※この作品はR-18です。

ただ死へと向かう生の旅   作:海沈生物

8 / 10
信仰→性欲→ことば(4)

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『太古の昔、双子の女神は町の民草を司っていた。町は永遠、かつ機能的な運営がなされていた。しかし或る日のことだ。人民たちの思想が世界を変革し、姉の女神の存在が認知から外れることになった。それは機能的運営の観点から「人民は一人の神に固執する方が、リソースを大幅に削減することができる」という理由からのものであった。しかし妹はそれを受け入れることができなかった。それは人が作り出した存在故、だったのかもしれぬ。真実は誰にも分らないが、少なくとも妹は姉を”蘇らせる”ことに成功した。しかし、それは無理を通した行いであった。一人用に減らされたリソースでは現状を維持することができない。そこで妹の女神は、人を”追放”することを決断した』出典・引用:メガミキョウテン

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 情報を噛み砕きながら、この町の真実について考える。どうして彼女がそんな事を知り得たのかは不明だが、少なくとも話に合理性があるのは確かだった。この町における「女神」とはどういうもので、この町の人間がどうしてそれを信仰しているのか。そして、この町の「女神」を殺す方法も。空を見上げると、なんだかこの空すらも偽物であるように感じた。

 

「……話はこれで終わりだ。これが僕の知っている全ての情報であるし、これ以上は女神本人に聞くしかない」

 

「うん。何をすれば良いか、分かったよ。でも、本当にどうしてこんな情報を……」

 

「それは……まぁ、すぐに”分からされる”さ。とにかく、ここで長々と話をしている時間はない」

 

 いもーとは土を蹴って立ち上がると、耳の後ろを掻いた。こちらに背中を向けており、どんな表情をしているのか確認することはできない。しばらく背中を見つめるだけの硬直状態になっていたが、やがて頬をパンっと激しく叩く音が聞こえてきた。伸びきった髪を揺らして振り向くと、握り拳を向けてきた。真っ直ぐに伸びた腕には決意と信念がハキハキと感じられる。それに呼応するように私の鼓動のビートも上がっていく。

 

「……ほら、お前も握り拳を出せよ。お互いの拳を小突きあうのが、このクソみたいな町での"絶対に破れない約束"を意味する行為なんだよ」

 

 絶対に破れない約束。言われるがままに握り拳を作りながら、普段では感じられない、物理的ではない重量感が胸にわだかまっているのを感じる。大きく深呼吸をすると、自分の握り拳を彼女の握り拳に小突いた。わっ、と後ずさる。足元の石につまづいて、そのまま尻餅をつく。私が思っていたより、彼女の小突きが強かったみたいだ。お尻に付いた砂を払っていると上から彼女に見下ろされていた。何か身体に付いているのか。そう思っていると、ふんっと嘲るような笑いをされて背中を向けられた。

 

「ほら、早く町に行け。僕は僕の方で時間を稼いでおいてやるから」

 

 不服という気分ではなかった。むしろ、嬉しいに近いような。この町に来てからロクな目に遭ってこなかったけど、今だけは確信を持って良かったと思える。そんな、不思議な感情。恍惚とした気分に蕩けていると、遠くからいもーとに睨まれていることに気付いた。おっと。私も彼女に背中を向けると、行くべき場所へと歩を進めた。

 

 町に入ると、まず向かったのはうらぶれた街角の図書館である。そもそもがスマコンが普及しているような町だ。本の需要は皆無のようで、子ども一人すらいなかった。(まだ飛空艇内の書庫の方が人もいた気がする)その代わり、一台の錆だらけの機械が本の整理を続けていた。私たちが中に入ってきたのを認知すると、見た目に反した優美な女性の声で「いらっしゃいませ」とことばを話した。飛空艇の中ではこういうAI搭載の機械を見た記憶はあるのだが、この町にもあるとは。通りにも掃除用ロボがいなかったし、てっきりAIの開発はされていないものと思っていた。だが、この広さの図書館を整理するにしては人出……ならぬロボット出が足りないのではないか。

 

 だけど、今はそんなことよりも目的の本である。莫大……といっても端から端まで一分足らずの広さだ。おそらく数時間かければ自力で探し出すこともできるだろうが、そんな猶予はない。飛空艇の書庫だと検索エンジンがあったのだが、ここにパソコンかそれに準ずるシステムは存在するのだろうか。ミトラと手分けして探してみることにする。ここだと建物自体の老朽化は見られるものの、ミトラの最も得意とする(というより鳥羽族のアイデンティティ、とでも言うべきか)飛行能力が十二分に扱うことができる。久しぶりの自由な飛行に、ミトラは思わず空中三回転をしていた。親しい人なら特にだが、ああやって楽しそうな顔をしているのを見ると、こっちまで嬉しい気持ちになる。感情の伝染、のような。……小難しい事を考えていると、頭が痛くなってきた。私は目的の本へと気持ちを再度切り替えると、本の森の中を捜索する。

 

 いもーと曰く「見た目はすごい地味だし、見極める方法は地道にタイトルを確かめていくしかない」らしいのが辛い。せめて、本自体に振られた番号が分かれば早かったのだけど。そうこうしている内に、ミトラが空中から降りてきた。表情を見る限りだと、どうやら何も見つからなかったらしい。地道に捜索するべき、か。ミトラと再度別れると、お互いに図書館を半々に分けて捜索し始めることにした。

 

『よくわかる! 完全版旧時代の書』

 

『人民支配論 ~社員を社畜にする方法~』

 

『これで食事が楽になる!? 固形食糧の製造方法』

 

『マツダイ先生直伝! 初心者でもできる黒魔術』

 

 タイトルから異質さが伺える。飛空艇の中の書庫は検閲済みの、しかも研究書程度しか閲覧することができなかった。そのため、とにかくタイトルが地味だったのだ。やはり自由のある場所だと、こんな風に本を出せることができていたのだ。でも、今のこの国には自由はない。いもーとが語ってくれた事が思い出される。

 

『この町では、誰も気付かない内に”あるもの”が失われてしまったんだ。多分、それが何の気まぐれか、僕やあのおばあちゃんだけに残されてしまったんだと思う』

 

 女神を殺せる、なんて正直私も絵空事であるとは思っていた。実体があるのならまだしも、相手は人々の精神の中にいるのだ。町の人がみんな死ねば……とは思ったけど、そこまで私は非情になれない。それに、物理的に不可能だろう。それこそ、飛空艇のあの白い光を使ったりしないと。だから、その解釈は新鮮だった。”殺せないのなら、私が女神になれば良い”なんて。そんな方法があるなんて、思わなかった。

 

 本の森を彷徨っていると、ふとお尻に何かが当たった。ゴツゴツとして、それでいて丸みを帯びたもの。思わず反射的に離れると、すぐにそれがあの機械であることが分かる。どうやら、触れてしまった本が別の場所に置かれていたのを認識して直しに来たらしい。なんというか、見た目に反して可愛くて健気な生き物だ。

 

「……い、いらっしゃいまセ。何をお探しです、カ?」

 

「えっ……あっ、本をお探しです?」

 

「本のお探、シ。ぴーぴー、検索エンジンを開きます、検索エンジンをひら……」

 

 あれ。良い感じに動いていた機械くんは動きを停止すると、そのまま機能停止してしまった。えっ、ちょっと。私が動揺しているのを気にしたのか、背後からミトラもやってくる。これは……どう誤魔化せば。ひとまず機械くんの上に座る。

 

「…………どうかした……なの、です?」

 

「いや……うんまぁ、見つからないなぁ~って」

 

「…………何に、座っている……なの、です?」

 

「えっと……そう! ちょっと疲れたから、ちょうど良い場所にあった椅子に座ろうかな~、と」

 

 ミトラの視線が痛い。それもそうである、こんな見え透いた嘘が通じるのは咲夜ぐらいだ。そう、咲夜……思い出す度に気分が落ち込んでしまうのは、もう持病みたいだ。床下に目線を落としながら、ヘラヘラと作り笑えてない笑みを浮かべる。もう正直に言ってしまった方が早い気がしてくる。椅子……機械くんのツルツルの頭に触れて、気分を落ち着かせようとする。

 

 あれだけ悠々自適な飛空艇の空間内にいて、なんだかんだAI搭載の機械には触れたことがなかった。一応何度か、コミュニケーション(といっても本の居場所を聞く程度だったが)を取った経験はあるのだけれど。それも飛空艇での生活に慣れてくると書庫に行くより黒服さんに欲しい本の注文をした方が早いことに気付いた為、最初の内の数回だけである。そもそも私の専門外のことだったから、研究中に触れることもなかった。

 

 そんな気持ちで機械くんの冷たさに過去を想起していると、なんだか違和感を感じた。お尻の辺りの温度が徐々に熱くなっている。ただ長く座っていただけかと思っていたが、いや、この温度上昇の速さは異常である。まるで車にエンジンをかけ始めた時のような。そう思った時には、私は床と接吻を交わしていた。

 

「ぴーぴー……もーど修正、しまス……だいあろぐシステム、起動……めもりある、展開……再起動が完了いたしました。いらっしゃいませ、お客様」

 

 蘇ってくれたことにホッと一息をつく。別に起動しなくても支障はなかったが、いや、むしろ起動してくれなかった方がミトラから冷たい視線を向けられることもなかったが。でも、後味が悪かったのは事実だ。機械くんを見ながら、良かった良かった……とミトラに背中を向けて思う。背後から溜息が聞こえてきたのに少し傷付きながらも、「…………あっち、もうちょっと探して……来る……なの、です」と去っていくミトラにダブルスタンドな溜息をつく。息をつきすぎて、溜息の池沼ができそうだ。

 

 機械くんはそうこうしている内に、また本の整理業務に戻り始めた。そうだ、私も本捜索の続きをしなければ。また一行、一行と目線をつづら折りにして捜索していく。このままのペースで探せば、あと三時間もあれば全部の本棚を捜索できるだろう。だが、それからいもーとに指定された場所まで間に合うのだろうか。時間は今日中まで。ここから目的地までは、ざっと走れたとしても三時間はかかる。最悪、ミトラになるべく低空飛行を頼んで飛んで行ってもらえば間に合うのかもしれないが。不測の事態に備えて、時間はあればある方が良い。もっと運動ができる身体を持っていれば、良かったのだけど。

 

「……あっ、そっか! 別に私が探す必要はないのか」

 

 本棚の中身のズレすら検知できるほど”図書館に習熟している”のなら、その本がどこにあるか分かっているわけで。私は私が触れた本のズレをちょうど真横で直している機械くんの方を向き直す。

 

「えっと……”すいません”」

 

「…………ぴーぴー。いらっしゃいませ、お客様。なにか、ゴヨウでしょうか?」

 

「はい。えっと……”本を探しています”」

 

「本、探し……ぴーぴぴぴ……検索モードに切り替わります。お探しの本のタイトルをお願いします」

 

「えっと……”女神教典”って本です」

 

「女神教典……けんさく、ちゅう……けんさく、ちゅう……該当の本は見つかりませんでした」

 

「えっ」と思わず素っ頓狂な声が出てしまう。いもーとの話では、ここにあると確信した声で言われたのだけど。もしかして、既にこの図書館から処理された……のだろうか。でもいもーとが教典を読んだのは数年前らしいし、いくら女神とはいえ自分を称える本を処分しよう、という気持ちにはならないのではないか。いつもの思考の循環だ。こうなってくると、何か状況を打開するためのキッカケが必要になる。例えば……そう。

 

「……ぴー。該当の本は見つかりません……でしタガ、類似のものとして”女神凶典”なら、存在いたしまス」

 

「女神凶典……って、内容は女神教典と同じなの?」

 

「いえ……ルクシェ図書館において過去に登録されていた書物のカタログを閲覧しましたガ、”女神教典”に該当するタイトルの本は存在いたしセン」

 

 なんとなく、いもーとが言っていたことを思い出す。

 

『この町にはいくつか存在しないものがある。それは僕たちみたいに女神によって”不要”と判断されたものが良い例なんだけど、それは人や物質だけじゃない。”概念”も喪失しているんだ。でも……それを”存在しない”と認知しているのは”人”だけなんだよ』

 

 何か思わせぶりな言動だな、と思っていた。その答え合わせがこれだったようだ。機械は記憶しているのだ、過去に何があったのかを。理由は……よく分からないが。得心していたが、はっと意識を取り戻す。私はミトラに見つかりそうだと声をかけると、機械くんに本のある場所へと案内してもらうことにした。

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