蒼矢と影斗は出身高校が同じで、その頃から続いている間柄だ。
入学当初の蒼矢に影斗が目をつけて近付き、何かと構ったり追い回したりするようになるのだが、蒼矢もそれに気圧されつつも生真面目に付き合い続け、今の関係に至っている。
率直に言えば好意を寄せている。が、蒼矢には全く応える気が無く、影斗も展望があまり見えてないことを理解しているので無理強いはせず、『先輩・後輩』関係で今のところ落ち着いている。
当初、影斗自身はそっちの気は無いと思っていた。自他ともに認めるイケメンで、まとう雰囲気も華やかな影斗は、現に蒼矢に出会うまでの数年間彼女を切らしたことがなく、周囲にも『無類の女好き』で通っていた。その喰い荒しぶりは、彼女がいる裏で出張ホストやレンタル彼氏などにまで手を染めるほどだった。
それが、蒼矢と出会ってから先は人が変わったように彼一筋になっていった。女遊びはすっぱりやめ、昔の彼女からもらった数々のプレゼントも全て捨てた。とっかかりは蒼矢の"美人"と言っていい容姿だったものの、彼の内面にもすぐに惹かれ、今では蒼矢という人物そのものに惚れ込んでしまった。
でも、彼のその遊びが無く抱え込みやすい性格は、出会ってからこれまでに渡りずっと感じている、影斗にとって悩ましい美点でもあり欠点でもあったのだ。
若干無理やり蒼矢を店内に引っ張ってきて座らせ、影斗は葉月に電話するためレストルームの方へ消える。
数十秒で席へ戻ってくると、蒼矢の正面にどかっと腰かけた。
「身体の具合は? 昨日熱が出てるって葉月から聞いたけど」
「…少しだるいくらいです。熱は下がってます」
「怪我は?」
「背中と腰に何箇所か。今朝薬を飲んだので、触れなければ痛みません」
「なら良かった」
影斗は向かってきたウェイターに、二人分のコーヒーを頼む。
「…先輩」
「んー?」
「昨日…ありがとうございました。助けて下さって」
蒼矢の記憶にはおぼろげだが、影斗が『転異空間』に入り込んで自分を連れ戻したと、葉月から聞かされていた。
素直に頭を下げる蒼矢を横目に、影斗は水の入ったグラスをいじり始める。
「んなこと言ったってお前、覚えてねぇんだろ~?」
「…すみません」
「謝んなって…冗談だよ。あんなの助けた内に入んねーだろ。あそこから[奴]を退けただけだ、なんの解決にもなってねぇよ…」
影斗は少し自嘲するように言う。
影斗が変身する『オニキス』は、攻撃を得意とするほか『放逐』という固有能力を持ち、『転異空間』に入り込んだ[異界の者]を空間から追い出すことができる。一度追い出されれば[異界の者]は再侵入することはできず、またセイバー側も現実世界へ戻れるようになるため実質"防衛"扱いだが、"成功"したとは言えないため、影斗がこの能力を行使することは稀だ。
今回は、動けない蒼矢を護りながら単独であの[侵略者]を相手することは難しいと判断して能力を使ったにすぎない。
影斗は深く息を吐き出す。
「…これだけは言わせろ。蒼矢、お前脇が甘いよ」
「…!」
うって変わって影斗は、蒼矢に真剣な視線を向けていた。
「葉月に少し事情聞いた。昨日お前がああなった原因は、全部お前自身だぜ。危機感が足りねぇよ」
「……」
「…一人で出歩いてる場合じゃねぇだろ。葉月のそばに居ろよ」
「…はい」
影斗は蒼矢を責めるように言葉を並べた。でも彼の言はもっともで、蒼矢は小さく頷き、睫毛を伏せた。
そんな仕草を見ていると、影斗は自分を殴りたくなってくる。
…言ってから後悔しかない。昨日あんな目に遭った奴に…傷ついてる奴にかける言葉じゃない。
二人が少し沈黙したところで、コーヒーが運ばれてくる。
一口すすり、少し気持ちを切り替えた影斗が、そう言えばと蒼矢に声をかける。
「さっき立ち止まってたじゃん? …あの時、何考えてたんだ?」
「!」
蒼矢は少し目を見開いて影斗に視線を合わせるが、すぐにそらしてうつむく。その様子に、影斗は蒼矢の顔をのぞき込むようにうかがう。
「なんだよ。…俺には言えない内容か?」
「そういう訳じゃありません…けど、言いたくありません。…影斗先輩には解らない」
視線を合わせないまま、蒼矢はそうつぶやいた。
影斗は軽く溜め息を漏らしながら、頬杖をついた。
帰り道、二人はほぼ無言のまま神社に着く。
「お帰り蒼矢、影斗も」
「いや俺は帰って来てねーよ。勝手にカウントすんな」
「ご飯作るよ?」
「いらねぇよ。お前俺の何なんだよ」
笑顔で二人を出迎えた葉月に突っ込みを入れつつ、影斗は蒼矢が玄関をあがる様子を見守っていた。
「…蒼矢」
影斗に呼ばれた蒼矢が振り返る。
「『お前』の[敵]は、『俺たち』の[敵]でもあるんだからな。…忘れんな」
そう言い残すと、影斗は自分で玄関の戸を閉めた。擦りガラス越しに見える影斗のシルエットが、すぐに消えていく。
蒼矢は影斗が去っていった後をしばらく見つめていたが、向き直り、黙って葉月宅の奥へ入っていく。
葉月はその背中には何も言わず、彼の後をついていった。
その日の夜、微熱を出した蒼矢は早めに休み、翌朝まで何事もなく時間が経った。
葉月が蒼矢を起こしに寝室へやってくる。
「具合どうかな?」
「大丈夫です」
「良かった。湿布も替えようね」
蒼矢は襦袢を脱ぎ、背中を向ける。腰にかけてまで点々と出来た痣は、まだ痛々しく残っていた。葉月は湿布を貼り直してあげる。
「もう痛みはあまり気になりません」
「そう? じゃあ今日は色々とちょっと手伝って貰おうかな」
昨日のことを受けて、葉月は蒼矢が暇しないように何か考えていたようだ。
「着替えたらおいで。朝ご飯食べよう」
そう言うと、葉月は先に部屋を出ていった。
蒼矢はベッドの端に置かれた着替えに手を伸ばす。
「…あ」
今日は洋服が置いてあった。しかもご丁寧に、首が隠れるハイネックタイプだった。
蒼矢はいそいそと着込む。葉月の体型は烈よりは自分に近いので、ほぼ違和感のないサイズだった。
…葉月さん、洋服持ってたんだな…
そう頭の中でつぶやき、ありがたさと申し訳なさを感じた。
朝食が終わると、葉月は蒼矢に境内のはき掃除をやって貰うことにした。それが終わると洗濯物干しと、中庭の水まきをお願いする。
「ゆっくりやってくれていいからね」
そして居間には、数十センチの高さになるほどの大量の古書を積み上げた。その光景に、蒼矢は目を輝かせる。
「……!」
「すごいでしょ。君がしばらく来ない間にまた増えちゃったよ」
古書集めが趣味の葉月は、家の裏にある蔵に膨大な量の古書を所蔵していて、同じく読書好きな蒼矢は、彼と知り合ってから暇を見つけては通い、読ませて貰っている。その読書量と集中力は並外れていて、本をピックアップする工程で大体蔵の中で読み始めてしまうため、葉月はたまに蒼矢が来ていることを忘れてしまうくらいだった。
ひと通り頼まれたことが終わると、蒼矢は読書にいそしんだ。