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太古の昔、人は人と争いあっていた。だが、それは不毛であると決断された。だからこそ、下界は見捨てられたらしい。私はそれについて詳しく知らない。ただ、”そのようである”と教育されただけだ。だからこそ、今。下界で人が進化の先に成り果てた生き物を見て、思う。全てに恵まれているのが「幸せ」なのではないのか。こんな……不完全かつ不安定な下界で、明日もしれない生活をしている。なのに、彼らの生活は輝いている。まるでそれは幻想郷のようであった。幼い頃、ゴミ捨て場に落ちていた廃棄された本。「アーサー王物語」なんて名を打たれた、”無駄に”豪華な装飾のされた本。それを取り上げ、物語を読み進めていく。汚らわしいその物語、騎士道を外れた者、愛におぼれた者、聖杯に命をかけた者。たくさんの命が散っていった。その命は大きな禍根を残して消えていき、やがてそれは円卓の崩壊へと導く。
「苦しみ」や「憎しみ」は悪であり、「崇拝」や「快感」が正義である。それが人が楽しく生きていく"真理"なのではないか。そう思っていた世界は、砂時計のようにひっくり返った。私はその時、ある決意を持った。
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私はただ、あの場所や組織を「ただの反政府組織」だと思っていた。いや思わされていた。世界はちゃんと機能していて、あの日、咲夜を蘇らせる為の資金と設備を手に入れるため。修道院を抜け出して、彼らの元に行った。ずっとそう思っていた。しかし、私の知らない間に世界は変貌していた。いや、正確には「私が知らなすぎた」だけなのかもしれない。
私も咲夜もマザーからずっと「この世界」について教えられたことはあったが、修道院近くの森から向こう側には一度も行ったことがなかった。マザーが言うには「その向こうにとても平和でも穏やかな町があるが、森は危険なので大人しか通ってはいけない」とまるでプロパガンダのように言われていた。最初から、全てがグルだったのではないか。私がこの研究所に連れて来られたのも、マザーが修道院を営んでいたのも、もしかすると"咲夜が死んだこと"でさえも。疑いの色が心のパレットに滲む。
「……あの、黒服さん。私たちはこれからどうすれば良いんですか?」
「……知らん、というのは大人としてはあまりに無責任すぎるか。私はこれから君たちとは逆方向へ行く。なるべく、一秒でも長く生き延びてもらうために。だが、その"三日"のやつを例に上げると……参考にならんと思うが、宇宙に逃げた。だからすぐには見つからなかったが……急ぎ過ぎたんだろうな、設備不良から墜落して死んでしまったらしい」
「宇宙……ですか」
さすがにロケットの材料は持ってきていない。それに、そんな技術は持ち合わせていない。だが、それならそれで都合が良い気もする。
「……死ねば、もう見つからないんですか?」
「いや……見つかるには見つかるが、生死の確認ができたなら組織はそれ以上追うことはない。大事なのは”死んだという事実”だけだからな」
言葉を飲み込む。今更ながら、最初からこれを聞いておけば良かったと後悔する。そもそもの計画自体が杜撰であったのが原因ではあるのだが、こういう情報があるとは思ってもみなかった。即座に計画が頓挫するという訳ではないが、少なくともこのままでの計画の実行が難しいのも事実だ。せめて、何か上手い方法があれば嬉しい。私は溜息をこぼす。その息を見ると、「…………あのっ」と隣で傍観していたミトラが声を上げる。話を飲み込んでいるのか、喉に詰めたのか、その中間の表情。彼女は自分の羽についたホコリを落とすと、私に首を傾げてきた。
「…………手伝い、ましょうか……なの、です? 僕、空を飛べる……なの、です」
空を飛ぶ。こんな状況下で思いつかなかったが、そんな未知の彼らの手を借りる手段があるのだ。それは思いも寄らぬ可能性であり、計画の可能性を広げることにもなる。
「でも……良いの? これは多分。かなり危険が伴うけど」
「…………はい。僕たち”鳥羽族”は、そもそもが他者に尽くすために生まれた種族……なの、です。両親は既に他界しているし、なにより……僕、貴方の顔を気に入りました……なの、です」
「気に入る? こやつのどこが気に入ったんじゃ」
「…………別に。好きという感情、そこまでの合理性など不要な気がする……なの、です」
親の仇のように、ミトラの顔を強い眼差しで見つめる咲夜。おそらく、ミトラは何一つ深く考えていないのだろう。私が知っている社会において、「見えないが神様は存在する」と言われていたように、それが一種の文化であるような感じなのだろう。私はその事実よりも、咲夜のミトラへの視線が段々私の方へ移っている方が気になるのだが。肩の力を抜くと、私はミトラの方を向く。
「ともかく。付いてきてくれる……って認識で大丈夫なんだよね?」
「…………はい。貴方だけになら、仕えることが可能です。……ですが、二人は無理……なの、です」
「おい、輝花。わしを置いてく発言をしてきているぞ、こやつ]
「うーん……でも、協力してくれるなら願ってもないことじゃない? 私はその方が良いと思うよ」
ミトラは返事の代わりに微笑を浮かべた。咲夜はまだ不服そうな顔をしていたが、やがてフンッと顔を背けて黙ってしまった。「認めないが認める」といった所だろうか。ともかく、ほっと胸を撫で下ろした。これで”三日”の壁を越える算段は着いたと思う。そこから先の追跡についてがよく分からないが、それはその時に考えるべきだろう。
「…………さて、咲夜。ちょうどミトラも加わることだし、計画について確認していこっか」
「あぁ、それは構わん。……じゃが、あの飛空挺が”世界を監視”しているなら、この黒服から盗聴されている可能性はないのか?」
「多分、ないんじゃないかな。黒服さんも言っていたけど、重要なのは”脱走者の生死”なんだよ。というか、盗聴する技術があるのなら、もう黒服さん経由でバレてこの場所を突き止められているはずだよ。そう……だよね?」
黒服さんは返事の代わりに黒のサングラスを揺らす。早く話を進めろという催促だろうか。私は頭の中を整理していく。
「……この計画の目的はそんな壮大なものじゃなくて、本当にありふれたものなんだよ。それは……『この世界のどこかにいる、ボスを暗殺すること』なんだよ」
「…………あの。話を聞いた限りだと、ボスさんは飛空挺の中にいるのなら、どうして飛空挺から逃げた……なの、です?」
「うん。……そのボスはもちろんだけど、簡単に暗殺できるわけはないんだ。黒服さんに聞いた話だと、人前にボスが姿を現すことはなくて、あらゆる場面でVRとか影武者を使っているみたいなの。多分、実験の失敗や反乱者による飛空挺の爆破なんかから逃れるため」
「…………なるほど。では、どこにボスが?」
「うん、それは……って咲夜。情報交換中に寝ないで」
「ふんっ。知っている情報をわざわざそのみとら? とかいう小娘に与えるのを聞いているほど、わしの時間は無限じゃない。何か新しい話や議論をする時だけ起こせ」
私が頭を抱えていると、それを察してくれたのかミトラは「…………また今度で大丈夫……なの、です」と半ば諦めたような表情を浮かべた。すごく申し訳ない感情と共に、それでも咲夜の事が嫌いになっていない自分に"安心感"を覚える。眠る咲夜を黒服さんに任せると、私はミトラと出発準備をするために別れた。
長い付き合いの者をまた喪失する。育葉も、黒服さんも。私たちの”計画”によって、その散るはずじゃなかった命を散らしていくのだ。それは私と咲夜の罪であり、おそらく一生傷になっていく。それでも、進まないといけないと思う。その"復讐"がどれだけ虚ろであっても、目的が分からなくなっていたとしても。閉めていた目蓋を開けると、私はもう星空に変わりかけていた空を見つめる。そう言えば、久しぶりに星空というか空自体を見た気がする。あの飛空艇の中にいる時は、「それを専門にするもの」以外は空を見ることが禁止されていた。本当に合理的思想だけがあり、それ以上を無駄と切り捨て続けていた場所だったのだと思う。だから、「異分子」である脱走者を執拗に消そうとするのだろうが。
「…………そろそろ時間……なの、です。黒い服の人とお連れの方が呼んでいる……なの、です」
「あ、あぁ……ありがとね、ミトラ」
「…………元気ない……なの、です? 黒い服の人と別れるのが……悲しい……なの、です?」
「それは……まぁ、うん。悲しいし、もっと一緒にいたいと思ったよ。できるなら、このまま一緒に」
「…………でも、それはないものねだり……なの、です?」
「そう。もし彼女と一緒だったら、すぐに見つかってしまうから。そうなると、スピードが乗ってきた車に急ブレーキをかけるようなもの……になると思う。全てが無意味になってしまうし、多分……犠牲も無しに何かを成し遂げようとするのは、ある種の傲慢……なんだと思う」
ミトラは何も言わず、私の両手を握っていた。初めて会った時もそうだが、そんなに手が好きなのだろうか。ともかく、咲夜以外の人──厳密に人なのかは分からないが――そういう相手に相談するというのは新鮮だ。停滞しがちな咲夜との会話に、新しいものが介入するのは悪いことではない。それに、二人が仲良く? しているのを見るのは、それなりに楽しい。(胸の中にモヤモヤした気持ちが起こることは多いが)
私は起き上がると、ミトラと待ち合わせ場所へと向かった。
ミトラによると、この中央の豪華な木は『天の神木』と呼ばれているらしい。その昔、鳥羽族がまだ『天狗』と呼ばれていた時代に、”神”が植えた木だそうだ。それは天狗界の平和と安寧を願ったものでそれ以上の意味や能力はないが、月明かりに照らされると『月女の舞』とも呼ばれるほど、本当に美しい装いになるそうだ。この場所の外を歩いている間に、それを見ることができるのだろうか。待ち合わせ場所に着くと、既に咲夜と黒服さんが何かを駄弁っていた。でも近付くと咲夜は嫌そうな顔をして黙ってしまった。一体、どんな会話をしていたのだろうか。私は精一杯の笑みを浮かべると、二人の元へと行く。
「それじゃあ……黒服さん、今までありがとうございました」
「あぁ、頑張って暗殺を果たしてくれよ」
「任せておけ、”コトネ”」
「……はい」
黒服さんと咲夜は示し合わせたような笑みを浮かべていた。咲夜のことなのに私が知らないなんて、なんだかまた胸がモヤモヤする。今まではあの小さなディストピアの中でずっと二人でいたけど、外にでてみればもう私も咲夜にも”ずっと”はないのだ。どんどん、お互いに知らない世界が広がっていく。それは多分、悲しいことではないはず、な気はする。私は黒服さんと手を握り合うと、もう互いに向けた背中を振り返ることはなかった。ただ夜の帳は降りて、星空が天の神木を照らしていく。
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本当は嘘を付いていた。三日も逃げ出したものはいない。私の聞いた話だと、もって”一日”だった。それは逃がしたものが命をかけて敵を見つけなければいけないこと、そして飛空艇の探査能力によるものだった。私には今、彼らがどこにいるか分かる。彼らと私の距離がどんどんと離れていくことも。離れていく度、彼らの命の期限は伸びて行く。伸びて、伸びて、いつしかそれはとてつもない距離になる。
「…………無駄では、なかったのだ」
家族を……私の”翼”を失って、自暴自棄に成りかけていた私が冷静でいられた理由。それは"彼女たちの愛"だった。正確に言えば、彼女たちが命が消費される地獄の中でただ一つ、寄り添い生きる二輪のように見えたからだろうか。それは私と×××がまだ下界にいた頃の風景に似ていた。……しかし、私はもう枯れてしまった。
あのディストピアで枯れて、枯れて、ただ血を浴びすぎてしまった。だから私は……選んだのだ、この短き生を彼女たちに託そうと。でももう、その使命も終わりが近付いている。私にはもう時間がないのだ。"下界は汚染された地"なのだ。そして、脱走者を見つけられたとしても、追手は死ぬ……つまり、追手は一つの目印と考えたら良い。追手を基準にして、その辺りを全て消滅させるのだ。私は丘に倒れる。ここまでくれば、あの羽を持った者たち……『鳥羽族』の里へも被害が行かないだろう。これで、もう思い残すことはない。
「星……か」
星空の元、遠くに見える大木。そう言えば、私が奇跡的に回復したのはあの木の力だったらしい。詳しくは分からないが、あれは「人を回復させる力」がある。それは……私は博士などではないので詳細を知らないが、1984の博士……いや、輝花が咲夜という名の少女に施した施術を思い起こさせた。結局死者蘇生のレポートを彼女は”一度も”提出したことは無かったが、一体どうやって咲夜を蘇らせたのだろうか。
「……まぁ、良いか」
今はただ、ゆっくり眠ることだけを考えよう。星が大木を照らし始める。そう言えば、作った食べ物を鳥羽族の子供たちにふるまっていた時、あの木について教えてもらった。あの木は星空の元で美しくなるらしい、という話だ。あと数分持ってくれたら、死ぬ直前に美しいものが見られそうだ。私が微笑むと、目の前がパッと明るくなる。それは木の輝きで、とても眩しくて……しかし、それはただ一生の終わりを告げる光だった。
──────そして、私は消滅した。
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