※この作品はR-18です。

冥界への案内人   作:伊駒辰葉

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長かったので分割しました。
電車~信号の流れは変わりません。


二章
電車の中で


 両親に弟一人。大学に通うために地方から出てきたから今は一人暮らし。週に三度のアルバイトで小遣い稼ぎはしているが、家賃や学費は全て親持ち。酒と煙草はほどほどで女のほうはからっきし。……そんな話を順は苛々しながら聞いていた。つり革につかまって隣で楽しそうに喋っているのは和也だ。

 

「もういい。判ったから黙れ」

 

 人目のある電車の中ということもあって順は声を出来るだけ潜めてそう言った。そもそも何で一緒に電車に乗ったりしなければならないのだ。そう思う心の傍らで順は深く後悔していた。

 

 和也は本人が言った通り、一人でとあるアパートで暮らしている。怒りに任せて和也の部屋を出た直後、順は途方に暮れた。見慣れない景色に囲まれ、情けない気分で落胆の息をつく。順はその時、自分がどこにいるのかが全く判らなかったのだ。

 

 大学がどちらの方角にあるのかも判らない。結局、順は仕方なく和也に道を訊くことにした。目的地はどうせ同じなんだから一緒に行けばいいだろ。そんな和也の申し出に頷いたのがそもそもの間違いだったのだ。

 

 今さらプロフィールなど知りたくない。だがそう思いつつも順はちょっとした驚きも感じていた。和也と知り合ってからもう一年以上経っている。なのに未だに順は和也がどういった人間なのかをまるで知らなかったのだ。

 

 えー、と不服を唱える和也を鋭い視線で睨みつける。だが和也は懲りずに順に話し掛ける。

 

「でも不公平だろ? オレばっかり知ってんだしよ」

「……だから、別に俺はお前のことなんて知りたくは」

 

 そこまで言ってから順は口をつぐんだ。傍に座っている女子高生たちの視線が何故かこちらを向いている。二人組の女子高生がちらちらと順と和也を見ては身を寄せ合って小声で話をしているのだ。

 

 何だ? 訝りに眉を寄せて順は何気なく隣の和也を見た。和也もどうやら視線には気づいていたらしい。二人組の女子高生に人好きのする笑みを向けてひらひらと手を振っている。順は眉間に皺を寄せて和也の袖を引いた。不思議そうな面持ちで和也が首を傾げる。

 

「よせ。余計に見られるだろう」

 

 女子高生たちが自分たちを見ている理由は判らない。けれどこれ以上、見られたくない。そんな思いから順は和也を小声でたしなめた。

 

「何だ。大勢の前ですっぽんぽんは恥ずかしくねえのに、たかだか女の子二人の視線が恥ずかしいのか?」

 

 少しは人の目も気にはしているのだろう。和也も小声で返す。順は本格的に不機嫌な面持ちになって呆れたため息をついた。どうしてこう、和也は言われて不快なことはすらすらと口に乗せてくれるのだろう。

 

「いいからもうお前は何もするな。不愉快だ」

 

 それ以上どう言っていいか判らず、順は不快感を目一杯こめて吐き捨てた。再び和也がえー、と不服の声を上げる。順はそんな和也を横目に厳しく睨みつけた。

 

 電車の窓の外を流れる景色にぼんやりと視線を向ける。景色が見慣れないのも当然だ。電車の駅を見て初めて判ったことだが、和也の借りるアパートは大学を挟んで順のアパートの反対側に位置していた。しかも大学まで電車を乗り継いで一時間以上かかる。普通、借りるなら大学の近くのアパートにするんじゃないか? そんな順の質問に和也は笑ってみせた。和也曰く、下手に大学に近いのも考え物らしい。そう言われて順は真面目に考え込んだ。

 

 順はアパートを借りる際、大学に近い場所はわざと避けた。自転車で二十分という中途半端な距離を選んだのは、例え大学に通っていることが両親に知れてもすぐには見つからないと踏んだからだ。

 

 それともう一つ、順が大学の傍の部屋を選ばなかったのには理由がある。大学に近い学生向けと謳われたアパートの部屋は、今の部屋と同じ広さで倍近い家賃のところばかりだったのだ。

 

 あれは絶対、足元を見られていた気がする。当時訪ねた不動産業者を思い出して順は無意識に顔をしかめた。この時の順はまだ、保証人すらいない人間に部屋を貸してくれる方が奇特なのだとは全く知らなかった。不動産業者たちはわざと払えない金額を提示して、態よく順を追い払ったのだ。

 

「木村の方が目立ってるぞ? なに、百面相してんだ」

「べつに」

 

 そんなに妙な顔をしていたのかと自省しつつも順は不機嫌に返した。和也は困ったように笑ってから急に話題を変えた。

 

「そういえば笠置教授の誘い、断ったってマジか?」

 

 唐突に話が切り替わったことにほっとして順は無言で頷いた。

 

「ああ。アルバイトの都合もあるし、どのみち俺は篠塚教授のゼミに入るから」

 

 順が美恵の下につく予定であることは周知の事実だ。隠す必要もないだろうと考えて順はそう答えた。すると途端に和也が顔をしかめる。順が断ること自体が和也としては面白くない話なのだろう。和也は笠置教授のゼミに入ると噂されているからだ。

 

「んだよ。あのオンナがそんなにいいかね?」

「……は?」

 

 思わぬ方向に話が流れて順は気の抜けた声を返した。笠置教授の研究会に出ないことについて文句をつけられると踏んでいた順はまじまじと和也を見た。ぶら下がるようにして両手でつり革につかまった和也が不満そうに眉を寄せる。

 

「そもそもあのオンナ、ろくなもんじゃねえぞ? やれ不倫だの贈賄だの、ろくでもない噂ばっか聞くし」

 

 ああ、そうか、と内心で呟きながら順はそっとため息をついた。そういえば和也は美恵をとても嫌っていた。遅まきながらそのことを思い出した順は落ち着け、と和也に声をかけた。

 

「噂が本当かどうか判らないだろう?」

 

 憶測だけでそんなことを言うのは失礼だ。そう続けた順を物珍しそうに和也が見る。だが順は窓の外の風景に目を移していたために和也の表情を見てはいなかった。

 

「第一、渡部が聞いた噂だって出所は判らないだろう? 篠塚教授に悪意のある人間が故意に流したものじゃないと言い切れるか?」

 

 そこまで言ってから順はしまったと唇を噛んだ。これでは必要以上に美恵を擁護しているようにも聞こえてしまう。どうして和也が相手だとついつい余計なことまで言ってしまうのだろう。そう思いながら順は押し黙った。

 

「へー。あ、そー。木村って潔癖症なんだなあ」

 

 下世話な話がそんなに嫌いかね。そう続けて和也が喉の奥で小さく笑う。その笑いを耳にした順の背中に何故か嫌な汗が伝った。もしかしてまだ熱があるのだろうか。順は和也とは全く関係ないところで自分を気にし始めた。だが額に手をあてがってみても熱が高いようには思えない。

 

 やがて窓の外の景色が見覚えのあるものに変わる。自分がどこにいるのかを把握した順はちらりと横に立つ和也に視線をやった。もう、二度と関わることはないだろう。そう思うと不思議と和也の言動もさほど腹が立たなくなる。

 

「とにかく笠置教授が一度お前を引っ張って来いって煩いんだよ」

「悪いな」

 

 すかさず断って順はバッグを持ち直した。駅に停まった電車から客が降りていく。人の流れを目で見送りながら順はそのまま和也に背を向けた。

 

「おいおい。どこ行くってんだ」

「もうお互い用はないだろう。じゃあな」

 

 昨日は妙なことになったが、これで縁も切れるだろう。そう思いながら別の車両に移動しようとした直後、順は唐突に後ろから肩を強く引かれて思わず仰け反った。慌てて振り返った先ににやにやと人の悪い笑みを浮かべる和也を見つけて困惑する。あと少しで下車出来る、というところで足を止められた順はドアと和也を交互に見た。

 

「どうせ大学までは行くんだろ? なら、わざわざ別の車両に移動しなくてもいいだろが」

 

 和也はどうやらこれっきりにするつもりはないらしい。そのことに気付いた順は渋面になった。監視者としての仕事は継続するということなのか。そう訊きたかったが人のいる場所でストレートに質問も出来ない。

 

 迷っている間に電車のドアが閉じる。再び動き出した電車の中で順は深々とため息をついた。

 

「目的はなんだ」

 

 和也の隣に立ち、順は小声で訊ねた。揺れる電車の音に紛れそうな声を和也はしっかりと聞き取ったらしい。にやりと口許を歪めて横目に順を見る。

 

「そうだなあ。何が面白いかな」

 

 そう言いながら和也が楽しそうに笑う。それを見ているうちに順の顔からは感情が消えていった。例え和也がどんな目的を持っているにせよ、最悪の場合は別の場所に移り住めばいい。大学を中途で辞めるのは惜しいが背に腹は変えられない。情報を探る方法などまた探せばいいだけだ。




電車の中でこんな話をされたら正直困ると思います!w
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