毅は剛が洋介を殺している所を目撃し、剛が狂っていることを知った。
剛は狂っていた。
確かに「正義を通したい」、その思いが核だ。
だが、それ以上に生死の闘いへの渇望があった。
実際に洋介との闘いを通して。
剛は生死を賭けて、自分より強い男を殺すことに言葉に出来ない興奮を覚えていた。
オスの動物として、生死のやりとりでより強いことを証明することは、オスの最も強い本能だ。そして、その本能に、メスは最も鮮烈に本能を醒ますのだ。
(俺はただ興奮して、より強くなりたいだけだ)
次の日に、裸で血まみれになって晒された洋介が空手道場で発見された。洋介は意識が全く戻らない植物人間になった。剛は一切話さなかったし、警察からの取り調べでも自供しなかった。
「あれは剛がやったんじゃないのか?」
剛に特に近かった友人の数名は、「剛が犯人である可能性もゼロではない」と感じていた。剛が元々自分よりも強い男性に喧嘩を売る事が好きだという事を理解していたし、洋介の事件後に、剛はより一層肝が据わった様に感じることがあったからだ。
2年間で異常に強くなった剛。だが、小6で1人であそこまで残虐に洋介を痛めつけられるわけはない。それが世間の判断だった。
洋介の兄達は血眼になって犯人を探した。自分の強い弟を植物人間にまで出来るのは暴力団しかないと思って捜索したが、見つからない。何人もの当てを殴り、拷問したが、誰も口を割る者が居ない。全く手掛かりが掴めず、探索を諦めた。
街の人間には、ヤクザの内輪揉めにしか思えなかった。あれだけで残虐で強かった洋介を植物人間に出来て、その後に人殺しのヤクザ家族に狙われる事を恐れない人間が、一般人であるとは到底思えなかった。
毅は絶対に剛がやったことを、警察にも洋介の家族にも漏らさなかった。当日の剛を思い出すと、もしも自分が自白したら、確実に自分が剛に虐殺される事を悟っていたからだ。毅は剛は狂っていて、不良やヤクザとは全く違う、殺人を主業にする動物なのだ、と体感していた。洋介を殺している際も、同じ人間を攻撃しているとは思えない、全く他の害獣を淡々と駆除しているような、異様な冷たさと狂気を感じた。
剛は賭けに勝った。
自分一人で行った事、自分よりはるかに大きな相手を残虐に倒した事。更に、洋介本人を植物人間にし、自分の存在を語る術を無くした事。
誰も剛が「犯人」とは特定できなかった。
毅と寧々以外は。
街には、「不気味で不明な暴力者が居る」という噂が広まる事になった。
剛は学んだ。
誰にも見られずに一人で相手を殺す、または植物人間にする。そうすれば、ヤクザを倒せ、後の復讐を回避出来るのだ。
剛は将来を決めた。
「俺は傭兵になる」
剛は、自分より巨大な殺人者を殺す事の快感に目覚めた。洋介は心臓は動いているものの、意識のない植物人間だ。剛が実質的に殺したのも同然だった。
生死を問われる緊張の中で知恵を絞ると、自分の脳や身体の細胞が一気に目覚めるように感じた。特に、殺し合いの中で脳の奥からドーパミンがドクドクと噴射して脳内を液体状に駆け巡り、この液体が黒い蛇になって、脳の皺を嘗め回す様に蠢く瞬間。あの瞬間の虜になってしまったのだ。。
また、殺しに成功した後、世界は今まで見た事がないほど鮮やかな世界になった。また、自分自身も、今まで感じた事がない鮮やかな自分に感じられた。
洋介を殺した手触りを元に、剛は日に日に暗黒の淵を楽しみ、自分の闇を極めることになった。