時は数年前に遡る。
ヴィア・ヒビキは激しく人の行き交う空港で右往左往していた。
『キラ・ヤマトの正体と居場所。ブルー・コスモスにバラされたくなかったら〇×空港に1人で来い』
突然届いた手紙には、ヤマト夫妻の現住所が載っていた。
お腹を痛めて産んだわけではないが、なんだかんだ、キラは実の息子だと思っている。ヴィアに無視することはできなかった。
「でも、ここでどうすればいいのかしら?」
手紙の主は、こんなに視界が悪く、広い場所で、ヴィアを見つけると言うのだろうか。それはご苦労なことだ。一応変装としてサングラスを付けているから、なお大変かもしれない。
ふと、右肘の袖を引っ張られた。
振り返ると、野球帽を被った美しい少女? 少年? がいた。アングロサクソン系の真っ白な肌に、金髪。しかし、にへらにへらと笑みを浮かべていて、ヤンキーという言葉を連想させられる。
「こっちきな、おばさん。ヴィア・ヒビキだろう?」
「え? ええ」
この少女は使いらしい。何を考えてこんな口の軽そうな子を選んだのか分からないが、依頼主は信用ならない、と警戒を高める。
少女に付いていくと、やがて駐車場に入って、一台の平凡な車の前に着いた。
「入りな」
言われるがまま、ヴィアはのそのそと入っていく。運転席には、少女の兄だろうか? 同じく金髪で、似た顔の若い男がいる。歳は20を超えているだろう。白人らしい長身で肩幅も広い。
「ふう」
と、後から入った少女は息を吐くと、突然雰囲気を変えた。
「脅すような真似をしてすまなかったな。だが、お前の責任でもある。すまないと思っているのなら、せいぜい働いてくれ」
「え?」
上司が部下にするような命令口調。少女が大人相手にするものではない。だが、内容と、声ににじみ出た怒りに、心臓を掴まれたように身が縮む。
「ハッ。ハッ。ハッ」
息が苦しい。わけの分からない圧迫感。ただ同じ空間にいるだけなのに、少女、いや少年に押しつぶされそうだ。
「おいおい、交渉の前から無茶すんなよ。それに、ちゃんと説明してやんねえと分からねえだろうがよ」
兄だろう運転手が、呆れた口調で言う。車はエンジンが入り、どこかへと走り出す。
「兄がああ言ってるので止してやる」
少年がそう言うと、なぜだろう、急に圧迫感が消えた。
「では、早速説明に入ろう。まずは、そうだな。自己紹介といこう。俺はアル・ダ・フラガのクローン。スウ・ラ・フラガだ。あっちは兄のムウ・ラ・フラガ。アルの息子だ。血筋的には俺の甥だな」
「えっ?」
ヴィアはハッとしてスウの顔を伺い、続けて鏡越しにムウの顔を見る。確かに、記憶に薄らと残る優秀な男の、面影があった。
「分かっていると思うが、俺はテロメアが少ない。寿命が短いということだ。そこでその寿命を延ばすのが、お前に頼みたい仕事だ」
「え?」
何度目だろう。驚いて声を漏らしてしまったが、ヴィアも優秀な科学者だった女だ。話自体はすんなり理解できる。自分の責任も感じる。請け負いたい気持ちが出てくる。しかし、大きな問題がある。
「話は、分かったわ。でも、私1人では、とても……」
あの時、優秀な科学者が何人もいて、おそらくあの時点で世界最高の設備が整っていたにも関わらず、テロメアを伸ばすことはできなかった。もちろん片手間に終わらしてしまったせいでもある。が、遺伝子操作はナノを扱う非常に難しい技術。自分1人では何もできない。ナノ単位を制御できる機械、その設計、部品作り、ソフトウェア開発、これだけでも何人もの優秀な人員がいる。もちろん既存の遺伝子操作技術で流用できるものは流用するが、そのためには膨大なライセンス料を取られるだろう。
「俺だってそこまでは期待していない。優秀な人材はこっちで集める。資金もそれなりにある。とりあえず、これくらいはすぐに出せる」
スウはそう言って通帳のようなものを見せる。
ヴィアは真剣な顔つきになってそれを読む。額は、かつてアルダが提示したものより桁が1つ多い。フラガ家の全財産なのだろうか? それで大ざっぱに計算してみる。何がどれくらい必要か。人件費、材料費。
「できるとは、言い切れないわ……」
可能性はゼロでは無い、という程度か。
一個の細胞の遺伝子を操作するのは、既存の技術でも可能だ。テロメアの長い遺伝子を持つ細胞を一個作るのに、そう時間はかからないだろう。しかし、複数の細胞。それも骨に阻まれた奥の細胞を扱うのは、難しい。培養してから移植という形になるだろうが、それでもだ。
「やはり培養して移植という形になるな。脳細胞については、入れ替えることができないから、補助装置を開発しようと思っている。まあ、そっち方面は期待していない。お前の専門は遺伝子操作だからな」
『やはり』という言葉を妙に感じながら、ヴィアは小さくうなずいた。
そして、現在。
計画が進み、四肢や臓器のうちの簡単なものについては、開発の目途がついていた。あと少し資金が欲しい、というところで、ヴィアの研究所に美しい少年がやってくる。傍らにサングラスを掛けたピンク髪の少女を連れて。
「追加資金だ」
「こ、こんなにっ」
彼が未来を読めるということは知っていた。しかし、それは万能でないはずだった。株や博打で当たるのは80%程度。それも、敵を増やさぬよう目立たない範囲でやっていた。それが、突然、世界的なトップアイドルの年収のような額を持ってきたのだ。
「ラクス・クラインと仲良くなってな。マネロンだ」
「まあ、仲良くだなんて」
「ラ、ラクス・クライン……ッ」
傍らの少女が、頬に両手を当ててクネクネし出す。
もしやとは思っていた。テレビで見た、世界を騒がせたあの映像。クルーゼがアルダのクローンだとは知らなかったし、事実かどうかも分からないが、スウはそうだと本人が言っていた。プラントは今、面倒なことになっているだろう。
それにしても、仲良くなったとはどういうことだ? 嫌われるようなことしかやってないのに、どこに好かれる要素がある? スウの容姿の美しさは認めるが……。
「それと、お前の息子をチームに入れることにした。ソフトウェア担当としてな。せっかく世界一の頭脳を持っているのだから、使わなければもったいない」
「そんな、あの子だけはっ……」
「脅すわけじゃないさ。互いに正体を黙っておき、ふつうに仕事として依頼するだけだ。やつも思春期の男だからな。こういうやり方で頼めば嫌とは言わんだろう」
スウはそう言うと、にやりと口端を上げる。不意にラクスへ視線を向け、そっと指を伸ばし、ラクスの首筋から、つー、と顎まで持ち上げる。
「きゃっ。やんっ。もうっ」
ラクスは恥ずかしそうにうねうねする。
ヴィアは呆然として眺めるばかりだった。