せっかくの室長先生のごはんだというのに、肉と麺麭をひとかけ齧っただけで、先生は寝室に引っ込んでしまいました。わたしは食事を一気にかきこんでごちそうさまをすると、先生の部屋の鉄扉を叩きます。返事を待たずに室内に。
「あの、先生……?」
「んー……タル、ト……? どしたのー……?」
作業机に向かっているいつもの先生の姿はありません。先生は寝台の上に横たわり、身体を丸めていました。汗だくで、息は荒く、けだるげで――よっぽど具合が悪いのかと、先生のことを心配する気持ちが急速に膨らみ、気まずさをこころの隅へと追いやります。わたしは傍に寄って、膝をつき、目線の高さを合わせました。
「体調は、どうですか?」
「んー……へーき、へーき……」
弱々しげに強がる先生のいらえ。
「ほんとですか?」
「……やっぱり、あんまり、よくない、かも」
わたしがすかさず追及すると、あっさり折れました。先生が弱音を吐くなんて滅多にありませんから、相当参ってしまっている証拠です。昨周のことなど、すっかり吹き飛んでいました。わたしは先生の手を取りました。先生は指を絡めて、軽く握り返してきました。
「風邪って、けっこー、しんどいんだね……実はぼく、風邪引くの、生まれて初めて、なんだ……」
「あの、わたしになにかできることはありませんか?」
「……ありがと。でも、悪いばい菌だったら……移しちゃいけない、し、タルトは……講義もある、でしょ……ほらほら、遅れる、よ?」
ここにいてほしい――先生のエメラルドは、そう訴えているようにしか見えませんでしたが、先生の言葉もまた、本心のはず。わたしはすごすごと引き下がらざるを得ませんでした。
鉛を縫いつけたみたいに重い手を動かしてミルテさんの講義の支度を済ませ、床に溶接されたみたいに重い靴を履きこどもたちとぞろぞろ養護室を出発しようとしたところで、今もっとも目を合わせられないシシと出くわしました。
「おや、これからお出かけでしたか。間に合ったようで何よりです」
そう、ミルテさんのそのひとです。
「どうかなさったんですの? これから講義してくださるのでは――」
ハートは嬉しさ半分、困惑半分で小首をかしげました。わたしはうつむきました。
「いえ、申し訳ありませんが、今周はこちらの都合で休講にさせていただくことにしたのです。代わりに課題を作ってきましたから、みなさん、今周は各自で自習なさってくださいな」
こどもたちはみな一様にひどく落胆しましたが、ミルテさんには従わざるを得ません。口々に失意の念を表しながらもミルテさんから課題の羊皮紙を受け取り、各々の部屋に引っ込んでいきました。わたしとハートもそれに倣います。
机の上に勉強道具と羊皮紙を置くと、わたしは自問するようにつぶやきました。
「……どうしてミルテさんが、直々にやってきたんでしょうか」
「どういう意味ですの?」
「だって――休講も課題も、サイマトで連絡すれば済む話じゃないですか」
「おかしなことではありませんわ。ミルテさんは誠実な方ですもの」
きっぱり言い切ると、ハートは課題に着手しはじめました。ミルテさんを崇拝しているハートからすれば、それで筋が通っているのでしょう。わたしだって、昨周まではおなじ判断を下したに違いありません。わたしは寝台に寝そべりました。
「課題はやりませんの?」
「……その前に、仮眠します」
嘘でした。頭から寝具をかぶって、識魔法を励起させます。意識の行先は、無論、先生の部屋に刻んだ、わたしの名前。
「――先生? 入りますよ?」
間をおかずして、ミルテさんが顔を覗かせました。名前のなかで、わたしはひどく緊張しました。
「具合はいかがですか?」
先生はのっそり頭だけを動かして、ミルテさんを一瞥しました。
「ぁ……来た、んだ……あ、れ、授業……は?」
「サイマトでノート室長から、先生がお風邪を召したとうかがったので、お休みをいただいたのですよ。こどもたちにはたくさん課題を与えておきましたので、ご心配にはおよびません」
「……べつに、たいしたこと、ないのに――」
先生はもぞもぞとお尻を動かして寝台に場所を作りました。ミルテさんがそこに腰掛けます。ためらいがちに、先生が切り出しました。
「……あの、さ――」
「昨周のことでしょうか?」
先生はこっくり、目を伏せます。
「……忘れて、ほしいんだ……あのときは、酔ってて……どうか、してたし――きみとは、どうしたって、やり直せない、し……」
「なぜでしょうか?」
「……ぼくにはもう……、将来を、約束した子が、いるんだよ……」
「……どなた、でしょうか」
「タルト、だよ。今はまだ、こどもだけど、ぼくのことを、本気で想ってくれてるんだ……ぼくも、あの子のことを、本気で、好き、だから――」
「――ッ」
常に悠然としているミルテさんには到底そぐいませんが、言葉を失い、かすかに肩が震えているのは誰の眼にも明らかでした。ミルテさんのふたつのトパーズは、今にも粉々に砕け散ってしまいそうにも見えました。
衝撃を受けているというよりも、恐怖している――不思議と、わたしには、そう感じられました。
「そう、ですか……先生のお望みのままに、いたしましょう」
ミルテさんはなんとか絞り出すみたいに、渇いた声で言いました。そして、もとの微笑を取り戻すや、懐から親指大の銀製の筒を取り出しました。
「――実は、猟民に配布される、よく効く解熱剤をもってきたのです。試してみませんか?」
「あ、うん……でも、いいの? 貴重なものなんじゃ……?」
「お気になさらず。猟民なら、いくらでも手に入るものですから」
ミルテさんが長くてきれいな右手の人差し指に、白い粉末を乗せました。
「一気に吸ってくださいな。頭がすっきりしますよ」
先生は鼻を寄せ、粉薬を一息で吸い込みました。熱のせいか、もともと焦点が定まっていなかった瞳が、さらに怪しいものへ。
「ほわあぁぁ……なんか……すぅーって、して、きたぁ……」
感極まったような吐息を漏らして、苦しげだった表情がほぐれます。
「楽になったみたいですね。まだまだありますから、遠慮せずにどうぞ」
ミルテさんが指を差し出す先から、先生は次々と薬を服んでいきます。わたしの名前には、ともすれば見境がなくなっているように映るのがやや気がかりで――。
「あは……これぇ、あたまのなかぁ……ひんやりして……すっごい、きもちいぃ……」
あどけない顔に浮かぶ、無邪気で屈託のない笑み――あるいは、口を半開きにし涎をこぼれさせ理性をぽっかり欠落させて陶然とした、だらしない笑み。ざわざわする――胃の底の底のほうが――。
ミルテさんが銀筒に蓋をする仕草をします。
「効いてきたみたいですし、今はここまでにしておきましょうか」
「やぁん……やだぁ……もっとほしいぃ……あ、指にちょっとのこってる……あむっ」
が、先生は駄々をこねるや、身を乗り出し、ミルテさんの指をぱくりとくわえて、熱心に、おいしくてたまらないという風にしゃぶりはじめました。
白い指の根元から爪の間まで赤い舌が這い、付着していた薬を丹念に舐めとっていきます。それは、ミルテさんの指がすっかり唾液でべとべとになり、薬がなくなっても、まだ終える気配を見せませんでした。
「指を吸っても薬は出ませんよ」
目を細めて、ミルテさんがちいさな子を相手するみたいに先生をなだめます。空いた左手で、純白の衣装の留め金を外しながら。
青白く豊満な乳房がまろびでます。きめ細かく、まばゆい肌の下からは、鍛え抜かれた筋肉がうっすらと浮き上がっています。とろんと目じりの垂れ下がったエメラルドの虹彩は、ミルテさんの素肌に見惚れています。
「んむ……なんで……ぬいで……?」
「このところ、暑いですからね。陽晶の転位が進んでいるのが原因らしいですが――この髪も蒸すのでは? 昔みたいに短くしては?」
「……でも……のばした、ほうが、おとなっぽい、かなって……」
「先生は短いほうがかわいいですよ」
「ちょーし、いいなあ……もお」
まんざらでもなさそうな様子の先生。視線はやはり、美しい乳房に注がれたまま。ミルテさんはおもむろに、筒を傾け、蓋ごと中身を胸の谷間にさらさらとこぼしはじめました。
「おっと。手が滑ってしまいました」
ミルテさんはそううそぶきますが、故意だったのは一目瞭然でした。先生は、そんなことは気にならないようでした。ミルテさんの胸元の、薬に釘付けでしたから。
「――使いますか?」
「……え?」
「薬ですよ。さすがにこれを掻き集める気にはなれませんからね。どうせなら、服んでしまったほうがよろしいかと」
「……そ、そう、だよ、ね……くすり……、くすり、もったいないから……のむ、だけ……」
いささか躊躇する素振りをしつつも、先生は重力で引っ張られるがごとく、乳房の間に鼻面をうずめて深呼吸しました。大量の粉末を一気に吸引し、先生の瞳孔が見えなくなるぐらい収縮しました。
「はあああああぁぁあ――♥」
熱のこもった溜め息で白い粉を飛び散らせながら、先生はぐったり全身を弛緩させ、ミルテさんにしなだれかかりました。そのくせ、薬を吸い込むことだけはやめません。ミルテさんは慈しむ手つきで先生の頭を撫で、くすくす笑いました。
「もう、くすぐったいですよ」
聞こえているのかいないのか、先生はミルテさんの胸やお腹を唾液でべとべとにして、ひたすら薬を舐めとるのに夢中でした。ミルテさんはこそばゆそうにしながらも、先生を抱き留め、髪を梳きました。わたしをこの上なく不安にさせる、さながら――愛おしいつがいを見守るような、優しい眼差しで。
先生の鼻が、ミルテさんの深い谷間を下り平坦な腹部を縦断し、おへそのなかにまで滑りこんだ粉をむさぼり吸っていたとき――。
「わぷっ!?」
やおら先生の顔の下から何かが跳ね上がり、先生の顎をぺちんと打ちました。
「おや、これは失礼を。お恥ずかしいことに、溜まってしまっているようですね。昨周は、道具に徹していたものですから――」
「ぁ――」
先生の視線が鼻先のそれに定まります。硬く張りつめた、先端が割られているためにまがまがしいかたちをしたミルテさんの陽根に。数時間前まで、胎内に収まり自分を慰めていたものを鼻先に突き付けられ――それまで薬を嗅ぐことにしか目がなかった先生は今や、すんすん鼻を鳴らして陽根の匂いを嗅ぎ、半開きになった口の端からは唾液が筋を引いています。
こくりと生唾を飲み込む、先生の喉の音。
「……なら――、また……わるさしないように、しずめなきゃ、だ……」
先生はためらうことなく、まるで普段からそうしているみたいに自然な仕草で、ミルテさんの陽根をくわえこみました。頭をゆっくり揺らして、口内でそのかたちを確かめるかのごとく内頬の粘膜をこすりつけています。たっぷり、まったり、決して手は使わず、かつ丁寧で、花を売るときには感じさせない、情を含んだ熱。
「ぁむ……っ、ん……ッ、ん……ッ、ぅむ……っ♥」
「……っく」
「んむっ、ん……っ、んぷっ、きもち、いーい……?」
「え、えェ、とても……いい、ですよ。骨の髄まで、とろけて、しまいそうです」
「んふ……よかった……あむっ、んっ、んじゅ……っ♥」
言葉を詰まらせるミルテさんを見てか、ますます行為に熱が入ります。肉竿に唾をまぶし、ミルテさんのお腹に鼻先がくっつくほど飲み込んだかと思うと、根元から唇で絞り上げ、また飲み込む――それがどれだけ心地よいものか、わたしにはわかります。いつもわたしにしてくれるときとおなじぐらい、情熱的なものでしたから。
「はあぁ……♥ もお……あんまりおっきくしすぎると、おくちに、はいりきらないぞ……♥」
顎が疲れてきたのでしょう、先生は口を離しました。唾液が糸を引いています。顔が汚れるのにも構わず、さらに膨張した陽根に頬ずりしました。
「先生が、お上手だから、ですよ」
「こんなこと、ばっかり、ほめられても……うれしくない、んだけど……ぁむっ」
そう嬉しそうに文句を言って、ねっとりした口淫を再開します。興奮した様子で鼻息を荒げて腰を揺らしつつ、時に激しく、時に穏やかに、強弱をつけた執拗な先生の奉仕に、ミルテさんが切なげに息を漏らし、すがるみたいに先生の手を握りました。先生が指を絡めました。視線も絡みあいました。ふたりは無言のまま、ですがあたかも眼差しだけで言葉を交わしているみたいにじいっと見つめあい、やにわに先生が喉の奥まで陽根を迎え入れたかと思うと、ミルテさんは前かがみになってぶるぶるお腹を震わせました。先生の咽頭に精を放っているのは明白でした。
射精しても未だ巨大さを損なわない陽根をずるりと喉から引き抜くと、先生はむせ返りました。
「ぇほッ、……あいかわらず、きみの、こすぎだぞ――んっ」
不意にミルテさんが、先生に顔を寄せました。先生は拒むでもなく、むしろミルテさんの意図がわかるや自ら口唇を開き舌を突き出しました。
舌を絡めあいながら、ふたりは身体をもつれさせ、寝台に倒れ込みます。ミルテさんの指が先生の内腿に触れ、するする這い上がっていき、服のなかに潜り込むと、先生はようやく消え入るような声で抗議しました。
「ぁっ、ちょ、っとっ、……そこ、は……だめ、だった、ら」
「おや、下着は履いてないのですか。このところ細菌が減少傾向にあるとはいえ、不用心ですね」
「だ、だって……なんか……、……ずっと、ぬれ、ちゃってて――」
「それはいけませんね。病気のせいかもしれません。わたしが診てさしあげましょう」
「んんんッ!?」
先生が腰を浮かせました。明らかな水音が部屋中に響きます。ミルテさんがしとどに濡れた先生のなかに指を挿し込み、ほじくりかえしているのだとわかります。
「あっ! ……ほんとにっ! こんなのっ……、だめだよっ!」
「なぜいけないのですか?」
「なっ、なぜってっ……こんなのっ、こんなっ、やらしいのっ、だめにっ、きまっ、あぃっ、んぃいっ、いっ、あっ」
「問題ありませんよ、あくまで施術ですから」
「あっ、でもっ、あっ、あっ、お゙ッ!? ぉ゙っ、お゙ぉ゙ぉ゙お゙っ♥」
わたしが聞いたことのない、ほとんど絶叫めいた声。ミルテさんの長い指で、最奥をゆっくりゆっくりかきまわされているようでした。
「あ゙お゙っ、なに♥ なにそれ♥ しらな゙っ♥ しらない♥ しらないしらないしらないよぉっ♥」
「下のほうも、先生とおなじで、相変わらず泣き虫ですね。指がふやけてしまいそうです」
お尻をくねらせ、ぼたぼた体液を滴らせる先生からは、抵抗する気は感じられません。ただただミルテさんの手淫に身を委ね翻弄されるのみ――。
「お゙ぉ゙ン゙ッ♥ おほぉおぉッ♥ お゙ッ、お゙っ♥」
ミルテさんの巧みさなのか、あるいは薬の影響なのか――先生はわたしの前ですら見せたことのない、なりふり構わない乱れ方です。
「しかし……、奥のほうにずいぶん熱を持って、腫れてしまっているところがあるようです。薬を使ってみましょうか」
ミルテさんは真っ白に濁った愛液でねばついた指を引き抜くと、粉末をぱらぱらと振りかけました。そして再度、すっかりほころびきって赤く腫れあがった先生のなかに侵入させると。
「いぃいいッ!? あつッ!? なになになにこれええッ!」
先生は目を白黒させて仰け反りました。ぷしゅぷしゅとしぶきを噴き出し、寝具に水たまりをつくります。瞳孔がさらに面積を失い小さくなります。発汗と紅潮が先生の皮膚を覆い尽くします。赤く、まばゆく、鮮やかでさえあり、わたしの目を奪います。
「やッ、やけちゃっ、うい゙ぃ゙ぃ゙い゙ッ!? ぎっ、んお゙ぉ゙ッ、おひッい゙ッ!?」
先生の喘ぎ声からは、どう努力しても尊厳や理性をかけらも聞き取れません。その声音は、いつしか農場で目にした発情期の羊のそれを彷彿とさせるたぐいのもので、わたしの臓腑の奥底に深く鈍く杭を打ち込みます。
「もッ、ぐるじッ! ゆるじッ、もうやだあッ! やあッ、もうやあッ!」
「すみません、痛くしてしまいましたか? もうやめにしましょうか」
「ちがッ、そ、じゃ、なくてええッ! い゙あ゙ッ、ちゃんとッ、してえ゙ッ!」
「よくわかりませんね。どうしてほしいのか、きちんと言ってくださいな」
「ちゃんとッ! いかせて、よおッ、これッ、これッ、しげきぃッ、つよすぎっ、てッ、いけないいぃッ!」
「おや、それはおつらいでしょう。しかし申し訳ありませんが、これは医療行為ですので、ここはこらえてくださいな」
「むりぃッ、しんじゃッ、むりむりむりむりぃッ! いいからッ、いいからあッ! おねがッ! たすけッ、てえッ!」
暴力的な悦楽をもたらしている張本人に助けを乞う先生の頭には、その歪な構図に気づくほどの余地さえない模様です。
「薬が効きすぎているのかもしれませんね……これでかきだしてみましょうか」
先ほどまで先生が口淫していたたくましい陽根が、陰唇にぴたりと添えられます。強い既視感。昨周も、そうやって――。
「ッ!? ……そッ、それだけは……だ、め……」
「いけませんか? これなら確実かつ効率的かと」
「それでも……っ、それだけ、は、だめ、だめ、だよ……もう――もう、おしごと、いがい、では、しないって……、やくそく、したもん……」
「それなら問題ないでしょう。これも仕事の一部と思えばいいのです。こちらとしても、先生に万全の状態で研究に取り掛かってもらわなければ困りますから」
「ちが、う……む、りぃ……ほんと、だめ、ぜったい、ぜえったい、だめ……」
うわ言のように先生がつぶやきます。ぺちぺちと弱々しくミルテさんの太ももを叩きます。身をよじり、ミルテさんとどうにか距離を置こうとしています。
当然です。かき乱され続けていた胸中に、わずかな凪が訪れます。そんな冗談みたいな提案を、先生が受けるわけがありません。熱と薬のせいで正常な判断力を失い、そのまま先生がまた流されるのではないかという疑念を一瞬でも抱いた自分を、手ひどく痛めつけてやりたくなりました。もうだいじょうぶ、もうあんなことには――。
「では――わたしが先生を買う、つまり講義していただく、という名目なら、問題ありませんね」
「ぇ……」
「どうでしょう、先生? それなら約束を破ることなく治療できますが」
「だ……め、そん、なの……もっと、……だ、め……」
ミルテさんが先生の上に覆いかぶさりました。ぐりぐり性器同士をすりあわせつつ顔を近づけ、説き伏せはじめます。
「先生、そんなことでは治りませんよ。わたしは先生のちからになりたいだけですから、わたしのことは、お気になさらないでください」
どこかで聞いた言葉。誰かが口にした言葉。なんだか――なんだか、ひどく、錆の浮いた鏡を見せられているような気分。
「だ……め、だった……ら」
「先生?」
「……だめ……だめ……」
「先生」
「だ……めぇえ」
見つめあいながら声をかけられる都度、エメラルドの瞳がじわじわ潤みを帯びていきます。と、だしぬけに、ミルテさんが叱りつけるみたいな鋭い声色で先生の名を呼びました。
「――ニッカ!」
「ッ!? はいっ」
びくりと怯えて縮こまる先生に、ミルテさんは元の調子で――ひとを安心させてこころを開かせ、導き、支配するような声で諭しました。
「……ニッカ。安心してください。全部、委ねてください。すべてわたしが責任をとりますから」
「ぁ……」
瞬く間に、先生の表情がぽわぽわとろけていきます。本当に、こころの底から安堵しきって、何もかもを預け、夢見るような顔に。
「では、ニッカを買いますね」
「は……、い♥」
先生はぐったりとちからを抜き、足を少し開き気味に、完全に相手を受け入れる体勢になりました。ずるり、またずるりと巨大な一物が先生のなかに沈んでいきます。
「――あッ!?♥ き、つ……、お゙ッ、き、すぎ……ッ、あ゙っ!?♥ あ゙っ、ま゙っ、ひに、んぐっ、つけ、て、な……ッ♥」
「ご心配には及びません。出しませんから」
「そ……、ゆ、の、なんか……ッ、やだッ、あ゙ッ、あ゙ッ、ちゃんとっ、だしてっ♥ そと、で、だしてッ♥」
根元まで埋没するや、先生はぶるぶる肩を震わせはじめました。
「すご、い……♥ すっごい……♥ やっぱりっ、前よりっ♥ すごくな、ってるようぅッ♥ ずっとぞくぞく♥ ぞわぞわ♥ しっぱなしぃっ♥」
「そうですね……昨周も思いましたが、ずいぶん狭くなりましたね。おそらく、それが原因でしょう。かたちが馴染むまで、待ちましょうか」
腰同士をぴったりくっつけたまま、舌を絡ませあう、甘い息を漏らしながらの深い口づけ。呼吸のために二、三拍、唇が離れることはありましたが、すかさず先生のほうから口づけをせがむみたいにミルテさんの首に腕をまわしてかじりつき、飽きることなく唾液を交換しています。
わたしは直感しました。ミルテさんは、本当に先生を愛しているんだ――こころのそこから――。
未だかつて、ほかの誰も、そんなひとはいませんでした。それは、触れらざる聖域のようにも思えました。下劣で矮小で未熟なわたしを寄せつけない、あらたかな聖域に。あのほむらの魔法のように。
「だいぶ吸い付くようになりましたね、こなれてきたのでしょうか。これで、もとの――わたし専用だった頃のかたちに、戻ってしまうかもしれませんね」
「――ッ! そ、れは、だ……め、だめっ、だよお……♥ もう、きみ……の、もの、じゃないん、だか、ら……♥」
「何をおっしゃるのですか。今このときだけは……わたしだけのものでしょう」
「――っ♥♥」
ミルテさんはくすりと笑ってゆっくりと腰を引くや、ごちゅり、と勢いよく先生の膣奥を突き込みました。
「んいぃいぃッ!?」
「では、なぜ断らなかったのですか?」
そしてぐりぐりと奥を圧迫して。
「んゔぅ゙ぅ゙ぅ゙ゔッ!」
「逃げようと思えば、逃げられたでしょうに」
絶え間なく臓器を小突いて揺さぶり。
「あ゙ッ♥ あ゙ッ、あ゙ッ、あ゙ッ♥」
「いけないひとですね、約束したひとがいるのに」
奥まで貫いたまま撹拌し。
「そ、れ、ま゙ッ、でぇっ♥ ぐちゃぐちゃに♥ なっちゃ♥」
「あの子に謝ったほうがよいのではありませんか?」
「ごっ、ごめッ、ごめんなさっ、ごめんなさいっ♥ ごめんなさいっ♥ ごめんなさあいっ♥♥」
一転して、昨周とおなじ、ゆったりと粘膜を揉みほぐす動き。
最初は奥ゆかしかったかと思えば、ちから強い一面も見せ、でも決してただ乱暴にするだけじゃない、いみじくも変化に富んだ交尾に翻弄され、先生はめろめろになっているようでした。それは、聞き間違いようもない、感極まった悦びの声からも伝わってきます。
「はあああぁぁぁんんっ……♥♥ だ……っ♥ め……っ♥ わけ……、わかんな……♥ あたまの、なか……ぽわぽわ♥ とろけちゃ……っ♥」
「きもち、いいですか?」
「いいぃ……っ♥ いいっ、からあ……♥ よすぎるっ、からあっ♥ も、やあ、やだあ……♥ がまんっ、できな……♥ たまんなくっ、なっちゃってるっ、からあっ♥」
「すみませんが、もう少し我慢してもらえますか。ニッカと一緒に、達したいので」
微笑みつつ、ミルテさんは先生のお尻を掴んで抱えよせました。結合が深くなり、先生は寝台に爪を立てます。
「あ゙♥ ささってる♥ ささってる♥ ささってるよ♥♥ おく♥ ささって――ぎ――ひっ!?」
抱えられたまま、もっとも柔らかな最奥をこねくりまわすみたいに揺すられ、濁ったよがり声が上がります。
「あ゙お゙ぉ゙ぉ゙お゙ッ♥♥ お゙ほぉ゙ぉ゙ぉ゙お゙お゙お゙♥♥♥ だッ♥♥ め゙え゙ぇ゙っ♥ だめなとこっ♥ ぐりぐり♥ あだっでる゙♥ だめになっちゃうとこ♥ あだるっ♥ だめに♥ なる♥ ぐりぐり♥ だめっ♥ だめっ♥ だめっ♥ だめっ♥ だめっ♥♥♥」
先生は拒むどころか、言葉とは裏腹にミルテさんの腰に足をまわしてぎゅっとしがみついていました。肌を真っ赤に染め、涙でぐちゃぐちゃになった顔をしかめてミルテさんの寵愛になすがままの先生は、わたしの記憶のなかのどの先生よりも、まぐわいに酔いしれていて――きれいで、翳りながらも、なおますます輝く地平線のようで。
「あ゙ッ♥ あ゙ッ♥ あ゙ッ♥ はやくっ、イッてっ♥ イッてっ♥ もっ♥ むり♥」
「――っ、そろそろ……ッ、いきます、よ――ッ」
「――ッ♥♥♥」
唇をむさぼりあい、同時に高みを迎えるふたり。完全に息の合った絶頂――見ているだけで、ふたりが共有している至上の快楽と極上の余韻が伝わってきます。粘膜同士で直に触れあい、子種を体奥に注ぎ注がれ、もっとも無防備な状態で、こころを通わせ、さらけだし、愛しあっているその様を窃視するのは、なんとも説明しがたいひどい罪悪感をわたしにもたらします。
「は……っ♥ は……っ♥ はあ……♥♥ もお、なかに……だした、なあ……♥」
「……すみ、ません、ですが精魔法は、抜かりなく使っているので、ご心配なさらず。次からは、ちゃんと避妊具を持ってきますから」
「つ、つぎって……んっ……!? ちょっ、ちょっとお♥ もおっ、しかたないな……♥ あむっ♥」
ミルテさんはなかば萎えた陽根を引き抜くと、先生の口元に近づけました。先生は恍惚としたままそれに舌を這わせ、混じりあったふたりの体液を舐め、先端を吸って尿道に残った精液をすすりはじめました。すっかりきれいになる頃には、陽根は再び先ほどと同等、いえ、それ以上の大きさを誇っていました。
「はあぁあ……♥ あいかわらず、すぐに、じゅんびばんたんに、なっちゃうんだね……♥」
いつもならわたしにだけ見せる、淫蕩にほころんだ童顔。
「ニッカもおなじでしょう。どろどろになっているではありませんか」
「そっ、それ、は、なかに、だしたから……」
「さっき出したものは、もう溢れてきていますよ? ほら――」
「あ゙っ、あ゙っ♥ そこおっ、ほじっちゃっ♥ またっ、あつっ♥ うずくうぅっ♥」
「まだ、薬が残っていましたか。では、治療を続けましょうか」
「えっ――」
「おや、それとも、講義という名目だったでしょうか。どちらか忘れてしまいましたね」
「めっ、めいもく、って……あ゙っ♥」
「どうするのですか? 治療するか、講義していただくか。ふたつにひとつですよ」
「ん゙っ、ん゙っ、ん゙っ、っ、……っ♥ ……っ♥ ――……しっ、て♥ して♥ してして♥ するする♥♥ また♥ うずうず♥ も♥ がまん♥ できな♥」
そう懇願するエメラルドは涙できらきら輝いていて、あまりにまぶしく、わたしに魔法を解かせました。
ふたりの行為を止めるでもなく――覗かなければ、どれほどよかったか。何よりそう悔やむわたしがいました。覗かなければ、少なくとも自分がこんなにもよこしまなものであることを自覚せずに済んだのに。
こころが、ばらばらに引き裂かれそうでした。震えが、止まりませんでした。許されるなら――短剣で喉を掻っ切り、胸を引き裂いて蒼ざめた光を放つ水銀灯の心臓を引きずり出して砕き、あるいは塔のてっぺんから身を投げ出したい。それぐらい、わたしは昏い昂ぶりを覚えていました。
ああいうことは全部終わった、そう思っていました。そう、信じていました。また、始まりました。否、単に終わっていなかっただけなのでしょう。
でも、よくなりました。相手はひとりになりましたから。相手は優しく、地位があり、ちからがあり、未来が約束され、見目も麗しく、正味のところ、ふたりはお似合いのつがいにだって見えますから。
ともすれば、わたしと契りを結ぶよりも、先生にとってはずっといいかもしれない――かくも愛しきわが地平線は、より輝きを放つのかもしれない。太陽の体現のようなひとのもとで。
「どうかしたんですの?」
突然ハートに声をかけられ、わたしは飛び上がりそうになりました。無意識に嗚咽を漏らしていたのかもしれません。涙と鼻水を拭いて、咳払いして、寝具から顔を出しました。課題をやっていたはずのハートはわたしの寝台の前で座り込んでいて、小首をかしげていました。
「少し、体調が……悪い、みたい、です。先生のが、うつったのかも――」
ハートは何かを言いかけて、口をつぐみました。一瞬、サファイアの双眸に深みが増し、焦点が外れたような気がしました。間髪を容れずに、ハートは激しく燃え上がる感情を押さえつけるかのように静かにちからを込めて言いました。
「……なにか、悩み事でもありますの?」
「え……」
「相談に、乗りますわよ。口は、堅いほうですから」
「……だいじょうぶ、です」
二回目の嘘です。わたしはハートのことが好きです。ハートはミルテさんのことを崇拝しています。本当のことは、言えませんでした。
わたしは背を向けました。先生にもらった剣筆をぱちんと展開させました。指先をちょこっとだけ突っついて、いくつもの直線が刻まれた壁に、血で新しい直線を引きます。二本、線を刻みます。魂が、ふたつにわかたれるようでした。
第四心魔法へ