the abyss of despair〜R18&if話置き場 作:佐谷莢
アクゼリュス前夜ifの続き。三十四唱ifとは別次元のお話。
ジェイドに無理矢理やられているだけの話。なので、苦手な方はご注意を。
「そんなあなたには、こちらを差し上げます」
ぽんと手渡されたもの。それは、琥珀色の液体が揺れるブランデーだった。
話はつい先程に遡る。
ダアトでアッシュと別れ、離散しかけていた一同が再び集いタルタロスを使っての移動を始めたところで、スィンは意を決して彼に話しかけていた。
「大佐。鎮痛剤返してほしいんですけど」
「珍しく直球ですね」
周囲には誰もいないからできる芸当である。誰かが、具体的にはガイやナタリアがいたらきっと、とやかく言われることだ。心優しい彼らを煩わせまいと──余計な口を挟ませまいとしたため、でもある。
グランコクマを目指すため、自動操縦の設定をするべく
「回りくどく言って理解してくださるので?」
「駄目です。あのようなものを定期的に口にすれば、命に関わるのですよ」
そう返されるのは想定済みである。スィンは肩をすくめて事実を言った。
「あれからしばらく経ったでしょう。腐ってはいないと思いますが、もう飲めるものではなくなっていると思います。調合用の薬草も、手持ちはもう尽きました」
そんなわけで容器を返してほしいと告げる。そして、手渡されたのがそれだった。
封も切られていない酒瓶を手渡されたスィンとしては、困惑するしかない。
「何のお戯れで」
「わからないんですか? それとも、とぼけているだけですか?」
「前者でお願いします。何なんですか、これで我慢しろって?」
いくらなんでもないだろう。どんなに好意的に考えても、鎮痛剤の代わりに渡すものではない。とぼけているとはどういうことなのだろう。話がさっぱり見えてこない。
「……では、こうしましょう。それを一息で飲み干したら、お返しします。できなかったら……」
何も脈絡はないが、それならばお安い御用である。ジェイドの言葉など最後まで聞かず、スィンは蓋を開けると勢いよくブランデーをあおった。瓶口を唇で覆うようにしながら、瓶の中身を目に見える勢いで減らしていく。
やがてそれからしばしも経たず、ブランデーはスィンの胃袋へと収まった。
「……」
「さ、お返しくださいませ。そろそろ中身を捨てないと容器もダメになってしまいます」
一体いつの間にブランデーなんか手に入れたのだろう。
思いのほか純度の高い蒸留酒は、スィンの喉を食道を灼くようにしながら、五臓六腑に染み入った。常人が息継ぎもせず飲み干せば、中毒を起こして倒れても何ら不思議ではない。
自分を酔い潰して何をするつもりだったんだと呵々大笑──多少は酔ったと見せる演技──してみせながら、再度返還を要求する。
酔っ払いは嫌いだという前言通り、まともに応対する気がないのか。彼はひとつため息をついたかと思うと、席を立って退室した。
「あー、逃げないで。逃げるのは約束守ってからにしてくださいよー」
「これからそれを取りに行くんですよ」
端的に、だから黙ってついてこいという風情を漂わす彼の背中を追って、ふと気づく。
彼の向かう先が、男性陣が固まって寝起きしている大部屋から反対の方向であることに。
「部屋には置いてないんですか?」
「ええ。ちょっとね」
雑談にすら興じる気もないのか、本当にちょっとした理由なのか。あるいは──スィンにこっそり取り返されることを想定してのことか。その場合誰もの目に付く場所に置いたほうが安心だと考えないのは彼ゆえか。
どれでもいいが、随分歩いた気がする。
これではもし航行に問題が発生したとしても、すぐに
「ここです」
そう言って彼が立ち止まったのは、タルタロス甲板からも
促されて、入室して。
直後、言い知れない不安が全身を駆け抜けた。
「!」
咄嗟に身を翻し、背後にいるジェイドから距離を取る。部屋の中ゆえ十分に、とはいえないが、間合いを取った先の彼は、伸ばした両腕を引き戻している最中だった。
その挙動がスィンの想像通りなら。
もう少し逃げるのが遅れていたら、間違いなくその両手に捕まっていたところだろう。
「な、何?」
「酔っているとは思えないほどの反応ですね……もう醒めてしまったんですか」
ぞわぞわと背筋に冷たいものが這っていく。ただの冷や汗か、ジェイドから向けられた視線によるものか。
これ以上二人きりでいるのは危険だ。直感に警告されて、スィンはあっさりそれに従った。正確には従おうとした。
戦艦だけあって、部屋内の壁には窓に類するものはない。扉横の伝声管と、隅の天井付近に通風孔らしいものがあるだけだ。
唯一の出入り口は、スィンがもっとも逃げたい人物が陣取っている。なんでもない風を装って、まずは対話を成立させようとした。
「え、えっと、大佐? 僕ちょっと用事思い出したから、容器はまた今度……」
「ほう、ようやくわかりましたか。ですがもう、手遅れですよ」
つまり、何だろう。彼は初めからそのつもりで、スィンをここまで連れてきたということになるのか。
やはりあの一気飲みで、多少は酔っていたようだ。そんなことにも気づかないで、ここまでノコノコついてきてしまったのだから。
こんな回りくどいことをして、生半可な話し合いでは無事に収まらないだろう。とはいえ、彼の好きにさせるという選択肢は存在しない。
ため息をついて、スィンは譲歩案を提示した。
「僕の自意識過剰なら嬉しいんですけど、性処理しようとしてます? それなら、以前お話した通り無理なので「また奉仕する、という提案なら結構です」
そして、言葉少なに譲歩案は退けられた。
最早話し合いでは収まらないかと、現在の武装を意識しながら理由を尋ねる。
「単純な話です。私はあなたの望みを叶える、あなたも私の望みを叶える。ギブアンドテイクでしょう?」
「支離滅裂です。先程の条件より激しく逸脱していますが」
何かどうも、話が合わない。
ブランデーを空っぽにしたら容器は返す、とか言っていたくせに、どうしてそういう話になるのだろうか。
「以前の経験から、酔わせれば好色になってくださるかと踏んだのですが。残念です」
「どんな勘違いをしてるんですか! 人を淫乱呼ばわりするのは妄想の中だけにしてくださいよ!」
苛々とした気持ちのまま詰め寄ろうとして、思いとどまる。このまま近寄れば捕まりにいくようなものだ。
焦れたあちらが動くことで扉から離れてくれなければ、スィンに逃走成功という勝利はない。
「ほう、違うと言い張るので? 以前は私にあんな辱めをしておきながら」
「辱めって……夜伽が無理だからお詫びにスッキリする手伝いしただけでしょう! なんでそう、歪んだ感じで解釈するんですか!」
「私のいいように解釈しているだけです。あのような知識があるということは、そこそこ経験がおありでしょう」
否定はしかねるが、今のスィンはマリィベル──亡き剣の主の姿を宿している。
スィンは彼女の姿をしたまま誰かと肌を重ねた経験はない。すなわちそれは。
「どちらがいいですか、選ばせてあげますよ」
「な、なにを」
「優しく抱かれるのと、荒々しく犯されるのと、どちらがお好みで」
そんなことを言われて選べるわけもなく。スィンはただ呆然としていた。
ついぞ見たことがない情欲に目をギラつかせたジェイドを、言葉で止めるのは無理だと悟って。
異性恐怖症を患うこの身で、彼と肌を重ねればおそらく狂い死ぬ。
我が身を護るために、血なまぐさいやりとりをしなければならないとスィンが覚悟を決めかけた、刹那。
急に目の前が真っ暗になった。
「!?」
窓のない戦艦の一室、灯りを落とされたら一切の光はなくなる。
音素灯の電源を落とされたのだと気づいた頃、スィンはジェイドによって組みつかれていた。
「ひっ……!」
「動くと針が、中で折れますよ」
反射的に振りほどこうとした腕を戒めるように、たっぷりとした袖の上から何かが突き刺さる。
痛みに、その脅しにスィンが硬直したところで、足を払われた。床へ転倒するかと思いきや、背中へ腕が回り、ジェイドの胸の中へ抱き込まれる。
「いやっ! 離してください!」
「せっかく差し上げたブランデーを無駄にしたのはそちらでしょう」
腕を突っ張って離れようとし、未だ針の突き立つ感触が消えないその場所に影響がないよう暴れても、びくともしない。
そうこうしているうちに床へ投げ出されたかと思うと、再び灯りがついた。
視界を取り戻したところで、スィンが見ることができたのは床しかない。腕をねじり上げられ、床に押し付けられた死に体でわかったことはこれだけだった。
たっぷりとした袖を払われ、腕の一点に針が突き立ち──何かが体内に入ってきた感覚。
「……こ、小道具、使わなきゃ、怖くてレイプもできませんか」
「ええ。事の最中に発狂されても困りますから。軽口を叩けるくらいなら、もう大丈夫ですね」
意識が、混濁していく。
用済みになった注射器が鼻先に転がってきた。針の先から香るは、馥郁たるアルコールのものである。
一体どれだけの量を流し込まれたのか、まるで体に力が入らない。微酔を通り越して、酩酊状態まで体調は移行している。
腕が解放されたと同時に襟首を掴まれ、仰向けを強制された。
ジェイドが、のしかかってくる。
「ひいっ! いや、いやですっ、やめて、無理……!」
「何をカマトトぶっているんですか、見苦しいですよ」
「無理です無理、ほんと、無理! やめて、ください!」
状況が状況だからなのか。ジェイドは珍しく息を荒げて拒絶するスィンに掴みかかった。普段は紳士然と気取る彼らしからぬ暴挙である。
被服の
スィンの頬が瞬く間に上気していく。恥じらい、ではない。
「人の胸に見て鼻で笑うなっ!」
「これは失礼。あまりに可愛らしくてつい」
小さくだが笑われた気配を敏感に感じ取り、噛み付く勢いで怒鳴る──しかしその声にも力は入っていない──彼女を黙らせるべく、唇を奪った。
以前彼がされたような、掠めるものではない。まさに噛み付くような接吻である。
「ん、んっ!」
直前まで開いていた歯列が、音を立てて閉ざされた。
そのひとつひとつを舌でなぞりながら、「可愛らしい」乳房を鷲掴む。
「!!」
「まあ、掴めるだけよしとしましょうか」
愛撫をしているとは思えない暴言である。当然のように再び口づけようとする不埒者の顔を掴んで押しのける。
「悪かったな貧相な体で! 期待はずれで萎えたならさっさとどけ!」
「とんでもない。先程からまったく感じていないあなたがどんな声で善がるのか、俄然興味が出てきました」
「興味だけでレイプすんな犯罪者!」
「力なく嫌がるかと思えば、少しからかっただけで怒って……まるで万華鏡ですね。見ていてまったく飽きませんが、そろそろ違う顔も見せてください」
片手に収まる片房をいいように揉みしだいていた手が、不意に赤く色づいたその場所をひっかく。
びくん、と反応する体に蔑むような笑みを貼りつけて、下肢を覆う袴をたくし上げようとした。しかし。
「スカートに見せかけてあるだけですか……面倒な」
丈の長い風変わりなスカートに見える仕舞袴では、そのまま事には及べまい。
未だ胸をいじる手を払いのけて、どうにかこうにか起き上がる。
「この痴漢、強姦魔、吸血鬼! 人を酔わせて犯そうとするな!」
「ひどい言われようですねえ」
嫌がっても嗜虐心を煽るだけだった。口汚く罵っても、気を殺がれた様子はない。奉仕は却下された。
あとはどんな手段があるのか──
初心に返る、すなわち逃走。これしかない。
扉はわりと近い、問題は慣れない酩酊状態で素早く立ち上がり、且つ走れるか否かだが。今それを心配しても仕方がない。
とにかく逃げないことには、何も始まらなかった。
「さて、これはどうやって解くのですか?」
袴の帯に手を伸ばすジェイドから逃れて、四つん這いで扉前まで移動する。
ノブを掴んで扉を開けながら、どうにか立ち上がって。
「よほど乱暴にされたいようですね」
「あっ!」
静かな口調とは裏腹に、髪を掴まれ逃亡を阻まれる。僅かに開いた扉は蹴り閉められ、その手から逃れようと暴れる身体は床へ放り出された。
受身を取って体勢を立て直す。普段ならわざわざ意識することなくできていただろう一連の動作は、酔いのせいか失敗した。
強かに体を打って咳き込み、それでも歩み寄ってくるジェイドから逃れようと身を捩る。
せめてうつ伏せになって胸を隠そうとして、馬乗りになって押さえつけられた。
「女性を力づくで犯すなんて良心が痛みますが、あなたが望むなら頑張ってみましょうか」
「頑張らなくていい望んでない! 嫌だって言ってんだろうが、人の話聞け!」
「嫌よ嫌よも好きの内とはよく言ったものです。そう嫌がられると尚更、してみたくなりますね」
彼の言葉が事実なら、諦めて体を差し出すふりをすれば萎えてくれるのだろうか。しかし、たとえ出任せであっても、それを口にするのは憚られた。
進退窮まるスィンを追い詰めるように、ジェイドは袴を留める帯に手をかけている。
「これでしょうか」
「やめて!」
適当に、手当たり次第に結び目を解こうとするジェイドの手を払おうとして、煩わしげに両手首を一纏めに掴まれた。当然振り解こうとするが、びくともしない。
普段はたっぷりとした袖に隠された、じりじりと抵抗に震える両腕を見て、ジェイドは呟いた。
「──いつ見ても、剣士のものとは思えない腕ですねえ」
「な……!」
「ああいえ、気にしないでください。剣に関して私は門外漢ですから。剣を扱う同僚の腕とは違うな、と思っただけです」
そもそもスィンが扱うのは刀であり、剣ではない。必要以上の筋力は、重しになるだけ。男女の違いに、身長及び体格の違い、更には現役軍人と元城仕えの侍女では、どうにもならない差であった。
ただ、この状況でそれは、後衛のジェイドに筋力で負けて、よく剣士が務まるものだ、と言われているようなものである。
怒りと屈辱に顔を赤くするスィンの不意をついて、彼は白い首筋に吸い付いた。そして、思わぬ悲鳴を聞くことになる。
「いやああっ! やめて、やめてっ!」
「ここが感じるんですか?」
「痕をつけないでっ、やっ、舐めないでっ、きたない……!」
いやいやと首を振り、身を捩ってジェイドの愛撫から逃れようと暴れ、そして本音らしい一言がぽろりと溢れる。
「……ほお。きたない、ですか」
「あっ」
「傷つきますねえ、そんなことを言われたら……二度と言えないように躾けないと」
一纏めに掴んでいたスィンの両手が、頭上に押し付けられる。恐怖に震え、しかし必死に食いしばっている口元に唇を合わせ、顎を掴んでこじ開けた。
「むぐっ」
舌を押し入れて、口内全て堪能するかのように、撫で回していく。歯列、歯茎、口腔、上顎、舌の裏。その過程で刺激した際反応のあった場所、感じただろう箇所にアタリをつけ、捕まえた舌をこれでもかとねぶりながら己の唾液を流し込んだ。
「ううっ、う」
それに気づいたスィンが嫌そうに吐き出そうとしているようだが、当然ジェイドがそれを許さない。容赦なく鼻をつまみ、飲み込むまで離さないといった風情だ。
濃厚なキスにクラクラしていたところで、窒息の苦しさに勝てず、ごくり、とスィンの喉が鳴った。
それを聞いてようやく、鼻をつまむ手が離れ、唇も離れていく。
「如何でしたか? 私の味は」
「……最低だった、吐き出したい」
「感じていたくせに、嘘つきな口ですね。次は下のお口で私を味わってもらいますよ。堪能してください」
ぞわぞわと、怖気に似た感覚が走る。まるで耳を犯されているような感覚にスィンが身悶えしていると、ひっくり返され、緩んだ袴と下着が同時に取り上げられた。
「……!」
「おや、貞淑ですね」
乱暴な愛撫に揶揄と嘲りの混じった睦言で快感を覚えるわけもない。
いつの間にか手袋を外した手がまさぐる秘所はうっすらと汗ばんでいるだけで、潤む兆候もなかった。
四つん這いを強要され、大きく足を開かされる。羞恥に顔を歪めて閉じようとした足は、ジェイドの足がつっかえてこれ以上閉ざせない。
「痕をつけるのも嫌がっていたようですが、操を立てる人間がいるのですか?」
「……あなたには関係ない!」
思わず息が詰まった。間髪いれず返したつもりが行間を読まれて、図星を突かれる。
「いるのですか。では、その方のことは金輪際忘れてください」
「そんなこと言われて素直に忘れる女がいるか!」
もうわざととしか思えない。いちいち煽るようなことを言ってスィンを怒らせ、彼に何の益があるというのだろう。
「いい加減にしないとこのまま挿れますよ」
「入るもんなら挿れてみ──じゃない、絶対嫌! 溜まってるなら自分で何とかして!」
挑発に乗りかけて、慌てて訂正する。
しかしジェイドにとって返答はどうでもよかったらしく、問答に気を取られている間にずぶりと何かが下肢に突き刺さった。
「ぐっ」
「そう締め付けないでください。私の指を食いちぎるつもりですか?」
「!!」
それ以上進ませるものかと意図的に力を入れたことを揶揄されて、思わず脱力してしまう。
膣内をいいようにかき回そうとする指はそのまま、花芯を擦りあげられて声を抑えた。
和えかな快感を、唇を噛んで耐える。
「ひっ……ん」
「なかなかこなれませんね……使いましょうか」
ぬちゃっ
「えっ」
ぬちゃり、ぐちゃりと、粘性の液体をかき混ぜるような音が下腹から響いて、スィンは恥らうより前に困惑した。
感じていないのに、指一本挿れただけでこんなに苦しいのに、何故──こんな、悦んでいる音がするのか。
「き、気持ち悪い……なんで」
「双方が傷つかないための配慮ですよ。潤滑油の存在も知らないふりとは、なかなか堂に入ったカマトトですね」
「うっ」
どうやら、指を抜き差ししているようで。その指を増やしたのか、息が詰まるような圧迫感が増す。
快感もないまま滑らかに動くその場所は、淡々と男性を受け入れる準備が整っていく。
そのことにも嫌悪するスィンがいくら喚いても、ジェイドは一向に聞き入れる気配がなかった。
「やめて、嫌だ、離せばかぁっ!」
「そろそろよさそうですね。さあ、力を抜いて、息を吐いて」
「待って、待ってっ、やめ……!」
「嫌です」
みちみちっと、まるで肉が裂けていくかのような感覚さえある。
仰向けに転がされ、足の間にジェイドが割り入ってきて。身体だけが、彼を受け入れていく。
「あ、あ、あっ……やだ。やだっ、いやああっ! 痛い、痛い!」
「だからこんなに嫌がったんですか」
落胆したような声。繋がったそのまま、ジェイドは大きなため息をついていた。
「すっかり騙されましたよ。まさか処女だったとはね」
「あっ……ぐ……」
痛い。苦しい。
知っているはずの感覚は激痛を伴って、知らない感覚として意識を焼き焦がしていく。
激痛の根本を遠ざけようと、勝手に口が懇願をしていた。
「お願い、やめて……抜いて……痛い」
「痛いのはこちらもですよ。こんなに締めつけておいて、何を言っているんですか」
酩酊していて体のどこにも力が入らないのに、これ以上どうやって力を抜けと言うのだろうか。乱れる息を整えるべく、痛みを追い出すように大きく息を吐いた。
そのタイミングで。
ぐくっ、と突き上げられた。
「いやぁっ! 動かないで、抜いてっ!」
「それは無理な注文というものです──逃がしませんよ」
がくんがくんと、身体が揺さぶられる。無意識に上へ逃げようとして、腰を捕まえられた。
身体の中央を貫かれるような衝撃が、息を詰まらせる。
「く、苦し……」
「ええ、やっと全部入りましたから。こんなにぎゅうぎゅう締め付けているんです。私の形がわかるくらいでしょう?」
「……わかりたくない……」
「駄目ですよ、ちゃんと味わってください」
一瞬腰が引かれて圧迫感が遠ざかり、ほっと息をつくのも束の間。再び楔が埋め込まれて、スィンは大きく仰け反った。
「ううっ!」
「こちらはお気に召しませんか。いいところはちゃんと申告してくださいね。でないと、私だけが気持ちいいままですよ」
言いながら、腰を引いたジェイドは何かをした。ビチャッ、と何かが滴って、ひやりとした感覚が肉の棒に貫かれる秘所にまで届く。
「つ、冷た……」
「すぐよくなりますよ、ちょっとだけ我慢してくださいね」
そしてその前言の通り。処女の証を破られて痛みしかなかったそこの感覚が、足された潤滑油により滑りが格段に良くなった抽送で、僅かずつ、違う感覚へと成り代わっていく。
乙女を抱いた経験も、あるのだろうか。ジェイドの動きは捻じ込んできた際より、かなり手加減されており、不快さが欠片もない。
望まない行為だろうと、否だからこそ。女性である以上、その変化は意識していてもどうしようもないことで。
「嫌だ……嫌だあ……!」
「そう嫌々言われると、だんだん萎えてきましたね」
「え、本当!?」
制御できない感覚を厭うていたのが、思わぬ言葉を引き出した。
時間経過によって、ふらふらの酩酊から多少意識のはっきりした微酔状態へと回復しだした意識が、萎えたならもうできないだろうと問い詰めかけて。
「まったく、油断も隙もない。私の良心につけこんで、悪い子ですね」
「あうっ!」
緩やかだった律動を急に早められ、口を押さえる。
挿れた当初と様子が違うことは気づいているようで、ジェイドはぴたりと動くのをやめた。
「もう『嫌』でもなければ『痛』くもないでしょう」
「お、乙女を穢しておいて言うことはそれか、鬼畜っ!」
「初めてを床の上で無残に散らされたとは思えない気丈さですね。あなたがそんなだから、まさか処女だとは露ほどにも思っていなかったのですよ。ひょっとして、大切にしていましたか?」
すいませんねえ、と欠片も気持ちが見えない謝罪を口にしながら、再びスィンを犯しにかかる。
粘っこい水の音を聞いて嫌悪は膨らむも、最早痛みは訴えるほどでもない。ついに快楽が痛覚を上回ったことを自覚して、それまで口を抑えていた手に噛み付く。
その痛みで、喉笛から漏れる嬌声を押し殺した。
「こ、なっ……!」
「何か言いたそうですね」
「こんな、ことっ……! んっ、結婚してから、じゃなきゃっ……ううっ、ダメなのに……!」
スィンの価値観押し付けによる非難、嬌声の誤魔化し──割合は4:6程度。
情に訴えたところでやめる姿は想像すらできない。集中させて早いところ終わらせたほうが──素直に嬌声を上げて煽るなり受け入れたふりなりするほうが、賢いのはわかっているのだが。操を立てる相手のことを考えると、どうしても頭は冷めた。
今この状況すら申し訳ないと思うのに、罪の意識の上塗りは御免蒙る。
「ふむ」
スィンの批難を、これといった感情を浮かべるでもなく聞いていたジェイドは、唐突にスィンを抱き起こした。
無論二人は繋がったまま。
「でしたら、順番を逆さにしましょう。傷物にした責任は取ります」
「え……っ!?」
「夫婦でないと許されないことなら、この後契りを交わせばいい。さしあたって、今度私の親族を紹介しましょうか」
「な、な、何を言って……って、そうか」
睦み合いの約束事。同衾中の甘い言葉は本気にしてはいけない、ということを思い出す。
この場所では夜具の共有すらしていないが、致していることは同じ。多分彼なりのリップサービスなのだろう。信じたら更なる絶望を招くこと請け合いである。
「そういう話ではないのですか?」
「……僕、忘れられない人いるんで。プロポーズは受けかねます」
それは操を立てている相手で、すでにスィンはそちらと婚姻を結んでいるためでもあるのだが、それを素直に告げるわけにはいかない。
『彼』とはもう、これ以上ないくらい明確な敵対関係にあるのだから。
ジェイドには一度疑われたことがあるのだが、この状況で彼もまた頭が茹だっているのだろうか。
そのことを言及されることはなかった。代わりに。
「忘れなさいと言ったのに、思い出してしまいましたか」
その言葉に答えることなく、スィンは腕を突っ張りジェイドから離れようと──立ち上がろうとしている。
細い肩を掴んで自らへ押し付けると、声はなくとも吐息が零れた。隠してはいるが、間違いなく艶がある。
抱き起こした時から──正確には抱いたそのときから顔を背けているスィンは、今も尚、彼を見ようとしなかった。
俯く細面を上げさせようとして、それより前に彼女の両手がそれを阻む。その親指の根元には、くっきりと歯型がついていた。
「指に噛み付くことないでしょう」
「だ、誰のせいだと思って……くぅ、んっ!」
指を絡めるようにその手を捕まえ、自分は床へ寝そべる。
下から突き上げるように律動を再開すれば、彼女はジェイドの上で身体をくねらせた。
両手を取られているにも関わらず逃げようとしているようだが、その動きはまるで。
「腰が動いていますよ、スィン」
「……ぬ、抜こうとしてっ、ひっ、いるんだから、当たり前……」
ジェイドから見上げることで、ようやく背けられていた顔をまじまじと見つめる。
頬は紅潮し、吐息は乱れ、色違いの瞳はうっすらとだが快楽に揺らぎつつあった。少なくとも、破瓜の痛みに震えているようには見えない。
「初めてなのに、もう痛くないんですか? 好色の気はあるんですね。いえ、淫乱の素質というべきですか」
「くっ……」
「操を立てる相手がいるのに、いいんですか? 私で感じてしまって」
「……!」
強いられた騎乗位からどうにか逃れようとしてか、スィンの足裏が床を蹴る。天を仰ぐようにして、その勢いで手を振り払おうとしたようだが、純粋な筋力の差を前にあえなく失敗した。
逆に引き寄せられ、ジェイドの胸の中へと倒れこむ。
が、それも束の間。
未だ恋人同士が手を繋ぐように強制してくるジェイドの手へ爪を立てるようにして振り払い、キッと顔を上げた。
「──感じてなんかない! 離して!」
「お断りします」
兎にも角にも離れようとするスィンを、そうはさせじとジェイドは妨害にかかる。妨害といえど、密着する男女の諍いに女が勝てるわけもなく。
瞬く間に押し倒されたスィンが抗議を叫ぼうとして、彼の片手がその口を覆った。
「言葉責めはお気に召しませんでしたか。これは失敗しましたね」
「んんっ!」
「すぐ、よくしてあげますよ。そのままおとなしくしていてくださいね」
繋がる接合部から粘つく水の音が規則的に響いて、部屋にこもる。
口を塞がれた彼女が漏らすのは、悲鳴か、嬌声か。
やがて言葉にならない呻きが完全に止んだことで、ジェイドは塞いでいた口を解放した。足りていなかったと思われる息が大至急で追加される。
それを見下ろしながら、彼は己の掌に付着したスィンの唾液を舐め取った。
「イイですか?」
「……よ、よく、なんかっ……」
「そんな顔で否定しても、無理がありますよ」
生理的なものと思われる涙が、目尻の端で今にも零れそうになっている。
肉体が快楽に浸されても、心だけは死守しようというのか。乱れた吐息で力なく首を振る健気なその姿は、彼の征服欲を大いに刺激した。
「想い人は、穢されたあなたを受け入れてくださるので?」
「っ!」
「他の雄の匂いがする雌を。私の下で喘ぐあなたを?」
「!」
掘削を受け入れながら流暢に返答はできないらしい。両手で口を押さえ、瞳を眇めてただ震えている。
その瞳が光を失い、澱んでいることに気づいて、ジェイドは口の端を持ち上げた。
おそらく今なら、彼が動くのをやめても『その気をなくす』生意気な口は叩かれないだろう。
両手を取り上げて、スィンの頭上に押し付ける。即座に力強く食いしばられた口から、小さく呼気が漏れた。
「……っふ」
「こらえなくていいですよ。ここは船室からも
押さえた両手が解放を求めているのだろうか。抗う気配を感じ取り、いっそう強く床へ押し付けながら、彼女を求める。
限界が差し迫っていることは、彼自身よく承知していた。
「……ぁっ……」
「スィンっ……!」
激しく打ち込まれていた楔が、これまでにないくらい押し入られ、ぴたりと停止する。
自分にのしかかるその身体が痙攣したのを見て取って、達したらしいということを察した。
射精の余韻を邪魔しないために、ジェイドを少しでも我に返るのを遅らせるために、乱れる息を押し殺す。
よもや二回戦はないと思うが、彼の性欲の強さなどとんと知らない。
事の最中、その気を殺ぐためだけに吐いた暴言にめげることなく最後まで致した辺り、もともとそちらの欲が強いのか溜まっていただけか。
溜まっているだけなら、今しがた発散したばかりなのだから、続きどころかスィン自体にも興味はなくなっているはずだが。
「──大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない」
彼はゆっくり身を起こしたかと思うと、未だ床に身を横たえるスィンに寄り添った。頭を撫でられそうになって、物理的に拒絶する。
──酔いが完全に醒める前に終わってくれてよかったと、その安堵は隠して。
「後戯なら結構です。戯れならなおさらです。機嫌とろうとしているなら、逆効果だからやめてください」
「
「愛し合った覚えがないです。一方的に強引に押し倒された覚えならありますが」
「……ほう。犯されたとは思っていないのですね」
それは偏に、取り返しのつかない傷を負わされていないから、だろう。
打算ずくめとはいえ、ジェイドは異性恐怖症のことを慮って非常に回りくどい手を使ってくれた。
この場へ連れてこられた意図を知ったときも、意に沿わず肌を重ねたその瞬間も、襤褸雑巾にも劣らない状態──内臓・精神を治癒不可能なまでに損壊させられ、口封じに海へ捨てられることさえ覚悟したのだ。
結果がこうだと、どうしても安心してしまう。
「言い回しがどうあれ、僕の初めてが奪われたことに変わりはありませんがね」
「それに関しては責任を──」
「現実感が欠片もないですよ、その台詞。それにね。あなたが何をしたところで、僕の初めてが戻ってくるわけじゃないんで」
そろそろ限界だった。
不透明な水中のように濁っていた意識が、一呼吸ごとに鮮明になっていく。
寄り添われていることにも恐怖を覚えて距離を取ると、彼はため息をついて起き上がった。
「それだと、私は責任も取らず『やり逃げた』形になりますが、それでよろしいので?」
「全然よろしくありません。だから、これだけは言わせてください」
「……何ですか」
言うまでもなく危険な挑発行為である。今に至るまでわかりやすい暴力はなかったが、これは吐いたが最後、何をされても文句は言えないだろう。
しかし、言わずにはおれなかった。
何せ相手は、一応生娘を淫乱呼ばわりの上、床の上で挑んできた挙句自分だけイッた鬼畜外道である。意趣返しにはちょうどいいはずだ。
中に出された処理、行為によるきしむような痛み。そして襲われたにも関わらず多少なりとも感じてしまった自己嫌悪。
それらを厭う恨みを込めて、彼女は一言、言い放った。
「へたっぴ」