
クルーエルもライラも、組合に反感を抱いた。ニグレドを憎悪した。協力を誓ってくれた。腹蔵ない議論を交わせる間柄になっていた。とっくに他人ではなくなっていた。
荒野で共有した長すぎる時間がそうさせた。それ以上に、ふたりの優しさが。
「ここまで来れたのはなにもかも、ライラとクリュのおかげです。ふたりには、本当に、本当に、感謝しつくしてもしきれません」
「かわいい妹分のためっすもん。おねえさんたちは、いくらでも頑張っちゃうっすよ」ライラが片目をつむる。
「第二一八塔に戻ったら、なにか、恩返ししなくてはなりませんね」
「そのことなんすけど」ライラが大麻を差し出してくる。「実は、頭領に、お願いがあるっす」
大麻を受け取る。一口吸って、残りを口に放り込む。「どうしたのですか、あらたまって」
「この任務が終わったら――クリュちゃんに、胤をあげてほしいっす」
脳が固まる。動揺する。「それは――」
努めて軽い口調で。「自分の身体だからっすかね。なんとなく、わかってるんすよねェ。聖母のエーテルの原理を暴いたとしても、あたしには、こどもなんてつくれやしないって」徐々にしんみりと。「でもやっぱり、好きなひととの間に、ずっとずーっと、残っていくような、なにかがほしい……あたしのせいで、クリュちゃんの血が途絶えて、なにも残せなくて、そのままクリュちゃんの魂が終わっちゃうのなんて、あたしには、耐えられそうに、ない……」ライラはクルーエルの寝顔を眺めている。
線を超えたとき――クルーエルは気の毒になるほど苦悩していた。我を失いかけた。今すぐ旅路を引き返し、組合を潰してやると息巻いた。
だが結局、目的は変わらなかった。聖母を狩らねばならないのはおなじだった。両親を羊からシシに戻すのが先決だった。
それが終われば、組合に悖るつもりらしかった。あまりに無謀な決意。真に守るべきものがいないものの発想。逆に言えば――。
「だから……だから、血を、分けて、くれないかな、って。頭領のなら……きっと、クリュちゃんも、反対しないし……あたしも、きっと、受け入れられる、っすから……」ライラの声は掠れている。
「……かまいませんよ。わたしの血などで、よければ」
ライラが目元をぬぐう。鼻をすする。「……へへっ、やった」
「誘導、しましたね」
ライラの照れ笑い。「んー、さすがに露骨すぎたっすか」
「自爆してましたけどね」
「やー、月を食いすぎたっすかねえ。最近涙もろくって」
「まだまだこれからではありませんか――わたしたち、三人の子を、育てなければなりませんから」
計ったようにクルーエルが盛大にいびきをかく。ふたりで目を見合わせる。くすくす笑いあう。
旅の終わりは近い。意思は揺るぎない。闘志はみなぎっている。
その瞬間が近づくにつれ、自然と頭をよぎるもの――聖母。シャンディ。
顔はもう思い出せないが、あのときの憎悪は根深く残っている。頭痛は猟杖よりも鋭く脳を切り裂く。
今度こそ狩ることを誓う。因縁にかたをつける。すべて終わりにする。一三〇月に及ぶ戦いの、総仕上げ。
ニッカは未だ、自分のことを許してはいないだろう。憎んでいるかもしれない。恨んでいるかもしれない。
それでいい。それだけのことをした。だが、一度だけ――。
ちらりとでいい。最後に一度だけ、ニッカの顔を見たい。声を聞きたい。
それさえ叶えば、もう――。
ライラを押し倒す。
「わ、ぷ、なんすか、頭領」
「ライラの泣き顔を見ていたら、催してしまいました」
「もう、しょうがないっすね……いいっすよ、おいで、頭領――」
楽になりたい。荒野ではあまりに多くのものを失った。これ以上なにも失いたくない。
シシを狩るのは疲れていた。他者の魂を磨り潰すことに何の感情もためらいもなくなっていた。
ライラが喘ぐ。交尾に集中しようとする。
終わりは近い。闘志はみなぎっている。今は前だけを見据えられている。仲間とともに。家族とともに。
終わりに突き進んでいる。
回路を励起。回路を励起。回路を励起。大火球を投げつける。敵の猟隊がどよめく。恐怖で引きつった顔が照らしだされる。
猟杖を振るう。重い甲冑――機甲をがちゃつかせる。間抜け面を刈り取る。
回路を励起。機甲各部の噴射口から全方位に劫火を撒き散らす。火浣布の外套がはためく。三人炭にする。五人灰にする。細菌ごと焼き尽くす。
猟棍を携えた一隊が取り囲んでくる。
一笑する。あれだけの立ち回りを披露してみせたのに、重装備が相手と言うだけでまだ包囲してなんとかなると思っているらしい。
重装甲の甲冑は幼少のみぎりにはとっくに廃れていた。猟民のちからを持ってすれば装甲など羊皮紙よろしく破られた。攻撃は回避する方が重要とされた。それを逆手に取った。
回路を励起。背部の小型原動機に点火。吸気。圧縮。燃焼。排気。爆音。
機甲内の発条と鋼索と歯車を動力が伝わる。膨大な運動量で細菌だらけの荒野を踏み抜く。疾走する――シシの反応速度を遥かに超えた爆発的な初速。
敵の合間を駆け抜けながら、猟杖を一閃。首を四つ刎ねる。
クルーエルは、隣で八つ刎ねている。ライラから移植された俊足の回路が発光している。一二。一五。二〇。瞬く間に地面が角ありの首で埋め尽くされる。細菌どもが頭に群がる。
クルーエルの凶杖は赤熱している。光を輻射している。
ミスリルは魂へ透過性がある。ゆえに魂とおなじ成分である火に対しても特性を持つ。
燃える体液に浸したミスリルの刀身は熱量を分子間に保つ。常にもっとも鋭い状態に自己形成され続ける。撫でただけで、空気も羊酪も鋼鉄も金剛石も別なく断ち切る。
あらゆる物質を両断する凶杖を握る、あらゆるシシを仕留める回路。
真の魔剣型回路の完成形。まごうことなき狩猟の化身。
負けてはいられない。
できるだけ派手に立ち回る。陽動する。突撃しては斬り、発火しては退く。
ライラの俊足の回路が適合したほかの部下たちにも、浸透戦術を取らせている。拒絶反応が出た部下には、戦闘回避の指示をしてある。
第一〇〇九塔の防衛能力は低い。下層は登りにくく凹凸を少なく作ってあるが、形骸。猟民を叩き落とすためのからくりがない。
攻め込まれることをまるで想定していない。あるいは急ごしらえの塔。
不可視化したライラとその部下が三層まで外壁を登って侵入し、内部から開門するのは時間の問題。
それまでなるべく消耗せず、かつ多くの敵を減らす。火を点けまくる。注意をひきつける。
懲りずに大盾と猟槍を構えた一隊が陣を成す。
回路を励起。機甲に仕込んだ指向性爆薬が炸裂。短刀が放射状に射出される。大盾に刺さる。具足に弾かれる。一隊はものともしない。
回路を励起。短刀に仕込んだ高性能爆薬が爆裂。爆風が吹きすさぶ。腕が折れる。脚が吹き飛ぶ。一隊は瓦解する。
回路を励起。原動機に点火。爆音。機甲が運動量を膂力に転換。無事だったものを盾ごと両断していく。
機甲――かつてのルベドの鋼鉄骨格型回路から得た着想。
自分でも鋼鉄骨格型回路を使えないか思索した結果、行きついたかたち。自らの体内に鋼鉄を移植する危険を回避した、着用する後付けの回路――機甲式鋼鉄骨格型回路。
体積が確保できないゆえに容量の制約上、出力はあの鋼鉄骨格型回路を大幅に下回る。だがそれでも十分すぎる防御力と破壊力。
さらにからくりと暗器に富んだ機構化に成功――機甲式暗器型回路。前任のアルベドの暗器型回路から借用した発想。
重量という瑕瑾も持ち前の易燃性物質をつくる回路と小型原動機の組み合わせで克服している。落水などの緊急時も脱げば済む。
ライラの回路知識を借りながら、すべてお手製――エルギンのからくりを間近で観察していた恩恵。
第一〇〇九塔が鳴動とともに煙を噴く。門が吹き飛ぶ。ライラの工作成功。
回路を励起。頭上で火薬を爆発させる。着色した煙――赤、赤、赤。全隊突撃。
クルーエルに先陣を切らせる。咆哮を上げ部下たちが塔に殺到する。
しんがりを務める。追っ手を炎で牽制し続ける。
最後の隊員が塔内に入るなり、回路を励起。散布してきた焼夷剤に着火。追撃者どもを燃尽する。炎の壁が立ちふさがる。塔の入口を塞ぐ。
排水処理区でライラたちと合流する。一呼吸の寸暇。
第一〇〇九塔は雑然としている。そこかしこから薬品臭がする。鼻が曲がる。
面を上げる。「お見事でした、ライラ」
「見えなかったくせによく言うっすよ」けらけら笑うライラ。
「見えなくとも、見事に違いありませんから」
猟隊をひとりひとり見回す。全身煤だらけ。血だらけ。火浣布の外套はくたびれている。一〇人ばかり足りない。
だがひとり残らず虹彩はぎらついている。戦意に満ちている。血に飢えている。はやく狩らせろという顔をしている。信頼しきっている。
みな、ともに多すぎるほどの死線を潜り抜けてきた。ちからを知っていた。火を知っていた。知らないのは狩られることだけ。
まだまだいける。侵攻はつつがない。終わりは目の前だ。
戦車が飛び出してくる。五、六、七――二〇はいる。蒸気式。二世代前のからくり。
だが数が多い。塔内は狭く、不利な地形。突破には時間がかかる。
「クリュ、すみませんが――」
クルーエルが頷く。「任せろ。頭領はなにがあっても、聖母を捕まえろ」凶杖を抜く。腕の回路が発光。刀身が赤熱する。「制圧次第、追いかける」
「お願いします」
「クリュちゃん! 死んだら承知しないっすよ!」ライラが拳を突き出す。「第二一八塔に戻ったら、あげなきゃいけないもんがあるんすから!」こちらに視線を送ってくる。
クルーエルも拳を突き出す。「おまえのろくでもない飯ならいらんぞ?」戦車から鉄球が射出される。クルーエルが翻る。凶杖で叩き斬る。「――行け!」
ライラとともに駆け出す。ライラが戦車に袋を投げつける――羊の糞入り。回路が発光。煙が噴き上がる。視界を遮断する。
回路を励起。回路を励起。鋼索を射出。頭上の導管に引っかける。原動機に点火。自らを牽引して一息に戦車の群れを飛び越える。壁を蹴る。通路に転がり込む。
背後で金属を打ち鳴らす音が響きはじめる。鉄量の激甚たる正面衝突。
上を目指す。管理室を探す。精素室を求める。
猟民然としていない角ありや角なしまで立ちふさがる。槍を携えている。
どいつも瞳孔が拡大している。狂気じみた笑みが強張っている。奇声を上げている。薬漬けにした即席の戦闘員。
ライラが阿片を塗った矢を放つ。正確無比な速射。矢をつがえる動作も見えない。
瞬きする間に五人を黙らせる。一〇人が昏倒する。
頼もしい。何度見ても舌を巻く早業。
ライラのおかげでほとんど消耗せずに上層まで通り抜ける。
ある層を境に、にわかに静寂が張りつめる。照明が減る。シシの姿も消える。気づけばふたりきりになっている。
ただっぴろい区画。大量の革袋が詰まれている。保管庫らしい。
ライラが袋のひとつを裂く。白い粉薬が溢れだす。聖母のエーテル。
ライラが粉薬を掬う。薬品を垂らす。回路が発光。粉薬が変色する――血のように鮮やかな青。
「とんでもない純度っすよ、これ」ライラがアメトリンの目を見開く。「こんなの、お目にかかったことないっす」
頷く。「より強力な聖母のエーテル――噂は本当だったようですね」
聖母はここにいる。息遣いさえ感じるよう。先に進む。
薬臭い区画。配管が壁を這いまわり、埋め尽くしている。天井から滴が滴っている。
あの製造室に似ている――ここだ。
便座で埋め尽くされた部屋もある。相変わらず、便座にはシャンディそっくりな羊が縛り付けられている。口やら腕やら腹やらに管を通されている――聖母のエーテル用。
あのときの光景が蘇る。
頭痛がする。憎悪が増大する。
ライラに目配せする。身振り手振りで合図する。
ライラの輪郭がぼやける。消える。先行する。
周囲を警戒しながらゆっくり後を追う。機甲をがちゃつかせないよう神経を遣う。抜き足、差し足。
薬液の製造室に踏み入る。巨大な水槽と制御装置がひしめいている。
どれも真新しく、稼働中。床はミスリル製。かなりの資源をここにつぎ込んでいるらしい。
くらくらする。眩暈がしてくる。
今見ているものに、過去が重なる――眩惑される。
一歩踏み出すごとに、側頭部を殴りつけたような頭痛が襲う。憎悪に引きずり込まれそうになる。
水槽のなかに、壮齢の角ありを幻視する。全身の皮膚と肉がなかば溶けかけている。乳房を削ぎ取られ、肋骨の間から水銀灯が覗いている。
顔は知っている。シャンディの胤親にして産親。母主イェソド。
大柄な角ありが母主だったものを網で引き揚げる。内部から機械音を轟かせている巨大な廃棄口に放り込む。ばりばり音がする。
幻聴――頭痛で目を開けていられなくなる。
鼓膜の裏側で艶めかしい嬌声が響いている。
「んおぉおおぉんっ♥ あっ♥ あおっ♥ おおぉおんっ♥ おっ、ねえちゃぁあっ♥」作業台の上から聞こえる。
回路だらけの肌をした半裸の角ありが陰になっているせいで、声の主はわからない。
角ありは尻を振りたくっている。声の主に巨根を突っ込みまくっている。
「くっほおほおっ♥ おっ♥ おっぎぃ♥ おっぎすぎるっ♥ よおっ♥ おねえちゃあぁんっ♥」
作業台の下には注射器が散乱している。
「あはは! だからおねえちゃんじゃないって!」
おお――。
吐き戻す。膝が折れそうになる。
やめろ――。
ふらつく。機材伝いに歩く。
肩を叩かれる。「頭領!? どうしたんすか?」抑え気味のライラの声。「誰かにやられたっすか!?」姿は消したまま。
「い、え……」口元を拭う。「……すみません、嫌な記憶を、思い出しただけです」
「……ならいいっすけど」納得してない様子のライラ。「頭領、気を付けるっす。見えないけど、なにかいる気が――」
ばぢんと大気が弾ける。未知の衝撃に貫かれる。転倒する。受け身もとれない。薬液だらけの床に叩きつけられる。
痺れている。指一本動かせない。頬の下で薬液が皮膚を焼く。
床と周囲の機材が煙を噴いている。
一瞬前までライラの声がしていたところに、真っ黒に焼け焦げたライラ大の物体がある。
おお――。
まさか――。
ばぢぢと細く青白い光が宙を走る。シシが無から現れる。初めからそこにいたかのように。
全身を覆う醜い火傷の痕。襤褸の角巻。火浣布の外套。亜鉛の帷子。背には布で包んだ猟杖らしき長物。裸足。
「しばらくぶりだ――第六天使い」瘢痕まみれでも端整な顔立ち。目を見張る蒼さのサファイアの虹彩。「おもしろそうなおもちゃを着ているな」
「……ティファレト」
なんだこれは。
なんの冗談だ。
いや。
幻だ。
醜悪な幻覚。時間をまとった幻影。
過去と現実の境界がわからなくなっているだけ。
この焼け焦げたものも虚構――。
影魔法を励起。立ちあがる。脚が震える。頭痛に押しつぶされそうになる。
ティファレトが長物を構える。襤褸をほどく。猟旗。やけに白い竿がきらめく。手袋のなかで回路が発光。
反射的に猟杖を抜く。一閃を受け止める。重い。襤褸が翻って次の打突が来る。速い。次々。
クルーエルの渾身の一撃を、最速の連携で繰り出されているにも匹敵する猛攻。
背筋が凍る。目が覚める。
幻ではない。
襤褸が千変万化する。鎌状、槍状、斧状、剣状。めまぐるしい。
捌ききれない。押し切られそうになる。一三〇月前とは比べものにならない技巧。
回路を励起。同時にティファレトの回路が発光。ばぢぢと青く細長い鎖のごとき光が凄まじい速度で伸びて腕を貫く。
手甲が焦げる。外傷なし。
だが腕が麻痺している。炎の回路も不発。
猟旗が迫る。腕が上がらない。
影魔法を励起。間に合わない。
体勢を崩してかわす。兜を斫られる。面越しに衝撃が伝わる。火花が散る。転がって距離を取る。
離れたことで、視界に、黒焦げたシシ大の物体が収まる。
それも幻ではない。それはよく知ったもののかたちをしている。愛するものに似ている。
頭痛が破裂する。憎悪が決壊する。
心拍数が一〇〇倍になる。心魔法を励起。心拍数を一〇〇〇倍にする。声を張り上げる。
回路を励起。納刀しつつ、機甲から短刀を射出する。ティファレトが身をよじってかわす。
回路を励起。回路を励起。原動機に点火。機甲の配管を猟杖に接続。踏み込みつつ、熱量を圧縮、抜刀して杖の微細孔から無数のまばゆい熱線を噴出。水平に薙ぐ。水槽の硝子が溶解する。
ティファレトが襤褸を展開する。熱線を防ぐ。
熱線が放っておいた短刀を焼く。空中で爆裂が連鎖する。煙幕を張る。
回路を励起。原動機に点火。床を蹴る。宙で水槽を蹴る。ティファレトの直上を取る。
回路を励起。回路を励起。短刀と熱線を真下に降射。
ティファレトの回路が発光。周囲に青い光の鎖がのたうつ。
ティファレトに到達する前に青い光に打たれた短刀が炸裂。熱線が逸れる。爆風に巻き込まれる。吹き飛ばされる。
床に叩きつけられる。ふらつきながら構え直す。
ティファレトは涼しい顔をしている。息も乱れてない。
青い光――厄介すぎる。飛んでくる瞬間は、回路の発光でわかる。だが速すぎる。対応できそうにない。
伝子とか呼んでいたものなのか。一三〇月前とはまるで違う出力。実力。
おそらくまだ奥の手も韜晦している。底が知れない。不気味さに磨きがかかっている。
「頭領!」クルーエルの声。
階下から部下を引き連れてぞろぞろやってくる。
「そいつが聖母か?」赤熱する凶杖をティファレトに向ける。
部下たちも間合いを測りながら、ティファレトを取り囲む。
「……いえ。先代の、ペイルです」
「昔、頭領が狩ったはずではなかったのか」
「どういうわけか、生きていたようです」
「ライラは?」ラスピラズリの瞳はティファレトだけを見据えている。
黒焦げた物体を見やる。「……先に、行きました」
「こいつは我々に任せろ。頭領は聖母を頼む」
「ですが――」
「わかっている。伝子とやらの使い手、だろう?」こころ強い笑み。「今、聖母に逃げられればすべてが無為に終わる。目的を、ゆめゆめ忘れるな、頭領」
頼りたくなる。すがりたくなる。クルーエルのことは信頼している。こと、猟民同士の決闘においては、誰よりも。
クルーエルは腕が立つ。負けるはずがない。
「……気を付けてください。以前杖を交えたときよりも、格段にちからをつけています」ティファレトから目を逸らせないまま、奥の暗い回廊に向かう。
ティファレトは追跡する素振りも見せない。こちらを眺めている。見逃している。
落ち着き払っている。寂しげに見える。ひどく疲れ切っているようにも見える。
塔の最上層。ただっ広く白い部屋。壁面はミスリルが塗布されている。天井は高い。祭壇がある。
祭壇――エメラルド板が据え付けてある。エメラルド板には、ふたつの丸い窪みがある。一三〇月前、ニッカの眼球を削り出したもの。
シシがひとりいる。祭壇の前で佇んでいる。所在なさげ。
瀟洒な衣装に身を包んだ、つくりもののような端麗な容貌。銀糸の長髪、釣り目気味のダイヤモンド、白金のデンドライトの付け角。
「――シャンディ・イェソド・エルカイ」その名を口にする。
頭痛がする。憎悪が増大する。
シャンディがこちらに気づく。目を剥く。「そう、狩ったのね……ティファレトを。まさかあいつが負けるだなんて、思いもしなかったわ」
かぶりを振る。「いえ。見逃してもらえましたが」
「え――」呆然とし、間もなく、何もかもを察した顔で、苦々しげに。「なるほど、してやられたってわけね。ということは、最初から、か……つくづく、あのシシは……」ため息。「もう少し手を打っておくべきだったかしら」
「何の話ですか、シャンディ」
シャンディが肩をすくめる。「今は、マーキュラと名乗っているの。マーキュラ・バルタ・エアライデン、と」
「聖母のエーテルを頂戴しに参りました。降伏していただけませんか、シャンディ」
自嘲気味に笑うシャンディ。「目的達成を目前にしてすべてを奪われるのって、なかなか辛いものがあるわね」一気に老け込んで見える。
「目的とは?」
「すべてのシシの悲願。魂の救済――第六天魔法」
「この期に及んで、世迷言を」
「いいえ。世迷言などではないわ。あたくしが目指していたものは、初めからこの鉄の空の向こう側、たったそれだけだったのよ。第四二塔に、いたときからね」
「第六天魔法など、おとぎ話です。こどもだましに過ぎません。鋼鉄の天蓋を穿孔する魔法など、存在するわけがない」
薄い笑み。「あなたがそれを言うのね、第六天使いさん?」
「そう勝手に呼びはじめたのは、シャンディでしょう」
「そうよ。だってあなたこそ、第六天魔法に必要だった、最後のひとかけらだったもの」
「意味がわかりません」
「昔、なぜ陽光が細菌を殺すのか、語ったことがあったわね。覚えているかしら」
「文化を含んでいるから、ですね」忌々しさを込めて。「あの周のことは、いつでも鮮明に思い出せます」
「話が早くて助かるわ」にべもない。「ティファレトからも、エーテルに関する話を聞いているわよね。聖母のエーテルの製造方法は、もうわかっているのでしょう?」
ティファレトの言――エーテルとは、シシの血のなかに浸透している、シシの祖たる月なるものの御血を濾過したもの。
エルカイはダイヤモンドの眼を持つ。ダイヤモンドの眼は陽光中の文化をそのまま血液に取り込む。
文化を含む御血。それこそ聖母のエーテルの正体。
「厳密には、エーテルはひとりひとり微妙に異なっているのよ。御血は、魂によって変質するから。適性のある回路がシシによって異なるように、魂もシシの数だけある、つまり、エーテルもシシの数だけある。なかでも、エルカイの血は聖母の完全性を維持してきたから、特異な性質を薄めることなく発現させていた――ならば、おなじように黄金流体と万物毒のみを受け継いできた、アーリィライトの血もまた、固有のエーテルを抽出できる、そう思わない?」
「……誰のものを、抽出したのですか」
「やっと興味を持ってくれたみたいね」満足げな頷き。「あなたの精液から、頂いたわ。総猟――マルギトには警戒されていて、唾液一滴取れなかったから」
「避妊具をつけさせていたのは、そのためだったのですね。わたしと交尾していたのは、研究のためだった、と」
やや安堵――毎回、精魔法だけは欠かさず使っていた。胤だけは渡さずに済んだらしい。
「動機の七割ほどはね。三割は、あなたを本気で愛していたからよ。こう見えてあたくし、純情なの」
諧謔混じりのシャンディを急かす。「それで?」
「アーリィライトの――あなたのエーテルは、火に対して特出した性質を見せたわ。よく燃えるのよ。鉄さえ溶かし尽くすほどに」
「それで、わたしのエーテルで空を炙って穴でも空けようと? それが第六天魔法だと?」
シャンディは首を振る。「あなたのエーテルは、燃えすぎる。それも爆発的に。鉄の空を破るには、持続的に、安定して、高い温度を得る必要があった。安定剤が不可欠だったの。でも幸運なことに、身近なところにそれはあった――魂は、文化でできているでしょう? そして、魂の成分は、いかずちとほむらから成る」
意味ありげな視線を受ける。後を継ぐ。「すなわち、文化はいかずちとほむらである――安定剤は、聖母のエーテルですか」
「その通り。火は、文化をくべることでより熱量を増す。根の国に文化を降射し、最大の熱量を放射している陽輪が、まさにそれを証明しているわ。だから、あなたの血をなにより欲していたの。あなたとあたくしで子を成せば、きっと、いえ、必ず、第六天魔法に最適な血を宿した魂が生まれるはずだから」
「――まだ、半分ですね」
「なにが?」
「鉄の空の向こう側に、到達するまでです。エーテルで燃やすのはまだいい。ですが、どうやって、燃やすのですか。投石器かなにかで、エーテルを投げつけるのですか」
「塔よ」
「塔のてっぺんで、焚火をしろと?」
シャンディは笑う。「まさか。塔そのものを、燃やすのよ」シャンディは目を細める。なにかを幻視している。「頂でちょっとした火を焚いたところで、大した火力は望めないでしょう。それに、鉄さえ溶かすのだから、制御できずに焼け落ちて、始末に困るだけだわ。それならば――最初から、塔全体を焚き木として設計しておくの。塔の骨格だけは採算を度外視してでも燃えにくい素材を使って、莫大な量のエーテルを燃焼計画に合わせて各部に設置し、長く、熱く、空を溶かし尽くすまで燃えるように」
「……できるわけがない」
「そうかしら? いと高きものの建てたとされる第一塔、光り輝く勝利のきざはしというのは、炎の塔だった、という言い伝えもあるわ。つまり燃えた塔を指していたともとれる。塔もまた、魔法であり、巨大な回路なのよ。シシという魂の、塔という魔法。それが真の第六天魔法。天を穿ち、太陽をこの細菌だらけの根の国に引きずり出す、あらたかなる魔法」
光の塔を幻視する。腐敗しきった文化によって空を焼く、炎の巨塔を。
いよいよおとぎ話じみてくる。
頭痛がする。憎悪が増大する。
「母主イェソドを手にかけたのも、そのためだと?」
「そうよ。それが、エルカイの血銘の本来の役割だもの」きっぱり断言。「母主は組合と深く関わりすぎていた。血銘の使命を忘れ、現状に満足し、己の地位に固執した。第六天魔法から遠ざかろうとした。だから聖母の席を譲ってもらったの」
頭痛がする。憎悪が増大する。
声が掠れる。「……わたしの隊をティファレトに売ったのも?」
「そうよ。そうでなければ、総猟にエルカイとアーリィライトの迎合を認めさせ、あなたの地平線を譲渡させることができなかったもの」
頭痛がする。憎悪が増大する。
むかむかする。「わたしの半身を攫ったのも、そのためだと?」
「第六天魔法の研究対象であると同時に、人質にして、あなたを操作する材料にする手はずだったのよ。あなたがあの場で四猟士を狩ってしまったのは、想定外だったけど」
頭痛がする。憎悪が増大する。
かろうじて問いを絞り出す。「研究のために、ニッカの身体を傷つけたと?」
悪びれもせず。「命まで取るつもりはなかったわよ? あなたの地平線にも、あなたにも、生きていてもらう必要があったもの。そういえば……片割れは、元気にしているかしら?」冷笑するシャンディ。
いけしゃあしゃあと。
凄まじい頭痛に眩暈がする。憎悪が臨界点に達する。
ぐらつく。視界が真っ赤になる。冷静さを保っていられない。
猟杖を抜く。詰め寄る。
シャンディの高慢さが消える。「――ねェ、娘が、いるの」穏やかな表情になる。「あの子だけは、見逃してくれないかしら」母親然とした顔つき。
ふざけている。
血液が沸騰する。「どの口が――」憎悪に身を委ねる。「名前を変えて! 魂まで変えたつもりか!」杖を突き出す。
猟杖の先端が柔らかい肉を掻き分ける。柄まで胸に埋まる。
「――最後に……」シャンディの唇から蒼い鮮血がこぼれる。「抱かれた、のが……あなたで……よかった、わ――」弱々しく腕を伸ばしてくる。
その手が閃く。衣装の袖口から細身の短剣が飛び出す。器用に手に収まる。
即座に杖を引き抜こうとする。抜けない。血が凝固している。
機甲の継ぎ目に短剣を突き立てられる――右膝。激痛が走る。猟民顔負けの存外に素早い身のこなし。
猟杖をひねる。臓器を破壊する。ダイヤモンドの虹彩から光が失せる。華奢な肉体がしなだれかかってくる。
「おめでとう。任務完了だな」裸足の足音――わざとらしく、ぺたぺたと。
振り返る。ティファレトがいる。肉塊を引きずっている。
腕を肩から切り落とされ、腰から下は炭化、全身火膨れで皮膚がずるずるになった角ありの身体。
おお――。
「満足したか?」淡々と告げる。
頭痛が破裂する。憎悪が決壊する。
心拍数が一〇〇〇〇倍になる。声を張り上げる。
駆け出そうとする。ティファレトの回路が発光。青い閃光が右脚に刺さった短剣を貫く。
転倒する。影魔法を励起。動けない。短剣が煙を噴いている。
麻痺しているのではない。神経を丸ごと焼き切られている。
目の前に満身創痍の角ありが放り出される。淀んだラスピラズリの虹彩と目が合う。
ひゅうひゅういう音。「と……りょ……」ほとんど聞き取れない。「す……ま……な――」静かになる。
もう――。
影魔法を励起。指を伸ばす。眼を閉じさせる。
「ほかの、仲間は」
ティファレトが言う。抑揚なく。「火の粉を払いきれなかった」
猟杖を支えに立ち上がろうとする。立ち上がれない。痺れは全身に行き渡っている。右脚の感覚はない。なんとか短剣を抜く。痛みにうめく。
「奇妙なものだとは思わないか。最初に顔を合わせたとき、ぼくは組合の手先として四猟士を率い、きみは聖母の守護者だった。今、ぼくは聖母の塔を守る立場にあり、きみは四猟士の頭領だ。同位体ゆえの、腐れ縁というやつだろうか」
「あなたは……、死んだ……はずでは、なかったの……ですか」
ティファレトは微笑む。「死んだ? 本当に死んでいたのか?」心臓の上を拳で叩く。「水銀灯を砕いたのか?」人差し指で首をなぞる。「首を切り落としたのか?」こめかみをつつく。「脳を貫いたのか? それとも――」襤褸の角巻を掴む。「角を折ったのか?」露わになるは――凹凸のない額。付け角。
「……デンドライトが、析出しない、金属だったの、ですね……シャンディと、おなじ、ように――」
「いいや、まったく違う。ぼくには、どんな金属もエアマイグレーションしえない。生まれつき、角なし、なのだから」ティファレトが手を広げる。瘢痕だらけの肌を見せる。「角ありなら、痕は残らなかっただろうな。きみに焼かれて以来、熱さに対してすこぶる耐性を失ってしまったよ」
我が耳を疑う。「そんな、はずは……あなたは、ニッカに、胤を……」
「きみの先生の子なら、間違いなくきみの子だよ。角なしであるぼくは胤を持たないし、きみたちを襲ったあの時点で、きみの先生には誰の胤もついてなかった。先生は、魔法は使えていたはずだろう」
血の気が引く。冷たい汗をかく。
そうだ。ハートが、ティファレトの子であるわけがなかった。
ニッカが身籠り、魔法を扱えなくなったのは、第二一八塔に住み着いてから何月も経ってからだった。
あまりにハートとティファレトの造形が似通いすぎて、思い込んでいた。
おお――。
ならば――ならば、自分はなんてことを。
あの過ちを犯してしまったがために、すべてを捨てて塔から逃げ出したと言うのに。
目頭が熱くなる。無力感と悔恨が押し寄せる。「あな、たは……どうし、て……わたしに、立ちふさがる、のですか。どうして、ことごとく、わたしのものを、奪うの、ですか。なにが望みで、なにが目的、なのですか……あなたは、何者なのですか……いい加減、教えて、いただけませんか……」
ティファレトが言う。「おおせのままに、すべて答えよう。今ここにすべてを暴き、きみ自身の黙示録に終わりを告げよう。今度はきみが、黙示録をつくるのだ、わが同位体、わが半身、わが双極の抑制均衡、わが特異点――わが姉よ。ぼくはきみの、奪われた地平線……双子の妹だ。本当の、な」青い眸子を細める。