その日、担任のティアーユは見慣れぬ男子生徒を連れて教室に入ってきた。
制服越しでもわかる細く引き締まった肉体に健康的な小麦色の肌と鮮やかな金髪。高身長もあって威圧的に見えそうな外見だが、柔和で整った顔立ちが雰囲気を和ませる。
「みなさん、おはようございます。この子は転入生のラセール・ハーラマくんです」
「どうも、ラセールです」
ラセールが会釈すると同時に周囲の女子生徒が色めき立つ。気持ちは分かるが、リト一筋のモモには響かなかった。
見た目が良い男など探せばいくらでもいる。だがどんなハレンチな事態に遭遇しても理性を保ち女性を気遣う強靭な紳士的精神と、どんな女性も骨抜きにしてしまう天性のテクニックを併せ持つリトの魅力には遠く及ばない。
もちろん彼の内面が素晴らしい可能性もあるが、すくなくとも現段階で沸き立つほどではなかった。
「ハーラマくんも宇宙人なのよね?」
「はい。辺鄙なところにある小さな星ですが、ハーラマ星という星の王子になります。実は地球に来たのは見識を広めるためでもありますが、私の婚約者探しでもあるんです」
その話に、クラス全体がどよめいた。主に女子が。
「そうなの。でも学校はお見合いの場じゃないから、ほどほどにね……」
「わかっています。ですが、ハーラマ星人は女性の数が少ない種族なんです。こうやって外の世界へ出て婚約者を探すのは王族という立場もあってのことですが、ハーラマ星人の男にとって大事な通過儀礼でもあるんですよ」
「へぇ」と感心するナナ。
「えらいなアイツ。あたしいまから結婚のことまで考えてないぜ」
「あら、私は考えてるわよ?」
もちろん相手はリトだ。
そう。王族として、この手の問題は他人事ではなかった。
【♡】
その日のクラスはラセールの話題で持ち切りだった。休み時間になるとクラス中の女子ほぼ全員がラセールに群がる始末だ。動じていないのはメア、ヤミ、ナナ、モモの四人だけ。ラセールは女子たちの矢継ぎ早な質問にも終始笑顔で対応していた。婚約者探しを公言しているだけに浮ついた会話も多いが、それもソツなく受け流す。そのコミュニケーション能力の高さも、彼の人気に拍車をかけた。
噂は瞬く間に広まり、放課後には他のクラスの女子まで見に来るようになっていた。
そしてその日の帰り道。どうやって先回りしたのか、モモの前にラセールが現れた。
「すみません、モモさん……いや、モモ・べリア・デビルーク様。少しお時間いただいていいですか?」
「え? えぇ」
嫌な予想がモモの脳裏を過る。
そのモモの前で、ラセールは片膝をつき頭を下げた。
「突然で不躾なのは承知でお願いします。モモ姫、ボクの婚約者になっていただけませんか?」
(やっぱり……)
薄々そうくる気はしていた。
なにしろこちらは全宇宙を治めるデビルークの王女だ。辺鄙なところにある無名の星の王族が婚約者探しにきた先でそんな良い条件の相手を見つければ、声をかけない理由はないだろう。姉のララもお見合い話や自称婚約者候補に苦労させられていた。
もちろんその気持ちに応えるわけにはいかないが。
(同じ王族として同情はするけど、こればっかりはね……)
「ごめんなさい。さすがに今日会ったばかりの人とそういうことは考えられませんね……」
「ハハハ、そうですよね。すみません、突然……」
ラセールも土台無理な話だと思っていたのかあっさり諦めた。ほっ、と胸を撫で下ろす。しつこくせがませたらどうしようかと心配だったが、どうやらその心配はなさそうだった。
だが……
「じゃあ西連寺春菜さんにします」
次にラセールの口から出た名前に身体が強張った。
「は、春菜さん……? 春菜さんって二年の春菜さんですか?」
「えぇ。他にいないでしょう?」
「……なぜ春菜さんを?」
「え、だって」
答えるラセールの顔が、ニヤりと嫌らしい笑みを浮かべる。さっきまでの柔和な表情が嘘のように。
「デビルークの王女二人から求愛を受けた男が、その二人を蹴って選んだ女性ですよ? 気になるじゃないですか」
「まだ蹴られたわけじゃ……! って、なんでそんなことまで……」
「知ってますよ、転入前に下調べしたので。結城リトと西連寺春奈が両想いだってことも、貴女が結城リトに頻繁に夜這いをかけてることも」
「なっ……!?」
「いやぁ、デビルークの王女ともあろう方がはしたないですね」
いつからかは不明だが、この男はこっちのプライベートを盗み見ていたらしい。
つまり最初からこっちを狙っていた……?
(この人……紳士のふりしてとんだ食わせ者じゃない!)
「それじゃあボクは春菜さんに交際を申し込みに行くのでこの辺で」
「りょ、両想いだと知ってて行く気ですか!?」
「もちろん。まだ付き合ってないんでしょう? だから貴女だって結城リトへの求愛を止めない。まさか自分は結城リトに言い寄っておいてボクには西連寺春菜を口説くな、なんて言いませんよね?」
「くっ……!」
たしかに自分には彼を止める資格はない。だが相手は春菜だ。リトへの想いなら姉のララに匹敵するハーレム候補の一人。
「ま、まぁ構いませんよ……。あなたみたいな人が春菜さんに言い寄ったところで、絶対に良い返事なんて返ってきませんから」
それだけは断言できる。
しかしモモのその言葉をラセールは鼻で笑った。
「平気ですよ。ボクはハーラマ星人ですからね」
「それがなんなんですか」
「学校でいったとおり、ハーラマ星人は女の数が少ない種族なんです。だからハーラマの男には女を堕とすための能力がいくつも備わっている。地球人の雌なんて、つがいがいようが関係ありませんよ」
「…………そんな、まさか……」
「別に信じてくれなくてもいいですよ」
ラセールが立ち去ろうとする。
いかせていいのか?
もしさっきの話が本当で、リトに一途な春菜でさえも虜にできるような能力があったら?
それによって春菜を失ったら、リトは?
気付けばモモの手は立ち去ろうとするラセールの袖を握っていた。
「ま、まって……」
「なんですか?」
「…………わ、私が……」
「貴女が?」
唐突に突きつけられた選択に言葉が詰まる。
「私が……アナタと婚約すれば、春菜さんには……」
「ええ、モモさんが妻になってくれるならそれ以上は望みませんよ。向こうから
「そんな心配はいりません」
「おお怖い」
おどけて見せるラセールに思わず殺意を抱く。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。ボクも妻になってもらう女性に『脅されて仕方なく』なんて不満を抱えられたままじゃあ後味が悪いし、ひとつ賭けでもしませんか?」
「賭け?」
「一ヶ月」
ラセールは人差し指を立てて言った。
「今日から一ヶ月間、ボクの恋人役をしてください。一ヶ月ボクと愛し合って、それでも貴女がボクを拒絶するならボクは二度と貴女に近づかないし春菜さんにも手を出さないと約束します。どうですか?」
「私に決めさせてあなたを選ぶとでも?」
「そこは一ヶ月後のお楽しみですよ」
そういってラセールは自然な仕草でモモの下腹部に手を這わせた。その瞬間、ゾクリとした熱さがモモの身体を駆け巡る。眠っていた雌の生殖本能をいきなりスイッチオンにされたような感覚。子宮が疼く。反射的にモモはラセールを突き飛ばしていた。
「ハハハ、軽く撫でただけでそんな反応してて、一ヶ月も持つんですか?」
「っ…………」
「ま、安心してくださいとは言いませんが、これから恋人として過ごしてもらっても処女は奪わないと約束しますよ。初めてはやっぱり貴女から懇願してもらいたいですから」
「あらそう。お優しいことね」
言い換えれば、処女以外は奪われるということだ。
だがそれでもマシだろう。もともと全てを捨てる覚悟で申し出たのだから……。