昼前に、烈と陽が連れ立って様子を見にやってきた。
「蒼兄…っ!!」
「あ、待った」
葉月は制止しようと思ったが言い出すのが遅く、陽は蒼矢に飛びついた。蒼矢は陽を受け止めてよろけ、葉月がそれを支える。烈は無言で陽をむしり取った。
「…二人とも、心配かけてごめん」
全員居間に揃うと、開口一番に蒼矢は二人に頭を下げた。陽はブンブンと勢い良く首を横に振る。
「謝んなよ!! 俺こそっ…俺、なんも出来なくてっ…、鉱石見た時、マジどうしようかとっ…」
「あの時はああするしかなかったんだ。…もうしないよ」
蒼矢にそう優しく言われ、陽は下向き加減で頷き、まぶたを袖でぬぐった。
陽は烈の従兄弟で、彼を通じて蒼矢とも幼い頃から交流があり、長年の付き合いから自分に対する態度が粗野になっている烈に比べ、変わらず接してくれる蒼矢にはよく懐いている。
最たるつながりは勉強面で、高校受験の時から現在のテスト前勉強に至るまでずっと蒼矢の世話になっていて、彼には尊敬の念と絶大な信頼を寄せている。また、蒼矢の容姿にも単純に惹かれているようで、陽なりに大事に扱ってみたり、時に交友関係にやや嫉妬したりするなど、過度な愛情表現を見せている。
『セイバー』の一人でもあり、選ばれてからまだ日は浅いが素質は確かで、各人の立ち位置をそれなりに理解できており、蒼矢のこともサポート出来るよう努力している。しかしまだまだ戦闘に不慣れなので度々空回ってしまい、結局当の蒼矢や葉月に逐一指示を貰いながら動くよう、念を押されている。
「…身体の具合はどうなんだ?」
「ああ。少しだるいけど、昨日よりはいくらか良いかな」
烈が本題を切り出し、葉月からも交えて簡単に現状を伝える。
「――了解。…葉月さん、ちょっとトイレ借りる」
話が終わると、烈はすぐに席を立ち、居間から立ち去った。
少し歩き、彼らから聞こえないところまで来ると、息を長く吐き出した。そのままトイレとは逆の方向へ歩き出し、とある一室へお邪魔してふすまを閉めた。
話をしている最中、烈は蒼矢と目を合わせることができなかった。話も半分くらいしか頭に入って来ず、表情もぎこちなくなっていたように思う。
どうしても視線が、蒼矢のデコルテに注がれてしまった。あの時見えた赤い痣の映像が、烈の脳裏に強く焼きついていた。
あの痣を思い出すと、色んな感情が湧きあがってくる。
蒼矢を犯した[侵略者]への、怒り。
そうさせてしまった自分の手落ちへの、悔しさ。
そして…一瞬でも彼を失いそうになった事実への、恐怖。
葉月にはフォローされたが、自分がついていれば、もしくは無理にでも学校へ行かせなければ、こうならなかったかもしれない。…そう考えずにはいられなかった。何よりも、昨日…寝過ごして、朝通学する蒼矢をつかまえられなかったことには殊更後悔し、強く自分を責め続けていた。
「…烈」
「!!」
ふいに後ろから小さく声をかけられる。
いつの間にか室内に蒼矢が入ってきていた。烈は後ろを振り返れない。
蒼矢はふすまを元通り閉め、烈へ歩み寄った。
「様子がおかしかったから…気になって」
「蒼矢…っ …悪い」
「…? 何が?」
「だからっ…その」
烈は振り返り、蒼矢へ視線を合わす。が、すぐに視線が…蒼矢の顔のすぐ下あたりに逸れていく。
「…悪い」
「…!」
烈の視線を追っていた蒼矢はすぐに察し、首筋に手を当てた。
…見られてたんだ。
葉月はおおむね把握しているだろうにしても、助け出した影斗をはじめ他のセイバーが、どこからどこまで自分の身体を見ているか、知りようもなかった。願わくば、何も見ていないで欲しいと思っていたが…
烈はうつむいたまま、言葉を絞り出す。
「…俺、お前にどんな顔していいか、とか…、なんて声掛ければいいのかとか、わからなくなっちまって…」
「烈…」
「…ふざけんなって話だよな! 辛いのはお前の方なのに…」
「……」
やっぱり目を合わせられない烈の苦しそうな表情を、蒼矢はぼんやりと眺めていた。
"辛い"という言葉が自分の中に素直に入っていき、記憶の隅に押し隠していた一昨日のことが頭に駆け巡る。でも、それを拒絶する感情は噴き出してこなかった。代わりに、背後から烈が寄り添っているような感覚が、外側から記憶の上に注がれていった。
「あーっ、くそっ!」
「!?」
突然、烈は両手で自分の両頬を力強く引っぱたいた。良い音が鳴り、少し呆けていた蒼矢の肩がビクッと上がる。
烈はその蒼矢の両肩を掴まえた。
「…情けなくてごめん。でも、本当に怖かったんだ。…陽と変わんねーな」
少し笑うと、そのまま引き寄せ、手を背中に回した。
「…っ、烈…」
腕に力が込められ、蒼矢は背中の痛みに少し声をあげたが、すぐに彼の身体が微かに震えていることに気付く。
葉月の気遣い、陽の涙、影斗の叱責。そして…今目の前で、自分への思いを身体全体でさらけ出してくる、幼馴染。
――お前の敵は、俺たちの敵でもあるんだからな――
…なんとなく今やっと、昨日の影斗の言葉をきちんと理解できた気がした。
「……」
蒼矢はそのまま身を任せて目を閉じ、烈の大きな背中に手を伸ばすと、優しくさすった。
ふすま越しに、影斗は二人の会話を聞いていた。
静かにその場を離れ、何事も無かったように居間へ向かう。
烈と蒼矢が居間に戻ると、影斗が増えていた。隣で葉月がニコニコしている。
「さっき来たんだよ。やっと全員揃ったねぇ」
「何でお前はそんなにも嬉しそうなんだよ…」
「皆で揃ってお昼ご飯食べれるからさ。はい、動ける人は手伝って。今日はお蕎麦だよ~」
「…野郎五人で食っても美味くねぇよ」
影斗はそう文句垂れつつも、鼻歌交じりでキッチンへ消えていく葉月を追った。
その後を、蒼矢が追う。
「――影斗先輩」
「んあ?」
腕を掴まれたので軽く振り向くと、蒼矢は幾分か緊張したような面持ちで、影斗を見上げていた。
「…昨日…すみませんでした。俺、態度悪くて」
そのまっすぐな表情に一瞬呆けてしまったが、影斗はすぐに切り替え、意地悪そうに笑う。
「何だよ急に。可愛げねぇのがお前の魅力だろ?」
「今は茶化さないで下さい。…もっと自己管理に気をつけます。ご心配をおかけしました」
「…」
そう言って頭を下げる蒼矢を、表情を素に戻した影斗は黙ったまま見つめ…その頭に優しく手を置いた。
「…わかったんならそれでいいよ。俺も言い過ぎたな、悪かった」
「そんなことないです。ああいうことを言ってくれるのは…先輩だけですから」
目を伏せ、少し顔を紅潮させて言う蒼矢に、影斗は自分の中に湧き上がる感情を抑えることができなかった。
「…お前さ、もっと頼れよ。俺を」
「…? 結構頼ってるつもりなんですけど…葉月さんか先輩くらいしか、そういう人いませんし」
「じゃなくてさぁ…」
きょとんとした顔をする彼を見て…影斗は息をつき、自分の内を押しとどめることにする。
自分の胸に引き寄せたい気持ちを紛らわすように、手を乗せた頭を軽くポンポンと叩いた。
「…もういーわ」
「? せんぱ…」
「おら、病人なんだから居間戻ってろ。代わりにあいつらどっちか来させて」
「…はい」
なんとなく納得していないような態度で戻る蒼矢の後ろ姿を影斗は見送り、キッチンへ向かった。