「陽ぁ! おせーよお前、もう置いてくわ」
「あーっ、待って待ってぇ!! 乗っけてってよぉ!」
「馬ぁ鹿、当分バイク乗れねぇよ。お前鍛えてんだろ、マラソンして来い」
そう言い捨てると、烈は家をあとにする。家の中で何かがわめいているが、聞こえないふりをした。
晴れ渡った空が、何事もないいつもの日常を取り戻したことを物語っているようだった。
手ぶらでサンダルという軽快な装いで、葉月の神社へ向かう。
「良かったよ、身体に何も残ってないようで」
「はい。…本当にお世話になりました」
「いや、こっちが感謝しなきゃならないよ。あそこで君の『後発属性』の発現がなければ、今僕達がこうしてここに居られてないかもしれないからね」
すっかり表情に生気を取り戻した蒼矢の様子に安堵したように頷くと、葉月は穏やかに笑った。
[蔓]を倒すと、セイバー達は[異界]からはじき出されるように『現実世界』へと戻ってくることができた。
全員がぼろぼろで、蒼矢の具合がひときわ重症だったが、[蔓]が消えたことで体内を犯していた体液も身体から抜けていったようで、単純な外傷と能力行使や食欲不振による衰弱だけが残り、日ごとに順調に回復していった。
「明日から大学に行こうと思います」
「大丈夫? あまり無理しちゃいけないよ」
「平気です、これ以上休めないですし。でも、葉月さんには断りを入れておこうと…」
「クソ真面目過ぎんだよな、お前はさ」
ふいに後ろから頭を小突かれ、頭を押さえながら蒼矢は振り向く。こめかみにガーゼを貼り、片目を少し腫らした影斗が、にやにやしながら見下ろしていた。
「うるさいです。先輩こそ、大丈夫なんですか?
「イケメンには顔に傷の一つでもなきゃぁ、他のフツメンが張り合えねぇだろ?」
「…気遣って損しました」
「あ? 蒼矢…俺のこと心配してくれちゃってんの?」
「あぁもう、やめて下さいっ」
蒼矢の首に抱きついて顔をぐりぐりする影斗と、それを押しのけようとする蒼矢を、葉月はにこやかに眺めていた。
その場が少し落ち着くと、葉月は真剣な表情を見せる。
「『凍氷』については、僕にもほとんどわからない。…ただ、あの装具から察するに、かなり強大な力を秘めていることは確かだと思う」
「…はい」
「この先何があっても、臆せず受け入れていって欲しい。君を認めたから、発現したんだからね」
「わかりました」
そこまで話すと、葉月は途端に口端を緩めた。
「…いやぁ、『回想』持ちとしては腕が鳴るよ! もうひと頑張りしないとねぇ」
「早いとこ思い出すもん洗いざらいにして、とっとと引退しろよ、ロートル」
「おじゃっしあーす」
と、玄関の戸が開く音が聞こえ、ライトな挨拶が届く。そして居間に入ってくるなり、陽は蒼矢へ向けて土下座した。
「蒼兄…、病み上がりのとこほんっとーに申し訳ないと思ってる。…勉強教えて!!」
目を点にする蒼矢の前に、陽はいそいそとテスト全教科のテキストを並べ始めた。その横で、烈が怒りと恥ずかしさをこらえるように目を伏せていた。葉月が困ったように笑う。
「あはは、そう言えばその予定だったんだよねぇ」
「蒼矢…悪い。持ってくって聞かなくて。あと、…俺じゃやっぱり無理だった」
「……」
蒼矢は陽と烈のそれぞれの様子を見、小さく噴き出した。
「…いいよ。待たせちゃった俺も悪いし。見るよ」
「いや、その必要はねぇ」
そう蒼矢の言をさえぎり、陽の背後から影斗がその背中を手ひどく叩く。
「今回は俺が見てやる。なお、拒否権はねぇ」
「……!!!」
陽の顔が、さーっと青ざめる。
「か、
「蒼矢よりよっぽどぴんぴんしてるぜ。葉月、"CERO Z"のホラー系用意頼むわ」
「…了解」
「嫌だって、影兄っ!! 勘弁してぇ!!!」
「うるせぇ、この俺にご教授頂けることに感謝してむせび泣け」
「泣く泣く、もう泣いてる!!」
影斗は左腕にテキストを束ね右手に暴れる陽を引きずり、据え置きゲーム機が置いてある別室へと移動していった。
騒がしい面々が去ると、烈は息をつく。そして、蒼矢へ振り返った。
「…蒼矢、ちょっと出れるか?」
「!」
「いいすか、葉月さん」
「もちろんだよ。もうほとんど身体に問題はないから。…ずっとこの家にこもってたんだし、少し散歩してくるといいよ」
そう葉月に快諾され、二人は外に出る。
二人は肩を並べて、近所をぼちぼち歩いていた。
「…お前、どうなんだ? 腕」
「ん、ああ。軽い筋挫傷だってさ。何回かリハビリ通うことになりそう」
蒼矢に声をかけられた烈は軽くうなずき、右肩を叩いてみせた。
[蔓]との戦闘を通して、終わってみれば外傷として一番後遺症が残ったのは烈だった。
隠さなければならない怪我ではないため、普通に病院へ行って診てもらっていた。言わずもがな、怪我した理由は適当に説明しておいた。
蒼矢はその烈の右肩を見つめ、足許へ視線を落とす。
「…悪い」
「何でお前が謝るんだよ」
「…」
少し責めるような口調で烈が返すと、蒼矢は目を伏せたまま押し黙る。
「…お前のせいじゃねぇよ」
「っ…」
烈は少し強めにその腕を引き、丁度さしかかった小さめの公園に入ると、彼を遊具に座らせた。
下向き加減に深く息を吐くと、蒼矢をまっすぐに見据えた。
「俺、今回のことで自分がどれだけ情けねぇってか、経験が足りねぇってことがわかった。そのせいで、お前を護れなかったことも…助けたいのに、足がすくんじまったことも…俺の力不足だった」
「……」
「俺、ちゃんとお前を護れるようになりたいんだ。…お前が誰かを頼るタイプじゃねぇってことはわかってる。けど、俺のためにも、俺を頼ってくれよ」
そう言ってからすぐ、烈は眉を寄せて頭を横に振った。
「…ちげぇな、結局これじゃお前に頼ることになるんじゃねぇか…?」
考えをこじらせている烈を静観していた蒼矢は、小さく口を開いた。
「どうやって護れるようになりたいんだ?」
「え?」
その問いに、烈は蒼矢の顔を見る。
蒼矢は落ち着いた表情で、でも真剣な眼差しを烈に向けていた。
「"経験が足りない"って言ってたな。…お前の言う"経験"って何? お前がどうなれば、俺を護れるようになると思ってるんだ?」
「……」
烈は言葉を返せない。蒼矢のその、吸い込まれそうな大きな目に、視線が釘付けになる。
しばらく沈黙した後、蒼矢が先に視線を外す。
「…いいんだよ、烈は烈のままで」
「…?」
立ち上がり、呆けた面持ちの烈へ歩み寄ると、彼のテーピングで硬くなった胸にそっと額を付けた。
「蒼矢…?」
「変わらないといけないのは、俺なんだ。もっと早くから、相談していれば…みんなを頼っていれば、お前が怪我することもなかった」
「……」
そして額を離し、口ごもる烈を見上げる。
返答に迷うように眉間にしわを寄せたその表情に、蒼矢は薄く笑った。
「…お前のそういう素直なところ、俺頼りにしてるんだからな。俺が迷ったらちゃんと受け止めてくれよ」
「…!」
蒼矢はそう言うと烈から離れ、そのまま公園の出口へ歩いていく。
「蒼矢!」
「…戻ろう」
叫ぶ烈に蒼矢は少しだけ振り向き、呼びかけには答えず公園を出ていく。
烈は拳を握りしめ…彼の後を走っていく。その、華奢で儚い後ろ姿を、烈は視線で追い続けていた。
歳を重ねるごとに、艶やかになっていく蒼矢。どんどん自分の知らない魅力をたたえていく、幼馴染。
「…お前が変わっていくなら、俺も変わらなきゃ傍にいられねぇじゃんか…!!」
烈は、独り言のようにつぶやいた。
―終―