昼食の後すぐ、蒼矢は再び体調を崩してしまった。
来ていた面子を居間に残し、蒼矢は葉月に付き添われて寝室へ戻る。
「…すみません、何度も…」
「本調子じゃないのはわかってるから。…こっちこそ無理させちゃったね」
「いえ、大丈夫です」
葉月は昨日から毎食、蒼矢の食欲をチェックしていた。なるべく消化に良いものを用意したが、それでもいつもより食が細かったので、足りない分はサプリを飲ませるなどし、彼の体力がなるべく早く回復するよう気を配り続けた。
蒼矢はその葉月の意図を理解し、何も言わず彼の指示通り、体力回復に励んでいた。
…いずれまた襲ってくるだろう[侵略者]に対抗するためだった。
蒼矢の話を聞く限り、[蔓]という[侵略者]は強敵で、人数が揃っていないと厳しい戦闘が予想された。また揃っていたとしても長期戦になる可能性があり、[蔓]の特性,弱点の把握…つまり、『アズライト』の『索敵』が必須と考えられた。
次の戦闘では、必ず蒼矢を連れていかなければならない。
対峙できる状態にまで戻して、凌辱を受けた相手と再び戦わなければならない。
我ながら酷なことを強いていると思いながらもあえてそこには触れず、葉月はそんな自分を嫌悪した。
サプリを飲むと、蒼矢はベッドに横になった。
「今本を持ってくるからね」
「ありがとうございます」
そう言葉を交わし、葉月は寝室の入口に向かう。
「…!!」
蒼矢は彼の後ろ姿を見送っていたが、急に何かを感じて飛び起きた。
「葉月さん!」
珍しく大きな声を出した蒼矢に驚き、葉月が後ろを振り向くと、彼は一点を見たまま目を見開き、両手で自分の腕を抱いていた。
「…蒼矢!?」
「[奴]が…[奴]がいます!」
次の瞬間、開くはずのない二階の寝室の窓が全開し、外気と共に音も無く何かが室内に降り立った。
[蔓]が蒼矢の方を見、にやりと嗤った。
「迎えに来たぞ、高城蒼矢」
「……!」
葉月は瞬時に飛び、蒼矢の前に入る。
「邪魔だ」
前兆モーション無く[蔓]は葉月の眼前に詰め、胸ぐらを掴んで横に投げ飛ばした。
「う゛っ…」
凄まじい腕力でもって壁際の家具に叩きつけられ、葉月の身体が床に落ちる。
[蔓]の視線は蒼矢から外れない。
「この間より生気が弱っているな。体液を与え過ぎたか」
葉月の存在は歯牙にもかけていないようで、[蔓]は独り言のように蒼矢の様子を分析し始めていた。逃げる隙を見つけられず、蒼矢は背後の壁に追いやられる。
「今回は様子を見ながら調整しよう。簡単に壊れてしまっては惜しい獲物だからな」
「…っ…!」
居間で待っている三人には、なんとなく重い空気が漂っていた。
「蒼兄…まだ具合悪いのかな。さっきだって、蕎麦全然食ってなかったし」
寝っ転がってスマホをいじっている陽が、小さくつぶやいた。
「良くはねぇだろ。だからってのもあって葉月さんちにいるんだろ?」
「違くて! 病院に連れてった方がいいんじゃねぇかって俺は言いてーんだよ!」
烈の冷めた言い草に、陽はがばっと起き上がり、がなり返す。
「どこが悪いのかみんな全然教えてくれねーし、…そもそも、何でああなったのかも俺知らねーし…」
口をへの字に曲げて、陽はまた目を潤ませる。
蒼矢以外の四人のうち、陽だけは事の次第をほとんど把握していなかった。陽の性格や気持ちを考えて、あえて伝えていなかったのだが、隠しておくにもそろそろ限界が感じられた。
「…病院に行ったら、どんな診断が出るかわからねぇんだよ」
「?? どういうこと?」
「[奴ら]にな、得体のしれない薬を飲まされたっぽいんだってさ」
淡々と説明し始める影斗に、烈はぎょっとして顔をあげる。
「薬…!?」
「そー。成分がわからねぇ。血液検査でもできればわかるかもしれねぇけど、俺達以外の人間に判っていい内容じゃないかもしれねぇ。…だからだよ」
「そう…なのか」
きわどいところで絶妙に止めて、影斗は陽を納得させた。
烈は密かに、さすが影斗だと感心した。
次の瞬間、階上から衝撃音が聞こえ天井が軋み、ついで各々の持つ起動装置が光り始める。
三人は一斉に立ち上がり、寝室へと全力で駆けだした。
寝室に着くと、落ち着いた雰囲気の室内が一変していた。さっきの轟音の原因だろう、破壊された家具の前に葉月が倒れていて、奥のベッド側の壁に、蒼矢が見知らぬ大男に首を押さえつけられる形で磔にされていた。
[蔓]が振り返った。
「『セイバーズ』か。残りの三体揃い踏みか?」
「蒼…兄」
部屋に入った三人は光景を目にしたまま固まり、陽は無意識に鉱石へ手をかける。
「陽、待て!」
烈が鋭く制する。その隣で、影斗が冷や汗を流しながらつぶやいた。
「…まじかよ」
[蔓]の手には、蒼矢から奪った起動装置が握られていた。宿主から離れたアズライト鉱石は、輝きを失ったまま静かに目の前の[侵略者]の手中に収まっていた。
[蔓]は気を失いかけている蒼矢を一旦解放し、再びその首を腕ですくい上げると、見せつけるように自分の胸の前へ持ってくる。
「興味深いことがわかったぞ。この石は俺がここに来た時に光り始めた。だがこいつから取ったら、光が消えた」
鉱石を持つ[蔓]の手が蒼矢の腹部に伸び、シャツを胸上までめくる。露わになった上半身に、青い刻印がくっきりと浮かんでいる。
手が下腹部から左胸へ伝い、刻印の上に来ると、触れた鉱石がほのかに青く光り出す。
[蔓]はすぐに刻印から鉱石を離した。
「[俺]に反応するということは、この石が『お前達』の力の源だろう。しかし身体から離れると[俺]に反応しなくなる。…おそらく変身できないわけだ」
そしてもう一つ、セイバー側しか把握していない事実がある。
転異空間を作るために鉱石を握ったセイバーに近いセイバーは、実は握らなくても一緒に変身・移動できる。が、その効果はセイバー以外の人間にも及び、起動元のセイバーから距離が近過ぎると、例外無く一緒に転送されてしまう。セイバーの活動を秘匿する意味もあったが、そもそも命の保証が出来ないため、転送空間へ生身の人間を送ることは絶対に避けなければならなかった。
そして今、蒼矢は起動装置を奪われているため、[蔓]の言う通りセイバーに変身することはできない。
同時に、人間のまま転異空間へ転送される状況に置かれてしまっているのだ。
対抗手段を塞がれたセイバー達は、[蔓]の言動をただ黙って見ているしかなかった。
[蔓]が、起動装置を握った手を高らかに挙げる。
「これは、『髙城蒼矢』が欲しい俺には目障りだ」
そう言うと、手が強く握られる。
ゴキッと固い物が割れる音がし、手が開かれると、鉱石だったものが粉々になって降下し、中央が空になった銀色のペンダントが床に投げ捨てられた。
「……!!」
蒼矢の左胸から、刻印が薄くなって消えていく。その一瞬後、蒼矢の意識が落ちて頭が傾き、四肢から力が抜けていった。
一連の挙動を見させられていたセイバー達は、全員が血の気を失っていた。
[蔓]は、動かなくなった蒼矢を腕に担ぐ。
「こいつは貰っていくぞ。奪い返したければ[異界]に来るんだな。来れればの話だがな」
[蔓]はセイバー達に向かって無機質にそう告げると、蒼矢と共にその場から姿を消した。