メンデルコロニーのどこかにあるガラス管の中で、胎児に妙な薬が投与されていた。その薬はある科学者が“適当”に配合したもので、どんな反応が起こるかは分からないが、対象はおそらく死ぬだろうというもの。実は胎児は『破棄』が決定されていた。
突然、胎児が苦しそうにうめき出す。薬の効果が出始めたのだろう。狂った科学者はうれしそうにその様子を眺める。胎児は全身をバタつかせ、何かを叫び続ける。科学者は、そんなことはありえないと内心確信しつつも、なぜか胎児が言葉を発している気がして、興味本位で試験管に耳をつける。
「かっ……ああ゛あ゛あ゛。刻が見える……っ。刻があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「な、なにいいいっ!!!」
科学者は驚嘆した。胎児は本当に意味のある言葉を発していたのだ。“刻”がどういう意味なのかはいまいち分からなかったが。
科学者は驚いた衝動のままに試験管から中毒性のある溶液を抜き、いつもの胎内らしい溶液に入れ替える。そして数分後、この世にも珍しい胎児を新たな実験台として生かすことに決めた。
胎児はやがて幼児となるが、科学者を満足させ続けた。
なんと彼は人の思念を直に感じることができたのだ。それも過去の人、つまり死人の思念や、未来の思念を読み取れた。それ乃ち、未来予知ができたということである。
科学者は狂喜乱舞した。しかし、幼児の秘めし大計画に気付けなかった。未来の読める幼児は、実は自らが実験台として苦しみ続ける姿を予知しており、それを覆そうとしていた。そして4歳の頃、科学者に隠し続けていたもう1つの力を解放し、計画を開始する。その力とは念力のようなプレッシャーを周囲に飛ばすもので、付近の人を金縛りにすることができる。彼はそれで科学者を拘束し、実験室から脱出し、ついでにその部屋に火を放った。
幼児が自らの実験施設を去るころ、狂気の科学者、自身の育ての親、苦痛の源は最期の思念を残して息絶えた。それは「くっそこんな力があったのか! ああ実験したいいい! こんなところで死ねないいいい!」というものだった。
さて、幼児は実は、ある男のクローンだった。その男は死んでいたが、男の妻と子は生きていた。幼児はその妻に自身の面倒を見てもらうことにし、異能を使ってその住居を目指した。
それから10年が過ぎ、かつての幼児は少年となり、ある決心をして宇宙へ発った。目的地はL5付近のコロニー群、通称“プラント”。そこにいる桃色の髪をした少女に用があった。
少女の名はラクス・クライン。プラント議長であるシーゲル・クラインの娘にして、プラントで絶大な人気を誇るアイドル歌手だった。
少年は持ち前の予知能力で少女が1人になる一瞬を狙い、攫うことに成功する。そしてやはり予知を駆使し、警察の来ない場所を転々とし、やがてとある民家に入った。
「今から猿轡と目隠しを外す。だが大きな声を出すなよ。殺されたくなければな」
少年は軽くプレッシャーを放ち、低い声で脅す。ちなみに少女は全身を亀の甲のように縛られている。傍らには高性能カメラも置いてある。
「むーっ、ぐっ、うむーっ」
少女は猿轡をされたままうなり、少年を強く睨む。その姿からは少年でなくとも脅しに屈しないという意志が読み取れるだろう。しかし彼女は状況に恐怖していないわけではなく、目じりには涙が浮かんでいた。
「勘違いするなよ?」
少年はそんな少女の決意を一蹴する。少女は「む?」と眉を顰める。
「俺が殺すのはお前じゃない。お前を助けに来る連中のことだ。自分のために他人が死ぬのは嫌だろう?」
「む、むむ゛む゛ー!」
少女は「卑怯な!」とでも言いたげにうめく。少年はその反応に満足し、皮肉気な笑みを作り「理解したようだな」と言う。
少年は手早くラクスクラインの目隠しと猿轡を外す。
外された少女は少年を睨み、すぐさま目を見開くことになる。
「その仮面……っ、あなたはラウ・ル・クルーっ」
少女が言い切る前に、少年が少女の口を粗っぽく大きく掴み、その勢いで床に押し倒した。
「大きな声を出すなと言った……! だがまあ、安心しろ。何もお前の命が欲しいわけじゃない。ただ俺の話を聞き、人の悪意を受け入れてほしいだけさ」
「ぐっ、うううっ」
少年は幾分か穏やかに話しかけたが、少女はなお暴れ続ける。そこで少年は再び猿轡を手に持ち、強引に少女の口に突っ込んだ。
「いいか。俺はな、世界でただ1人とは言わないが、お前のような輩に欲望をぶつける権利を持っているんだ。なぜだか分かるか!?」
「ぐっ、ぐうううっ」
「それは俺が、人の飽くなき欲望の闇、そのものだからだ。分かるか! ええっ!」
少年はどこからかハサミを取り出しており、掛け声と共に少女の服をスパスパと切っていく。柔らかそうな肌が、局所を中心に露わになっていく。
「ぐむぅううっ! うむむぅううっ!」
「俺の秘密を教えてやろう。俺はあの狂人、アル・ダ・フラガのクローンなんだよ! だから生まれつきテロメアが少なく、寿命ももうほとんどない!」
「ふっ、ぐむっ」
「なぜ俺が作られたか分かるか? お前達コーディネーター、つまり遺伝子操作された人間、その最も優秀な個体を作るための、資金源としてだ! そして生まれたキラ・ヤマトは、何も知らずにヘリオポリスでナチュラルの兵器開発に関わっている! この理不尽が分かるか!」
「ふっ、ふぐうぅううっ」
衝撃的な発言のはずだが、ラクスはなお少年を睨み続けた。少年は不快気に舌打ちし、少女の猿轡を外す。
「言いたいことがあるなら言ってみろ!」
「あなたの人生はあなたの物、他人の人生は他人の物です。いかに不運な出生であれ、それは他人の自由を奪ってもいい理由にはなりません!」
「黙れ! 屍の上に立つ小娘が!」
「きゃっ、ぐうぅっ」
少年は激昂し少女の頬を張り、さらに鳩尾に膝打ちを食らわせる。少女は痛みのあまり声が出なくなる。
「お前達コーディネーターも同罪なんだよ! キラ・ヤマトと同じ、お前達を作るために、何人の胎児が殺されたと思ってるんだ! なぜそんな犠牲をもって産まれたクセに、ふつうに産まれた人間よりもさらに恵まれようと欲するんだ! 自由自由と言って、そうやって競争すれば遺伝操作された側が富を独占するに決まっているじゃないか! お前達はステロイダーのスポーツ選手のようなもの。いやなお悪い! 親が人を殺して盗んだ金を、我が物顔で使っているようなものなんだぞ!」
「ひ、人の自由は、皆の夢であり、誰もが正しい未来をつかもうとしているっ」
「ならば、正しいというのか! この俺の存在は!」
「あなたも、生きてもいいのです。自由な個として」
「ならば受け入れろ! 俺の悪意を!」
「な、なぜそうなるのですかぁっ」
「どうせ長くないのだから、それまでははっちゃけると決めている!」
「結局そうしたいだけっ、ぐむぅっ」
少年は力強く少女に抱きつき、その唇を奪う。舌を入れ、胸も揉む。
それはなかなかのテクニックだった。約1分後、ようやく口を離す。
「んぱはぁっ。はあ、はあ。もうやめてください。そんなことをしてもっ」
少女は言いかけて止まってしまう。少年がズボンと下着を下ろし、立派な物が露わになってしまったからだ。
「ふっ、悪いがもう我慢できないのでな。そーれ」
「あわわわっ。ぐっ、ああっ」
「ほう? いい声で鳴くじゃないか。感じているのか? ふふっ。なに、俺も鬼じゃない。きちんとお前も楽しませてやるさ――――――」
――ラウ・ル・クルーゼの勘はよく当たる。その勘が今日はヤバいと告げていた。具体的な流れは分からないが、誰かに命を狙われている気がした。
その思いは帰宅してからさらに強くなった。他人が侵入した痕跡があるのだ。特にリビングは強盗が暴れたかのように散らばっており、犯人の物か長い桃色の毛も落ちていた。
ラウは軍人で多少の知識があるので、このような現場にはできるだけ手をつけない方がいいと知っている。指紋など簡単に消えてしまうものが捜査の決め手となったりするためだ。よってリビングのドアを開けてからは一歩も中に入らず、立ち止まって自身の携帯電話に手を伸ばす。番号は、警察に掛けようとして、止めた。嫌な感じがしたから、まず友人に連絡を取ることにした。
「ラウっ! 今どこにいる? いやそんなことはいいから、急いでプラントから離れるんだ!」
その友人は、何故か出るなり叫んできた。
「落ち着けギル。理由を教えてくれないか?」
「あっ、ああ。実は動画サイ……」
そこで会話は途切れる。いや、彼の友人であるギルバート・デュランダルは未だ話し続けているが、クルーゼの方が携帯から耳を遠ざけ、リビングのガラス窓へ猛然と駆け出した。
「おいラウっ! どうしたっ!」
デュランダルの叫び声が聞こえてくる。クルーゼは返事をせずに付近の椅子を掴み、盾のように構え、それで身を隠すようにしてガラス窓へ飛び込む。
パリーンとガラスが割れるのと、玄関付近が爆破されるのはほぼ同時だった。
「クルーゼぇえええええ!」
「死ねえええ! ラクス様をよくもぉおおおお!」
爆音に驚く暇もなく、猛獣のような人の叫びと共に、四方八方からマシンガンの銃弾が雨霰と放たれる。
クルーゼは持ち前の勘で弾道から逸れた場所、また懐中電灯の当たらない場所を駆けて行く。
彼の長い逃亡生活の始まりだった。