※この作品はR-18です。

冥界への案内人   作:伊駒辰葉

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ラストです。


終章
遠い思い出


 大きな拍手に包まれながら順は汗に濡れた前髪を指で払った。

 

『えー、それではみなさんの拍手にお応えして!』

 

 アンコールいきまーす! 順の声がマイクを通してスピーカーから観客席に向かって飛ぶ。順は歓声に応えて片手を上げてから肩越しにメンバーを振り返った。キーボードの前に立つつかさが神妙な面持ちで頷く。ドラムセットに隠れるようにして座っているのは静だ。ベースの黒田は相変わらずの冷ややかな表情だ。

 

 ステージに和也の姿はない。順はキーボードの旋律を聴いてから抱えたギターを静かに弾き始めた。

 

 あれから文江は大学から姿を消した。美恵は精神が壊れて病院に収容されている。あの日起こった騒ぎの原因はだが、学生たちには知らされない。木村の当主が上手く事故処理をしてしまったからだ。

 

 大学祭の初日、順たちは予定通りステージに立った。だがそこに和也はいない。それだけではない。学生たちはおろか、教授たちの記憶からも和也は完全に姿を消してしまっていたのだ。

 

 たった一人、俺だけ残して。

 

 順はマイクに向かって歌い始めた。それまで乗りに乗っていた観客席がしんと静まり返る。観客たちはみな、息を飲んで順に注目した。

 

 歌はイメージしたところにまで届くとつかさが言っていた。それならもしかしたら和也にも聴こえるかな。そう思いながら順は出来るだけ遠いところを思いながら歌を歌った。

 

 割れんばかりの拍手が講堂に響き渡る。ありがとー! とマイクに叫んで順は観客席に向かって手を大きく振った。

 

 その日の午後はいつものように飲み会になだれ込んだ。演奏が思った以上に上手く行ったから、とつかさは上機嫌だ。いつもよりビールを大量に消費しながら機嫌よくにゃははと笑う。

 

「でーも、ジュンチャンってなんか性格かわったよねー」

「そうだよね。本当に」

 

 つかさが焼き鳥を上下に揺すりながら言えば、それを受けて静がしみじみと頷く。そうか? と笑って順はジョッキに入ったビールを飲み干した。その横では黙々と黒田がウイスキーを飲んでいる。これもやはりいつものことだ。

 

 やがてつかさが最初にダウンし、続いて静がお手上げと降参する。四人は揃って居酒屋を出た。つかさと静が互いに肩を貸し合ってよろけながら歩いて行く。それを見送ってから順は横目で黒田を見た。

 

「話があるんだ」

「まあ、そう言うと思ったがな」

 

 唐突な順の言葉に大して驚いた様子もなく黒田は肩を竦めた。ついでだからもう一軒行くか、と誘われる。だが順はそれを断って歩き出した。自然と足が懐かしい場所に向かう。

 

 電車を乗り継いで順はある場所に向かっていた。黒田も黙ってついてくる。やがて電車は順がよく知る駅についた。電車を降りて駅から離れる。

 

 暗い夜空に月がかかる。懐かしい川辺を歩きながら順は呟いた。

 

「説明、してくれるよな?」

「あの馬鹿、全部オレに押し付けて逝ったな」

 

 嫌そうな顔をして黒田は深いため息をついた。順はギターを担ぎなおしてから足を止めた。この辺りであの頃、歌っていたのだ。

 

「オレたちの役目は死者を冥界に連れて行くことだ。奴はオレの配下の龍神だった」

 

 そう告げて黒田はその場に腰を下ろした。煙草を咥えて火を点ける。順は無言で黒田に手を出した。一瞬、黒田が顔をしかめる。だが文句も言わず、黒田は別の煙草を一本、順の手に乗せた。唇に挟んだところで黒田がライターの火を点ける。順はぎこちなく火に煙草の先を近づけた。

 

「だが奴はその仕事を嫌っててな。これまでに殆ど仕事をしたことがない」

 

 それを聞いた順はぴんと来た。いつだったか飛行機事故のニュースを嫌に真剣に和也は眺めていた。あれはもしかしたらその仕事とやらが関係していたのではないか。それにいつも和也は黒田と仕事をするしないで言い合いをしていた気がする。恐らくあれは、仕事をしない和也に業を煮やして黒田がしつこく忠告をしていたからだ。そう思い至って順は横目に黒田を見た。まるでこちらの考えていることを読んでいるかのようなタイミングで黒田が頷く。いや、もしかしたら本当に人の心を読んだのかも知れない。順はぼんやりとそんなことを考えた。

 

「オレたちは命に従わなければならない。これはどんな龍神にも同じ事が言える。上からの命令は絶対なんだ。逆らえば何らかの反動が必ずくる」

「それで?」

 

 煙が目に染みる。順は涙の滲んだ目を擦りながら黒田を促した。黒田は慣れた手つきで灰を地面に落として煙草を咥え直した。紫煙をため息と共に吐き出す。

 

「奴は自分から命を縮めていたようなものだ。オレたちは不死身じゃない。それに果てしなく近いがな」

 

 それを聞いて順は目を見張った。黒田がちらりとだけ順を見てから正面の川に目を向ける。その横顔は周囲の暗がりと同じように沈んで見えた。

 

 遠くに見える鉄橋を電車が音を立てて走っていく。街の明かりに向かって走る電車を目で追いかけてから順は微かに呟いた。

 

「やっぱり自分の死ぬ時期を知ってたのか……」

 

 オレより先に逝くな。あの時の和也の言葉を思い起こしながら順はため息を吐いた。

 

「そういうことだ。だから奴は妙な約束をしたんだろうな。人間と」

 

 そう告げて黒田が苦笑する。だがその笑みにこめられた感情は酷く切ないものに見える。順は無言で煙草の煙を深く吸い込んだ。その途端に激しく咳き込む。咳が止まってから順は再度、煙草のフィルターを唇に咥えた。

 

「和也は死んだのか」

「ああ。自殺だ」

 

 順が言った和也というのがかつての親友のことだとすぐに理解したのだろう。黒田が即答する。順はそうか、と呟いて煙を吐き出した。

 

 今となっては何が真実なのかは判らない。和也の意図も、そして真意も全ては闇の中だ。だがそれを今さら掘り返したところで恐らく意味はないだろう。黒田も例え順が訊ねても教える気はないに違いない。

 

 しばらく無言で煙草を吸ってから順はぽつりと呟いた。

 

「あいつの本当の名前、何ていうの?」

「灰人。灰に人と書いてかいと、だ」

 

 どっちつかずのあいつに相応しい名前だな。そう零して黒田が腰を上げる。灰人とその名前を口の中で何度か呟いてから、順は黒田を見上げて小さく笑った。

 

「俺のこと殺さないの?」

 

 遺された宝玉は色んなことを順に伝えてくれた。あの宝玉は龍宝珠と呼ばれる、龍神たちの持つ力の象徴だ。

 

 龍神にもなれない。人にもなれない。そんな順に残された道はただ一つ。龍神を狩る者として生きることだけだ。だが俗にハンターと呼ばれる者たちは龍神たちにとって明らかに敵だ。ハンターは龍神の持つ宝玉を狩らなければ生きてはいけないのだから。

 

 黒田が肩を竦めて笑う。

 

「オレは灰人のことはそこそこには気に入っていたんだ。どうしようもない馬鹿者だがな」

「ひょっとしてクロチャン、親ばか?」

「誰がクロチャンだ!」

 

 もう反射になってしまっているのが黒田がそう喚き返す。順は黒田と顔を見合わせてぷっ、と吹き出した。黒田があー、と声を上げて頭をかく。その仕草も妙に懐かしい。

 

「まあ、あいつのことだ。どうせあれこれ仕込まれてるんだろ?」

「まあね」

「じゃあ、何でもありだな」

 

 そう言って黒田が低く笑う。順はそうだね、と笑って腰を上げた。ギターを担ぎ直して煙草を指に挟む。長くなった灰を地面に落とし、煙草を咥え直しながら順は悪戯っぽく笑った。

 

「何なら試す? 今ならサービス期間で安くしとくよ?」

「いや、遠慮しておこう。やった瞬間、ありったけ吸い取られかねん」

 

 判ってるじゃん。そう言ってから順は大きく伸びをした。

 

 とりあえず大学は卒業しよう。美恵がいなくなった今、順を誘う声はたくさんある。邪魔をされると面倒だし、一度屋敷に顔見せるかな。そう呟いた順を黒田が呆れたように見る。やだなあ、と笑って順は首を傾げてみせた。

 

「報復ってのはね。身近なところからやるのがポイントよ? とりあえず俺はあの人たちを許すつもり、ないから」

「やれやれ。あいつもとんでもないものを調教したもんだ」

 

 そう言って黒田が片手を上げる。順は黒田にひらひらと手を振りながら言った。

 

「今度、会う時は殺していい?」

「やれるもんならやってみろ。でも退屈はさせるなよ」

 

 笑い声を残して黒田の姿がその場からかき消える。順はしばし川べりに佇み、空を見上げていた。煙草を吸い終えてから踵を返す。足に合わないサイズの大きな鉄板入りの靴が、煙草の火を踏み消した。




ここまでお付き合いくださってありがとうございました!
この後、蛇足ですがネタバレをつけます。
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