翌日は週末だった。蒼矢はいつものように大学へ向かった。
行きがけに烈宅を眺めながら通り過ぎたが、今日は表に出てくる様子はなかった。たまたまだったんだろうと、普段通り片道小一時間の距離を通う。
そしてひと通り講義を終える。その日は図書館に寄る用も特になかった。いつもより早めに帰宅できそうだと思いながら、正面門へと続く敷地内を歩く。
そして、もう少しで構外へ出るというところだった。
「よう」
「! 蔓田…さん」
視線を向けると、街路樹の脇に置かれたベンチに蔓田がゆったりと腰掛けていて、蒼矢へ向かって手をあげていた。
昨日結局遭遇しなかったこともあって、多分もう会うことはないだろうと蒼矢は思いかけていた。それが外れて必要以上に驚いてしまい、言葉が出せずに黙ったまま、近寄ってくる蔓田を見つめる。
「ちょっと聞きたいことがあってな。出口付近で待っていればそのうち来るだろうと思っていた」
「…聞きたいこと?」
「ああ。確かめたいことがある。図書館へ行くぞ」
「!! そういうことなら、同じ学部の友人にも聞ければ良いんじゃないかと思うので…今から連絡を」
「いや、急いでいる。お前だけでいい」
予防線を張ろうと思ったが、即失敗に終わる。
「…わかりました」
蔓田にきっぱり返されてしまった蒼矢はそれ以上言えず、諦めて二人で図書館へ向かうことになった。
前回と同じように、蒼矢が少し前を行き、蔓田がそのすぐ後をついていく形で歩く。
歩きながら、蒼矢はまた色々と自問していた。
蔓田の二日前のあの言動と、待ち伏せされたように遭遇した今日。
…考え過ぎだろうか。
そしてまたあの室内で二人きりになってしまうかもしれないことに、言いようもない不安感が湧きあがっていた。
…このまま部屋に入って大丈夫だろうか…今からでも断った方が良いんじゃないか…
「っ!」
うわの空になった蒼矢は、自分の足につまづいて少しよろめく。
そこへ、最良のタイミングで蔓田が蒼矢の両肩を背後から支えた。
「なんだ、大丈夫か?」
「!…はい、すみません」
掴まれた肩に置かれた蔓田の手のひらから伝わる体温が、温かいはずなのにぞくっとする感覚を覚える。
すぐに手は離れたが、全身に帯びる微かな震えは止まらなかった。
ほどなくして二人は、図書館内の一室に入る。
「…さて」
後から入室した蔓田がドアを閉めると、部屋の全方位から小さくミシッという音が聞こえた。そして外からの雑音が遮断されたように、一切の生活音がしなくなった。
「…!」
異変を察知し、蒼矢は蔓田へ振り返る。
「…何を、したんですか…?」
「準備だよ。お前を手に入れるためのな」
そう言うと、蔓田は蒼矢へとゆっくり距離を詰めていく。
蒼矢の中で今まで巡っていた疑念や想像が、確信に変わる。わかったところで、もう遅かった。頑強な体格の大男が、余裕の表情で歩み寄ってくる。逃げるタイミングさえもつかめず、蒼矢は蔓田から静かに後ずさる。
「そう怯えなくていい。大人しくしていれば、お前にとっても悪いようにはしない」
「……!」
椅子に引っかかりそうになり、バランスを崩した蒼矢の手を捕まえ、そのまま壁へ一気に押しやり両手首を頭の上に押さえつけた。
「っ…離して下さい!」
手を振りほどこうと蒼矢は必死にもがくが、片手で押さえられているのにびくともしない。下半身も太股の間に蔓田の脚が入り込み、ほとんど動かすことが出来ない。
蔓田が、耳元で低く囁く。
「髙城蒼矢。お前は俺をどれだけ楽しませてくれるのかな?」
そして眼鏡を外して放り、そむける蒼矢の顎を引き寄せると、唇を重ねた。
「…っんぅ…」
全身を拘束されたような形になってしまっている蒼矢は、抵抗する術も無く蔓田のキスを受け入れる。蔓田の口腔内から流し込まれる唾液が蒼矢の口端から溢れ、顎に伝う。
その間、蔓田の空いている片手は蒼矢の上半身を這い進んでいた。喉元から腹部へと辿り、シャツを引きずり出して中に手を入れ、腹から胸、脇、背中、腰と、蒼矢のそれぞれの感度を確かめるように撫で回していく。撫でられる部位が移る度、それに応えるように身体が小さく反応した。そして徐々に、こわばっていた全身から力が抜けていく。
蔓田が蒼矢の唇から離れると、足で支えられなくなった身体がずり落ち、華奢な腰が蔓田の片腕に受け止められる。
「…あっん…」
半開きになった蒼矢の口を再び蔓田が覆った。歯列が割られ、蔓田の舌が口腔を犯す。
力が抜けたのがわかると蔓田は蒼矢の手から離れ、その細い身体に巻きつくように密着した。首筋を嬲り、手を腰から尻の割れ目へとすべらせる。股を押し広げるように脚を深く割り入らせ、蒼矢の股間に身体を押しつけた。
「…っ」
蔓田の動きが拘束から凌辱へ変わり、力が少し緩むと、その機を逃さなかった蒼矢が渾身の力で蔓田の巨体をどける。
「おっと」
蔓田の腕をすり抜けると、蒼矢はまっすぐ扉へと走る。ノブに手を掛けるが、回らない。ノブも扉もまるで壁と一体化したかのように、ぴくりとも揺れ動かなかった。
蔓田が蒼矢の背中に声をかける。
「無駄だ。この空間は完全に密封した。
振り返ると蔓田はいつの間にかすぐ背後に立っていた。すかさず距離を置こうとするが、蔓田は蒼矢の襟首を掴んで引き寄せ、片手で持ち上げた。
「っああ…くっ」
「まだ全然足りん」
そう言うと、蔓田は蒼矢を吊り上げたまま移動し、机の上に放り投げる。
「かはっ…!!」
背中を強く打ち付け、一瞬息が出来なくなった蒼矢の上に、間髪入れずに蔓田が覆い被さってくる。
蔓田の手が下腹部に伸びると、蒼矢は決死の思いで両手を突っぱねた。
「嫌だっ…やめて下さい!!」
「嫌ではないだろう。お前は気持ち良くなっている」
「っ……!」
再び両手を頭上で拘束し、シャツを鎖骨までめくると、臍下まで肌が露わになる。
その白磁のように滑らかな肌をなめまわすように見やり、左胸の上部に視線を移すと、蔓田は口角を上げる。そこには『ガイアセイバー』をセイバーたらしめる証としての、刺青に似た『アズライトの刻印』がくっきりと刻まれていた。
その左胸を押し上げるように強く撫ぜ、小さな突起を親指で押し込む。
「うああぁっ!!」
蒼矢が腰を浮かし、激しく反応する。
「『俺たちの敵』がこの程度だとはな…拍子抜けだ。今までどうして攻略出来なかったのか、全くわからん」
何を言っているんだ…?
痛みとそれに混ざる疼くような感覚に襲われる中、呼吸を乱しながら蒼矢は蔓田の言動を推し量っていた。
『お前を手に入れる』『敵』『攻略』…、蔓田と面識を持ってからこっち、彼と接触する度に感じていた、奇妙な身体の"震え"。
そして、着衣を乱されたせいでジャケットの内ポケットからコロコロと出てきたペンダントが、視界に入ってくる。
今まさに眼前で青く光る起動装置が、蒼矢に覆い被さる男が何者かを示していた。
表情を固まらせ、大きな目を見開いてこちらを凝視する蒼矢に、[蔓田]はにやりと歯列を見せた。
「ようやく気付いたか。髙城蒼矢…いや、ガイアセイバー『アズライト』」