ピピッ、ピピッ・・カチッ。
シンジの手が、起き出した目覚まし時計を、音が大きくなる前に止めた。
彼女はまだシンジの隣で眠りを貪っている。
そっとベットから降り出し、着替えて台所に向かった。
朝食の準備をすると、すでに学校に向かわなければならない時間だった。
メモ用紙にペンを走らせ、テーブルに置くと、一旦部屋に戻り、目覚ましを9時にセットした。
彼女にそっとキスをすると、カバンをもって学校に向かった。
ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピヒッ、ピピヒッ、ピピヒッ、ピピヒッ、ピピピピピピ・・・・。
白い手がシーツの中から伸び、目覚ましを止める。
「・・・・ん~。もう朝ぁ?」
アスカの手が、隣をまさぐる。
がばっと身を起こして部屋を見回すが、シンジはいなかった。
「・・・・・・・シンジぃ~・・・・・」
彼女は、部屋着に着替えると、トイレに入り、それから居間に向かった。
台所を覗いたが、ふとテーブルのメモに気づいた。
-----------------------------------------------
# おはよう、アスカ。
# 学校へ行ってきます。
#
# 空港までは行けませんが、気をつけて行ってきてね。
#
# アスカへ
# シンジ
-----------------------------------------------
「んもう!せめて一言ぐらい言ってからいきなさいよねっ!バカシンジ!」
アスカは部屋に戻るとメモを取り出し、書き留めると机に置いた。
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# シンジへ
#
# 浮気しないで、待ってるのよ!
#
# by アスカ
-----------------------------------------------
ミサトの部屋に行き、起こす。
「ミサト、そろそろ起きなさいよ。準備大丈夫なの?ミサト?」
「ふぇ~、おはよう。ふあぁぁぁぁぁ。」
二人でシンジの作ったご飯を食べると、荷物をまとめた。
「これで、よしっと。アスカぁ、そろそろ出るわよ。」
「は~い。」
ゴロゴロとスーツケースを引きずったアスカがバックも抱えて運んできた。
「チケット!」
「OK!」
「パスポート」
「OK!」
「IDカード」
「OK!」
「じゃ行きましょうか? アスカ、シンちゃんとはOK?」
「お、OKって何が?」
「暫しのお別れよ。」
「ふん、もう学校へ行ったわ。」
「あら、そう。・・・・・ケンカでもしたの?」
「べつに。ほら、急がないと遅れるわよ。」
二人は車のトランクと後部座席に荷物を積むと走りだした。
「ねえ、アスカ。」
「なに?」
「あなた最近、人当たりが柔らかくなったわね。」
「そう?自分じゃ気が付かないけど。」
(そういえば、最近大声を張り上げて喚く事もしてないな・・・・)
「愛する旦那様のせいかなぁ?」
「な、なに言ってるのよ。これが普通のあたしよ。」
「シンちゃんに心身ともに満たされて幸せいっぱいなのねん。」
「なにが言いたいのよ。ミサト。」
「べっつにぃぃぃ。でも、あなた今いい顔してるわよ。大事にしなさいね。」
「わ、わかってるわよ。それより、早く行きなさいよ。」
「ア~スカちゃん。」
「なによ。」
「ちゃんと避妊してるんでしょうね。アレ、ちゃんと使った?」
ぶっ、アスカは飲んでいたペットボトルのお茶を噴出しそうになった。
「だ、大丈夫よ・・・・多分。あの後は、お薬使うか、ミサトから貰ったの使ってるから。」
「そう、ならいいけど。・・・・いい?もし体調に変化があったらすぐ言うのよ。」
「わかったわ。」
空港に着き、搭乗手続きを済ますと、銃をホルスターごと預けた。
「さてと、後は乗るだけっと。」
「ね、ミサト。なんか軽くお腹に入れておきましょうよ。飛行機の中じゃ目的地時間だから、暫く食事出ないわよ。」
「そうね、いいわよ。」
この頃シンジは~
「おはようさん、シンジ。」
「あ、おはようトウジ。」
「なんや、惣流もう行ってもうたんか?」
「うん。」
下駄箱を開けると、バラバラと数通の手紙が落ちてきた。
シンジは拾うとカバンにしまった。
「碇君おはよう。」
「あ、おはよう洞木さん。」
「おはよう鈴原。」
「おはようさん。」
「ね、碇君。その手紙・・・どうするの?」
「うん、一応読んでから捨てようかな・・・と。」
「だめよ、返事書いたりしちゃ。あたしがアスカに怒られるわ。」
「うん、でもなんか心苦しいんだよね。多分勇気を振り絞って書いた手紙だと思うんだ。
だから、ちゃんと断らないといけないかなって。」
「そうね、そんな優しいところが碇君なのよね。でも、必ずちゃんと断るのよ。」
「うん、そうする。」
その日から、至るところでシンジが女の子に頭を下げているところが見られた。
「ごめんなさい。」
「あの・・・やっぱり・・・惣流さんですか・・・。」
「・・・・ごめんなさい。」
「あの・・・・でも忘れないでください・・・・ずっと好きだったんです・・・・碇先輩の事・・・・。」
そう言うと、少女は駆け出していった。
「はあぁぁぁぁぁ。」
シンジは心の痛みを少し感じながら、教室にもどった。
「なんや、センセ。しけたツラして。」
「うん。なんか疲れてきちゃった。」
もう、やめよう・・・きりがないや。
昼休み、トウジは体育館でバスケットボールに興じていたころ、シンジは一人で、屋上で景色を眺めていた。
「あの、碇先輩。」
「はい。」
振り返ると二人の女の子が立っていた。
一人はショートカットでボーイッシュ。
もう一人は、長い髪の清楚で、だれが見てもかわいいというだろう女の子だった。
ボーイッシュな子が口火を切った。
「碇先輩、実はこの子が先輩に、告白したいって・・・。
お願いです、聞いてあげて下さい。 ほら、ミーちゃんしっかり。」
「あ、あのぉ~。」
「はい。」
「碇先輩のこと・・・・ずっと・・・・・・・・・・・・・」
「ほら、ミーちゃんしっかり!」
「・・・・だめっ!やっぱり恥ずかしいよぉ、マーちゃん。」
「だめよ、ちゃんと言わなきゃ。」
「だってぇ・・・・」
「んもう、しょうがないわね。 碇先輩!」
「あ、はい。」
「この子ね、1年2組の庄野ミヨって言います。で、この子、先輩のこと好きになっちゃったみたいなんです。」
「はい。」
「で、体調崩すぐらい思いつめちゃって、だから付き合ってあげてください。」
「あ、あの。ごめんなさい。やっぱりできません。」
「マーちゃん、もう・・・帰ろうよぉ・・・・」
「即答ですかっ。もう少しは・・・・。」
「庄野さん?」
「・・・・はい・・・・。」
「僕は今、付き合っている人がいます。僕にとってとても大切な人なんです。
だから悲しませたりしたくありません。ごめんなさい、今の僕には貴方の気持ちに応えることができないんです。」
「・・・・・・・はい・・・・・・・・・。あの・・・・ごめんなさい。」
「ちょっと!碇先輩!」
「はい。」
「付き合っている人って、あの外人ですかっ!」
「(外人って・・・・)うん。」
「マーちゃん・・・・もう・・いいよぅ・・・・」
「ミーちゃん、ダメよっ。はっきりさせとかなくちゃ。」
「国に帰ったって聞いたんですけど、それでもまだ付き合ってるんですか?」
「あ、あれはね、帰ったんじゃなくて、仕事の都合で出張・・・って言えばいいのかな・・・3ヶ月間だけなんだよ。」
「そうなんですか・・・・。」
「庄野さん、ほんとうにごめんなさい。」
「わかりました。じゃ一度だけ・・・一度だけでもデートしてあげてください。この子と。」
「えっと・・・」
「如月っていいます。」
「あの、如月さん、それに庄野さん。もし僕が庄野さんとデートしたら、アスカを苦しめることになると思います。
彼女・・・結構やきもち焼きだから・・・・。それに・・・庄野さんかえって辛いんじゃない?」
「・・・・・あの・・・もういいです。」
そう言うと、庄野という女の子は駆け出していった。
「あ、ちょっと待ってよっ。ミーちゃん待ってったら!」
「碇先輩!せめて一度だけっていうあの子の気持ちも考えてあげて下さい。一度だけなんですっ!放課後聞きにきますからっ!」
それだけいうと、如月という女の子も走っていった。
「はあぁぁぁ・・・」
(アスカぁ・・・早く帰ってきてよぉ・・・・)
「なんや、センセ、難儀やなぁ~。」
「あれ、トウジ・・・。」
「ああ、体育館から見かけてもうてな・・・・つい・・・・。」
「見てたの?」
「つい・・・でも、あれ諦めてへんで。災難やなア。」
「はあぁぁぁ、トウジ、僕、逃げていいかな・・・・。」
「ま、浮気はあかんしなぁ。それより、午後の授業はじまるで」
「いけね、戻ろう、トウジ。」
僕は、午後の授業が終わったら速攻で帰ろうと考えたが、掃除当番に当たっていることを思い出した。
「ほな、センセ、惣流もおらん事やし、ゲーセンでも。」
「あ、トウジ・・・ごめん、僕、今日は掃除当番なんだ。」
「そりゃしゃあないな。んじゃ。」
「ああ、また明日。」
掃除を始める直前に、洞木がシンジの肩を叩いた。
「ね、碇君、如月さんという人と庄野さんという人が来てるけど。」
「ごめん、もう帰ったって言ってくれないかな・・・。」
「無理よぉ、だってこっち見てるもの。」
(はう~~カンベンしてよぉ・・・・)
「碇先輩っ!」
「・・・・・はい・・・。」
「どうですっ!一度だけ。」
「あの・・・(弱ったな・・・)」
「あなたたち、1年?」
「「はい。」」
「そう、私はクラス委員をやってる洞木ですけど、実は碇君付き合っている人がいるの知ってる?」
「はい、碇先輩から聞きました。」
「そう。じゃなんで・・・・。」
「この子、一度だけ碇先輩とデートしてほしいって・・・。それで・・・・。」
「そう・・・・。でもそれじゃかえって貴方辛くならないかしら。」
「あの・・・・クラス委員ってここまで面倒みるんですか?」
「い、いえ、あのね・・・個人的に頼まれているだけよ。委員は関係ないわ。良ければ事情・・・
聞かせてくれる?」
「はい・・・実はミー・・庄野さん・・来月には転校するんです。
で、ずっと好きだった碇先輩に告白したんですけど・・・・せめて、一度だけ・・・碇先輩とデートさせてあげたいんです。思い出に。」
「そう・・・・。困ったわね・・・・。碇君にさせるわけにもねえ・・・・・・。」
「ねえ、みんなでデートだったら、どうかな・・・?」
「そうね・・・それよ碇君。私が一緒でよければ・・・・。」
「じゃ、トウジも誘おうよ。」
「え、鈴原も・・・・そ、そうね、あくまでも二人の付き添いですからね。」
「わあっ!よかったね、ミーちゃん!じゃ今度の土曜日でいいです?」
「そうね、鈴原の予定も聞いて見なくちゃいけないから・・・明日でいいかしら。」
「はいっ。 ほら、ミーちゃん。よかったね。」
「えっと・・・。」
「あ、わたし如月っていいます。」
「えと、如月さん。あなたはどうするの?」
「たのしそうだから・・・一緒に行ってもいいかな・・・ね、ミーちゃん。」
「うん・・・・来て、彼と一緒に。」
「うん、ありがと。ミーちゃん。」
「じゃ、庄野さん。よろしく。」
そう言うと、シンジは手を差し出した。
「・・・ほらっ!ミーちゃん。」
庄野はオズオズとシンジの手を握り返した。
「あれでよかったのかしらね・・・・」
「あの、洞木さん、この事は・・・・。」
「わかってるわ、碇君、但し碇君もアスカに黙っててね。わたし、裏切り者になりたくないもの。」
翌日、シンジが事情を話しトウジも「ええで。」の一言で参加することになった。
如月と庄野それに、初めて会う少年が教室に来て、日程も土曜日、遊園地へと決まった。
結局、3組のペア、6人のグループデートが決まった。
~その頃、ミサトたちは~
「ぐわ~・・・ぐわ~・・・・ぐごごごこ・・・・」
ミサトはビジネスクラスのシートを倒しきって、豪快なイビキを掻いていた。
(しっかし、加持さんこんなのホントに好きだったのかしら・・・?)
アスカは、飛行機の窓から、夕暮れの雲を眼下に眺めながら、ため息をついた。
それから数日後、昼休みに1年の後輩たちは、お弁当を持参で、屋上に来るようになった。
「あの・・・碇先輩・・・お弁当・・・作ってきたんですけど・・・。」
「え、あ、ありがとう。」
「そういえば、碇君、最近、パンね。」
「うん、一人分だと作る作る気がしなくってね。」
「先輩っ。ミーちゃんの最初で最後のお弁当なんですから、味わって食べてくださいね。」
「う、うん。頂くよ。」
よく見ると、庄野は美人という訳ではないが、ぽちゃっとしたかわいいタイプの娘だった。
「あの、碇先輩。ひとつ聞いていいですか?」
如月の彼氏だという、坂場という少年が尋ねた。
「なんだい。坂場君。」
「惣流さんとはどのぐらいのお付き合いなんですか?」
「う~ん、応えにくい質問だなあ・・・。」
「こら、坂場っ!先輩にそんな事聞いちゃ失礼でしょ!」
如月が坂場を小突きながら言った。
「いや、いいんだよ。」
「碇くん・・・いいわよね。話しても・・。」
「うん。そうだね。」
「実は、碇君と惣流さん、婚約しているのよ。」
「「「ええっ!」」」
「ほんとですか?すごいなあ。」
「せや、センセはな、もう大人の・・」
ゲシッ!
間髪を入れず、ヒカリの肘が鮮やかにトウジに決まる。
「ぐはぁっ!!」
「ねえ、庄野さんどうして僕だったの?」
「碇先輩は、私の憧れだったんです。初めて見たのは音楽室でした。先輩は一人でチェロを弾いて
ました。」
「碇君、そんなことあったんだ。」
「うん、マンションじゃ音が響いちゃってね。チェロって結構大きな音がするんだ。だから、ときおり音楽の先生の持っているチェロを借りて練習してたんだ。チェロって大きいでしょ、持って歩くと目立つしね。」
「先輩のチェロを聞いているうちに、なんだか涙がでちゃって・・・・
なんて切なくてそして暖かい音をだすんだろうって・・・。それから、私・・・時々、音楽室で練習している先輩を見てました。」
「ごめん、まったく気が付かなかったよ。」
「ううん、私、隠れて見てたから・・・・。」
「で、昼休みによく消えるミーちゃんを不思議に思ったあたしが、追っかけた先が音楽室だった訳です。
ま、実は以前ミーのちょっと気になってた人をあたしが取っちゃったから、ここは一肌脱ぎまして。」
「で、碇君に?」
「へへっ、ごめんなさい。」
「でも、それでいいの?庄野さん。辛くない?」
「はい。坂場君のことも、元はあたしがはっきり出来ないからだったと思ってます。だから、いい思い出が作れれば、それで。」
「そう・・・。」
「そうやっ!シンジっ、ワイらにもチェロつーの聞かせてーな。」
「そうね、私も聞いてみたいわ。」
「うん、アスカには時々、弾いてあげてたけど。みんなの前じゃなかったね。」
シンジは最近、良く練習をしているので、多少の自信がついていた。
そして、帰ってきてからというもの、なぜか長年弾いてたような感じで譜面を一瞥するだけで簡単に弾けていた。チェロばかりでなくピアノもそうだった。
「ね、碇先輩僕も聞きたいです。僕もビオラを習ってるものですから。」
「うん、じゃあ、火曜日の午後に音楽の授業があるから、放課後、音楽室とチェロ、借りられるか聞いてみるよ。」
「「やったあ(~)」」
午後の音楽の授業が始まるまえに、シンジは先生に相談したところ、放課後は音楽部の練習もないので、事由に使っていいとのことであった。
ただし、シンジたちの授業で2.3曲披露する羽目になった。
「碇君、君は度胸さえつければ、コンクールにも出れる、十分な腕を持っているんだ、たまには、こういうことも必要だよ。」
音楽の授業で、
「さて、今日は碇君にチェロを引いてもらおうと思う。みんな、静かに聞くように。」
ヒソヒソ・・・
ガヤガヤ・・・
「・・すげえな。・・チェロだってよ。・・・碇君素敵・・・・。」
「はい。静かに!じゃ初めてくれるかね。」
「はい。」
多少ドキドキしていたシンジだが、目を瞑り、深呼吸を一つすると、そのままま弾き出した。
シンジは考えていた、いま、目の前にはアスカだけがいて、奏でているのだと。
チェロの奏でる音が教室を包み、切なく・・時には、暖かく・・・語りかけるように一つ一つの音を奏でた。
弓が最後の音を余韻とともに引ききり、静かに立って、お辞儀をした。
直後、大きな拍手の波に包まれていた。
クラスメートの何人かの女の子は、ハンカチさえ目に当てている始末である。
「碇、腕を上げたなぁ。・・・お、チャイムか。よし今日はこれまで。」
その後、チェロを片付けているシンジはクラスメートの女子に囲まれた。
「碇君、素敵ぃ!」
「すごいわ。」
先生に礼をいって一旦チェロを返すと、シンジも教室へと戻った。
「なんやセンセがもてる訳がわかったわ。」
「そんなことないよ。」
しかし、この噂は翌日には知れ渡り、シンジのファンを確実に倍増させていた。
放課後、チェロを手にしたシンジは、再びミニコンサートを開いていた。
「あれ?トウジたちは?」
「先輩たちは、掃除みたいですよ。」
「そう、じゃあ始めるね。」
~演奏が終わって~
「はあ、すごいもんですね。碇先輩。コンクールでれますよ。」
「まだまだだよ。僕の腕じゃ。」
「そんなことないです。すごい素敵でした。」
「ありがとう。庄野さん。」
土曜日、シンジは、待ち合わせの駅前に居た。
黒のタンクトップに黒のGパン、それに腕を捲り上げた麻の薄手のジャケットという出で立ちだ。
足元は黒のスターンスミスで固めている。
この見立ては、アスカが見立てたものだった。
「せんぱ~い!待ちましたぁ?・・はぁ、はぁ、はあ。」
「今来たばかりだよ。」
「ぜいっ。ぜいっ・・・・・なによ、ミーちゃん。ダッシュで走るんだもの・・・。」
「へへへっ」
「そうだ、坂場君、悪いけどこれ頼めるかな?」
そう言うと、シンジは小さい方の、藤のバスケットを差し出した。
「今日のお昼だけど帰りには軽くなるからね。」
「すごい、先輩って料理もできるんですか?」
「う、うん。まあ、チェロよりは自信があるかな。」
「う~ん。負けました。」
坂場ががっくりおどけて、うなだれる。
「惣流先輩にあこがれてた同級生も沢山いたけど、これじゃだれもかなわないよね。」
「碇先輩!今日一日だけは、私の恋人でいてくださいねっ。(きゃっ!言っちゃった!)」
「わ~ミーちゃん。大胆っ。」
「いや~、シンジ。すまん。おそなってしもた。」
「ごめんね、碇君。鈴原ったら、私が行くまで寝てたのよ。信じらんないっ!」
「はははっ。じゃあ行こうか。」
シンジたちは、リニアに乗り、遊園地へとやってきた。
荷物を預かり所に預け、身軽になったシンジたちは、ティーカップやら射的やら楽しいひと時を過ごした。
「さて、お昼にしようか。どこがいいかな。」
「シンジ、あそこの芝生なんかどや。日陰やし。」
「そうだね、じゃ、僕、荷物取ってくるよ。」
「あ、あたしたちも手伝います。」
後輩たちが後に続いた。
「ワイらは、先に行って場所とっとるでぇ。」
「わかった、トウジ。」
「坂場君、このシートをみんなで広げてくれる?」
「了解です、碇先輩。」
シートの上に二つのバスケットが置かれ、食器やグラス、そしてシンジが今日朝早くから起きて作ったランチが広げられていった。
「すっごいっ!まるで、映画に出てくるピニックみたい!」
「これって、本当に碇先輩が一人で作ったんですか?」
「うん、そうだけど。」
そこには、ちょっとしたホテルのオードブル並の料理と、綺麗に彩られ、具がたっぷりと詰められたサンドイッチがあった。
「惣流先輩が羨ましいな・・・・・」
「さあ、食べよう。」
「んんっ!この卵焼きっ!絶品だぁ。」
「うわ~、このから揚げ、おいしい~!」
「相変わらず、碇君の料理って、女として危機感感じるほどおいしいのね。」
「ふあ~。おいしかった。」
「ごちそうさまぁ~。」
午後は、みんなで、お化け屋敷やゲームセンターで遊んだ。
そろそろ、夕方が迫ろうとしていた。
「じゃ、最後にみんなで、観覧車に乗りませんか?」
坂場が提案した。
6人のカップルのうちシンジとミヨは最後のほうに並んでいた。
最初に坂場と如月が乗り込みんだ。
次にトウジとヒカリが乗り込み、シンジも一緒に乗り込もうとしたが、係員に制止され、仕方なく次のハコに二人で乗り込んだ。
ミヨはシンジの向かいの座席ではなく、シンジの隣に座った。
観覧車は4人乗りの箱ではあったが、小ぶりな作りで、二人並んで座ると、ぴったりと体をくっ付いてしまうものだった。
「あの・・・碇先輩・・・今日は我侭聞いてもらって、本当にありがとうございました。」
「いや、うん。今日はみんなと遊べて楽しかったよ。」
「・・・・あの・・・・手・・・・繋いでも・・・いいですか?」
シンジの手が、すっ伸び、ミヨの手をしっかりと握った。
ミヨが真っ赤になり俯く、シンジも赤くなるが、外の景色を見ていた。
結局、そのままで、観覧車は一回りして戻ってきた。
リニアから降りると、すっかり暗くなっており、現地解散となった。
「じゃ、ここで解散かな。」
「碇先輩っ、今日はありがとうございました。」
ちゅっ!
そう言うと、、シンジの唇をミヨの唇がすっと奪った。
「あちゃ~。」
「まあ・・・。」
「・・やってもうた・・」
残りの者はあっけに取られているようであった。
「碇先輩、さよなら。」
「うん。さよなら。」
結局、庄野とはその後、二度と会う事はなかった。
シンジは、聞く人がいないマンションでチェロを弾いていた。
静かに、チェロの調べが空間に消えていった。
場所は変わって~
「さあ、ここが私たちの暫くの住処よ。」
「ふん。まあまあね。」
ミサトとアスカはドイツの支部に程近いホテルに居た。
ホテルとは言っても寝室が二部屋ある長期滞在のタイプであった。
「ね、ミサト。いつから仕事始めるの?」
「そうね、今日は夕食を兼ねて打ち合わせ。で今日は休日だし、仕事に入るのは月曜日からね。」
「月曜は、会議があるんでしょ?あたしも出るの?」
「あ、アスカはいいわ。どうせくだらない話だから。それより、こっちのエージェントと打ち合わせをしておいてね。」
「う、それがあったか。暫くぶりだから、あっちこち行こうかと思ったんだけどな。」
「アスカ・・・仕事で来てんのよ。」
「はいはい。」
実際には、二人の実務は多忙を極め、あっという間に2ヶ月が過ぎていった。
「・・・・だから、言ってるでしょ! 日本での受け入れの問題が発生するから、A-223コンテナを先に出して・・・・」
アスカは、現地の担当者と揉めるミサトをぼんやりと見つめていた。
(・・・・なんか、最近・・・眠いわね・・・・ちゃんと寝てるんだけどな・・・・・)
「・・・スカ・・・アスカったらっ!」
「・・えっ! あ、なに?」
「どうしたのよ、ぼんやりして。シンちゃんのことでも考えていたの?」
「べつに、ちょっと眠いだけよ。疲れてんのかしら?」
「今日のところは帰って寝たら?」
「そうね、そうするわ。」
「ただいま。・・・・・・アスカ?・・・・・・・・・・・・・・寝てるのかしら。」
アスカの部屋をノックしたが返事は無かった。
「アスカ?・・・・・・・入るわよ。」
アスカの部屋をそっと開ける。
彼女はベットですっかり眠っていた。
ミサトはアスカの頭に手をやり熱を見る。
僅かに熱いようだ。
ホテルのフロントに連絡し、体温計を借りる。
「アスカ。ちょっと熱測って。」
「あ、うん。」
「7度2分・・・・微熱があるわね。明日支部へ行ったら、医務室でみて貰いましょうね。」
「おなか空いた・・・・・。」
「あら、食欲はあるのね、じゃ食べてお薬でも飲む?」
「どうせ単なる風邪でしょ。食べて寝てりゃ治るわよ。」
翌日、アスカの微熱は下がらず、二人は医務室へ向かった。
アスカをドクターに頼み、仕事へ戻った。
「葛城少佐・・・呼び出してますよ。ほら。」
ミサトはスピーカーから流れる呼び出しを聞いた。
「何かしら・・・・悪いけどちっと行ってくるわ。」
「本部の葛城です。」
「あ、お呼びたてしてすみません。実は、お知らせしなければならない事が出来ました。」
「アスカになにか・・・。」
「彼女・・・惣流さん、妊娠してます。」
「・・・はい?」
「妊娠してるんです。」
「そうですか・・・本人には?」
「いえ、まだです。」
「会えますか?」
「ええ。こちらへどうぞ。」
彼女は、医務室の診療台に座っていた。
「アスカ・・・。」
「ねえ、あたし妊娠してるって?」
「ええ。ドクターから聞いたの?」
「そうじゃないわ、今月、生理が遅れているから・・・・なんとなく。」
「前に、貴方たちの考えを聞いたわよね。その時と今も変っていない?」
「ええ、私・・・・生みたい。・・・・・ただ・・・」
「ただ、なに?」
「あたしね、シンジにずっと頼ってきた。一緒にマンションで暮らすようになってから・・・・
シンジには酷い事ばかりして・・・でもあいつは、それを受け止めてくれたの・・・
エヴァに乗る惣流・アスカ・ラングレーではなく、一人の人間としての惣流・アスカ・ラングレーとして見てくれていたの
・・・・・・それに気づいたのは最近だけど、それまでも、何度も何度もあたしを助けてくれた。」
「そうね。」
「あたしが壊れて、心を失ってたときもずっと居てくれた・・・・あたし・・・自分が気が付かない間に、シンジにずっと頼ってた。
ピンチになったら、必ず助けに来てくれると心のどこかで、信じてた。
・・・・・・・・ね、あたし生んだら、もっとシンジに負担をかけることになるの知ってるわ。
シンジは多分、いえ、間違いなくあたしと子供を護ってくれる・・・・自分がどんなに傷ついても・・・・・・・。」
「アスカ・・・・。」
「シンジを苦しめたくない・・・・・・・でも、赤ちゃんは殺したくないのっ! ねえっ!ミサトっ! あたしどうすればいいのかわからない・・・・・。」
「いい?アスカ。赤ちゃんが出来れば、精神的に不安定になるのよ。
私も持った事はないから、良くはわからないけど。
貴方たちは、将来を約束したんでしょ?どんな事も、二人で乗り越えなくちゃいけないのよ。
貴方が頼るのはシンジくんよ。頼るべき相手なの。シンジくんも同じよ。
お互いの苦しさや楽しさを二人で分け合ってこそ一緒になれるんじゃないの?
あなたの気持ちは、わからないでもないわ、でも、よく考えて・・・・・。シンジくんは、貴方の為に戦ってきたのよ。
シンジくんと良く話し合いなさい。そして、できるだけ早く結論を出して頂戴。」
「ん・・・・ぐすっ・・・・うん。」
「でも、忘れないで・・・あたしは貴方たちの味方よ。」
「ミサト・・・・・・ありがと。あたし・・・・・・・シンジに電話してみる。」
「さ、今日はもう帰りなさい。ちゃんと食事して、眠りなさい。いい?」
「うん・・・そうする。」
シンジはテレビをなんとなく見ていた。
ピルルルッ、ピルルルッ、ピルルルッ。
カチャ。
「はい・・葛城です。」
『あ・・・シンジ?』
「アスカッ? アスカだね。」
『うん。どう?そっちは変らない?』
「うん、相変わらずだよ。そうそう、新しい大学・・・決まったよ。帰ってきたら一緒に行けるといいね。」
『ホント?よかった・・・シンジ・・・。』
「そっちは、忙しい?」
『うん。でも少しは慣れて来たわ。』
「そう。ミサトさんも元気?」
『ええ、でも忙しくて、ビールに溺れられないのが不満みたいね。』
「相変わらずだなぁ、ミサトさんも。」
『ねえ・・シンジ・・・・実は相談があるの・・・・。』
「どうしたの?」
『あたしね・・・・できちゃったみたい・・・・。』
「えっ!もしかして・・・・。」
『そう・・・赤ちゃん・・・・・ね、シンジ・・・・あたしどうしたら・・・・わからなくなったの・・・・。』
「アスカ・・・・僕の気持ちは知ってるよね?」
『ええ。』
「アスカが生みたく無いなら別だけど、僕は生んでほしい・・・・。
たしかに生まれれば、辛い事や苦しいこともいっぱいあると思う・・・でも、アスカがいれば、乗り越えられると思うよ。
まして、子供が居たら、どんな事でも乗り越えてみせるよ。だから・・・・ね、アスカ。」
『シンジ・・・・あたし・・・生んでもいいの?』
「もちろんだよ。」
『・・・・・ありがとう・・・・シンジ・・・。・・・・・・あたし我侭ばっかりだね・・。』
「アスカ、それは違うよ。前に、言ったはずだよね、ずっと一緒に居ようって。
アスカ・・・よく聞いて。
僕はアスカに頼ってほしいんだ、まだ僕は頼りきれない存在なのかもしれないけど、アスカの為だったら、どんなことにでも向かっていくつもりだよ。」
『うん。ありがと、シンジ。あたし、側にいてもいいんだよね。頼ってもいいんだよね。』
「アスカ、しっかりして。もう一人じゃないんだから。その子は僕たちの絆なのだから。」
『うん。シンジ・・・・愛してるって言って・・・』
「愛してるよ、アスカ。今までも、そしてこれからもずっとね。」
『うんっ!シンジっ!だ~い好きっ!』
「大事にしてね。自分も、お腹も。」
『もっちろんよぉ。シンジっ!頑張って早く帰るね。』
「うん。まっているよ。」
『じゃ、シンジ。またね。』
「うん、また電話して。」
カチャ。
(父親になるのか・・・・・僕。・・・・・・・・・しっかりしなくっちゃ!)
(あたし・・・・母親になるんだ・・・・・・・シンジ・・・・会いたい・・・・)
アスカは、ベランダに出て空を見ると、きっと先を見据えた。
「いくわよ、アスカ。」
携帯を取り出し、ミサトのナンバーをコールする。
『なに?アスカ。』
「決めたわ、あたし生む。」
『そう、シンちゃんにも話した?』
「うん、気持ちは変らないって。」
『そう。おめでとう。アスカ。』
「うん、ありがとう。ミサト。でも、ごめん。迷惑かけるね、ミサトにも。」
『いいのよ、そんな事。家族でしょ? あたしたち。』
「うん。ありがと。」
『今日は、早く帰るわ。』
「うん。じゃあね。」
(はあぁ~。これからが大変だわね。とりあえず、冬月司令に電話いれとくか・・・。)
「はい・・・わかりました。ありがとうございます。いろいろとすみません。」
『それとね、二人のことだが、国連には私が話をつけておくよ。』
「はい。ありがとうございます。私の監督が至りませんで。処分はいかようにでも。」
『それより、惣流少尉のこと頼むぞ。』
それからは、目の回るような忙しさだった。
唯一助かったのは、アスカの親権者である父親が、あっさりとこちらの提案に了解したことだった。
「アスカ、おはよう。」
「ん、おはよ、ミサト。」
「体調はどう?」
「別に変らないわ。ま、眠いのは相変わらずだけど。食欲だってあるし。」
「そう。よかったわ。ところで、帰化の件OKになったわよ。貴方はこれから冬月アスカよ。」
「ん、みんなにいろいろ助けてもらっちゃったわね。」
「ね、あたしの子供・・・生まれたらどうなるのかしら。」
「そうね、法律が変って結婚年齢が16歳になったのは知ってるわよね。」
「ええ、男が16、女が15というのは聞いたわ。」
「シンちゃんの場合、あと1年ほどあるのよね。ま、シンちゃんの認知という形になるでしょうね。」
「私生児になるってこと?」
「形的にはね。」
「ま、しかたないか。」