正直な話でいえばナンパなんかについて行く女の子は軽率すぎると思っていたし、そういう事をする男にも碌な奴なんていないと思っていた。だから、読モ仲間で恋バナが出るたびに出てくる“どこどこでナンパしてきた男が~”なんて話が出るたびに辟易もしていたのだ。
それに、その結末は大体が“貢がせてやった”だの、“エスコートがなってない”だのという愚痴という名の扱き下ろしを含めた女同士のマウンティング合戦の始まりであることが分かれば最初のウチは刺激されていた好奇心も今ではすっかりと萎えて緩く相槌を打つだけの作業になり果てた。
そんな態度が隠しきれていない自分への評価はガックリ落ちたり、弾かれるものだとばかり思っていたのだが人というのは不思議なモノでそんな態度が逆に“並みのナンパには興味も湧かないくらいモテている”だなんて真逆の噂が流れていたと知った時の心境はなんと言ったものか今でも悩む。
告白もされた事もある。
ナンパだって結構な数を体験した。
だが、それらに応じた事もない自分にはちょっと持て余す案件だったが―――結局の所、内心でそんな浮ついた彼女達に苦笑を漏らしつつもそのキャラクターを演じる事を選んだ。
強く否定すればかまととぶっていると反感を生み、無難に乗っかっていれば波風も立たず現状維持が出来るのだからそれが一番楽だったというのが多くの理由。それでも、やっぱり心の中にある嘘への罪悪感と、浮ついた彼女達の“遊び感覚の恋愛”というモノに共感を示す振りを最小限で済ませられるというのはそれだけ魅力的な立場だったのだ。
でも、今日、それらの認識はちょっと改めなければいけないかな、なんて思い始めている自分が一番のお笑い草なのかもしれない、――その原因であろう隣で静かにちょっと昔のバラード曲を歌っている男を盗み見て、知らず苦笑が零れた。
男にしてはちょっと長めの髪の毛を後ろで結わえた中でぴょんと飛び出たアホ毛が一束。ちょっとだけ眠たそうな気だるげな灰色の瞳は光を感じさせず最初は陰気に見えたのだが、ナンパしてくる男の人特有のギラギラとした欲望が見えないソレが今では逆に安心を齎しつつ、彼との出会いを想い出す。
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時間を持て余し次の行き先を相談する空気となっていた自分達に唐突に声を掛けてきたこの男“比企谷”さん。自信も無さげな声としどろもどろな空気は明らかにそういった事に不慣れなのだと分かったし、実際に自分の事へと真っ直ぐにデートを誘ってきた時の彼は顔も真っ赤に愚直に頭を下げるしかできなかった事がソレをうらずけていた。
それをクスクスと嘲笑う読モ仲間が好き勝手な事を言う間にも当の自分は不覚にもかなり動揺してしまった。
流れる様な会話の切り口から押し切るのではなく、真摯にまっすぐこちらに頭を下げてくる姿は本当に勇気を振り絞ってそうしてくれているのだと分かってしまったから……無下にするのも心苦しくて、対応に迷っているウチに嗤っていた一人が面白半分に煽ってきたのがいけなかった。
“最高の鴨じゃん”なんていう彼女の下卑た顔に言いようのない嫌悪感を感じつつもソレに乗っかった彼女達があっという間に話を進めて二人取り残されてしまったのだ。
後に残ったのは呆然とそんな流れに戸惑っている彼と、意思確認もなく残されて手持ち無沙汰になってしまった自分。一瞬だけ流れる気まずい空気を苦痛に感じつつもこの人をどうしたら傷つけずに終わらせられるだろうかと思案を重ねていた思考は―――照れ臭そうに彼が示したスマホの画面に一気に塗り替えられた。
噂に聞いた事は合っても、画像しか見た事のない所在不明の幻のパンケーキ。
その店の予約画面をはにかみながら示し“一人で行くつもりだったから……その、予約が一人分だけど、良ければ一緒に行ってみない?”なんて言う彼の表情と、本当に自分に声を掛けたのは偶然だったんだというその無邪気さにちょっとだけ警戒が解けた結果―――私の心の中の天秤はあっという間に傾いた。
まぁ、悪い人でもなさそうだし……パンケーキを食べる間くらいはいいんじゃないか?
なんてご都合主義を振りかざした悪い自分が知らぬ間に首を頷かせ、ほっとしたような表情を浮かべた彼が笑顔のまま自分を案内してくれたのだ。
結局、そこから甘いものを楽しく食べつつポツリ、ポツリと会話を交わしていくうちにお互いの事を知って、ご馳走になったお礼にと服を選んであげたりしてるウチに彼が語る言葉は本当に穏やかな人なのだと分かってしまったし、勇気を出して伸ばしたであろうその手を驚いて振り払ってしまった時の悲しそうな顔はなんだかほっとけなくて……改めてつないだ手は優しく、臆病なくらいに気遣ってくれている事を痛感して胸の奥がくすぐったくなった。
ナンパなんて体目当ての浅ましい物だと思っていたけれど―――もしかしたら、本当に勇気を振り絞って踏み出す“恋”もあるのかもしれないと、私に思わせるくらいに彼は丁寧に穏やかに接してくれていたのだ。
そんな想いは別れの時が近ずく度に募っていき、彼が奮発して送ってくれたペンダントが入ったポケットと、穏やかな彼の笑顔と、繋がれた手の温もりが無くなってしまうのがなんだか無性に名残惜しくなってしまった。
それを彼も分かっているのか、ニコニコとした顔が少しだけ寂しげになっていくのが分かって胸の奥が締め付けられる。
一歩進むたびに、このデートの終わりが近づく。
なんでもない様な会話を交わす私の中で焦燥が募っていく中でまた一歩進んでいく。
遠回りだと分かっているルートをわざわざゆっくりと進んでいるのに―――彼はその一歩を踏み出さない…。
いよいよ、秋の冷たい夜風を感じる程に迫った出口にもういっそ自分から言うべきかと息を呑んだその瞬間に―――優しかった彼の手が強く握り込まれ、私を引き止めた。
その、待ち望んだ瞬間に心臓が跳ね上がる。
訳も分からぬ寂しさと自棄になりかけて吸い込んだ息が詰まって胸が苦しくなる。
思わず強く握り返してしまった私が、それでもなけなしのプライドをかき集めて“カリスマJK”なんて言われている顔を取り繕って彼に問いかける。
早く、早く―――早く、その言葉を紡いでと願って。
「………どうしたの?」
爆発する感情を必死に飲み下して、ちょっとだけ釣れない声音を絞りだす。
それに少しだけ臆したように怯みつつも意を決して真っ直ぐとコチラを見つめ直す彼が、意を決したように震える声で私に語り掛ける。
「なぁ、もうちょっとだけ………美嘉ちゃんと一緒に居たいんだけど…ダメ、か?」
「―――うん、私も、もうちょっとだけ、比企谷さんと一緒に居たい……かも? って、っちょ、わ、わわわわわっ、ば、ばか!!」
何とか絞り出した答えに、感極まったのか握っていた手を引き寄せて私を思い切り抱き寄せる彼に抗議するようにぺしぺしと彼の肩を叩くと彼も慌てたように離れていく。
自分だって初めて感じる男の人の肉厚な膂力と、匂いと、温かさに破裂しそうなくらいにテンパっている癖に、その温もりが離れるのが“寂しい”なんて思う癖に、それでも大勢の人が行き来するビルの出入り口で抱きしめられるという羞恥が勝って彼に抗議したのだが、離れた瞬間の彼の叱られた子犬みたいな顔を見れば強くなじる事も出来ずに笑ってしまった。
「ま、まだ、そういうんじゃないから、だ、ダメ。 ………んで、次はどんな所に連れていってくれるのかな?☆」
「あ、いや、その、ゴメン。てっきり、断られるもんだと思ってて…その、ホントにゴメン。……………次って、その、 カラオケ、 とか?」
精一杯に振り絞って出したカリスマ力で破裂しそうな胸の高鳴りを抑えつつも何とか彼に茶化すように問うた質問はさっきまでのそつの無さも台無しになるくらいな自信なさげに漏らされた答えに思わず吹き出して笑ってしまった。
一転してクツクツと笑う自分を見て慌てふためき“あ、いや、すまん。ナイトプール…て季節じゃないな…えと、オススメの温泉ランド……いや、オシャレなバー………未成年か……”なんてしどろもどろする彼にその笑いは留まることが無いまま私は、快諾してしまった。
「いや、いーよいーよww。逆に気取った所に連れてかれても困るし、ふふっ、私も比企谷さんがどんな歌うたうたうのか気になってきたしwww」
「……え、大丈夫? オシャレな夜景とか見えるカラオケとか俺、知らないけど…」
「ふつーでいいってばww。逆にどんなカラオケなのよ、そこwww」
さらにぶっこんで来る彼に笑いがこらえきれないまま彼の腕を取って先を促す。
少しだけ不用心かな、なんて思うけど少なくとも日も暮れ切ったアフターに女の子を連れ出す事に成功した矢先に“カラオケ”だなんて素で言ってしまう上にこんなに慌てふためいている彼が自分を害するとも思えなくて自然とそうしてしまった。
いまだに引かれるままにオシャレな連れ出し先の反省会をする彼に苦笑を漏らしつつも、そんな純朴な彼とならば―――いつか、そうなってあげてもいいかも、なんて心の底で思った感情を伝えるのはもうちょっと先の楽しみにしよう、とおろつく彼を楽しみつつ心の中で呟いた。
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という訳で、冒頭に戻って世の中にはこんな不思議で締まらないナンパもあるのだとしみじみ思いつつ彼の低く、聞き心地のいい歌声に耳を傾けていると次第にその曲は終わりを迎えて彼は静かにそのマイクをテーブルに置いてこちらを少しだけむくれたように見てくる。
「……そんなマジマジとみられると歌いづらいんだけど」
「えー、いいじゃん。結構、様になってていい感じだよ?」
「そう言う問題じゃないんだけだどなぁ」
ケラケラ笑いながら彼の肩をペチペチ叩いて激励しても彼はちょっとだけ納得のいかなそうな顔を浮かべつつも私のデンモクを渡してくる。
「えー、比企谷さんの声結構好きだからもうちょっと聞いてたいんだけど?」
「はいはい、そういうおべっかはいいから。……というか、流石に三曲も歌い続けるのはしんどい」
照れ臭そうにしつつもちょっと猜疑の眼を向けてくる彼に苦笑を漏らしながらもソレを受け取ってポチポチしつつ“別におべっかという訳でもないのだけど……”なんて思う。
彼の歌う歌は流行りや女受けというものからは大きく外れていて、何なら初めて聞く曲も多かったけれどそれでも素直にいい曲だと思ったのだ。
それを謡う彼の横顔も自分なんか写さないで、遠くの何かを見つめるその横顔は普通にカッコよくってちょっと情けない彼のイメージを払拭してくれた。
色恋――なんてモノには普段は興味も示さないんだろうな、という彼が自分にあんな無茶をしてまで声を掛けてくれていた事を想えば……不覚にも選ばれた事に優越感とむず痒さが押し寄せてきて浸っていたというのはとても言えそうにない。
そんな内心を噛みしめつつも適当に捲っていた時に見えた懐かしいながらも好きで心に残っている唄。普段のメンバーでは絶対に歌えない曲だが……まあ、彼の前ならば普段のキャラを気負う事もないだろうとソレを入力する。
それは、出会った男と女を糸に見立てた曲。
出会えた二人が紡ぐ物語の始まりを言祝ぐ曲。
流れたイントロに耳を澄ませ、素直に歌う。
人生で初めて感じたこの高鳴りを、謳う。
いつもよりもずっと、ずっと深く声が出ている事を感じつつもその原因となったであろう男はどんな顔をしているだろうかと目を配り――――真っ直ぐに目が合った。
灰色の底が見えない、その瞳と。
歌を紡ぐ、その歌が―――そっと閉ざされた。
「んっ♡ ふぁっ、あっ♡―――ひき、がや」
「―――美嘉」
名前が、真っ直ぐに呼ばれた、ただ、それだけで背筋に危ない電流が走る。
背に回された腕に、触れた胸板に、わずかな抵抗を伝えたその背の熱さに奔る痺れに彼は一切取り合うことも無く―――――柔らかく、優しく 唇を何度もついばむ。
「あっ♡ やっ♡ だめ だって♡ まだ ―――んんっ♡」
「悪い―――我慢、出来そうにない」
「んんっ♡ なっ♡♡」
柔らかく、ついばむようなキスはその言葉を区切りに終わりを迎えた。
微かな、言い訳程度の抵抗は見透かされたように力強く引き寄せられた身体はちょっとだけ乱暴にそれでも痛みを感じないギリギリの強さで引き寄せ、私の口腔内を探るように彼の舌が入ってくる。
甘く、熱く―――容赦なく。
私の唾液一つ逃さぬようにと、丹念に。
「ん――――っ♡♡ んん――――――っつ♡♡!!」
声にならぬ声でどれだけ抵抗を繰り返したか分からない。
だけど、力を込めた手は終始力を籠める事は叶わず――――心の何処かでこういった瞬間を望んでいたという事を見抜かれたように私は 貪られる快感にただ翻弄された。
そう、私は いま喜んでいる。 いや、 悦んでいるのだ。
だけど、ソレを素直に認める事は積み重ねた思考とプライドが許さない。
そんな自分のちっぽけなプライドと、重ねた虚偽の鬱屈を晴らしてくれる嫌いじゃない男が今まさに自分の長年の壁を壊して求めてくれている事にどうしようもない多幸感が溢れていく。
あの可愛げのある年上の男が、今、自分の唇を夢中で貪っている。
それが、呼吸もままならない世界の中で、溜まらなく嬉しく感じる。
脳への酸素も薄れてそんな世迷いごとの多幸感に包まれている。
そんな私に、呟かれる言葉に抗えない私に―――誰が責められようか?
「ごめん、おさまりそうに、ない」
「―――――――――――――」
(/・ω・)/評価くれ♪(正直者