時刻は夕方。
もう日もオレンジ色に暮れ、薄暗くなってきた頃。
部活をやっていない俺は友人に別れを告げると、我先にと自転車に乗りアパートに直帰した。
朝言っていたお土産に心躍らしていたのもあるが、なによりやっぱり彼女に会いたいのが一番だった。
いったん隣の自室に戻り、荷物を置いて彼女の部屋に向かう。
そして彼女の部屋の前で緊張をほぐすための深呼吸をする。
傍から見ればマヌケな、または不審な姿だろう。しかし個人的には神聖な儀式だ。
その儀式を終えると、ようやく彼女の部屋の戸を叩く。
「京子さん、いますか?」
オマケに小さくそう問う。
だが答えは返ってこない。よく見ると部屋の明かりもついていないみたいだ。
まだ帰ってきていないのか?
落胆し、肩を落としながら自室に戻る。
空回りに感じていた緊張と鼓舞が余計に虚しさを覚えさせる。
ベットに身体を投げ、天井を仰ぐ。
◇
彼女に会ったのは数か月前。ここに越してきてそんなに経っていないぐらいだった。
その出会いは本当に奇妙なもので、今でも鮮明に思い出せる。
その日はたまたまあの悪友に誘われ夕食を外で食べ、そしてゲームセンターで遊び散らし、帰るのがすっかり夜の十時を回ってしまっていた。
一人暮らしなので別に何時に帰ろうが構わないのだが。
こんな夜遅くまで遊ぶことなんて今まで無かったので新鮮な感覚はいつまでも心浮かせ、ゲームのBGМを鼻歌で歌いながら帰ったのを覚えている。
そしてアパートの前で彼女と出会った。
いや……実際は倒れているところを発見した。
「だ、大丈夫ですか?」
街灯で姿が見えていたから踏まずに済んだが、このままにしておくのは流石に気が引けたので声をかける。
覗く顔には砂利が付着していたが、とても綺麗な顔で思わず声をかけてそのまま見とれてしまった。
やがて彼女が目を覚まし、自分も我に返る。
「大丈夫ですか? こんなとこで寝てたら風邪ひきますよ?」
我ながら何を言っているのか。
彼女の美貌に動揺し、変な言葉を口走ってしまったが、寝起きの彼女には届いてなかったようだ。
身体を起こし、仄かに赤く染まっている顔で左右を見渡し、状況確認すると照れ笑いを浮かべる。
「あぁ、ごめんなさい。こんなところで寝ちゃってたのね」
おそらくこれが一目惚れの原因だ。
俺はかける言葉を必死に探したがただ口をパクパク動かすのが精一杯だった。
そんな自分に対し、彼女は小さく首を傾げたが、いつまでもこうしてはいられないと判断したのだろう。ふと俺に抱き着いてきた。
「えっ……ファッ!?」
彼女の香りとアルコールの臭いが混ざった変な匂いが鼻を刺す。
どうやら倒れていた理由は酒のようだ。しかし、それでもよくここまでこれたものだ。
そう感心していると彼女は両手を俺の背中から肩に移す。
「ごめんね~、ちょっと身体貸してね~。うんしょ!」
そう謝りを入れると、彼女は手に力を入れ立ち上がった。
そう立ち上がった。のはいいのだが、その際、その胸の二つの豊満がまるで舐めるように。
いや違うな。車で轢くように俺の顔を撫でた。
一体なにが起きたのか。
理解ができない俺はただ彼女を見つめることしかできなかった。
そんな短い間でも彼女は一人自室に戻ろうとしていた。
「おっととと~」
ただその足取りは千鳥足で、まともにまっすぐ歩けていない。
彼女の危険な行動で目を覚ました俺はすぐに駆け寄り、肩を貸した。
「せめて部屋まで送ります」
「あらそう? ありがとう」
礼と共にまたあの笑みを見せる。
また見入ってしまう。
そう感じたので不自然ではあるのだろうが、あえて目を逸らす。
「いえ、お気になさらず」
そう言うも本当に気になっているのは俺の胸に当たる彼女の胸。
一歩あるく度にほわんほわんと俺の胸に触れてくる。
早くしないと理性が吹き飛んでしまいそうで、気付けば足も速く動いていた。
「あっ、そこそこ。その部屋だよ~」
もはや共に歩くのではなく引きずられているに近い状態の彼女は、自室の鍵を片手に持ちながらとある部屋を指さす。
そこは俺の部屋。ではなくその隣だった。
驚愕。
えっ、こんな綺麗なお姉さんがお隣だったの?
ちゃんと引っ越し蕎麦配るべきだったと今更ながら後悔する。
揺れながらも一人で立ち、鍵を開ける彼女。
このままラブロマンス。そう考えていた時もありました。
「今日はありがとね~、また会いましょうッ!」
そう言い、敬礼すると吸い込まれるようにドアの向こうに彼女は消えていく。
そしてドアが閉まったと同時にドスッと何かが落ちる音がした。
きっとまた倒れたのだろう。流石に室内に立ち入ってまで介抱するのは気が引ける。
心の中で「ごめんなさい」と謝って、俺は自室に戻った。
◇
気が付けば室内に異様なまでのチャイムの音が木霊していた。どうやら眠っていたようだ。
時計を見るとあれから一時間ぐらい経っていた。
その間ですらチャイムの鳴る音は止まない。
なんだろう、近場で火事でも起きているのか?
しかし身体を起こすとピタリとチャイムの音が止む。まるでゲームのフラグだ。
このまま玄関に行けばきっとイベントが起きる。
しかしよくよく考えると、そうでなくともチャイムが鳴ってたんだ。
イベントは必然なのだろう。
「あぁ、良かった。大丈夫?」
扉を開けるとそこには京子さんがいた。
なにかホッと胸を撫で下ろしてることから緊急事態だったのだろう。
「え? えぇ、どうかしたんですか?」
「いや、すごい呻きみたいな声が聞こえたから心配して……もしかして、寝てただけ?」
それを聞き、俺はその場に座り込む。
どうやらとんでもない寝言を言っていたようだ。
記憶とは言え、おっぱいに埋もれたからだろうか。
「はい、たぶん寝言です。ごめんなさい……」
「いや、大丈夫だよ? なんか変な夢見た? よかったらウチ来る?」
まさかのお誘いにさきほどまでの恥ずかしさはどこへやら。
「是非」
下心全開の回答に我ながら呆れる。