※この作品はR-18です。

ただ死へと向かう生の旅   作:海沈生物

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序章:「死へと向かう生の旅」のはじまり
冒険のはじまり(1)


 波がさざめく音がする。聞き覚えのある、懐かしい音。遠い昔、咲夜と手を繋ぎながら歩いた海岸の音。波が岩礁に打ち付けて、灯台がグルグルと光を巡回させている。あの頃はずっと、灯台のことを大きな街灯のように思っていた。

 あの頃の私たちは、『町』という場所に行ったことがなかったのだ。しかし、確かにあの時の私は幸せだった。家族も友達もいない私にとって、咲夜の存在は自分の命よりも大切だった。お互いに楽しくて、永遠を夢見ていた。なのに、彼女は海に沈んでしまった。

 

 海底に沈んだ咲夜(さくや)。三日後に引き上げられた彼女の身体はとても酷い。確かにそれは彼女であった。だが同時に彼女でない、別の誰かのように見えた。想像する必要はない。なのに、想像してしまう。海底に落ちていく過程で、魚たちについばまれていく彼女のことが。美しい彼女が喪失していく姿が。

 

「ねぇ、輝花(きはる)。海の下には何が住んでいるのかな」

 

 真っ白で麗しい足首を波のはざまに紛れ込ませながら、遠い海の底を夢見ていた彼女。そんな彼女は、もういないのだ。存在しないのである。私の最高潮だった幸せは、ついぞこぼれ落ちた。未来が真っ暗になった。もう、死のうと思った。

 でも、唯一残された彼女の遺骨が私の心の支えになっていた。彼女と笑い合った砂浜だけが、私が生きている証明をしていた。海風がはこぶ潮の香りが、胸の内の傷を化膿させていく。痛い、いたい、イタイ。彼女への執着と懺悔が、私の残りの人生の全てだった。

 

 だから、私は”彼女を蘇生”した。そんなに難しい話ではない。人の皮膚や肉を縫合して、魂を注ぎ込む。かのフランケンシュタイン博士の成功を応用しただけの話である。ただ、そんな人造の彼女にも問題はあった。とにかく性格が変わってしまったのだ。同じ記憶を継いでいるのは確かであるし、その人造の身体に宿っているのが彼女の魂であることは間違いない。

 その証拠として、”五歳のクリスマスに私が咲夜の布団におねしょをした”ことや”咲夜十歳の誕生日にロウソクを私が消して大喧嘩した”ことも記憶していたのだ。これは絶対、間違いないに決まっている。そうして、生き甲斐を取り戻した私は、咲夜の召使い兼”ある仕事”を果たす生活を送ることになったのだ。

 

 

書類をめくる音。今日の研究も一段落したので、機械から降りた咲夜を見つめる。

 

「今日も身体に異常はなかったよ……って、聞いてる咲夜?」

 

「……すまんが、ちょうど物語のヤマに入ったのでな。百年ぐらい黙っておいてくれ」

 

 スマホの画面に釘付けの彼女。こっそり後ろから覗くと、ネットの掲示板で最近流行りの『熊太郎創成期』と呼ばれるネット小説を読んでいた。内容が好みでないから読んでいなかったのだが、本当は面白いのだろうか。

 咲夜はソファーに身体を投げると、お気に入りのクッションを胸に抱き締めた。青と白のストライプ柄だ。海に消える前の彼女も、この柄のクッションを抱き締めるのが好きだった。こういう趣味は昔から変わっていないのだ。私はフッと声のない笑みを漏らすと、机上に散らけた資料を整理することにした。

 

 

『人の細胞を若返らせることについて』

 

 

 

『蘇生と精神に関して』

 

 

 

『実験道具についての申請書』

 

 

 ……最後のは、黒服さん(私専属の執事、らしい)に書いて渡さないといけないものだった。期限が明日までなので、あとで書いて置かないと。ここ最近の多忙により片付けがほとんどできていなかった為、整理すればするほど期限切れの申請書が掘り起こされる。髪を掻きながら、苦い顔を浮かべた。

 

「自業自得じゃろうて。さっさといらんものを片付けて、”計画”を進めよ」

 

「うん、そうだね……でも、本当に上手くいくのかな」

 

「さぁな、わしにも分からん。じゃが、最近はおぬしの研究もマトモに進んでおらぬのじゃろ? このままかような場所にいても、明日の命を待つだけじゃぞ?」

 

「それは……そう、なんだけど」

 

 言葉に詰まってしまう。実際、研究は一ミリも進んでいない。運良くここに就職(入獄、の方が正しいと思うけど)できたのは良いのだけど、それは本当にまぐれでしかなかった。それがあまりにも大きな成果故、かえってそれ以上の品質を求められているのだ。

 私が現実に頭を抱えている一方で咲夜は大きな欠伸をすると、数秒後にはうつぶせ姿のまま喧しい寝息を立て始めた。昔からの癖だが、彼女は決して人に寝顔を見せようとしてくれない。防衛本能なのか別の何かなのか、原因は不明だ。どちらにせよ、無理に見ようという気概は一切ないのだが。大人しく資料整理の続きをする。

 

 

正直、大半のレポートに対しては「この時は大変だったなぁ」のような強い感情を抱いたことはない。ただ、黙々と生き延びるために作っていただけだ。

 

 

『心臓製作について』

 

 

『人体蘇生と魂の相関』

 

 

『人体のゾンビ化』

 

 

 なんて仰々しいタイトルの、空虚で真面目なレポート。まさかの全部手書きである。もちろん、手書きよりもタイピングの方が楽だ。だが、私がやっている研究はもちろん法に触れるものである。そして、この組織……『WORLD DFFENCE GROUPS』、通称『WDG』でも、麻薬の密売等で”政府”から目を付けられているらしい。

 万が一にも政府関係者からここのパソコンをハッキングした場合、情報漏洩からの組織壊滅の可能性がでてくる。そのため、少し前まではパソコンの使用自体が禁じられていたらしいのだ。正直面倒ではあったが、これも咲夜のためと思えば仕方なかった。裏切り者は【蒸発】なのだから。

 

 

 やっとこさ半分ぐらいの資料整理が終わる。一息つくと、ちょうど良いタイミングで研究室のドアを叩く音がした。「どうぞ」と疲れた声で返事をすると、外から相変わらず不愛想な表情を浮かべた黒服さんが入って来た。

 

「1984の博士、今日回収のレポートを徴収しにまいりました」

 

「うん……残念だけど、今日もまだレポートは完成してないよ」

 

「そうですか……そろそろ研究の進展を見せないと、ボスの”蒸発”対象になると思われますが?」

 

「それは、ほら……うん……努力する」

 

 声を濁らすしかない。今日さえ乗り越えれば、”計画”を実行することができる。そうすれば解放されるのだ。この地獄から、二人で。

 

「それでは”ボス”へ……然るように、伝えておきます」

 

 そのまま去って行こうとする黒服。ホッと安堵の息を漏らそうとした。ところが何を血迷ったのか、咲夜が突然黒服さんの背中をつつきに行った。

 

「のぅ……これだけ研究レポートがあるなら、一つぐらい提出していないものがあるのではないかのぅ?」

 

 黒服さんがコチラに強い意識を向けてくる。身長の高い人に見られると、反射的に恐怖感が襲い来る。私は咲夜に行動意義についてのアイコンタクトを求めた。だが彼女は意識的に目を逸らして、そのまま寝たフリをしてしまう。もう選択肢は一つしかなかった。 私は黒服さんの方を向くと、弛んだ背筋をまっすぐに伸ばした。

 

「研究成果を……出せば良いんですね?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「でしたら、あと一時間だけ時間をください。その間に、研究発表の準備をしておきます」

 

「……ふむ。それでは、ボスに報告してくる」

 

 なんとか部屋から去っていってくれた黒服さん。その背中にほっと一息をこぼすと、私は咲夜の方をムッとした顔で見つめる。だが咲夜はケロリとした顔で、私のことを無視した。全く……でも確かに、レポートに出せないものがないわけではない。私は整理したばかりの机の上をまた散らかし始める。その姿に咲夜は少し焦り気味の顔になっていた。

 

 

「……おぬし、まさか本当に研究成果を出すつもりなのか?てっきり、わしは……」

 

「大丈夫だよ、咲夜。ちょうど良い研究レポートがあったはずだからね。それを適当に発表してくるよ。”あの子”と仲良く留守番していてね?」

 

「あ、あぁ……」

 

 困惑する咲夜を片目に、私は見つけたレポートに目を通す。書いたこと自体が三ヶ月前の日付になっているので、ほとんど概要を忘れている。毎週のように研究成果を出さないと蒸発の対象者になってしまうのだから、忘れるのも仕方ないことは仕方ない。レポートの内容は簡易的で、大したものではない。だが今日ぐらいならどうにかなる。

 

 レポートを軽く読み通すと、ちょうど良いタイミングで黒服さんがやってきた。予め過去の私が用意していたコピーのレポートを渡すと、「確かに」と無表情な礼を返してきた。不安げな目線で見つめてくる咲夜に「いってきます」を言うと、黒服さんに先導されながらこの組織の”ボス”がいる会議場へと向かう。何度も会議場には行ったことがあるが、今日ばかりは妙に緊張していた。

 

 

 この研究施設における研究発表のシステムは単純だ。毎週それぞれの指定の日にボスの前で研究成果についてのスピーチを行い、その上で有効性が認められると【残留】。引き続き、自由な生存かつ自由な研究を行うことが許される。だが、有効性が認められなければ、【蒸発】。その場で処刑されるのだ。

 私もつまらないスピーチを行って処刑される光景を数回見たことがあるが、あれは中々精神的に来るものがある。今考えてみると、蘇生という割と有用な研究をしようとしていた私への見せ付けだったのかもしれない。「裏切れば、お前もこうなるのだ」という脅迫。「恐怖による支配は人間支配の常套手段である」と”マザー”から聞いたことがある。物質的には何でもあるようで、ここには全くの自由が存在しないのだ。巨大な門の前で、黒服さんの足が止まった。

 

「1984番を連れて参りました、ボス」

 

『……ふむ、ふむふ厶。通り給エ』

 

「はい」

 

 味気ない門越しの会話の後、門がその姿を消した。最近流行りのVR(それが何の略称なのかは黒服さんも知らないらしい)による技術らしい、と入った頃に黒服さんから聞いた記憶がある。機械いじりは専門じゃないので、理論や理屈は全く分からない。

 

 

 門の上を私と黒服さんが通りすぎると、門はまたその巨大な体躯を元に戻した。周囲の暗さが一気に増す。ボスは暗闇を好んでいるため、議会場はほとんど暗闇である。あるのは、ただ蝋燭の明かりのみ。仄かに揺れる光だけが、この非日常的な世界に"風"が存在することを証明しているのだ。この施設に来てから「冷却小型装置」のような人工的でない風を感じたのはここ、議会場だけだ。

 私が周囲を見回して足を止めかけていると、前を歩く黒服さんからキツく睨まれた。ぺこりと頭を下げると、そそくさと黒服さんの背中を追う。

 

 

 議会場の中。広い部屋には巨大な円卓が置かれているが、使われているのはたった一席。入り口とは真逆の側にいる、仮面を着けた謎の女性。髪をくるくる弄ぶ彼女こそ、この研究施設や黒服を束ねる長、ボスである。その性別が女であること以外は全く情報不明であり、顔も身体も名前すらも知っている黒服はいない。仮面に関しては、昔大火傷を負ったとか、裏切り者が出た時の対策など眉唾モノの理由が幾つか提唱されているが、その真偽は不明だ。本人が全く教えていないらしい。因みに、私は「実は仮面が本体説」を一番推している。ボスの身体が動いた。

 

『久しぶりだナ、1984番』

 

「えぇ、はい。お久しぶりです」

 

『以前より、塩対応になっていないカ?』

 

「さぁ、どうでしょう?」

 

『……まぁ、良いカ。それで、今回の研究成果とはなんなのダ?』

 

「はい、今回研究しましたのは……おや?」

 

 持ってきていたレポートを見た瞬間、二、三秒ほど息を止めた。本来はびっしりと文字が書かれていたはずなのに、汚れ一つないまっさらになったレポート。私は慌てた様子を見せると、口をパクパクさせながらボスの顔を見つめる。彼女はいかにも不機嫌そうな表情で黒服さんから渡されたコピーを読む。下顎を興味深そうに撫でながら、ペラペラとページをめくっていく。心のドキドキが高まっている。……レポートがクシャクシャにまとめられた。

 

「……なるほど、なるほド。そういうことですカ。つまり、1984番は死にたい、ト」

 

「……いえ、これは、その……レポートの手違い、と言いますが、なんというか……」

 

「言い訳など見苦しいですヨ、1984番。見損ないましタ。……彼女を蒸発させなさイ、黒服」

 

「で、ですが! 彼女がいなければ、貴女様の悲願が……」

 

「いいから、早ク!」

 

 胸の中心に向けられる銃口。唐突に、ここで私の人生が終わる。目をつぶると、ゆっくりと人差し指を引き金にかけた。

 

「……残念です、1984の博士」

 

 黒服さんは相変わらず心の無さそうな表情を浮かべながら、私に三度もの乾いた銃声を喰らわせた。引き裂かれる肉体、心臓を抉る銃弾。私はその小さな失敗によって、この短くも儚い生を終えたのだ。あぁ、来世はもっと楽しくて安全な人間として生まれたい。具体的には咲夜の彼女……って、もう実質、彼女みたいなものか。

 そうして私はそのまま死んで……死ななかった。撃たれた部分に触れながら、私はまた立ち上がる。

 

「ふぅ……どうでしょうか。これが本来、レポートに書く予定だった新薬の能力です」

 

「ふム……身体を張るとは中々過激だネ。死体役なら、うちの黒服を使えば良いというの二」

 

「……いえ、特殊な服用方法を要するので、彼女に失敗されたくない……と思いましたので」

 

 ボスは少し疑わしそうな目をコチラに向けたが、私はあえて笑顔を返した。目が合うのは、部屋の中に飾られた騎士の像だけである。しばらく悩む声を上げた末、ボスはクシャクシャにした白紙のレポートを開かせて、黒服さんに判を押させた。

 

「……一応、暫定的にレポートは受理したヨ。あとで、効能とか書いてある本物のレポートを提出しておいてネ」

 

「はい、了解しました!」

 

 ボスへ軽く頭を下げると、回れ右をして黒服さんと議会場から出ていく。巨大な門をくぐり抜けると、ホッと一息をこぼした。これでボスの監視から解放されただろう。黒服さんに血が付いてしまった白衣を脱がしてもらうと、代わりに新しい白衣を渡してもらう。

 

「本当に。……協力ありがとね、黒服さん」

 

「……いえ、私はあくまでも公平な立場の人間ですから」

 

「でもバレた時の危険性を考えたら……」

 

「それを言ったら、"この後"の方が危険性は高いです。……ただし、そこから先は恐らく私でも助けられませんので」

 

「……うん、頑張ってみるよ。ありがとね、黒服さん」

 

 普段無表情な黒服さんが、塩ひとつまみほどの笑みをこぼした。なんだか意外で、ちょっと可愛い。咲夜の十分の一以下だけど。それでも、本当に彼女の手伝いがなければ計画も何も実行などできなかった。強い感謝の念を覚える。私は胸の辺りをポリポリかくと、着ていた防弾チョッキを見つめる。黒服さんに注文しておいた品なのだが、いくら防弾チョッキでも銃弾は痛かった。実弾だったら、死んでいたかもしれない。

 

「でもまぁ、問題はここからだよね……」

 

 ポケットの中から固形状の完全栄養剤を取り出すと、それを飲みこむ。無味無臭。だがそれは、確かに私の血肉となっているのだ。私は頬を叩いて気合を入れ直すと、部屋へと走って行った。

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