「アハハ! あの時のこと思い出してたんだ」
あっけらかんに笑う彼女も普段の淑やかに笑う彼女と同じぐらい愛らしい。
ただ話の内容は笑いごとではない。
「忘れれないですよ。あんなとこで倒れてて、超驚いたんですから……」
「ごめんなさい。でもそのおかげでこんな美味しいものを食べれてるんだから帳消しってことで、ね?」
「むむむ……」
机の上に置かれた箱。
ベッドの上に座る俺はその中から取り出したドーナッツを頬張りながら唸る。
そんな俺を見つめ、微笑む彼女の目はやっぱり年上の女性のもの。
自分なんかとは釣り合わない。そう思うと無意識に視線を外していた。
「飲み物用意するね。コーヒーが良い? それとも紅茶?」
「あっ、コーヒーで」
そうお願いすると彼女は「りょーかい」と可愛らしく言い、鮮やかな青のロングスカートを押さえながら立ち上がり、台所へ向かう。
しかしカッコつけてそう頼んだものの、本当はコーラが良かった。
だがそんな子供っぽいことなんて言えるはずがない。
だが百歩譲って紅茶にしとけば良かった。
コーヒーは飲み慣れていない……。
「はい、お待たせ」
そんなに時間をかけず戻ってきた彼女が俺の前に置いたのは一杯のコーヒー。
ただし厳密にはカフェオレという存在で想像していたものとは大きく違っていた。
対し、彼女のカップの中には真っ黒なコーヒーが入っていた。
「あら、ブラックの方が良かったかしら?」
悪戯に微笑む彼女もまた良し。
ただ完全に理解されていたことは喜んでいいのか、どうなのか……。
「イイエ、コレデ大丈夫デス」
カフェオレを口に運ぶとミルクだけではなく、まぁまぁな量の砂糖が入っていることに気付く。
全く、彼女には敵わないな。ほっと息を吐くフリをしてため息を吐く。
しかし相変わらず女性らしい部屋だなぁ。見てて癒される。
と、変質者まがいな考えをしながら部屋を眺めていたら、ふと机の上に置いてあった漫画教材に目を引かれる。
今まで何度か部屋に来たことはあったが、あのようなものを見るのは初めてだった。
「京子さん、漫画家目指してるんですか?」
「え?」
そのいきなりの問いに呆気をとられたような回答をし、俺の視線の先に彼女も視線を移す。
「あぁ、昔ね。若気の至りってやつ? 部屋の片付けしてたら見つけたのよ」
「今はもう描いてないんですか?」
「ずいぶん昔にやめたわ」
「えぇ~、せっかくやってたなら続ければよかったのに」
何気なく言ったその言葉。それを京子さんは過敏に受け止めた。
「無理よ。夢なんてどうせ裏切るもの」
「そう、ですか?」
今まで見たことのない表情を浮かべる彼女に思わず驚く。
「えぇ、そうよ。正人くんもいずれ解かるわ」
「でも夢がなかったら何のために生きるんですか?」
その問いに彼女は一呼吸置き、答えた。
「ほんの僅かな夢を叶えれる人たちのための糧、かな。山だって頂に登っても下に森林や土砂が無ければ山そのものが無くなってしまう。私たちはその森林や土砂なのよ。見下される存在」
「でもそんなのやってみないとわからないじゃないですか」
まるで拒絶するように反射的にそう答えてしまう。
それを聞き、京子さんは微笑すると急に俺の横に座った。
「えっ、あの?」
「ホントに純粋ね。正人くんは」
彼女の華奢な人差し指が俺の頬を沿う。
まるで首を刈るように〝ノ〟の字に動いたのだが、そんなことより彼女に頬を触れられたことに驚き、気付けなかった。
「じゃあ試してみる?」
それに呆気を取られ、近付いてくる艶やかに光るリップに目が行かなかった。
「え――――」