※この作品はR-18です。

鉄の空   作:伊土 讃阿

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第二識魔法 2

 

 

 

 第三象限の終わり際――わたしは、先生がお風呂から上がったのを見計らって、部屋を訪れました。先生は化粧台の前に座り、髪を結っていました。

 

 先生は月に何度か、第四象限に外出します。養護室の少ない予算を補うために、おとなのシシに個別授業しているのです。先生は魔法の知識に関して特別秀でているので、上昇志向のある若い角ありには人気があるそうです。わたしの命を救ってくれたあの周も、お仕事であの候補殿を訪ねてきていたのです。

 

 先生が出かける準備をしているのを見て発したわたしの言葉は、ひどく落胆した響きが含まれているのを隠しきれていませんでした。

 

「あ……お仕事、でしたか」

「そうだけど――どうかした? まだ時間はあるから、授業の質問ぐらいなら、受け付けられるよー」

「その、そういうことではなくて……溜まっちゃって」

「えッ、ほんと? 今回はずいぶん早いね?」

 

 先生は白金の指輪を通した鎖を首からかけて、鏡越しにわたしに困ったようなエメラルドを向けました。

 

「どうしても我慢できない、かな?」

「ごめんなさい……」

「しょうがないな……ほら、ここにかけて」

 

 先生はわたしに手招きして椅子に座らせると、わたしの前で膝立ちになりました。服に手をかける先生の、火照った肌から立ち上る温かい石鹸の香りがわたしの強い月の匂いに混じって、官能をくすぐります。先生のしっとりした手のひらが、わたしの屹立した陽根を包み込みました。

 

「練習はじめて、六月にもなるんだから、そろそろひとりでできないと、だめなんだからね?」

「でも、んはあぁ……ッ、わたし、先生にして、もらいたくて……ッ」

「も、もお、タルトってば、甘えんぼさんなんだから……♥ ほんとにほんとに、こういうこと、いけないんだよ……♥」

 

 ごしごしとわたしの滾りをしごきあげ、こころなしか嬉しそうな口ぶりでわたしを叱る先生。エメラルドの虹彩が、みるみるうちに水分を蓄えていきます。

 

「背も伸びてきたけど――こっちもおっきくなってきたね……♥ やっぱり、育てがい、あるなあ……♥」

 

 今周は焦らすつもりはないらしく、先生が持てる技をふんだんに駆使してきます。とろけるような悦楽が、下半身を浸しはじめました。普段ならあっという間にこらえきれなくなり、情けない声をあげて身悶えしつつ精を吐き出しそうになっていたことでしょうが、その予兆はいつまで経ってもやってきません。脳裏に刷り込まれた先生と双子の秘め事がわたしのこころをかき乱し、先生の手業に集中することを妨げていたのです。

 

 何度お願いしても、先生は手でしかわたしの自慰を手伝ってくれません。わたしは先生の身体に触れたことすら、ありません。わたしは、その白い肌を撫で、艶めく金糸の長髪を梳くことを、何より求めているのに。双子には口淫どころか、それ以上のこともしていたのに――。

 

 先生はわたしが上の空なことに、すぐに気づきました。

 

「あ、あれ? あれ? 気持ちよく、ない?」

「気持ちよくない、ことはないんですけど……すみません」

「ど、どうしよ……刺激に慣れちゃったの、かな……? もうすぐ出かけなきゃいけないけど、ここまでしたら出すまで辛いだろうし――」

 

 もてあました様子の先生。わたしはおずおずと申し出ます。

 

「あの……おくちでしてくれれば、すぐ終わると思うんですけど」

「だぁッ!? だめだってば! おくちは、そういうことするためにあるんじゃないの! それに、タルトってば、一回したら次からもしなきゃ、満足しなくなるでしょ。先生、お見通しなんだから!」

 

 わたしの陽根を握りしめたまま、ふくれっ面になる先生。その構図にぞくぞくするものを覚えつつ、わたしは次の提案をします。

 

「それでは、先生、告白か服従かをしませんか」

「へ……? それなら構わないけど――って、あ! きみ、まさか、ぼくが服従を選んだら、おくちでさせる魂胆なんでしょ!」

「だめ、ですか?」

「だめだめ! 絶対ぜえったいだめなんだってば! 悪知恵ばっかり覚えてくるんだから――」

「先生は、告白だけを選んでいいですから」

「うー……?」

 

 先生はじっとわたしを凝視しました。わたしが何をもくろんでいるのか、探ろうとしているのでしょうが、時間が押してることを思い出したのか、あっさり断念しました。

 

「なら、いいけど――おくちでは、何があってもしないんだからね?」

「それは、約束します。では、先生からどうぞ」

「……告白か、服従か」

「服従、します」

 

 先生が眉にかわいらしい皺を寄せて、唇を舐めました。

 

「……自分でおちんちん、扱いて?」

「ん……ふ……ッ!」

 

 先生に命じられ、先生の目の前で、先生に見せつけるように、わたしはいきり立った生殖器を扱きはじめました。このとき生まれて初めて自分自身を慰めていた事実を発見して、内心少々驚きます。目のやり場に困ってるのでしょう、落ち着きなく視線をさまよわせる先生に、わたしは問いかけます。

 

「では――告白……か、服じゅ……か」

「告白、するよ」

「……スキュラやナキュラと、こういう、ことは……ッ、する、んですか」

「ッ!?」

 

 先生は息を呑んで硬直しました。視線はわたしに定まりましたが、瞳孔は震えています。紅を乗せた唇も。

 

「ななな、なん、なんで、そんなこと――」

「するん、ですか」

 

 わたしは知っていました。先生は、どれだけ喋りたくないことがあっても、絶対に嘘をつかないことを。ごまかしたり、事実を告げることを拒みこそすれ、言葉を捻じ曲げたりしないことを。わたしはそこに、付け込んだのです。付け込んで、先生がこころのうちに秘めたものを、ちからづくで暴こうとしているのです。

 

 先生はこれ以上ないほど狼狽しつつ、消え入りそうな声で応じました。

 

「か……ッ、過去に、し、したことも、あった、かも――こッ、告白か、服従か!」

 

 答えるなり、間髪入れず先生はわたしに質問しました。急いでいるからか、追及されたくないからか、判別はできません。

 

「ふ……ッ、ふく、服従」

「唾とかつけて……もっと、激しくしてみて」

 

 先生の潤んだエメラルドの監視のもとで自慰をしていると、次第に心地よく――夢でも見ているかのようにふわふわと、それでいて背後から追い立てられるみたいな、異質な高揚がわたしを包囲します。滑りのよくなった肉棒が、火傷しそうなぐらいの熱を放っています。苦しい――。

 

「告白か……服従、か」

「……こくはく」

 

 可能な限り質問されるのを先延ばしにしたい――でも、可及的速やかに終わらせたい。先生のしぐさのあらゆるから、先生の心情を読み取ることは、あまりにもたやすいことでした。

 

「双子……以外とは、ふッ、したこと、ある……んッ……ですか」

「ぃッ!?」

 

 先生の焦燥は加速していくばかり。もはや告白するまでもなく、火を見るよりも明らかでした。苦しい、苦しい――。

 

「しっ、したこと……は、なくもなくもなくもない、かも……告白か――」

「服……ッ、従、します」

「むねとかも、触ってみて……その、ちくびとか、さ」

 

 左手を動かしたまま、右手で尖りきった乳首をつまみます。びりびりと鋭い痺れが胸からおへその下まで走ります。先生に命じられ、先生に命じさせる自慰の、なんと屈折して――なんと甘美なことか。

 

「ぅうんッ! は……っ、はッ、告白か……、服従か」

「ね、タルト、ね、ぼく、ぼくさ、そろそろ行かなきゃ――」

「おねがいです、先生、おねがい……後生だから、おねがい、します」

「わ、わかった、わかったから、そんな目しないでよぅ……告白!」

「手、以外で、したことは、ッ、あるんですか――」

「――ッ!」

 

 いったい何人と。どこで。どれぐらいの頻度で。どんなことを。今までした回数は。

 

 何を問いただしても、それがなじり、ともすれば非難とも取れよう問いだとしても、つっかえつっかえ、先生は真実を紡いでくれます。問えば問うたまま、あまりに、あけすけに。

 

 ――苦しい。苦しい苦しい苦しい。たずねるたびに魂に刃を突き立てられているかのよう。明かされるたびに魂が引き裂かれているかのよう。わたしは、頭が、どうにかなりそうでした。きっと、先生も。

 

 互いに望まぬ痛みであることは、重々承知していました。先生にひどい仕打ちをしている自覚はありました。もはや先生を使った、自傷行為でしかありません。

 

 でも、やめられませんでした、やめて、どうにかなるものでもありませんでした。わたしは、訊かずには、いられませんでした。たぶん訊いていなくとも、いずれ気が狂っていたでしょう。どのみち、わたしは、あの情事を覗き見した瞬間から、先生の部屋に名前を刻んだあの瞬間から、おかしくならざるをえなかったのです。

 

 ひとつでも訊いてしまったなら、もう引き返せない。それならいっそ、すべてを知って破滅したかった――知らないままでは、破滅しきれませんから。それでは、破滅とは言えませんから。ただ、負けただけ。なにものでもないものに、みじめに、屈して、折れただけ。それはおそらく、空虚ですらなく、虚無さえ充実していることでしょう。

 

 恐ろしい――破滅しきって、魂を壊しきってからでないと、肉体を失ってからが、恐ろしいのです。魂が壊れきっていなければ、すべてが失われたとき、名前だけの存在になったとき、きっと魂は未来永劫、果てなく壊れ続けるはずです。白金のなかで、精神行列のなかで、魂が壊れ続けるのです。壊れきってないということは――まだ先生のことを想えるということですから。二度と触れることもかなわないというのに。二度とわが名を呼ばわる声を聞くこともかなわないというのに。

 

 そして――だからこそ、わたしはかつてないほど、自分を見失い、高揚していました。たぶん、初めて先生にしてもらったときよりも。

 

「も、いじめ、ないでよお……こんなこと、楽しくないよ……ね? もう、やめよ……? ぼくが、したげるから、ね? ね――?」

 

 先生はすんすん鼻を鳴らしてわたしの月の匂いを嗅いでいました。わたしの自慰行為を見守り続ける、涙を浮かべたエメラルドの奥は、晃々と燃え盛るよう。そのきらめきはエーテルが放つ、あらたかなる緑炎にも似ていました。

 

 まぶしい。まぶしすぎる。その緑の炎に、包まれたかった。細菌とともに、愚かしいこの魂もろとも焼き清めてほしかった。先生にすすいでほしかった。汚穢は魂の底の底にまで染みついて、先生でなければ、洗い流せないでしょうから。

 

 嫌悪感さえ伴う絶頂の予兆が込みあげてきます――早く終わらせたい。でも、終わってから先生にどう接すればいいのかわからない。

 

「こ……ッ、こく、はく、で」

 

 ぐらぐらする――理性が茹で上がったみたいに、朦朧とする。エメラルドに幻惑され、問われてもいないのにわたしはそう口にしていました。突然のわたしの心変わりに、先生は戸惑いつつも嗚咽混じりにわたしを非難しました。

 

「……ッ! なん、で、なんで、こんなこと、訊いたの……こんな、こんなの、ひどい、よ……!」

「そ、れは――ッ、先生の、こと……、すき、だから、です……」

「そりゃ、ぼくだって、タルトのこと、好き、だよ……? でも、好きなら、こんなこと……!」

「そうじゃ、なくて、すきで、好きで、どうしようも、ないくらい――愛してるんです! 先生と、つがいになりたいと、願うほどに!」

「つ、つが、つが、つが――」

 

 大きく見開かれる瑞々しい翠緑。先生はぱくぱく口を開閉させていますが、次の言葉が出てくる気配はありません。わたしは陽根を往復させる手を休めるどころか、ますます激しく動かし、せきを切ったように想いを吐き出し続けました。

 

「すきなんです……命を救ってくれた、あのときから! だから、先生のこと、全部、知りたいんです! 誰よりも……!」

「そんなっ、だっ、だめだよ……ッ」

「どうしてッ! だめ、なんですかっ!」

「だってっ、だってぇ……ぼく、ぼくは、先生だし、きみはまだこども、だし」

「それでも、すきなんです! すき! すき、すき、すきすき、すきぃ、せんせえ……」

「やっ、やめ……っ、そんなことしながら、そんな眼で、そんなこと、言わないで、よお……頭、ぐるぐるしちゃう……!」

 

 肌は汗ばみ、耳まで真っ赤に染め、太ももを擦りあわせて、目じりはとろんと垂れ下がっています。その表情はわたしの網膜に焼き付いている、双子との最中に見せたあの淫蕩なそれを彷彿とさせ、欲情を誘います。

 

「はああ……せんせえッ、いきそお、せんせっ、すきっ、すきっ、いくっ、いっくっ、すきっ、せんせっ、せんせっ、いくうッ、すきすきすきッ」

「――ッ!」

 

 はじかれたみたいに先生が飛びついてきて、わたしの手を跳ねのけ、陽根をぱくりと口にくわえて一息で根元まで飲み込みました。恥骨に鼻先が押し付けられ、喉で先端を締め上げられます。とろける粘膜の抱擁を受けて、たまらず限界に達します。

 

「ぅんッ!? せんせえッ! あッ! あッ! あーっ! あーっ! あーっ!」

 

 視界がちかちか明滅します。最初の陶酔の再来――先生の口内に胤を放っている瞬間だけ、わたしは先生の告白を忘れることができました。

 

 暴力めいた絶頂のあとに残ったのは、気まずい静寂。どちらからともなく身体を離し、着衣の乱れを直しました。

 

 先生は口元をぬぐい、うつむき加減にぼそぼそとつぶやきました。

 

「ぼくは――ぼくは、悪い先生、なんだよ……」

「先生は、いい先生です! 先生は、わたしを助けてくれたじゃないですか」

「あれは――あれは、同情しただけ、だよ。……先生もさ、実は、第一〇〇九塔とは別の、髑髏聖母の塔で生まれたんだ。先生がまだ小さいときに塔は組合に潰されちゃったけど……未だに忘れられないな、あそこで、角ありたちにされた仕打ちは。それが、あのときのタルトと重なって、いてもたってもいられなくなった、だけだよ」

「理由がどうあれ、わたしが助かった事実は変わりません。本当に、感謝しているんです」

 

 弱々しくかぶりを振る先生。

 

「確かに、タルトを助けたかもしれない……もちろん、ぼくはそのことを後悔してるわけじゃない。でも真実を知れば、タルトはきっと、すっごく嫌がると思う」

「どういう意味、ですか」

「……タルトは、ぼくのことを知りたいんだよね」

 

 先生は、羊皮紙の切れ端をわたしに差し出しました。

 

「タルトには、どうしても教えたくなかった……でも、嘘はつけないし、タルトは知っておくべきだと思うから――ここに名前を書いて。三〇分後に、識魔法を使って」

 

 既体験感――わたしは覗き見するまでもなく、すべてを察しました。めまいがします。

 

 

 

 

 

 

 闇のなか――昇降車の音。歩く音。戸を叩く音。戸を開く音。聞き覚えのある、声。

 

「遅かったわね、今周は、あたしがひとり目じゃなかったの?」

「申し訳ありません、候補殿。準備に手間取ってしまって――」

「いいのよ、すっぽかされたわけでもなし。さ、あがってちょうだい」

「お邪魔します」

 

 戸を閉める音。歩く音。

 

「なにか飲む?」

「いえ、おかまいなく」

「そ。あたしはいただくわ」

 

 不意に差し込む光。先生が羊皮紙の入った皮袋の口をくつろげたのです。瀟洒な寝室が見渡せるように、皮袋が置かれます。ゆったりした寝間着に身を包んだシシが、杯を片手に部屋を横切るのが見えました。

 

 銅のデンドライトを戴く、ルビーの虹彩。忘れようもない、炭鉱民だった頃の、わたしの管理者。わたしを消費しようとしたシシ。キューリィ・アンシィ・ペケット候補殿。わたしは、名前のなかで、激しく動揺しました。

 

 先生のお仕事の意味を悟ったときも少なからず衝撃を受けましたが、その相手を知った今のほうが、現実を受け入れられそうにありません。

 

 候補殿のなかには、角なしを、子を産み塔を建てる歯車か治具かなにかだと思っている方が大勢います。ペケット候補殿もそのひとりで、先生は、そういうシシを好ましく思っていない――わたしはそう本人から、聞いていたのです。

 

 いえ。最初から、気づくべきだったのです。初めて先生に出会ったあの周も、先生はお仕事で候補殿をたずねていたのですから。

 

「昇格、おめでとうございます。破格の早さですね。確か、建設技術室に異動してから、まだ六月ぐらいですよね」

「建設技術室に、もう席はないわ。これは来月公表される予定なんだけど――最近、ある有能な猟民が第二一八塔にやってきてね。その猟民のために、若手ばかりで、新しい居室が編成されたのよ。おかげで、主任になれたってわけ」

 

 寝台に腰かけた候補殿の前で、先生が膝をつきました。先生は、緊張しているような、どこかちくちくした笑顔を貼り付け、慇懃に深々とお辞儀をしました。普段の先生からは、想像もつかない所作です。

 

「本周も僭越ながら、お教えさせていただきます、候補殿。座学と実習、どちらになさいますか」

「毎回訊かなくてもいいのに」

「お疲れの周もあるかと思いまして」

「無用な心配ね。勝手にはじめてもらって結構よ」

「……では」

 

 先生は候補殿の服の裾を丁寧にめくり上げました。陽根を灯火のもとへ引っ張り出しました。顔を寄せました。罪悪感が見えます。ためらいを殺しているのが見えます。唇を開きました。候補殿は大麻に火を喫い付け、舌なめずりしながら、先生を俯瞰しています。

 

 やめて――もういい。

 

「やっぱり、第二一八塔で一番うまいわね」

「んッ、んッ、んッ、んむっ……恐縮、です」

 

 まったく畏れ多くも嬉しくもなさそうに微笑み返し、お勤めに専念する先生。陽根に舌を這わせ、唾液を塗り付け、その下の陰唇もねぶって、体液を吸い出し、ひたすら作業的に、機械的に。

 

 もういい。もうわかった。だから、もうやめて――先生のお仕事の意味は、わかっていたつもりでした。覚悟をして、覗いたつもりでした。双子たちにしているのと、そう大差ないと思っていました。

 

 でも、違いました。決定的に違いました。わたしはその差を、あますところなく理解していました。

 

 杯を乾した候補殿が、先生に声をかけました。

 

「ねえ。ちょっと」

「ふッ、んふっ、んぐッ、なん……、でしょう――やッ!? だめっ!」

 

 不意に接近した候補殿の顔を、先生がすんでのところでかわしました。強い拒絶にやりすぎたと感じたのか、先生は慌てて取り繕いました。

 

「も、申し訳ありません……でも、それだけは、いけません」

「どうして? あたし、あんたのこと、本気で迎えたいと思ってるんだけど」

「……からかうのはよしてください。ぼくの、血の銘もご存じないでしょうに」

「一緒になれば、あたしのになるわよ。ねえ、どうなの? 不自由はさせないから」

「不自由は、してませんから」

「嘘。不自由じゃなけりゃ、こんなことしてないでしょ。養護室は、苦しいんじゃないの? 知ってるわよ、あっちこっちからお金を借りてるんだってね? なんなら、管理室の知り合いに一筆したためてもいいわよ?」

「……誰にでもおっしゃってるんでしょう」

「角なしに言ったのは、あんたが初めてよ」

「角なしはお嫌いだったのではありませんか」

「だから、あんたは別だって。ねえ、あのときのこと、まだ怒ってるの? 謝るからさ。あのときあんたが買った、あの子は元気にしてる?」

「……」

 

 思いがけないところでわたしにまで波及し、どきりとさせられます。よもや、今まさに覗き見しているとは、候補殿も思いもよらないでしょう。

 

「そろそろ、はじめませんか」

「今周はずいぶんせっかちなのね。そっちがはじめたいっていうのなら、止めやしないけど。どうぞ、ご自由に?」

「……失礼、します」

 

 下着だけを脱ぎ捨て、寝台に横たわった候補殿の上に先生がまたがりました。羊の盲腸を陽根にかぶせ、息を漏らしながら、ゆっくりと腰を下ろしていきます。候補殿は感嘆してみせました。

 

「うっわ、珍しく丁子油を使わないかと思ったら、ぬるぬるじゃない。火傷しそうなぐらい熱いし、まるであの子を買った周のときみたいね」

 

 さらなる衝撃。あの周わたしが気を失っている間にも、先生は今そうしているように、金色の長髪を振り乱し自らおしりを上下させ、候補殿と――。

 

「はっ、はっ、はっ、おっ、お加減はッ、いかがッ、ですかっ」

「悪くはないけど、ね」

「お……ッ、んくッ、どうか、なさいました、かッ」

「今周はどうしたの? 何か変よ、あんた。勢いがあるかと思いきや、全然集中してないし。もっといつもみたいに、情熱的にねっとりやってもらいたいものね」

「――ッ!? ふっ、ぅっ、申し訳、ありま、せ……ッ! 精、進しまッ、す」

「ま、いいけどね。こっちも動く、し!」

「かは――ッ!? ああぅッ! まッ、まっ、待ってッ、くださ……ッ! おっ、おくっ、奥うッ、とどいてるッ、ずんずんッ、くるぅ……っ!」

 

 下から候補殿に突き上げられ、先生が目を白黒させます。仰け反る身体を責められ続け、みるみるうちに白い肌には朱が差し、汗ばんでいきます。腰の動きは次第に、大胆に。肉が規則的にぶつかりう音と先生のよがり声も、際限なく派手なものへ。鎖に繋がれた指輪は、先生の胸元で、きらきら、ぷらぷら。まぶしい――黒い衣装から覗く、先生の健康的な太ももが。

 

「はッ! いい、わねッ! 盛り上がって、来たじゃないッ!」

「はぁ……ッ! あっ、……あっ、ああッ! だめ……ッ、だめ……ッ、だめ……ッ! ぅぐんッ! だめッ! だめッ! う――ッ! ぅ――ッ!」

 

 先生の太ももが小刻みにがくがく痙攣します。はたから見ても、達しているのがわかります。先生はちからが抜けたのでしょう、仰向けに倒れました。今度は候補殿が上体を起こし、興奮気味に一物を抜き差ししはじめました。

 

「あ゙ッ、や゙……ッ! 候補、どの……ッ、まだイッてる……イッてる……ッ、イッてる……ッ!」

「知ってる、わよ。だから?」

「やッ、やすませっ、てッ、くださ……ッ!」

「そんなんじゃ、いつまで経っても、終わんない、わよ。それとも、ここで、やめるの? あたしは、いい、けど、ね。もちろん、授業料は経費に、つけないけど。今周は、襲ってきたのは、そっちなわけ、だし」

「ッ!? おねがッ、それだけ、はッ、ご、ご勘弁をッ!」

「で、仲間に、噂を広めちゃったり、して。養護室のニッカ先生は、ただで股を開く、淫乱角なし、だって。ただ乗りできると、わかればもう、二度とあんたの、穴に金をはめたがる、角ありは、出てこないだろう、ね」

「やめッ、やめてえ……ごしょおっ、ですッ、からッ! んッ、んッ、んッ、そこッ、んッ、ぐりぐりしちゃ……ッ!」

「困るわよねえ、養護室のこどもたちは、みんな、ひもじい思いを、するはめになる、わね」

「やあぁ……やだあッ、あーッ、あーッ、あーッ、そこ……ッ! おなかッ、奥ッ、びりびりッ、痺れちゃッ!」

「でも、そのほうが、あんた自身、としては嬉しいかも、ね? あんたみたいに、かわいくてそそる、角なしがただで、はめさせてくれる、んだもの、きっと、飢えた若くてたくましい、角ありが大挙して、授業を受けに、来るわよ。そりゃもう、何十人もが、こうやって、四六時中、はめ倒してくれる、かも、ね? 期待、しちゃう、わね。気絶するまで、気絶しても、ここを、ほじくりかえして、かわいがって、くれるんだ、からッ!」

「――ッ! ――ッ! ――ッ!」

 

 先生は歯をかちかち鳴らし、おとがいを反らして、下半身をくねらせ候補殿に押し付けました。それはさながらすがりつくか、身をゆだねるか、交接を催促するがごとく。候補殿は依然抽送運動を続けたまま、にたにた笑いを浮かべました。

 

「すっごい深い、イキ方したわね。想像したん、でしょ? そうなること、望んでる、んでしょ? 底なしの、好きものよね、あんた。発情期の、肌羊だって、こんなに盛らないわ、よ」

「んぁあー……はーッ、はーっ、はー……っ、あ……ッ、あっ、ぼく……ッ、そんなんじゃッ……」

「もしかして――あんた今、新月なんじゃ、ないの?」

「ふぇ……どうし、て、ぅんッ!」

 

 肉茎を引き抜いた候補殿は、羊の盲腸をはずし、先生の輝かんばかりに白いお腹の上に放りました。

 

 中断したのでしょうか。一瞬、そんなばかげた考えが頭をよぎります。おそらく候補殿をぼうっと眺めていた先生の頭にも、おなじ考えがあったことでしょう。でなければ――。

 

 候補殿は、ルビーの虹彩をぎらつかせ、先生の濡れたエメラルドを覗き込みました。

 

「あんた、本当は金なんて、どうでもいいんでしょ?」

「どうでもよく、ないです……授業料は、きちんと計上して、もらわないと……困り――うあァんッ!?」

 

 再び陽根に貫かれ、寝台の上で跳ねる先生。刺激が強かったようです。今度の挿入は――なんの隔たりもありませんから。

 

「ちょッ! うッ、うそお……ッ、熱ッ、なんでッ、なんでえッ!」

「はあ……、これは想像以上に、いい具合、ね。あんたも気持ちいい、でしょ?」

「だめッ! だめッ! あッ、んああぁッ! いけませ、こんなのおッ!」

「そんなこと言って、花代よりもこっちのほうが、ほしかったんでしょ、ねえ……、ほらッ! どうなのよッ! これがッ! ほしいんでしょッ! ニッカ先生ッ!?」

「い゙ッ!? あ゙ッ! ちが! ちがッ! ぼくッ! ぼくはッ! おかねッ! あッ、あッ、あッ、だめえッ、候補ッ、どのッ、生ッ、なまだめえッ! あッ、またッ! イくっ、イくっ!」

 

 執拗な、かつ力強い候補殿の腰使いに翻弄される先生の顔には、もう偽物の笑顔も、どこかの覗き魔への遠慮も見当たりません。ただただ、強者に組み伏され享楽にむせぶ淫奔な角なしの姿があるのみです。

 

「違わない、だろッ! 好きものじゃ、なけりゃ! 商売でこんなに、本気でイキまくったり、しないだろッ! あんたはねえ、養護室をだしに、単に交尾したいだけ、なんだよッ! こうしてほしいだけ! なんだろッ! 先生ッ!」

「うゥんッ! ぃッ! ンッ! ンッ! 違うッ! 違うよぉッ! イッてるッ! いってるっ! イッてるからあッ!」

「じゃァッ! 何がほしいのかッ、言えよッ! おらッ! 言えッ! どうしてほしいのかッ、言えッ! ああッ!? なんのッ、ためにッ、交尾ッ、してんだよッ!? 先生ッ!」

「あーッ! あーッ! だめッ! だめっ! ただはッ、だめえッ! おかねえッ! おかねッ、ほしッ! おかねッ、くださッ! くださあいッ! こーびッ、するのはあッ! おかねのためぇッ、ですうッ!」

 

 半ば絶叫めいた歓喜の鳴き声――わたしはそれ以上耐えられませんでした。

 

 

 

 

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