私の名前は
「無垢? ほら、行くわよ」
「……」
ボーっとしていた私の前で、仁王立ちをする身体と黒髪が揺れる。声を掛けて来たのは私が通っているこの学園の風紀委員長、藤浦 ヒナタ。彼女とは小学校の頃からの幼馴染。不誠実で破廉恥な事が大っ嫌いな彼女は正義感がとても強くて、皆が見て見ぬ振りをする中でただ一人だけ虐められていた私を助けようと行動してくれた。小学生に出来る事なんて高が知れているのかも知れない。でも彼女のお蔭で無くなった虐めもあって、何よりも私にとって初めての友達にもなってくれた人。だから私は彼女にずっと感謝し続けている。
ヒナタと一緒に移動教室の先に向かう。その間ヒナタが時折私に話し掛けてくれれば、それに頷いたりして私は答えた。声が出ないせいで何時も彼女に気を遣わせてしまっているのが申し訳なくて、だけど彼女が居ないと私は何にも出来ない。……私は、一人じゃ何にも出来ないから。
「あ、無垢~!」
「ちょっと桜さん! 声が大きいわよ。周りの迷惑も考えて」
「えぇ~、別に良いと思うけど。他の皆も騒いでるし。ほらほら、ここに座って座って!」
教室に到着した時、その隅っこから私に声を掛ける人がいた。如何にもギャルって感じの雰囲気をした茶髪のクラスメイト、桜 のぞみ。彼女との関係は中学から。正直どうして彼女が私に対してあんなに気さくなのかは今でも分からない。2年の頃に同じクラスになって、突然話し掛けられてからずっとあんな感じだから。
この学園での授業は基本的に自由席。断る理由も無かったから、私はのぞみが叩く隣にあった椅子に言われた通り座る。のぞみとは反対側の席にヒナタが座って、私はのぞみからの話を聞いてはヒナタと同じ様に頷いたりして答え続けた。ちょっとヒナタが不機嫌そうなのは、周りが周りに気にせず煩いからだと思う。
「今日放課後って空いてる? ショッピングとか行かない?」
のぞみからの誘い。だけど今日は放課後に遊んでいられる余裕が無いから、私は首を横に振って断った。すると当然「どうして?」と理由を聞いて来る。そこで私は常に持ち歩いているメモ帳を取り出して、ボールペンで伝える為に文字を書いた。会話をする上で私にとってメモとペンは必需品。10年以上書き続けたお蔭で、文字を書く速度にはそこそこ自信がある。
『今日は料理当番』
「あぁ~、忘れてた。確か無垢ってお姉さんと2人暮らしだったもんね」
「そう言えば私、中学校ぐらいから姫子さんと会って無いわね。確かもう大学生、だったわよね?」
『今、2年生』
私はお姉ちゃんと2人で同じマンションに住んでいる。両親は別のところに居て、お姉ちゃんについて来る形で今住んでいる町までやって来た。私よりも3つ上のお姉ちゃんは大学2年生。私よりも色々忙しい毎日を過ごしていて、一緒に住んでいるから当然お互いを助け合う様に生活している。その内の1つが家事当番。毎日交互に入れ替わりで帰ってから家事をしていて、今日は私がそれをする番。だから、のぞみの誘いを断らないといけなかった。
それから授業が始まって、ヒナタが傍に居るからか普段よりも真面目に授業を受けるのぞみ。と言ってものぞみは見た目ギャルっぽいけれど、凄く真面目な性格。だからヒナタが傍に居なくてもきっと、しっかり授業は受けると思う。成績だって私より優秀だから、間違い無い。
授業が終わったら、教室に戻ってお昼休みを迎えた。鐘の音が鳴り響く中、お弁当を取り出した私達に彼女が近づく気配がする。勿論気配なんて感じられる訳も無いんだけど、何時もの事だから絶対に来るって確信があった。その証拠に
「せぇぇんぱぁ~~い!」
聞こえて来る呼び声。それが私以外の誰かなら関係ないけれど、彼女が呼んでいるのはきっと私。一応確認の為に教室の窓から下を覗けば、桃色の髪を揺らした後輩が笑顔で私に向けて手を振る光景があった。普段は廊下から上級生の教室だろうとお構いなしにやって来るのに、今は外に居るって事はきっとさっきまで体育の授業だったんだろう。
「一緒にお昼、食べませんか!」
「あ、みここちゃ~ん!」
「のぞみ先輩! 一緒にどうですか?」
「うん、無垢も連れてくから安心して!」
「ちょっと、何勝手に決めてるのよ。無垢の意見も聞きなさい」
「……」
のぞみが勝手に約束する光景にヒナタが注意するけれど、私が問題無いと思っている事はきっと彼女も分かっている。それでも相手の意思を確認するのは大切な事。のぞみは「良いよね?」と私に聞いて来るから、私は頷いてお弁当を手に下へ降りる。この学園には中庭があって、屋上も解放されている。場所はその日その日で変わるけれど、今日は後輩が下に居たのでこっちから出向く事にした。きっと彼女の事だから、私達を呼ぶつもりでお弁当を持って授業に向かった筈。
「佐伯先輩! 午前の授業、お疲れ様です!」
『そっちも』
中庭で笑顔を見せながら私達を出迎えたのは、桃田 みここ。新入生の歓迎会で2年生として準備をしていた時、彼女が話し掛けて来たのが仲良くなった切っ掛けだった。懐かれた、と言った方が正しいかも知れない。どうして私に声を掛けたのかは未だに分からないけど、今はもう可愛い後輩である事に変わりは無い。
「みここちゃん、今日の体育は何やったの?」
「テニスでした。まぁ、あたしに掛かれば目を瞑ってても楽勝でしたね」
「流石、全国レベルなだけはあるわね」
『凄い』
「えへへ、褒められちゃいました!」
頬に手を当てて照れるみここの仕草はあざとくも見えるけど、その可愛さは本物。ちょっと3人を見回してみれば、私の目の前には間違い無く美少女と呼べる人が3人も居る。この学校の女子が皆可愛いというより、彼女達が群を抜いて可愛いんだと思う。……でもお姉ちゃんやそのお友達だって凄く美人だし、世の中には美少女が一杯居るって事かな。そんな彼女達の傍に居られるのは幸運なのか、自分の醜さが際立って不幸なのか、分からない。
「急に落ち込んでどうしたのよ?」
「何か辛い事でもありました? あたしで良ければ相談に乗りますよ!」
「そうそう、何か困ったら私達に言うんだよ?」
覗き込んで来る美少女3人。そんな彼女達の瞳に映るのは、真っ白な髪を伸ばした私の姿。お姉ちゃんも両親だって髪の色は少し茶が掛かった程度の黒髪なのに、私だけは生まれつき真っ白だった。虐められた原因は声以外にこれもある。別にアルビノって訳じゃ無いんだけど、原因は分からないまま。一時はお父さんがお母さんの浮気を疑ったらしいけど、お母さんは一度だってお父さん以外を愛した事は無いって言っていたからそれは無いと思う。
『どうすれば、3人の様に可愛くなれる?』
「……えっと、佐伯先輩?」
「はぁ。何を悩んでるのかと思えば、全く」
「無垢、自分が可愛くないと思ってるの?」
『髪が真っ白で声も出ない。普通に考えて気味が悪い』
普通に考えれば、子供の頃の虐めっ子達の様に怖がって嫌うのが普通。なのに3人はこうして私と一緒に過ごしてくれる。それが凄く嬉しくて、だけど偶に不安にもなってしまう。もしも3人やお姉ちゃんが居なくなっちゃったら、私はきっと1人ぼっちになってしまうから。自然と俯いていた私の頭に、暖かくて優しい感触の何かが置かれる。少しの間を置いてそれが手だと分かってから顔を上げれば、みここが笑顔で私の頭に手を伸ばす光景があった。
「よしよし。佐伯先輩は心配性ですね~。でも大丈夫ですよ。あたしは佐伯先輩の事、すっごく可愛いって思ってますから! 最初に声を掛けたのだって、可愛い人が居るって思ったのが切っ掛けだった訳ですし?」
「私も似た様な感じだったなぁ~。こう、抱きしめたくなる的な感じ?」
「貴女達、そんな不埒な理由で無垢に近づいたの!?」
2人のカミングアウトに驚く中、ヒナタが私の身体を連れて2人から距離を取った。この中では後輩のみここよりも身体が小さいから、簡単に抱えられてしまう私。大きな胸の柔らかい感触が心地良い……とか口に出したらヒナタに嫌われてしまいそうなので絶対に言わない。というか、私だって胸はある方だと思う。少なくともみここよりは絶対にある。
それから「冗談ですよ、冗談!」とさっきの発言を無かった事にしようとするみここと、発言を撤回する事も無く笑っているのぞみにヒナタが警戒しながらも私達はお昼を食べた。子供の頃は声が出ない事も、容姿が変な事も嫌いだった。だけど彼女達と一緒の時は、私が私として生まれた事を喜べる……そんな気がした。
学校での時間が終わって、私はヒナタとのぞみ。それからテニス部に向かうみここに別れを告げて家へ真っ直ぐに帰った。お姉ちゃんはまだ帰ってはいない様で、まず干してあった服を取り込んで畳まずに放置。冷蔵庫を確認して夕食の献立を決める。今日は悩んだ末に豚の角煮にした。
「?」
夕食の支度を始めた時、突然スマホが鳴り始める。基本的に話を出来ない私はメールでやり取りしていて、今回の相手はお姉ちゃん。その内容は『みつを連れて帰るね?』というものだった。夕飯を家で食べて行くのかで夕食の量が決まる。それを確認する為に返信すれば、すぐに帰って来たのは『お願い』の3文字。だから私は『了解』の更に少ない文字数で返して、豚の角煮3人前を作る事にした。……何で競ったんだろう。
豚肉を適当な大きさに切って汁に浸けながら後は似るだけ。最初は大きな豚肉も煮てしまうと一気に小さくなるから、少し大き目がちょうど良い。後は時間が済ませてくれる状況になったら、今度は取り込んだ洗濯物を畳み始める。お姉ちゃんと私の洗濯物しか無いから、言う程量は無い。って、お姉ちゃんのブラ。少しホックが壊れ掛かってる。まさかまだ大きくなってるの……?
「ただいまー」
「お、お邪魔します」
「!」
玄関の開いた音と共に聞こえるお姉ちゃんの声。もう1人聞いた事のある声も聞こえて来る中、私は畳み終わった服の山を脇に寄せて迎える為に立ち上がった。
『お帰り』
「ただいま、無垢」
「あ。無垢ちゃん、こんばんわ」
帰って来たのは私のお姉ちゃん、佐伯 姫子とお姉ちゃんの後輩で何度か我が家にやって来た事のある人、黒羽 みつさん。家族目線で見ても凄く美人なお姉ちゃんと並んでみつさんも美人な人だから、眩しさすら感じる。私は声を掛けて来たみつさんにお辞儀をして、リビングに戻った。
2人が手洗いと嗽を済ませる間に、畳んだ洗濯物を片づける。もう何度か来ているとはいえ、お客さんに下着を見せるのは流石に気まずいし嫌だからそっちを優先して。
「もし何か手伝う事があったら、遠慮なく言っても良いからね」
『大丈夫』
お客さんなのにそう言ってくれるみつさん。でもそうならない為にやるべき事は素早く済ませたつもり。夕飯ももう少し煮込めば完成だから、後はゆっくりしているだけで大丈夫。リビングの椅子とテーブルに私も含めた3人で集まって、適当に時間を過ごす事になった。私は部屋に戻っても良かったんだけど、お姉ちゃんがお話したいらしい。
「今日は学校で何かあった?」
『何時も通り。ヒナタ達と一緒だった』
「ヒナタさんって確か無垢ちゃんのお友達だよね?」
『一度、みつさんは会った事がある』
「……あぁ、あの子か」
みつさんとヒナタは一度出会った事がある。ヒナタも実は1人暮らしで、私と一緒に夕飯の買い出しへ行く事になった日に偶然みつさんと会う機会があったから。みつさんもヒナタも真面目だから、自己紹介をしてお互いの事は覚えている筈。思い出した様に頷いたみつさんの姿に私も頷くと、お姉ちゃんは更に質問して来た。
「達って事は他にも居るの? ヒナタちゃんは知ってるけど……」
思えばヒナタは昔から一緒だったからお姉ちゃんも知っているけど、のぞみやみここの事を話した覚えは無かった。会って話せば簡単に説明が出来るけど、私の言葉だけとなると色々大変。でも時間潰しには確かに丁度良いのかも知れない。鍋の中で豚肉が煮込まれる中、私は2人の事について説明をする。のぞみは簡潔に言えばギャル。みここは後輩でテニス少女。私の書いた分を読んで微笑んでいたお姉ちゃんとみつさんだけど、私がある一文を書いた事でその目から笑みが薄れた。
『2人とも、私が可愛いから近づいたらしい。でも2人の方がずっと可愛い』
「そんな事無いよ、無垢ちゃんは可愛い……って、その2人本当に大丈夫なの?」
「今度、お姉ちゃんにも会わせて欲しいかな」
心配そうに聞いて来るみつさんと、表情はそのまま完全に笑みの消えた目で2人に会いたいと告げるお姉ちゃん。ちょっとしたプレッシャーの様なものを感じながら、私はお姉ちゃんに『何時か2人を連れて来る』という約束を半ば強引に取り付けられる事となった。
第1章投稿開始日は、11月1日からを予定しています。
常時掲載
【Fantia】にて、オリジナルの小説を投稿しています。
また、一部二次創作の先行公開や没作の公開もしています。
少しでも興味を感じられた方。下記URLから是非どうぞ!
https://fantia.jp/594910de58