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昔から、僕には姉を理解できなかった。僕たちの不幸の根源は”僕”なのに、彼女は笑って僕の後を付いてきてくれた。僕みたいなひねくれた思想をしていないのに、女神様に阻害されないような、美しい心を持っているのに。……なのに、今。あのやかましい奴等がきて、空をプカプカさせてもらって、貴重な食料を沢山食べられて。挙句の果てに、お礼を返すわけでもなく去っていった。今の姉は一体、何を考えているのだろうか。いくら追放者といえども、食料配給は中の人間たちから配給されているのだ。なのに、彼らを裏切るような真似をするなんて。
姉妹なのに、同じ時に生まれたのに。どうして、僕は姉のことを理解してあげることができないのだろう。
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ひっそり閑とした路地裏を抜けると、あの像たちがあった場所の近くの通りに出た。太陽もストレッチをしていそうなほどの穏やかな天気で、町の人々は楽しそうな笑顔を浮かべていた。相変わらず、道行く人々に変わりはない。私たちが悪魔の襲来で心を乱れさせていた一方、町の中はとても平穏で幸福感に満ちている。
「…………ひとまず、どこに行く……なの、です?」
「どこ、か。……悪魔が言っていたことを考慮すると、”女神を殺す”方法を調べるべきだと思う、かな」
「…………私もそう思う……なの、です。でも、女神が神なら殺すことなんて、できる……なの、です?」
返す言葉が思いつかず、ただうーんと唸り声だけをあげる。悪魔の居場所、引いては咲夜の居場所。それを発見さえできれば、今の私たちにとっての勝利だ。しかし、私たちには漠然と時間がない。飛空艇の探知能力がどの程度のものかは分からないが、少なくとも同じ場所に長期滞在していれば見つかるのも時間の問題である。焦っても仕方がないのは分かっているが、ついつい気持ちが急いてしまう。今この瞬間も咲夜はどこか冷たい場所に閉じ込められて、また、”あの時”のように全てを失ってしまっているのではないか。そう考えると焦るのも仕方がないのではないか。……誰に共感を求めているのだろうか。私は自分の頬をつねる。
「……うん。女神の殺し方は分からないけど、とりあえずあの……像があった場所にでも行こうか」
ミトラは静かに頷くと、そのまま私の背後へと回った。
像への異様な嫌悪感は未だに拭えない。咲夜と来た時のように逃避への強い感情が沸いてくる訳ではないが、どうにも浮き足立って仕方がなかった。二人の女が絡み合って、それを撮影する人々がいて。なんだかそれは、それは。激しく鼓動を打つ心臓を深呼吸で諌めると、像の下にびっしりと文字が彫られた石碑があることに気付いた。撮影する人々をくぐり抜けて、特に人が寄ってない石碑へと近付いていく。
こんなにも像に恍惚としているのに、この石碑を誰も見ていないとは。膝を屈めて石碑を観察する。所々苔むしている。あまり手入れがされていないからか、一部分が欠けている。いつの水なのか、欠けたお皿?の中に泥水が入っていた。だが、それよりも気になるのは文字の方である。書いてある文字に癖はあったが、まだボスの手書きサインよりは読めそうだった。
「えっと……”空に月が浮かぶ。人は月に魅了され、いつしか月明かりを信仰するようになる。月影こそが、真の主役であるとも知らずに。妄信は罪だろうか? 僕はそう思わない。この町は完全ではない。ただ仮定を示すだけの、偽りでしかないのだ。希望がないのだ。であるならば、信仰を性欲にするなど、そんな無駄なことはさせない。恋や愛情ではなく、人々は畏怖と安寧だけを求めれば良い。心地よい興奮が、神への妄信が、救済なのだから”」
また意味の分からない文章だ。悪魔の言っていたことも大概だが、賢い人間というのは婉曲表現を好むのだろうか。今の咲夜のように、もっと猪突猛進な言葉遣いの方が分かりやすいのだが。文字を読み上げた後にその場で言葉を咀嚼すると、私は唾を飲み込んだ。
「ミトラ、今言ったことの意味が分かった?」
背後を振り返ると、ミトラは眉間に皺を寄せながら強く首を横に振った。私は頭を抱える。現状のヒントが悪魔と石碑の小難しい言葉しかないのだ。こういう時、黒服さんのように小難しい言葉に慣れている人がいるのなら状況打開も楽なのだけど。あの時に見えた光のことを思い出すと、反射的に心が落ち込む。「もしも、私ではなくて黒服さんが生き残っていたのなら」と思わないことが、全くないとは言えない。だが、落ち込んでいる暇もないのだ。いないのなら、探すしかない。この町の歴史をよく知っていそうで、かつ部外者への抵抗がなさそうな人物。
「……あっ、そうだ。ミトラ、もう一度郊外に戻らない? あのミトラが乗せていた女の子なら、小難しいことを言ってたし、この意味が分かりそうじゃないかな?」
我ながら妙案なのではないか。そう自負しながら自慢げな気分に浸っていたが、私の気持ちに反比例するようにミトラの顔色が曇った。
「…………申し訳、ない……なの、です」
「ど、どうして謝るの?」
ミトラは自分の羽を一枚引きちぎると、それをその場に捨てた。羽はふらりふらりと揺れ落ちていき、やがて床についたかと思うと黒焦げたようになって消える。
「…………上空を飛ぶことすら、飛空艇に見つかるリスクを高める原因になるかもしれない。だから、私は……せっかく付いてきたのに、何も、貴女の役に立てていない……なの、です」
それは。それを言うなら、自分の方が。胸の奥から出てきそうになったドロドロとした感情を抑えると、私は精一杯の作り笑顔を見せる。
「考えすぎだよ。ミトラはとても役に立ってくれてるし、いてくれるだけで安心感があるんだよ」
「…………そう……なの、ですか?」
そのままミトラは黙ると、私の背中にくっついた。温かいわけでもなく、冷たいわけでもない。生温い温度。鳥羽族の、不思議と人を落ち着かせる体温。……本当に、ミトラがいなければ。合理的ではないのかもしれないけど、上手くこの気持ちを伝えることができたら良いのだけど。頭を少し掻くと、ミトラをくっつかせたまま今来た道を戻っていく。
郊外に戻れたのはお昼すぎだった。ほぼ真上にある太陽に髪を熱々にされていると、視界の向こうで洗濯物を畳んでいる少女が見えた。”仕事”に行くと言っていたが、なるほど、郊外に住む老人の介護だったようだ。丁寧に畳んでいるのを温かい目で見つめていると、私たちの存在に気付いた少女はすごく嫌そうな顔をしてきた。
「……今、仕事中。ご飯も奢ってやったんだし、神官についても教えてやったんだし、これ以上協力して神官どもにバレたくないから」
ㇺッとあからさまに嫌そうな顔をすると、畳んだ洗濯物を家の中へと運んで行った。閉められたドアと、残された私たち。だが、このまま立ち往生している場合ではない。背後からのミトラの視線を感じると、大きく深呼吸をした。そのままの勢いで、閉まったドアに手をかける。
「お、お邪魔します~……」
中はほぼ空洞と評して良いほどなにもなかった。ただあるのは、小さな机とギコギコと不良品みたいな音を出す椅子だけ。その唯一の机の上に、少女は畳んだ洗濯物を置いていっていた。
「おばあちゃん、ここに置いておくから」
「えぇ、まぁ。いつもありがとね」
「……別に。お金もらっているし、対等な関係だよ」
「でも、私が渡せるお金なんて雀の涙みたいなものよ? 町に入っても、パン一切れ買えるかどうか」
「ううん、それでも十分だよ。……それで、私たちは生きていけているんだから」
「そう? 役に立てているなら嬉しいわ。……ところで、後ろの二人はお友達かしら?」
突然の指名に身体の神経という神経に緊張が走る。だけど、うろたえている場合じゃない。私は少女の元に駆け寄っていくと、嫌がる少女をよそにがっちりと腕を掴んだ。
「はい! ”彼女”のお友達です!」
「うん、やっぱりね。いもーとちゃん、お友達は待たせらダメよ。今日はこれで仕事を切り上げて良いから、たま
には友達とも遊んできなさい」
「……は、はぁ」
一瞬こちらに向かって思いっ切り嫌そうな顔をされたが、私はあえて満面の作り笑顔を返す。ここで手を離せば、私たちに未来はない。いや……咲夜に、未来がないのだ。おばあちゃんに「それでは!」と軽く頭を下げると、ギコギコと椅子が軋む音を聞きながら家の外に出る。その瞬間に腕を振り払われそうになったが、それを見たミトラももう一方の腕を掴んだのを見て、はぁと堪忍してくれた。
「それで、何の用なんだ? 僕たちにまた迷惑をかけにきたのか?」
「半分そう……なのかも? 実はこの町で人気な、二人の女性の像を見に行ってきたんだけど」
「像……あぁ、あのクソったれた崇拝と差別の象徴像か。それがどうしたんだ?」
「うん。あの像の近くに石碑があったんだけど……その内容が小難しくて」
「……なるほど。それで僕に相談しにきた、と。……残念だけど、あれはクソ女神の夢想だよ。”自分が民衆を救ってやる”という傲慢や自惚れでしかないんだよ」
少女はポケットから金色の物体を取り出す。さきほどおばあちゃんから仕事の対価としてもらっていたもの。太陽の光が反射してつい目を細めてしまったが、ちょうどよくミトラが影になってくれた。その物体にはどこかで、いや、あの一対の像と同じものが彫られていた。確か昔、咲夜と修道院の中を走り回っていた時に土の中に埋められているのを見たような。もちろん、これとは違う柄ではあったのだけれど。困惑していると、少女は金貨をまたポケットにしまった。
「つまり”そういうこと”さ。この世界は女神の慈愛という甘言に支配されている。”信仰を崇拝に、崇拝を永遠に”。メガミキョウテンの第一節第二章の文言さ。”祈るものは救われる”なら……どうしてあのおばあちゃんや僕たちみたいな救われない側が存在するんだろうね」
「えっと……とどのつまり、あれって”女神を殺す”こととは関係ないの?」
その言葉に少女は緊張した面持ちで私の口を塞いできた。そんなに驚くべきこと言っただろうか。首を傾げていると、少女は私の腕をつねってきた。顔をゆがめるほどのキツさ。それは一瞬のことで、すぐに少女はつねるのをやめた。
「”女神を…ろす”なんて、街中で言ったら打ち首ものだぞ。郊外でも危ういのに」
「いや、でも、街中で既に何回か言っているよ?」
「はぁ? ……いや、待て。それは本当……なんだな?」
「うん、ミトラと話している時に何度も」
言葉にうろたえた様子の少女は、耳の後ろを掻く動作を取った。癖、なのだろうか。そのまま私の瞳を見つめてくる。彼女の瞳は翡翠色で、もう片方が深海色をしていた。絵空事でしか想像しなかったが、どうやら二種類の色の目を持った人間が存在しえるらしい。ほかにも目の色が違う人がいるのだろうか。研究者心で調査したい気持ちに駆られていると、察しつかれたかのようにコチラから離れて行ってしまう。別に怖がらせたつもりはなかったのだけど。距離感を保っと、少女がこちらを向いてくれた。
「……とりあえず、それだけ情報があれば、厳密には違うのだけど……女神が…ろせるかもしれない」
「殺せるの?」
「言葉化するな! 女神はあらゆる言葉を収集することができてしまうんだ。……例外もあるみたいだが」
少女は咳払いすると、私に手を差し出してきた。
「これは共闘だ。僕はお前らに知っている情報をすべて提供してやる。その代わり……”今日中に”女神を殺してこい」
それが冗談でないことは、火を見るよりも明らかだった。言葉にする必要すらないだろう。どちらにせよ、私には(おそらく)時間がない。この町で彼女以上の知識人に巡り合うことは難しいだろうし、なにより咲夜の安否も気になる。私は彼女の二色の瞳を見つめると、その手を握り返した。温かくて、ぎっしりと筋肉を感じられる掌。いつも”仕事”で動き回っている内に付いたのだろうか。しかし、身体自体はそれほど肉が付いているというわけではない。……でも、今はそんな考察を重ねている場合じゃない。手を離すと、改めて向き直す。
「よろしくね、えっと……いもーと?」
「あぁ……だが、その……お前らも、おねぇと一緒で発音が微妙に違うくないか?」
「えっ……あれ、違うの?」
「……まぁ、そのことについては後回しだ。今重要なのはそんな話ではないしな。……さて、何から話そうか」
いもーとは道端の大きくて灰色の物体(これは確か”石”だったと思う。修道院時代に海の近くで小さいのを見た)に腰かけると、憂鬱げな溜息を漏らした。