Karimは先程の鉄槌で「勝負があった」、と認識した。
(どうやってより残虐に素手で殺してやろうか?頭から落として、頭蓋骨を一発で割って、脳を地面に出してやるか?)
剛は、Karimが勝利を確信し、猟奇的な欲望を湧き起こした瞬間を見逃さなかった。
その刹那、剛は唇内部の右裏を嚙みちぎり、カプセルを噛んで、外に吐き出した。血を吐き出したようにしか見えないように。Karimが剛の髪を掴み、叩き落とそうとした時、Karimは強い眩暈を感じた。
「おいっ。ガスの専門家を呼べ!」
部屋が騒然とした。
黒づくめの兵隊、治療中の大蔵、真央も慌て始めた。部屋から脱出しようとしたが、扉がどうしても開かない。
「なんで鍵が開かねえんだ!」
剛は寧々に指示し、iibadatanのCIOに鍵のロックを行わせた。タイミングは、剛の盗撮機の映像で、剛が血を斜め右45度に吐いた時。寧々が迅速に伝えた。剛はKarimの腕に噛みつき、部屋の奥に駆け込んで退避した。
Karim始めiibadatanの各人は素人の剛達への拷問に熱中し、鍵のロックが施錠されたことに気づかなかった。
「そいつにガスの正体を吐かせろ!捕まえろ!」
急速に拡散する特殊ガスであるprm354は初めに視力を奪った。
軍人達の視力は既に大部分失われ、剛を迅速に追うことは出来なかった。恐怖を与えるためのiibadatanの部屋は無駄に広かった。
剛は息を整えた。真央のほうに向かった。
「真央さん、あなたは生き残りたいですか?」
「うゔぅう…どういうこと?」
真央は薄れ行く視界の中で尋ねた。真央は自分の身体感覚から、このまま部屋の全員が死ぬ事を予測した。
「あなたがこの組織を変革しようとしていたのは知っています」
「知識労働者達と連携し、より広範な影響力を持ちたいんですよね?もし私と組むなら、あなただけ助けます。Karimと大蔵達はこのまま死にます。あなたには得な話です」
真央は驚いた。
「…あなた、どこまで知っているの。よくもまあ、大胆な男ね。…私は死にたくない。あなたとこの組織の事を話したいわ」
(これはもう他に手はない。このままだと死ぬだけだ)
「助けてください」
剛は唇内部の左側をもう一部かみちぎり、カプセルを出した。
真央の口を広げ、カプセルの半分だけを押し込むと、真央の頭を振って無理矢理飲ませた。剛は家族と恋人達の近くに駆け寄り、一人一人抱き締めた。
「心配と迷惑をかけて、本当にすまなかった。よく耐えてくれた。本当にありがとう」
「安心してくれ。あの女性以外は即死するところが見れるよ。あの女性に案内させて脱出しよう」
剛は事前に皆に会い、今回の背景、自分の戦略を丁寧に説明していた。
真実に無理矢理に向き合わせるため、大蔵が京極組を惨殺した処刑動画も観せた。その場で皆、吐いてしまったり、泣き出してしまったりした。だが、剛にとっても、剛の仲間にとっても、変わらない現実だった。その後に、自分の戦略の説明をした。自分が今まで洋平と龍太を植物人間にしていること、自分の準備内容も説明した。その上で、prm354の免疫を渡した。prm354は最先端の生物兵器で、沙耶が剛に貢いだ1億円を使い、イスラエルから6000万円で購入した。
現場では恐ろしい程に、剛のシミュレーション通りに事態が進んだ。剛の家族や彼女達は、自分が本来一生関わらなかったはずの狂気の世界に怯えながらも、剛の仲間や恋人達全員が剛のシミュレーションの正確さに驚いていた。運命を受け入れた彼・彼女らは落ち着いて拷問を受けた。剛は寧々に、彼ら彼女らの拷問動画を物理削除するよう指示した。
全員でKarim、大蔵、他の軍人達の死を確認した。剛にとっては初めての殺人は生物兵器ガス使用によるもので、iibadatanの首領Karim・その息子大蔵を含む、21名の軍人達だった。今まではヤクザの洋介・龍太の2名を植物人間にするに留まっていたが、今回は確実に殺した。
「真央さん。案内してください」
剛は寧々に指示し、部屋の鍵を開けさせた。
真央に、仲間達の服とタオル・ウェットティッシュを用意させ、与えた。真央は施設から皆を解放した。剛の母、弟、玲香、彩香、葵、沙耶は外で月を観た時、地獄から生還した実感を持った。全員が緊張から解放され、地面に崩れ落ちた。全員がその場で失禁し、玲香と葵は極度のリラックスのせいで脱糞してしまった。剛はそこまで想定し、真央にウェットティッシュを用意させた。そうした配慮が出来るほどまでに、剛には余裕が産まれていた。
真央は剛に服を与え、自らの執務室に招いた。