※この作品はR-18です。

ただ死へと向かう生の旅   作:海沈生物

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信仰→性欲→ことば(6)

『あくまで仮設の話だが。おそらく、女神が監視できるのは”女神から生まれた存在”または”町の中にいる存在”だけだ。それに、詳細な理由までは分からないが、その権能ですらも完全ではないらしい。どこまでが網羅できていないのか分からないが、図書館みたいな”旧文明が混在する場所”は特に監視が激しいみたいだ。実際、僕も……いや、今はそんなことはどうでも良い。ともかく、僕が囮になるからその間に”メガミキョウテンを取ってこい。良いな?』

 

 全ての情報を一本の糸のように繋げて、その一冊の本とともに一対の女神像の前に立つ。すると、今までは感じなかったはずの鋭利な針のようなものが身体の中から私をついばみ始めていた。すると視界が真っ暗になり、暗闇に囚われる。いつの間にか私はロープでぐるぐる巻きにされ、目隠しもされていて。そこに一人の性別すら分からない”彼女”が現れる。彼女は人の背の二倍ほどもある巨大な杖を持っており、彼女がコツンと床を一突きするだけで私と彼女の周りが水の壁によって囲まれた。その能力はまさしく、”魔法”そのものであるように感じた。声が、聞こえてくる。

 

『貴女はこの世界を滅ぼしたいの?』

 

『貴女のワガママはいずれ世界を消滅させるわ』

 

『死になさい、今すぐ謝って誤って過ってアヤマッテ!』

 

『死になさい!死にナサイ!し二ナさい?シニナサイッ!』

 

 精神に直接語りかけてくるような言葉たち。私の中で何度も、何度も、何度も思考を繰り返した言葉たち。私を囲っていた水が段々と距離を狭めてこちらに近付いてくる。このまま声の主の導くままに飲まれてしまえば、私も町の人たちの一人として女神に従属する存在になるのだろうか。そう思っていると、ふと女神凶典が手の中にないことに気付く。この世界にない、ということはアレに何かのヒントがあるのだろうか。理論的に考えるのならともかく、こういう哲学的なことはいもーとに全て放り投げたいのだけれど。いもーとの姿は見えないし、ミトラも外でヘバっている。私がどうにか切り抜けないと。女神凶典がない事実について思案する。

 

 そもそも、私が言うのも大概かもしれないがこんな世界が存在すること自体がおかしい。翼の生えるミトラみたいな進化をした人間(だと思う)がいるのはまだ理解できる。現実に存在しても問題ない範囲だからだ。だが、これは現実ではありえない。それはあのVR技術のような、「存在しないものが実体化する」なんて普通はあり得ないのだ。であるなら、何か綻びがあるはずなのだ。決定的な綻び。それはVRを起動するのに、電気が必要なように。

 

「……そういえば、いもーとはどうして女神誕生の記述を読ませようとしていたんだろ」

 

 女神誕生自体はそれほど面白い話ではない。よくある「最初に光がありて~」から始まるような、神の世界創造について書かれていただけだ。細かい記述の違いはあれど、それは大したことでもなかった。だったら、やはりあの走り書きみたいな文字が重要だったのだろうか。どうにか思い出すことができないだろうか。そう思っている内に、水は頬を擦る程度まで近付いて来ていた。

 

『シニナサイ、獅子死屍四肢シシシシし』

 

「……あれ?」

 

 突然止ってしまった女神。先ほどまでそこにいたはずの”彼女”は存在自体が消えており、段々と視界が晴れてくる。また人だかりが女神像を囲っており、私の手には女神凶典が握り締められていた。一体、何がどういうことなのだろうか。ともかく、女神像の掌の上でしっとりと小さな背中を見せているいもーとの元へと行く。声をかけると、面倒くさそうな顔をしながら手招きしてきた。その招待に応えて、私は彼女の元へと歩いていく。

 

「……あぁ、ちゃんと”女神凶典”を持ってきたたみたいだな。無事に幻術堕ちしなかったみたいだし」

 

「……本当に、女神を”する”気があるの? あのまま本当に取り込まれていたら、どうする気だったの?」

 

「さぁな。この町の全てを語ってやった上で”あの程度のまやかし”も解けないようじゃ、どちらにせよこの町を出たあとに酷い目に遭って野垂死ぬだけだろ」

 

 いもーとはそう言うと、女神の掌から降りてきて、私の手から女神凶典を奪い取った。そしてペラペラとページをめくっていくと、ちょうど真ん中あたりのページを開いた。後ろからページを覗くと、そこにはあの女神誕生についての記述のページだった。

 

「……そういえば、そこの文字って何が書いてあったの?」

 

「はぁ? ……お前、本当にその豪運と人脈に恵まれてきたみたいだな。あれは、”凶典を持って女神像に近付いたらさすがに女神の側も黙っていないだろうし、幻術にかかった時は「女神という存在を単純化」しろ”って書いてたんだよ。読まずに突破できたのは、本当にバカの所業だよ」

 

 いもーとはグチグチ言いながらも、周囲からの奇異の目線を一心に浴びていた。だが彼女はそんな目線も露知らないように、女神凶典のページを読んでいた。今更読み直して、何かあるのだろうか。そう思っていると、彼女は

突然凶典のページを次々と破ってしまった。茫然としている私の一方で、彼女は平然と千切った紙を細長く折り畳んだ。それを自分の両手に結び付けていく。

 

「……バカらしい行為に見えるかもしれないが、今から僕たちがすることにおいて重要なんだよ」

 

「……そういえば、今から何をするの?」

 

「あぁ……もう今更言葉に気を遣うのもバカらしいから言うが、”そこにある女神像を破壊する”んだよ」

 

「どうやって?」

 

「どうやって、ってお前……もちろん、僕たちの手しかないだろ。野次馬も良い感じに集まってくれているし、これだけの奴等の目の前で女神像を破壊すれば、あとは……言うまでもないだろ」

 

「いやそうじゃなくて……この大きさの女神像をどうやって破壊するの?」

 

 いもーとは目を点にすると、昨日出会ってからの中で一番大きな溜息をついた。そんなに変な発言をしたのだろうか。彼女は懐からそこら辺に落ちていそうな棒切れを取り出すと、それを私に投げてきた。棒切れと紙の指輪で女神像を破壊。ブンブンと棒切れを振ってみたが、特段それ自体に仕込みをされている感じでもない。もしかすると、あの女神凶典の方に仕込みがされているのだろうか。そう思案していると、その期待を裏切るように彼女はスイッチを取り出した。

 

「さすがに、女神像本体は認知でどうこうできる代物じゃないからな。……素直に爆弾を仕掛けるんだ」

 

 爆弾なんていつのまに用意をしたのだろうか。だが、用意できない時間がなかったかというと今までにコツコツ貯めてきたなら有り得ないことはない。……いや、本当にそうなのかな。爆弾の詳細な作り方は知らないのだけど、少なくとも火薬が必要なのは分かる。それがあんな郊外で、そんな巨大な女神像を破壊するような量の火薬を用意することができるはずがない。町の中にあるとしても、今までの事を聞いている限りだと女神に即バレて神官に追放されるのがオチだ。そんな、これこそ”魔法”じみた技術なんてこの町に存在するのか。

 そこまで考えて、私は咄嗟に自分のポケットの中を探った。……ない。飛空艇の中から唯一持ち出してきた、特急の危険物が。咲夜にもしものことがあった時のための、私の唯一の秘策が。こんな序盤の序盤で、そんなことがあるとは思ってもみなかった。使うならば最終局面でパッと使う予定だったのに。いもーとの方を見ると、手の中に球状の”アレ”が握り締められているのが見えた。咄嗟に彼女に飛びつくと、それを手から奪い取った。

 

「何すんだよ! それがあれば、この町を”クソ”から”元”に戻せるはずなんだよ!」

 

 私はその球体を無言でしまうと、彼女の瞳を睨み付ける。

 

「確かに、これを使えば”何でも”できるよ。……でも、これは一種の呪いなんだよ。こんなものに頼ってこの町を救ったとしても、何も残らないんだよ」

 

「でも! ……”アイツ”は」

 

「あれはただの嘘つきだよ。人を騙して、自分の願いを叶えるためだったら人を殺すことも躊躇しない。……クソ野郎なんだよ!」

 

 そこまで言って、自分が変に熱くなりすぎていることに気付く。あまりにも悪夢のような記憶ばかりが胸を汚染して、飛空艇のディストピアすらも甘く蕩ける桃源郷のように思えてしまう。ほぅと息を付いていると、また視界の様子がおかしくなってきた。またあの女神からの干渉だろう。落ち着いた心で暗闇に囚われていくのを待っていると、今度はその空間にテーブルとイスが置かれていた。そして、向かい側の椅子には少女……暫定的な女神が優雅に紅茶を飲んでいた。彼女は目線で「こちらに来い」と指示を送ってきた。正直、吟味はした。だが、このまま元の世界に戻ったところで像を破壊する方法がないのも事実だ。心を強く持つように心掛けながら、女神の前の席に座る。その瞬間、少女だったはずの彼女の姿がミトラの……そして咲夜の姿へと変わった。

 

『なるほど。これがお前の最も大切にしている者の形か。……分らんな、やはり人間の思考は』

 

 テーブルの真ん中に用意されたクッキーを勧められたが、謹んで遠慮をさせてもらった。そんな私に不敵な笑みを見せると、彼女はそのクッキーを全て口の中に流し込んでしまう。彼女の喉元が動くと、お皿もそのまま飲み込んでしまった。

 

『さて。細かい御託を並べても良いが、生憎それでお前から逃げられたら仕方ないからな。……単刀直入に言うが、女神像を破壊する行為を止めてもらいたいのだ』

 

「そうすれば、貴女が死ぬから……ですか?」

 

『分かっているじゃないか。おおよそはあの『pt256839type-01』の会話ログから分かってはいるのだが、何分外部から来たお前には我の権能汚染率がまだ低いようでな。会話も三割方かつ断片的にしか分かっていなかったのだ。……だから、少し交渉をしないか。お前ともう一人の仲間を見逃してやる。だが、代わりに女神像の破壊をやめさせろ。追放したとはいえ、我が子なのだ。あやつを殺して止めるような行為は避けたい』

 

「……もう一人、って。咲夜は含まれないんですか?」

 

『咲夜……あぁ、初めて我に対面しに来た時にいた女童のことか。あれは……どこにいるのだ?』

 

「……はぁ? 貴女が”悪魔”に咲夜を誘拐させたんじゃないんですか?」

 

 何か様子がおかしい。様子がおかしいのは今に始まったことではないのだけれど、それでも方向性が違うというか、”普通に様子がおかしい”とでも言えば良いだろうか。私が置かれている紅茶が波紋を浮かべているのを見つめていると、”彼女”は私の紅茶もカップごと飲み込んでしまった。

 

『悪魔は……悪魔……確かに、私はその制度を生み出したわ。でもそれは、”人を救うシステム”であったはずなの。そんな……誰かを攫う権能なんて、それはそれはそれは其れはそrはj;:@prse::;-@```……』

 

 ショートしたかのようにその場から動かなくなってしまった”彼女”。だが、問題が本質的に何も解決していないとなるとここから出て行くわけにはいかない。まだ交渉の余地はある、はずだ。動かなくなった彼女に触れようとすると、強い風のようなもので振り払われた。

 

『……もうよi、この領域から出t行け。悪魔についth、我の方で対処してok』

 

「……咲夜も、取り返してくれるんだよね?」

 

『約束しよu。明日の明朝、お前の夢を媒介にしてまたaou.:;@……』

 

 

 視界が歪んでいく。気が付くと神殿にはもう誰もおらず、あたりはすっかり夜一色になっていた。せめてミトラぐらいは……と思っていたが、妙なことにミトラすらいない。私が女神と話している間に何かがあったのだろうか。そう思っていると、町の方から女性の悲鳴が聞こえてきた。急いで神殿から出て見ると、そこは修羅そのものだった。あれだけ充実が存在していた町は赤色に染まっていた。血が流れていた。するすると、神殿の女神像に助けを求めたらしい人が目の前で背中を一文字に斬り殺されていた。その斬り殺したものとは、既に私は対面したことが会った。それは私の方に顔を向けると、その人ならざる姿をにちゃりとさせる。

 

『女神を破滅に追い込むものよ。信仰を性欲に、性欲を言葉に。言葉を、破滅に。……その意図を真の意味で理解はしておらぬだろう。だが、汝は結界を緩めてくれた。通常は出会うことも能わず、女神から作られたものなど干渉の余地は無く。されど、外来せしものならば。干渉浅き、可能性の話よ。……あぁ、滅び!このまま女神像を破壊してやろう。あの健気な生き物たちのためにも! あぁ、あぁ!』

 

 息もつかないまま、悪魔は神殿の中へ入っていく。そして女神像に相対すると、虚無から巨大な槍を取り出して……破壊した。ボロボロにして、真っ二つに割ってしまった。ぼんやりとその姿を見つめていると、悪魔は私に向かってほほ笑んだ。

 

『悪魔とは……契約に従う生き物だ。だから、忘れるな。”私は汝と契約することができる”、とな』

 

 悪魔はそう言い残すと、空のかなたへと飛び去っていった。私は茫然としながら、燃え盛る町と靴を染めていく真紅をただ見つめていた。

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