剛は致死幻覚薬物で瀕死の状態に陥っていた。
悪夢の中で一瞬だけ戻る意識の中で、自分の右眼が失明しかかっている事を察知した。
(このままでは右眼は失明し、俺は死ぬな)
剛が末端のヤクザから奪い取った、三流の医師が間違った合成した覚醒剤と言うにも値しない危険薬物を大量に摂取した事は、実質的には自殺だった。剛は「一瞬でも気を逸らす」という言い訳をしていたが、実際は、父親の拓の自殺と、大蔵の虐殺への恐怖から逃げたかっただけだった。
(このまま自分が存在するのをやめよう。俺も親父のように自殺しよう)
剛は朦朧とする中で、包丁を手首に当てた。その時、冷たかった。奇跡的に、物理的な驚きを感じられた。
(冷たい)
一瞬だけだったが、久しぶりに自分の肉体的な感覚を取り戻した感覚があった。その時にふとこう思った。
(父さんは蹴り上げられて崖に向かう時に、必死な眼をしていた)
両手両足がない芋虫の様な姿の拓は、大蔵に何度も崖で蹴り上げられても、懲りずに崖に向かうのだった。
(人は自殺する時にあれほど、必死に何度も挑戦するのだろうか・・・)
剛は一瞬疑問を持った。
その一瞬、剛の破綻しかけた脳に微かに記憶が呼び醒まされた。剛は拓が自殺する前後の記憶が全く失われていた。拓との時間だけでなく、自分自身の時間の全ての記憶が失われていたのだった。その記憶の蓋が一片だけ、微かに空いた。
あれは拓が自殺する二日前の深夜だった。拓が夜に嗚咽しながら、机に向かって必死で資料を作成している。自殺した前日だった。その拓の背中がふわっと、剛の脳裏をよぎった。
(あの背中は何かと闘っているな)
その時は拓の異様な光景に驚いただけだった。だが、今拓のその背中を思い出すと、その様に感じられたのだ。その刹那、剛の身体に電流が走った。
(やはりおかしい!!!)
剛は飛び起きた。
(あれは心が折れた男の背中じゃなかった)
そう思った瞬間、父親が勉強を教えてくれた時、一緒に遊園地に行った時、空手の大会で負けて泣いていた自分を慰めてくれた時、自分の仕事に熱くなってる話を教えてくれた時…。一気に記憶が蘇った。目の前の景色は一気に鮮やかになった。
「俺は死ぬわけには行かねえ!絶対に生き残ってやる!!」
(親父の死の謎を解明してやる)
(世界一の傭兵になる夢も必ず叶えてやる!)
(もっともっと本当に美して気が狂った性獣の様な女を狩り漁ってやる!)
(そうだ。俺は寧々さんと絶対にセックスしてやる。大蔵の件が終わったら、必ずあの女とやってやるんだ)