イングリッドの受難~底辺オークと本気の繁殖交尾ックス~ 作:平々論茅乃
「新しい抗ウイルス薬のテスト、だと?」
東京の地下深く、魔界の門を中心に栄える闇の街ヨミハラ。魔と欲望の街を仕切るのはノマド屈指の騎士、褐色肌の上位魔族・イングリッドである。
イングリッドは現在、ヨミハラ随一の魔科医である桐生美琴の元を訪れていた。
「そうよ。少し前にヨミハラを襲った呪詛の病。魔界騎士様が無事解決してくれたようだけれど、被害は尋常ではなかったわ。今度似たような事が起こった時のために備えだけはしておきたいの。私もこの街の住人だからね」
かつてイングリッドが煮え湯を飲まされ、壮絶な調教を受けたあの悪趣味な魔科医、桐生左馬斗の姉がこの女だ。以前ならいざ知らず、最近は弟同様に少しは社会性というものを身に着けたようで、イングリッドも職務上のやり取りをするくらいならば心を許していた。
「なぜそれを私に投与する必要がある?」
「呪いの元凶を最後の対峙したのはあなたでしょう、魔界騎士さん。最も強い呪いをその身に受けたのだから、きっと良いサンプルになれるはずよ」
社会性を身に着けたとはいえ、やはりこの姉弟は他人を実験サンプル程度にしか認識していないようだ。
「まずは私が造った弱毒化したエキスを投与し、しばらく時間が経過した後で体内で血清となったものをあなたの身体から採取する。そしてそれがそのまま抗呪性ウイルス薬になるってわけよ」
「なるほど。確かに理にかなっているな・・・」
いまいち理屈が分からない部分があるが、そこは天才魔科医である美琴の言うことだ。魔界医療の知識のない自分には理解できるはずもない、とイングリッドは思う事にした。
「ふふっ。承諾と取って良いわね。ミリアムー、聞いていた?第三実験室の戸棚の三段目にある一番左から奥3つ目のアンプルのうち赤いやつを送ってくれる?」
奥へ続く扉へ美琴が呼びかけると、数秒の後に机の上に魔方陣が生成。どこかの空間に繋がったと思うと美琴は空間の裂け目へ手を突っ込んだ。
「空間転移か。珍しい素質の者を助手にしたな」
「期間限定の助手なんだけどね。ものすっごく便利な魔法使いなのよ。ドジなのが玉に傷なんだけど」
転移先から赤いアンプルを握った手を引き上げると、何事も無かったかのように魔方陣が消滅。美琴はアンプルを視る事も無く、流れるような手つきで注射器に液体を注入する。
「準備は良い?太い血管だと周りも早いし、首元にしましょう。人間じゃなくてすぐに傷も塞がるから魔族相手の医療は楽でいいわ」
イングリッドは美琴が注射を打ちやすいように身をかがめ、首元を開けさせる。
「はい。終わり。痛みはないでしょう?」
「あ、ああ。そうだな」
弱毒化したとはいえ、かつてヨミハラを壊滅寸前まで追い込んだ呪いの元。注入時のゾクゾクとした感覚にイングリッド少しだけ強張った。
「じゃあ、一週間後に血清を採取するから」
地底の街、ヨミハラにも夜は来る。一流の魔科医として規則正しい生活を心掛ける美琴は、夜更け間に店じまいの準備をしていた。
「粗大ゴミの収取に来やした」
「ああ、お疲れ様。今日はガラスがあるから気を付けてね」
ゴミ出しをしようと美琴が表に出ると、ちょうど回収員のオークが来た。
「戦闘能力のないオークは大変ねぇ」
通常のオークより背丈が低く、でっぷりとした非戦闘向きのオークを見て思わず美琴が漏らした。オークと言えば人間より強靭な肉体を持ち、他種族の雌を無理やり孕ませる暴力性が特徴の人型魔族。しかし中には非力で戦闘に向かない者もいる。
「へっへ、そりゃあ生まれ持ったモノなんで仕方がないって話ですぜ。おいらが犯せるのは精々が非武装の人間の女か豚や牛くらいでさぁ」
慣れた手つきでゴミを仕分けしながら言った。
「ん?」
「どうした、分別できないものでも混ざっていたか」
オークは空になったアンプルのラベルを見て一瞬動きを止めたが、またすぐにゴミを分別してゆく。
「い、いえ、なんでも。それより、今日はどんなやばい客が来たんですか?争いが苦手なおいらとしちゃあ、姉さんの武勇伝くらいしかスリルってもんを味わえないもんでしてね。へへ」
「今日は特におもしろい客もいないよ。しいて言えば、あの魔界騎士イングリッドが来たくらいかな」
「イングリッド・・・あの最強の魔界騎士の・・」
「さっきのアンプルはイングリッドに投与したエキスが入っていたものよ。一応危険なものだから、間違って手を切って傷口から入ったりでもしたら大変よ」
あらかたゴミは分別し終わったが、空アンプルは一つだけしか見ていない。
「はぁ。それはそれは大変でさぁ。さて、片付いたのであっしは次の場所へ行かないと。それじゃあ」
診療所から去ってゆくオークの手には空のアンプルが握られていた。アンプル下部に貼られたラベルにはこう書かれていた
【脳下垂体:オーク〈メス〉】
「今のところ身体に異常はないな」
夜更け。イングリッドは自身の住居である館のリビングで寝間着姿で寛いでいた。
ピンポーン。
「荷物の配達です」
内線から配達員の音声が聞こえる。大方、出不精の同居人が頼んだ通販だろうがこんな時間に配達とは珍しい。使用人たちも帰っているため同居人の変わりにイングリッドは玄関へ向かった。
「へっへ。どうも」
「こんな時間に珍しいな」
風呂上りの寝間着姿のイングリッドが玄関で見たのは、みすぼらしい非戦闘型のオークだった。
「見ない顔だ。しかしお前、なんだその臭うっ、・・・なっ」
立ち眩み。いや、脳髄と身体の奥からじーんとした疼きが突如としてイングリッドを襲う。
(弱毒化した呪いウイルス、か・・・ようやく身体中に回ったのか?)
「おおっと。大丈夫ですかい?」
「あ、ああ。大丈夫だ。・・!お、おい!気安く触るな!?」
倒れそうになったイングリッドの両腕をオークが握って支えた。生殖猿と呼ばれるオークには凄まじい獣臭がするはずなのだが、倒れ込み密着している状態でもイングリッドには感じ取れない。
(ウイルスの影響なのか・・・?それにしてもこいつ、いつまで私の腕を掴んでいるつもりだっ!)
開いた状態で固定されている両腕を振り切ろうとするイングリッド、しかしなぜか力が出ない。
「なに・・・!?」
「へへへっイングリッド様ぁ、おいら知ってますよ。今日は魔科医の女の所へ行きましたね?」
「そ、それがなんだっ、弱毒化したウイルスを投与しただけっ・・くぅ」
オークの口から発せられる息。府肉食であるオークの吐息は、通常であれば顔を背けたくなるほどの異臭であるはずだが、今のイングリッドにはまったく逆の、魅惑的な雄の香りに感じてしまう。
「打たれたのはこれですよね?げふふっ、これ、読めますか?」
「なっ、これは・・・くそっ!あの魔科医は姉弟そろって最低の下種なのかっ!?」
ラベルには【脳下垂体:オーク〈メス〉】と書いてある。オークには数が少ないが雌も存在する。しかし見た目の醜悪さは雄と変わりないため、好んで繁殖の相手にする雄のオークはいない。
問題はイングリッドへ投与されたと思わしき雌オークの脳下垂体エキスだ。エキスは雌のオークが持つ同種の雄に対する性フェロモン受容体を有しており、過去の実験によると投与された人間は自身の脳下垂体に雌オークのものが結合し雄オークを繁殖に最適な相手と認識してしまう。
(あの、魔科医めっ・・・!嵌められたかっ!)
人間でさえ神経を支配しオークの繁殖相手を望むようになってしまうエキス。同族である魔族のイングリッドがエキスを投与された場合、人間に比べより強く雌オークの性フェロモン受容体が身体に結合するだろう。
「はぁ、はぁ、んんっ、よ、寄るなっ!この下種め!」
すでに心臓が早鐘を打ち下腹部がキュンキュンと痙攣しはじめている。発する言葉とは裏腹に、イングリッドは掴まれた腕を無意識に引いてオークの身体を自身の方へ引き寄せていた。
非戦闘型の底辺オークであるならば、普段なら目にする事も出来ない高位の存在である魔界騎士。千載一遇の状況に付け入り、オークはイングリッドの両腕を掴んだまま屋敷に上がり込んだ。