まずは千佳ちゃん編を終わらせますので、本編はしばらくお待ちください。
カルデアの一行が、突如発生した特異点にレイシフトを敢行し、その特異点を解決した翌朝のことである。
特異点がホラーの法則に支配されていると発覚し、いくつかの夜を越え、某先輩が何度か殺害されたりしつつも、解決後の朝となれば一行にはひとときの安らぎがあった。
藤丸立夏は、パートナーたるデミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトと共に、散策していた。
人理修復の旅からこれまで、数多の危機をともに乗り越えたふたりは、単なる戦友や、マシュが呼ばう先輩後輩の域を超え、互いに男女を意識する間柄にまで進展している。
勿論、未だ戦いの最中であることや、双方ともに初心極まる性質のため、恋人と称される仲への進展とまでは至っていないが、こうして肩を並べて林中を歩く、ただそれだけのことでもお互いに安らぎを得れる、そんな位置に現状の二人は満足していた。
しかしながら、夏の特異点も既に数回を経て、なおかつ過酷な戦いの最中であったとしても、その意識が変化しないというわけではない。
実際、今回マシュが選んだ水着を模した礼装は、これまで来ていたマシュの奥ゆかしい性格を反映したかのような、色彩も控えめで露出少なめのタイプではなく、色合いも鮮やかに露出を増やしたセパレートのタイプを選んでいた。
そこに、敬愛し且つ思慕を寄せる先輩への感情の影響が些かもないなどとはあるはずもなく、初めて見たときには手放しで褒め称えた立夏をして、落ち着いてよくよく思えば、少々目のやり場に困る程度には意識していた。
「先輩、朝のお散歩はやはり良いものですね」
「そうだね、今までの夜があれだったから尚更ね」
他愛のない会話をしつつ、木々の香りを感じながらゆっくりとした歩みを楽しむ。そんな穏やかな時間が、特異点であることを忘れかけるほどにゆったりと流れていた。
「きゃっ」
「おっと!」
不意に、マシュが木の枝に躓き、よろけたその身体を立夏が支える。二人の身体が密着し、マシュの豊かに実った双丘が立夏の胸に押し付けられた。
「ふぁっ!?」
「ごご、ごめんマシュ! 転びそうだったから!」
「いいいいいえ! だだ大丈夫です先輩! ありがとうございます……」
慌てて身体を離す二人。そしてお互いの似たような慌てっぷりにどちらからともなく苦笑を漏らす。
「ぷっ、あははは」
「ふふっ、先輩、そろそろ戻りましょうか」
「そうだね、イリヤももう起きてきた頃だろうし」
そして立夏は自然に手をマシュへ差し出した。おずおずとそれを握るマシュ。なんとも繋いできたその手と手は、これまで以上に温かく感じた。
この特異点で過ごすであろう最後の一日が、穏やかなものになるであろう事を、この時の二人は疑いもしていなかった。
「立夏おにーさん、マシュおねーさん、おそーい!」
コテージに戻ると、そこには可愛らしい水着に身を包んだ少女が、少々むくれ顔で待ち構えていた。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンという、特異点という場にあまりにも似つかわしくないその少女も、この場にいる以上はれっきとしたサーヴァントである。見た目は小学生の女児でしかないが、こと戦闘となれば頼りになる、しかし見た目相応の部分もある、そんな少女のむくれ顔は、迫力よりも魅力のほうが強かった。
「ごめんごめんイリヤ、朝ごはんだよね」
ずずぃっと距離を詰めてくる少女の頭をポムポムと撫でて、少女が待っていたであろう朝餉を匂わせれば、くきゅぅ〜と可愛らしい音がひと鳴り。
イリヤ(彼女は親しい人にはこう呼ばれる)の顔が真っ赤に染まり、手にした散布機のようなシャワーノズルからそれを揶揄する声が上がる。
『おやおやぁ〜? イリヤさんってばマスターさんの前でなんて可愛らしい音を。夏の開放感で女子力までどこかにうっちゃってませんか〜?』
「も、もうっ、ルビーは黙ってて!」
その声は、彼女に力を与え、サーヴァントたらしめている礼装に宿っている(らしい)ルビーという名の、立夏から見るとなんかよく分からない不思議存在だ。なお、大体場を引っ掻き回しては愉快に生きて(?)いる彼女(?)のからかいが向かう先は、概ね主人たるイリヤその人である。
「ふしゃー! あんまり行き過ぎたら、ルビーなんて置いてっちゃうんだから! わたし一人で夏を満喫しちゃうんだから!」
『ここ特異点なんですけどねぇ……イリヤさん、私なしだと割とガチJSなんですから強がりはよしましょうよー。ただでさえホラーな特異点で夜のお手洗いにも一苦労なさって』
「わー!わー! 何をとんでもないことを皆の前で暴露しようとしてるの! むむむむむ……もう怒ったんだから!」
『え、ちょ、イリヤさん? 何を』
「ルビーなんて、そこで反省してなさーい!」
しかし今回ばかりは少々やりすぎたらしい。乙女の秘密を暴露されかけたイリヤは怒髪天に達し、コテージに併設された物置小屋に駆け出すと、シャワーノズル型のやりすぎた礼装をそこに叩き込み、一気に鍵をかけた。
『ちょ、イリヤさーん! 私が悪かったです! しかしいくらなんでもこの仕打ちは! へールプ! ってあら、なんかこの物置、妙な魔力妨害が……ちょちょちょ、マジでヘルプですイリヤさん! なんかヤバイ感じが……』
「ルビーはしばらく反省してて! まったくもう……」
割と本気で切実な声が物置の中から聴こえるが、イリヤは頑として受け付けない。
藤丸含むその場の面々にも、「絶対に出しちゃだめだから!」とぷりぷり怒りながら、段々と聞こえなくなっていくルビーの声を黙殺する。
どうせ演出だ。この愉快型の精霊(?)が場を引っ掻き回すことにリソースを割くのはいつものことだし、なんだかんだでイリヤも数時間も経てば許してしまう良い子なので、結局誰も彼も物置からの声を真剣に取り合うことはなかった。
その選択を、後悔するとも知らずに。
蓬莱山と名付けられた特異点の奥深くに、ある魔力リソースが眠っていた。
聖杯という名のそれは、この特異点の陰陽の片割れを構築する要素であり、この特異点が厄介になった元でもあり、かつ、聖杯を一つ得たカルデア一行が、それを以て特異点は解決したと誤認した原因でもあった。
その聖杯は、本来であれば、残存した陰陽の側面として歪なホラーへと姿を変え、誰の願望にも染まらぬただの特異点を維持するだけの魔力ソースとして役割を終えるはずだった。
しかしこの蓬莱山には怨念があった。徐福が、虞美人という存在を不死より解き放たんと、二千年以上の長きに渡り連綿と受け継がれ、その中で醸成されてしまった怨念。その徐福は消えたが、彼女の一族の中には、その研究に執着する余りに、怨霊と化してしまった者も存在した。その怨念は、研究材料として使い潰された魔術師たちの怨念と融合し、物語の舞台の裏の裏へと潜んでいた。
そして特異点の主たる徐福が消え、しかし聖杯が一つ残ったこの機に乗じ、活性化する。
それは、あり得なかった一つの可能性。裏の徐福として反転した存在へと至った怨霊は、その恨みを、この特異点を解決し、己が悲願たる研究にとどめを刺した存在へと向ける。
我らの悲願を終わらせたものへ、死よりも辛い責めを。
我らが使い潰された成果を潰したものへ、生よりも辛い堕落を。
様々な怨念の集合体が、徐福の形骸を取り、しかし彼女が取るはずもなかった手段で以て、カルデアを誅せんと這い寄ってきていることに、しかし解決を見たと思いこむカルデア一行が気づいたときには、すべてが手遅れだった。