※この作品はR-18です。

冥界への案内人   作:伊駒辰葉

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音楽パートに入ります。


新たな出会い

 外は真夏の日差しに覆われ、むっとするほど暑い。二人は時折、他愛ない会話をしつつ大学に向かった。つり革につかまって電車に揺られながら順はちらりと和也の手を見た。短いシャツから伸びる和也の手にはあちこちに傷痕が残っている。あの日、順が爪でつけた傷も手首にはしっかりと刻まれている。順はそっとため息をついて和也の腕から目を逸らした。

 

 順の身体には傷は残っていない。和也曰く、素材となった龍神の特性が強く出ているだけのこと、だそうだ。確かにばかげた治癒力を実感したのは順もあの時が初めてだった。

 

 折れた足はあの日の内に元通りになってしまった。殴られて出来た痣も次の日には消えた。和也は今でも時折、順の身体に軽い傷をつけることがある。だがそれらの傷も驚くほど早く癒えてしまうのだ。

 

 化け物なんだから仕方ないだろ。順が困惑するたびに和也はそう言う。怪我が早く治るのはいいじゃないか、という気楽な言葉を聞くたびに順は顔をしかめる。確かに便利な力かも知れない。だが順に力を使っているという自覚は全くない。気がついたら傷が消えてしまっているのだ。

 

 大元の龍神の死体は幾ら傷つけても再生してしまうという。もし、いま研究者たちがこれを見たら驚くだろうか。そう考えてから順は内心で否定した。彼らを無駄に喜ばせるつもりはない。それにこのことは恐らく知らない筈だ。でなければすぐに連れ戻されているだろう。

 

 これまでに怪我をしたことがない訳じゃない。人と同じように幼い頃には転んで膝に擦り傷を作ったりもしてきた。だがその際にはそんな異常な力は発揮されなかったのだ。

 

 たぶん、こいつのせいだろう。そう思いながら順はちらりと横目で和也を見た。和也は耳にイヤホンを突っ込んで音楽を聴いている最中だ。

 

 交わるたびに和也の体調は崩れる。それは恐らく自分が和也の体力を吸い上げているからだと順は理解していた。不思議なことに和也が順の体内に注いだ精液は外には漏れてはこない。幾ら射精しても。だ。そして精液を注がれるたびに順は強烈な快楽に晒され、同時に何かが身体に染み込んでくるのが判るのだ。

 

 ばかげた治癒力の正体は吸い上げた和也の体力だ。理屈ではなく順は感覚でそのことを理解していた。だから最初は和也を止めようとした。だが和也は理由も言わない順の言うことなど聞く気はないらしく、これまで途中で行為を止めたことはない。それどころか順が止めろと言えば言うほど余計に行為は激しくなる。

 

 しかも気持ちいいんだからたちが悪いよな。内心でそう呟いて順はそっとため息をついた。

 

 夏休みに入った大学のキャンパスはいつもより人が少ない。順は通り過ぎた学生の姿を何となく目で追ってから前を向いた。

 

「大体、わざわざ大学でやらなくてもいいだろう」

 

 どうやら和也はバンドの練習を見せるつもりらしい。そのことを聞いた順は深々とため息をついた。何をしているのかと思えば、和也は週に三回ほどバンドの練習をしていたという。呆れ顔をした順を横目で見てから和也は苦笑した。

 

「ヘタレなとこを木村に見せても仕方ねえだろ。んなのかっこわりーだけだ」

「見せるかどうかは別にして、わざわざ隠すほどのことじゃないだろう」

 

 一緒に暮らすことが当り前になってから、あのアパートに一人きりでいるのが妙に寂しく思えるようになった。それまでは一人が普通だったのに。そう内心で呟いてから順は続けた。

 

「練習は仕事の合間にしているのか?」

 

 訊ねた途端に和也がぴたりと足を止める。怪訝に思いながら順は振り返った。和也は嫌そうに顔をしかめて順を睨んでいる。

 

「お前まで仕事仕事言うな」

「別に仕事に対する渡部の熱意を問い質したつもりはないんだが? そもそもお前の仕事は」

 

 そこまで言って順は口をつぐんだ。そうだ。和也の仕事は自分の監視なのだ。監視する者とされる者が仕事の内容について話し合うなどばかげている。そう思って順はそれ以上は訊ねなかった。

 

 広い中庭を横切って開けた場所に出る。講堂にたどり着いた順は何気なく周囲を見た。講堂に沿って低い木が植わっている。今は咲いていないが時期になると淡い桃色のつつじが一斉に花開く。講堂を取り囲むつつじを眺めるのが順は好きだった。講義の合間に木陰にあるベンチで休みながらつつじを見ていた。最初にこのつつじを見つけた時、傍に和也がいたのを思い出す。順は何となく苦笑してつつじを横目に講堂に入った。

 

 特別な式典などの時にしか入ったことがないからなのか、座席に誰もいない講堂の様子はとても新鮮に見えた。思わず感嘆の声を上げて周囲を見回していた順の背後から声がかかる。

 

「おい、早く来いよ。こっちだって」

 

 客席の方に歩き出していた順は慌てて引き返した。和也はギターを担いだままステージに向かっている。順は急いで和也の後を追った。

 

 ステージには見知らぬ者が数名いた。ステージの端にある階段を上る和也の後を恐々とついて歩く。順はステージにいる彼らに会釈をした。

 

「おっそーい! 十時って約束だったのに!」

 

 和也の姿を見止めた女性が腰に手を当てて言う。Tシャツにジーンズという格好の女性に順は何となく頭を下げた。

 

「わりいわりい。ちょーっと遅れたかな?」

「ちょっとじゃないよ! 一時間も遅刻だよ!」

 

 膨れ面で和也を叱責した後、女性はそのまますたすたと和也の脇を過ぎた。ぼんやりと立ち止まっていた順の前でぴたりと足を止める。

 

 若い女性だ。年は恐らく順や和也と同じくらいだろう。何故かピンク色の髪をしているのが気になるが、バンドをしているのなら別に普通なのかも知れない。長いピンクの髪を頭のてっぺんで結んだ女性がにっこりと笑う。

 

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

 

 つられて順は挨拶して深々と頭を下げた。顔を上げるとにこにこと笑う女性と目が合う。順は戸惑いながら和也に視線を向けようとした。が、先ほどの位置に和也がいない。うろたえる順の顔を覗き込んで女性はうんうんと頷いた。

 

「あんた、木村くん? だよね? いっつもカズが追いまわしてたっていう」

「そうそう。いつもカズくんが追っかけて、で、木村くんはとても嫌そうにしてたって聞いたよ」

 

 第三者の声がする。順は慌てて女性から目を逸らして声のした方を見た。ステージの袖から別の誰かが歩いてくる。近づいてきたのは、両手にスネアドラムをぶら下げた小柄な少女だった。順は慌ててその少女にも頭を下げた。きつい顔立ちの女性に比べるとこの少女は随分と優しい顔立ちをしている。髪が金色に染められているためにつかさと並ぶと妙にカラフルだ。少女は下手をすると中学生にも見える。幼く思えるのは、少女がシャツにぶかぶかのオーバーオールという格好だからなのかも知れない。

 

「ほーん。さすがに化粧映えしそうな顔してるねえ」

 

 そう言いながら女性が順の顎を指で捕まえる。順は頬が引きつるのを必死で堪えて愛想笑いを浮かべた。右に左にと女性が無遠慮に順の顔を傾ける。

 

「カズくんの好みだよね」

「うむ。あいつ美形好きだしな」

 

 朗らかに告げる金髪の少女にピンクの髪の女性が大口を開けて笑いながら答える。順は彼らの明るさに面食らって言葉をなくしていた。

 

「おっと、ごめんごめん。自己紹介しなきゃだわよね」

 

 押し黙っていた順に詫びて女性が手を離す。順は困惑しつつ女性を見た。

 

「アタシは武藤(むとう)つかさ。ツカとかツカッチとかみんな言ってるから、まあてきとーに呼んで」

 

 つかさはそう言ってにっこり笑うと順の手を取って一方的に上下に振った。どうやら握手のつもりらしい。

 

「ボクは笛吹(うすい)静(しずか)。呼び方は好きにしてくれていいかな。決まってないよね?」

 

 そう言いながら静がつかさを伺い見る。するとつかさは笑いながら静の背を強く叩いた。

 

「やだなー! あんたもシズカチャンとか言われてんじゃん!」

「それってドラえ」

 

 そこまで言ってから順は慌てて口を噤んだ。幾ら可愛いからと言ってもテレビアニメのキャラクターを持ち出すのはまずいだろう。背中をがんがん叩かれながらも静はにっこりとつかさに笑いかけている。どうやら彼らは底抜けに明るい性格をしているようだ。だが何故、彼らが自分のことを知っていたのか判らない。順は疑問を覚えつつも二人に改めて頭を下げた。

 

「木村順です。よろしくお願いします」

 

 何をお願いするのかは自分でもよく判らないが、順は型通りに一応そう挨拶した。よろしくね、と二人が手を上げて笑ってみせる。それから彼らは順の傍から離れて行った。どうやら準備中だったようだ。それぞれがステージで自分の楽器をセッティングしている。つかさはキーボード、静はドラムの担当らしい。

 

「小姑め! それをお節介って言うんだろ!」

「貴様のそのルーズな性格は誰に似たんだろうな」

 

 和也の怒鳴り声と知らない男の声が聞こえてくる。順は慌てて声のした方を見た。二人はほぼ同時にステージの袖から姿を現した。和也は手にギターを持ち、もう片方の男はベースを抱えている。どうやらステージ袖で楽器をケースから出していたらしい。和也と並んでいるからだろうか。中肉中背の男の姿が細く見える。しかも言い合い中だからなのか男の顔つきはやけに鋭く見えた。

 

 しばし二人の姿を目で追いかけていた順ははっとして男を指差した。




この辺りからエロが……少なく……w
まあ、エロ本ではないのでいいのかな……どうなのだろう……。
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