某T区は、都内でも有数の商業都市として名を馳せており、昼夜問わず人が多く賑やかな印象が強いが、中心部から少し歩くと割と閑静な住宅地が広がっていて、また違った空気を味わうことができる。
通っている大学から帰ってきた
細めの路地をくねくねと進み、シャッターの締まりかけた酒屋へ視線を流しながらさしかかると、店内からもれ出る照明をバックに、男がひょいっと顔を出した。
「おっ! おかえり。お疲れさん」
「ただいま」
立ち止まった蒼矢に、顔を出した男――
「今日も一人だろ、うちで飯食ってくか?」
「今日はいい。さっき買ってきたんだ」
そう言うと、蒼矢は手に持つ袋を上げてみせる。
烈は歩み寄り、袋のふちを引っ張って中身を確認する。
「ふーん…バランスは良いかな、少ねぇけど」
「…お前を基準にするなよ」
「あ、そうだ」
憮然とした表情を浮かべる蒼矢を尻目に、何か思いついた烈はサッとシャッターをくぐり、間髪入れずに外へ戻ってくる。
「これ持ってけ。夜食」
コンビニの袋へバナナを一本突っ込んできた。
「…ありがとう」
「おう、ちゃんと食えよ」
そう蒼矢の肩を軽く叩くと、烈は店へと戻っていく。
「烈!」
その背中に蒼矢が声をかける。シャッターをくぐりかけている烈が振り返った。
「ん?」
「…お疲れ」
「…じゃーな!」
またニカッと笑うと、烈は店の中へ消えていった。
ほどなくして、店のシャッターが下げられていく。
明かりが消え、暗くなった路地を、蒼矢は再び歩き出した。
家に着くと蒼矢は、とりあえず玄関とリビングの明かりはつけるものの、まっすぐ三階の自室へ向かう。
家には誰もいない。父は地方出張で連泊中だし、母はそもそも国内にいない。
デスクチェアに体育座りで腰かけ、タブレットに向かい、もそもそとパンをかじっていると、LINEが入る。
「…
テストが近いので、いつものように勉強を見て欲しいとの連絡だった。
…そういえば、高校はそろそろ中間の時期か…
まるでこの世の終わりを知ったような、悲痛な表情の陽の姿が目に浮かぶ。
週末に家に来るよう、返信しておいた。
一息ついて、食後に貰ったバナナをむこうとしたところで着信が入る。
「もしもし」
『だ~れだ?』
「切りますよ」
『まぁ待てって。久し振りにかけてんだから、少しは喜べよ』
「先々週、そっち行って話したでしょう…要件は何ですか?
携帯の向こうで、影斗は笑っていた。蒼矢の淡白な切り返しを楽しんでいるようだ。
『週末そっち行くからさ。会える?』
「断っても家に来るでしょう? いいですよ」
『話わかるね~、また
「わかりました」
『ちゃんと身体あけておけよ? 色んな意味で♪』
「切りますね」
『あー待った待った。冗談だろ、な? 蒼矢』
からかうと本当に切りかねないので、影斗は声色に真面目さをのぞかせつつ、蒼矢をなだめる。
『毎日寂しく過ごしてるんだからさ…お前なら俺の今の気持ち、理解できるだろ?』
「…そのつもりですよ。だからこうして、誘われたら必ず会ってるじゃないですか」
少しトーンダウンした影斗の声を受け、蒼矢は少し柔らかい口調で返した。
影斗が小さく笑ったのが聞こえる。
『たまにはコンタクト着けてこいよ。折角俺がやったんだからさ』
「いえ、眼鏡で行きます」
『…了ー解。じゃな、楽しみにしてる』
通話を切り、ペットボトルのお茶を一口飲むと、思い出したように再び携帯を手に取った。
「どうせなら、陽も葉月さんちに呼んでしまおう。…予防線じゃないけど」
陽に予定変更のLINEを送り、ついで烈のトーク画面を開く。
「烈にも声かけよう。家の都合がつけば、だけど…」
文面を送りかけたところで止め、烈には明日直接話すことにした。