the abyss of despair〜R18&if話置き場 作:佐谷莢
多分アクゼリュス前夜ifの続き。他の話とは別次元。
ジェイドに無理やりやられているだけの話。苦手な方はご注意を。
一体、何がどうしてこうなったのだろうか。
苦しい息を圧し殺し、震える身体を抑えることもしないまま。スィンはぼんやりと、こうなるに至った経緯を反芻していた。
昼間、図らずも知ってしまった過去の悲劇。新たな事実とほじくり返された追憶がごっちゃになって、このままではいけないと、気分転換を敢行した。
ホテルのバーにて催されたキャンペーンにのっかり、普段滅多にしない深酒をして。
「早めに切り上げないと、明日に響きますよ」
ふと気づいたら、彼が隣へやってきた。
もう少し楽しむつもりだったのが、彼の顔を見た途端興ざめして。
「……では、ご忠告に従いまして」
と、適当なことを言いつつ、切り上げた。
バーの中とはいえ、彼と二人で酒を嗜むなど、スィンにとっては願い下げ。せっかくの酒がまずくなる。あるいは味がしなくなる。
そのまま彼は優雅に嗜みタイムを満喫すると思われたのだが、なぜか部屋へ戻ろうとするスィンについてきて。
──何か、言葉を交わしただろうか。確か何もしなかったはずだ。酔い自体はすっかり醒めて、昼間のことを嫌でも連想させる彼の声を聞きたくなくて。逃げるようにナタリアとの相部屋へ戻ったはず……
否、戻ったのは扉の前まで、だ。
すでに鍵のかかった扉を開けようと、鍵を取り出して。鍵穴へ押し込むことができず、取り落とした。
そこまで思い出して、思わず息を呑む。
思い出したのだ。入室寸前、追ってきた彼──ジェイドに追いつかれて、後ろから首を絞められたことを。
「ぐ」
「私を無視するとは、良い度胸です。お仕置きが必要ですね」
意識はさておき身体に残る酩酊の余韻が関係しているのか、単なる筋力の差か。首に回った腕はびくともせず、そのまま暗幕を下ろしたように真っ暗になった。
それまで、を思い出したところで、閉じていた目を押し開く。
知覚できる限り、スィンは
「目を覚ましましたか?」
耳元で、声がする。
押し退けようと反射的に動かした手は、がちゃりと音を立てるばかり。
寝台の端、片手ずつ戒められた両手はいくら引いてもスィンの思うようには動いてくれなかった。
まるで昆虫の標本のように寝台へ縫い付けられたスィンを布団にしていた男が、むくりと起き上がる。
「……えっ?」
お仕置きがどうとか言っていたが、まさか無理やり同衾させられているこの状況がそうなのか。悪趣味にも程がある。解放しろと訴えかけて、凍りついた。
覆い被さるように横たわっているジェイドは、一糸たりとも纏っていない。そして、スィンも。
何も着てない。
自分の肌が男の眼に晒されている。男の裸がすぐ近くに、それどころか密着している。
よりにもよって、この男に。
その事実を知覚して、全身の肌が粟立ち、血の気が引いていく。
正気をなくした恐慌状態に陥り、喉が甲高い拒絶を叫ぶのを、スィンには止められなかった。
「いやああっ!」
「無駄ですよ、引っ張って外れるものではないので。だから暴れるのはやめなさい」
「こわい、やだっ、触らないでっ!」
「スィン」
「いやっ! 離してっ!」
がちゃがちゃと手錠の鎖が激しく鳴り、癇癪を起こした子供のようにのけぞり、喚く。ジェイドの言葉に一切聞く耳を持たず、とにかくジェイドから離れようとしているのだろう。身を捩り、足をばたつかせ、ジェイドを蹴りあげようとすらしている。
足も縛っておくべきだったか、と今更思いつつ、ジェイドは自ら体重をかけてのしかかることでスィンの抵抗を封じた。
一層甲高くなる悲鳴を耳元に受けて、眉をしかめて口を塞ぐ。
「嫌だ、いやっ、んーっ!」
「お静かに」
気絶からの回復直後で、混乱するだろうとは思っていたが。とはいえ深酒をしていて、間違いなく酔っているのだから触れても大丈夫だろうと彼はタカをくくっていた。まさかこんなに暴れる力が残っていたとは、想像以上である。
しかし、ここで手錠を外して解放してやる気はさらさらない。
やがて暴れるのに疲れたのだろう。スィンの抵抗が徐々に弱まっていく。
そこを見計らい、ジェイドは事前に用意しておいた厚手の布を尚も叫ぼうとするスィンの口へ押し込んだ。
「んぅ、んんっ」
「そんなに叫ぶと声が枯れてしまいますよ」
舌を噛まないよう、しかし間違っても窒息させないよう加減して口内へ布を押し込む。当然のように吐き出そうとするその挙動を抑えて、これも用意しておいた粘着テープを唇の上から貼り付けた。
「む、もごっ」
「私が何をしようとしているのか、きちんと理解しているようで何よりです。大人しくしていれば、天井の升目を数えている間に終わりますからね」
「っ!」
手錠の鎖が踊り、声にならない抗議が部屋に籠る。必死に抵抗しているらしい彼女を見下ろして、ジェイドはやれやれと首を振った。
「スィン」
「……!」
「逃げられると思っているんですか?」
その一言で。スィンはぴたりと、動くのをやめた。
「この状況で」
ジェイドの手が、スィンの頬に触れる。
ぐっ、と眉が歪んで刺すような視線が飛んでくるものの、彼は頓着せずに頬から首筋へ手を滑らせた。
「手錠で拘束されて」
スィンの拘束に使ったものは、所謂プレイ用のちゃちな玩具ではない。暴れたところで壊せるはずもなく、ただスィンの肌を傷つけるだけだった。
「口も塞がれて、裸の状態で」
首筋を撫でていた手が、鎖骨を滑っていく。その感覚が不快だったのか、スィンは振り払うように首を振り、ジェイドから顔を背けた。
「たとえやめろと言われたところでやめませんから、無駄ですよ。わかっているんでしょう?」
撫でていた鎖骨から手を外し、髪を掴んでスィンの顔を上げさせる。
「っ」
「ようやく落ち着いてくれたようですね、大変喜ばしい。さ、体をラクにしてください」
囁くようにしながら耳に唇を触れさせると、びくりと大きく体が震えた。そしてジェイドを──正確には天井を見つめている。
小振りな胸、くびれた胴、引き締まった足。
肉付きこそ薄いが、成熟しきる一歩手前の、女の肉体。
窓から差し込む月明かりのもと、改めてそれを舐めるように眺めていたジェイドは、戯れに乳房を弄んだ。
ぶるりと身体が震えて、触れたその場所からぷつぷつと鳥肌が立つ。それを舐めとるように舌で愛撫を、一層色づく一点を唇で挟む。
「んんっ!」
上がったのは悲鳴か嬌声か。反射的に身を捩って逃げようとしているようだが、戒めに阻まれて鎖が鳴るばかり。
愛撫を続けてもやめても、身を固くして震えているスィンを見下ろして。彼はあることを思い出していた。
「恐怖症のことがありましたね。十分酔ったところで声をかけたつもりでしたが、一眠りで酔いが醒めてしまいましたか?」
返事はない。スィンの眼はただ、ジェイドではなく天井を見つめるばかりだ。
返事がないことに──そもそも口を塞いだのは彼だが──機嫌を損ねたジェイドは、行為の続行に及んだ。
耳を、首筋を、腹部を、性感帯を探すように舌を這わせて、慎ましやかな乳房を揉みしだく。
その間、スィンが反応することはあまりなく。舌が触れる場所が変わる度にびくりと大きく身体を震わせるだけで、感じている気配を見せない。
あまりに静かなその様子に、恐怖症が関係しているのかと内心で推察していると。
「ん!」
今までにない大きな反応に、スィンの顔を見やる。
それまで天井を見つめていた彼女の瞳はジェイドを映しており、批難の意を必死に訴えていた。
固く閉ざした足の間、太腿の内側にジェイドが触れたことによる抗議と思われる。
初めて示された反応に、彼は知らず口元を歪めていた。
「おや、反応しましたか。流石に股を開かされるのは恥ずかしいと見える」
「んっ……!」
「自分から開いてくださってもかまいませんよ」
頬を真っ赤に染めたスィンが、両膝を立てたかと思うと爪先を揃えて、その足が跳ね上がった。
狙いはジェイドの顔。それがわからぬ彼ではなく、不自然な体勢から放たれた蹴りをあっさり防いでいる。
「無駄だとわかりきっていても、抵抗せずにはいられませんか」
足首を掴まれて振りほどこうと懸命にあがくスィンの顔を一瞥し、力任せに足を開かせ、体を割り込ませて閉ざせないようにする。
「んんーっ!」
「……濡れていますね。我慢していただけ、ですか」
女性器が潤むのは、男性器における勃起と同じく性感を刺激されて感じているから、だけが理由ではない。
体質もあるが、性的な刺激がなくとも潤むことはあるし、それが自己防衛のためなら尚更。体を守るための機能であり、そこに本人の意識はあまり反映されない。
知識の上でそのことを承知でありながら、ジェイドは言葉責めを続けていた。
羞恥を煽って正気をなくさせ、あわよくば恐怖症のことを忘れさせる腹積もりで。
「んん……」
「嘘ではありませんよ? ほら。こんなに涎を垂らして、私を欲しがっている」
「んっ! んんっ!」
無理やり押し広げた膣口へ無遠慮に指を押し込み、わざと音を立てて慣らすようにかき混ぜる。出せない声で騒ぎ、戒めの鎖を鳴らしてどうにか粘る水音を聞かないようにしていたスィンだったが、ジェイドの指を眼前に突きつけられ、息を呑んだようだ。
正確には、その指に滴る自身の愛液を見せられて。
「一応潤滑油も用意しましたが、これなら必要ありませんね」
「~!」
「もう我慢しなくていいですよ。力を抜いて」
「っ!」
指のそれを音を立てて舐めとり、挑みかかる。途端に力が入って固くなる太腿に頓着せず腰をつき出すと、逃げるように柳腰が浮いた。
「往生際の悪い……」
今更のように膝を立てて後ずさろうもするあきらめの悪さに辟易しながら、しなやかな両足を抱え込む。動かせないなりに暴れる身体ごと抑えるように抱えた足を押さえつけて、ほぐして濡れた秘所に猛る自身を押し込んだ。
「んんんっ!」
「力を抜け、と言ったでしょう」
濡れているにも関わらず、乱暴な侵入を拒むかのように、スィンはジェイドを受け入れようとしない。強引に捩じ込もうとして、嫌がるように柳腰がくねる。
見開いた瞳から、拒絶を示すように雫が零れて伝っていた。
「んんっ!」
「泣き落としのつもりですか? そそるだけですが」
「んんーっ!」
「まったく……あきらめの悪い方ですね。ならこうするまでですよ」
猿轡のせいでわかりにくい息継ぎの合間、スィンが息を吐くタイミングを見計らい、再度腰を沈める。
人体の構造上、息が出ていくその時は力が抜けやすい。強引な挿入から一転、ゆっくりと押し入ってきたジェイドを厭ってスィンは上へ逃げようとするが、腰を掴まれてそれもできなくなった。
とうとうジェイド自身を受け入れたスィンは、抵抗も忘れてぶるぶると震えている。
「わかりますか? 全部、入りましたよ」
「ん……」
荒くなっていた息が収まり、涙に濡れた眼が閉ざされ、ガチャガチャと鳴っていた鎖も音をひそめた。
まるで諦めてしまったかのように脱力する彼女を見下ろして、ジェイドは口元に笑みを浮かべた。
「……やっと力を抜きましたね。動きますよ」
「っ!」
ぎゅうっ、と目元が強張り、声にならない苦しげな呻きが室内にこもる。
突き刺さる欲望が押し入れられる度、肉と肉の擦れあう音が生々しく響いた。
「ん、むっ、ぐっ!」
「はは、そう締め付けないでください。すぐに出してしまいそうです」
「っ、! む、むぅ、むぐぅっ!」
「はて、わかりませんね」
悲鳴や嬌声とは明らかに違う、そんな響きが聞こえても、彼は知らぬ存ぜぬを決め込んだ。
閉ざした目蓋から、再び涙が零れてつたう。
嵐の海に放り出された小舟のように弄ばれていた体がふと、その奔流から解放された。
正確にはのしかかり、いいように動いていたジェイドが律動をやめて、起き上がった、か。
打ち込まれていた楔が、ずるりと抜けていく感覚に、知らず身を震わせる。
──何かが、零れて。伝うような、感覚。
「んっ!」
貼り付けられたテープが、布で吸い込みきれなかったスィン自身の唾液で粘着力を大分失っている。シーツに擦り付けるようにして剥がし、押し込まれていた布を吐き出した。
「けほっ、はぁ、はぁっ……」
足りていなかった空気を求めて、肺が──むき出しの乳房が上下する。その艶かしい様を眺めていたジェイドだったが、上がった金切り声に眉根を寄せた。
「離して! これを外して!」
再び、がちゃりと手錠が鳴る。引きちぎらんばかりの勢いで引かれる鉄輪がスィンの手首に食い込むも、彼女は頓着していなかった。
肉が少なく細い手首に、うっすらと赤い輪が刻まれている。
事が終われば本格的に泣き喚いて、さぞやあやすのが面倒だろうと思っていたジェイドは、思わず本音を口に出した。
「素晴らしい胆力です。とても犯された直後とは思えませんね」
「お、犯した奴が何を呑気なことを! よりにもよって、中に出したでしょう! 早く、早く洗わないとっ……!」
青い顔色のまま涙声で訴える、その焦りは伝わってくる。
──状況を考えれば詮なきことだ。犯されて、そのままむざむざ孕むわけにはいかないと。
ただ、どうしようもなく苛ついてしまっただけだった。
行為中、スィンは感じてこそいたが、達してはいない、ということに。
「──いいですよ。では、足を開きなさい」
「は!?」
「確かに、あなたにとっては、一大事ですからね。早めに掻き出したほうがいいでしょう」
「じょ、冗談じゃない、自分でやります! だから……!」
「──スィン」
笑みを浮かべて、諭しにかかる。彼自身としては、一応宥めるつもりではあった。しかしその笑みを向けられたスィンは、首でも絞められたかのように沈黙を余儀なくされている。
「股を開け、と言ったんです。聞こえませんでしたか?」
返事はない。
沈黙するスィンの足に手をかけると、抵抗なくすんなりと、彼女は足を開いた。
行為の余韻でぷくりと膨らみ、口を開けて湿潤をはらむ秘所に指を差し入れ、無言で愛液と精子の混濁を掻き出していく。
当然のことながら。粘る水の音はひっきりなしに響いた。
「っ……」
「気持ちいいんですか?」
「よ、よくない」
「その割に、ぬるぬるのぐちゃぐちゃですが。掻き出しても掻き出しても終わらないですよ」
顔を隠そうとして手錠に阻まれ、スィンは耳まで真っ赤になって恥じらっている。
その様子を眺めながら、汚れた指をシーツになすりつけ、ジェイドは起立した己の怒張を鮮やかに色づいた秘所へ押し当てた。
「さてと、ではもう一度」
「ええ!? だって、さっき……」
「女の股をいじくって、その気にならない男などいませんよ。今度はいい声でないてくださいね」
赤かった顔色が、瞬く間に青くなっていく。
先程と違い、口が聞けるスィンは悲鳴を上げて懇願した。
「や、やめて、やめてください……!」
「こんなにぐしょぐしょにしておいて、何を言っているんですか」
聞き入れることもせず花びらを割りいって腰を押しやれば、先程よりもあまり抵抗なく、スムーズにスィンはジェイドを受け入れている。
「やだ、やめてっ、いやっ!」
「下のお口はとても乗り気ですよ。さっきはあんなに嫌がって、なかなか受け入れてくれなかったのに。気に入ってくださったんですか?」
「一回出したからでしょ! 一度ならず二度までも、人の腹の中に種蒔き散らさないでくださいよっ!」
「安心しなさい、出した分だけちゃんと掻き出してあげますから」
「嫌だって言ってるのに! もう……!」
訴えても無駄だと悟ったか。スィンは手錠が許す限り寝台上部にずり上がり、ジェイドから逃れた。
思いの外素早い回避行動に怒張が外れて、スィンは明らかにほっとした様子でジェイドの胴体に足を絡ませ、挿れられないようしっかりと密着している。
当然のようにジェイドはそれを外そうとするのだが、しっかりと固めているため、体勢も相まって力ずくでは難しい。
「──スィン、あなたはそうでもないかもしれませんが。焦らされるのはあまり好まないんですよ、こちらは」
「一発やってスッキリしてるくせに、よくもまあそんなことが言えますね! 果てた後の余韻を邪魔されて怒ってるんですか、だったらもう」
バチンッ
「──ああ、すみません。手を出すのは最終手段だったのですが。思っていたより、苛ついていたようです」
明らかに黙らせるための、意識を揺らすほどに響く平手打ち。
まさかジェイドが手を上げるほど怒っているとは思っていなかったようだ。スィンは足を緩めてしまったことにも気づかず、驚愕の視線を送っている。
喋っている最中に殴られたことで唇を切ったのか、ぷくりと盛り上がった赤い雫がたら、と顎まで滴った。
どこか呆けるように、ジェイドを見ていたスィンだったのだが。自分の顎に垂れた血をジェイドが舐めとられ、「ひっ」と顔をひきつらせた。
「や、やだ……!」
「そういえば、キスをしてませんでしたね」
血を舐めとってそのまま、スィンの唇に触れる。その寸前で、ムチウチも辞さない勢いで首をねじって回避したスィンは、腹の底から拒否をした。
「嫌! 絶対に嫌!」
「セックスしたのにキスが嫌だとは、どういう了見なんですか?」
「違うもの! 縛り付けて押し込んで、勝手に動いて出しただけのくせにっ!」
感情のまま言いきって、殴られたことを思い出したのか。は、と気づいたように口を噤み、今度は耐えようとしてか、歯をくいしばって身を固くしている。
──確かに。スィンが言っていることは、何一つ間違いではない。事前の愛撫で濡れないようならば、ジェイドは潤滑油を使って強引に事を行うつもりだった。
「先に満足したのは事実ですね。では、ご奉仕致しましょうか」
「は?」
「次はあなたが満足する番、ということにしましょう。さしあたって二度三度イッておけば、何もかもがどうでもよくなると思いますよ」
やめろと言っているのに。
寝たくないと言っているのに。
言葉を交わしているのに、会話しているはずなのに、まったく通じていない。そのことに、スィンは別の意味の恐怖で凍っていた。
天井の升目を数えている内に終わると言ったのは何だったのか。抵抗して、嫌だと言って重ねた分、苦痛が増えているような気がする。
スィンがそこはかとない絶望を味わっている間にも、ジェイドの手が這い回る。
「やっ、やあっ……」
「さて、どの辺りがいいですか?」
のしかかられ、股を割られて、ずぷっ、と音がした。一度満足したせいなのか、先程のような腰を砕く勢いは鳴りを潜めて、ゆったりとした抽送を繰り返している。
再び訪れた、内臓をかき混ぜられるような不快感に、スィンは顔を背けて眉を歪めていた。
「あまりお気に召していませんね。では……」
「ひっ、うう」
繋がったまま、身体を傾けられて思わず声が出る。片足を取られたかと思うと天井へ向けられ、上げていない足の太腿に跨がられた。
そのまま横向きになるよう強制されて、当たった感覚に思わず声が出る。
「は……」
「痛い、わけではなさそうですね」
股間同士が密着したその状態でぐりっ、と腰を回されて、スィンは喉が裏返ったかのような声を上げた。
「あっ、あああぁっ!」
「ここ、ですか。あなたの弱点は。さっきのでは大分、もどかしかったでしょう」
スィンがわかりやすく善がったのは、通常の正常位では届きにくい深奥でもある。
しかし現在、交差位と呼ばれるこの体勢はより深く交わることができるもので、男性が動けば動くほど、その密着具合から敏感な陰核も刺激されるのも特徴だ。奥を突かれて痛がるならともかく、それどころか弱点のスィンに抗う余地はなかった。
「あっ、うあ、あああっ!」
「ようやく素直になりましたね……気持ちいいですか」
「ああー! ふううっ、ぅわああっ!」
もはや会話ができる状態ではない。
襲いくる快楽に理性を剥がされて落ちきってしまったのか。赤ん坊のようなクーイングを発し、蕩けきった、恍惚としている表情をスィンは無防備に晒している。
普段を考えれば信じられないほど乱れきったスィンが、自分が動く度に、わかりやすい歓喜を放っていた。
己のほの暗い征服欲が満たされていくのを知覚して尚も動き続けていると、不意にスィンが、しっかりと言葉を発した。
唐突に我に返ったわけではない。
「あ……ああ……まって、まってぇ、トんじゃうっ……」
腕を上げようとして、手錠に阻まれている。ジェイドを押し退けようとしているのではなく、物理的に待ってくれ、とジェスチャーしようとしているようだ。
「いいですよ、そのままいってください」
「でも──は、はずかし──」
「今更ですよ。ちゃんと、いくところを見ていてあげますからね」
尚も何かを言おうとするスィンを止めることなく、ぐるりとかき混ぜるように腰を動かす。
「あ、あっ、あっ」
びくんっ、と身体が弓なりに跳ねて、上げていた片足がピィン、と硬直した。
直後。
「む」
ぐにゃりと、唐突に膣内が蠢く。絶頂に達したスィンは仰け反ってがくがくと小刻みに震えているが、それに合わせて中が収縮し、ぐねぐねと内部が動き、くわえこんだジェイド自身を執拗になぶった。
手で擦られているのでも、舌で舐められているでもない。強いて言うなら、上に乗られてグラインドされているような感覚に近かった。しかし現状、スィンはそれをしていない。
その上できゅうきゅうと締め付けられ、極上の快楽が波のように押し寄せて──そのまま流された。
「っ」
一足先に絶頂の波が静まったか。脱力しかかった片足に思わずしがみつくようにして、本日二度目の精を放つ。
好きなように動いて、一度は出したのだ。二度目を出す気はなかったのだが、こらえるという選択が出てこなかった。
解放感に続いて、疲労感、脱力感が到来する。
これらがさして気にならないほどに、達した瞬間のスィンの奥底は、気持ちがよかった。
もぞ、と腕の中にあるスィンの片足が、動く。
見下ろすと、非常にバツの悪そうな、その上で何かを耐えるように顔をしかめたスィンが、右の手錠を引っ張っていた。
絶頂の余韻から冷めて、現状を思い出し、拘束を解こうとしているのか。
自分が落ち着いたら外してやろうと、黙って眺めていたジェイドの目の前で、ずるりと手錠から手が抜ける。
「!」
「……ためらってないで、もうちょっと早くやればよかったなあ」
よく見れば、手のひらから少なくない出血をしており、それが手首の辺りまで及んでいる。手のひらの皮を爪で破り、血液を塗りたくって滑りをよくして、無理やり引き抜いたらしい。
それを悲鳴ひとつ上げずに行う辺り、つい先程まで蕩けんばかりに表情を崩し、身をくねらせて喘いでいた女と本当に同じ人物なのかと疑いそうになる。
血まみれの手が自らの頭へ向かい、髪を探って小さなピンを取り出す。口と手で変形させて、左の手錠の鍵穴へ押し込んだ。
かちゃかちゃと音が響くこと、しばし。小気味良い音を立てて、外れた手錠が寝台に転がった。
目立った出血こそないものの、手錠の食い込んだ跡が赤い擦り傷として残って、痛々しい。
ようやく両手が解放されたスィンが、まず行ったこと。それは顔を覆って、大きくため息をつくことだった。
「血がつきますよ」
「大佐がどいてくれたらお風呂に行くので問題ありません」
「もう動ける──いえ、足腰が立つのですか?」
「大佐がどいてくれたらわかることですよ」
赤子のように、あるいは獣のように啼いていたのが夢のよう。しっかりとした口調で、スィンは愛想が欠片もない受け答えをしている。
引き続き、縛りつけられ犯された直後とは思えないその気丈さに内心で称賛しつつも、ジェイドは表向き呆れたように指摘した。
「そんな大慌てで外さずとも、鍵はあるのに」
「下手なこと言ってぶん殴られるのは、もうごめんです」
普通に痛かった、と状態を確かめるようにスィンは頬をさすっている。少し腫れているようで僅かな膨れ、頬の内側を舌で撫でれば、所々から血の味がした。
口内の出血は比較的収まりやすいとはいえ、損害軽微とはいえない。かなりまともにくらってしまったが、幸いにも鼓膜に異常はないようで、そのことだけは良かったと言える。
「そのことについては申し訳ないと思っていますよ。あんまりにも生意気だったので、手っ取り早く黙らせたくなってしまったのでしょう」
「他人事のように言われてもそれを許してやる道理は無し、そもそも犯したことを悪いと思っていないなら、何を言っても無駄なんでしょうね……ああ、こんな奴にやられて本気で感じてしまうなんて」
屈辱だと嘆き、頭を抱えるスィンから、ジェイドは己を引き抜いた。僅かな快感に対し煩わしげに息を吐いて、起き上がるスィンの眼前に陣取る。
スィンの視線はジェイドではなく、己の足を見ている。未だにジェイドが太腿に跨がっているせいで、動けないため、だろう。
「スィン」
「?」
「愛しています」
呼ばれて顔を上げたスィンの眼を見て、ジェイドはそう言った。
「寝言はお眠りになってからどうぞ」
特に顔色を変えることなく、殴られ防止に腕を掲げ、スィンはそう返した。
「寝言ではありません」
「なら、そのフレーズは何やっても赦される免罪符じゃないですよ」
「許しなど乞うてはいません。私は伝えたいことを伝えただけです」
珍しいストレートな物言いに、しかしスィンは何かしら裏のある言葉だと受け取ったらしい。どうやら殴られなさそうだということを察してか、そろそろと腕を降ろす。
手のひらの血はべったりと、頬に付着していた。
「じゃあ、それを許さない。人の大事なもの根こそぎ奪った奴の愛情なんかいらない」
「根こそぎ?」
大事なもの、の中に間違いなく純潔は入っているだろう。犯されて絶頂に達したことも屈辱だったと言っていたから、これも大事なものだったのかもしれない。
その詳細をジェイドが尋ねて、口を開いたスィンは何かを言いかけた。しかし、すぐに気を取り直したかのように話題を変える。
「……二回目とはいえ、種は種。そろそろ洗浄したいのですが」
「ああ、そうでしたね。では「どいてくれますよね?」
にっこりと、明らかに作った笑みを浮かべるスィンと向き合うことしばし。ジェイドはゆっくりと、太腿に跨いでいた足を浮かせた。
瞬間。
狙い済ましたようにスィンの足が引き抜かれて、シーツがぐしゃりと歪む。
ようやっと自由を手にして、そのまま身軽に寝台から飛び降りたスィンは、事前に確認していたのだろう。一直線にソファへ駆け寄った。端にわだかまっていた自分の衣類をまとめて回収し、靴を拾うと走って部屋から飛び出していく。
「……裸で出ていく人がありますか」
脱兎の勢いで逃げ出し、勢いで半開きになった扉の向こうを見送って。ジェイドは小さく、ため息をついていた。